説明

フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレン共重合体とカーボンナノチューブとのブレンド配向膜及びその製造方法

【課題】弾性率が高く、透明であり、結晶配向性に優れた膜であって、更にPr値(残留分極値)が高く、強い圧電効果をもつ、P(VDF/TrFE)とカーボンナノチューブとのブレンド膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体とMWCNTまたはSWCNTを溶媒に溶解後、これを溶液キャストして得られた膜(キャスト膜)を延伸し、その後、熱処理結晶化することを特徴とするフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体とフラーレンとのブレンド膜の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体とカーボンナノチューブが高度に配向したブレンド配向膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
強誘電性高分子であるフッ化ビニリデン(PDF)とトリフルオロエチレン(TrFE)の共重合体 P(VDF/TrFE) は、優れた圧電特性と大きい自発分極(残留分極)をもち、柔軟性、加工性を生かした圧電センサー・トランスジューサ,赤外線焦電センサー、薄膜不揮発性メモリなど種々の素子・デバイスへの応用が検討され、実用が進みつつある。
しかしながら、本共重合体は結晶化度が高く、しばしば、膜は厚いラメラ結晶の集合体となるので、白濁し、変形によって破断しやすく用途上制約があった。すでに、本発明者らは、この共重合体を一軸延伸した膜を、融点以下に存在する常誘電相で膜表面を自由にして結晶化して得られる単結晶状のP(VDF/TrFE) 膜が、非特許文献1,2, および特許文献1、2に開示されているように、既存の高分子圧電膜では達成されていない高い透明性と弾性率、圧電性を有しており、応用上、優れた高分子圧電材料であることを示した。しかし、本発明者らの見積によれば、この単結晶状膜においても、P(VDF/TrFE)が本来の有している性能が完全に実現されているとはいえない。もし、P(VDF/TrFE)とは性質の異なる機能性分子を高度に配向した状態で単結晶状膜中に導入できると、P(VDF/TrFE) 膜の性能のさらなる向上、新しい機能の発現が期待される。
我が国で発見されたカーボンナノチューブ(CNT)は炭素が共有結合とπ電子結合だけで長い筒状の分子を作っている分子であり、その高い弾性率,電気伝導率,半導体特性,熱伝導率などをもつことから,先端機能材料として,各国でその応用研究開発がすすめられている。そこで、本発明では機能性分子としCNTをP(VDF/TrFE)に導入し、機能性向上を図った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第2681032号公報
【特許文献2】特許第3742574号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Hiroji Ohigashi, Kenji Omote,and TeruhisaGomyo, Appl. Phys. Lett.66, 3281 (1995)
【非特許文献2】Kenji Omote,Hiroji Ohigashi, and KeikoKoga, J. Appl. Phys. , 81, 2760 (1997).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の強誘電性高分子P(VDF/TrFE)共重合体は、力学的には脆弱であり、また不透明であり、更に結晶配向性に劣るという欠点を有しており、各種の用途に対して、不十分な特性であった。また、P(VDF/TrFE)単結晶状膜もさらなる機能向上が期待できるが、実現していない。
【0006】
