説明

フラーレン誘導体を用いた水溶性光増感性材料

【課題】フラーレン誘導体を含む光増感性が高く、水溶性の光増感性材料を提供する。
【解決手段】本発明は、(1)親水性基と疎水性基とを含む脂質分子から構成されるリポソームの内部に所定のC60フラーレン誘導体が存在するフラーレン含有リポソーム、または(2)シクロデキストリンに所定のC60フラーレン誘導体が包接されたフラーレン−シクロデキストリン錯体を含む光増感性材料を用いることで、光増感性が高く、水溶性の光増感性材料を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定のフラーレン誘導体および、シクロデキストリン、リポソームを用いた水溶化可能な光増感性材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フラーレンは、ナノテクノロジーの分野の新素材として、エレクトロニクス、医薬品、化粧料など様々な分野での活用が注目されている。例えば、フラーレンの高い耐熱性を利用した耐熱材料や、高い電荷輸送性を利用した燃料電池の固体電解質材料などへの応用がある。その他にも、有機光電変換素子として有機太陽電池、光センサ等への適用が開発されている。また、フラーレンの高い電子受容性を利用した人工光合成系構築の研究が報告されている。医薬品分野では光線力学療法用薬剤、抗HIV医薬、MRI用造影剤など種々の応用が開発されている。
【0003】
フラーレンは炭素原子からなる球状の構造を持つ化合物である。代表的なものに60個の炭素原子からなるC60フラーレンが挙げられる。炭素数60個よりも多いものを高次フラーレンといい、炭素数が70個のC70フラーレン、炭素数が74個、76個のものなど種々のものがある。また、球状の構造内に金属を内包した金属内包フラーレンがある。特に、安価に製造でき、化学的安定性に優れるC60フラーレンが種々の用途に用いられる。
【0004】
光増感性とは、光照射によってエネルギー移動を誘発する作用をいい、例えば酸素との共存によって活性酸素種を発生する能力などがある。フラーレンは、光照射をした場合、光エネルギーによってエネルギー移動を起こしやすい光増感性物質であることが知られており、光エネルギーによって種々の作用を生じる。例えば、C60フラーレンやC70フラーレンなどの一部の高次フラーレンでは光の照射によって酸素分子とのエネルギー移動により活性酸素種が発生し、金属内包フラーレンや一部の高次フラーレンでは活性酸素種の一種である一重項酸素とのエネルギー移動により、酸素分子が発生しやすいことが報告されている(特許文献1)。活性酸素種は、一重項酸素やフリーラジカルなどをいい、化学的に不安定で高い反応活性を持っている。このような性質を利用して、所定のターゲットに対する反応活性を持たせることで、選択的な物質の排除や情報の伝達などを実現することができる。
【0005】
光増感性、特に光照射によって活性酸素種を発生する能力を有する物質は光線力学的治療法(photodynamic therapy:以下「PDT」ともいう。)におけるPDT薬剤として利用可能である。PDTは、PDT薬剤をがん腫瘍に直接導入したのち、もしくは静脈注射などによって体内に導入の上がん細胞に蓄積させたのち、光を照射することで活性酸素を発生させ、がん細胞を殺傷して、がんの治療を行う治療法である。このようなPDT薬剤への適合性を光線力学活性という。フラーレンは、一重項酸素やフリーラジカルなどの活性酸素種の発生能が高く、PDTにおいて高い光線力学活性を示す。PDTに適用可能なフラーレンとして、光照射によって活性酸素種を発生することができるC60フラーレンやC70フラーレンなどがある。
【0006】
フラーレンは光増感性他の優れた特性を示すにもかかわらず、水や極性の高い有機溶媒への溶解性が低いため、産業応用性の向上が難しいという問題がある。その解決のため、フラーレンの誘導化や可溶化剤の添加など種々の検討がなされている。例えば、フラーレン骨格に極性官能基である水酸基(OH基)を導入した水酸化フラーレン誘導体があり、エステル系溶媒への高溶解性を示す水酸化フラーレン誘導体などが合成されている(特許文献2)。また、エーテル系溶媒など各種有機溶媒に高い溶解性を示すフラーレン誘導体が合成されている(特許文献3)。さらに、種々のフラーレン誘導体が報告されている。例えば、フラーレン誘導体の水中における電子受容能の評価、あるいはフラーレン誘導体−DNAハイブリッド錯体などが報告されている(非特許文献1から5)。
【0007】
本発明者らはこれまでに、フラーレンを水に可溶化する方法を提案している。例えば、フラーレンに可溶化剤として、シクロデキストリンなどの多糖類やリポソーム、ポリマー類を加えて撹拌・混合することによりフラーレンを可溶化する方法がある(特許文献4、5、6、非特許文献1)。非特許文献6において、C60フラーレン誘導体とシクロデキストリンとの錯体とその製造方法が開示されている。しかし、いずれの先行文献においても、フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体の可視光下における光増感性について言及されていない。
【0008】
以下に先行技術文献を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−74766
【特許文献2】特開2010−116380
【特許文献3】特開2009−135237
【特許文献4】特開2006−069812
【特許文献5】WO2007/132923
【特許文献6】WO2008/096779
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】D. M. Guldi, H. Hungerbuhler, K.-D. Asmus, J.Phys. Chem. A, 1997, 101, 1783.
