説明

フッ化ビニリデン系多孔質膜の製造方法

【課題】製造時の環境負荷が低く、力学的特性、耐薬品性、透水性、分画性能にすぐれた多孔質膜の製造方法を提供する。
【解決手段】フッ化ビニリデン系樹脂、無機粒子、凝集剤および溶剤を含有する紡糸原液を芯液とともに二重環状ノズルから乾湿式紡糸または湿式紡糸して得られる中空繊維を、凝固浴中に浸漬して相分離を誘起させた後固化させ、次いで中空繊維を延伸してから無機粒子、凝集剤、溶剤を抽出するための浸漬処理を行うことによりフッ化ビニリデン系多孔質膜を製造するに際し、紡糸原液として、溶剤に対する無機粒子の重量比を40〜80%とし、かつ無機粒子に対する凝集剤の重量比を68〜80%としたものを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ化ビニリデン系多孔質膜の製造方法に関する。さらに詳しくは、膜分離活性汚泥法などに有効に用いられるフッ化ビニリデン系多孔質膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
精密ろ過膜、限外ろ過膜などの多孔質膜を用いたろ過操作は、医薬・食品産業での除菌作業や、半導体産業での超純水製造過程などの多くの分野で用いられている。特に近年では、浄水分野における除菌あるいは下水分野における除菌、除濁にも応用されており、特に下水分野では、膜分離活性汚泥法での利用が非常に盛んである。この膜分離活性汚泥法で用いる膜には、耐久性、ろ過性能のいずれの性能にもすぐれていることが要求される。
【0003】
ここで、耐久性として、膜分離活性汚泥法では膜表面の洗浄としてエアースクラビングを行うため、糸切れが起こらないような高い力学的特性が必要となる。また、バイオファウリング防止のため次亜塩素酸ナトリウムなどの殺菌剤を用いることから、耐薬品性も要求される。このような特性を満足させる多孔質膜として、強度、伸度が高く、耐薬品性にすぐれ、さらには疎水性で耐水性が高いフッ化ビニリデン系多孔質膜が多く用いられている。
【0004】
一方、ろ過性能としては、透水性能および分画性能が求められている。これら透水性能、分画性能は、膜の表面構造や内部構造で決定され、これらの性能は多孔質膜の製造方法に大きく依拠している。透水性および分画性能にすぐれた膜の製造方法として、相分離を利用する方法が多く知られており、これには、非溶剤誘起相分離法と熱誘起相分離法がある。
【0005】
熱誘起相分離法は、高分子物質を高温で融解させるため、室温では溶解させる溶媒がないために通常の相分離法が適用できなかったポリエチレン、ポリプロピレンなどの結晶性高分子への適用が可能であり、得られる多孔質膜には大きな孔(マクロボイド)が形成されず、力学的特性が高い膜が得られるといった利点を有している。さらに、水に浸漬することによって多孔質膜を作製する非溶媒誘起相分離法では、溶媒のほか非溶媒も必要であり、その結果膜作成過程の制御が難しく再現性が低い場合があるのに対し、熱誘起相分離法では、非溶媒が不要であり、プロセスの制御が容易で、再現性も高いといったメリットもある。
【0006】
かかる利点を有する熱誘起相分離法は、液−液相分離が起こるL-L(液−液)型、高分子の結晶化が起こるS-L(固−液)型、溶媒の結晶化が起こるL-S(液−固)型の3種に分類される(非特許文献1)。L-L型の熱誘起相分離法は、スピノーダル分解により相分離が進行するため、非連続構造が発現し易く、孔が均一に連通する。よって、透水性、分画性能にすぐれた膜を製造するためには、L-L型の熱誘起相分離法が適している。
【0007】
フッ化ビニリデン樹脂でL-L型の熱誘起相分離法を発現する組み合わせとしては、フタル酸エステル類を溶剤として用いたものが提案されている(特許文献1)。フタル酸エステル類を溶剤として用いた場合、膜中から溶剤を抽出することで多孔質化するものであり、溶剤の抽出には主として塩化メチレンが用いられている。しかるに、フタル酸エステル類や塩化メチレンは、PRTR対象物質に選定されるなど、製造時の環境負荷が高いことが問題となっており、その使用は望ましくない状況となってきている。
【0008】
