説明

フツリン酸塩ガラス、プレス成型用ガラス素材、光学素子それぞれの製造方法。

【課題】組成中のP5+の含有量が少ないフツリン酸ガラスを製造するのに、化学的耐久性と熱的安定性のバランスが取れた組成とすること。
【解決手段】O2-/P5+≧3.7、A13+が所定量以上、P5+が所定量以下のフツリン酸ガラスを製造するのに、Al23の占める割合を1〜5質量%の範囲に制限したAlF3を用いてガラス原料を調合し、この原料を溶融してフツリン酸ガラスを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フツリン酸塩ガラス、プレス成型用ガラス素材、光学素子それぞれの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フツリン酸ガラスは、低分散性に加え、異常部分分散性を有するため、高次の色収差補正に有効なガラスであり、望遠レンズの前玉と呼ばれる最も被写体側のレンズなどの材料としてよく使用されている。フツリン酸ガラスには、その製造工程で著しい揮発性、侵蝕性を示すという問題があるが、本発明者は、特許文献1、2において、ガラス中のO2-量とP5+量のモル比O2-/P5+を3.5以上にすることにより、上記問題を解決するための発明を開示している。
【0003】
さらに、フツリン酸ガラスにはガラス製造後においても次のような問題がある。フツリン酸ガラス製のレンズは、例えば、レンズ形状に加工したガラスを研削、研磨して作られるが、研磨の際、ガラス表面に研磨ヤケと呼ばれる変質層ができやすい。これは、フツリン酸ガラスの化学的耐久性に起因する問題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−286670
【特許文献2】特開2010−059023
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者は、フツリン酸ガラスの化学的耐久性を改善するため、ガラス中のO2-量とP5+量のモル比O2-/P5+を3.7以上に高めることで化学的耐久性の改善が可能であることを突き止めた。
【0006】
しかし、O2-/P5+を3.7以上に上昇させると熱的安定性(耐失透性)が著しく悪化する。
【0007】
しかし、組成中のP5+の含有量が15カチオン%以下の場合には、ガラス中のO2-の含有量の変化がモル比O2-/P5+を大きく変化させ、化学的耐久性、熱的安定性のバランスが取れたフツリン酸ガラスを安定して生産することが困難であった。
本発明者は、その原因について探求したところ、P5+の含有量が少なく、陰イオン中のフッ素の比率が高いガラスは、熱的安定性を維持する働きのあるAl3+と多量のフッ素を同時にガラスに導入するため、Al3+の原料としてAlF3を多量に使用する。AlF3は製造方法に起因して不純物としてAl23を相当量含有しており、このAl23の含有量が変化した場合に組成中のO2-/P5+が変動することとなり、化学的耐久性、熱的安定性のバランスが取れた組成から逸脱し、熱的安定性が悪化して生産性を低下させることを突き止めた。
【0008】
したがって、本発明の課題は、組成中のP5+の含有量が少ないフツリン酸ガラスを製造するのに、化学的耐久性と熱的安定性のバランスが取れた組成とするフツリン酸ガラスを安定して生産する製造方法を提供すること、前記方法により作製したガラスを用いてプレス成形用ガラス素材および光学素子を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するためには、AlF3中のAl23含有量を一定に保つ必要があるが、Al23はAlF3製造時の未反応物である関係から、Al23が多く含まれる製造方法で得られるAlF3は、Al23の含有量の変動も大きくなる。
そこで、本発明ではAl23含有量の少ないAlF3を使用することでAl23のガラスヘの導入量の変化を抑えることとした。
本発明の方法では、Al23含有量の変動量が少ないことが肝要であるため超高純度のAlF3を使用する必要はなくAlF3中のAl23量は1〜5質量%とすればよい。
本発明が対象とするフツリン酸塩ガラスは、通常、Al3+がカチオン%表示で15%以上、P5+がカチオン%表示で15%以下である。
Al23量を1質量%未満にするにはAlF3の純度を高めなければならず、原料コストが嵩むみ、Al23量が5質量%を超えると前記所要量のAlを導入する場合、O2-が過剰となりやすく、ガラスの熱的安定性が低下する可能性が高くなり、高品質のガラス、すなわち、光学ガラスを安定して生産することが困難になる。