【非特許文献2】A. M. Cassell, W. A. Scrivens, J. M. Tour,Angew. Chem.,Int. Ed. 1998, 37, 1528.
【非特許文献3】M. Maggini, A. Karlsson, L. Pasimeni, G .Scorrano, M. Prato, L. Valli, Tetrahedron Lett., 1994, 35, 2985.
【非特許文献4】I. Lamparth, A. Hirsch, J. Chem. Soc., Chem.Commun. 1994,1727.
【非特許文献5】C. Bingel, Chem. Ber. 1993, 126, 1957.
【非特許文献6】A. Ikeda, T. Genmoto, N. Maekubo, J. Kikuchi, M.Akiyama, T. Mochizuki, S. Kotani, T. Konishi, Chem. Lett. 2010, 39, 12, 1256.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
未修飾のC60フラーレンやC70フラーレンは水に全く溶解しないことが知られている。親水性置換基を導入したフラーレン誘導体は、その多くが自己会合しミセルとなって水溶化する。このようなミセル形成は、フラーレン誘導体を光増感性物質として利用する場合、光励起されたフラーレン誘導体による自己失活を招くという問題の原因となっている。つまり、水溶液中でミセルが形成されているために、フラーレン誘導体が受け取った光エネルギーを他に伝達する前に熱エネルギーとして失ってしまい、光増感性の低下、光活性の低下を招いている。
【0012】
そこで、この問題を解決するため、可溶化剤を用いて未修飾フラーレンを可溶化する方法が提案されている。しかし、可溶化剤が光励起された未修飾フラーレンと溶存酸素を含めた基質間でのエネルギー移動を立体的に妨げるという問題が起こっている。そのため、可溶化剤を用いて水溶化した未修飾フラーレンについても光増感性が低いという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者らは、所定の置換基を持つC60フラーレン誘導体を用いることで、上記の問題を解決し、光活性が高くかつ水溶液化可能なC60フラーレン誘導体を含有する光増感性材料を開発した。本発明は、リポソームまたはシクロデキストリンを合わせて用いることで水溶化可能であり、高い光活性を示す所定のC60フラーレン誘導体を開発することによって、活用範囲の広い光増感性材料を実現した。
【0014】
本発明の光増感性材料は、下記式(1)または(2)であらわされるC60フラーレン誘導体を包含した包含材料であって、親水性基と疎水性基とを含む脂質分子から構成されるリポソームの内部に前記C60フラーレン誘導体が存在するフラーレン含有リポソーム、またはシクロデキストリンに前記C60フラーレン誘導体が包接されたフラーレン−シクロデキストリン錯体を含む。
【0015】
【化1】

(R1は水素または、親水性官能基を有する置換基または原子団を表す。R2およびR3は同一または、異なっていてもよく、水素、置換基または原子団を表す。Xはカウンターアニオンを表す。)
【0016】
本発明の光増感性材料は、所定のC60フラーレン誘導体が、シクロデキストリンに包接されたフラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体を含む光増感性材料または、所定のC60フラーレン誘導体が、親水性基と疎水性基とを含む脂質分子から構成されるリポソームの内部に存在するフラーレン誘導体含有リポソームを含む光増感性材料である。本発明所定のC60フラーレン誘導体は包含材料であるシクロデキストリンまたはリポソームを用いることで、容易に水溶性化することができる。さらに、水溶化された本発明所定のC60フラーレン誘導体包含材料によれば、C60フラーレン誘導体の光増感性を高効率で得ることができ、高性能の光増感性物質を得ることができる。
【0017】
本発明の光増感性材料は、前記光増感性材料に含まれる包含材料に包含されるC60フラーレン誘導体のR1、R2およびR3が、水素または、少なくとも1の炭素を含み炭素数10以下の置換基または原子団であることが好ましい。なお、包含材料に包含されるとは、包含材料がシクロデキストリンの場合、シクロデキストリンに包接されることを意味し、包含材料がリポソームの場合、リポソームの内部に存在することを意味する。
【0018】