このような状況に鑑み、環境負荷が低い水溶性の溶媒を用いる方法が多く試みられている。しかしながら、水溶性の溶媒ではL-L型の熱誘起相分離法を発現することは困難であり、通常はS-L型の熱誘起相分離法となってしまう。このS-L型の熱誘起相分離法では、結晶が形成され、球晶間の間隙が孔となるため表面孔径が大きくなる傾向があり、多くは表面孔径が1μm以上である。膜の孔径が1μmを超えると大腸菌などの概ね1μm程度の細菌などの懸濁質を有効にろ別分離できなくなる。
【0009】
これに対して、孔径を小さくするために、粒子系が小さいシリカを添加することが試みられている(特許文献2)。しかし、この文献記載の方法では1μm以下といった微細なサイズのシリカを均一に分散させることは困難であるため、膜の構造の連結性が低下し、膜の力学的特性が低くなるという問題があった。
【0010】
したがって、製造時の環境負荷が低く、力学的特性、耐薬品性、透水性、分画性能にすぐれる多孔質膜の製造方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平3−215535号公報
【特許文献2】特開2008−62226号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】繊維と工業、Vol.59、No.8、P259-263(2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、製造時の環境負荷が低く、力学的特性、耐薬品性、透水性、分画性能にすぐれた多孔質膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
かかる本発明の目的は、フッ化ビニリデン系樹脂、無機粒子、凝集剤および溶剤を含有する紡糸原液を芯液とともに二重環状ノズルから乾湿式紡糸または湿式紡糸して得られる中空繊維を、凝固浴中に浸漬して相分離を誘起させた後固化させ、次いで中空繊維を延伸してから無機粒子、凝集剤、溶剤を抽出するための浸漬処理を行うことによりフッ化ビニリデン系多孔質膜を製造するに際し、紡糸原液として、溶剤に対する無機粒子の重量比を40〜80%とし、かつ無機粒子に対する凝集剤の重量比を68〜80%としたものを用いることによって達成される。
【発明の効果】
【0015】
本発明方法によって得られるフッ化ビニリデン系多孔質膜は、実用に耐え得る透水性、分画性能を有する上、膜構造の連結性が高いため、力学的特性が高いといったすぐれた効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
フッ化ビニリデン系多孔質膜は、フッ化ビニリデン系樹脂、無機粒子、凝集剤および溶剤を含有する紡糸原液を芯液とともに二重環状ノズルから乾湿式紡糸または湿式紡糸して得られる中空繊維を、凝固浴中に浸漬して相分離を誘起させた後固化させ、次いで中空繊維を延伸してから無機粒子、凝集剤、溶剤のいずれかを抽出するための浸漬処理を行うことにより製造され、紡糸原液としては、フッ化ビニリデン系樹脂、無機粒子、凝集剤および溶剤を含有し、溶剤に対する無機粒子の重量比を40〜80%とし、かつ無機粒子に対する凝集剤の重量比を68〜80%としたものが用いられる。
【0017】
フッ化ビニリデン系樹脂としては、フッ化ビニリデンのホモポリマー(ポリフッ化ビニリデン)、フッ化ビニリデンと他の共重合可能なモノマーとの共重合体あるいはこれらの混合物が用いられる。フッ化ビニリデン樹脂と共重合可能なモノマーとしては、テトラフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロペン、トリフルオロクロロエチレン、フッ化ビニルなどの少なくとも一種を用いることができ、好ましくは力学的特性および耐薬品性の高さから、ポリフッ化ビニリデンが用いられる。
【0018】
無機粒子としては、粒子分布が狭く、多孔質膜の核となり、薬品などによる抽出が容易であるものが用いられ、例えばシリカ、珪酸マグネシウム、珪酸アルミニウム、珪酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、鉄、亜鉛などの金属酸化物または水酸化物、ナトリウム、カリウム、カルシウムなどの塩類などが挙げられる。これらの中でも好ましくはフッ化ビニリデン樹脂と溶剤との相溶状態を安定化させ、さらに孔径を制御することができ、かつ凝集性を有する無機粒子として、特に好ましくはシリカが用いられる。無機粒子は通常、粒径または凝集性を有する粒子の凝集粒子径が1μm以下、好ましくは0.1〜1μmのものが用いられる。
