説明

フッ化カルボニルの製造方法

【課題】フッ化カルボニルの製造方法であって、テトラフルオロエチレンを酸素と反応させてフッ化カルボニルを安全かつ効率的に得ることのできる新規な方法を提供する。
【解決手段】テトラフルオロエチレンガスと、テトラフルオロエチレンに対して8倍モル以上の空気の存在下で、加熱によりテトラフルオロエチレンを酸素と反応させてフッ化カルボニルを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ化カルボニルの製造方法に関し、より詳細には、テトラフルオロエチレンを酸素と反応させてフッ化カルボニルを得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ化カルボニル(COF)は、半導体産業などで使用されているCVD(化学的気相蒸着)装置のクリーニングガスとして従来用いられてきた地球温暖化係数の高いガスの代替物として使用されるなど、その需要が拡大してきている。
【0003】
フッ化カルボニルの製造方法としては、以下のような方法が知られている(特許文献1を参照のこと)。
1.一酸化炭素または二酸化炭素を原料とする方法
2.ホスゲンを原料とする方法
3.トリフルオロメタンを原料とする方法
4.テトラフルオロエチレンを原料とする方法
【0004】
上記1〜3の方法は、電解槽などの高価な設備を要すること、使用する原料の毒性が高く、原料や反応混合物の発火性が高いこと、500℃以上の反応温度を要することなど、いずれも難点があり、フッ化カルボニルを工業的に製造するには適切でない。
【0005】
上記4の方法については、テトラフルオロエチレンを酸素で酸化してフッ化カルボニルを得る方法があるが、テトラフルオロエチレンを酸素と直接反応させると爆発の危険性がある。そこで、フッ化カルボニルを安全に製造するために、フッ化化合物などの希釈剤が用いられ得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2007/037468号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H. Teranishi、「高圧下での爆発についての研究(IV) 酸素または空気と混合されたテトラフルオロエチレンの爆発(Studies on the Explosions under High Pressures (IV) The Explosions of Tetrafluoroethylene Mixed with Oxygen or Air)」、物理化学の進歩(The Review of Physical Chemistry of Japan)、1958年、第28巻、p.9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の通り、テトラフルオロエチレンを酸素と反応させてフッ化カルボニルを得る方法には爆発の危険性があるが、安全性を確保しつつも、フッ化カルボニルを効率的に製造できる方法が求められている。
【0009】
本発明は、フッ化カルボニルの製造方法であって、テトラフルオロエチレンを酸素と反応させてフッ化カルボニルを安全かつ効率的に得ることのできる新規な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
特許文献1には、テトラフルオロエチレンを酸素と反応させてフッ化カルボニルを生成させる場合、窒素ガスの存在がテトラフルオロエチレンの酸化反応の進行を妨げることから、窒素ガスを排除することによってフッ化カルボニルの収率が向上する旨が記載されており、反応器内に空気として混在する窒素ガスを除くことが教示されている。
【0011】
しかしながら、本発明者らは、酸素源として空気を用いても、テトラフルオロエチレンからフッ化カルボニルを高収率で製造できることを独自に見出し、鋭意研究の結果、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明の1つの要旨によれば、テトラフルオロエチレンガスと、テトラフルオロエチレンに対して8倍モル以上の空気の存在下で、加熱によりテトラフルオロエチレンを酸素と反応させてフッ化カルボニルを得る、フッ化カルボニルの製造方法が提供される。
【0013】
本発明の上記製造方法によれば、テトラフルオロエチレンに対して8倍モル以上の空気を用いることにより、爆発の危険性を回避することができる。更に、本発明の上記方法では、酸素源として空気を用いており、これにより、反応器内に窒素が相当な割合で存在することとなるにもかかわらず、フッ化カルボニルが高収率で得られることが、本発明者らにより確認された。
