説明

フェーズドアレイアンテナ装置とその量子化ローブ抑圧方法

【課題】量子化ローブを簡易かつ低コストに低減することを図ったフェーズドアレイアンテナ装置を提供すること。
【解決手段】走査角情報に基づき算出された各アンテナ素子#1〜#mに対する離散的な移相量に対して、これとは独立したランダムに発生させた位相値を付与するようにしている。これにより既存の量子化移相器で起こりえた量子化誤差の周期的な規則性に対して、この現象を乱すことができる。その結果、量子化ローブを低減することができる。すなわち量子化移相器のビット数を増やすこともなく、なお且つアンテナの構造に対して設計配慮を施す必要もなく、ソフトウェア的な設計配慮だけで量子化ローブに対し効果的に対処することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ビーム波面を電子的に操作可能なフェーズドアレイアンテナ装置とその量子化ローブ抑圧方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フェーズドアレイアンテナを用いた信号処理において、量子化ローブという現象が知られている。量子化ローブとは、アンテナ走査時のビームパターンにおいて、メインローブ近傍のサイドローブとは別に比較的離れた箇所に現れるレベルの高いサイドローブである。ビーム走査時に各々の放射素子が電波を放射するときに、各アンテナ素子へと給電する高周波信号に与えるべき移相量が理想的であれば、量子化ローブは発生しない。実際の装置では各アンテナ素子に接続される量子化移相器において移相量が限定された離散値に丸められるので、理想値との間に誤差を生じ、結果として量子化ローブが発生することになる。この理想的な移相量と量子化移相器により変位する実質的な移相量との差を「量子化誤差」と称する。
【0003】
量子化ローブは、量子化誤差がアンテナ素子の配列方向に対して周期的な規則性をもつ場合に、エネルギーがビーム走査方向とは異なる方向に重畳されて生じる現象である。これを軽減するためには量子化移相器の性能を理想的な移相量に近づけること、すなわち量子化誤差を極力小さくすることが有効である。つまり、量子化移相器内の量子化ビット桁数を増やして離散値の刻み間隔を小さくすれば、移相量を丸めたときの誤差も少なくなる。しかし、量子化ビット桁数を増やすと量子化移相器の構造が複雑且つ大規模になりコスト増に繋がるので、要求性能を満足する範囲で量子化ビット数が極力少ないほうが、設計・製造する上で費用対効果の観点から合理的である。
【0004】
量子化位相器自身に対する改善方法に限らず、他の方法としての以下の技術を例に挙げ説明するが、いずれもなんらかの方法により前述したような量子化誤差の周期的な規則性を乱すことを主たる目的としている。
例えば特許文献1においては、各アンテナへの給電系各々に対して給電回路の物理長に対する設計配慮により、経路長の異なる遅延回路を介することによって量子化移相器で位相制御したときに規則性が生じないようにしている。
【0005】
特許文献2ではアンテナの素子配列間隔を等間隔に整列させた状態を基準とし、その位置からランダムに配置を分散させるようにしている。これにより量子化移相器で生じた量子化誤差の規則性があっても、空間においてエネルギーが合成されたときにはメインローブ以外の方向に対して局所的に重畳されないようにしている。
【0006】
特許文献3,4においては、円偏波に限定されるが各素子の偏波方向を基準の偏波方向から素子ごとにランダムに回転させるようにしている。これにより、量子化移相器によって生じた量子化誤差の規則性があっても、空間に放射されるときに偏波がランダムに回転している分だけ位相がランダムに変位する。すなわち特許文献2と同様に、局所的にエネルギーが重畳されないように設計を配慮することで課題の解決を図っている。
【特許文献1】特開平2−224505号公報
【特許文献2】特開2005−136542号公報
【特許文献3】特開平7−321538号公報
【特許文献4】特許第2591597号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように既存の技術では、量子化誤差の規則性を乱すために素子の配置を物理的に調整したり、伝送路の経路長を変化させたりなど、アンテナの構造に対して設計配慮することで解決を試みている。しかしこれらの手法では構造設計の段階で量子化ローブを考慮した機構を設ける必要があり、構造の複雑化やコストの増大など、製品の開発・製造に対する課題が大きい。