【0019】
凝集剤としては、無機粒子と親和性があり、無機粒子の凝集性を向上させるもの、例えばグリセリンなどの多価アルコール類あるいはポリグリセリン脂肪酸エステル類などが用いられる。
【0020】
溶剤としては、フッ化ビニリデン樹脂とともにS-L型の熱誘起相分離法を発現し、水溶性であるγ-ブチロラクトン、ε-カプロラクトンなどが用いられる。
【0021】
以上の必須成分よりなる紡糸原液は、溶剤に対する無機粒子の重量比が40〜80%、好ましくは40〜60%であって、無機粒子に対する凝集剤の重量比は68〜80%、好ましくは70〜75%のものが用いられる。溶剤に対する無機粒子の重量比がこれより高くなると膜構造の連結性が低下するため力学的特性が低下するようになり、一方これより少ない重量比で用いられると多孔質膜に形成される孔の体積分率が低下するため、透水性、分画性能が低下するようになる。また、無機粒子に対する凝集剤の重量比がこれより高くなると無機粒子の粗大な凝集体が形成されてしまうようになり、一方これより少ない重量比で用いられると無機粒子の凝集が不十分となるため、所望の孔径を得ることが困難となり、透水性、分画性能が低下するようになる。
【0022】
紡糸原液は、テトラエチレングリコール、グリセリンなどの芯液または空気、窒素などの気体とともに二重環状ノズルから押し出し、一般的にポリフッ化ビニリデン系多孔質膜の製造法で行われている乾湿式紡糸または湿式紡糸によって紡糸されて中空繊維が得られ、この中空繊維は水などの凝固浴中に浸漬して相分離を誘起させた後固化させ、次いで中空繊維を延伸してから、凝集剤、溶剤および芯液を抽出するため約40〜95℃の水中への浸漬および無機粒子を抽出するため水酸化ナトリウム水溶液などへの浸漬処理が行われる。
【0023】
浸漬処理後、さらに熱水などにより洗浄を行い、必要に応じて乾燥させることにより多孔質中空糸膜が製造される。
【実施例】
【0024】
次に、実施例について本発明を説明する。
【0025】
実施例、比較例1〜4
所定割合のポリフッ化ビニリデン(呉羽化学工業製品KFポリマー1000)、疎水性シリカ(日本アエロジル製品AEROSIL-R972;平均一次粒子径16nm、比表面積110m2/g)、ε-カプロラクトン(東京化成工業製品)およびグリセリン(関東化学製品)をヘンシェルミキサにより混合した。
【0026】
得られた混合物を、二軸混練押し出し機を用い、165℃で加熱混練してペレットとした後、このペレットを別の二軸押出機に投入し、二重環状ノズルにより中空部内にテトラエチレングリコールを芯液として供給しながら、150℃にて押し出し、押出物を約3cm空走させた後、20重量%の硫酸ナトリウム水溶液からなる水浴中を通過させて中空繊維を得た。
【0027】
次いで、溶剤、凝集剤および無機粒子の大部分が中空繊維に残存している状態で、90℃の熱水中で繊維方向に1.5倍の長さとなるように延伸し、続いて95℃の水中に180分間浸せきすることにより、凝集剤であるグリセリン、溶剤であるε-カプロラクトンおよび芯液であるテトラエチレングリコールを除去した。さらに、40℃の5重量%水酸化ナトリウム水溶液に120分間浸せきして無機粒子を除去し、90℃の熱水で洗浄することにより中空糸膜を得た。
【0028】
得られた中空糸膜についての中空糸膜性状(外径、内径、純水透過速度、分画粒子径、引張強度および破断時伸び)を、用いられたポリフッ化ビニリデン、ε-カプロラクトン、疎水性シリカおよびグリセリンよりなる混合物の重量比、溶剤に対する無機粒子の重量比(無機粒子/溶剤)および無機粒子に対する凝集剤の重量比(凝集剤/無機粒子)と共に次の表に示した。

実施例 比較例1 比較例2 比較例3 比較例4
〔混合物重量比:%〕
ポリフッ化ビニリデン 30 30 30 30 30
疎水性シリカ(無機粒子) 17 15 25 20 17
グリセリン(凝集剤) 12 10 20 10 15
ε-カプロラクトン(溶剤) 41 45 25 40 38
無機粒子/溶剤 41 33 100 50 45
凝集剤/無機粒子 71 67 80 50 88
〔中空糸膜性状〕
外径 1.25 1.27 1.23 1.25 1.24
内径 0.66 0.68 0.62 0.66 0.65