本発明の課題は、CNTをP(VDF/TrFE) に配向した状態でブレンドし、弾性率が高く、透明であり、結晶配向性に優れた膜であって、更に残留分極値(Pr値)が高い、ブレンド膜およびその製造方法を提供することである。すなわち、従来の単結晶状膜の特性を生かしたまま、さらにその機能性、特に圧電性能が向上した高分子圧電特性を有する配向膜とその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、機能性分子として、カーボンナノチューブ(CNT)を強誘電性高分子であるP(VDF/TrFE)膜中に分散したブレンド膜を延伸して配向させ、次いでを強誘電性高分子膜の融点以下にある強誘電相途上誘電相の結晶相転移温度Tc以上と融点Tm以下の温度範囲に出現する常誘電相(液晶相)で熱処理結晶化する手段を用いて高度に配向結晶化したP(VDF/TrFE) 膜中にCNTも延伸方向に配向したCNT分散配向P(VDF/TrFE)膜を製造することにより、従来の問題を解決する。
本発明の請請求項1は、フッ化ビニリデン(65〜85 mol%)とトリフルオロエチレン(35〜15 mol%)の共重合体P(VDF/TrFE)とCNTとの混合物からなることを特徴とするブレンド膜である。
本発明の請求項2の混合膜は、前記CNTが、多層(マルチウオール)カーボンナノチューブ(MWCNT)、または単層(シングルウオール)カーボンナノチューブ(SWCNT)であることを特徴とする請求項1記載の共重合体P(VDF/TrFE)とCNTとのブレンド膜である。
本発明の請求項3の混合膜は、前記CNTが、P(VDF/TrFE) 100重量部に対して、0.0005〜1.0重量部の割合でブレンドされたことを特徴とする請求項2記載のP(VDF/TrFE)とCNTとのブレンド膜である。
【0008】
本発明の請求項4の混合膜の製造方法は、P(VDF/TrFE)とCNTとを前記請求項3の重量比で溶媒に溶解し、溶媒を蒸発除去した後に延伸し、さらに、この共重合体の常誘電相、すなわちキュリー温度Tc以上融点Tm以下の温度で熱処理結晶化することを特徴とするフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンとの共重合体とCNTのブレンド膜の製造方法である。
本発明の請求項5のブレンド膜の製造方法は、前記請求項1から3に記載のフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体とCNTのブレンド膜に抗電場以上の電場を加えてポーリングすることによって、共重合体の強誘電性に基づく安定な分極が付与されたフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレン共重合体とCNTの圧電性強誘電性をもつブレンド膜の製造方法である。
なお、ここではブレンド配向体を「膜」で表現したが、必ずしも膜に限定されるわけではなく例えば繊維状、リボン状の配向体も本請求の範囲に含まれる。また、請求項5では延伸前の膜を溶液法で作成することに言及したが、未延伸の膜が非晶部を多く含み、結晶部が微小結晶からなる膜、繊維であればよく、融液をおし出し、結晶核が発達するより速く冷却して得られる膜状や繊維状の物体を延伸し常誘電相で熱処理結晶化してもよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の請求項1,2,3、4,5, に係るブレンド膜によれば、CNTを混合することによって、弾性率が高く、透明であり、2色性をもつ、結晶配向性に優れた膜であって、更にPr値(残留分極値)が大きく、強い圧電効果をもつ、フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体とCNTとのブレンド膜を得ることができる。
【0010】
本発明によれば、弾性率が高く、透明であり、2色性をもつ、結晶配向性に優れた膜であって、更にPr値(残留分極値)が高い、強い圧電効果をもつフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンとの共重合体とCNTとのブレンド配向膜及びその製造方法を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の方法によって作成したP(VDF/TrFE)(75/25)共重合と短尺MWCNT 0.1 wt%のブレンド膜の複屈折性と2色性を示す偏光顕微鏡像を示す
【図2】本発明の方法によって作成したP(VDF/TrFE)(75/25)共重合体とSWCNT 0.01 wt%および長尺MWCNT 0.1wt% のブレンド膜)をクロスニコル下で観察した偏光顕微鏡像を示す図。
【図3】延伸結晶化膜の結晶軸の配向をX線回折で定量的に計測する方法の原理図。
