説明

フツリン酸ガラス及びその製造方法並びに近赤外光吸収フィルター

【課題】近赤外光を吸収しつつも可視光の吸収は抑える程度の量のCu2+を加えること
ができるよう設定されたO2−/P5+比を製造後でも有する、耐候性を備えたフツリン
酸ガラス及びその製造方法並びに近赤外光吸収フィルターを提供する。
【解決手段】Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスにおい
て、前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P
5+)は3.2以上3.4未満であり、前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計
含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))は0.05以上0.25
以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フツリン酸ガラス及びその製造方法並びに近赤外光吸収フィルターに関し、特に、近赤外光を吸収するフツリン酸ガラス及びその製造方法並びに近赤外光吸収フィルターに関する。
【背景技術】
【0002】
フツリン酸ガラスは、耐候性を有するガラス且つ低分散ガラスとして非常に有用なものであり、このようなガラスとしては特許文献1〜6に記載されているようなガラスが知られている。
【0003】
ところで、所要の光学特性が得られる組成に基づきガラス原料を調合し、加熱・熔融してフツリン酸ガラスを製造する場合、通常、以下のような課題がある。
【0004】
フツリン酸ガラスは、一般に製造時に著しい揮発性を示す。熔融ガラスの揮発がもたらす悪影響としては、ガラスの表面近傍や内部に脈理が生じるという問題、揮発の進行によってガラス組成が変化するため、ガラスの特性が時間とともに変動するという課題がある。
【0005】
また、製造工程においてフッ化ホスホリル(POF)が生成されることで揮発が発生する。更には、揮発したフッ化ホスホリルが加水分解することでフッ化水素(HF)も発生することにより、これらを含有する白煙が発生することになる。これらの化合物により、ガラス製造用設備にダメージを与えてしまうおそれがあるため、通常以上の対策を講じる必要がある。そのため、揮発する副生成物への対応のために多大な費用がかかることになる上、作業者にかかる負担も増大する。
【0006】
本発明者はこのような状況を改善すべく、特許文献7〜10において、前記揮発性の原因について考察した結果を開示している。その内容の概要としては以下の通りである。
【0007】
フツリン酸ガラスを作製する場合、一般にリン酸塩原料が用いられるが、アニオン成分としてフッ素イオンの導入量をなるべく多くするために、リン酸塩としてリン原子1個に対する酸素原子数の比(酸素原子/リン原子)が小さい、メタリン酸塩(酸素原子(O)/リン原子(P)=3 即ちPO)が用いられている。こうした理由から、これまでフツリン酸系の汎用ガラスでは、リン原子の量に対する酸素原子の量の比が3となっていることが多い。
【0008】
しかし、本発明者が検討したところ、酸化物原料としてメタリン酸塩のみを用いて酸素/燐比率が3のガラスを作ると、熔融ガラス中において原料に由来するメタリン酸とフッ素が反応することにより、著しい揮発性を示すフッ化ホスホリル(POF)が発生してしまうことがわかった。これに対し、メタリン酸塩以外の酸化物原料を追加するか、ピロリン酸塩原料を使用し熔融ガラス中のリン1原子当たりの酸素原子の原子比を3.5以上(酸素原子/リン原子≧3.5)に調整すると、揮発物質の発生量が大幅に低減することが判明した。これは、熔融ガラス中に存在するリン酸として、リン1原子に対する酸素原子数の比(酸素原子/リン原子)が3であるメタリン酸よりも、酸素原子/リン原子が3.5である2リン酸(ピロリン酸 即ちP)の方が安定であるためと考えられている。
【0009】
以上の知見に基づき本発明者は、前記揮発を抑えるべく、フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)や、原料中に含まれるリン原子の含有量に対する酸素原子の含有量のモル比(O/P)に着目し、これらの値を3.5以上とするという手法を想到し、特許文献7〜10においてその手法を開示している。
なお、本出願人は、特許文献11においても同様に、3.5以上とするという手法を開示している。
また、本発明者は、特許文献12において、フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)を3.4以上とし、フツリン酸ガラスでのO2−及びF合計含有量に対するF含有量のモル比を0.05以上とした手法を開示している。
【0010】
以降、説明の便宜上、フツリン酸ガラスでのリン(P5+と記す。)含有量に対する酸素(O2−と記す。)含有量のモル比を「O2−/P5+比」と言い、原料中に含まれるリン(Pと記す。)含有量に対する酸素(Oと記す。)含有量のモル比(O/P)を「原料O/P比」とも言う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平10−139454号公報
【特許文献2】特開平6−16451号公報
【特許文献3】特開平8−253341号公報
【特許文献4】特開平3−232735号公報
【特許文献5】特開平1−219073号公報
【特許文献6】特開平3−83834号公報
【特許文献7】特開2010−59019号公報
【特許文献8】特開2010−59021号公報
【特許文献9】特開2010−59022号公報
【特許文献10】特開2010−59023号公報
【特許文献11】特開2011−132077号公報
【特許文献12】特開2011−93757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題を説明する前に、前記特許文献7〜10においてO2−/P5+比を3.5以上としている理由をメカニズムの面から詳述する。
【0013】
前記特許文献7〜10が開示される前だと、上述のように、フツリン酸系の汎用ガラスでは、O2−/P5+比が3となっているのが通常であった。O2−/P5+比が3の時、ガラス内では、OとPが結合することにより、長尺なP−O−P鎖を形成している。このP−O−P鎖が複数配向し、また絡み合うことによって、フツリン酸系ガラスは実用に用いられるガラスとして適格となる。
【0014】
ところが、O2−/P5+比が3の時にフッ素(F)が存在すると、このP−O−P鎖におけるOとPの結合がFによって切断される可能性が出てくる。その結果、上記の揮発物(POFやHF)が副生成物として発生してしまう可能性が出てくる。これを防ぐべく前記特許文献7〜10においては、通常よりもO2−/P5+比を高める(即ち、酸素(O)を多く含有させる)ことにより、FによってP−O−P鎖が切断される前に、予めOによりP−O−P鎖を切断してメタリン酸構造(即ちPO)からピロリン酸構造(即ちP)へと変化させておくというメカニズムを使用している。
【0015】
その一方、O2−/P5+比を高めることにより、Cu2+を含有するC系ガラスにおいて、近赤外光は吸収するのだが、可視光の吸収が強すぎて、光学フィルターとしての実用性を低下させてしまうという課題も、本発明者により発見された。具体的に説明すると、所定の厚さの板状のフツリン酸ガラスを形成するとき、近赤外光を吸収可能な程度にCu2+を原料に加えた場合、O2−/P5+比が高いと、O2−/P5+比が3のときに比べて過度に可視光を吸収してしまうこと、即ち、近赤外光を吸収する程度の量のCu2+を原料として投入してしまうと、今度は可視光を過度に吸収してしまうことが、本発明者により明らかとなった。
【0016】
それに加え、詳しくは後述するが、可視光に対する過度の吸収にはO2−/P5+比が影響を与えていること、そしてこの影響を鑑みて、前記課題を解決するよう設定されたO2−/P5+比を製造後のフツリン酸ガラスが有するようにするためには、ガラス内のフッ素(F)の量を考慮しなければならないという知見を、本発明者は得た。
【0017】
本発明の目的は、近赤外光を吸収しつつも可視光の吸収は抑える程度の量のCu2+を加えることができるよう設定されたO2−/P5+比を製造後でも有する、耐候性を備えたフツリン酸ガラス及びその製造方法並びに近赤外光吸収フィルターを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者は、まず、基本的な方針として、本発明者による特許文献7〜10に記載の技術の方針を踏襲することにした。即ち、O2−/P5+比を従来(3.0)よりも高くして、まずは副生成物の揮発を抑えるという方針を採用した。こうすることにより、上述のように、予めOによりP−O−P鎖を切断してPOFの発生を抑制することができる。また、P−O−P鎖は、フツリン酸ガラスを製造する際の雰囲気に含まれる水分子により切断される可能性もあることから、予め、ある程度P−O−P鎖を切断しておくことにより、耐候性を向上させることもできると推察される。
