説明

フノリ抽出物の精製方法

【課題】カビの発生や着色を抑制するためにフノリ抽出物を精製する方法を提供する。
【解決手段】フノリ抽出物を含有するフノリ溶液に粉末活性炭を加え、30〜180秒攪拌した後、減圧吸引濾過することを特徴とするフノリ抽出物の精製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フノリ抽出物の精製方法に関し、特に絹を始めとする織物や紙、木、石、土、金属等を素材とする文化財の修理において接着剤として使用するフノリ抽出物の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
文化財の修理において、フノリ(布海苔)の抽出物を用いた接着剤が、作業内容に応じて粘度を調節することが比較的容易であり、水に溶けて除去出来るため重視されている。フノリ抽出物とは、マフノリ,フクロフノリ等の紅藻類に属する海藻から抽出したものである。修理現場では一般的に煮出しフノリと呼ばれる加熱抽出溶液を用いることが多いが、近年では室温で抽出した溶液を使用する機会も多い。
【0003】
しかしながら、フノリは天然物であるため、フノリ抽出物の中には主成分である酸性多糖類フノランの他に、着色やカビの原因となる物質が含まれている。そのため、フノリ抽出物の文化財への使用は、仮処置や絵画表面に露出しない部分に限られていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って、本発明の目的は、カビの発生や着色を抑制するためにフノリ抽出物を精製する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、フノリ抽出物を含有するフノリ溶液に粉末活性炭を加え、濾過することにより、カビの発生が抑えられた無色透明のフノリ抽出物が得られることを見出し、本発明に想到した。
【0006】
すなわち、本発明のフノリ抽出物の精製方法は、フノリ抽出物を含有するフノリ溶液に粉末活性炭を加え、30〜180秒攪拌した後、減圧吸引濾過することを特徴とする。
【0007】
減圧吸引濾過に用いる濾材の濾過面積を50〜500 cm2とするのが好ましい。
【0008】
減圧吸引濾過に用いる濾材の濾過精度を4μm以下とするのが好ましい。
【0009】
攪拌温度を室温とするのが好ましい。
【0010】
フノリ抽出物を常温水により抽出するのが好ましい。
【0011】
粉末活性炭の添加量を、前記フノリ抽出物の乾燥固形量に対して200〜500重量%とするのが好ましい。
【0012】
粉末活性炭の平均粒子径を130〜170μm以下とするのが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明のフノリ抽出物の精製方法によれば、化学薬品による漂白等を行うことなく、無色透明でカビの生えにくい精製フノリ抽出物が得られるため、仕上げ段階の強化剤としても使用することができ、文化財の修理に好適である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[1] フノリ抽出物の生成
フノリ抽出物の生成は常温の水を用いて行うことができる。具体的には、乾燥フノリを常温の水で水洗して表面の不純物や塩分を除去し、常温水を加えて一晩浸漬させて十分膨潤させた後、綿ガーゼ等により濾過することにより、フノリ抽出物を含有するフノリ溶液が得られる。常温水は15〜25℃であるのが好ましい。常温水に浸漬させた後長時間攪拌しても良い。粉砕を伴う攪拌では不純物が多量に抽出される可能性があるので、フノリを粉砕しない程度に攪拌しながら抽出するのが好ましい。
【0015】
常温水は蒸留水、イオン交換水等であるのが好ましい。フノリ溶液の濃度は1.0〜3%であるのが好ましい。またフノリの抽出方法は、常温水を用いた常温抽出に限らず、煮出等の加温抽出でも良い。
【0016】
[2] フノリ抽出物の精製
フノリ溶液に粉末活性炭を添加し、攪拌した後、減圧吸引濾過を行うことにより、フノリ抽出物を精製する。多糖類であるフノリ抽出物に比べて、カビの発生や着色の原因となる不純物は比較的低分子な有機物等であるため、粉末活性炭により選択的に吸着除去することができる。
【0017】