この発明は上記事情によりなされたもので、その目的は、量子化ローブを簡易かつ低コストに低減することを図ったフェーズドアレイアンテナ装置とその量子化ローブ抑圧方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するためにこの発明の一態様によれば、規則的に配列される複数のアンテナ素子と、これらのアンテナ素子の各々に高周波信号を給電する給電部と、前記アンテナ素子ごとに設けられ、ディジタルな移相量データに基づいて前記高周波信号を移相して成型ビームを形成する複数の量子化移相器と、前記成型ビームの走査角情報に基づいて前記移相量データを前記複数の量子化移相器ごとに算出する算出手段と、前記移相量データに、前記複数の量子化移相器ごとにそれぞれランダムな誤差を付加する誤差付加手段とを具備することを特徴とするフェーズドアレイアンテナ装置が提供される。
【0009】
このような手段を講じることにより、量子化移相器を制御する移相量データ(制御信号)に対してランダムな誤差(制御ビット)が付加される。これによりソフトウェア的に量子化誤差の規則性を乱すことができ、量子化ローブを簡易に低減することが可能になる。
【発明の効果】
【0010】
この発明によれば、量子化ローブを簡易かつ低コストに低減することを図ったフェーズドアレイアンテナ装置とその量子化ローブ抑圧方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
図1はこの発明に係わるフェーズドアレイアンテナ装置の実施の形態を示す機能ブロック図である。図1の装置は大別して「高周波回路に関する構成」と、「制御回路に関する構成」とを備える。高周波回路に関する構成には、アンテナ素子#1〜#mと、高周波電源4と、高周波給電回路5と、量子化移相器31〜3mとがある。このうち量子化移相器31〜3mは電力増幅器などとともに高周波モジュール21〜2mとして一体化される。
【0012】
すなわちアンテナ素子#1〜#mは線状、または面状に規則的にアレイ配列される。高周波給電回路5は、高周波電源4により発生された高周波信号を各アンテナ素子#1〜#mに給電する。この給電回路5により分配された高周波信号の位相は、アンテナ素子#1〜#mごとに設けられる量子化移相器31〜3mにより移相量データに基づいて移相され、成型ビームが形成される。
【0013】
制御回路に関する構成には、信号処理装置6と、走査制御器7と、論理演算回路8とがある。このうち信号処理装置6は、ビーム走査の方向を指定する走査角情報信号を走査制御器7に与える。走査制御器7は受信した走査角情報に基づき、各量子化移相器31〜3mに与えるべき移相量データ(位相コード)を算出する。そして走査制御器7は、算出した位相コードに量子化移相器31〜3mごとにそれぞれランダムな誤差を付加する。この誤差は位相コードとは無相関のビット配列であり、例えば乱数に基づいて生成される。
【0014】
図2は走査制御器7の処理を説明するための図である。なお以下の説明では、量子化移相器31〜3mとして4ビットで動作するものを使用するとし、従って走査角の離散値間隔は、(360/2^4=22.5°)の刻みとなる。
図2(a)に示すように、アンテナ素子数がm個のフェーズドアレイアンテナ(図1)の各アンテナ素子#1〜#mに対してビーム走査角を10°とすると、各アンテナ素子#1〜#mから放射する高周波に対して、各々n・k・d・sinθ[rad]{ここで(n=0、1、…、m−1)、kは波数(k=2π/λ、λ:波長)、dはアンテナ素子間隔}の位相変位をそれぞれ与えなければならない。ここで走査制御器7は、m個の移相量をそれぞれ例えば9ビットの離散値で求める。
【0015】
次に走査制御器7は、9ビットで求めた量子化移相器31〜3mごとの移相量に、それぞれランダムな誤差(ランダム位相値)を付加する。この実施形態ではランダム位相値として7ビットのうちの下位2ビットを使用する。つまり、360°/2^7ビット=2.8125°刻みの離散値のうち、下位2ビットである、0°、2.8125°、5.625°、8.4375°の4種別のいずれかを、m個のアンテナ素子#1〜#mごとにそれぞれランダムに発生させる。すなわち移相量コードとランダム位相値とのビット桁数は互いに異なる。
【0016】