本発明の光増感性材料は、前記光増感性材料に含まれる包含材料に包含されるC60フラーレン誘導体のR1は、親水性官能基を有するアルキル基、エステル基、エーテル基、アミド基またはアシル基のいずれかであることが好ましい。親水性官能基を有することにより、包含材料との組み合わせによって、より容易に水溶化できる。
【0019】
本発明の光増感性材料は、前記光増感性材料に含まれる包含材料に包含されるC60フラーレン誘導体のR2およびR3は、炭素数6以下のアルキル基または、炭素数10以下のエチレングリコール鎖であることが好ましい。R2およびR3が結合する窒素原子は、正の電荷を帯びており、包含材料との組み合わせによって、水溶化の性能がより高くなる。カウンターアニオン(X)は、適宜負の電荷を帯びたイオンを用いることができる。
【0020】
本発明の光増感性材料は、前記光増感性材料に含まれるフラーレン誘導体含有リポソームの内部に存在するC60フラーレン誘導体がリポソームを構成する脂質分子の親水性基に近接して存在することが好ましい。近接して存在することにより、溶液中に存在する溶存酸素とリポソーム内に存在するC60フラーレン誘導体との接触が容易となり、C60フラーレン誘導体の活性酸素種発生効率を高めることができる。
【0021】
本発明の光増感性材料は、前記光増感性材料に含まれるフラーレン誘導体含有リポソームの内部に、可視光領域に吸収波長を持つ蛍光物質が存在することが好ましい。蛍光物質をC60フラーレン誘導体に合わせて存在させることにより、C60フラーレン誘導体のエネルギー移動の効率を高め、活性酸素種発生効率を高めることができる。
【0022】
本発明の光増感性材料は、前記光増感性材料に含まれる蛍光物質がリポソームを構成する脂質分子の親水性基に近接して存在することが好ましい。リポソーム内で、C60フラーレン誘導体や蛍光物質が、リポソームを構成する脂質分子の親水性基に近接して存在することで、活性酸素種発生効率を高めることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明の光増感性材料によれば、水溶性が高く、かつ光増感性の高い材料を得ることができる。特に、未修飾のフラーレンを含有した含有材料を細胞に導入した場合と比較して、光照射による細胞致死率の向上が確認された。(1)シクロデキストリン錯体の系においては、未修飾C60フラーレン、C70フラーレンに比べての光細胞致死率の向上を達成した。さらに、(2)リポソームの系においては未修飾C60フラーレンに比べての一重項酸素の発生量の向上、およびそれに基づく、光細胞致死率の向上を達成した。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は本発明の実施例および比較例に用いられるC60フラーレン誘導体を示した図である。
【図2】図2はフラーレン誘導体含有リポソームにおける一重項酸素発生のメカニズムを模式的に表した図である。
【図3】図3は本発明のフラーレン誘導体含有リポソームの作製方法の模式図である。
【図4】図4は本発明の光増感性材料に用いられるフラーレン誘導体の可視から紫外光領域での吸収スペクトルを示した図である。
【図5】図5は本発明の光増感性材料に用いられるフラーレン誘導体のH NMRスペクトルを示した図である。
【図6】図6は本発明のC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体の光線力学活性を示した図である。
【図7】図7は本発明のC60フラーレン誘導体含有リポソームの光線力学活性を示した図である。
【図8】図8は本発明のC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体の一重項酸素の発生能を示した図である。
【図9】図9は本発明のC60フラーレン誘導体含有リポソームの一重項酸素の発生能を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明のフラーレンは、炭素数60のフラーレンを用いる。このようなフラーレンは、適宜市販品を用いることができる。
【0026】
本発明に用いられるC60フラーレン誘導体の一例を以下に示す。
【化2】

(R1は水素または、親水性官能基を有する置換基または原子団を表す。R2およびR3は同一または、異なっていてもよく、水素、置換基または原子団を表す。Xはカウンターアニオンを表す。)
【0027】
R1、R2およびR3は親水性官能基を有する置換基または原子団を表す。この置換基または原子団は、少なくとも1の炭素を含み、炭素数10以下の置換基または原子団であることが好ましい。C60フラーレン誘導体の置換基は、親水性であることが必要である。上記(1)式のC60フラーレン誘導体の置換基においては、親水性官能基が含まれる。上記(2)式のC60フラーレン誘導体の置換基においては、置換基中の窒素原子(N)が正の電荷を帯びており、この正の電荷の存在の効果によって、親水性が確保される。カウンターカチオンは適宜選択することができる。