粉末活性炭の添加量は、フノリ抽出物の乾燥固形量に対して200〜500重量%であるのが好ましく、200〜350重量%であるのがより好ましい。粉末活性炭の平均粒子径は130〜170μm以下であるのが好ましく、130〜150μmであるのがより好ましい。このように平均粒子経の小さい粉末活性炭を用いることにより、短い攪拌時間でフノリ溶液から不純物を選択的に除去することができる。粉末活性炭は、中性・活性炭素からなるカラムクロマトグラフ用のものが好ましい。
【0018】
フノリ溶液に粉末活性炭を添加して行う攪拌は、吸着効率向上のため活性炭粒子が崩壊しない範囲で、短時間で行うのが好ましい。それにより、比較的低分子である不純物が活性炭へ効率よく拡散され、分子が会合する前に不純物を選択的に除去することができる。攪拌時間は30〜180秒であるのが好ましく、60〜120秒であるのがより好ましい。攪拌時間が180秒超であると、活性炭が除去しづらくなるという問題があり、攪拌時間が30秒未満であると精製が十分でない。その際のフノリ溶液の温度は室温であるのが好ましく、15〜23℃であるのがより好ましい。
【0019】
減圧吸引濾過は桐山漏斗、ブフナー漏斗等の濾過面積が大きい濾材を折らずに使用可能なものを用いて行うのが好ましく、桐山漏斗を用いるのがより好ましい。また減圧吸引濾過には、濾過面積が大きい濾材を用いるのが好ましい。フノリ抽出物は粘度が高く、活性炭による目詰まりも生じるため、濾過面積が大きい濾材を用いて短時間で濾過するのが好ましい。濾材の濾過面積は50〜500 m2であるのが好ましく、400〜460 m2であるのがより好ましい。濾材は細かい目のものを用いるのが好ましく、濾材の濾過精度は4μm以下であるのが好ましく、1〜4μmであるのがより好ましい。このように、粒径の小さい粉末活性炭を添加し、濾過面積が大きい漏斗と目の細かい濾材を用いて短時間で濾過することにより、多糖類であるフノリ抽出物のみを高精度に精製することができる。
【実施例】
【0020】
本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0021】
実施例1
乾燥フノリ15gを水洗し、全量が300gになるように蒸留水を加えて室温で一晩静置して膨潤させた後、綿ガーゼで濾してフノリ溶液を生成した。フノリ溶液におけるフノリ抽出物の濃度は1.4%であった。
【0022】
フノリ溶液100gに、粒状活性炭〔和光純薬工業(株)製、商品名:活性炭素、粉末、中性、平均粒径:150μm〕4gを添加し、攪拌棒により60秒攪拌した後、桐山ロート[桐山製作所製、PSC-240、吸引鐘:VKC-3000、濾過面積:直径240mm、濾布(敷島紡績(株)製、商品名:FT400S),濾過精度4μm]を用いて圧力2mmHgで減圧吸引濾過した。全量濾過に要した時間は、約45分間であった。
【0023】
比較例1
実施例1において、フノリ抽出物の精製を行わなかった以外は、実施例1と同様にして常温抽出フノリ溶液を作製した。
【0024】
比較例2
乾燥フノリ15gを水洗し、全量が300gになるよう蒸留水を加えて約105℃で10分煮出し、加温抽出フノリ溶液を作製した。
【0025】
試験例1
実施例1の精製フノリ溶液のカビ抵抗性を、カビ測定の標準方法(JIS Z 2911-2000)に基づいて、比較例1及び2の常温抽出フノリ溶液及び加温抽出フノリ溶液と比較した。各フノリ溶液と、アスペルギルス・ニゲル、ペニシリウム・ピノヒルム、ペシロミセス・バリオッチ、トリコデルマ・ビレンス及びケトミウム・グロボスムの混合胞子懸濁液Aとを等量混合し、サンプル1を作成した。各フノリ溶液と、フザリウム・エスピー(株番号:TBT-4)、ペニシリウム・エスピー(株番号:TBT-154)、トリコデルマ・エスピー(株番号:TBT-16)、アクレモニウム・エスピー(株番号:TBT-105)、シリンドロカルポン・エスピー(株番号:TBT-1)の混合胞子懸濁液Bとを等量混合し、サンプル2を作成した。各フノリ溶液をサンプル3とした。サンプル1〜3は、それぞれシャーレに入れて蓋をした状態で室温29℃,湿度100%の部屋に保存した。各フノリ溶液と精製水とを混合し、サンプル4を作成した。サンプル4はデシケータに入れて冷蔵庫に保存した。各サンプル1〜4の14日後及び56日後におけるカビの発生状態を表1に示す。
【0026】
【表1】

