説明

フラーレン状ナノ構造体、その使用及びその製造プロセス

化学式A1−x‐B‐カルコゲナイドのフラーレン状(IF)ナノ構造体が開示される。Aは金属又は遷移金属、又は、金属及び/又は遷移金属の合金であり、Bは金属又は遷移金属であり、BはAと異なり、x≦0.3である。その製造プロセス及びA‐カルコゲナイドの電子特性を変更するためのその使用が開示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン状ナノ粒子、その使用及びこのような粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
以下に挙げる先行技術文献は、本発明の背景を理解する目的のものである。
【0003】
MoS及びWSは、準二次元(2D,two dimensional)化合物である。層内の原子は、強い共有結合力で結合されている一方、層同士は、ファンデルワールス(vdW,van der Waals)相互作用によって互いに保持されている。層の積層順序によって、ユニットセル内に二層の六方晶多形体(2H,Hexagonal polymorph with two layers)、三層の菱面体晶(3R,Rhombohedral with three layers)、一層の三方晶(1T,trigonal with one layer)を形成することができる。弱い層間vdW相互作用は、インターカレーションで層間に外部原子又は分子を導く可能性がある。更に、MoS、WS及び多数の他の2D化合物は、無機フラーレン状(IF,inorganic fullerene‐like)及び無機ナノチューブ(INT,inorganic nanotube)(炭素から形成される構造に類似する)と指称される閉じたケージ構造を形成することが知られている[非特許文献1]。IF‐MoS及びIF‐WSの初期の合成方法の一つでは、個々の酸化物ナノ粒子から開始することが含まれていた[非特許文献2、非特許文献3]。続いて、それぞれMoCl及びNbCl並びにHSから開始する気相反応を用いるIF‐NbS及びIF‐MoSの合成が行われた[非特許文献4(a)、非特許文献7]。Mo(CO)及び硫黄の間の気相反応を用いるIF‐MoSの合成用の同様の方法も報告されている[非特許文献4(b)]。二種類の反応が大きく異なるパスに従って進行し、これが閉じたケージナノ粒子のトポロジーに大きな影響を有する。金属酸化物ナノ粒子の硫化物(IF)への変換は、ナノ粒子の表面上で開始して、低速の拡散の制御された方法で内側に徐々に進行する。逆に、気相反応は、例えば小さなMoS核から開始する核生成及び成長モードによって進行し、むしろ急速に外側に進行する。
【0004】
層状半導体の電子特性の変更は、ホスト格子内への外部原子のインターカレーション、又は半導体のドーピング/合金化プロセスのいずれかによって達成可能である。インターカレーションプロセスでは、アルカリ又は他の成分(アミン等)が、二つの層の間のファンデルワールスギャップ内に拡散する。その成分が適切なサイトに宿ると、その成分はホスト格子に価電子を提供して、n型導体となる。ドーピング及び合金化の場合、金属原子は、層自体の内部に入り、ホストの遷移金属原子を置換する。置換原子(例えばNb)が、ホストの金属原子(Mo)よりも一つ少ない電子をその外殻に有していると、格子はpドープとなる。置換金属原子が一つ余分の電子を有していると(Re)、格子はn型になる。ドーピングは通常1%以下の置換に限定される。合金化の場合、ゲスト原子が顕著な濃度(>1%)となる。浸透閾値(パーコレーションリミット)を超えると(例えばMo0.75Nb0.25)、格子は本質的に金属になる。
【0005】
IFナノ粒子及びナノチューブの合成の成功に続いて、外部原子を、IFナノ粒子のインターカレーションによって格子内に取り込ませた。例えば、MoS及びWSのIFナノ粒子は、ツーゾーントランスポート法を用いてアルカリ金属(カリウム、ナトリウム)蒸気に晒すことによって、インターカレートされる[非特許文献5]。無機ナノチューブの合金化やドーピングも、TiドープMoSナノチューブ、NbドープWSナノチューブの特定の場合に対して報告されている[非特許文献13(a)、(b)]。更に、W合金化MoSナノチューブが、W:Mo比を変更することによって合成されている[非特許文献13(c)]。
【0006】
MoSの電子構造に対するNbの置換の影響が、密度汎関数法に基づいたタイトバインディング法(DFTB,density functional tight binding method)を用いて理論的に研究されている[非特許文献6]。しかしながら、合金化/ドーピングによるナノチューブ又はフラーレン状ナノ粒子の電気特性の制御に対する科学的で実験的な確証は報告されていない。これらの化合物のインターカレーションは、その構造によって調節され、その構造及び物理的特性に実質的な変化をもたらし得る。インターカラント及びその濃度を変更することによって、異なる特性を備えた多数の化合物を作製することができる。インターカレーション反応は一般的に、インターカレーティング種及びホスト層の間の電荷移動によって得られ、その電荷移動がインターカレーション反応の原動力として機能する。遷移金属ジカルコゲナイドは、電子ドナー種とのみインターカレーション複合体を形成するので、そのプロセスは、ゲスト成分からホスト格子への電子の移動というものである。このようなプロセスを用いて、ホスト物質の電子特性を制御可能な方法で‘微調整’することができる。従って、インターカレーションで半導体‐金属転移を達成することが可能である。しかしながら、インターカレートされたナノ粒子は周囲雰囲気に非常に敏感であり、一般的にその雰囲気に短時間晒された後にその固有の電気特性を失うことには留意されたい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R.Tenne、Nature Nanotech、2006年、第1巻、p.103
【非特許文献2】R.Tenne、L.Margulis、M.Genut、G.Hodes、Nature、1992年、第360巻、p.444
【非特許文献3】Y.Feldman、E.Wasserman、D.J.Srolovitz、R.Tenne、Science、1995年、第267巻、p.222
【非特許文献4】(a)F.L.Deepak、A.Margolin、I.Wiesel、M.Bar‐Sadan、R.Popovitz‐Biro、R.Tenne、Nano、2006年、第1巻、p.167 (b)J.Etzkorn、H.A.Therese、F.Rocker、N.Zink、Ute Kolb、W.Tremel、Adv.Mater.、2005年、第17巻、p.2372
【非特許文献5】A.Zak、Y.Feldman、V.Lyakhovitskaya、G.Leitus、R.Popovitz‐Biro、E.Wachtel、H.Cohen、S.Reich、R.Tenne、J.Am.Chem.Soc.、2002年、第124巻、p.4747
【非特許文献6】V.V.Ivanovskaya、T.Heine、S.Gemming、G.Seifert、Phys.Stat.Sol.B: Basic Solid State Physics、2006年、第243巻、p.1757
【非特許文献7】C.Schuffenhauer、R.Popovitz‐Biro、R.Tenne、J.Mater.Chem.、2002年、第12巻、p.1587
【非特許文献8】C.Schuffenhauer、B.A.Parkinson、N.Y.Jin‐Phillipp、L.Joly‐Pottuz、J.‐M.Martin、R.Popovitz‐Biro、R.Tenne、Small、2005年、第1巻、p.1100
【特許文献9】A.Margolin、R.Popovitz‐Biro、A.Albu‐Yaron、L.Rapoport、R.Tenne、Chem.Phys.Lett.、2005年、第411巻、p.162.
【非特許文献10】G.Seifert、T.Koehller、R.Tenne、J.Phys.Chem.B.2002年、第106巻、p.2497
【非特許文献11】L.Scheffer、R.Rosentzveig、A.Margolin、R.Popovitz‐Biro、G.Seifert、S.R.Cohen、R.Tenne、Phys.Chem.Chem.Phys.、2002年、第4巻、p.2095
【非特許文献12】D.Yang、R.F.Frindt、Mol.Liq.Cryst.、1994年、第244巻、p.355
【非特許文献13】(a)Y.Q.Zhu、W.K.Hsu、M.Terrones、S.Firth、N.Grobert、R.J.H.Clark、H.W.Kroto、D.R.M.Walton、Chem.Commun.、2001年、p.121 (b)W.K.Hsu、Y.Q.Zhu、N.Yao、S.Firth、R.J.H.Clark、H.W.Kroto、D.R.M.Walton、Adv.Funct.Mater.2001年、第11巻、p.69 (c)M.Nath、K.Mukhopadhyay、C.N.R.Rao、Chem.Phys.Lett.、2002年、第352巻、p.163
【非特許文献14】K.S.Coleman、J.Sloan、N.A.Hanson、G.Brown、G.P.Clancy、M.Terrones、H.Terrones、M.L.H.Green、J.Am.Chem.Soc.、2002年、第124巻、p.11580
【非特許文献15】M.Brorson、T.W.Hansen、C.J.H.Jacobsen、J.Am.Chem.Soc.、2002年、第124巻、p.11582
【非特許文献16】K.K.Tiong、T.S.Shou、C.H.Ho、J.Phys.Condens.Matter.、2000年、第12巻、p.3441
【非特許文献17】K.Biswas、C.N.R.Rao、J.phys.Chem.B、2006年、第110巻、p.842
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、一般的な構造式A1−x‐B‐カルコゲナイドの混合相無機フラーレン状(IF)ナノ構造体の合成及び形成に基づくものであり、その構造及び電子特性を明らかにするものである。BはA‐カルコゲナイドの格子内に取り込まれていて、特にその特性をA、Bの特性並びに取り込まれたBの量の関数(つまりA1−x‐B‐カルコゲナイド格子中のxの値)として変更する。A‐カルコゲナイドの格子中へのBの取り込みは、電子特性の変化をもたらし、既知の半導体(つまり選択されたA‐カルコゲナイド)からの、高導電性半導体、更には金属及び金属状ナノ粒子の形成につながる。
【0009】
従って、本発明は、化学式A1−x‐B‐カルコゲナイドのフラーレン状(IF)ナノ構造体に向けられていて、Aは金属/遷移金属又はそのような金属/遷移金属の合金であり、Bは金属又は遷移金属であり、x≦0.3で、A≠Bとする。
【0010】