【0019】
その一方、O2−/P5+比を従来よりも高くする場合、フツリン酸ガラスでのO2−及びF合計含有量に対するF含有量のモル比を高める必要がある。なぜなら、O2−/P5+比を高くすることにより、P−O−P鎖がOにより切断されるためガラス形成能が低下し著しく結晶化しやすいガラスとなる。そこで、ガラス内にて、上記のF含有量のモル比を高めることにより、ピロリン酸構造間にFを介在させ、P−O−P鎖が切断された構造同士をつなぎとめることができる。こうすることにより、フツリン酸系ガラスは実用に用いることができる。
【0020】
以降、説明の便宜上、フツリン酸ガラス内での酸素(O2−と記す。)及びフッ素(Fと記す。)の合計含有量(O2−+F)に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))を「F比」と言い、原料中に含まれる酸素(Oと記す。)及びフッ素(Fと記す。)合計含有量(O+F)に対するF含有量のモル比(F/(O+F))を「原料F比」とも言う。但し、後で詳述するが、本発明においては揮発性物質が実質的に発生しない手法を採用している。そのため、上記の原料F比は、製品ガラス内でのF比と実質的に同一となる。
【0021】
話を元に戻すと、O2−/P5+比を高くすることにより、ガラス内のP−O−P鎖は、ピロリン酸構造(即ちP)をとるものが多くなる。そうなると、ガラス内の他の金属(Li等)とピロリン酸構造とが結合してしまい、結晶を形成する可能性もある。ガラス内に結晶が発生すると、光学特性を著しく低下させる結果となってしまう。この対策として、ガラス内にてF比を高めることにより、ピロリン酸構造間にFを介在させる。こうすることにより、前記結晶の形成を抑制することができる。
【0022】
ここで、特許文献2〜6における実施例のうちO2−/P5+比が3.0を超えた数値且つ3.5未満であるものを選択し、O2−/P5+比とF比について一覧表にしたものを、図1に示す。図1に示す通り、O2−/P5+比を従来よりも高くする場合、充分な耐候性を備えることを目指すのならば、F比は通常、どれだけ少なくとも0.30弱以上とするのが当業者の常識であった。
【0023】
なお、特許文献12には、O2−/P5+比を3.4以上とし、F比を0.05以上とすることが記載されているが、近赤外光領域(1200nm)におけるλ50=615nmのときの分光透過率(以降、単に「透過率」とも言う。)の低減は、23%程度にとどまっている(特許文献12の実施例(表1の下表)参照)。この原因としては、可視光領域(615nm)においても一定の光の吸収が行われている→λ50=615nmとなるガラス厚は薄くて済んでしまう→ガラス厚が薄くなることから近赤外光の吸収を十二分には行えない、という因果関係があることが考えられる。
【0024】
上記の状況を踏まえながら、本発明者は上記の課題について検討した。その結果、本発明に至るまでに、大きく分けて以下の3つの知見が得られた。
[知見1]Cu2+を含有するフツリン酸ガラスに対し吸収スペクトル(横軸:波数(K(カイザー=cm−1)))を分析すると、近赤外波長〜可視光波長までに1つのピークを有している。しかしながら、この1つのピークは、赤外光側ピークと可視光側ピークとの2つのピークに分離することができる。そして、可視光側ピークの強度は、O2−/P5+比によって影響を受ける。
[知見2]最終的なガラス組成が所定のO2−/P5+比を有するように所定の分量の原料を配合したとしても、原料F比が高い場合(又は熔融温度が高い場合)だと、少なくとも原料段階でO2−/P5+比を3.0付近に設定した場合、副生成物が揮発することにより、原料段階からガラス製造後段階に至るまでに、実際にはO2−/P5+比が変化している。つまり、製品ガラスにおけるO2−/P5+比は、原料F比(又は熔融温度)によって影響を受ける。
[知見3][知見2]において原料段階からガラス製造後段階に至るまでに変化するO2−/P5+比は、約3.3である。この3.3という数値は、トリポリリン酸構造(即ちP10)を示している。
以下、各知見について詳述しつつ、本願発明に至った経緯を筋道立てて説明する。
【0025】
まず、[知見1]についてであるが、Cu2+を含有するフツリン酸ガラスに対し吸収スペクトルを分析した結果について、図2に示す。そして、この図2における吸収ピークは、本来Cu2+が吸収せんとする赤外光側ピーク(小)と、赤外光側ピークよりも短波長側(即ち高波数側)に位置する可視光側ピーク(大)とに分けることができる。その結果を図3に示す。なお、この図3(a)においては、O2−/P5+比を3.5とし、図3(b)においては、O2−/P5+比を3.18としている。
【0026】
図3を見ると、実測スペクトルにおける吸収ピーク(◇付き実線)は、本来Cu2+が吸収せんとする赤外光側ピーク(破線)と、赤外光側ピークよりも短波長側に位置する可視光側ピーク(実線)とに分けられている。それに加え、図3(a)と(b)とを比較した際、O2−/P5+比が低い方(つまり図3(b)の方)が、可視光側ピークの強度が低くなっていることが分かる。なお、赤外光側ピークの幅及び強度については両者で差異はほとんどなく、可視光側ピークの幅については両者で差異はほとんどなかった。また、ピーク位置についても両者にはほとんど差異はなかった。
なお、最終的に求められる分光透過率には、表面反射による損失が含まれる。この損失を考慮に入れるべく、表面反射による損失(点線)も、吸光度において考慮に入れている。ただ、図3においては、一般に屈折率の変化による反射率の変化量は小さいことから、波長によらず反射率を一定として計算している。
なお、製品ガラスに対して実測したスペクトル(◇付き実線)は、これを2つに分けた正規分布スペクトル(即ち赤外光側ピークと可視光側ピーク)を重ね合わせつつ表面反射による損失を合成したスペクトル(長破線)と、ほぼ一致している。
【0027】
ここで、O2−/P5+比が高い方のガラス(図3(a))、そしてO2−/P5+比が低い方のガラス(図3(b))の結果を考慮して、一定の厚さ及び一定の近赤外光吸収能(具体的には波長1200nm(約8300K)のときの透過率が10%)を有する板状ガラスを製造する場合を考える。つまり、必要となる板状ガラスを得るためには、板状ガラスが近赤外光領域における透過率10%を達成できるよう、吸収スペクトルにおける赤外光側ピークの強度を高めるべく、Cu2+を更に原料段階で加える必要がある。
【0028】
このようにCu2+を更に加えた場合のフツリン酸ガラスに対し吸収スペクトルを予測した結果について、図4に示す。そして、図4に基づいて、板状ガラスにおける光の透過率について予測した結果を、図5に示す。なお、図4(a)及び図5(a)は、図3(a)に対する予測結果を示し、図4(b)及び図5(b)は、図3(b)に対する予測結果を示す。
【0029】
図4が示すように、製品ガラスが一定の近赤外光吸収能(波長1200nm(約8300K)のときの透過率が10%)を有するよう(破線→太実線)Cu2+を更に加えると、赤外光側ピークの強度が増す(二点鎖線→細実線)のみならず、可視光側ピークの強度が更に増す(一点鎖線→実線)。その際、図3(a)のようにO2−/P5+比が高いと、可視光側ピーク(例えば波長約830nm(約12000K)付近)の強度が元々高かったこともあり、Cu2+を更に加えることにより、可視光側における吸収が非常に強くなる。その結果、図5(a)に示すように、可視光領域(例えば波長500nm)において過度の吸収能を有してしまうことになり、可視光領域におけるフツリン酸ガラスの透過率は低下してしまう。
【0030】
逆に、O2−/P5+比が低いと、図3(b)のように可視光側ピークの強度は元々低く、Cu2+を更に加えて、波長1200nm(約8300K)のときの透過率が10%になるようにしたところで、可視光側における吸収はそれほど強くはならない。その結果、図5(b)に示すように、フツリン酸ガラスの透過率は、可視光領域において適度な吸収能を有することになり、可視光領域におけるフツリン酸ガラスの透過率は高い値を維持することができる。
【0031】
以上の結果より、最終的に、近赤外光を吸収可能なフツリン酸ガラスを作製したとき、O2−/P5+比が、可視光まで吸収してしまうか否かに影響を与えるという知見(即ち[知見1])が、本発明者らの鋭意努力により得られた。
【0032】
本発明者は、この[知見1]を得たのみならず、この[知見1]に基づいて鋭意研究を進めた結果、更に上記の[知見2]を得るに至った。以下、[知見2]について詳述する。
【0033】
図6は、フツリン酸ガラスにおける原料時点の原料O/P比と、フツリン酸ガラス製造後の透過率との関係を示すグラフである。その際、原料F比ごとに、一連の各プロットを示している。なお、熔融温度は1000℃としている。
【0034】
