説明

フォトクロミック・ジアリールエテン含有配位化合物およびその生成

ジアリールエテン含有リガンドおよびその配位化合物が記載される。このリガンドは、UV励起によるフォトクロミズムを示すが、この配位化合物は、UV領域の励起、およびこの配位化合物の特徴である低エネルギー吸収バンドへの励起の両方によるフォトクロミズムを示し、これを通じて光環化のための励起波長は、λ≦340nmから470nmを超える波長に及び得る。この化合物の発光特性の切り替えはまた、フォトクロミック反応によって達成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なフォトクロミックリガンドおよびその配位化合物の設計およびフォトクロミック挙動に関する。これらのフォトクロミックリガンドおよびその配位化合物の設計は、受容体原子への配位のための1つ以上の供与体ヘテロ原子を含む単環式または多環式構造の一部を形成して、フォトクロミック配位化合物を形成する、cis−ジアリールエテン構造に基づく。
【背景技術】
【0002】
フォトクロミズムは、「異なる識別可能な吸収スペクトルを有する2つの状態を有する、電磁放射線の吸収により1方向または両方向で誘導されている単一の化学種の可逆的変換(a reversible transformation of a single chemical species being induced in one or both directions by absorption of electromagnetic radiation,with two states having different distinguishable absorption spectra)」として規定される。従って、フォトクロミック化合物とは、吸収特性、屈折率などにおいて異なる物理的特性を有する少なくとも2つの異性形態を有し、そして所定の波長の光励起によってある形態から別の形態に変換され得る化合物である。
【0003】
フォトクロミズムは、光学記録および他の光学機能デバイスのためのその潜在的用途に起因して集中的に研究されている。光学記録物質として実際に用いられるには、両方の異性形態が熱的に安定であり、かつ可逆的なフォトクロミック反応性に対し、優れた耐久性を有していなければならない。ジアリールエテンは、これらの特性を保有するフォトクロミック化合物の1クラスであり、従って光学機能デバイスの構築のための適切なクラスの化合物である。研究されたジアリールエテンにおける両方のアリール基のcis−配置は一般に、アッパー(upper)シクロアルケン構造、例えば、フッ素化された脂環式基、芳香族基、無水物基およびマレイミド基によって固定される。2つの形態の間の吸収特徴などおよびそれらの熱安定性の相違とは別に、フォトクロミック反応のために調整され選択され得る所望の励起波長の利用可能性も、光学機能デバイスの物質の設計における重要な局面である。ジアリールエテン化合物中の、アッパー(upper)シクロアルケン構造(例えば、マレイミド誘導体)のπ−共役が大きいほど、より低いエネルギー励起で可視領域において光環化が進行するということが示されている。
【0004】
さらなる情報は、米国特許第5,175,079号、同第5,183,726号、同第5,443,940号、同第5,622,812号および同第6,359,150号;日本国特許(JP)第2−250877号、同第3−014538号、同第3−261762号、同第3−261781号、同第3−271286号、同第4−282378号、同第5−059025号、同第5−22035号、同第5−222036号、同第5−222037号、同第6−199846号、同第10−045732号、同第2000−072768号、同第2000−344693号、同第2001−048875号、同第2002−226477号、同第2002−265468号および同第2002−293784号;ならびにIrieら、「Thermally Irreversible Photochromic Systems.Reversible Photocyclization of Diarylethene Derivatives」、Journal of Organic Chemistry,1988,53,803−808,Irieら、「Thermally Irreversible Photochromic Systems.A Theoritical Study」,Journal
of Organic Chemistry,1988,53,6136−6138,およびIrie「Diarylethenes for Memories and Switches」,Chemical Review,2000,100,1685−1716に見出すことができる。本発明のフォトクロミック化合物は、これらの引用文献に記載されたのと同じ方法で用いられ得る。
【0005】
本発明は、フォトクロミック化合物におけるジアリールエテンの特性を乱す配位化合物の使用に関する。以下に記載されるのは、配位化合物形成のための、フェナントロリン、ピリジン、ジアジン、トリアジン、ポリピリジン、ポルフィリンおよびフタロシアニンなどのような1つ以上の供与体ヘテロ原子を含む単環式環構造または多環式環構造の一部であるアッパー(upper)シクロアルケンを有する、cis−ジアリールエテン含有リガンドの設計、合成および研究の報告である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、不安定で、感作されたフォトクロミック特性を示し得る新規なクラスのジアリールエテン含有配位化合物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のフォトクロミック化合物は、配位化合物の受容体原子に配位する1つ以上の供与体原子を有するジアリールエテンを含む配位化合物である。ジアリールエテンであって、該ジアリールエテン内の複素環式部分、単環式部分または多環式部分におけるエテン基が、配位化合物を形成し得る任意の供与体原子(単数または複数)を有するジアリールエテンはすべて本発明において用いられ得る。アリール基の性質には制限がなく、それらは例えば、チエニル基のようなヘテロアリール基であってもよい。同様に、エテン含有複素環式リガンド部分と配位され得る、あらゆる受容体原子が使用され得る。
【0008】
好ましい形態では、フォトクロミック配位化合物は、以下の一般式(I):
【0009】
【化1】