純水透過速度(L/時間・m2・0.1MPa) 6200 3200 7500 7600 6100
分画粒子径(μm) 0.5 0.4 0.6 1.6 1.3
引張強度(MPa) 2.6 2.0 1.1 2.2 2.1
破断時伸び(%) 21 10 3 12 11
【0029】
以上の各項目の測定、算出方法は、次の通りである。
〔純水透過係数〕
有効長15cmの両端開放型中空糸膜モジュールを用い、温度25℃、圧力0.1MPaの条件下、純水を原水として中空糸膜の内側から外側にろ過(内圧ろ過)して時間当りの透水量を測定し、単位膜面積、単位時間、0.1MPa当りの透水量に換算した数値で算出した。
〔分画粒子径〕
異なる粒子径を有する少なくとも2種類の単分散ラテックス(セラダイン社製品、固形分10質量%)を、0.5質量%ドデシルスルホン酸ナトリウム水溶液を用いて希釈し、ラテックス濃度0.01%の懸濁液を調製した。このラテックス懸濁液100mlをビーカーに入れ、チューブポンプにて有効長約12cmの湿潤した膜に対し、線速0.1m/秒にて外表面から0.03MPaの圧力にて供給し、膜の両端(大気解放)から透過液を出すことで、ラテックス懸濁液のろ過を行った。ろ過した液は、ビーカーに戻し、液的に閉鎖系にてろ過を行った。ろ過10分後に、中空糸膜の両端からの透過液およびビーカーからの供給液をそれぞれサンプリングし、分光光度計(日立ハイテクノロジーズ製U-2810)を用いて600nmの吸光度を測定し、以下の式によりラテックス阻止率を測定した。
ラテックス阻止率(%)=100×(1-透過液の吸光度/供給液の吸光度)
ラテックス阻止率の曲線F(x)が対数正規分布の累積分布関数で表されると仮定して、測定値にフィッティングして、F(x)が90となるxの値を求め、これを分画粒子径とした。
F(x)=100×1/2×erfc(-(In(x-μ)/√2σ))
(ここで、erfcは相補誤差関数、xはラテックス粒子径、μはIn(x)の平均値、
σはIn(x)の標準偏差である。)
〔引張破断強度、引張破断伸度〕
引張試験機(島津製作所製EZ-Test)を用い、温度25℃、相対湿度40〜70%の雰囲気内で、膜をチャック間距離50mm、速度200mm/分の条件で引張り、破断時の荷重と変位から以下の式に従い引張破断強度、引破断伸度を算出した。
引張破断強度(Pa)=破断時荷重(N)/膜断面積(m2)
引張破断伸度(%)=100×破断時変位(mm)/50(mm)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化ビニリデン系樹脂、無機粒子、凝集剤および溶剤を含有する紡糸原液を芯液とともに二重環状ノズルから乾湿式紡糸または湿式紡糸して得られる中空繊維を、凝固浴中に浸漬して相分離を誘起させた後固化させ、次いで中空繊維を延伸してから無機粒子、凝集剤、溶剤を抽出するための浸漬処理を行うことによりフッ化ビニリデン系多孔質膜を製造するに際し、
紡糸原液として、フッ化ビニリデン系樹脂、無機粒子、凝集剤および溶剤を含有し、溶剤に対する無機粒子の重量比を40〜80%とし、かつ無機粒子に対する凝集剤の重量比を68〜80%としたものを用いることを特徴とするフッ化ビニリデン系多孔質膜の製造方法。
【請求項2】
無機粒子として、シリカが用いられる請求項1記載のフッ化ビニリデン系多孔質膜の製造方法。
【請求項3】
凝集剤として、多価アルコール類またはポリグリセリン脂肪酸エステル類が用いられる請求項1記載のフッ化ビニリデン系多孔質膜の製造方法。
【請求項4】
溶剤として、γ-ブチロラクトンまたはε-カプロラクトンが用いられる請求項1記載のフッ化ビニリデン系多孔質膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1記載の方法によって製造されたポリフッ化ビニリデン系多孔質膜。
【請求項6】
膜分離活性汚泥法に用いられる請求項5記載のポリフッ化ビニリデン系多孔質膜。

【公開番号】特開2012−236178(P2012−236178A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−108249(P2011−108249)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【Fターム(参考)】