【0014】
本発明において用語「空気」は、一般的な意味で用いられる。より詳細には、空気は、通常、窒素 約78mol%、酸素 約21mol%、およびその他(アルゴン、二酸化炭素など)の残部から構成されるが、場合により、窒素および酸素の各含量につき多少の差異が生じ得ることに留意されたい。
【0015】
本発明の上記製造方法において、テトラフルオロエチレンガスは、テトラフルオロエチレン純度90モル%以上であることが好ましい。このように高純度の(または精製された)テトラフルオロエチレンガスを用いることにより、酸素源として空気を用いても、フッ化カルボニルを高収率で得ることができる。
【0016】
本発明において、テトラフルオロエチレンガスは、クロロジフルオロメタン含量1モル%以下であることが好ましい。このように、クロロジフルオロメタンを少量しか含まない、好ましくは実質的に含まない、テトラフルオロエチレンガスを用いることにより、酸素源として空気を用いても、フッ化カルボニルを高収率で得ることができる。
【0017】
本発明において、272℃以上350℃以下の温度で反応を実施することが好ましい。かかる温度範囲を選択することにより、フッ化カルボニルを高収率で得ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、フッ化カルボニルの製造方法であって、テトラフルオロエチレンを酸素と反応させてフッ化カルボニルを安全かつ効率的に得ることのできる新規な方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】フッ化カルボニル(COF)収率の温度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明のフッ化カルボニルの製造方法について詳述する。
【0021】
まず、原料として、テトラフルオロエチレンガスを準備する。テトラフルオロエチレンガスは、テトラフルオロエチレン(本明細書においてTFEとも言う)を比較的高い純度で含むガスであればよい。
【0022】
テトラフルオロエチレンガス中のテトラフルオロエチレン純度は、90モル%以上であることが好ましく、約98モル%以上であることがより好ましい(但し、理論最大値100モル%)。
【0023】
かかるテトラフルオロエチレンガスは、任意の方法により得られたものであってよい。例えば、クロロジフルオロメタン(本明細書においてHCFC−22とも言う)を熱分解して得られたテトラフルオロエチレン含有組成物を精製したものであってよい。
【0024】
テトラフルオロエチレンガスは、不純物として他の成分を含んでいてよいが、クロロジフルオロメタン含量は小さいほうが好ましく、クロロジフルオロメタンをできるだけ含んでいないことがより好ましい。テトラフルオロエチレンガス中のクロロジフルオロメタン含量は、1モル%以下であることが好ましく、約0.1モル%以下であることがより好ましい(但し、理論最小値0モル%)。
【0025】
次に、このテトラフルオロエチレンガスを空気と共に反応器に導入する。
【0026】
反応器として管型反応器を用いれば、フッ化カルボニルを連続式で製造することができる。管型反応器としては、例えば内径10mm以下、好ましくは2mm以下のものを用いることができ、かかる寸法の管型反応器を用いれば高い伝熱効率を得ることができる。しかしながら、本発明はこれに限定されず、任意の適切な反応容器を用いてよく、フッ化カルボニルをバッチ式で製造してもよい。
【0027】
反応器に導入する空気の量は、これと一緒に導入するテトラフルオロエチレンガスに含まれるテトラフルオロエチレンに対して8倍モル以上、好ましくは9倍モル以上、例えば9〜19倍モルとする。テトラフルオロエチレンと酸素とは着火源があれば爆発し得るが、テトラフルオロエチレンと空気の2成分系の場合、その爆発範囲は、テトラフルオロエチレン濃度11〜60%であると報告されている(非特許文献1を参照のこと)。よって、テトラフルオロエチレンに対して8倍モル以上の空気が存在すれば、テトラフルオロエチレンと空気の爆発範囲から外すことができ、着火源があったとしても、爆発が起こることはない。
【0028】