【0010】
で表され、ここで、ユニットBは、フェナントロリン、ピリジン、ジアジン、トリアジン、ポリピリジン、ポルフィリンおよびフタロシアニンなどのような単環式環構造または多環式環構造であり、1〜4個の供与体ヘテロ原子X、例えば、窒素、酸素、イオウ、リン、セレンを含み、すなわち、nが0〜3の整数であり、[M]がレニウム(I)、亜鉛(II)、ルテニウム(II)、オスミウム(II)、ロジウム(III)、イリジウム(III)、金(III)、銅(I)、銅(II)、白金(II)、パラジウム(II)、鉄(II)、コバルト(III)、クロム(III)、カドミウム(II)およびホウ素(III)などのような受容体原子Mを含む配位ユニットであり、R1およびR6が個々に、アルキル基およびアルコキシ基であり、そしてR2〜R5が個々に、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、アルキル基、アルコキシ基、シアノ基、ニトロ基、アルキルカルボニル基、アルコキシカルボニル基、ペルフルオロアルキル基、アリール基、シクロアルキル基、アリールカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、モノアルキルアミノカル
ボニル基またはジアルキルアミノカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基、アリールカルボニルオキシ基、アリールオキシ基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニルオキシ基などの群から選択される原子または基である。一般には、任意のアルキルまたはアルコキシ基は、1〜約20個の炭素原子を含み、任意のシクロアルキル基は、3〜8個の炭素原子を含み、そして任意のアリール基は6〜約20個の炭素原子を含む。
【0011】
複素環式エテン含有リガンド部分を含むジアリールエテン化合物の例の非限定的な列挙には、5,6−ジチエニル−1,10−フェナントロリン、2,3,7,8,12,13,17,18−オクタチエニル−5,10,15,20−テトラフェニルポルフィリン、6,7−ジチエニル−ジピリド[3,2−a:2’,3’−c]フェナジンなどを含む。
【0012】
配位ユニットの非限定的な列挙には、クロロトリカルボニルレニウム(I)、ジチオラト亜鉛(II)、ジハロ白金(II)、ビピリジル白金(II)、ビス[ビピリジル]−ルテニウム(II)、ジホスフィノ銅(I)、ビピリジル銅(I)などを含む。
【0013】
本発明における純粋な有機対(遊離のリガンド)を用いた配位化合物の形成の1つの利点は、λ≦340nmからそれより低エネルギーへのジアリールエテン部分の光環化のための励起波長が長くなることであり、その結果フォトクロミックフォワード反応(forward reaction)は、配位化合物の特徴である低エネルギー吸収の利用によって可視光励起を進行し得る。さらに、フォトクロミック反応は、この配位化合物の特徴である光ルミネセンス特性を切り換えるために利用され得る。
【実施例1】
【0014】
リガンド(L1)は、図1に示される合成経路に従って、水およびTHFの異種混合物中で、パラジウム触媒であるPd(PPh34および炭酸ナトリウムの存在下で、2.5当量の2,5−ジメチル−3−チエニルボロン酸および5,6−ジブロモ−1,10−フェナントロリンのスズキ・クロスカップリング反応によって合成される。313nmの光での励起(L1)によって、光環化生成物に相当する、閉環体の形成が生じる。ベンゼン溶液中の(L1)の開環型および閉環体の重複する電子吸収スペクトルを図2に示す。
【0015】
クロロトリカルボニルレニウム(I)錯体に対する配位の際、対応する錯体(1)の開環体は、λ≦340nmでのリガンド内吸収、およびλ≦480nmまでのこの配位化合物に特徴的な金属−リガンド間電荷移動(MLCT)吸収の両方の励起による光環化を受ける。(L1)および錯体(1)の電子吸収データを、表1にまとめる。これらの化合物の閉環体は、熱的逆反応を受けることが見出されている。この閉環体の半減期は、表2において決定されてまとめられている。(L1)およびそのレニウム錯体(1)の光環化および光環状脱離反応(photo−cycloreversion)の両方についての量子収率を表3にまとめる。
【0016】
【表1】

【0017】
【表2】

【0018】
【表3】

【0019】
開環体および閉環体の両方の光ルミネセンス特性を測定した。図5および図6は、ベンゼン中での298Kにおける、そしてEtOH−MeOHガラス(4:1 v/v)中での77Kにおける、錯体(1)の開環体および閉環体の重複発光スペクトルを示す。錯体(1)の発光は、開環体の閉環体への光環化の際の、金属−リガンド間電荷移動(MLCT)リン光からリガンド中心(ligand−centered)(LC)リン光へ変化することが見出された。これらによって、フォトクロミック反応の際の発光特性の変化が実証される。表4に、リガンド(L1)および錯体(1)の発光データをまとめた。
【0020】
【表4】