【図4】本発明のブレンド膜(0−0.1重量%のMWCNTを添加)の延伸方向の分子鎖配向を結晶(001)面からのX線回折で調べた結果の概要を示す図。(0重量%の添加ブレンド膜はP(VDF/TrFE) 単結晶状膜SCFを意味する。以下同様。)
【図5】本発明のブレンド膜((0-0.1重量%のMWCNT添加) の結晶面(110)/(200)の選択配向性をX線回折で調べた概要を示す図。
【図6】本発明のSWCNT(0.01wt%)と長尺MWCNT(0.1wt%)ブレンド膜の配向分布をX線回折で調べた結果の概要を示す図。
【図7】本発明の表面の状態の異なる短尺MWCNT 0.1wt%を分散した混合膜の選択配向性の差異を示す001回折と110/200回折のロッキング曲線。MWCNTの新鮮さによるa,b軸の選択配向性への影響を示す。
【図8】本発明のMWCNT(0.1wt%)を分散したブレンド膜とP(VDF/TrFE) SCFの強誘電性に基づくD−Eヒステリシス曲線の比較を示す図。
【図9】本願発明のMWCNT (0.1wt%)を分散したブレンド膜をポーリングして得られた圧電膜で作成した厚み自由伸縮振動子の電気アドミッタンスと周波数の関係 (圧電共振曲線)を示す図。
【図10】本願発明の短尺MWCNT (0.1wt%)を分散したブレンド膜をポーリングして得られた圧電膜で作成した長さ自由伸縮振動子の電気アドミッタンスと周波数の関係 (圧電共振曲線)を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施する形態に基づいて発明を詳細に説明する。本発明のブレンド膜は、強誘電性高分子であるP(VDF/TrFE) 共重合体の高度に配向結晶化した膜の中に細長いCNT分子(直径に対する長さの比は102〜105にも達する)が分散し、前記強誘電性高分子とともにCNTも高度に配向した膜である。この共重合体は高い結晶化度をもつ高分子であり、通常ラメラ結晶からなる集合体として結晶化する。しかし、背景技術(0002)で述べたように、延伸した膜を、融点以下に存在する常誘電相で、膜面を自由にした状態で熱処理すると、常誘電相は分子鎖方向には一種の液晶状態であるので、高分子は分子鎖方向に容易に拡散移動し、すべての分子鎖が伸びきった状態で結晶化した、極めて均一な膜に膜に自己組織化する。このように結晶化した膜は非特許文献1,2に開示されているように、延伸方向に分子鎖が高度に配向している(結晶c軸が延伸方向に平行になる)ばかりでなく、自発分極軸である結晶b軸が膜法線にから±30o、±90o、±150oの6方向に等確率で選択配向していること(未ポーリングの場合)、膜面に垂直に強い電場を加えてポーリンすると、自発分極軸が電場方向にできるだけ平行になるように回転して、±30oの方向のドメインだけになることが明らかになっている。この膜にはX線回折で検出できる非晶部は存在しない。また、光学的には均一で、ラメラ結晶や球晶は観測されず、クロスニコルを用いた偏光顕微鏡では、延伸軸が偏光方向と平行か、または垂直である時には完全に暗黒な像となる。さらに、分子鎖方向のヤング率は、ラメラ結晶の延伸軸方向のヤング率よりもずっと大きい (低温では200GPaに達する)。分子鎖方向すなわち、延伸膜を常誘電相で熱処理結晶化した膜は単結晶的な(正確には双晶的な)性質と構造もつ。(この膜を「単結晶状膜(single crystalline
film)」と呼び、 SCF と略記する。)
P(VDF/TrFE)
がSCFに成形可能なのは、常誘電相が存在することが必要である。キュリー温度Tcや融点Tmは分子量や重合法によっても変化すが、主にVDFとTrFEの組成比に依存する。実験によれば、標準的なP(VDF/TrFE) ではVDF/TrFEモル比が82/18〜85/15以上では常誘電相は現れない(強誘電相から常誘電相を経ずに融解する)。 また, 65/35以下では常誘電相は存在するがTcが100℃以下となるので、実用的にはTcが低すぎる。従ってSCFとして利用できるP(VDF/TrFE) のVDF成分は65〜85mol%、好ましくは65〜82mol%である。この組成の制限は本発明のP(VDF/TrFE) とCNTの配向結晶化膜に用いる場合でも同じである。本発明の実施例では75/25の場合を示してある。共重合体のTcは127℃、Tmは150℃であった。
【0013】