なお、図6は、原料F比ごとのプロットにおいて、可視光側ピークの強度が等しくなるようにガラス厚さを変化させているが、「原料F比」「ガラス厚さ」「原料O/P比」以外(例えばCu2+をはじめとするその他の組成)は同様としている。
【0035】
図6において、原料F比が0.04及び0.08のときは、[知見1]を裏付けるがごとく、可視光側ピークの強度を各プロットにて一定とした場合、原料O/P比が高くなるに従って、O2−/P5+比が高くなることに起因して赤外光側ピークの強度が低下(即ち透過率が上昇)してしまっていることがわかる。詳しく言うと、可視光側ピークの強度を各プロットにて一定とする縛りを入れてしまっているため、原料O/P比が高い(即ちO2−/P5+比が高い)と、可視光側ピークの強度が元々高いせいで、少量のCu2+しか加えられない。その結果、赤外光側ピークの強度が低下し、透過率が上昇してしまう。
【0036】
その一方、原料F比が0.11及び0.15のときは、原料段階において原料O/P比を変えて配合したとしても、最終的にガラスにしたときには、透過率の違いがあまりない状態になっていることがわかる。つまり、[知見1]に基づくならば、原料段階において原料O/P比を変えて配合したとしても、各プロット(例えば原料F比が0.15のときのプロットにおいて、原料O/P比が3.05の点と3.09の点)の間では、最終的にガラスにしたときの組成の相違が小さくなっている(即ち、ほぼ同じO2−/P5+比を有するガラスになっている)ことがわかる。
【0037】
この原因について追究すべく、本発明者は、更に追加実験を行った。具体的に言うと、図6における原料F比を0.15とした場合において、熔融温度が異なるもの(各々900℃と1000℃)についても実験を行った。その結果となるグラフを図7に示す。
【0038】
図7を見ると、溶融温度を上昇させることにより、更に前記傾向が顕著になっていることがわかる。つまり、溶融温度を上昇させて反応を促進させることにより、原料段階において原料O/P比を変えて配合したとしても、最終的に製品ガラスにしたときには透過率が同じになり、ひいてはほぼ一定のO2−/P5+比になっていることがわかる。
【0039】
図6及び図7に基づき、本発明者は、この現象の原因について検討した。その結果、この現象は、POFが揮発することにより、原料段階からガラス組成が変化してしまうことに起因しているのでは、と推測した。だからこそ、原料F比が高いと、POFの揮発を促すことになり、最終的に一定のO2−/P5+比(約3.3)に近づいたのでは、と推測した。また同様に、熔融温度を上昇させることにより、POFの揮発を促すことになり、最終的に一定のO2−/P5+比に近づいたのでは、と推測した。つまり、O2−/P5+比は、原料F比(又は熔融温度)によって影響を受ける。言いかえれば、製品ガラス内におけるO2−/P5+比は、原料F比(又は熔融温度)によって制御可能となる。
以上の思想をまとめ、上記の[知見2]を得た。
【0040】
この[知見2]を全く別の視点から検討することにより、[知見3]を得ることができる。つまり、[知見2]において最終的に一定のO2−/P5+比(約3.3)に近づくということは、最終的にはフツリン酸ガラスがO2−/P5+比=3.5の組成(ピロリン酸構造)になるとしても、フツリン酸ガラスにとってO2−/P5+比=3.3という組成(トリポリリン酸構造)は中間段階として一つの安定構造となっており、光学特性等が製造条件の変動により変化しにくい、と想像できる。この想像から、[知見3]を得ることができる。
【0041】
このようにして得られた[知見1]〜[知見3]に基づき、本発明者は、Cu2+を含有させることにより近赤外光を吸収させたとしても、可視光は実質的に吸収しないようなフツリン酸ガラスを得るために、以下の検討を行った。
【0042】
Cu2+を適度に含有できるかどうかは、O2−/P5+比によって影響を受ける。このO2−/P5+比は、原料F比や熔融温度によって影響を受ける。この影響と言うのは、原料段階では存在した物質が揮発してしまうことに起因する。ということは、原料F比を、そもそも揮発が起こらなくなるくらい低く設定し、原料からOやPが離脱することを防げば、前記影響を解消でき、適切な量のCu2+を投入可能なO2−/P5+比を製造後のフツリン酸ガラスが有するのを確実なものとすることができるのでは、と考えた。なお、こうすることにより実質的に揮発が起こらなくなることから、原料F比は、製造後のガラス内におけるF比と実質的に同一となる。更には、原料O/P比も、製造後のガラス内におけるO2−/P5+比と実質的に同一となる。
【0043】
なお、F比についてであるが、O2−/P5+比を従来よりも高く、充分な耐候性を有しながらも、F比を特許文献2〜6よりも下げるという発想は、当業者にとっては常識に反する発想である。先に説明したとおり、O2−/P5+比を高くすることにより、P−O−P鎖におけるOとPの結合がFによって切断され、ガラス強度が低下して耐候性が劣化するおそれがある。また、ガラス内の他の金属とピロリン酸構造とが結合してしまい、結晶を形成する可能性もある。これらを防ぐためにも、ガラス内にてF比を高めるのが常識であるためである。
【0044】
しかしながら、本発明者はそのような常識にとらわれることなく、原料F比ひいてはガラス内におけるF比を下げることを試みた。更には、F比を下げることに伴い、O2−/P5+比を従来よりも高くしつつも適切な値とし、Cu2+を適量加えられるよう、F比、そしてO2−/P5+比について、本発明者は検討した。具体的な数値例としては、[知見3]に基づき、O2−/P5+比が3.3付近の数値(言い換えると3.3又はそれに近い値を中心値とした一定幅の範囲内の数値)となるように目標を立て、原料F比ひいてはF比を従来よりも非常に小さく設定する手法を検討した。
なお、熔融温度、及びそれに対する原料F比及びF比、そしてそれらに対する揮発の度合いについても本発明者は鋭意検討中である。
【0045】
なお、上記の特許文献12には確かに、O2−/P5+比を3.4以上とし、F比を0.05以上とすることが記載されている。しかしながら、特許文献12には、上記の[知見1]〜[知見3]についての開示も示唆もないし、Cu2+を更に加えた際の可視光領域における光の吸収能、ひいては近赤外光領域における光の吸収能を課題とする記載もない。その証拠として、特許文献12の実施例においては、近赤外光領域(1200nm)における透過率(λ50=615nm)の低減は、23%程度にとどまっている。
【0046】
以上の知見及び検討結果に基づいて成された本発明の態様は、以下の通りである。
本発明の第1の態様は、
Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスにおいて、
前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)は3.2以上3.4未満であり、
前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))は0.05以上0.25以下であることを特徴とするフツリン酸ガラスである。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の態様であって、
前記フツリン酸ガラスでの全てのカチオン成分の含有量に対する希土類イオン含有量の比率は0.5カチオン%以上2.0カチオン%以下であることを特徴とする。
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様に記載の態様であって、
フツリン酸ガラスに対する分光透過率において、波長615nmにおいて透過率が50%を示す厚みにおいて、波長1200nmの透過率が15%未満であることを特徴とする。
本発明の第4の態様は、第1ないし第3のいずれか態様に記載のフツリン酸ガラスを用いたことを特徴とする近赤外光吸収フィルターである。
本発明の第5の態様は、
ガラス原料を調合し、前記ガラス原料を熔融して作製されるフツリン酸ガラスであって、Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスの製造方法において、
前記フツリン酸ガラスの組成を、前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)が3.2以上3.4未満になり、且つ、前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量の比(F/(O2−+F))が0.05以上0.25以下になるように設定し、設定された前記組成に基づきガラス原料を調合し、ガラスを生産することを特徴とするフツリン酸ガラスの製造方法である。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。
本発明の第6の態様は、第5の態様に記載の態様であって、
前記ガラス原料が少なくともフッ素、酸素、リンを含み、