【実施例2】
【0021】
ジチオラト亜鉛(II)錯体に対する(L1)の配位の際、対応する錯体(2)、(3)および(4)の開環体は、λ≦340nmでの励起による光環化を受ける。図7は、λ
=300nmでの励起の際の錯体(4)の吸収スペクトル変化を示す。錯体(2)、(3)および(4)の開環体および閉環体の両方の最大電子吸収を表5にまとめる。
【0022】
【表5】

【0023】
当業者は、本発明の趣旨および範囲から逸脱することなく、本発明において種々の変化および改変をなすことが可能であるということを理解する。記載される種々の実施形態は、本発明のさらなる例示のためであり、限定する意図ではなかった。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、例示的な実施例として、5,6−ジチエニル−1,10−フェナントロリンおよびそのクロロトリカルボニルレニウム(I)およびジチオラト亜鉛(II)化合物を用いる、ジアリールエテン含有リガンドおよびその配位化合物の代表的な合成経路を示す。
【図2】図2は、ジアリールエテン含有窒素供与体リガンド(L1)の開環体(−)および閉環体(−−)の重複する電子吸収スペクトルを示す。
【図3】図3は、ジアリールエテン含有配位化合物(1)の開環体(−)および閉環体(−−)の重複する電子吸収スペクトルを示す。
【図4】図4は、例示として、5,6−ジチエニル−1,10−フェナントロリンおよびそのクロロトリカルボニルレニウム(I)化合物を用いる、(a)ジアリールエテン含有リガンドおよび(b)その配位化合物のフォトクロミック反応を示す。
【図5】図5は、ベンゼン溶液中で298Kにおける(1)の開環体(−)および閉環体(−−)の重複する補正済みの発光スペクトルを示す。
【図6】図6は、EtOH−MeOH(4:1 v/v)ガラス中で77Kにおける(1)の開環体(−)および閉環体(−−)の重複する補正済みの発光スペクトルを示す。
【図7】図7は、ベンゼン中で、λ=300nmでの励起の際の錯体(4)の吸収スペクトル変化を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配位ユニットの受容体原子に1つ以上の供与体原子が配位されたジアリールエテンを含む、フォトクロミック配位化合物
【請求項2】
ジアリールエテン含有配位化合物である一般式(I):
【化1】

で表されるフォトクロミック化合物であって、該ジアリールエテンが、受容体原子Mを含む、配位ユニット[M]に配位する1つ以上の供与体原子を有する単環式環構造または多環式環構造の一部を含み、
ユニットBが、1〜4個のヘテロ原子Xを含む単環式環構造または多環式環構造であり、nが0〜3の整数であり、[M]が受容体原子Mを含む配位ユニットであり、R1およびR6が個々に、アルキル基またはアルコキシ基であり、そしてR2〜R5が個々に、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、アルキル基、アルコキシ基、シアノ基、ニトロ基、アルキルカルボニル基、アルコキシカルボニル基、ペルフルオロアルキル基、アリール基、シクロアルキル基、アリールカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、モノアルキルアミノカルボニル基またはジアルキルアミノカルボニル基、アルキルカルボニルオキシ基、アリールカルボニルオキシ基、アリールオキシ基、アルコキシカルボニル基およびアリールオキシカルボニルオキシ基の群から選択される原子または基である、フォトクロミック化合物。
【請求項3】
ユニットBがフェナントロリン、ピリジン、ジアジン、トリアジン、ポリピリジン、ポルフィリンおよびフタロシアニンからなる群より選択され;そして受容体原子Mがレニウム(I)、亜鉛(II)、ルテニウム(II)、オスミウム(II)、ロジウム(III)、イリジウム(III)、金(III)、銅(I)、銅(II)、白金(II)、パラジウム(II)、鉄(II)、コバルト(III)、クロム(III)、カドミウム(II)およびホウ素(III)からなる群より選択される、請求項2に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項4】
ヘテロ原子Xが、窒素、酸素、イオウ、リンおよびセレンからなる群より選択される、請求項2に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項5】
ユニットBがフェナントロリンである、請求項2に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項6】
ユニットBがポルフィリンである、請求項2に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項7】
1およびR6がメチル基であり、そしてR3およびR4が水素原子である、請求項5または請求項6に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項8】
2およびR5が水素原子である、請求項7に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項9】
2およびR5がメチル基である、請求項7に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項10】
2およびR5が臭素原子である、請求項7に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項11】
Mがレニウム(I)である、請求項5に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項12】
Mが亜鉛(II)である、請求項7に記載のフォトクロミック化合物。
【請求項13】
Mが白金(II)である、請求項7に記載のフォトクロミック化合物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2007−525471(P2007−525471A)
【公表日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−517941(P2006−517941)
【出願日】平成16年7月6日(2004.7.6)
【国際出願番号】PCT/CN2004/000755
【国際公開番号】WO2005/003126
【国際公開日】平成17年1月13日(2005.1.13)
【出願人】(504404227)ザ ユニバーシティ オブ ホンコン (5)
【Fターム(参考)】