CNTはP(VDF/TrFE)とは相溶性がないが、例えばP(VDF/TrFE) の良溶媒であるジメチルホルムアミド(DMF)には比較的よく分散し、DMFを共通溶媒としてCNTをP(VDF/TrFE) のDMF溶液の中に分散させることができる。一般にはP(VDF/TrFE)に、相溶性のない材料を分散すると、これが不均一結晶核となり、ラメラ結晶ができる。本発明では、トリフルオロエチレン共重合体にCNTを共重合体の1wt%以下、より好ましくは0.4 wt%以下の濃度に調整した混合溶液から製膜した膜を、数倍に延伸し、ついで膜表面を自由にした状態で、常誘電相で結晶化すると、ラメラ結晶や球晶が発生することなく、前項で記載した単結晶状膜と類似の膜構造をもつ、分子鎖が高度に延伸方向に配向した透明な膜が得られることを見いことに基づく。
c軸の配向性はCNTの存在によってほとんど影響されず、配向係数は単結晶状膜のそれに近い。このことはCNTとP(VDF/TrFE) の間には分子鎖方向の配向を乱す相互作用は働いていないことを示している。一方、P(VDF/TrFE) 単独の膜に見られるa, b軸の選択配向性は、CNTの少量(0.001wt%)の添加であってもは完全に消滅する。CNTのチューブの側面に長さ方向に沿って吸着された分子鎖が、膜表面で形成されるa,b軸の配向秩序の伝搬を阻害する結果であると推論される。
一方、実施例2で示すように長時間空気中に暴露したCNTを用いたブレンド膜では、a, b の選択配向性は消滅しない。これはCNTのチューブ表面の活性が長時間の暴露により消滅しtものと考えられる。CNTの活性と不活性によって、選択配向性を制御で記とは実用上じゅうようである。
なお、ブレンド配向膜を常誘電相の熱処理する場合にも、膜面を自由にして行うことが必要である。膜表面に不均一結晶核の発生を防ぐためである。しかし、物理的、化学的に膜面を侵さない物体であれば膜面との接触は許容される。例えばシリコンオイルやフッ素系液体はこれにあたる。
【0014】
(実施例1)
NanoLab社から購入したCVD法で作成したMWCNT(直径30±15 nm、長さ5−20μm 純度95%以上)(このCNTを短尺MWCNTと名付ける)をP(VDF/TrFE) に対して0.1 wt%の濃度でP(VDF/TrFE) (75/25モル比) 中に分散した配向結晶化した膜を次のように作成した。P(VDF/TrFEの20wt%のジメチルフォルムアミド(DMF)溶液に、あらかじ24時間の超音波照射処理でDMFによく分散させた0.004wt%MWCNTのDMF分散溶液を、MWCNTのP(VDF/TrFE)に対する濃度が0.1%になるように加え、さらに5時間の超音波照射をおこなった。このMWCNT/P(VDF/TrFE)混合DMF溶液をキャストし、減圧下で、溶媒を蒸発させた。得られたブレンド膜を4−5倍に1軸延伸し、膜両端を固定、膜表面を自由にして、140℃で2時間の熱処理をおこなった。得られた膜の均一性とP(VDF/TrFE) およびMWCNTの配向状態を偏光顕微鏡で観測した。
【0015】
図1に本発明の方法によって作成したP(VDF/TrFE)(75/25)共重合とMWCNT 0.1 wt%の ブレンド膜の偏光顕微鏡像を示す。 (a), (b)は直交した二つの偏光子、ポーラライザー(偏光方向P)とアナライザー(偏光方向A)の間に膜の延伸方向をPに垂直に置いたとき(a)と、45oに置いたとき(b)に観測された像である。また、(c)、(d)は一つの偏光子Pだけを用いて、膜の延伸方向をPに垂直に置いたとき(c)と、平行に置いたとき(d)の偏光顕微鏡像である。(a)、(b)に示す直交偏光子による像によれば、膜中にはラメラ結晶や球晶は存在せず、膜全体にわたって均一な構造をもっており、また延伸方向が偏光方向に直角か平行であるときには暗黒になる。このことはP(VDF/TrFE)の分子鎖は延伸方向に高度に配向していることを示している。さらに(c),(d)に示すように偏光の吸収は、偏光面が延伸方向に垂直のときに比較して、平行のときが著しく強い。(画面で試料膜が存在する領域は、(c)では左側約3/4,(d)では下側約2/3である。他の領域には膜は存在しない。) CNTのπ電子による光吸収はその電子構造から、光吸収は偏光面がCNTの長さ方向に平行であるときに強く、CNTの径方向に平行な場合は弱いことが知られている。(たとえば、斉藤理一郎、篠原久典(編)「カーボンナノチューブの基礎と応用」(培風館,2004)。) したがって、本発明の膜の強い2色性は膜中に分散したMWCNTの長軸が延伸方向に強く配向していることを示している。この配向は膜表面および膜を延伸方向に平行な割断面をSEMで観察によっても確かめられた。