化合物Aは、Mo、W、Re、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Pt、Ru、Rh、In、Ga、InS、InSe、GaS、GaSe、WMo、TiWから選択された金属若しくは遷移金属、又は金属若しくは遷移金属の合金であり得る。化合物Bも、Si、Nb、Ta、W、Mo、Sc、Y、La、Hf、Ir、Mn、Ru、Re、Os、V、Au、Rh、Pd、Cr、Co、Fe、Niから選択された金属又は遷移金属である。ナノ構造体内において、B及び/又はB‐カルコゲナイドは、A1−x‐カルコゲナイド内に取り込まれている。カルコゲナイドはS、Se、Teから選択される。例えば、本発明のIFナノ構造体は、IF‐Mo1−xNb若しくはIF‐Mo(W)1−xRe、又は、Nb若しくはReがドープされたWMoS、WMoSe、TiWS、TiWSeの合金である。本発明の合金内において、WMo、TiWを例とすると、WとMo又はTiとWの間の比は、一方の金属又は遷移金属について0.65−0.75で、他方の金属又は遷移金属について0.25−0.35であり得て、例えばW0.7Mo0.29Nb0.01である(Nbドーパントのパーセンテージで与えられている)。
【0011】
その取り込みは、B及び/又はB‐カルコゲナイドが、A1−x‐カルコゲナイド格子内に均一にドープ又は合金化されていることを意味している。B及び/又はB‐カルコゲナイドは格子内のA原子を置換する。その置換は、連続的又は交互の置換であり得る。連続的な置換は、各層内においてランダムに入れ替わるA及びBのスプレッドである(例えば(A)‐(B)、n>1)。取り込まれたBの濃度に応じて、Bは、A1−x‐カルコゲナイドマトリクス内の単一のA原子を置換し得て、(…A)‐B‐(A)‐B…)という構造が形成される。交互の置換は、A及びBがA1−x‐カルコゲナイド格子内に交互に取り込まれていること(…A‐B‐A‐B…)を意味する。本発明に従って、A‐カルコゲナイド格子内へのBの他の置換モードも考えられる点には留意されたい。A‐カルコゲナイドは層状構造を有するので、その置換は、格子内でランダムに、又は2層、3層、4層、5層、6層、7層、8層、9層若しくは10層毎になされ得る。
【0012】
本発明は更に、一般的な構造式A1−x‐B‐カルコゲナイドの無機フラーレン状(IF)ナノ構造体の合成プロセスに向けられている。本発明によると、A‐Y及びB‐Y組成物は、それぞれ気相で、Y及びYが独立して塩化物、臭化物又はヨウ化物から選択されたハロゲンであるもの(つまり同一であってもなくてもよい)が採用される。A‐Y及びB‐Y蒸気は共に、還元剤及ぶ不活性キャリアガスを含むフォーミングガスを用いて、反応チャンバ内に流される。チャンバ内において、組み合わせられたガス流が、反応ガスを運ぶカルコゲナイドの流れと逆方向に交わることによって、A及びB金属又は遷移金属の還元が発生して、これに、反応ガスを運ぶカルコゲナイドとの反応が続き、上述のナノ構造体が形成される。
【0013】
好ましくは、気相のA‐Y及びB‐Y組成物は、反応チャンバとは別のチャンバ内でA‐Y及びB‐Y組成物を蒸発させることによって、作製される。A‐Y及びB‐Y組成物の蒸気の作製用に、共通の又は別個の蒸発チャンバを用いることができる。
【0014】
本発明によると、金属又は遷移金属A‐カルコゲナイド前駆体は、特定の導電型の半導体であり得る。適切なB元素の挿入において、その前駆体から生成される結果物のIFナノ構造体はより高い導電性を有する。従って、本発明は、ナノ構造導電体の製造を提供し、一般的に言うと、A‐カルコゲナイド前駆体の格子内へのBの取り込みによる電子的な変更を提供する。本発明によると、金属原子Bは、オリジナルの格子の金属Aを置換する。一般的に、原子Bは、一つ余分な価電子を有し、又は、オリジナルのA金属原子と比較して電子が一つ不足していて、n型(ドナー)、p型(アクセプター)導電性につながる。
【0015】
従って、本発明は更に、IFナノ構造体によって形成された新規ドナー組成物(電子伝導体)(例えば、ReドープIF‐MoS及びIF‐WS)、及び新規アクセプター(ホール伝導体)(例えばNbドープIF‐MoS及びIF‐WS)に向けられている。本発明に係る他の考えられるドナー又はアクセプターは、p型のSiでドープされたInS、n型伝導体のZn又はCdでドープされたGaSe、InSeである。
【0016】
本発明を理解し、また、如何にして実際に実施され得るのかを示すため、これから、添付図面を参照して、非限定的な例によって、実施形態を説明する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1A】ドープIFナノ粒子の合成に適した多様な金属前駆体を表す表を示す。
【図1B】考えられるp型又はn型ドーパントを備えたIF‐ナノ粒子の合成に適した多様な金属前駆体を表す表を示す。
【図1C】考えられる磁性ドーパント/不純物を備えたIF‐ナノ粒子の合成に適した多様な金属前駆体を表す表を示す。
【図2A】メインリアクタ(図2A)及び別個の補助炉(図2B)を含む本発明のIF‐ナノ構造体の製造に適した装置の一例である。
【図2B】メインリアクタ(図2A)及び別個の補助炉(図2B)を含む本発明のIF‐ナノ構造体の製造に適した装置の一例である。
【図3】(a)IF‐MoS及び(b)T=850℃及びT=900℃(シリーズ2)で作製したIF‐Mo1−xNbナノ粒子のXRDパターンを示す。2H‐MoS(長線)及び2H‐NbS(短線)の標準的な回折パターンも比較用に示されている。
【図4】図2の(002)ピークの拡大図を示す。2H‐MoS(長線)及び2H‐NbS(短線)の標準的な回折パターンも比較用に示されている。
【図5A】T=800℃及びT=850℃(シリーズ1)で作製したIF‐Mo1−xNbナノ粒子のTEM画像を示す。
【図5B】T=850℃及びT=900℃(シリーズ2)で作製したIF‐Mo1−xNbナノ粒子のHRTEM画像を示す。
【図5C】T=850℃及びT=900℃(シリーズ2)で作製したIF‐Mo1−xNbナノ粒子のHRTEM画像を示す。
【図5D】図5CのIF‐Mo1−xNbナノ粒子のEDSスペクトルを示す。
【図6A】T=850℃及びT=900℃(シリーズ2)で作製したIF‐Mo1−xNbナノ粒子のHRTEM画像を示す。
【図6B】図6Aに対応するEELSスペクトルを示す。
【図6C】図6Aのナノ粒子の一部分の拡大図であり、層内の不整合を示す。
【図6D】他のIFナノ粒子のHRTEMであり、層内の欠陥/転移を示す。
【図7A】T=850℃及びT=900℃(シリーズ2)で作製したIF‐Mo1−xNbナノ粒子のHRTEM画像を示す。
【図7B】図7Aの一部分の拡大図である。
【図7C】図7Bの囲まれた領域のラインプロファイルであり、層間間隔が6.4Åであることを示す。
【図8A】薄い表面酸化物層を備えたIF‐Mo1−xNbナノ粒子のエネルギーフィルタードTEM(EFTEM)による元素マッピングの画像を示し、ゼロ・ロス画像を示す。
【図8B】薄い表面酸化物層を備えたIF‐Mo1−xNbナノ粒子のエネルギーフィルタードTEM(EFTEM)による元素マッピングの画像を示し、SのL2,3エッジ周辺(167−187eV)で測定した硫黄マップを示す。
【図8C】薄い表面酸化物層を備えたIF‐Mo1−xNbナノ粒子のエネルギーフィルタードTEM(EFTEM)による元素マッピングの画像を示し、NbのLエッジ周辺(2370−2470eV)で測定したニオブマップを示す。
【図8D】薄い表面酸化物層を備えたIF‐Mo1−xNbナノ粒子のエネルギーフィルタードTEM(EFTEM)による元素マッピングの画像を示し、OのKエッジ周辺(532−562eV)で測定した酸素マップを示す。
【図9】Nbの3d信号のXPSライン形状分析(ガウシアン‐ローレンチアンコンポーネントでの)を示す。還元Nb(I及びII)は、ナノ粒子内にあると考えられる。酸化Nb(III)は粒子表面上に現れる。
【図10A】IF‐Mo1−xNbナノ粒子中のNb(3d)のCREMモードのXPSラインの電気誘起ラインシフトを示す。曲線(I)は、‘eFGオフ’(電子フラッドガン オフ)状態に対応し、曲線(II)は‘eFGオン’である。酸化Nbは大きなシフトを示す一方で、還元Nb信号は事実上全くシフトしない。
【図10B】IF‐Mo1−xNbナノ粒子中のMo(3d5/2)のCREMモードのXPSラインの電気誘起ラインシフトを示す。曲線(I)は、‘eFGオフ’状態に対応し、曲線(II)は‘eFGオン’である。図10Bと図10Cの比較は、Moラインシフトに対するNb置換の影響を示し、非ドープIF‐MoSナノ粒子と比較してのIF‐Mo1−xNbナノ粒子のコンダクタンスの改善を示す。
【図10C】IF‐MoSナノ粒子中のMo(3d5/2)のCREMモードのXPSラインの電気誘起ラインシフトを示す。曲線(I)は、‘eFGオフ’状態に対応し、曲線(II)は‘eFGオン’である。図10Bと図10Cの比較は、Moラインシフトに対するNb置換の影響を示し、非ドープIF‐MoSナノ粒子と比較してのIF‐Mo1−xNbナノ粒子のコンダクタンスの改善を示す。
【図11A】IF‐Mo1−xNbナノ粒子に対して行ったAFM測定を示し、AFT画像を示す。
【図11B】IF‐Mo1−xNbナノ粒子に対して行ったAFM測定を示し、ナノ粒子に対するI/V曲線を示す。IF‐MoSナノ粒子の対応するプロットも比較用に示されている(実線)。
【図11C】IF‐Mo1−xNbナノ粒子に対して行ったAFM測定を示し、対応するdI/dV対Vプロットを示す。IF‐MoSナノ粒子の対応するプロットも比較用に示されている(実線)。
【図12A】IF‐Mo1−xNb格子内のNb原子の置換パターンの概略図を示す。
【図12B】IF‐Mo1−xNb格子内のNb原子の置換パターンの概略図を示す。
【図12C】IF‐Mo1−xNb格子内のNb原子の置換パターンの概略図を示す。
【図13A】メインリアクタ(図13A)及び別個の補助炉(図13B)を含む本発明の他の例で用いられる実験設定を示す。
【図13B】メインリアクタ(図13A)及び別個の補助炉(図13B)を含む本発明の他の例で用いられる実験設定を示す。
【図14A】得られたIF‐ナノ構造体の画像を示し、850℃で合成したIF‐Mo1−xReナノ粒子のHRTEM画像を示す。
【図14B】得られたIF‐ナノ構造体の画像を示し、850℃で合成したIF‐Mo1−xReナノ粒子のHRTEM画像を示す。
【図14C】得られたIF‐ナノ構造体のEDSスペクトルを示し、図14Bに示されるIF‐Mo1−xReナノ粒子のEDSスペクトルを示す。
【図15A】実験結果を示し、T=800℃で合成したIF‐Mo1−xReナノ粒子のTEMである。
【図15B】実験結果を示し、T=800℃で合成したIF‐Mo1−xReナノ粒子のEDSスペクトルである。
【図15C】実験結果を示し、T=900℃で合成したIF‐Mo1−xReナノ粒子の個別のHRTEM画像である。
【図15D】実験結果を示し、T=900℃で合成したIF‐W1−xReナノ粒子のHRTEM画像である。
【図16】(a)850℃及び(b)900℃で作製したIF‐Mo1−xReナノ粒子のXRDパターンを示す。2H‐MoS及び2H‐ReSの標準的な回折パターンも比較用に示されている。回折パターン中のアスタリスク(*)は、ナノ粒子の収集に用いたフィルタに因るピークに対応する。また、最適化されていない反応の望ましくない生成物であるReの酸化物(ReO)のピーク(#)及びMoの酸化物(MoO)のピーク(+)もパターン中に示されている。