ビーム走査動作を制御するためには、信号処理装置6から走査角度を指定する情報を走査制御器7に送信する。以下ではアンテナ素子#1〜#mの配列が線状配列であるとして説明する。信号処理装置6が指定した走査角情報(走査角情報信号)をもとに、走査制御器7は各量子化移相器31〜3mに設定する移相量を9ビットに量子化して求める。9ビット量子化とは(0.703125°(=360°/2^9(ビット))間隔で移相量を丸めることを意味する(図2(b))。
【0017】
次に走査制御器7は、図3に示すように、走査角から求めた9ビットの位相コード(b**)と、ランダムに発生させた7ビットコード(c**)の下位2ビットとを加算する。すなわち、この過程は9ビット量子化された移相量に対して、ランダム発生させた移相量(0°、2.8125°、5.625°、8.4375°のいずれか)を意図的に加算するものであり、これにより量子化誤差による規則性を乱すことができる。
【0018】
なお、このランダム位相値は量子化誤差の規則性を乱すためのものであるので、走査制御器7において一旦その配列が確定してその効果が確認できた後は、この配列を固定して使用するようにする。つまりパルスヒットごとにランダム位相値を可変する必要はなく、誤差値はアンテナ素子#1〜#mごとに固定的で良い。
【0019】
次に走査制御器7は、ランダムビットを含めた位相コード(9ビット)を5ビットに丸める。この過程は、最終的には量子化移相器31〜3m入力時の位相コードを4ビットまで丸めることにより、制御インターフェースの規模を減らし、構造の簡素化、及びコストダウンを図ることを目的とするものである。
【0020】
5ビットの位相コードはm個のアンテナ素子#1〜#mごとにそれぞれ求められ、最終的には各アンテナ素子#1〜#mごとの量子化移相器31〜3mに伝送される。ここではアンテナ素子配列の最後尾である#mの素子に対応する位相コードを先頭にして、走査制御器7からシリアルデータの形式で出力される。
【0021】
なお、この実施形態ではレーダシステムにおける送受信動作を想定している。よって送受それぞれに位相コードを設定する必要があり、送受信位相コード各々5ビットによる計10ビットの位相コードを用意する。さらに高周波モジュール21〜2mに対して送受信のON/OFF制御もそれぞれ1ビット(計2ビット)により設定する。よって1つの高周波モジュールあたり12ビットのコードを用意する。最終的には、MSB(Most Significant Bit)にヘッダ情報(本発明とは無関係のため詳細は省略)を付与し、その後にアンテナ素子配列#mに対応する高周波モジュール2mを制御する制御コードを先頭とし、アンテナ素子配列#1に対応する高周波モジュール21を制御する制御コードを最後尾として12×mビットのシリアルデータが生成される。このシリアルデータ1は論理演算回路8に入力される。
【0022】
論理演算回路8に入力されたシリアルデータ1は、図3に示すように論理演算回路8によりシリアルデータ2に変換される。すなわちシリアルデータ1のヘッダが取り除かれ、各5ビットの位相コードは論理演算回路8内に記憶される補正コードに従って補正演算処理されてシリアルデータ2が生成される。その詳細は本発明の要旨ではないので割愛する。
【0023】
補正演算後、位相コードは送受信ともに5ビットから4ビットに丸められる。送受信合わせて8ビット位相コードと2ビットの送受信ON/OFF信号となった10ビット単位シリアルデータ2は、図4に示すようにm番目の高周波モジュールを先頭として、送受信合わせて10ビット毎に各高周波モジュールに位相コードが入力される。この状態では位相コードがシリアル構成になっているが、図5に示すように、量子化移相器31〜3mは位相コード及びON/OFF信号をパラレルに入力するインターフェースを備えており、高周波モジュール21〜2m内の論理演算回路によりシリアル−パラレル変換され、送受信高周波信号の位相コード、および送受信ON/OFF信号は量子化モジュールに入力される。
【0024】
なお、例えばテイラー分布のように振幅分布にウェイトがかかっている場合などは、ウェイトが大きく掛かっているポートに対してはランダム性を抑え、ウェイトが小さく掛かっているポートに対してはランダム性を強くするなど、アンテナ素子毎に与えるランダム位相値の幅を調整することも効果的である。具体的にはテイラー分布の場合、ウェイトが大きい中央部分は、ランダムビットを7ビットの下位1ビットである0°と2.8125°だけで決定し、残りのウェイトが小さい両端部分は、下位2ビットの0〜8.4375°の4種別から決定し、ランダム位相値の幅を広げておくことで、量子化誤差の規則性を乱す作用としてより効果的になる。