前記ガラス原料中に含まれるリンの含有量に対する酸素の含有量のモル比が3.2以上3.4未満になるように前記ガラス原料を調合し、且つ、前記ガラス原料中に含まれる酸素及びフッ素の合計含有量に対するフッ素の含有量のモル比が0.05以上0.25以下になるように前記ガラス原料を調合し、ガラスを生産することを特徴とする。
本発明の第7の態様は、第5又は第6の態様に記載の態様であって、
前記フツリン酸ガラスでの全てのカチオン成分の含有量に対する希土類イオン含有量の比率を0.5カチオン%以上2.0カチオン%以下とし、熔融温度を1000℃以下とすることを特徴とする。
本発明の第8の態様は、第5ないし第7のいずれか態様に記載の態様であって、
フツリン酸ガラスに対する分光透過率において、波長615nmにおいて透過率が50%を示す厚みにおいて、波長1200nmの透過率が15%未満であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0047】
本発明によれば、近赤外光を吸収しつつも可視光の吸収は抑える程度の量のCu2+を加えることができるよう設定されたO2−/P5+比を製造後でも有する、耐候性を備えたフツリン酸ガラス及びその製造方法並びに近赤外光吸収フィルターを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】特許文献2〜6における実施例のうちO2−/P5+比が3.0を超えた数値且つ3.5未満であるものを選択し、O2−/P5+比とF比について一覧表にしたものを示した図である。
【図2】O2−/P5+比=3.5(比較例1)の製品ガラスに対して、500nm〜1500nmの透過率スペクトルを測定した際のグラフであって、横軸を波数(K即ちcm−1)、縦軸を吸光度(arbitrary unit)に変換したグラフである。
【図3】(a)はO2−/P5+比が高い場合(即ちO2−/P5+比=3.5(比較例1))のグラフにおいて赤外光側ピークと可視光側ピークとを分離したグラフである。(b)はO2−/P5+比が低い場合(即ちO2−/P5+比=3.18(参考例1))のグラフにおいて赤外光側ピークと可視光側ピークとを分離したグラフである。
【図4】(a)は、図3(a)のグラフに対して波長1200nm(約8300K)における製品ガラスの透過率が10%になるように吸収スペクトルに係数をかけたグラフであり、ここでは大小それぞれのスペクトルを1.22倍しており、厚みを1.22倍したことに相当する。(b)は、図3(b)のグラフに対して波長1200nm(約8300K)における製品ガラスの透過率が10%になるように吸収スペクトルに係数をかけたグラフであり、ここでは大小それぞれのスペクトルを1.4倍しており、厚みを1.4倍したことに相当する。
【図5】(a)は、図4(a)のグラフを横軸:波長(nm)、縦軸:透過率(%)に変換した時のグラフである。(b)は、図4(b)のグラフを横軸:波長(nm)、縦軸:透過率(%)に変換した時のグラフである。
【図6】波長615nmにおける透過率が50%になるように製品ガラスの厚みを調節した場合の、波長1200nmにおける透過率を縦軸とし、原料O/P比を横軸として、原料F比毎にプロットしたグラフである。
【図7】波長615nmにおける透過率が50%になるように製品ガラスの厚みを調節した場合の、波長1200nmにおける透過率を縦軸とし、原料O/P比を横軸として、熔融温度毎にプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下、本発明の実施の形態について、次の順序で説明を行う。
1.フツリン酸ガラスの製造方法
2.フツリン酸ガラス
3.実施の形態による効果
4.その他
【0050】
<1.フツリン酸ガラスの製造方法>
本実施形態におけるフツリン酸ガラスは、ガラス原料を調合し、前記ガラス原料を熔融して作製される。そしてこのフツリン酸ガラスは、Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収する能力を有する。
【0051】
このフツリン酸ガラスの作製において、製品ガラス段階における前記フツリン酸ガラスの組成を、前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)(即ち、O2−/P5+比)が3.2以上3.4未満になり、且つ、前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))(即ち、F比)は0.05以上0.25以下になるように設定し、設定された前記組成に基づきガラス原料を調合する。
【0052】
上記の[知見1]〜[知見3]で述べたように、本実施形態においては、揮発物(POF)を実質的に発生させないことが可能となる。揮発物を実質的に発生させないことにより、ガラス原料を調合した段階から熔融を経て製品ガラスとなった段階に至るまで、ガラス内における組成の主な変動要因がなくなる。そのため、上記の組成を有する製品ガラスを得るためには、同様の組成を有するガラス原料を用いれば良い。
【0053】
そのため、前記ガラス原料においては、少なくともフッ素、酸素、リンを含んでいるものであって、製品ガラス段階における組成が上記の条件を満たしたうえで、更に、以下の条件を満たすものであっても良い。即ち、前記ガラス原料中に含まれるリンの含有量に対する酸素の含有量のモル比(O/P)(即ち、原料O/P比)が3.2以上3.4未満になるように前記ガラス原料を調合し、且つ、前記ガラス原料中に含まれる酸素及びフッ素の合計含有量に対するフッ素の含有量Fのモル比(F/(O+F))(即ち、原料F比)が0.05以上0.25以下になるように前記ガラス原料を調合しても良い。
【0054】
ここで、O2−/P5+比及び原料O/P比が3.2以上であれば、適度にP−O−P鎖を予め切断することができているので、ガラス原料を熔融する際の揮発物の発生を充分に抑えることが可能となる。また、水分子によるP−O−P鎖の切断を抑制することができるため、製品ガラスに対して充分な耐候性を備えさせることもできる。
【0055】
更に、3.2という数値は、[知見3]で得られたO2−/P5+比=3.3という値の近傍の値であることから、揮発物を実質的に発生させないだけでなく、構造として比較的安定したトリポリリン酸構造を有することになり、製品ガラスとしての安定性も増す。
【0056】
ここで、O2−/P5+比及び原料O/P比が3.4未満であれば、[知見1]でも述べたように、所望の近赤外光吸収能を有するようCu2+を製品ガラスが含有していたとしても、可視光吸収能が過度に発揮されるのを抑制することができる。またその際、Cu2+を加えたときの発色を抑えることも可能となる。
【0057】
一方、F比及び原料F比が0.05以上であれば、O2−/P5+比及び原料O/P比が仮に3.4弱という大きな値であったとしても、ピロリン酸構造間(又はトリポリリン酸構造間)に充分な量のFを介在させることができ、P−O−P鎖が切断された構造同士をつなぎとめることができる。その結果、P−O−P鎖が切断されることに起因する結晶化を充分に抑制することができ、ひいては製品ガラスに対して充分な耐候性を備えさせることができる。
【0058】
また、F比及び原料F比が0.25以下であれば、[知見2]でも述べたが、少なくともガラス原料を熔融可能な低い温度においては、揮発物を実質的に発生させないことが可能となる。また、フッ素に対する酸素の相対量を多くさせすぎることがないため、結果としてO2−/P5+比及び原料O/P比を適度に高く維持することができ、ひいては揮発物の実質的な発生を抑制できる。その結果、ガラス原料を調合した段階から熔融を経て製品ガラスとなった段階に至るまで、ガラス内における組成の主な変動要因がなくなり、所望の近赤外光吸収能を有するように、製品ガラスにおけるO2−/P5+比を制御することが可能となる。
【0059】
まとめると、Cu2+を適度に加えても可視光を過度に吸収しないO2−/P5+比([知見1])であって、比較的安定したトリポリリン酸構造となるO2−/P5+比=3.3([知見3])に近い値に対し、最初から着目しておく。そして、製品ガラスがこの値(O2−/P5+比)を有するように、原料F比(ひいてはF比)を上記の範囲とすることによって揮発物の発生を実質的になくし、主な組成の変動要因を解消する([知見2])。
【0060】
以上のように、[知見1]〜[知見3]が存在するからこそ、O2−/P5+比及び原料O/P比を3.2以上3.4未満とするのと同時にF比及び原料F比を0.05以上0.25以下とするという構成が導きだせる。つまり、各々の数値範囲自体にも意義はあるが、本実施形態においては、両者の数値範囲が組み合わさってこそ真価が発揮される。即ち、両者の数値範囲内にガラス組成が同時に収まるからこそ、「近赤外光を吸収し」つつも「発色を抑え」「可視光の吸収は抑える」程度の量のCu2+をフツリン酸ガラスに加えることができ、「そのように設定されたO2−/P5+比をガラス原料段階から制御可能とすることができ」、しかも「耐候性を備える」という数多くの効果を発揮するフツリン酸ガラスが得られる。