【0016】
DVD法で作成したNanoLab社製単層カーボンナノチューブSWCNT((直径1.0-1.5nm、±15 nm、長さ1-5μm、純度95%以上)を上に記載したMWCNTと同じ方法、条件でP(VDF/TrFE) 膜中に分散し、延伸結晶化膜を作成した。0.01%SWCNTを分散、延伸、結晶化したブレンド膜は、上記で述べたのと同様に2色性を示した。また、図2に示すように、SWCNTが延伸方向によく選択配向していることが示された。さらに、CM-CVD法によって静岡大学で合成された直径30nm、長さ2000μmのMWCNT(これを長尺MWCNTと名付ける) も上記と同じ方法でP(VDF/TrFE)に0.1wt%分散した延伸熱処理結晶化膜を作成した。偏光顕微鏡観察の結果(図2)、膜中にはラメラ結晶も、球晶も存在せず、さらに、延伸方向に配向したCNTによる偏光の強い2色性吸収があることから、P(VDF/TrFE) の分子鎖とともに長尺MWCNTも延伸方向に強く配向していることが分かった。
【0017】
(実施例2)
P(VDF/TrFE)
の延伸結晶化膜(単結晶状膜)の結晶配向性がカーボンナノチューブを分散させることによってどのように影響されるのかを定量的に調べるために、結晶面の膜中での方位分布をX線回折で定量的に計測した。使用したX線回折装置はBurker 社製D8でX線の波長はλ=0.1542nmである。本願発明のCNTを分散した高度に配向結晶化した膜中の結晶の存在形態はP(VDF/TrFE) 単結晶状膜(SCF)のそれに近いので、P(VDF/TrFE) SCFの回折の測定方法について説明する。斜方晶であるSCF結晶では、結晶c軸が分子鎖に平行であり、分子鎖は延伸方向に配向するので、(001)面が延伸軸に垂直となっている。この面の逆格子点を図3(a)に黒丸で示してある。分子鎖の配向に分布があると黒丸は円弧状になる。X線散乱ベクトルΔkをθ−2θ scanによりOの位置から逆格子点001を超えて走査すると、回折強度は001で最大になる。2θを強度が最大になる角度に固定し(P(VDF/TrFE)では2θ=35.3°)、図のようにO点を通る紙面に垂直軸の周りに膜を回転すると、回折強度依存性(ロッキング曲線)からこの面内でのc軸の配向分布が分かる。
単位格子のa, bはほぼa/b=√3であるので、110と200はほぼ重なり、逆格子点は図3(b)に示すように、ほぼ6回対称となる。従って、ロッキング曲線はωに対して60°の間隔でピークを示す。c軸の周りに選択配性がなければピークはなくなる。110/200の
θ−2θ scanは試料の延伸軸をX線ビームに垂直で、かつ膜面がθ=60°となるように配置しθを走査した。また、ロッキング曲線は2θを20.1° に固定し、回折強度のω依存性を測定した。
図4は実施例1で用いたNanoLab社のMWCNT (短尺MWCNT)を0〜0.1重量%を含む延伸結晶化ブレンド膜の001のθ−2θ 回折プロファイルと001のロッキング曲線を示した。ただしθ−2θ 回折プロファイはCNT濃度依存性はほとんど見られないのでMWCNT 0.1wt%のブレンド膜についてのみ示してある。
図5には図4で使用したのと同じ試料の110/200のθ−2θ 回折プロフィルと、ロッキング曲線を示す。図4と図5から、MWCNTの濃度の如何に関わらず、c軸の配向性は単結晶膜(SCF, CNTの濃度0 wt%)とほぼ同等程度に高い。しかし、a, b軸の選択配向は極めて低濃度(0.001wt%)の短尺MWCNTの添加で完全に消滅する。以下で述べるようにCNTによるa, b軸の選択配向の消滅はCNTのチューブの表面活性に関係している。
図6は短尺MWCNTの製造後1ヶ月以内のフレッシュな場合には、a、b軸の選択配向性を阻害すること、すなわち選択配向性が消滅することは図5に示した通りであるが、製造後3ヶ月以上大気に暴露すると0.1 wt%の添加量であっても配向性を阻害しないこと、すなわち、単結晶状膜SCF に見られるa、b軸の選択配向性が観測された。また、001の選択配向はP(VDF/TrFE)SCFとほぼ同等であった。このことは、おそらく水分や酸素の吸着によって、CNTの表面の活性が失われ、共重合体との相互作用が弱くなることを示唆している。
P(VDF/TrFE)に分散するCNTの濃度と、CNTの化学的、物理的処理によってチューブの表面状態をコントロールし、P(VDF/TrFE) のa、b、軸選択配向性を制御できることは、実用上極めて有用である。