【0025】
次に具体的な例を挙げ説明する。この説明で想定する条件(1)〜(5)を以下に列挙する。
(1)100素子の線状配列によるフェーズドアレイアンテナ装置とする。
(2)振幅分布のウェイトをテイラー分布(サイドローブレベル28dB、NB4)とし、走査角を10°に設定する。
(3)各100素子に対して、基づき走査角を10°とするための各アンテナ素子に指定する移相量を9ビットで算出し、さらにこれとは別に各100素子に対して、予め7ビットの下位2ビットをランダムに発生させたランダム位相値を走査制御器7に記憶させておく。
(4)ランダム位相値はポート単位で桁数に制限を与える。100ポートの配列方向のうち両端の20ポート、計40ポートは7ビットの下位2ビットである、0°、2.8125°、5.625°、8.4375°の4ステップを使用する。残りの中央の60ポートに限っては、0°、2.8125°の2ステップ(7ビットの下位1ビット)だけを使用する。これは振幅分布がテイラー分布であるので、中央部と比較して両端部はウェイトの重みが小さいため、量子化誤差を乱すランダム性を中央部のポートよりも強めに持たせることを意図するものである。
(5)9ビットの位相コードと7ビットの下位2ビットを用いたランダムビットとを加算し、5ビット量子化を経て、最終的には4ビットまでに量子化された移相量により成型される位相波面を基に得られるビームパターンを、シミュレーションにより計算する。
【0026】
以上の条件で、まず本発明を適用した場合と適用しない場合とのそれぞれにおいてアンテナ素子に給電される高周波信号の位相分布を図6に示す。図6に示すように、量子化移相器のみを使用する場合と比べ、ランダム位相を付与した場合はポートの所々で位相値が若干シフトしている。
【0027】
さらに、この差異を明確にするために量子化移相器のみ使用した場合と、これにランダム位相を付与した場合との理想分布との差を図7に示す。図7から量子化移相器のみの場合、グラフが周期的な規則性を描いている。つまりこの規則的位相波面が量子化ローブの原因である。これに対してこの実施形態では、ランダムに発生させたビットをアンテナ素子ごとに付与したことにより4ビット量子化時に位相コードが所々ランダムにシフトし、規則性が乱れていることがわかる。
【0028】
さらに、「理想位相分布」と「量子化移相器のみの位相分布」と「ランダム位相を付与した位相分布」のそれぞれに対して、予想されるビームパターンをシミュレーションにより計算した。その結果を図8および図9に示す。図8は、理想位相分布の場合と、量子化移相器のみの位相分布の場合によるパターンを比較し手示す図である。図8から、量子化誤差の周期的な規則性の影響によりサイドローブが約4dB悪化していることがわかる。次に、図9には、量子化移相器のみの位相分布の場合とランダム位相を付与した場合によるパターンを比較して示す。図9からわかるようにこの実施形態により量子化ローブを約2dBにわたり改善できることがわかる。
【0029】
以上のようにこの実施形態では、走査角情報に基づき算出された各アンテナ素子#1〜#mに対する離散的な移相量に対して、これとは独立したランダムに発生させた位相値を付与するようにしている。これにより既存の量子化移相器で起こりえた量子化誤差の周期的な規則性に対して、この現象を乱すことができる。その結果、量子化ローブを低減することができる。すなわち量子化移相器のビット数を増やすこともなく、なお且つアンテナの構造に対して設計配慮を施す必要もなく、ソフトウェア的な設計配慮だけで量子化ローブに効果的に対処することができる。
【0030】
すなわちこの実施形態では、量子化移相器において移相量の離散値の刻み間隔を小さくして移相量の種別を増やすことなく、なお且つ既存技術のような構造的設計への配慮にらず、量子化移相器を制御する制御信号にランダムな制御ビットを付与することにより量子化誤差の規則性を乱して、ソフトウェア的に量子化ローブ低減を図るようにしている。つまり量子化移相器に対する位相制御信号への操作により、ソフトウェア的に量子化ローブを抑圧することが可能となる。これらのことから、量子化ローブを簡易かつ低コストに低減することを図ったフェーズドアレイアンテナ装置を提供することが可能となる。
【0031】