フツリン酸ガラスの化学的耐久性を改善するために、モル比O2-/P5+を3.7以上とする際、熱的安定性を改善するために導入するAlF3原料に引き起こされるガラスの製造安定性の低下を改善するため、本発明は、ガラス原料を調合し、この原料を溶融してフツリン酸ガラスを製造するフツリン酸ガラスの製造方法において、Al23の占める割合を1〜5質量%の範囲に制限したAlF3を用いてガラス原料を調合し、この原料を溶融して、P5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比O2-/P5+が3.7以上、A13+の含有量が15カチオン%以上、P5+の含有量が15カチオン%以下のフツリン酸ガラスを製造するフツリン酸ガラスの製造方法を提供する。
なお、ガラスの熱的安定性を維持する上から、P5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比O2-/P5+を4.2以下にすることが望ましい。
【0010】
さらに、本発明は、上記方法でガラスを製造し、このガラスを加工してプレス成形用ガラス素材を作製するプレス成形用ガラス素材の製造方法、前記方法で製造されたプレス成形用ガラス素材を、加熱、軟化してプレス成形する工程を有する光学素子の製造方法、上記方法でガラスを製造し、このガラスを加工して光学素子を製造する方法を提供するものである。
【0011】
本発明の方法で製造されたフツリン酸塩ガラスは化学的耐久性だけでなく、熱的安定性にも優れているので、このガラスを用いてプレス成形用ガラス素材を製造することができ、この素材を加熱、軟化してプレス成形することにより、高品質の光学素子を製造することができる。
あるいは、上記ガラスを直接、研磨加工しても、研磨ヤケのない光学素子を製造することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、フツリン酸塩ガラスを製造するに当たり、原料であるAlF3中のAl23含有量を一定範囲内に保つことにより、フツリン酸塩ガラスの化学的耐久性だけでなく、熱的安定性にも優れたフツリン酸塩ガラスを安定的に製造することができる。また、超高純度のAlF3を使用する必要もないので、ガラスの生産性向上との相乗効果によりフツリン酸ガラスを安価に提供することもできる。さらに、上記方法で作製されるガラスを使用することにより、プレス成形用ガラス素材、光学素子を安定的に製造することができる。さらに、研磨ヤケに対し優れた耐性を有する光学素子を安定的に供給することができる。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0013】
実施例により、本発明をより具体的に説明する。
(実施例1)
カチオン成分比およびアニオン成分比が表1−1に示すガラス組成(酸化物およびフッ化物に換算した組成を表1−2に示す)を有するフツリン酸ガラスを作製するにあたり、各成分を導入するための原料としてそれぞれのガラス成分に対応するリン酸塩、フッ化物、酸化物などを用い、原料を秤量し充分に混合して調合原料とし、これを白金坩堝に入れて加熱、熔融した。得られた熔融ガラスを清澄、均質化してから鋳型に流し込み、ガラス転移温度付近まで放冷してから直ちにアニール炉に入れ、ガラス転移温度付近で1時間アニールしてから、炉内で室温まで放冷して光学ガラスからなるガラスブロックを得た。
なお、Al3+、Mg2+、Ca2+、Sr2+を導入する原料としてフッ化物原料を、Ba2+を導入する原料としてはフッ化物とBa塩を併用し、その他の成分についてはリン酸塩、酸化物、アルカリ塩など用いた。AlF3原料以外の原料は通常の光学ガラスの製造に使用する原料を用い、AlF3原料については、不純物として含まれるAl23が3質量%まで低減されたもの、すなわち、AlF3の純度が97質量%の純度の高いものを使用した。
【0014】
【表1】

【0015】
得られたガラスを観察したところ、結晶の析出は認められず、光学ガラスとしての高い均質性を有していた。上記ガラスの屈折率、アッベ数、ガラス転移温度を表1−1に示す。
上記フツリン酸ガラスは、Tb、Euなどの蛍光を発する添加剤を含まないため、紫外光が入射しても蛍光を発することがなく、撮像レンズに用いても蛍光が写り込むことがない。また、Cu、Crなどの着色剤を含まないため、色再現の良好なレンズを作製することもできる。