【0028】
特に、R1は親水性官能基を有するアルキル基、エステル基、エーテル基、アミド基またはアシル基であることが好ましい。置換基または原子団の一部が親水性官能基によって置換されていてもよい。親水性官能基は、カチオン性、アニオン性、または中性のいずれであってもよい。カチオン性の親水性官能基は、例えば、アンモニウム基、ピリジニウム基など、アニオン性の親水性官能基は、例えば、カルボネート基(カルボン酸イオン)、スルホネート基(スルホン酸イオン)、ホスホネート基(リン酸イオン)など、中性の親水性官能基はオリゴエチレングリコール鎖、ポリエチレングリコール鎖などがこのましい。R2とR3は同一でも、異なっていてもよく、炭素数6以下の低級アルキル基または、炭素数10以下のエチレングリコール鎖であることが好ましい。また、C60フラーレン誘導体の置換基または原子団は、直鎖状であってもよく、枝分かれしていてもよい。
【0029】
60フラーレンに導入する置換基は、例えば上記(2)式の化合物において、メチル基であることが好ましい。置換基をメチル基とすることでより容易に製造をすることができる。C60フラーレンに置換基を導入する位置は、特に限定されない。C60フラーレンに導入する置換基の数は、複数の置換基を導入することも可能であるが、1であることが好ましい。複数の置換基を導入する場合、高水溶性と高光増感性を実現するための置換基の数や、導入位置をコントロールすることが難しくなる。
【0030】
本発明に用いられるシクロデキストリンは、グルコースが5個以上結合したものであればよく、グルコースが6個結合したα-シクロデキストリン(シクロヘキサアミロース)、7個結合したβ-シクロデキストリン(シクロヘプタアミロース)、8個結合したγ-シクロデキストリン(シクロオクタアミロース)、9個連結したδ-シクロデキストリンなどを用いることができる。特にγ-シクロデキストリンであることが好ましい。γ-シクロデキストリンを用いることで、本発明のC60フラーレン誘導体をより確実に包接することができる。
【0031】
本発明に用いられるリポソームは、脂質二重膜で構成される複合体であり、脂質二重膜は親水性基と疎水性基を含む脂質分子によって構成される。リポソームの具体的な組成は、特に限定されるものではなく、脂質分子は用途や目的に応じて、カチオン性脂質、アニオン性脂質および中性脂質を単独でまたは組み合わせて用いることができる。本発明の光増感性材料としては、リポソームの直径は40〜500nm、好ましくは50〜200nmである。リポソームの膜厚は、選択する脂質分子によっても異なるが、3〜10nm、好ましくは4〜7nmである。
【0032】
本発明のフラーレン誘導体含有リポソームにおいて、C60フラーレン誘導体や蛍光物質がリポソーム内部に存在するとは、リポソームを構成する脂質二重膜の膜内部に存在することを意味する。なお、C60フラーレン誘導体や蛍光物質が存在する脂質二重膜の膜内部の位置は、疎水性基同士が向かい合う膜中心部から親水性基に近いリポソーム表面付近までいずれの位置であってもよい。特に、C60フラーレン誘導体や蛍光物質が膜内部において親水性基に近接して存在することが好ましい。このような位置に存在することで、光励起されたC60フラーレン誘導体から溶存酸素へエネルギーを移動させることが容易となるため、活性酸素種をより効率的に発生させることができる。
【0033】
図2は、リポソーム内部の親水性基にC60誘導体が接している場合の一重項酸素発生の模式図である。図2中(A)では未修飾のC60フラーレンがリポソーム膜内でリポソームを構成する脂質分子の疎水性基の間に存在しており、図2中(B)では本発明のC60フラーレン誘導体がリポソーム膜内でリポソームを構成する脂質分子の親水性基に近接して存在していることを示している。リポソーム表面近傍にC60フラーレン誘導体が存在していることが、効率的な発生に資するといえる。
【0034】
本発明に用いられる可視光領域に吸収波長を持つ蛍光物質は、波長が500nm〜800nmの範囲の光を吸収し得る物質であって、当該物質は光を吸収して光エネルギーを生成することを特徴とする。当該物質が生成する光エネルギーはすなわち蛍光である。このような物質として、カルボシアニン系色素、ローダミン系色素が挙げられる。蛍光物質が発生する光エネルギーを、本発明のC60フラーレン誘導体が吸収してより高い光増感性を発揮することができる。蛍光物質は、上記C60フラーレン誘導体と同様にリポソーム内部に存在しており、リポソームを構成する脂質分子の親水性基に近接して存在することが好ましい。