なお、本実施形態では、専ら線状配列のフェーズドアレイアンテナ装置に関して説明したが、面状にアンテナ素子を配置したフェーズドアレイアンテナ装置に関しても同様である。この場合、線状配置と異なるのは3次元のビーム放射が可能となり、走査角としては直交する2つの走査角がパラメータとして必要になることである。そして、面状に配置されるアンテナ素子に接続される量子化移相器に、2つの走査角から算出した各アンテナ素子に与える移相量に対して、これとは独立したランダム位相値を各移相量に対してそれぞれ付与する。これにより、線状配列同様、量子化誤差による周期的な規則性が乱された状態で面状に配列した各量子化移相器に対して移相量が設定される。以上から本発明は、アンテナ素子配列が線状であることのみならず、同様の実施方法によって容易に面状に配列されたフェーズドアレイアンテナに対しても適用することが可能である。
【0032】
図10は、面状配列のフェーズドアレイアンテナ装置に本発明を適用した場合の実施形態として、2次元配列の場合の構成を示す斜視図である。図10において、11k,nはアンテナ素子(k:1〜16、n:1〜100とし、仰角方向に16列、方位角方向に100列の計1600素子とする)、12はアンテナ素子毎の量子化移相器を含む送受信モジュールが形成されたアンテナ基板である。アンテナ基板12には、量子化移送器を制御する走査制御器13が接続される。この走査制御器13は、ビーム走査に必要な位相量と、これとは独立したランダム位相を加算した位相量を各1600素子11k,nに対する量子化移送器に指示する。
【0033】
ここで、各アンテナ素子11k,nに対する量子化移相器は、前述のように離散的に動作するため、量子化ローブが懸念される。但し、量子化ローブが懸念されるのは方位角方向のパターンのサイドローブである。そこで、ランダム位相は、方位角方向ではなく、仰角方向の16素子毎にランダム位相を加算する。このランダム位相の加算を100列全てに行う。つまり、量子化ローブを軽減させたい方向角とは直交する配列にランダム性を与えるのが特徴である。
【0034】
フェーズドアレイアンテナ装置の基本動作として、ビームを走査するためには、1600個の移送器にそれぞれθk,n(k:1〜16、n:1〜100)の位相量を指示する。本実施形態では、これとは別にφk,n(k:1〜16、n:1〜100)を用意し、上記θk,nに加算したものを移送器に指示する。この位相量θk,nは仰角方向の16素子でランダムな数値であり、実施形態としては4ビット移送器の1ビットを使用するため、θk,nは0°か22.5°である。この16列のランダム位相を1セットとして、同様にして100列用意する。θk,nは固定値であり、予め走査制御器13に記憶させておく。
【0035】
従来の構成では、量子化ローブを軽減させたいのは方位角方向であるので、本来は直接方位角方向の100列に対してランダムに位相量を加算すればよいことになるが、これには欠点がある。すなわち、ランダムな位相量も量子化された離散値であるため、確かに量子化誤差の規則性を崩すことはできるが、本実施形態では、1ビットで22.5°も位相量が変動してしまうため、本来の位相分布自体を乱すことになる。したがって、結果的に量子化ローブ軽減の効果があるが、弊害として位相分布のばらつきが大きいことによるサイドローブの劣化が生じてしまう。
【0036】
これに対して、上記実施形態の構成では、ランダム位相を仰角方向に与えているので、まず仰角方向に対してランダム位相が重畳されて仰角波面が形成される。さらに、その仰角の波面を方位角方向で重畳して方位角方向の波面が形成される。この場合、仰角方向に対してランダム位相が重畳された時点でランダム性が16素子で平均化される。さらに、この平均化された波面を方位角方向に重畳するため、前述したように、方位角方向に対して直接離散的なランダム位相を加算するよりも、緩やかに波面にランダム性をもたせることができる。その結果、波面にランダム性を与えつつ、かつ位相部分布を著しく乱すことなく波面を形成することができる。
【0037】
図11は、面状配列のフェーズドアレイアンテナ装置に本発明を適用した場合の他の実施形態として、2次元配列の場合の構成を示す斜視図である。なお、ここでは例としてアクティブ型の場合を想定する。図11において、21k,nはアンテナ素子(k:1〜16、n:1〜100とし、仰角方向に16列、方位角方向に100列の計1600素子とする)、22,23nはアンテナ素子21k,nに高周波信号を給電する第1及び第2の給電回路である。
【0038】
