説明

フルオロオレフィンとフッ化水素の分離方法

【課題】
1,3,3,3−テトラフルオロプロペンなどのフルオロオレフィンの製造工程において、フッ化水素との混合物からフッ化水素を分離しフルオロオレフィンを回収する方法を提供する。
【解決手段】
フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物からフルオロオレフィン又はフッ化水素を分離する方法であって、フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物を硫酸と接触させる工程、実質的にフルオロオレフィンからなる第1相とフッ化水素及び硫酸を含んでなる第2相を形成する工程、並びに実質的にフルオロオレフィンからなる第1相をフッ化水素及び硫酸を含んでなる第2相から分ける工程を含み、硫酸のフッ化水素に対する質量比が2:1〜20:1である方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フルオロオレフィンの製造方法に関し、より詳しくは、フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物からフルオロオレフィンを分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイドロフルオロカーボン類は、溶剤、冷媒、発泡剤及びエアゾール噴射剤として使用されている。しかし、ハイドロフルオロカーボン類は地球温暖化係数(GWP)が高く環境の面で問題を抱えている。これに対し、フルオロオレフィン類は、ハイドロフルオロカーボン類に比べて環境の点では有利であると考えられる。それらは、ハイドロフルオロカーボン類と比較して、GWPが極端に低く、各種用途への応用が期待される。具体的には例えば、フルオロオレフィンである1,3,3,3−テトラフルオロプロペンは、マグネシウムダイカストを行う際の溶融マグネシウムの防燃ガスとして有用である。フルオロオレフィン類は、ハイドロフルオロカーボンを触媒存在下で熱分解して得られる(特許文献1)。そのときの生成物には副生フッ化水素、目的とするフルオロオレフィンとその異性体、原料のハイドロフルオロカーボンを含有する。これの生成物は種々の公知の方法で分離することができる。例えば、蒸留等を適用すると、酸性物質などの一定の副生成物を、フルオロオレフィンや出発原料から分離できる。しかし、フルオロオレフィン類からフッ化水素を除くのは困難である。フッ化水素とフルオロオレフィン類、例えば、1,3,3,3−テトラフルオロプロペンは共沸組成を示すことがあるからである。
【0003】
フルオロカーボン類については、フッ化水素との共沸混合物を分離する方法が種々提案されている。ヨーロッパ特許出願EP0467531は、HFC−134aとフッ化水素の混合物から共弗組成物の成分としてフッ化水素を除去して残渣を集めることにより、HFC−134aを分離する方法を開示している(特許文献2)。また、主蒸留塔のサイドカットを取出し、コンデンサーを装備しかつ高い還流比で運転される精留塔に導入することによる、フッ化水素との共沸混合物からフルオロカーボン類を分離する方法が開示されている(特許文献3)。
【0004】
その他の方法として、硫酸を抽出剤として使ったフッ化水素の吸収によるフルオロカーボン類の分離方法が、ハイドロクロロフルオロカーボンであるFC−22とフッ化水素のガス状混合物からFC−22を分離するために用いられてきた(特許文献4)。また、ハイドロフルオロカーボンであるHFC−245faとフッ化水素のガス状混合物からHFC−245faを分離するために用いられてきた(特許文献5)。
【0005】
しかしながら、硫酸は、オレフィン類例えばエチレンと接触させると反応又は分解することが知られており、これまで、フルオロオレフィン類からフッ化水素を分離するための抽出剤としては用いられなかった。
【特許文献1】特開平11−140002号公報
【特許文献2】特開平4−261126号公報
【特許文献3】米国特許第5,211,817号明細書
【特許文献4】米国特許第3,873,629号明細書
【特許文献5】特表2000−513723号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物から効率よくフルオロオレフィンを分離する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、抽出剤として硫酸を用いることによる、フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物からのフルオロオレフィン及びフッ化水素の分離方法が提供される。
本発明は、次の通りである。
[1]フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物からフルオロオレフィン又はフッ化水素を分離する方法であって、フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物を硫酸と接触させる工程、実質的にフルオロオレフィンからなる第1相とフッ化水素及び硫酸を含んでなる第2相を形成する工程、並びに実質的にフルオロオレフィンからなる第1相をフッ化水素及び硫酸を含んでなる第2相から分ける工程を含み、硫酸のフッ化水素に対する質量比が2:1〜20:1である方法。
[2]フルオロオレフィンが炭素数2〜5のフルオロオレフィンである請求項1に記載の方法。
[3]フルオロオレフィンが1,3,3,3−テトラフルオロプロペンである、請求項1又は2に記載の方法。
[4]フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物が、ハイドロフルオロカーボンを脱フッ化水素させる工程において生成した混合物である請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