注:−:肉眼及び顕微鏡下でカビの発生は認められない。
±:肉眼ではカビの発生が認められないが、顕微鏡下では確認できる。
+:カビの発生が肉眼で認められ、発生部分の面積は検体表面積の10%未満である。
++:カビの発生が肉眼で認められ、発生部分の面積は検体表面積の10%以上30%未満である。
+++:カビの発生が肉眼で認められ、発生部分の面積は検体表面積の30%以上である。
【0027】
表1に示すように、精製フノリ溶液のカビ抵抗性が最も高いことが分かった。比較例1及び2の抽出フノリ溶液は着色していたが、実施例1の精製フノリ溶液は無色透明であった。
【0028】
試験例2
実施例1及び比較例1及び2で得られたフノリ抽出物について官能評価法(JIS Z9080)に基づいて匂い評価を行った。匂いの評価者は評価能力による選抜及び訓練を受けていない20人のパネラーにより、サンプル作製直後、1日後、2日後、3日後及び7日後に、それぞれ実施例1の精製フノリ溶液、比較例1の常温抽出フノリ溶液、及び比較例2の加温抽出フノリ溶液の3種類をかぎ、匂いの強度の順位(1位、2位、3位)をつけた。1位を2点とし、2位を1点とし、3位を0点としたときの合計を以下の表2に示す。各フノリ溶液の濃度は1%とした。
【0029】
【表2】

【0030】
表2から分かるように、本発明の方法により得られた精製フノリ溶液は、精製を行わなかった加温抽出フノリ溶液及び常温抽出フノリ溶液と比べて、匂いが感じられず、一週間経っても他の抽出フノリ溶液と比べて匂いがあまり感じられなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フノリ抽出物を含有するフノリ溶液に粉末活性炭を加え、30〜180秒攪拌した後、減圧吸引濾過することを特徴とするフノリ抽出物の精製方法。
【請求項2】
請求項1に記載のフノリ抽出物の精製方法において、前記減圧吸引濾過に用いる濾材の濾過面積を50〜500 cm2とすることを特徴とするフノリ抽出物の精製方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のフノリ抽出物の精製方法において、前記減圧吸引濾過に用いる濾材の濾過精度を4μm以下とすることを特徴とするフノリ抽出物の精製方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のフノリ抽出物の精製方法において、前記攪拌温度を室温とすることを特徴とするフノリ抽出物の精製方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のフノリ抽出物の精製方法において、前記フノリ抽出物を常温水により抽出することを特徴とするフノリ抽出物の精製方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のフノリ抽出物の精製方法において、前記粉末活性炭の添加量を、前記フノリ抽出物の乾燥固形量に対して200〜500重量%とすることを特徴とするフノリ抽出物の精製方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載のフノリ抽出物の精製方法において、前記粉末活性炭の平均粒子径を130〜170μmとすることを特徴とするフノリ抽出物の精製方法。

【公開番号】特開2012−12541(P2012−12541A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−152426(P2010−152426)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【出願人】(507151858)独立行政法人国立文化財機構 (5)
【Fターム(参考)】