【0035】
本発明のC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体の作製方法は、特に限定されないが、例えば高速振動粉砕法によって作製することができる。高速振動粉砕法用いたC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体の製造方法の一例を以下に示す。C60フラーレン誘導体とシクロデキストリンを、高速振動粉砕容器に入れ、高速振動粉砕を行う。例えば、振動数は10〜60Hz、好ましくは20〜40Hz、振動時間は10〜60分好ましくは15〜45分とすることができる。振動数、振動時間は、高速振動装置の性能や振動方法などにより、適宜選択することができる。その後、水を加えて撹拌し、遠心分離にて不溶成分を取り除いて、褐色の上澄み液を採取する。この上澄み液が、C60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体水溶液である。高速振動粉砕法については特開2009−23886を参考に当該方法を用いることができる。
【0036】
本発明のC60フラーレン誘導体含有リポソームの作製方法は、特に限定されないが、本発明のC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体とリポソームの交換反応によって作製することができる。交換反応は、C60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体とリポソームを水中にて混合し、撹拌することによって達成される。水温は50〜100度、好ましくは70〜90度、撹拌時間10分〜3時間、好ましくは30分〜2時間とすることができる。水温、撹拌時間は、撹拌方法などにより、適宜選択することができる。このように作製されたC60フラーレン誘導体含有リポソーム水溶液を本発明の光増感性材料とすることができる。
【0037】
さらに、上記C60フラーレン誘導体含有リポソーム水溶液について、メンブランフィルター付き遠沈管を用いた遠心分離により、シクロデキストリンを除くことができる。遠心分離後のろ液にシクロデキストリンが含まれており、ろ取したものがC60フラーレン誘導体含有リポソームである。ろ取したC60フラーレン誘導体含有リポソームを水に分散させることによって、C60フラーレン誘導体含有リポソーム水溶液を得て、光増感性材料とすることができる。
【0038】
本発明の光増感性材料は、C60フラーレン誘導体を含むリポソームまたはC60フラーレン誘導体を含むシクロデキストリン以外の材料を含むことができる。例えば、光増感性を発揮すべきターゲットまで光増感性材料を導くための物質として糖、葉酸や5−アミノレブリン酸などの低分子をはじめ、抗体、ペプチドやタンパク質などを導入できる。また、混合物として、シクロデキストリンが含まれていてもよい。本発明の光増感性材料は、種々の物質に含ませることができる。また、本発明の光増感性材料をほかの薬剤と合わせて用いることができる。また、本発明の光増感性材料を脱水乾燥して固形化、あるいはゲル化剤などによりゲル化して用いることができる。
【実施例1】
【0039】
<1>C60フラーレン誘導体の合成
以下の方法により、本発明の実施例に用いるC60フラーレン誘導体を得た。実施例1および比較例1にて合成したC60フラーレン誘導体およびC60フラーレンを図1に示す。
【0040】
図1中、化合物11から化合物13のC60フラーレン誘導体については、非特許文献1から3を参照し、化合物15のC60フラーレン誘導体については、非特許文献3を参照し合成した。化合物14は、以下の通り合成した。30.0 mg(0.037 mmol)のフレロピロリジン(化合物15)をトルエン50mlに溶解し、そこへ無水コハク酸37.0mg(0.37mmol)を加え還流した。6時間後、室温まで放冷し、沈殿物をろ取した。トルエンで洗浄して褐色の固体を得た。化合物16および17は以下の通り合成した。化合物15もしくは化合物11のシクロデキストリン錯体、もしくはリポソームに含有した水溶液に1Mの塩酸を加えた。合成経路を下記に示す。
【0041】
【化3】

【0042】
その結果、下の通り式(11)から式(17)に示すフラーレン誘導体を得た。式(12)のカウンターアニオンはI(ヨウ素イオン)である。カウンターアニオンは、I(ヨウ素)以外にもCl、Br、NO3、BF4、PF6、ClO4、CH3OSO3などを用いることができるが、これらに限定されず、種々のものを用いることができる。
【0043】
【化4】

(Meはメチル基を表す。)
【0044】