【0018】
(実施例3)
SCFでは、分極軸であるb軸が膜面法線に対して±30°、±90°、±120°の方向を向いた分域からなっている。このうち±90°、±120°を向いた分域はポーリングにより回転、または反転し、すべて±30°度の分域になる。従って単結晶の分極をP, 結晶化度をχとすると膜の分極はPo cos30°χ=(√(3/2))Pχとなる。しかし、フレッシュなSWCNTやMWCNTをP(VDF/TrFE)に分散配向結晶化した本発明のブレンド膜では結晶のa,b軸は延伸軸に垂直な平面に一様に分布しているので、ポーリングによって、b軸はこの平面内で膜法線に対して−30°<Θ<+30°の角度範囲内に一様に分布することになり、その分極はPo<cos Θ>
χ=(3/π)χ
=0.955χとなる。結晶化度は両者ともχ=1としてよいので、分散膜はSCFよりも10%大きいはずである。
図8は短尺MWCNT
0.1 wt%を分散したP(VDF/TrFE) 混合膜のD-Eヒステリシス曲線をSCFのそれと比較した図である。これらの曲線は最大100 MV/m, 0.1Hz の交番電場を印加して得られたものである。分極の大きさを示す残留分極値Prと、混合膜とSCFでそれぞれ、112mC/m2と106
mC/m2、分極反転に必要な電場Eは38 MV/m、43MV/mであった。従来、最も大きい残留分極を示す高分子はP(VDF/TrFE)のSCFであったが、さらに大きいPrが分散膜で実現できたことは、実用的により有用な材料となる。大きくなった要因は、CNTの添加によって、結晶を乱すことなく、上で予測したように、b軸の延伸軸周りの配向が均一になったことが主であるといえる。P(VDF/TrFE)(75/25)に代えて、VDF成分をより多く含むP(VDF/TrFE)、例えばP(VDF/TrFE)(82/18)の共重合体を用いるとさらに大きいPr値が期待できる。
いずれの膜も分極反転はEcで急峻に起り、ヒステリシス曲線は角形に近い。これも、CNTの導入が結晶乱れや欠陥を作っていないことによっている。
【0019】
(実施例4)
本発明のブレンド膜は大きい残留分極をもつので、大きい圧電効果を持つことが予期される。そこで、実施例3で作成したポーリング(分極化)した膜の厚み圧電効果に係わる電気機械結合係数や音速などを圧電共振法で求めた。図9は厚さ76μm、面積31 mm2の短尺MWCNT 0.1wt%を分散したP(VDF/TrFE)(75/25モル比)のブレンド膜の複素電気アドミッタンスY(ω)をインピーダンスアナライザーによって5−60MHzの周波数範囲で測定して得られた圧電共振曲線である。16MHz付近に基本振動の強い共振、48MHz付近に3次の高調波の共振が見られる。図9の|Y(ω)|と位相角θ(ω)を、電極(Al)の厚さ、ブレンド膜の誘電損失と力学損失を考慮に入れたMasonの等価回路で解析して、電気機械結合係数k33、厚み方向(分子鎖方向に垂直) に進行する縦波の音速v33、誘電損失係数tanδe、力学損失係数tanδを求め、SCFと比較した。これらを表1に示す。作成した振動子に付随する直交座標系として、延伸方向をx軸(1軸)、膜面に垂直にz軸(3軸)、これらに垂直にy軸(2軸)をとってある。
表1に示すようにk33(ktとも表示される)はP(VDF/TrFE)単結晶状膜のk33よりも大きく、これまで知られている高分子圧電材料のうちで最大である。圧電材料に入力された電気エネルギーが力学的エネルギーに変換される効率はk33に比例するので、CNTを分散した本願発明の材料は、これまで最大のk33をもっていたP(VDF/TrFE)よりも約10%高いエネルギー変換効率をもつことになる。電気機械結合係数は自発分極量Prに比例するので、k33の増大はPrの増大に由来するものであろう。SCFに比べて音速v33もやや大きく、力学損失係数は小さくなっている。CNTを0.1wt%添加することによって膜がかたくなっていることになる。このことも用途によっては利点となる。
【表1】

【0020】
(実施例5)
高分子膜を圧電材料と利用するには膜面に垂直に電場を加えたときに膜の長さが伸縮するモードの利用も重要である。そこで、短尺MWCNT (0.1wt%) をP(VDF/TrFE)に分散した一軸延伸結晶化膜の31モード(3軸方向の交流電場印加に対して1軸方向(延伸方向)に伸縮する)と32モード(3軸方向の印加で2軸方向に伸縮する)の圧電特性を実施例4と同様にして共振法で調べた。