【0061】
なお、後述の<2.フツリン酸ガラス>で詳述するが、前記フツリン酸ガラスでの全てのカチオン成分の含有量に対する希土類イオン含有量の比率を0.5カチオン%以上2.0カチオン%以下としても良い。こうすることにより、熔融可能な温度を低下させることができ、製造工程の易化をもたらすことが可能となる。希土類イオン含有量を上記の範囲にした場合、熔融温度を1000℃以下にすることが可能となるため、その温度でガラス原料を溶融するのが好ましい。
【0062】
以下、特記しない限り、カチオン成分の含有量、合計含有量はカチオン%で表示し、アニオン成分の含有量はアニオン%で表示するものとし、或いは単に%で表示する。
【0063】
なお、上記においてはガラス原料、及び製造後に製品ガラスが有する組成について述べたが、フツリン酸ガラスの製造方法における熔融等の具体的な工程は、キャスト、パイプ流出、ロール、プレスなど従来から用いられている方法を使用すれば良い。この工程の具体的な例としては、<4.その他>の項目にて挙げる。
【0064】
但し、上記の従来の方法を使用する際、設定された前記組成に基づきガラス原料を調合し、閉鎖系内に排ガスをも閉じ込めて前記ガラス原料を熔融することにより前記モル比を実質的には変動させず、ガラスを生産するのが好ましい。本実施形態ならば、そもそも揮発物を実質的に発生させないことが可能になるが、組成変動要因を可能な限り解消するためにも、排ガスをも閉じ込めるような密閉容器内で、前記ガラス原料を熔融・冷却することにより、製品ガラスを製造するのが好ましい。
【0065】
<2.フツリン酸ガラス>
上記の方法にて製造されたフツリン酸ガラスは、上述の通り、ガラス原料段階とほぼ同じ組成を有している。その結果、本実施形態におけるフツリン酸ガラスは、Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収する能力を有しつつ、前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)は3.2以上3.4未満であり、前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))は0.05以上0.25以下である。
【0066】
また、本実施形態におけるフツリン酸ガラスは、フツリン酸ガラスに対する分光透過率において、波長615nmにおいて透過率が50%を示す厚みにおいて、波長1200nmの透過率が15%未満であることが特に好ましい。なお、この15%未満という数値は、図6における原料F比が0.08のプロットにおいて、原料O/P比が3.4のとき、透過率が15%未満となっていることから導き出している。
【0067】
ガラス原料や製品ガラスの組成が上述の条件を満たすことにより、近赤外光領域では充分な吸収能を有しつつ、可視光領域においては吸収能を抑え、可視光を透過させるフツリン酸ガラスが得られる。このことは、後述の本実施例のフツリン酸ガラスの透過率(表1)と、特許文献12の表1の透過率とを比べただけでも、本実施例の方が、近赤外光領域において透過率を半分程度にまで下げている(即ち近赤外光を倍近く吸収できている)ことがわかる。この結果を生み出しているのは、とりもなおさず、上述の条件を満たすフツリン酸ガラスを得ることができ、ひいては近赤外光を吸収しつつも可視光の吸収は抑える程度の量のCu2+を加えることができているためである。
【0068】
また、フツリン酸ガラスでの全てのカチオン成分の含有量に対する希土類イオン含有量の比率は0.5カチオン%以上2.0カチオン%以下とするのが好ましい。
【0069】
カチオン成分として含まれる希土類イオンの含有量が前記範囲ならば、ガラス原料の熔解温度、液相温度、熔融ガラスの流出温度や成形温度の上昇を適度なものに抑えることができる。本実施形態においては、O2−/P5+比及び原料O/P比を3.2以上3.4未満(更にはF比及び原料F比を0.05以上0.25以下)とすることで、確かに、揮発物の発生を実質的に抑制しつつ、製品ガラスの耐候性を確保している。ただ、それに加え、熔解温度、液相温度、成形温度の上昇を抑制することは、揮発物の発生を実質的に抑制しつつ、製品ガラスの耐候性の確保をより一層確実なものとすることができる。
【0070】
また、液相温度が高いガラスで、流出温度や成形温度を低下しようとすると、流出時や成形時のガラスの粘性が高くなり、熔融ガラスから熔融ガラス塊や熔融ガラス滴を分離することが難しくなったり、成形が難しくなったりする。
【0071】
その一方、ガラスを着色させず、熱的安定性を大幅に低下させないで屈折率を高めることができるという点から、フツリン酸ガラスにおいて、希土類イオンを導入する場合は、Y、La、Gd、Ybのいずれか1種以上を導入することが好ましい。
【0072】
こうした理由から、前記希土類イオンの合計含有量を0.5カチオン%以上2.0カチオン%以下とすることが好ましい。更に言えば、Y3+、La3+、Gd3+およびYb3+を含めた合計含有量を0.5カチオン%以上2.0カチオン%未満にすることが好ましい。中でもYは熱的安定性を維持しつつ、屈折率を高める効果に優れることから、Y3+を含めた合計含有量を0.5カチオン%以上2.0カチオン%以下とすることが好ましい。
【0073】
あくまで一例としてではあるが、上記の条件(O2−/P5+比及び原料O/P比、そしてF比及び原料F比の数値範囲)を満たした上で、本実施形態のフツリン酸ガラスの組成をカチオン%表示で表示したものとして、以下のものが挙げられる。
5+ 3〜50%、
Al3+ 5〜40%、
Li 0〜30%、
Na 0〜20%、
0〜20%、
Mg2+ 0〜10%、
Ca2+ 0〜30%、
Sr2+ 0〜30%、
Ba2+ 0〜40%、
但し、Mg2+、Ca2+、Sr2+およびBa2+の合計量が10%以上、
Zn2+ 0〜20%、
In2+ 0〜20%、
3+ 0〜10%、
La3+ 0〜10%、
Gd3+ 0〜10%、
Yb3+ 0〜10%、
Cu2+ 0.5〜13%、
を含有するとともに、アニオン%表示で、
20〜95%、
2― 5〜80%
を含有するフツリン酸ガラスをあげることができる。
【0074】
以下、上記の各組成について説明を行う。
5+は、ガラス中においてネットワーク形成成分として働く重要な成分である。また、本実施形態の特徴部分であるO2−/P5+比を決定する要因の一つである。基本的には、上記のO2−/P5+比の範囲に収まる量のP5+であれば良いが、一例として数値を挙げると、3%以上ならばフツリン酸ガラスは安定になる。また、50%以下だと、必要な低分散性を得ることができる。したがって、P5+の含有量は3〜50%の範囲にすることが好ましい。
【0075】
Al3+はフツリン酸ガラスにおいて安定性を高めるための重要成分であり、5%以上ならばフツリン酸ガラスは安定になる。また、40%以下だと他成分の合計量を確保でき、同様に安定となる。したがって、Al3+の含有量は5〜40%の範囲にすることが好ましい。
【0076】
Li、Na、Kのようなアルカリ金属はガラスの粘性、ガラス転移温度を低下させ、ガラスの製造を容易にすることができる成分である。そこでLiの量を0〜30%、Naの量を0〜20%、Kの量を0〜20%とすることが好ましい。アルカリ金属の中でもLiは安定性を高める効果も大きいため、Liを0.5%以上導入することがより好ましく、1%以上導入することが更に好ましく、2%以上導入することが特に好ましい。
【0077】
Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+のようなアルカリ土類金属はガラスの安定性を高め、屈折率を上昇させる成分であり、その合計量を10%以上にすることで安定性に対する効果が高くなる。なお、Mg2+、Ca2+は、ガラスの耐失透性、耐久性、加工性を向上させる有用な成分である。Sr2+、Ba2+は、ガラスの耐失透性、熔融性を向上させる有用な成分である。
【0078】
ただ、特定のアルカリ土類金属成分があまりに多くなると他の成分とのバランスが崩れるため、満遍なく導入することが好ましく、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+の少なくとも2種以上を導入することが好ましい。各成分の好ましい含有量は、Mg2+は0〜10%、Ca2+は0〜30%、Sr2+は0〜30%、Ba2+は0〜40%である。
【0079】
Zn2+、In3+はアルカリ土類金属と同様に容易にガラス中に導入できる特性を持ち、Zn2+やIn3+を導入して多成分にすることによる安定性の向上効果が期待できるが、過剰の導入は好ましくない。このため、Zn2+およびIn3+の導入量は、それぞれ0〜20%とすることが好ましく、導入しないことが特に好ましい。
【0080】
3+、La3+、Gd3+、Yb3+などの希土類元素はガラスの低分散性を保ちつつ屈折率を高める成分であるが、過剰な導入は熔解温度を上昇させガラスの安定性も低下させてしまう。そのため、前記各成分の量をそれぞれ0〜10%とすることが好ましい。