次に、上記ガラスブロックを切断して複数のガラス片に分割し、これらガラス片をバレル研磨し、ガラス片の稜を丸めるとともに各ガラス片の質量をレンズブランク1個分の質量と等しくなるように調整し、プレス成形用ガラス素材を得た。
さらにプレス成形用ガラス素材の表面に窒化硼素粉末を均一に塗布し、加熱、軟化した後、プレス成形型に導入してプレス成形してレンズブランクを得た。
得られたレンズブランクをアニールして歪を低減するとともに屈折率を微調整した後、レンズブランクを公知の方法で研削、研磨してレンズを作製した。
得られたレンズの表面には研磨ヤケ等の変質は認められなかった。なお、レンズ表面には必要に応じて反射防止膜をコートしてもよい。
なお、上記の例では、AlF3などの各種化合物を調合した原料(バッチ原料)を坩堝に入れて溶融し、光学ガラスを得たが、バッチ原料を粗溶解してカレットを作製し、このカレットを坩堝に入れて溶融し、光学ガラスを得ることもできる。
【0016】
(実施例2)
実施例1と同様にしてガラスを溶融し、溶融ガラスをパイプから流出して、その溶融ガラス流の先端をプレス成形型の下型成形面上で受け、溶融ガラス流をシアブレードと呼ばれる切断刃で剪断し、下型成形面上にレンズブランク1個分に相当する溶融ガラス塊を得た。
次いで、この溶融ガラス塊を載せた下型を、上方で上型が待機する位置まで移動し、上型と下型でガラスをプレス成形してレンズブランクを得た。
得られたレンズブランクをアニールして歪を低減するとともに屈折率を微調整した後、レンズブランクを公知の方法で研削、研磨してレンズを作製した。
得られたレンズの表面には研磨ヤケ等の変質は認められなかった。なお、レンズ表面には必要に応じて反射防止膜をコートしてもよい。
【0017】
(実施例3)
実施例1において得たガラスブロックを公知の方法により切断、研削、研磨してレンズを得た。得られたレンズの表面には研磨ヤケ等の変質は認められなかった。なお、レンズ表面には必要に応じて反射防止膜をコートしてもよい。
実施例1〜3において作製したレンズは、いずれも低分散性に加え、異常部分分散性を有するため、高次の色収差補正に有効なガラスレンズであり、望遠レンズの前玉レンズに好適である。
【0018】
(比較例)
AlF3原料を一般にガラスの製造に使用されるものを使用した以外は、実施例1と同様の方法でフツリン酸ガラスを作製した。上記AlF3原料の純度を調べたところ、AlF3の純度は93質量%であり、不純物としてAl23が6質量%含まれていることがわかった。表1−1に示す組成のガラスを得ようとしたところ、実際の組成は表2−1、表2−2に示すものとなった。なお、表2−1の組成表示法は表1−1と同様、表2−2の組成表示法は表1−2と同様である。上記原料を坩堝内で加熱、溶融して得られた熔融物を鋳型に鋳込んで急冷、固化したものを観察したところ、結晶の析出が認められ、光学ガラスの製造プロセスとしては不安定であった。
【0019】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス原料を調合し、この原料を溶融してフツリン酸ガラスを製造するフツリン酸ガラスの製造方法において、
Al23の占める割合を1〜5質量%の範囲に制限したAlF3を用いてガラス原料を調合し、この原料を溶融して、P5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比O2-/P5+が3.7以上、A13+の含有量が15カチオン%以上、P5+の含有量が15カチオン%以下のフツリン酸ガラスを製造することを特徴とするフツリン酸ガラスの製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法でガラスを製造し、このガラスを加工してプレス成形用ガラス素材を作製するプレス成形用ガラス素材の製造方法。
【請求項3】
請求項2記載の方法で製造されたプレス成形用ガラス素材を、加熱、軟化してプレス成形する工程を有する光学素子の製造方法。
【請求項4】
請求項1記載の方法でガラスを製造し、このガラスを加工して光学素子を製造する方法。

【公開番号】特開2012−82114(P2012−82114A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−231058(P2010−231058)
【出願日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】