【図17】Reドープ(14,14)MoSナノチューブのフラグメントの構造の概略図を示す。
【図18A】900℃で合成したIF‐W1−xReナノ粒子のHRTEM画像を示し、細長のナノ粒子のHRTEM画像を示す。
【図18B】900℃で合成したIF‐W1−xReナノ粒子のHRTEM画像を示し、ファセット化ナノ粒子のHRTEM画像を示す。
【図18C】合成されたナノ粒子のEDSスペクトルを示す。
【図18D】得られたナノ粒子の寸法を明らかにする“定規”を与える。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、化学式A1−x‐B‐カルコゲナイドのIFナノ構造体(ナノ粒子、ナノチューブ、それらの組み合わせ)を提供することを目的とするものであり、Aは金属若しくは遷移金属、又は、金属若しくは遷移金属の合金であり、Aとは異なる他の金属若しくは遷移金属Bがドープされ、xは0.3を超えない。特定のA1−x‐B‐カルコゲナイド格子内のAとBの特性の間の化学的な違いに依存して、特にA‐カルコゲナイド対B又はB‐カルコゲナイドの結晶構造に依存して、Bの濃度、つまりxの値が変化する。A‐カルコゲナイド及びB‐カルコゲナイドが同じ様に結晶化する場合、xの値は最大0.25又はそれ以上の値の範囲となり得る。特に最大0.08から0.12、更に0.1から0.15の値が本発明に従って得られた。A‐カルコゲナイド及びB‐カルコゲナイド結晶が格子の傾向が異なって結晶化する場合、xははるかに小さな値を有し得て、略0.05未満の範囲となる。特に、本発明に従って、xの値は最大で0.001から0.01又は0.03となる。
【0019】
ドーパント(つまりA1−x中の成分B)の濃度が1%よりも大きくない場合、B原子は一般的に、ホストの格子内にランダムに単一原子として分布している。この場合、A‐カルコゲナイド格子の特性(エネルギーギャップ等)は保たれる。各ゲスト原子(B)が電子(ドナー)又はホール(アクセプター)を提供することによって、ホスト格子の電荷密度が変更される。このような条件下では、A‐カルコゲナイド格子の物理的特性に対する導電性及び調整能の最良の制御が達成される。ゲストBの濃度が略1%よりも大きい場合、B原子のクラスター、更にはホスト格子A‐カルコゲナイド内にサブ格子B‐カルコゲナイドの領域が形成されて、このような場合、格子の多くの物理的特性(エネルギーギャップ等)は、混合則に従った二つのサブ格子によって決定される。二つのA‐カルコゲナイド及びB‐カルコゲナイドの化合物のエンタルピーが大きく異なる場合、ランダムではない分布、更には二つの区別可能な相の偏析が格子内に生じ得る。本発明のIF‐ナノ構造体は、実質的に1%を超えないゲストを添加することによって達成される最良のドーパント効果によって特徴付けられる。本発明の新規組成の非限定的な例は、IF‐Mo1−xNb及びIF‐Mo(W)1−xReであり、Nb及びReはそれぞれ、Mo‐及びMo‐又はW‐カルコゲナイド内に取り込み(ドーピング又は合金化)されている。図1Aから図1Cは、ドープIFナノ粒子、考えられるp型又はn型ドーパントを備えたIF‐ナノ粒子、考えられる磁性ドーパント/不純物を備えたIF‐ナノ粒子の合成に適した多様な金属前駆体をそれぞれ例示する三つの表を示す。
【0020】
Mo‐カルコゲナイド及びNb‐カルコゲナイド(特にMoS及びNbS)の構造は以下のように説明可能である。グラファイトと同様に、MoSのユニットセルは、六方晶の二層(2H)から構成される。Mo原子は、三方晶バイプリズム配位の六つの硫黄原子と共有結合する。層間間隔(c/2)は6.15Åである。IF‐MoSナノ粒子の場合の層間間隔(6.2Å)は、バルク2H‐MoSポリタイプのc/2パラメータ(6.15Å)よりも僅かに大きい[非特許文献1―非特許文献3]。IF‐MoSナノ粒子の場合に見られるこの膨張は、IF構造の折り畳みに含まれる歪みを軽減する機能を果たす。NbSの場合、多様なNb‐S相が最初に観測され、層状二硫化物の二つの多形体の存在が明らかにされた: 三つのNbSスラブで構成されるユニットセルを備えた菱面体晶3R(R3m)ポリタイプが、その元素が800度以下で加熱されると形成される。この場合、層間間隔は5.96Åであった。二つのNbSスラブで構成されるユニットセルを備えた六方晶2H(P63/mmc)多形体は850℃以上で得られる。この場合、c/2の間隔は5.981Åである。両方のポリタイプにおいて、Nbは、正八面体配位の六つの隣接する硫黄原子と結合している。不定比の3R‐Nb1+x化合物も発見された。更なる研究によって、3Rポリタイプが0<x<0.18の範囲内に存在している一方で、2Hポリタイプが化学量論から僅かに逸脱している場合のみ安定であることが示された。両相とも金属挙動を示し、更に2H‐相は6.23K以下で超伝導を示す。余剰のニオブ原子は実際に二つのNbS層の間のvdWギャップにインターカレースされている点には留意されたい。気相反応によって合成されたIF‐NbSナノ粒子の場合、層間間隔は、小さな(20―40nm)の粒子に対して5.9―6.35Åの範囲内であり、より大きな(60―80nm)のものに対して6.2Åであることがわかった。得られたままのIF‐Nbナノ粒子のアニーリングによって、層の間隔は6.15から5.9Åに変化し、よりファセット化されたナノ粒子になった[非特許文献7]。
【0021】
層状遷移金属ジカルコゲナイドReSは、反磁性半導体であり、略1.37eVの近赤外線(NIR,near−infra−red)領域の間接ギャップを有する。層状ReS化合物は、その光学的、電気的及び機械的特性に起因して多くの応用(例えば、耐硫黄性水素化及び水素化脱硫の触媒、電気化学セルの太陽電池物質)にとって非常に興味深いものである。三方晶ユニットセルを備えたReS構造(s‐歪みC6構造(s distorted C6 astructure)に結晶化する)は、Re‐Re金属結合を含むRe平行四辺形ユニットで構成されるサブ構造モチーフを有する。IF‐ReSナノ粒子は、ReOの分解から形成されるReOの直接硫化によって作製される[非特許文献14]。MWCNTテンプレーティング法を採用して、ReSのナノチューブを作製することも可能である[非特許文献15]。MoSの結晶構造(2H又は3R)はReSのもの(C6)とは異なる。従って、二つの異なる格子が混ざり、ReS及びMoSの固溶体が混和性となることは予想されない。同様の挙動は、ReドープMoS単結晶の成長の場合にも見受けられ、MoS中への公称5%以上のReのドーピングは単結晶の成長を妨げる[非特許文献16]。また、他の層状MS化合物(MoS及びWS)とは対照的に、ReSは、そのバルク形状内に金属‐金属結合クラスター(Re)及び金属原子を含み、硫黄と共に配位したプリズム状の三方晶というよりはむしろ八面体状である。従って、0.5及び1%レニウムドープ(Re‐ドープ)Mo(W)S単結晶は、Brを輸送剤として用いた化学蒸気輸送法によって成長する。Reドーピングは、Mo(W)S結晶をn型導電性にすることがわかっている[非特許文献17]。
【0022】
図2A及び図2Bを参照すると、こうしたIFナノ構造体の作製に用いるのに適した装置(一般的に参照符号10で指称する)が例示されている。装置10は、垂直反応チャンバ12を含み、そのチャンバと別個のものでありまたそれに接続可能な蒸発チャンバ14が設けられている。反応チャンバ12は、互いに逆方向に反応物質を流入させることができるように配置された第一及び第二の流入ユニット16A及び16Bを有する。流入ユニット16Aは、二つの前駆体組成物A-Y及びB-Yの蒸気流を供給する機能を果たし、A及びBはそれぞれ金属又は遷移金属であり、Y/Yは、塩化物、臭化物又はヨウ化物からそれぞれ選択されたハロゲンであり、フォーミングガスを運ぶ還元剤と一緒にされる。垂直リアクタの反対側に配置された流入ユニット16Bは、反応ガスを運ぶカルコゲナイド流を供給する機能を果たす。
【0023】
上述のように、金属又は遷移金属Aは、Mo、W、Re、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Pt、Ru、Rh、In、Ga、InS、InSe、GaS、GaSe、WMo、TiWのうち一つであり得て、金属又は遷移金属Bは、Si、Nb、Ta、W、Mo、Sc、Y、La、Hf、Ir、Mn、Ru、Re、Os、V、Au、Rh、Pd、Cr、Co、Fe、Niのうち一つであり得て、A及びBは異なり、Bは、A‐Yにドープされて、A1−x‐カルコゲナイド(つまりx≦0.3)が得られる。In(Ga)S(Se)の場合、ドーパント/合金化原子はIn0.99Ni0.01S又はGa0.98Mn0.02Seであり得る。
【0024】
特定の非限定的な本例において、前駆体組成物はMoCl及びNbClであり、反応ガスを運ぶカルコゲナイドはHSである。フォーミングガスを運ぶ還元剤はHである。
【0025】
反応チャンバ12は、ガス排出部18及びフィルタ20を更に含む。反応チャンバには加熱ユニット22が設けられていて、例えばIF‐Mo1−xNbナノ粒子の合成用の二段式炉を形成するように構成されている。つまり、チャンバ12の上部及び下部において、異なる第一及び第二の温度条件T及びTが提供される。
【0026】
従って、MoCl及びNbClの蒸気は、HS反応ガスと出会う反応ゾーンに向けての流れの中においてHガスと相互作用しながら、還元反応を経る。従って、その還元反応に続いて、HSと反応し、IF‐Mo1−xNbナノ粒子が形成される。
【0027】
MoCl及びNbClの蒸気は、別個の(補助)蒸発チャンバ14において生成される。本例において、一般的な別個の複数のチャンバを用いて、二つの前駆体MoCl及びNbClをそれぞれ蒸発させることができる点には留意されたい。また、Hガスを蒸発チャンバ内に供給することによって、前駆体組成物を蒸発チャンバ内で蒸発させながら、
還元反応を開始させることができる点にも留意されたい。
【0028】
従って、上述の例において、混合相IF‐Mo1−xNbナノ粒子は、HSと組み合わせて各揮発性塩化金属前駆体から開始する蒸気ベースの方法(気相反応)によって作製(合成)される。IF‐Mo1−xNbナノ粒子(最大25%のNbを含む)は、多様な実験的方法によって特徴付けられた。X線粉末回折、X線光電子分光法及び多様な電子顕微鏡法の分析は、Nb原子の大部分がMoSホスト格子内部のNbSのナノシートとして組織化されていることを示している。残りのNb原子の多く(3%)は、MoSホスト格子内に単独でランダムに散在している。極僅かのNb原子(存在すれば)はMoS層間にインターカレートされている。酸化ニオブのサブnmフィルムは、ナノ粒子の大部分をコーティングするように見受けられる。この好ましくないコーティングは、NbClの蒸発速度を下げることによって除外可能である。各ナノ粒子の化学的に分解された電気測定モード(CREM,chemically resolved electrical measurement mode)のX線光電子分光法及び走査型プローブ顕微鏡法の測定は、混合IFナノ粒子が、MoSの格子内のNb原子の置換パターンに関わらず、金属的であることを示している(一方で、IF‐MoSナノ粒子は半導体である)。言い換えると、このようにして得られたIFナノ構造体は、A‐カルコゲナイド前駆体中の半導体Aの導電性よりも明らかに高い導電性を有する。