【0081】
なお、本実施形態においては、ガラス原料においてCu2+を添加している。Cu2+が加わることにより、製品ガラスに対し、近赤外光吸収特性を付与することができる。本実施形態においては、近赤外光領域の光を充分に吸収できる程度の量のCu2+を添加したとしても、可視光領域の光の吸収は過度に吸収しないような量のCu2+を添加することになる。上述の通り、この添加量は、O2−/P5+比及び原料O/P、そしてF比及び原料F比によって決定される。ただ、数値の一例を挙げるとすると、外割り添加でCu2+を0.5〜13%添加することが望ましい。
【0082】
なお、Cu2+含有ガラスはCCDやCMOSなどの半導体撮像素子の色補正フィルター材料として好適である。Cu2+の添加量は、前記フィルターの厚さを考慮し、前記範囲内で適宜定めればよい。
【0083】
次にアニオン成分、アニオン添加物について説明する。本実施形態におけるフツリン酸ガラスにおいて、FとO2−が主要アニオン成分である。基本的には、上記のF比の範囲に収まる量のF及びO2−であれば良いが、一例として数値を挙げると、所望の光学特性と優れた耐候性を実現する上から、Fを20〜95%、O2−を5〜80%導入することが好ましい。
【0084】
また、Cl、Br、Iは、少量導入することで、ガラスの製造時または流出時に使用する白金容器や白金製ノズル等の白金製品に対し、フツリン酸ガラスが濡れにくくなる。そのため、ガラスの製造を容易に行うことが可能になる。但し、Cl、Br、Iの過剰の導入は、成分揮発による屈折率変動と白金異物の発生を招くため、導入量は合計で0〜3%とすることが好ましく、0.1〜3%とすることがより好ましい。
【0085】
なお、本実施形態におけるフツリン酸ガラスの品質を高くするためには、F、O2−、Cl、BrおよびIの合計量を98%以上とすることが望ましく、99%以上とすることがより望ましく、100%とすることが更に望ましい。
【0086】
なお、本実施形態においては、B3+を含有させていない。本来だと、ガラスの耐久性を向上させる成分であるのだが、ガラス原料を熔解している最中に、フッ化物として揮発する傾向がある。そのため、本実施形態におけるフツリン酸ガラスにはB3+を含有させていない。
【0087】
3+と同様に、本実施形態におけるフツリン酸ガラスには含有させるのが好ましくない成分がある。具体的に言うと、Pb、As、Cd、Cr、U、Th、Tl及びそのイオン及び化合物は、環境への負荷を考慮し、いずれも含有させないことが好ましい。なお、少なくともPbとTlについては、本実施形態におけるフツリン酸ガラスには含有させていない。
【0088】
<3.実施の形態による効果>
本実施形態により、以下の効果を奏する。
即ち、「近赤外光を吸収し」つつも「発色を抑え」「可視光の吸収は抑える」程度の量のCu2+をフツリン酸ガラスに加えることができ、「そのように設定されたO2−/P5+比をガラス原料段階から制御可能とすることができ」、しかも「耐候性を備える」という数多くの効果を発揮するフツリン酸ガラスが得られる。
その結果、近赤外光を吸収しつつも可視光の吸収は抑える程度の量のCu2+を加えることができるよう設定されたO2−/P5+比を製造後でも有する、耐候性を備えたフツリン酸ガラス及びその製造方法を提供できる。 さらに、Cu2+以外のガラス成分量比を一定としつつ、Cu2+の含有量を変えても「近赤外光の吸収」と「可視光の吸収抑制」を両立することができる。したがって、Cu2+以外のガラス成分量比を一定としつつCu2+の含有量を調整することによってフィルターの厚さを調整することができる。Cu2+の含有量を増やすことによりフィルターの厚さを薄くすることができ、Cu2+の含有量を減らすことによりフィルターの厚さを厚くすることができる。つまり、本発明によれば、Cu2+以外のガラス成分量比を一定としつつ、様々な厚さのフィルターに対応可能なガラス材料を提供することができる。
Cu2+以外のガラス成分量比は同じであって、Cu2+の含有量が異なるガラスを使用してフィルターを製造する場合、ガラス組成がほぼ同じであることから、ガラスの成形条件、加工条件を変えなくても良好な成形、加工を行うことができる。
【0089】
<4.その他>
以下、フツリン酸ガラスの製造方法における熔融等の工程の具体例について述べる。その際、一例として、以下に、上記の要件を満たすガラス原料から近赤外光吸収フィルターを製造する例について述べる。
また、上記の実施形態以外に、[知見1]〜[知見3]を適用した場合について述べる。
【0090】
(フツリン酸ガラスの製造方法における具体例)
まず、上記の要件を満たすガラス原料を秤量し、混合した後、耐熱性坩堝、例えば白金あるいは白金合金製坩堝中にて加熱、熔融する。なお、本実施形態においては揮発物を実質的に発生させないようにしているが、少量の揮発物が発生することを想定して、揮発を抑制すべく坩堝に白金等の耐熱蓋を被せることが望ましい。
【0091】
そして、熔融状態のガラスを攪拌、清澄を行い、泡を含まず、均質なガラス融液を白金製、白金合金製、金製、金合金製のいずれからのガラス流出用ノズルから流し出して成形する。
【0092】
ガラス流出時、ガラス融液中に含まれるCl、Br、Iの少なくとも1種以上のハロゲン成分により、ノズル先端から流出するガラス融液が、ノズル先端からノズル外周面へと濡れ上がる現象を抑制する効果が得られる。その結果、濡れ上がったガラス融液が変質し、変質後に流出するガラス融液に取り込まれ、脈理や失透などの欠点になる現象を低減、防止することができる。
【0093】
ところで、近赤外光吸収フィルターにおいては、半導体イメージセンサーを備えるコンパクトな撮像系を構成するためにも、近赤外光のカット機能を高めつつ、可視光の透過率を高く保つことが求められる。このような観点から、波長615nmにおける外部透過率が50%になる厚さのガラスにおいて、少なくとも波長500nmの光は実質的に吸収しないのが好ましい。なお、ここで言う「実質的」とは、この波長の光を全く吸収しない場合も含むし、仮に吸収したとしても実用の上で問題ないレベルの吸収である場合も含む。
【0094】
また、波長400nmにおける外部透過率が80%以上であることが好ましい。近赤外光の吸収に関しては、波長1200nmにおける透過率が15%未満であることが好ましい。
【0095】
前記近赤外光吸収フィルターの作製例は以下のとおりである。
まず、前記ガラスが得られるよう清澄、均質化した熔融ガラスを溶かして、パイプから流出し鋳型に流し込んで、板厚の厚い、大判のガラスブロックを成形する。例えば、平坦かつ水平な底面と、この底面を挟んで互いに平行に対向する一対の側壁と、一対の側壁の間に位置する一方の開口部を塞ぐ堰板によって構成された鋳型を用意し、この鋳型に白金合金製のパイプから一定の流出スピードで均質化された熔融ガラスを鋳込む。鋳込まれた熔融ガラスは鋳型内に広がり、一対の側壁によって一定の幅に規制された板状ガラスに成形される。成形された板状ガラスは、鋳型の開口部から連続的に引き出されていく。ここで鋳型の形状、寸法、熔融ガラスの流出スピードなどの成形条件を適宜設定することにより、大判かつ肉厚のガラスブロックを成形することができる。
【0096】
なお、ガラス原料の熔融は、窒素ガス等の不活性ガスや乾燥ガスの雰囲気下で行ってもよいし、大気下で行ってもよい。本発明によれば、ガラス熔融雰囲気に影響されることなく、高品質のフツリン酸ガラスを製造、供給することができる。
【0097】
成形されたガラスブロックは、予めガラスの転移温度付近に加熱されたアニール炉に移され、室温まで徐冷される。徐冷によって歪が除かれたガラスブロックには精度のよいスライス、研削、研磨加工が施され、両面が光学研磨されたガラス板を得ることができる。このガラス板でも近赤外光吸収フィルターとして使用できるが、前記ガラス板を貼り合わせて近赤外光吸収フィルターを作ることもできる。両面を光学研磨した板状の近赤外光吸収ガラスの片面に対し、両面とも光学研磨された板状の水晶を貼り合わせる。そして、水晶の片面には可視光を透過し両面とも光学研磨された板状の光学ガラス、例えばBK−7(ホウケイ酸塩光学ガラス)を貼り合わせる。このような構造によって近赤外光吸収フィルターは構成されるが、前記板状光学ガラスの片面にもう一枚、可視光を透過し両面とも光学研磨された板状の光学ガラス(例えばBK−7)を貼り合わせてもよい。フィルターの表面には必要に応じて光学多層膜を形成する。
【0098】
以上、ガラスブロックをガラス板に加工する場合について説明したが、ガラスブロックを研削、研磨してレンズを作製したり、その他の形状に加工したりすることもできる。
【0099】