反応器内の温度(すなわち、反応温度)は、例えば200℃以上400℃以下の範囲とすることができる。200℃未満では、テトラフルオロエチレンガスが空気に対して化学的に安定な状態となっており、反応が進行しない。400℃を超えると、エネルギー(熱)を過剰に供給することとなって効率的でなく、また、反応器等を構成している材料への熱的負荷が大きくなるため不利である。適正な温度範囲は、具体的な条件(反応器の形状および寸法、テトラフルオロエチレンガスおよび空気の供給流量、圧力などの他の反応条件)に応じて異なり得るが、200℃以上400℃以下の範囲のなかでも、特に250℃を超える温度、例えば272℃以上350℃以下の温度範囲で高収率が得られることが、本発明者らにより確認されている。反応器内の圧力は、特に限定されないが、例えば0.1013〜0.3MPaA(絶対圧)としてよい。反応時間(滞留時間)は、フッ化カルボニル生成反応が十分に進行する程度に適宜設定され得るが、例えば0.1〜30秒としてよく、好ましくは1〜10秒である。
【0029】
かかる条件下、反応器内で加熱されることにより、テトラフルオロエチレンが酸素と反応してフッ化カルボニルを生成する。生成したフッ化カルボニル(COF)は、他の残りの成分(空気に由来する窒素、および存在する場合には未反応のTFEなどを含む)と共に、反応混合物(ガス状物)として反応器から抜き出される。
【0030】
以上により、本発明のフッ化カルボニルの製造方法が実施される。
【0031】
本発明によれば、テトラフルオロエチレンと空気とを爆発範囲外の割合で存在させており、フッ化カルボニル生成反応を爆発範囲外で実施できるので、フッ化カルボニルを安全に製造することができる。
【0032】
また、本発明によれば、酸素源として空気を用いることができ、空気中の窒素は希釈剤として機能するので、高純度の酸素を用いることも、フッ化化合物などの高価な希釈剤を用いることも不要であり、よって、フッ化カルボニルを安価に製造することができる。
【0033】
本発明を限定するものではないが、かかる製造方法によれば、比較的低温(例えば272℃)であっても、フッ化カルボニルを高収率で、例えば95%以上、好ましくはほぼ100%の収率で製造することができる。
【0034】
本発明はいかなる理論によっても拘束されないが、高純度のテトラフルオロエチレンガスを用いる場合には、窒素ガスの存在がテトラフルオロエチレンの酸化反応の進行を実質的に妨げないものと理解される。特許文献1では、低純度のテトラフルオロエチレンガス(TFEのほか、HCFC−22を比較的多量に含む)を用いているため、酸素源として空気を用いて反応させると、テトラフルオロエチレンの酸化反応が阻害されるものと思われる(特許文献1の比較例を参照のこと)。
【実施例】
【0035】
以下、実施例を通じて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0036】
原料のテトラフルオロエチレンガスには、テトラフルオロエチレン純度99モル%、クロロジフルオロメタン含量0.1モル%以下(実質的に0モル%)のテトラフルオロエチレンガス(以下、TFEガスとも言う)を用いた。
【0037】
反応器には、外部ヒーターにより温度調整可能な内径1.78mmおよび長さ20mの直管型反応器(東レエンジニアリング株式会社製、「高温反応用マイクロリアクタ」)を用いた。
【0038】
反応器を予め所定の温度に設定し、反応器の一端に位置する入口から他端に位置する出口へと窒素ガスを流通させて、反応器内をパージした。
【0039】
設定温度を300℃とした反応器にTFEガスと空気を、反応器入口の直前に設置したミキサーにより混合した上で導入し、反応器内を流通させて、その出口から反応混合物を得た。TFEガスの供給流量は14.9NmL/分(5モル%)とし、空気の供給流量は283.5NmL/分(95モル%)とした。滞留時間は約5秒であった。なお、流量は標準状態(0℃、1atm)での流量(NmL/分)にて示す。
【0040】
上記で得られた反応混合物の組成をガスクロマトグラフィーで分析し、TFE転化率、COF選択率およびCOF収率を求めた。この結果を表1に示す(No.1)。反応器の入口温度および出口温度の測定値を表1に併せて示す。
【0041】
表1に示すように、反応器の設定温度を種々変更したこと以外は上記と同様にして反応混合物を得た。これらの結果を表1に示す(No.2〜6)。
【0042】
【表1】

【0043】
表1のデータ(TFEガス5モル%、空気95モル%、空気/TFE=19(モル/モル)、よって、酸素/TFE=約4(モル/モル))から、反応器の入口温度(℃)に対してCOF収率(%)をプロットしたグラフを図1に示す。図1および表1から理解されるように、温度250℃以下では0%のCOF収率であったのに対し、温度272℃〜350℃(入口温度では272℃〜352℃)の範囲では100%のCOF収率が得られた。
【0044】