【0029】
一般的に、本発明の方法は以下のタイプのIFナノ構造体を得るのに用いることができる: Mo1−xNb、Mo1−xNbSe、W1−xTa、W1−xTaSe、MoNb1−x−y、MoNb1−x−ySe、Re1−x、Ti1−xSc、Zr1−x、Hf1−xLa、Ta1−xHfSe、Pt1−xIr、Ru1−xMn、Rh1−xRu、Mo1−xRe、W1−xRe、Re1−xOs、Ti1−x、Zr1−xNb、Hf1−xTa、Ta1−x、Pt1−xAu、Ru1−xRh、Rh1−xPd。これらの構造は、半導体であったA‐カルコゲナイドIFナノ構造体の導電性を増強させることができる。
【0030】
本発明による他のオプションは、Fe等の磁性ドーパントを有するナノ構造体を得ることであり(他の考えられる例については図14Cを参照)、FeMoS、FeMoSe、FeWS、FeWSe、FeReS、FeHfS、FeWMoS、FeTiS、FeZrS、FeS、FeTaS、FeNbS、FeTaS、FeNbSe、FeTaSeが形成される。
【0031】
以下の説明は、本発明のIF‐ナノ構造体の作製の一部例である。一般的に、合成された全ての本発明のナノ粒子の特性評価は以下の方法で行われた:
【0032】
50kV及び200mAで動作する回転Cuアノードを備えた垂直シータ‐シータ回折計(日本のリガク社製のTTRAX III)を、X線粉末回折(XRD,X‐ray powder diffraction)研究用に用いた。測定は、10―70°の2Θ角の範囲内で反射ブラッグ・ブレンタノモードで行った。XRDパターンをシンチレーション検出器によって収集した。得られる物質が微量であったので、非常に遅いデータ速度が要求された(0.05°/分)。ブラッグ反射のピーク位置及び形状は、Jade8ソフトウェアを用いてセルフコンシステントプロファイルフィッティング法によって求められた。XRDは、IF‐Mo(W)1−xRe(本研究による)及びIF‐MoS/IF‐WSナノ粒子(参照用に用いる)の両方に対して行われた[非特許文献7(a)、(b)]。
【0033】
本研究では、以下の電子顕微鏡を用いた: EDS検出器(EDAX‐Phoenix マイクロアナライザ)を備え、120kVで動作する透過型電子顕微鏡(フィリップス CM120 TEM); 並列電子エネルギー損失分光器(ガタン社のGatanイメージングフィルタ‐GIF)を備え、300kVで動作する電界放出ガンを備えたHRTEM(FEI Technai F30‐UT)。電子顕微鏡法及び分析用に、収集した粉末をエタノール中で超音波処理して、炭素コーティングされたCuグリッド上(TEM用)、又はレース状炭素コーティングされたCuグリッド上(HRTEM及びEELS用)に配置した。
【0034】
X線光電子分光法(XPS,X‐ray photoelectron spectroscopy)は、Kratos AXIS‐HS分光器を低出力(75W)の単色Al(Kα)源で用いて行われた。XPS分析用のサンプルは、エタノール中で超音波処理されたナノ粒子を数滴、原子的に平坦なAu基板(SPIサプライズ社製、厚さ150nm)上に、又はAu多結晶フィルムコーティングSi基板上に堆積させることによって、作製された。
【実施例1】
【0035】
[IF Mo1−xNbナノ粒子の作製]
IF‐Mo1−xNbナノ粒子の合成を、図2Aに示される垂直リアクタを用いて、前駆体MoCl(アルドリッチ社製)及びNbCl(アルファエイサー社製)をHSと反応させることから開始した。各成長セッションの前に、反応過程に干渉する微量のO及び水蒸気を防止するために、反応チャンバ12である垂直リアクタを略600℃の高温に設定し、Nで連続的にパージした。
【0036】
まず、前駆体MoCl(0.550g;融点=194℃、沸点=268℃)及びNbCl(0.010g、融点=204.7℃、沸点=254℃)を補助炉(蒸発チャンバ)14内で〜250℃(T)の温度に加熱した。前駆体蒸気の凝縮を避けるため、垂直リアクタに到達する前に、加熱バンドを用いてチャンバ14及び12を接続するチューブ(図示せず)の長さ方向に沿って、220℃(T)の設定温度を維持した。前駆体蒸気は、下方から(つまり、リアクタ12の下端の流入部16Aを介して)ホットゾーン(設定温度(例えば900度)に保たれている)に、50ccのフォーミングガス(I)(95%N及び5%H)を流入することによって、運ばれた。フォーミングガスは、金属塩化物前駆体の完全な還元を保証するために用いられた。同時に、50ccのN(III)と混合された5ccのHS(II)を、上方から(つまりリアクタ12の上端の流入部16Bを介して)導入した。各反応の典型的な期間は30分間であった。
【0037】
二シリーズの反応(下記の表1を参照)を行い、反応チャンバ12内部の温度は、(i)T=800℃及びT=850℃(シリーズ1)、(ii)T=850℃及びT=900℃(シリーズ2)に維持された。反応の終わりに、生成物を、石英ウールフィルタ20を用いてリアクタ12のホットゾーンにおいて収集し(黒色粉末として)、次に、下記の表1に詳述されるように、多様な特性評価方法によって分析した。
【0038】
【表1】

【0039】
生成物のX線粉末回折(XRD)の研究は、50kV及び240mAで動作する回転Cuアノードを備えた垂直シータ‐シータ回折計(日本のリガク社のTTRAX III)を用いて行った。測定は、10―70°の2Θ角の範囲内の反射ブラッグ・ブレンタノモードで行った。XRDパターンはシンチレーション検出器によって収集された。得られる物質が微量であったので、非常に遅いデータ速度が要求された(0.05°/分)。ブラッグ反射のピーク位置及び形状は、Jade8ソフトウェアを用いたセルフコンシステントプロファイルフィッティング法によって求めた。XRDは、IF‐Mo1−xNb(本研究による)及びIF‐MoSナノ粒子(参照として用いる)の両方に対して行った。
【0040】
図3は、(a)IF‐MoS及び(b)IF‐Mo1−xNbナノ粒子(シリーズ2)(上述のようにT=850℃及びT=900℃(シリーズ2)で合成)に対して得られたXRDパターンを示す。図4は図3の(002)ピークの拡大図を示す。両図面において、2H‐MoS(長線)及び2H‐NbS(短線)の標準的な回折パターンが比較用に示されている。
【0041】
図3の22°付近のハローは、合成されたナノ粒子を収集するためのフィルタとして用いられたアモルファス石英ウールのトレースによるものである。第一のパターン(図3の曲線a)のピークがIF‐MoSナノ粒子(参照用に用いられる)に適合し、第二のパターンがIF‐Mo1−xNbナノ粒子(図3の曲線b)に対応することが見て取れる。IF‐Mo1−xNbナノ粒子相のピークは、IF‐MoSのものとよく適合する。IF‐MoS及びIF‐MoNbS(図3及び図4)の回折パターンを詳細に比較すると、(002)及び(110)ピークのいくらかのシフトが示されている。IF‐MoS及びIF‐Mo1−xNbの両方(図3及び図4)に対して、〜14°の(002)ピークを比較すると、そのうち一方(IF‐MoS、図3の曲線a、図4の曲線a)が対称的な形状を有する一方で、他方(IF‐Mo1−xNb)は有していないことが結論付けられる。ピークプロファイル(〜14°、図4の曲線b)は明らかに対称ではなく、おそらく6.4Å及び6.165Åのc軸間隔に対応する二つのピークで構成されている。IF‐Mo1−xNbの〜58°の(110)ピークは、IF‐MoSの(110)ピークに対して小さな角度に向かう極僅かなシフト(略0.08°)を有する。2H‐NbS相の(100)及び(110)反射に最も適合する2.88Å(31°)及び1.66Å(55.3°)に更なるピークが存在する。更に、31°付近のピークプロファイルは、32.7°でのIF‐MoSの(100)反射の形状(図3の曲線a)に似た非対称性を示す(角度の増加に対する急激な強度の増加及び緩やかな減少)。この後者のピークは、比較的少数の積層分子層の層状物質の(h00)ピークの強力な非対称ライン形状に対する典型的な例である[非特許文献12]。他のNbSピークが存在しないのは、その相対的に少ない濃度及び格子のオーダの悪さ(ノイズの多いスペクトルにおいてNbSに関連するピークの低い強度につながる)に因るものであり得る。NbS構造が、層の並進及び回転のランダムさを備えた乱層(非整列層)の積層システムを形成すると仮定して、他の全ての混合(hkl)ピークは完全に抑制されていると予想される。また、このことは、IF‐Mo1−xNbナノ粒子の場合の(002)ピーク(〜14°)の広がりの原因となり得る。
【0042】
上述のX線回折データは、合成したままのIF‐Mo1−xNbナノ粒子が(Nbドープ)MoS及びNbSのものに対応する二つの相から構成されていることを示している。インターカラントしてNbを備えた別の相の存在は、XRDによっても電子回折によっても裏付けられていない。もし存在するならば、そのような相は、小さな角度での典型的な(00l)ピーク(より大きな層間間隔)によって明らかになる[非特許文献5]。広い(002)ピークの存在(及びNbSの(002)反射の位置に向けてのこのピークのシフト)は、MoS層中に乱層的に取り込まれたNbS格子のフラグメントの存在を示している。更に、NbSの(hk0)ピークのみの存在は、個々の単一層の存在を示している。しかしながら、ベガード則によると、IF‐Mo1−xNbナノ粒子の場合における(110)ピークの位置の、NbSの(110)反射の位置に向けての僅かなシフトは、MoS構造中の少量(略3%)の個々のMo原子が個々のNb原子によって置換されていること(MoS構造中に散在するNbSナノシートに加えて)を示している。それに対応する格子パラメータの変化は小さく、32.7°における他の面内(100)ピークの予想されるシフトは、測定誤差の程度のものであるので、観測不能である点には留意されたい。従って、MoS層中に乱層的に存在するNbSのシート/ストリップに加えて、IF‐Mo1−xNbナノ粒子の場合には、Nb原子による各Mo原子の置換も存在している。
【0043】
広範囲に及ぶTEMによる調査をIF‐Mo1−xNbナノ粒子に行った。以下の電子顕微鏡を用いた: EDS検出器(EDAX‐Phoenix マイクロアナライザ)を備え、120kVで動作する透過型電子顕微鏡(フィリップス CM120 TEM); 並列電子エネルギー損失分光器(ガタン社のGatanイメージングフィルタ‐GIF)を備え、300kVで動作する電界放出ガンを備えたHRTEM(FEI Technai F30‐UT)。
【0044】