<2>C60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体の作製
60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体を高速振動粉砕法によって作製する。前記の方法によって得た式(11)から式(14)のC60フラーレン誘導体のそれぞれについて、6.94mmolを、γ−シクロデキストリン27.8mmol(和光純薬製)を、高速振動粉砕容器に入れ、高速振動粉砕を20分30Hzで行った。その後、得られた混合物に1.5mlの水を加えて撹拌し、遠心分離にて不溶成分を取り除いて、褐色の上澄み液を採取した。この上澄み液が、C60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体水溶液である。この水溶液を本発明の光増感性材料とすることができる。
【0045】
<3>C60フラーレン含有リポソームの作製
60フラーレン含有リポソームをC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体とリポソームの交換反応によって作製する。ここで用いたリポソームは日油株式会社製ジパルミトイルホスファチジルコリン(Dipalmitoylphosphatidylcholine:DPPC)と合成したカチオン性脂質の9:1(モル比)である。前記の方法によって得た(化4)式(11)から式(14)のC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体のそれぞれについて、0.2mM、0.5mLと、リポソーム2mM(脂質濃度)、0.5mLを混合する。この混合物を、80度にて1時間撹拌を行った。これによりC60フラーレン誘導体含有リポソーム水溶液が得られた。この水溶液を本発明の光増感性材料とすることができる。図3に作製方法の模式図を示す。図3において、「12−シクロデキストリン錯体」とは(化4)式(12)のフラーレン誘導体とγ−シクロデキストリンの錯体を、「12含有リポソーム」とは、(化4)式(12)のフラーレン誘導体を含有するリポソームを示す。
【0046】
なお、温度条件が30度の場合は、前記リポソームへのC60フラーレン誘導体の交換反応は起こらなかった。また、同様に温度条件が30度の場合は、未修飾のC60フラーレンは、交換反応は起こらず、未修飾のC70フラーレンは、交換反応が起こり、シクロデキストリンから外れて疑似細胞膜であるリポソームに移動した。なお、未修飾のC60シクロデキストリン錯体とC70シクロデキストリン錯体の直接的な細胞導入はすでに報告されている(A. Ikeda, M. Matsumoto, M. Akiyama, J. Kikuchi,
T. Ogawa, T. Takeya, Chem. Commun., 2009, 1547.)。
<比較例1>
<1>C60フラーレン誘導体の合成
【0047】
図1の化合物21および化合物22のC60フラーレン誘導体については、非特許文献4および5を参照し、合成した。その結果、下の(化5)式(21)および式(22)に示すフラーレン誘導体を得た。
【0048】
【化5】

(Etはエチル基を表す。)
【0049】
<2>C60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体の作製
60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体を高速振動粉砕法によって作製する。前記の方法によって得た(化5)式(21)および式(22)のC60フラーレン誘導体のそれぞれについて、前記(化4)式(11)から式(14)のC60フラーレン誘導体と同様に高速振動粉砕法にて、C60フラーレン誘導体−シクロデキストリン混合水溶液を得た。フラーレン誘導体(21)については図5FからH NMRスペクトルにおいてフラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体に基づくピークが観測できなかったことから錯体を形成していないことがわかる。一方フラーレン誘導体(22)は図4においてフラーレンに基づく吸収がほとんど見られないことから溶解していないことがわかる。したがって、(化5)式(21)および式(22)のC60フラーレン誘導体からC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体を作製することはできなかった。
【0050】