具体的には、第1の給電回路22は高周波入力端からの高周波信号を方位角方向に並ぶ100ポートの高周波出力端に給電する100分配/合成器であり(以下、横給電回路と称する)、第2の給電回路(#1〜#100)23nはそれぞれ横給電回路22の1出力ポートからコネクタを介して給電される高周波信号を入力端から取り込んで仰角方向に配列されるアンテナ16素子に給電する16分配/合成器である(以下、縦給電回路と称する)。いずれも多層基板による基板線路である。
【0039】
上記横給電回路22において、基板線路の出力端(100ポート)の手前には、図示しないが、位相調整機構が基板内に組み込まれている。この位相調整機構を有効(使用)にすると、φ°の進みもしくは遅れ位相となり、無効(未使用)にすると0°(変化なし)となる。
【0040】
上記構成において、以下にその運用について説明する。
【0041】
横給電回路22は積層基板による高周波線路であるため、出力端での位相量がポート毎にばらつく。これは、材料ばらつき、製造ばらつき等による個体間のばらつきで生じる。この位相ばらつきは方位角方向の指向性パターンを劣化させる。そこで、これを解決するために、出力端の手前の回路内に位相調整機構を組み込んでいる。よって位相調整機構の主目的は理想の位相分布(100ポート全ての通過位相が等位相)に近づけることである。この位相調整機構は、必要に応じて調整を受けることで通過位相が変位可能になる。但し、変位量は離散的あり、実施形態の場合、0°(機構未使用)か、±φ°(機構使用)である。φは、実施形態では概ね5°程度である。
【0042】
上記構成による横給電回路22において、各ポートの通過位相の入出力特性を測定し、100ポートの分布の中からばらつきの大きいポートを選び出し、位相調整機構によって補正する。例として図12(a)に横給電回路22の初期状態における通過位相入出力特性を示す。
【0043】
各ポートは次の3種類に区分できる。
(1)位相量が理想分布に近く、位相調整の不要なポート(○印)。
(2)空中線の仕様としては十分だが、理想分布に近づく余地があるポート(□印)。
(3)位相ばらつきの許容範囲外であり、位相調整が必要なポート(△印)。
【0044】
位相調整の目的は、ポート間の通過位相入出力特性を理想値に近づけることであるから、図12(b)に示すように△印と□印のポートの位相調整を用いるのが望ましい。しかし、同時にこの分布は理想分布に近づくことから、方位角方向の位相分布が、量子化誤差に規則性を生じやすい分布になり、結果的に量子化ローブを発生させる原因となる。そこで本発明では、図12(c)に示すように、位相調整適用ポートを許容範囲外の△印のポートのみに限定する。すなわち、理想分布に近づけるだけならば位相調整の余地のあるポートは他にもあるが、これを無視することで、アンテナの要求仕様に必要十分な位相ばらつきを確保しつつ、量子化ローブを抑制できるようなランダム性を位相分布に含ませることができる。
【0045】
以上のように、上記実施形態で用いている方位角方向の給電回路(横給電回路)22は、通過位相入出力特性を理想分布に近づけるために位相調整機構を有しているが、機能として分布を理想分布に近づけるだけなく、弊害となる量子化ローブを軽減させるための機構としても有用である。
【0046】
したがって、上記構成による2次元フェーズドアレイアンテナ装置によれば、量子化移相器を制御する移相量データ(制御信号)に対してランダムな誤差(制御ビット)を効果的に付加することができ、通過位相入出力特性を理想分布に近づけつつ、量子化ローブを簡易に低減することが可能になる。
【0047】
なお、本発明は、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。さらに、上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合わせにより、種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】この発明に係わるフェーズドアレイアンテナ装置の実施の形態を示す機能ブロック図。
【図2】走査制御器7の処理を説明するための図。
【図3】走査制御器7における演算処理を説明するための図。
【図4】移相量データの高周波モジュール21〜2mへの伝送過程を示す図。
【図5】量子化移相器におけるデータ変換を示す図。
【図6】量子化移相器を用いる場合と理想値との位相分布比較を示す図。
【図7】量子化移相器のみを使用する場合とランダム位相付与時における理想値との位相差比較を示す図。
【図8】パターン計算結果比較(理想的な分布と量子化移相器のみの位相分布)を示す図。