電子顕微鏡法及び分析用に、収集した粉末をエタノール中で超音波処理して、炭素コーティングされたCuグリッド上(TEM用)、又はレース状炭素コーティングされたCuグリッド上(HRTEM及びEELS用)に配置した。エネルギーフィルタードTEM(EFTEM,energy−filtered TEM)による元素マッピング用のエネルギーウィンドウは以下のように選択された(ソフトウェアの標準パラメータ): 硫黄マップはSのL2,3エッジ周辺で測定された(167―187eV); ニオブマップはNbのLエッジ周辺で測定された(2370―2470eV); 酸素マップはOのKエッジ周辺で測定された(532―562eV)。
【0045】
図5Aから図5Dを参照すると、IF‐Mo1−xNbナノ粒子のTEM及びHRTEM画像が示されている: 図5Aは、T=800℃及びT=850℃(シリーズ1)で合成したIF‐Mo1−xNbナノ粒子の集合体を示す。TEM画像から見て取れるように、得られたままのIFナノ粒子は均一なサイズ分布のものである(直径〜50nm)。図5B及び図5Cはそれぞれ、T=850℃及びT=900℃(シリーズ2)で作製したIF‐Mo1−xNbナノ粒子のHRTEM画像を表す。この反応によって得られたIF‐Mo1−xNbナノ粒子の直径は略〜40nmである。しかしながら、直径略200nmの非常に大きなIFナノ粒子もまれに観測された。図5Dは、図4CのIF‐Mo1−xNbナノ粒子のEDSスペクトルを示す。
【0046】
ニオブ原子は、サイズ及び形状に関わらず、検査された全てのナノ粒子において均一に分布している。特徴的で区別可能なMo(K,L)、S(K)及びNb(K,L)ラインの存在を明確に見て取ることができる。シリーズ1及びシリーズ2の場合のIFナノ粒子を比較すると、シリーズ2のIFナノ粒子の方が十分にファセット化していて十分に結晶化している。これは、この場合に用いるより高い合成温度によるものである。温度上昇に伴う結晶性の改善及びファセット化の増加を示すIF構造の発展は、IF‐NbS及びIF‐TaSの場合について以前に研究されている[非特許文献7、非特許文献8]。図5Bに示されるIFナノ粒子は、ナノチューブを連想させる(非ドープMoSナノチューブが同じ温度形式において以前に得られている)[非特許文献4(a)]。ナノ粒子の成長は非常に速い(<1s)。前駆体ガスの供給は無制限で、反応が低下するまで(30分間)、ナノ粒子はリアクタのホットゾーンに留まる。これらの観測は、エネルギー的な考察により、ナノ粒子が成長を止めることを示している。同様の考察が、WS(MoS)ナノチューブのサイズを制御することについて行われている[非特許文献10]。
【0047】
図6Aから図6Cを参照すると、T=850℃及びT=900℃(シリーズ2)で作製した個々のIF‐Mo1−xNbナノ粒子のHRTEM画像(図6A)及び対応するEELSスペクトル(図6B)、並びに図6Aのナノ粒子の一部分の拡大図(図6C)が示されている。図6Aに示されるように、その粒子は十分にファセット化していて、明確な曲率を有し、閉じたケージナノ粒子(直径〜40nm、層数〜30層)を形成している。図6BのEELSスペクトルは、良好な信号対ノイズ比及び明らかに区別可能なMo(L3,2)、S(K)及びNb(L3,2)ピークを示している。Mo/Nb比は、バックグラウンドを除去した後に、Mo‐L3,2エッジに対する相対的なNb‐L3,2エッジの積分によって求めた。これによって、略0.30/1.00のNb対Moの原子比が得られた。生成物中のMo化合物内のNbの相対的な濃度は、EELS及びTEM‐EDS分析データから導出すると、15―25%の範囲である。Nbがインターカラントして存在しているか、MoS層間に存在しているか、又はMoS格子の層内の置換サイトに存在しているのかを確かめるため、更なるTEM‐EDS及びHRTEM‐EELS分析を行った。その結果、Mo+Nb+Sの比は、IFナノ粒子の直径及び位置に関わらず、ほぼ一定のままであることがわかった。EELSスペクトルの低損失領域は、二つの特徴的なピークを示す: 23.3±0.1eVのプラズモンピーク(純IF‐MoSサンプル(23.5±0.1eV)に対して低エネルギー側に0.2eVシフトしている)と、8.2±0.2eVの追加的な特徴である。しかしながら、この変化は非常に小さいので、Nb挿入の二つのモード、ホスト格子(MoS)の層内にあるのか、又はMoS層の間のインターカレーティング成分としてあるのかのいずれかを区別するのに利用することができない。図6C(図6Aのナノ粒子の一部分の拡大図である)に示されるように、層内に不整合が存在している。図6D(他のIFナノ粒子のHRTEMである)は、層内の欠陥/転位を示す。
【0048】
IF‐Mo1−xNbナノ粒子の場合における、層の不整合、欠陥及び/又は転位の存在も、MoS格子中のNb原子の取り込みを示している。二種の金属原子の配位の違い(Moに対する三方晶バイプリズム、Nb原子に対する八面体)を考慮すると、こうした欠陥の発生は驚くべきことではない。純IF‐MoSナノ粒子の場合には、この種の欠陥は非常に稀である[非特許文献4(a)]。
【0049】
図7Aから図7Cを参照すると、図7AはT=850℃及びT=900℃(シリーズ2)で作製したIF‐Mo1−xNbナノ粒子のHRTEM画像を示し、図7Bは、図7Aの粒子の一部分の拡大図を示し、図7Cは図7Bの囲まれた領域のラインプロファイルである。
【0050】
図7Bの囲まれた領域のラインプロファイルから明らかなように、層間間隔は6.40Åである。この間隔は一部の場合に観測されるものであるが(XRDによる研究に関して説明されるように)、これは、全てのIF‐Mo1−xNbナノ粒子に対する法則とは考えられない。何故ならば、一部は、純IF‐MoSナノ粒子に対して典型的な6.20Åの間隔を示すからである。IF‐Mo1−xNbナノ粒子の場合に観測される膨張は非常に小さく、層間へのNbのインターカレーションに寄与し得ない。前例として、IF‐MoS及びIF‐WSナノ粒子のアルカリ金属インターカレーションは、2―3Åの格子の膨張を示した[非特許文献5]。更に、個々のIF‐Mo1−xNbナノ粒子の電子回折(ED,electron diffraction)分析は、このようなインターカレーションを裏付けていない。Nbインターカレーションにより生じ得る追加的なスポットは、回折パターンによっては明らかにならなかった。
【0051】
また、上述の結果は、XRD回折データとも良く一致する。上述のように、NbSは二つのポリタイプ、六方晶2H(P63/mmc)及び菱面体晶3R(R3m)で現れる。図3及び4のXRDデータは、2Hポリタイプのものとよく一致する。従って、この場合、層内の欠陥及び転位(層内のNbの取り込みに起因する)は、観測される層間隔の増大の原因であり得る。また、例えばアルカリ金属原子とIFナノ粒子のインターカレーションが、非常に不均一であり、IFナノ粒子の内部層が全く影響を受けていないことがわかっている点を考慮すべきである。Nbが本件のIF‐Mo1−xNbナノ粒子内に均一に分布していることは、IFナノ粒子内のアルカリ金属インターカレーションの場合と比較して、歪みが非常に小さいことを示している。MoSネットワーク中へのNbの格子置換は、インターカレーションよりもはるかにエネルギー的に厳しいものではなく、層間距離の大きな膨張につながる。
【0052】
エネルギーフィルタードTEM(EFTEM)分析による元素マッピングは、粒子全体にわたる均一なNbの存在を明らかにした。MoS格子内への均一なNb置換とは別に、非常に薄いアモルファス酸化ニオブ層が、IFナノ粒子上の外殻として見られる[非特許文献7]。これに関して、図8Aから図8Dを参照すると、表面酸化物層を備えたIF‐Mo1−xNbナノ粒子のエネルギーフィルタードTEM(EFTEM)による元素マッピングの画像が示されている。図8Aはゼロ・ロス画像を示す。図8BはSのL2,3エッジ周辺で測定された硫黄マップを示し(167―187eV)、図8CはNbのLエッジ周辺で測定されたニオブマップを示し(2370―2470eV)、図8DはOのKエッジ周辺で測定された酸素マップを示し(532―562eV)、IFナノ粒子表面を覆う非常に薄いNbOフィルムを示している。
【0053】
酸化ニオブの化学量論及びニオブ金属の酸化は、特に超伝導の分野において、非常に興味深いものである。酸化ニオブは主に三つの形式: Nb、NbO及びNbOで存在することが知られているが、NbO(x<1)の形式のものもいくつか知られていて、それらの多くの構造は報告されている。しかしながら、本件の場合、上部酸化物フィルムがアモルファスなので、IF‐Mo1−xNbナノ粒子を覆う酸化ニオブ層の正確な相を確かめることはできなかった。2H‐MoS(2H‐NbS)、IF‐MoS(IF‐NbS)及びIF‐Mo1−xNbナノ粒子を比較する全てのデータを以下の表2にまとめる。
【0054】
【表2】

【0055】
従って、TEM分析は、直径40―50nmの十分にファセット化したナノ粒子の存在を明らかにしている。EDS及びEELS測定は、同一の個々のナノ粒子上のMo、Nb、Sの存在を示していて、ナノ粒子全体に均一に分布したNbを備える。各ナノ粒子中に存在しているNbの濃度は、TEM-EDS及びHRTEM-EELS分析によって略〜15―25%であることが確かめられた。一部IFナノ粒子においては、Nb取り込みの結果として生じる層内の欠陥及び/又は転位によって層間間隔が6.4Åに増大している一方で、他のものにおいては、層間間隔は6.2Åのままであった(Nbはこうしたナノ粒子中でも均一に存在している点には留意されたい)。HRTEM‐EELS化学マッピングは、ナノ粒子全体にわたって均一に分布しているNbの存在を明らかにしている。Nbが個々のIF‐Mo1−xNbナノ粒子内にランダムに分布していること及び化学組成に何ら局所的な変化がないことは、Nbインターカレーションを、IF‐MoS格子を変更する主なメカニズムとして考えられるものから除外する。従って、NbはMoS層内に取り込まれている。更に、EFTEM観測から、ナノ粒子を覆う酸化物層の存在が観測されている。
【0056】
以下の表3並びに図9及び図10A―図10Cを参照すると、X線光電子分光法(XPS)の結果が示されている。表3は、異なる元素の原子濃度として与えられるIF‐Mo1−xNbナノ粒子(シリーズ2)のXPSデータをまとめている。
【0057】
【表3】

【0058】
図9は、対応するNbの3dスペクトル(つまり、ガウシアン‐ローレンチアンコンポーネントでのNbの3d信号のライン形状の分析)を示す。ここで、還元Nb(I及びII)はナノ粒子内部にあると考えられる。酸化Nb(III)は、粒子表面に現れる。特に図面には三つのダブレットが示されていて、二つの低エネルギーダブレットは還元Nb成分に対応していて、ジカルコゲナイド層内にあると推定される一方で、高エネルギーダブレットは酸化(外部)Nbに関連する(エネルギーフィルタードTEMによっても明らかとされた)。表3の最後の記載(原子濃度24.81のAu)は、形成されたIF‐Mo1−xNbナノ粒子の一部ではない基板からのAuに関係している。XPS法の高い表面感度は、表面不純物から生じる高濃度の炭素を明らかにしている。
【0059】