試料は短尺MWCNT
0.1wt%をP(VDF/TrFE) に分散した膜140℃で40時間熱処理結晶化した。膜延伸方向に長軸をもつ矩形小片に交流電場を加えて周波数を走査したときの複素誘電率を周波数の関数として測定して、その共振曲線から、圧電関連諸常数を求めた。それらを表2に、P(VDF/TrFE)のSCFの価とともに示してある。共振曲線の例を図10に示した。低周波数に見られる共振は31-modeであり、分子鎖に平行な縦波音波が定在波となっている。分子鎖は高い弾性率をもつので、音速も大きくなっている。結合係数k31が励振の駆動力である。高周波側にある共振は分子鎖に垂直に進行する縦波が作る定在波によるもので、結合係数k32を通して励振が起こる。PVDFなどのk32に比較して、特に本発明のブレンド膜は大きいk32をもつことが注目され、このモードも実用的に利用可能である。
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明のフッ化ビニリデンと、トリフルオロエチレンとの共重合体とカーボンナノチューブとのブレンド配向膜及びその製造方法によれば、産業上、圧電材料として、力学的エネルギーや情報と電気的なエネルギーや情報とを相互に変換するトランスジューサやセンサー、あるいは振動発電素子、さらには焦電材料として熱や赤外センサーなどにも利用できる。特に、無機圧電材料にはない柔軟性、大面積性、透明性と、これまで高分子になかった高弾性で曲げ応力の強さなどのからアクチュエータ、フィラメント状探触子などに利用できる。さらに、光学的な二色性をもつことから、光フィルターにも応用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレン共重合体とカーボンナノチューブ(CNT)との混合物からなることを特徴とするフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンとの共重合体とカーボンナノチューブとのブレンド膜。
【請求項2】
前記カーボンナノチューブは、多層(マルチウオール)カーボンナノチューブ(MWCNT)または単層(シングルウオール)カーボンナノチューブ(SWCNT)であることを特徴とする請求項1記載のフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体とCNTとのブレンド膜。
【請求項3】
前記CNTは、フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンとの共重合体(P(VDF/TrFE)100重量部に対して、CNTが 0.0005~1.0重量部の割合でブレンドされたことを特徴とする請求項1または2記載のフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体とCNTとのブレンド膜。
【請求項4】
フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体とCNTのブレンド膜を延伸し、共重合体の常誘電相で熱処理結晶化することを特徴とするフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンの共重合体とCNTとのブレンド膜の製造方法。
【請求項5】
前記請求項1−3に記載のフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンとの共重合体とCNTのブレンド膜に電場を加えて共重合体の強誘電性に基づく安定な分極を付与されたフッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンとの共重合体とカーボンナノチューブとのブレンド膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−82378(P2012−82378A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−264115(P2010−264115)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年5月11日 社団法人高分子学会発行の「高分子学会予稿集 第59回(2010年) 高分子学会年次大会 59巻1号」に発表
【出願人】(502344178)株式会社イデアルスター (59)
【Fターム(参考)】