【図9】パターン計算結果比較(量子化移相器のみ位相分布とランダム位相を付与した位相分布)を示す図。
【図10】2次元配列のフェーズドアレイアンテナ装置に本発明を適用した場合の実施形態の構成を示す斜視図。
【図11】2次元配列のフェーズドアレイアンテナ装置に本発明を適用した場合の他の実施形態の構成を示す斜視図。
【図12】図11の実施形態において、位相調整機構に対する調整手順と通過位相入出力特性との関係を説明するための特性図。
【符号の説明】
【0049】
#1〜#m…アンテナ素子、21〜2m…高周波モジュール、31〜3m…量子化移相器、4…高周波電源、5…高周波給電回路、6…信号処理装置、7…走査制御器、8…論理演算回路、11k,n…アンテナ素子、12…アンテナ基板、13…位相制御器、21k,n…アンテナ素子、22…横給電回路、23n…縦給電回路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
規則的に配列される複数のアンテナ素子と、
これらのアンテナ素子の各々に高周波信号を給電する給電部と、
前記アンテナ素子ごとに設けられ、ディジタルな移相量データに基づいて前記高周波信号を移相して成型ビームを形成する複数の量子化移相器と、
前記成型ビームの走査角情報に基づいて前記移相量データを前記複数の量子化移相器ごとに算出する算出手段と、
前記移相量データに、前記複数の量子化移相器ごとにそれぞれランダムな誤差を付加する誤差付加手段とを具備することを特徴とするフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項2】
前記誤差付加手段は、前記移相量データに当該移相量データとは無相関のビット配列を加算することを特徴とする請求項1に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項3】
前記移相量データとこの移相量データに加算されるビット配列とは互いにビット桁数が異なることを特徴とする請求項2に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項4】
前記誤差付加手段は、前記ビット配列の下位ビットから任意のビット値を前記移相量データに加算することを特徴とする請求項2に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項5】
前記誤差付加手段は、乱数を発生させこの乱数に基づいて前記ビット配列を生成することを特徴とする請求項2に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項6】
前記誤差付加手段は、前記走査角情報に対応して付加された誤差を前記複数の量子化移相器ごとに固定化することを特徴とする請求項1に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項7】
前記複数のアンテナ素子ごとの振幅分布に規定の分布関数に基づくウェイトがかけられている場合に、前記誤差付加手段は、前記複数の量子化移相器ごとの誤差のランダム性を前記ウェイトに対応して可変することを特徴とする請求項1に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項8】
前記分布関数はテイラー分布であることを特徴とする請求項7に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項9】
前記複数のアンテナ素子は、互いに直交する方向角に2次元配列され、
前記誤差付加手段は、量子化ローブを軽減させたい方向角とは直交する配列のアンテナ素子の量子化移相器に対する移相量データにランダムな誤差を付加することを特徴とする請求項1記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項10】
前記複数のアンテナ素子は、互いに直交する方向角に2次元配列され、
前記給電部は、前記直交2方向角のうちの一方の方向角に沿って配列される複数の出力ポートに給電する第1の給電回路と、前記第1方向の給電回路の複数の出力ポートそれぞれの給電出力を受けて前記直交2方向角のうちの他方の方向角に配列されるアンテナ素子に給電する第2の給電回路と、前記第1の給電回路の複数の出力ポートそれぞれの給電位相量のばらつきを調整する位相調整機構とを備え、