Mo及びSの結合エネルギーは、Nb置換及び非置換サンプルを比較した場合の顕著な違いを示している: それぞれ228.9及び229.3のMo(3d5/2)、それぞれ161.7及び162.1でのS(2p3/2)。これは、Moベースの粒子内へのNbの取り込みの明らかな証拠である。観測された違い(Mo及びSラインに対して事実上同一であり、400±100meV)は、帯電効果として考えられるものをはるかに超えている(CREMデータに関して後述するように)。また、金及び炭素の信号においては表れなかった(そして、酸素に対しては異なる強度を有していた)。これらの知見は、結合エネルギーの違いがフェルミ準位のシフトに関係していることを示している。従って、Nb置換ナノ粒子(IF‐Mo1−xNb)のフェルミ準位は、低エネルギー側にシフトして、そのナノ粒子をより‘p型’にしている。
【0060】
ナノ粒子の電気特性をテストする独特の方法は、周知の方法である化学的に分解された電気測定(CREM)によって提供されるが、これは“トップ・コンタクト・フリー”電気特性評価法である。この方法によって、異なるナノ粒子の電気応答を求めることができる。フラッドガンによる電子衝撃中における、接地に対する電流フローを測定し、表面層中の所定の元素のエネルギーシフトをモニタリングすることによって、特定の元素を含む層内の内部電位降下を求めることができる。
【0061】
図10A―図10Cは、所定の電気入力信号(1.75AのeFGフィラメント電流)下におけるIF‐Mo1−xNbナノ粒子中のNb(3d)(図10A)、Mo(3d5/2)(図10B)、IF‐MoSナノ粒子中のMo(3d5/2)(図10C)の電気誘起ラインシフトを示す。ラインシフトは、検査された化学種に関連するアドレスにおける局所的な電位の変化を反映している。これら全ての図面において、曲線(I)は、‘eFGオフ’の条件に対応し、曲線(II)は‘eFGオン’を示す。酸化Nbは大きなシフトを示す一方で、還元Nb信号は事実上全くシフトしていない点には留意されたい。図10B及び図10Cの比較は、Moラインシフトに対するNb置換の影響を示し、IF‐Mo1−xNbナノ粒子中のコンダクタンスの改善を示している。この実験は、金基板上に堆積させたナノ粒子に対して行われ、相補的なCREMデータ(図示せず)も金、炭素及び酸素の信号に対して記録された。全ての金基板は、XPS信号の小さな電子ビーム誘起シフトを示し、比較的良好なオーミックバックコンタクトを示している。
【0062】
IF‐MoSナノ粒子のフィルムは、eFGでの電子照射に対して測定可能なラインシフトを示す(図10CのMoライン)。このラインシフトは、ナノ粒子の内部抵抗(入射電子フラックス下における)に起因する局所的な電位の変化を直に反映している。ナノ粒子の内部抵抗は、数百kオームのオーダであると見積もられる。対照的に、IF‐Mo1−xNbナノ粒子のMoラインは、観測可能なラインシフトを示さず(図10B)、ナノ粒子の抵抗が低くて、印加電気信号(入力eFG電流)の下で小さくて検出不能な電位の変化のみが生じ得ることを示している。興味深いことに、Nbライン自体は、二つの電気的に異なるコンポーネントで構成されている(図10A)。上述のように、低結合エネルギーコンポーネント(203.70eV及び204.80eV)は、Moベースの粒子内部に取り込まれた原子に起因し、電子の入力フラックスの下でシフトしない。他のコンポーネント(208.40eVにおける)は、外部酸化Nb種に関連するものであり、電子フラックスの下で強いラインシフトを示す(図10A)。このシフトは、酸素ライン(図示せず)のものと同様の強度である。相補的なデータ(上述のEFTEM)に基づくと、酸化Nbは、ナノ粒子表面上のサブナノメートルコーティングを備えているように思われる。これは、接触電気測定(例えば後述するAFMでの)が酸化バリアにさらされることを意味し、非接触CREM方法の場合と異なる。
【0063】
最後に、CREMの結果は、XPSから導出されたNb置換に対するフェルミ準位シフトの観測とよく一致し、Nb置換(合金化)IFナノ粒子におけるMo及びSラインの低エネルギー側へのシフトによって明らかにされた。半導体IF‐MoSナノ粒子中へのNbの取り込みはp型挙動の増強を誘起して、フェルミ準位が価電子バンドに向けて下方にシフトすることによって、電気コンダクタンスが増加する。
【0064】
従って、XPS分析は、還元Nb成分に対応する二つの低結合エネルギーダブレットを示し、ジカルコゲナイド層内にあると推定され、高エネルギーダブレットは、表面上に存在する酸化Nbに関連する(相補的分析から、またエネルギーフィルタードTEMによっても明らかにされた)。こうした還元種の一つは、NbSシートに対応し、他方は、Mo原子サイトにおける個々のNb原子の置換サイトの交換に対応する。
【0065】
図11A―11Cを参照すると、個々のIF‐Mo1−xNbナノ粒子(シリーズ2)に対して行ったコンダクティング原子間力顕微鏡法(c‐AFM,conducting atomic force microscopy)測定と、比較用のIF‐MoSナノ粒子に対して行った測定の結果が示されている。図11AはIF‐Mo1−xNbナノ粒子(シリーズ2)のAFM画像を示す。図11BはI/V曲線を示し、図11Cは、対応するdI/dV対Vプロットを示す。図11B及び11Cにおいては、比較用にIF‐MoSナノ粒子の対応するプロットも示されている(実線)。
【0066】
IF‐MoSナノ粒子が、電流の流れない顕著なバンドギャップ領域を示す一方で、IF‐Mo1−xNbナノ粒子は、電流が減少した際に曲線の変曲を示すのみであり、ゼロにはならない。更に、IF‐Mo1−xNbナノ粒子に対して、電流の上昇はより顕著に鋭い。図10Bの曲線のdI/dV対Vのトレースの計算結果を図10Cに示す。これらの曲線から、有効バンドギャップを測定した。両方の場合において、分布は非常に広く、異なる粒子間の変化及び実験的な変動の両方を表している。IF‐MoSナノ粒子のカノニカルアンサンブルに対して、平均バンドギャップを〜1.05eV(±0.2eV)と見積もった。この結果は、IF‐MoSナノ粒子が半導体であることを示している。バルク2H‐MoS相のバンドギャップは、1.2eVである。バルク相の値と比較してのナノ粒子の幾分小さなギャップは、その構造の折り畳みに含まれる歪みに起因した、ナノ粒子の多様な領域におけるc/2(vdWギャップ)の膨張によるものであり得る。ナノ粒子のギャップの減少に対する他の説明は、サブバンドギャップ状態(構造的な不完全性又はエッジ転位から生じる)が電荷のトンネリングの媒介体として機能することによって、バイアス下における電流を増大させるというものである。IF‐MoSナノ粒子の場合とは対照的に、IF‐Mo1−xNbナノ粒子は金属特性を示す。測定した粒子の少数(15%)は最大0.6eVの明らかなギャップを示したが、これはトンネリングギャップ中の追加的なバリアの存在を示す。これは、TEM測定において観測された被覆アモルファス酸化ニオブ層によるものである。この層は、大抵の測定においては、チップによって引き裂かれ貫かれると考えられる。
【0067】
実験的なI/V曲線を更に分析して、有効抵抗を導出することができる。その値は0.3Vバイアス範囲にわたって求められ、電流がノイズレベルよりも上がった後直ぐに開始した。クリーンAu表面上で測定されるチップの固有の点接触抵抗を計上した後で、IF‐Mo1−xNbナノ粒子は10Mオームの抵抗を有する一方、非ドープIF‐MoSに対しては60Mオームである。TEMによって調べられた一部粒子内の酸化物層の存在を考慮すると、この抵抗の一部は接触の質による。
【0068】
従って、本発明の方法は、ナノ構造体の電子特性の変更を提供する。MoSナノチューブ(フラーレン状ナノ粒子ではないが)の電子構造に対するMo→Nb置換の効果は、密度汎関数法に基づいたタイトバインディング法(DFTB)を用いて調べられている[非特許文献6]。Mo→Nb置換は、MoSナノチューブのバンドギャップ中の新たな状態の形成につながる。Nb含有量の増大に伴い(つまり、“純”MoSと比較しての電子数の減少に伴い)、フェルミ準位がシフトして、これに対応して、フェルミエネルギー近傍の状態密度(DOS,density of states)が増大し、本件のXPS及びCREMデータと一致する。結果として、Nb置換MoSのフェルミ準位近傍のDOSを、置換の程度によって、広範囲にわたり調整可能である。また、IF‐Mo1−xNbナノ粒子は、Nb原子の置換パターンに関わらず、金属特性を有する。
【0069】
図12Aから図12Cを参照すると、IF‐Mo1−xNb格子内のNb原子の置換パターンが示されていて、上述のX線回折データの分析並びにTEM及びXPS分析に基づいた三種類のMoS格子内のNb取り込みを示す。図12Aは、各層内において両種類の原子がランダムに(乱層的に)入れ替わって連続的に広がる場合を示す。図12Bでは、Mo及びNb原子はMoS格子内に交互に取り込まれている。Nb原子の濃度が1%未満になると(又は一般的に1%を超えないと)、一般的にそれら原子は、Mo主体の格子内に個々の原子として拡散することを好む。この場合、MoS格子の物理的特性(エネルギーギャップ等)は保たれる。この場合、Nb原子は、格子をp型にする典型的な(ホール)ドーパントのように振る舞う。この状況は、真性(非ドープ)から、最大1020cm−3Nb原子がMoサイト内に置換されている場合(格子を重ドープホール(p型)伝導体にする)に至るまで、格子の電気特性を制御するのに最適の条件を提供する。図12Cは、層間のファンデルワールスギャップ内の原子インターカレーションという想定されない場合を示す。Nbの取り込みは最初の二種類のものの組み合わせともなり得る。
【0070】
二種類のNb種は、IF‐Mo1−xNbナノ粒子の電子特性に異なる効果を有し得る。置換サイトの個々のNb原子は、ドーパントとしての役割を果たし、価電子バンド近くへのフェルミ準位の下方シフトにつながり、導電性の増大につながる。MoS格子中に散在するNbSシートのパッチは、ナノ粒子に金属特性を課す。明らかな‘ソフトギャップ’(コンダクティブAFMによって測定されるような、ゼロバイアス付近での電流の減少(完全に抑えられてはいない)によって現れる)も、ナノ粒子のサイズによって影響を受け得て、ナノ粒子が大きくなるとより大きなギャップを示す[非特許文献11]。従って、IFの2H‐MoS格子内へのNbの取り込みは、ナノ粒子の抵抗率を実質的に減少させる。
【0071】
従って、本発明は、一般的に化学式A1−x‐B‐カルコゲナイドの新規IF‐ナノ構造体を提供し、ここで、Aは、Aとは異なる金属又は遷移金属Bでドープされた金属又は遷移金属であり、x≦0.3である。上述の非限定的な例において、IF‐Mo1−xNbナノ粒子は、HSに加えて個々の塩化物蒸気前駆体から開始して、作製された。そのIF‐Mo1−xNbナノ粒子は、XRD、TEM‐EDS、HRTEM‐EELS及びXPSによって広範に特性評価された。AFM分析による電気特性の詳細な調査によると、Moに対するNbの置換は、半導体から金属型への変換を伴う(IF‐MoSは半導体であることが知られている)。本研究は、IF‐ナノ粒子の場合におけるヘテロ原子置換が、超伝導、スピントロニクスにおける広範な可能性(IF‐ナノ粒子の電子的挙動を変化させることを含む)を切り開く一例である。
【実施例2】
【0072】
[Mo1−xRe IFナノ粒子の合成]
上述のIF‐Mo1−xNbナノ粒子の合成と同様の方法で合成を行った。この場合の前駆体はMoCl(融点=194℃、沸点=268℃)及びReCl(融点=220℃)である。