本実施形態の近赤外光吸収ガラスは、フツリン酸ガラスであり、ガラス転移温度が低いので、精密プレス成形(モールド成形)によって成形後に光学機能面に研削や研磨などの機械加工を施すことなしに、レンズ、回折格子などの光学素子を成形することもできる。例えば、SiC、超硬材などの公知のプレス成形型材の成形面を非球面レンズのレンズ面を反転した形状に高精度に加工して、上型、下型を作製し、これら上下型、あるいは必要に応じて公知の胴型や上下型案内部材を用いて、本実施形態の近赤外光吸収ガラスからなるガラスプリフォームを加熱、精密プレス成形する。このようにして成形面をガラスに精密に転写し、非球面レンズを作製することができる。このような非球面レンズも、本実施形態の近赤外光吸収フィルターである。このようにして得られた非球面レンズは、半導体イメージセンサーの受光面に被写体の像を結像するための光学系の一部、あるいは全部を構成することもでき、撮像装置における光学部品点数を少なくできるとともに省スペース化、低コスト化に有効である。
【0100】
プレス成形型材の成形面に回折格子を反転した形状に高精度に加工して、上型、下型を作製し、前記方法と同様にしてガラスプリフォームを精密プレス成形することにより、回折格子付きの近赤外光吸収フィルターとすることもできる。
【0101】
回折格子付き近赤外光吸収フィルターは、半導体イメージセンサーに入射する光のオプティカルローパスフィルターとして機能する。したがって、近赤外光吸収フィルターとオプティカルローパスフィルターを一つの素子とすることができるので、撮像装置における光学部品点数を少なくできるとともに省スペース化、低コスト化が可能になる。
【0102】
なお、プレス成形型材の成形面を、レンズ面(例えば、非球面レンズのレンズ面)が反転した形状としつつ、回折格子の溝を反転した形状に精密に加工し、前記方法と同様にして精密プレス成形すれば、近赤外光吸収機能、光学的なローパスフィルター機能およびレンズ機能を兼備する近赤外光吸収フィルターを作製することができる。
プレス成形型成形面には必要に応じて公知の離型膜を形成してもよい。その他、精密プレス成形の諸条件は公知のものを適用しつつ、目的とする近赤外光吸収フィルターの具体的仕様により適宜決めればよい。
【0103】
このように精密プレス成形により近赤外光吸収フィルターを作製することにより、非球面レンズ、回折格子付きオプティカルローパスフィルター、オプティカルローパスフィルターとして機能する回折格子を備えた非球面レンズなど、研削、研磨による量産が適さない素子も高い生産性のもとに製造することができる。なお、近赤外光吸収フィルターの表面には必要に応じて反射防止膜などの光学多層膜を形成してもよい。
【0104】
本実施形態の近赤外光吸収フィルターによれば、可視光の透過率が高く、近赤外光の吸収が大きいので、半導体撮像素子の色感度補正を良好に行うことができる。また、光学的に均質性の高いフィルターとすることもできる。
【0105】
また、本実施形態の近赤外光吸収フィルターは、半導体イメージセンサーと組み合わせることにより、撮像装置に適用することが可能である。なお、半導体イメージセンサーは、パッケージ内にCCDやCMOSなどの半導体撮像素子を装着し、受光部を透光性部材でカバーしたものである。透光性部材を近赤外光吸収フィルターで兼ねることもできるし、透光性部材を近赤外光吸収フィルターとは別個のものとすることもできる。
【0106】
なお、上記の本実施形態の撮像装置は、半導体イメージセンサーの受光面に被写体の像を結像するためのレンズ、あるいはプリズムなどの光学素子を備えることもできる。
【0107】
また、上記の撮像装置によれば、光学的均質性に優れ、可視域の透過率が高く、近赤外域の吸収が大きい近赤外光吸収フィルターを搭載しているので、色感度補正が良好になされ、優れた画質の画像を得ることが可能な撮像装置を提供することができる。
【0108】
なお、本実施形態ならば、近赤外光吸収フィルター以外の光学素子(レンズ等)であっても作製することはもちろん可能である。その他、種々のガラス製の製品に対し、応用可能であるし、種々の変形も可能である。
【0109】
([知見1]〜[知見3]の適用例)
本実施形態においては、Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスについて述べた。ただ、Cu2+以外の近赤外光吸収成分(例えば既に挙げたAlや、In、Sn、Wやそれらの酸化物などの化合物等)をCu2+の代わりに、又は同時に添加した場合であっても、本発明が適用できる可能性がある。つまり、ある近赤外光吸収成分を添加した際に、[知見1]のように光吸収ピークを2つに分けることができ、その光吸収ピークがO2−/P5+比によって影響を受けるのならば、上述の課題が発生する可能性が高い。また、[知見2]や[知見3]はO2−/P5+比とF比に関係する内容であることから、Cu2+以外の成分を加えた場合であっても適用できる可能性が高い。それを反映させた態様について、明細書の末尾に付記する。
【0110】
また、本実施形態で記載した数値範囲からわずかに外れたO2−/P5+比及び原料O/P比、そしてF比及び原料F比であっても、上記の効果を奏することができる可能性もある。それを反映させた態様についても、明細書の末尾に付記する。
【実施例】
【0111】
次に実施例を示し、本発明について具体的に説明する。もちろん本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0112】
<実施例1〜44>
表1に示す実施例1〜44の各ガラス組成が得られるように、二リン酸亜鉛などのリン酸塩や、フッ化ナトリウムなどのフッ化物といった原料を調合し、白金坩堝に投入して、実施例1〜11、16〜41は熔融温度1000℃、実施例12は熔融温度900℃、実施例42〜44は熔融温度950℃で、攪拌しながら2〜3時間かけて原料を加熱、熔解し、清澄、均質化し、均質なガラス融液を得た後、ガラス融液、すなわち、熔融ガラスを鋳型に鋳込んで、実施例1〜44に相当する44種のフツリン酸ガラスを得た。なお、前記工程において、揮発成分の多量の発生によりガラス製造が困難となることはなかった。また、得られたガラスの内部には、結晶の析出や残留泡、異物、脈理は認められなかった。
【0113】
【表1】

【0114】
<比較例1〜3>
実施例1〜44に対し、比較例1〜2においては、原料O/P比(即ち製品ガラスにおけるO2−/P5+比)が3.4以上とした比較例のガラスを作製した。また、比較例3においては、Cu2+を極めて少量の1.00%とした。それ以外の組成は表1の通りとし、具体的な製造工程としては実施例と同様とした。
【0115】
<参考例1〜10>
なお、本実施形態の数値範囲外のO2−/P5+比を有しながらも、近赤外光領域において透過率を低減できる例について、参考例として示す。
具体的には、参考例1〜7として、原料O/P比(即ち製品ガラスにおけるO2−/P5+比)が3.2未満としたガラスを作製した。それ以外の組成は表1の通りとし、参考例1〜5は熔融温度を1000℃、参考例6〜7は熔融温度を900℃とし、それ以外の具体的な製造工程は実施例と同様とした。
また、参考例8〜10として、原料F比(即ち製品ガラスにおけるF比)が0.05未満としたガラスを作製した。それ以外の組成及び具体的な製造工程は表1の通りとした。それ以外の組成は表1の通りとし、具体的な製造工程としては実施例と同様とした。
【0116】
<透過率>
実施例1〜44、比較例1〜3、そして参考例1〜10の各ガラスについて、波長615nmにおける外部透過率が50%になる厚さ、この厚さでの波長1200nmにおける外部透過率(いくつかの実施例については波長400nm、500nmにおける透過率)を表1に示している。
【0117】
表1に示すように、実施例のガラスにおいては可視域の透過率が高く、実施例及び参考例においては近赤外光のカット機能に優れており、半導体イメージセンサーの色収差補正用フィルターガラスとして好適である。
その一方、比較例のガラスはいずれも透過率が15%以上となっており、実施例及び参考例に比べると近赤外光領域の光に対する吸収能が弱かった。なお、比較例3のガラスは、Cu2+が極めて少量であるため、近赤外光を吸収することができておらず、そもそも「Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラス」とはなっていない。そのため、比較例3のガラスは、本実施形態の数値範囲内のO2−/P5+比及びF比を有していながらも、比較例に所属させている。逆に言うと、本実施形態のフツリン酸ガラスにおいては、Cu2+の含有率が1.00%を超えていることが好ましい。また、実施例1〜44を考慮すると、Cu2+の含有率が2.50%以上であることがより好ましい。一方、ガラスの熱的安定性を維持する上から、Cu2+の含有率が5%以下であることが好ましい。
【0118】
以下、その他の好ましい形態を付記する。
[付記1]
Cu2+を含有することにより、近赤外領域において光吸収のピークを有するフツリン酸ガラスにおいて、
前記ピークは2つのピークに分離自在であり、Cu2+が発色することなく、波長1200nmの光は実質的に吸収しつつ、波長500nmの光は実質的に吸収せず、