以上の実施例および比較例により得た図1のフラーレン誘導体(11)から(14)、(21)、(22)およびC60フラーレンについてフラーレン−シクロデキストリン錯体の可視−紫外吸収スペクトルを図4に示す。この図から、430nm付近のフラーレン誘導体に特徴的な吸収がはっきり確認できることから、フラーレン誘導体(11)から(14)およびC60フラーレンは会合せず分散した状態で可溶化していることがわかる。一方、フラーレン誘導体(21)については吸収がブロードとなっているため会合していることがわかる。さらに、フラーレン誘導体(22)はフラーレンに基づく吸収がほとんど見られないことから溶解していないことがわかる。
【0051】
以上の実施例および比較例により得た図1のC60フラーレンおよびフラーレン誘導体(11)から(14)および(21)について、フラーレン−クロデキストリン錯体のH NMRスペクトルを図5に示す。図中、白丸は錯体形成していないγ−シクロデキストリン、黒丸はフラーレンと錯体を形成しているγ−シクロデキストリンによるピークを示す。図中、(A)はC60−シクロデキストリン錯体、(B)はフラーレン誘導体(11)−シクロデキストリン錯体、(C)はフラーレン誘導体(12)−シクロデキストリン錯体、(D)はフラーレン誘導体(13)−シクロデキストリン錯体、(E)はフラーレン誘導体(14)−シクロデキストリン錯体、(F)はフラーレン誘導体(21)−シクロデキストリン混合物のスペクトルを示す。この図から、比較例(21)のフラーレン誘導体は、γ−シクロデキストリンとの錯体が形成されていないことがわかる。これにより、C60フラーレン誘導体のうちC60フラーレン誘導体(11)から(14)を用いることで、シクロデキストリンとの錯体が形成されることがわかる。
【実施例2】
【0052】
上記実施例1<2>および<3>において作製した光増感性材料、および未修飾のフラーレンを含む材料について、HeLa細胞を用いた光線力学活性の評価実験を行った。図6および図7にその結果を示す。光増感性材料のHeLa細胞への導入は、以下の通り行った。シャーレ中で培養したHeLa細胞の培養液中に光増感性材料を添加して、24時間処理を行った。なお、細胞に取り込まれなかった光増感性材料は、pH7.4のPBS(リン酸緩衝生理食塩水)による洗浄を行うことで除去した。HeLa細胞に導入するC60フラーレン誘導体は、種々の濃度で実験を行っており、図6および図7の横軸の濃度は、フラーレン誘導体の濃度を示したものである。光増感性材料を導入したHeLa細胞に、25度の温度条件で、波長400から740nm、照射光量37mWcm−2の光を30分間照射し、24時間後に細胞生存率を測定することにより、光増感性材料の光線力学活性の評価を行った。
【0053】
上記実施例1<2>において作製した光増感性材料であるC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体およびC60フラーレン−シクロデキストリン錯体について、上記評価結果を図6および表1に示す。図6によると、C60誘導体(12)、(13)および(14)のシクロデキストリン錯体をHeLa細胞に導入したのち、波長400から740nmの光を照射した場合に、濃度依存的に細胞生存率の低下(もしくは“細胞死”)が確認され、暗所においた場合には、細胞の生存率に変化が見られないことが理解される。これに対し、C60フラーレンおよびC70フラーレンおよびC60フラーレン誘導体(11)のシクロデキストリン錯体では同じ条件で光を照射しても細胞生存率の低下がC60誘導体フラーレン(12)、(13)および(14)のシクロデキストリン錯体に比べあまり起こらないことがわかった。これにより、C60誘導体(12)、(13)および(14)のシクロデキストリン錯体が細胞に導入されたこと、またこれらの光増感性材料が光線力学活性を有することが確認できる。
【表1】

【0054】
上記実施例1<3>において作製した光増感性材料であるC60フラーレン誘導体含有(11)(12)リポソームおよびC60フラーレン含有リポソーム、C70フラーレン含有リポソームについて、上記評価結果を図7および表2に示す。図7中(A)と(B)とは、x軸の濃度の値が異なっている。
【表2】

【0055】
IC50とは細胞生存率を50%阻害する濃度、すなわち50%致死率におけるフラーレンもしくはフラーレン誘導体の添加濃度をいう。本発明の光増感性材料は、HeLa細胞を用いた光殺傷実験におけるIC50値が、(i)シクロデキストリン・C60フラーレン誘導体(12)およびC60フラーレン誘導体(14)−シクロデキストリン錯体では、C60フラーレン−シクロデキストリン錯体に比べ約35倍、C70フラーレン−シクロデキストリン錯体に比べ約16倍向上し、(ii)C60フラーレン誘導体(12)含有リポソームではC60フラーレン含有リポソームに比べ約66倍、C70フラーレン含有リポソームに比べ約9倍向上した。