【0073】
図13A及び図13Bは共に、本例で用いられた実験設定を示す。参照符号は図2で用いたものと同じである。まず、前駆体を別個の補助炉14(図13B)において加熱して(温度T)、各蒸気を輸送する一方で、メインリアクタ12(図13A)を温度Tに加熱した。この後者は水平リアクタであるが、図2を参照して上述したIF-Mo1−xNbナノ粒子の合成の場合のような垂直リアクタで反応を行ってもよい。水平リアクタは以前にIF‐TiSナノ粒子の合成用に用いたであり、IF‐Mo1−xReナノ粒子及びナノチューブの合成用に改良した。まず、補助/前駆体炉14(図13B)において、MoCl及びReCl蒸気をその固体から形成した。前駆体源の温度は大抵、220℃から250度(その塩化物の沸点に近い)の間に保たれた。形成された蒸気を、キャリアガス流(N/H)によって流入部16Aを介してメインリアクタ12(図13A)内に導入した。Nで希釈されたHSガスを、リアクタ12の流入部16Bを介して反対方向から供給した。これによって、リアクタの中心のホットゾーンにおいて反応を生じさせる一方で、生成物をその流れによって掃き出してフィルタ(図2を参照して上述したような)上に収集することが可能になる。余剰ガスは、開口部18を介してリアクタから出て行く。
【0074】
予熱温度が、反応に供給される前駆体の量を決定する重要な因子であることがわかった。ボトルを介する窒素の流量(10−100cc/分)も、塩化タングステン前駆体の流れに影響する。リアクタのガス排出部においてNaOH(5%)溶液で充填された有毒ガストラップを用いることによって、低い過圧レベル(1.1bar)を維持した。二つのガス(MoCl及びHS)が混合し反応する反応チャンバの温度は、800−900℃の範囲内で変化した。結果物のMo1−xRe粉末を、フィルタを用いて収集した。以前合成したTiSの場合とは異なり、改良した水平リアクタを用いて、フィルタに生成物を収集することによって、生成物の大部分を損失なく収集することができ、トラップに対するキャリアガスによって吹き飛ばされることはなかった。HSの流量(5−10cc/分)は、TYLANモデルFC260マスフローコントローラによって制御した。HSは、他のフローコントローラを用いてNガスの流れ(この反応において10−200cc/分)とその気体を混合することによって希釈した。
【0075】
以下の表4は、IF‐Mo1−xReナノ粒子の合成用に用いた反応のパラメータ及び条件を示す。
【0076】
【表4】

【0077】
800℃(表4のシリーズ1)で合成したIF‐Mo1−xReナノ粒子は、略30から80nmの直径で、略0.62nmの層間間隔の球形及び十分にファセット化されたナノ粒子という結果になった。TEM‐エネルギー分散型X線分光法(EDS,energy dispersive X−ray spectroscopy)及び高分解能TEM‐電子エネルギー損失分光法(HRTEM‐EELS,high resolution TEM−electron energy loss spectroscopy)分析はナノ粒子中のReの存在を明らかにしている。
【0078】
850℃(テーブル4のシリーズ2)で合成したIF‐Mo1−xReナノ粒子のHRTEM画像を図14A及び図14Bに示す。IF‐Mo1−xReナノ粒子の直径は、50−80nmの範囲である。図14Bに示されるIF‐Mo1−xReナノ粒子のEDSスペクトルを図14Cに示す。レニウム原子は、ナノ粒子のサイズや形状に関わらず、調べられた全てのナノ粒子中に均一に分布しているように考えられる。特徴的で区別可能なMo(K,L)、S(K)及びRe(M,L)ラインの存在を明確に見て取ることができる。TEM‐EDS及びHRTEM‐EELS分析から、金属対硫黄の比が1:2と求められる。IF‐Mo1−xReナノ粒子の化学量論は以下の通りである、Mo:Re:S 0.97(±0.01):0.03(±0.01):2。追加的なTEM‐EDS及びHRTEM‐EELS分析は、IFナノ粒子の直径及び位置に関わらず、Mo+Re+Sの比がほぼ一定のままであったことを示している。
【0079】
図15Aは、900℃(テーブル4のシリーズ3)で合成したIF‐Mo1−xReナノ粒子の集合体のTEM画像を示す。図15Bは単一のナノ粒子のHRTEM画像を示す。この温度の合成では、ナノ粒子の直径は50−100nmの間である。Reの存在は、個々の及び集合体のIF‐Mo1−xReナノ粒子に対して行ったEDS分析から確かめられている(図15D)。特徴的で区別可能なMo(K,L)、S(K)及びRe(M,L)ラインの存在を、EDSスペクトルから明確に見て取ることができる。IF‐Mo1−xReナノ粒子とは別に、ReドープMoSナノチューブも900℃(表4のシリーズ3)で得られた。ナノチューブは少量(〜5%)である。図15Cはこのようなナノチューブの一つのHRTEM画像を示す。得られたナノチューブの長さは略0.5マイクロメートルで、その直径は略40nmである(〜25層)。図15Cに示されるナノチューブの層間間隔は〜0.62nmであり、純IF‐MoSのものに非常に近い[非特許文献2−非特許文献4]。ナノ粒子及びナノチューブのEELSスペクトルは、特徴的なMo(L3,2)、S(K)、Re(M4,5)信号を示し、粒子中のReの量は略1−2原子パーセントであった。より高い合成温度が、ナノチューブの生成に適切であるとわかった。この観測結果は、より高い合成温度(〜900℃)が生成に好ましいものであるMoS及びWSナノチューブの合成に似ている[非特許文献4]。
【0080】
図16は、850℃(表4のシリーズ2)及び900℃(表4のシリーズ3)で合成したIF‐Mo1−xReナノ粒子のXRDパターンを示す。2H‐MoS及び2H‐ReSの標準的な回折パターンも、比較用に図面に示されている。サンプルの全てのピークが2H‐MoSのものとよく一致した。XRDパターンの(002)ピークは、六方晶2H‐MoS結晶の(002)ピークと比較してより低い角度へのシフトによって特徴付けられ、IFナノ粒子及びナノチューブの場合における僅かな格子の膨張を示している[非特許文献2−非特許文献4]。この膨張は、層の曲率による歪みに導入に起因するものである[非特許文献1−非特許文献4]。(002)ピークの半値全幅(図16)の比較によって、900℃で得られたナノ粒子のサイズが850℃で得られたナノ粒子のものよりも大きいというTEMデータが確かめられた。ReSの二次相はXRDパターンから除外されている。しかしながら、図面に見て取れるように、少量のReO及びMoOが存在している。これはTEM観察に一致するものであり、一部ナノ粒子のコアが、硫化に晒され得る酸化物ReO及びReOの存在を明らかにしていることがわかる。表5は、XPSで導出したIF‐Mo1−xReナノ粒子(表4のシリーズ3)の原子濃度をまとめる。
【0081】
【表5】

【0082】
特徴的なRe(4f)信号が、Mo(3d5/2)及びS(2p3/2)と共にスペクトル中に明確に見られるが、その量(〜1%)は、隣接するMo(3p)信号によって相対的にかなり不明確なものになっている。表5の値は実験数(10実験)に対する平均であり、HRTEM‐EELSで得られたReの原子パーセンテージに一致する。
【0083】
Re置換サンプル及び非置換サンプルを比較すると、Mo及びSの結合エネルギーは、顕著な違いを示している。これは、Moベースの粒子内へのReの取り込みの明らかな証拠である。観測された違いは、Mo及びSラインに対して事実上同一であり、Δ=200±100meVであり、帯電効果として考えられるものを超えるものであると確かめられる。これらの実験では、電子フラッドガンのフラックスを変更することによって、サンプルの帯電状態を系統的に変化させた。更に、金基板や炭素汚染物等の参照ラインは、結合エネルギーに相対的なシフトを示していない。従って、Δシフトは、格子内へのRe取り込みによるものであり、Eを上昇させて、ナノ粒子をよりn型にすると結論付けられる。
【0084】
図17を参照すると、この図面は、Re原子が取り込まれているMoSナノ粒子として考えられるものを概略的に示す。
【実施例3】
【0085】
[W1−xRe IF‐ナノ粒子の合成]
上述のIF‐Mo1−xReナノ粒子の合成と同様の方法及び装置で合成を行った。この場合の前駆体はWCl4(融点=300℃)及びReCl5(融点=220℃)である。
【0086】
前駆体源の温度は一般的に、275℃から325℃(塩化物の沸点に近い)の間に保たれた。予熱温度が、反応に供給される前駆体の量を決める重要な因子であるとわかった。表6は、IF‐W1−xReナノ粒子の合成用に行われた反応の詳細を示す。
【0087】
【表6】

【0088】
図18A及び図18Bに示されるのは、900℃(表6のシリーズ2)で合成したIF‐W1−xReナノ粒子のHRTEM画像である。IF‐W1−xReナノ粒子の直径は、この実験条件セットにおいては50−75nmの間であるとわかった。図18Aのナノ粒子は明確に細長化している一方で、図18Bのナノ粒子は明確にファセット化していて、その違いは温度の違いに起因する(850℃以上)。粒子の層間間隔は、図18Dのラインプロファイルによって示されるように、0.62nmであるとわかった(挿入図)。この場合も、純IF‐WSの層間間隔の値に対する類似は、Reが低いパーセンテージで存在していることを示唆している。Reの存在は、TEM‐EDS分析によって確かめられた。図18Cに挿入図として示されているように、EDSスペクトルは、特徴的なW(L,M)、Re(L,M)及びS(K)ラインを明らかにしている。TEM‐EDS分析から確かめられる組成は以下の通りであるとわかった、W:Re:S 0.97(±0.01):0.03(±0.01):2。
【0089】
本件の場合、XRD及びHRTEMは共に、Reが格子内にドーパントとして存在し(MoS及びWSの両方に対して)、インターカラントとしては存在していないことを示している。何故ならば、インターカラントとしてのReの存在は、(002)層の間隔における追加的な格子の膨張をもたらすからである[非特許文献1、非特許文献5]。
【符号の説明】
【0090】
12 反応チャンバ
14 蒸発チャンバ
16 流入ユニット
18 開口部
20 フィルタ
22 加熱ユニット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式A1−x‐B‐カルコゲナイドの無機フラーレン状(IF)ナノ構造体であって、Aが金属又は遷移金属、又は、金属及び/又は遷移金属の合金であり、Bが金属又は遷移金属であり、x≦0.3であり、A≠Bとする、IFナノ構造体。
【請求項2】
Aが、Mo、W、Re、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Pt、Ru、Rh、In、Ga、InS、InSe、GaS、GaSe、WMo、TiWのうち少なくとも一つを含む、請求項1に記載のIFナノ構造体。
【請求項3】
Bが、Si、Nb、Ta、W、Mo、Sc、Y、La、Hf、Ir、Mn、Ru、Re、Os、V、Au、Rh、Pd、Cr、Co、Fe、Niから選択されている、請求項1又は2に記載のIFナノ構造体。