前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))値の範囲は、前記近赤外光吸収フィルターの製造の際にPOFを実質的に発生させない程度の値を上限とすることを特徴とするフツリン酸ガラス。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。
[付記2]
Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスにおいて、
前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)であるO2−/P5+比の範囲は、前記近赤外光吸収フィルターの製造の際にPOFを実質的に発生させない程度のO2−/P5+比を下限とする一方、Cu2+が発色することなく、波長1200nmの光は実質的に吸収しつつ、波長500nmの光は実質的に吸収しない程度の量のCu2+を投入可能なO2−/P5+比を上限とし、
前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))値の範囲は、前記近赤外光吸収フィルターの製造の際にPOFを実質的に発生させない程度の値を上限とすることを特徴とするフツリン酸ガラス。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。
[付記3]
Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスにおいて、
前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)は3.05以上3.40未満であり、
前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))は0.03以上0.19以下であることを特徴とするフツリン酸ガラス。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。
[付記4]
前記F含有量の比は、P4−に起因した結晶を生じさせない程度の値を下限とすることを特徴とするフツリン酸ガラス。
[付記5]
ガラス原料を調合し、前記ガラス原料を熔融して作製されるフツリン酸ガラスであって、Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスの製造方法において、
前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)であるO2−/P5+比の範囲は、前記近赤外光吸収フィルターの製造の際にPOFを実質的に発生させない程度のO2−/P5+比を下限とする一方、Cu2+が発色することなく、波長1200nmの光は実質的に吸収しつつ、波長500nmの光は実質的に吸収しない程度の量のCu2+を投入可能なO2−/P5+比を上限として設定し、
前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))値の範囲は、前記近赤外光吸収フィルターの製造の際にPOFを実質的に発生させない程度の値を上限として設定し、
設定された前記組成に基づきガラス原料を調合し、ガラスを生産することを特徴とするフツリン酸ガラスの製造方法。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。
[付記6]
ガラス原料を調合し、前記ガラス原料を熔融して作製されるフツリン酸ガラスであって、Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスの製造方法において、
前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)であるO2−/P5+比の範囲は、前記近赤外光吸収フィルターの製造の際にPOFを実質的に発生させない程度のO2−/P5+比を下限とする、Cu2+が発色することなく、波長1200nmの光は実質的に吸収しつつ、波長500nmの光は実質的に吸収しない程度の量のCu2+を投入可能なO2−/P5+比を上限として設定し、
設定された前記組成に基づきガラス原料を調合し、閉鎖系内に排ガスをも閉じ込めて前記ガラス原料を熔融することにより前記モル比を実質的には変動させず、ガラスを生産することを特徴とするフツリン酸ガラスの製造方法。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。
[付記7]
近赤外光吸収成分を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスにおいて、
前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)であるO2−/P5+比の範囲は、前記フツリン酸ガラスの製造の際にPOFを実質的に発生させない程度のO2−/P5+比を下限とする一方、近赤外光吸収成分が発色することなく、波長1200nmの光は実質的に吸収しつつ、波長500nmの光は実質的に吸収しない程度の量のCu2+を投入可能なO2−/P5+比を上限とし、
前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))値の範囲は、前記近赤外光吸収フィルターの製造の際にPOFを実質的に発生させない程度の値を上限とすることを特徴とするフツリン酸ガラス。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスにおいて、
前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)は3.2以上3.4未満であり、
前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))は0.05以上0.25以下であることを特徴とするフツリン酸ガラス。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。
【請求項2】
前記フツリン酸ガラスでの全てのカチオン成分の含有量に対する希土類イオン含有量の比率は0.5カチオン%以上2.0カチオン%以下であることを特徴とする請求項1に記載のフツリン酸ガラス。
【請求項3】
フツリン酸ガラスに対する分光透過率において、波長615nmにおいて透過率が50%を示す厚みにおいて、波長1200nmの透過率が15%未満であることを特徴とする請求項1又は2に記載のフツリン酸ガラス。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載の前記フツリン酸ガラスを用いたことを特徴とする近赤外光吸収フィルター。
【請求項5】
ガラス原料を調合し、前記ガラス原料を熔融して作製されるフツリン酸ガラスであって、Cu2+を含有することにより近赤外光を吸収するフツリン酸ガラスの製造方法において、
前記フツリン酸ガラスの組成を、前記フツリン酸ガラスでのP5+含有量に対するO2−含有量のモル比(O2−/P5+)が3.2以上3.4未満になり、且つ、前記フツリン酸ガラスでのO2−及びFの合計含有量に対するF含有量のモル比(F/(O2−+F))は0.05以上0.25以下になるように設定し、設定された前記組成に基づきガラス原料を調合し、ガラスを生産することを特徴とするフツリン酸ガラスの製造方法。
但し、前記フツリン酸ガラスは、B3+、Pb及びそのイオン及び化合物、並びにTl及びそのイオン及びその化合物を含有しない。
【請求項6】
前記ガラス原料が少なくともフッ素、酸素、リンを含み、
前記ガラス原料中に含まれるリンの含有量に対する酸素の含有量のモル比が3.2以上3.4未満になるように前記ガラス原料を調合し、且つ、前記ガラス原料中に含まれる酸素及びフッ素の合計含有量に対するフッ素の含有量Fのモル比が0.05以上0.25以下になるように前記ガラス原料を調合し、ガラスを生産することを特徴とする請求項5に記載のフツリン酸ガラスの製造方法。
【請求項7】
前記フツリン酸ガラスでの全てのカチオン成分の含有量に対する希土類イオン含有量の比率を0.5カチオン%以上2.0カチオン%以下とし、熔融温度を1000℃以下とすることを特徴とする請求項5又は6に記載のフツリン酸ガラスの製造方法。
【請求項8】
フツリン酸ガラスに対する分光透過率において、波長615nmにおいて透過率が50%を示す厚みにおいて、波長1200nmの透過率が15%未満であることを特徴とする請求項5ないし7のいずれかに記載のフツリン酸ガラスの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−53058(P2013−53058A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−165430(P2012−165430)
【出願日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】