上記実施例では、温度250℃以下とした場合(No.3〜4)にはCOF収率が0%となり、温度272℃〜350℃とした場合(No.1〜2、5〜6)にはCOF収率が100%となり、COF収率は温度250℃〜272℃の間で顕著に上昇した。本発明においては、COF収率が温度によって顕著に変化する傾向が認められるものの、高いCOF収率が得られる温度の下限値は、具体的な条件(反応器の形状および寸法、テトラフルオロエチレンガスおよび空気の供給流量、圧力などの他の反応条件)に応じて異なり得る。よって、適正な温度範囲は、本発明の開示に基づいて、具体的な条件に応じて個々に選択し得るものである。
【0045】
次に、反応器の設定温度を272℃とし、加えて、TFEガスの供給流量を29.8NmL/分(10モル%)とし、空気の供給流量を268.6NmL/分(90モル%)とし、滞留時間を5秒としたこと(No.7)、TFEガスの供給流量を59.7NmL/分(10モル%)とし、空気の供給流量を537.1NmL/分(90モル%)とし、滞留時間を2.5秒としたこと(No.8)、TFEガスの供給流量を120.3NmL/分(10モル%)とし、空気の供給流量を1082.7NmL/分(90モル%)とし、滞留時間を1.2秒としたこと(No.9)以外は上記と同様にして反応混合物を得た。これらの結果を表2に示す(No.7〜9)。
【0046】
加えて、反応器の設定温度を272℃とし、TFEガスの供給流量を120.3NmL/分(10モル%)とし、空気の供給流量を1082.7NmL/分(90モル%)とし、滞留時間を1.2秒とし、更に、ミキサーで混合しなかったこと以外は上記と同様にして反応混合物を得た。この結果を表2に示す(No.10)。
【0047】
【表2】

【0048】
表2のデータ(TFEガス10モル%、空気90モル%、空気/TFE=9(モル/モル)、よって、酸素/TFE=約2(モル/モル))から理解されるように、温度272℃では99%以上のCOF収率が得られた。
【0049】
なお、これら実施例では、原料のテトラフルオロエチレンガスとして、テトラフルオロエチレン純度99モル%およびクロロジフルオロメタン含量0.1モル%以下(実質的に0モル%)のTFEガスを用いたが、本発明はこれに限定されない。概して、本発明において、テトラフルオロエチレン純度は高く、クロロジフルオロメタン含量は低いことが好ましいが、テトラフルオロエチレンガスのテトラフルオロエチレン純度およびクロロジフルオロメタン含量の適正な数値範囲は、具体的な条件(反応器の形状および寸法、テトラフルオロエチレンガスおよび空気の供給流量、圧力などの他の反応条件)に応じて異なり得る。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、フッ化カルボニルを安全かつ効率的に製造でき、本発明は、フッ化カルボニルを工業的に製造するために好適に利用され得る。本発明に従って製造されるフッ化カルボニルは、半導体産業などにおけるCVD装置のクリーニングガスのほか、種々の用途に利用され得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テトラフルオロエチレンガスと、テトラフルオロエチレンに対して8倍モル以上の空気の存在下で、加熱によりテトラフルオロエチレンを酸素と反応させてフッ化カルボニルを得る、フッ化カルボニルの製造方法。
【請求項2】
テトラフルオロエチレンガスは、テトラフルオロエチレン純度90モル%以上である、請求項1に記載のフッ化カルボニルの製造方法。
【請求項3】
テトラフルオロエチレンガスは、クロロジフルオロメタン含量1モル%以下である、請求項1または2に記載のフッ化カルボニルの製造方法。
【請求項4】
200℃以上400℃以下の温度で反応を実施する、請求項1〜3のいずれかに記載のフッ化カルボニルの製造方法。
【請求項5】
250℃を超え、400℃以下の温度で反応を実施する、請求項4に記載のフッ化カルボニルの製造方法。
【請求項6】
272℃以上350℃以下の温度で反応を実施する、請求項5に記載のフッ化カルボニルの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−14500(P2013−14500A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−119290(P2012−119290)
【出願日】平成24年5月25日(2012.5.25)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)
【Fターム(参考)】