前記位相調整機構は、前記複数の出力ポートのうち、位相ばらつきの許容範囲外のポートのみに限定することを特徴とする請求項1記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項11】
規則的に配列される複数のアンテナ素子と、これらのアンテナ素子の各々に高周波信号を給電する給電部と、前記アンテナ素子ごとに設けられ、ディジタルな移相量データに基づいて前記高周波信号を移相して成型ビームを形成する複数の量子化移相器とを備えるフェーズドアレイアンテナ装置に用いられ、
前記成型ビームの走査角情報に基づいて前記移相量データを前記複数の量子化移相器ごとに算出し、
前記移相量データに、前記複数の量子化移相器ごとにそれぞれランダムな誤差を付加することを特徴とするフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。
【請求項12】
前記誤差付加は、前記移相量データに当該移相量データとは無相関のビット配列を加算することを特徴とする請求項11に記載のフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。
【請求項13】
前記移相量データとこの移相量データに加算されるビット配列とは互いにビット桁数が異なることを特徴とする請求項12に記載のフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。
【請求項14】
前記誤差付加は、前記ビット配列の下位ビットから任意のビット値を前記移相量データに加算することを特徴とする請求項12に記載のフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。
【請求項15】
前記誤差付加は、乱数を発生させこの乱数に基づいて前記ビット配列を生成することを特徴とする請求項12に記載のフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。
【請求項16】
前記誤差付加は、前記走査角情報に対応して付加された誤差を前記複数の量子化移相器ごとに固定化することを特徴とする請求項11に記載のフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。
【請求項17】
前記複数のアンテナ素子ごとの振幅分布に規定の分布関数に基づくウェイトがかけられている場合に、前記誤差付加は、前記複数の量子化移相器ごとの誤差のランダム性を前記ウェイトに対応して可変することを特徴とする請求項11に記載のフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。
【請求項18】
前記分布関数はテイラー分布であることを特徴とする請求項17に記載のフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。
【請求項19】
前記複数のアンテナ素子が互いに直交する方向角に2次元配列されるとき、
前記誤差付加は、量子化ローブを軽減させたい方向角とは直交する配列のアンテナ素子の量子化移相器に対する移相量データにランダムな誤差を付加することを特徴とする請求項1記載のフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。
【請求項20】
前記複数のアンテナ素子が、互いに直交する方向角に2次元配列され、
前記給電部が、前記直交2方向角のうちの一方の方向角に沿って配列される複数の出力ポートに給電する第1の給電回路と、前記第1方向の給電回路の複数の出力ポートそれぞれの給電出力を受けて前記直交2方向角のうちの他方の方向角に配列されるアンテナ素子に給電する第2の給電回路と、前記第1の給電回路の複数の出力ポートそれぞれの給電位相量のばらつきを調整する位相調整機構とを備えるとき、
前記位相調整機構として、前記複数の出力ポートのうち、位相ばらつきの許容範囲外のポートのみに限定することを特徴とする請求項11記載のフェーズドアレイアンテナ装置の量子化ローブ抑圧方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−236740(P2008−236740A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−39122(P2008−39122)
【出願日】平成20年2月20日(2008.2.20)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】