【実施例3】
【0056】
本発明の光増感性材料であるC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体およびC60フラーレン誘導体含有リポソームの活性酸素種の発生を確認する実験を行った。実験方法は次のとおりである。本発明の光増感性材料と9,10−アントラセンジプロピオン酸ジナトリウム塩(9,10-anthracenedipropionic acid disodium salt:ADPA)を重水(DO)中に添加する。濃度は未修飾フラーレン光増感性材料およびフラーレン誘導体光増感性材料が15μM、ADPAが25μMである。溶液に波長400nm以上の光を照射光量15mWcm−2で照射して、照射時間ごとの光増感性材料からの活性酸素種の発生量を測定する。ADPAは通常の状態では波長400nmの光を吸収する性質を有する。一重項酸素の存在によって、ADPAの構造が変化し、前記の光を吸収しない構造をとる。これを利用し、照射時間ごとの溶液の光の吸収量を測定することによって、系中の活性酸素種の発生量を測定することができる。
【0057】
実験の結果を図8および図9に示す。図8および図9において、グラフは光を照射する前の吸収量を1として規格化したものである。図8には、上記実施例1<2>において作製した光増感性材料であるC60フラーレン誘導体−シクロデキストリン錯体およびC60フラーレン−シクロデキストリン錯体についての結果を、図9には、上記実施例1<3>において作製した光増感性材料であるC60フラーレン誘導体(11)または(12)を含有するリポソームおよびC60フラーレン含有リポソーム、C70フラーレン含有リポソームについての結果を示す。これにより、本発明の光増感性材料について、顕著に活性酸素種を発生量が多いことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明のC60フラーレン誘導体によって、種々の分野において可視光下での活性酸素発生種としてC60フラーレンを用いることができるので、C60フラーレンを活用する用途の選択の幅を広げることができ、種々の装置、システムを高度化することができる。例えば、PDTにおいては、人体に安全な波長領域で効果的にターゲット細胞を破壊するPDTを実現することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)または(2)であらわされるC60フラーレン誘導体を包含した包含材料であって、親水性基と疎水性基とを含む脂質分子から構成されるリポソームの内部に前記C60フラーレン誘導体が存在するフラーレン含有リポソーム、または
シクロデキストリンに前記C60フラーレン誘導体が包接されたフラーレン−シクロデキストリン錯体を含む光増感性材料。
【化1】

(R1は水素または、親水性官能基を有する置換基または原子団を表す。R2およびR3は同一または、異なっていてもよく、水素、置換基または原子団を表す。Xはカウンターアニオンを表す。)
【請求項2】
請求項1記載の光増感性材料であって、R1、R2およびR3は、水素または、少なくとも1の炭素を含み炭素数10以下の置換基または原子団である光増感性材料。
【請求項3】
請求項2記載の光増感性材料であって、R1は親水性官能基を有するアルキル基、エステル基、エーテル基、アミド基またはアシル基のいずれかである光増感性材料。
【請求項4】
請求項2記載の光増感性材料であって、R2およびR3は炭素数6以下のアルキル基または、炭素数10以下のエチレングリコール鎖である光増感性材料。
【請求項5】
請求項1から4記載の光増感性材料であって、前記光増感性材料に含まれるフラーレン含有リポソームの内部に存在するC60フラーレン誘導体がリポソームを構成する脂質分子の親水性基に近接して存在する光増感性材料。
【請求項6】
請求項1から5記載の光増感性材料であって、前記光増感性材料に含まれるフラーレン含有リポソームの内部に、可視光領域に吸収波長を持つ蛍光物質が存在する光増感性材料。
【請求項7】
請求項1記載または2に記載の光増感性材料であって、前記光増感性材料に含まれるフラーレン含有リポソームの内部に存在する蛍光物質がリポソームを構成する脂質分子の親水性基に近接して存在する光増感性材料。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−184199(P2012−184199A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−48658(P2011−48658)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】