【請求項4】
カルコゲナイドがS、Se、Teから選択されている、請求項1から3のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項5】
カルコゲナイドがSである、請求項2又は3に記載のIFナノ構造体。
【請求項6】
Mo1−xNb、Mo1−xNbSe、W1−xTa、W1−xTaSe、MoNb1−x−y、MoNb1−x−ySe、Re1−x、Ti1−xSc、Zr1−x、Hf1−xLa、Ta1−xHf、Pt1−xIr、Ru1−xMn、Rh1−xRu、Mo1−xRe、W1−xRe、Re1−xOs、Ti1−x、Zr1−xNb、Hf1−xTa、Ta1−x、Pt1−xAu、Ru1−xRh、Rh1−xPdから選択されている請求項1に記載のIFナノ構造体。
【請求項7】
IF‐Mo1−xNbであり、x≦0.3である、請求項1から6のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項8】
IF‐Mo1−xReであり、x≦0.05である、請求項1から6のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項9】
IF‐W1−xReであり、x≦0.05である、請求項1から6のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項10】
1−xNbであり、x≦0.3である、請求項1から6のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項11】
ナノ粒子、ナノチューブ、又はそれらの混合物であり、Mo‐Ti‐S、Mo‐W‐S、W‐Nb‐Sが除外されている、請求項7から10のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項12】
金属又は遷移金属Bの原子がA‐カルコゲナイドの格子内に取り込まれている、請求項1に記載のIFナノ構造体。
【請求項13】
金属又は遷移金属Bが該ナノ構造体内に均一に分布している、請求項1に記載のIFナノ構造体。
【請求項14】
十分にファセット化されたナノ粒子である請求項1から13のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項15】
各層内においてランダムに入れ替わるA及びB化合物の原子の連続的な広がりを備える請求項1から15のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項16】
A‐カルコゲナイドの格子内に交互に取り込まれているA及びB化合物の原子を備える請求項1から15のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項17】
金属又は遷移金属Bの原子が、A‐カルコゲナイドの格子内に取り込まれている、請求項7に記載のIFナノ構造体。
【請求項18】
Nbが該ナノ構造体内に均一に分布している、請求項7に記載のIFナノ構造体。
【請求項19】
十分にファセット化されたナノ粒子である請求項7に記載のIFナノ構造体。
【請求項20】
各層内においてランダムに入れ替わるMo及びNbの原子の連続的な広がりを備える請求項7に記載のIFナノ構造体。
【請求項21】
MoSの格子内に交互に取り込まれているMo及びNbの原子を備える請求項7に記載のIFナノ構造体。
【請求項22】
Nb、ReでドープされたMoSナノ粒子及びナノチューブ。
【請求項23】
Nb、ReでドープされたWSナノ粒子及びナノチューブ。
【請求項24】
化学式A1−x‐B‐カルコゲナイドのフラーレン状(IF)ナノ粒子であり、Aが、Mo、W、Re、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Pt、Ru、Rh、In、Ga、InS、InSe、GaS、GaSe、WMo、TiWのうち少なくとも一つを含む金属又は遷移金属、又は、金属及び/又は遷移金属の合金であり、Bが、Si、Nb、Ta、W、Mo、Sc、Y、La、Hf、Ir、Mn、Ru、Re、Os、V、Au、Rh、Pd、Cr、Co、Fe、Niから選択された金属又は遷移金属であり、x≦0.3であり、ナノ構造体内においてA≠Bとして、A1−x‐カルコゲナイド内にドープされたB及びB‐カルコゲナイドを有するIFナノ粒子を製造するためのプロセスであって、
及びYが塩化物、臭化物又はヨウ化物から選択された同一又は異なるハロゲンであるそれぞれ気相のA‐Y及びB‐Y組成物を提供する段階と、
A‐Y及びB‐Yの蒸気を、フォーミングガスを運ぶ還元剤と共に、反応ガスを運ぶカルコゲナイドの逆方向の流れと交わる場所である反応チャンバ内に流入させることによって、A及びB金属又は遷移金属の還元を発生させて、続いて、反応ガスを運ぶカルコゲナイドとの反応を生じさせて、ナノ構造体を形成する段階と、を備えたプロセス。
【請求項25】
気相のA‐Y及びB‐Y組成物を提供する段階が、前記反応チャンバとは別の一つのチャンバ内でA‐Y及びB‐Y組成物を蒸発させる段階を備える、請求項24に記載のプロセス。
【請求項26】
気相のA‐Y及びB‐Y組成物を提供する段階が、前記反応チャンバとは別の二つチャンバ内でA‐Y及びB‐Y組成物をそれぞれ蒸発させる段階を備える、請求項24に記載のプロセス。
【請求項27】
Aカルコゲナイド前駆体が特定の導電型の半導体であり、高い導電性を有する請求項1から26のいずれか一項に記載のフラーレン状(IF)ナノ構造体。
【請求項28】
ドナー又はアクセプターとして構成されている請求項1から26のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項29】
磁性ナノ構造体である請求項1から26のいずれか一項に記載のIFナノ構造体。
【請求項30】
FeMoS、FeMoSe、FeWS、FeWSe、FeReS、FeHfS、FeTiS、FeZrS、FeS、FeTaS、FeNbS、FeTaS、FeNbSe、FeTaSeから選択された請求項28又は29に記載のIFナノ構造体。
【請求項31】
ナノ構造導電体を形成するプロセスであって、請求項24から26に記載のプロセスを実施する段階を備え、Aカルコゲナイド前駆体が特定の導電型の半導体であり、該前駆体から生成されるIFナノ粒子が高い導電性を有する、プロセス。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図6D】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図8A】
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【図8B】
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【図8C】
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【図8D】
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【図9】
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【図10A】
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【図10B】
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【図10C】
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【図11A】
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【図11B】
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【図11C】
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【図12A−12B】
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【図12C】
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【図13A】
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【図13B】
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【図14A】
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【図14B】
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【図14C】
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【図15A】
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【図15B】
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【図15C】
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【図15D】
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【図16】
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【図17】
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【図18A】
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【図18B】
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【図18C】
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【図18D】
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【公表番号】特表2010−538951(P2010−538951A)
【公表日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−523646(P2010−523646)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【国際出願番号】PCT/IL2008/001213
【国際公開番号】WO2009/034572
【国際公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(598102502)イエダ・リサーチ・アンド・デベロツプメント・カンパニー・リミテツド (5)
【Fターム(参考)】