[5]フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物が共沸または擬共沸混合物である請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法
また、本発明は、フルオロオレフィンとフッ化水素のガス状混合物を流通状態において硫酸に接触させることを含み、硫酸のフッ化水素に対する質量比が2:1〜20:1である方法も提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によると、フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物から効率よくフルオロオレフィンを分離することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
この発明で用いられるフルオロオレフィンという用語は、二重結合を有する脂肪族化合物であって、炭素、水素及びフッ素から構成され、且つ、他のハロゲン原子を含有しない化合物を意味する。
【0010】
本発明の方法の対象はフルオロオレフィンとフッ化水素の混合物である。他の炭素化合物を含むこともできるが、炭素化合物のうちフルオロオレフィンを主に含む混合物に適用するのが好ましい。「主に」とは炭素化合物のうち概ね50質量%以上であることをいうが、発明の趣旨に悖らない限り特に限定するには及ばない。この混合物はフルオロオレフィンとフッ化水素の共沸混合物もしくは擬共沸混合物又は非共沸混合物である。フルオロオレフィンは、特に限定されないが、炭素数2〜5のものであり、炭素数3のものが好ましい。炭素数3以上のフルオロオレフィン類には、通常は異性体が存在するが、本発明はそれらの単独異性体またはそれらの混合物についても適用できる。フルオロオレフィンとしては、トリフルオロメチル基を含むものが好ましい。このようなフルオロオレフィンとしては、例えば、1,1,1−トリフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,2,3,3,3−ペンタフルオロプロペンなどのフルオロプロペン、2,4,4,4−テトラフルオロブテン、1,1,1,4,4,4−ヘキサフルオロブテンなどのフルオロブテンであることができ、フルオロプロペンが好ましく、1,3,3,3−テトラフルオロプロペンが最も好ましい。
【0011】
フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物は気体状態又は液体状態であってよい。フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物は、どのような方法で得られたものでもよい。例えば、ハイドロフルオロカーボンの自己分解反応、クロロフルオロオレフィンのフッ化水素によるフッ素化反応、フルオロオレフィンの水素化反応、フルオロオレフィンのフッ化水素によるフッ素化反応またはこれらを複合した反応を挙げることができる。さらに、触媒の安定性や寿命の調節のために反応系にフッ化水素を共存させた際の反応器流出物であってもよい。
本発明の混合物においては、ハイドロフルオロカーボンの自己分解反応生成物であることが好ましい。自己分解反応としては、熱分解又はアルミナ、ジルコニア、炭素又はそれらにアルミニウム、クロムなどを担持された触媒を使用した接触分解が挙げられるがこれらに限られない。これらの自己分解反応は通常気相で、また、温度を高めた状態、加圧もしくは減圧下で行うことができる。フルオロカーボン、ハイドロフルオロカーボン、ハイドロカーボンなどのふっ化水素に対して不活性な溶媒を用いても行うこともできる。
【0012】
その様な自己分解反応としては、例えば、1,1,1,3,3−ペンタフルオロプロパンを200〜600℃の温度でクロムを担持した活性炭に通じると1,3,3,3−テトラフルオロプロペンとフッ化水素の混合ガスが反応生成物として得られる(特開平11-140002号公報)ものがある。反応により1,3,3,3−テトラフルオロプロペンは、トランス体を主体としたシス体との混合物で得られるが、本発明では混合物であっても特段差し支えない。また、1,1,1,2,3,3−ヘキサフルオロプロパンを430℃の温度で活性炭に通じると1,1,1,2,3−ペンタフルオロプロペンとフッ化水素の混合ガスが反応生成物として得られる(特許第3158440号)。
【0013】
本発明の方法を適用するフルオロオレフィンとフッ化水素の混合物は、これらの反応により生成したそのままの混合物であってもよいが、あらかじめ蒸留などの公知の手段で容易に分離できる成分は除いておくことが好ましい。そのような成分として、例えば、フルオロオレフィン又はフッ化水素と沸点差の大きい副生成物、未反応ハイドロフルオロカーボンなど、また、水素分解の場合の水素、不活性ガス、液相反応の場合の溶媒などを挙げることができる。さらに、フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物が共沸混合物又は擬共沸混合物である場合には特に適する。
【0014】
分離に必要とされる硫酸の量は、フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物中に存在するフッ化水素の量に依存する。溶解度の温度に対するグラフを用いて、100%硫酸中のフッ化水素の溶解度から、必要とされる硫酸の最小量を決めることができる。例えば、30℃では、約34gのフッ化水素が100gの100%硫酸に溶解する。しかしながら、100℃では、約10gのフッ化水素しかその硫酸に溶解しない。この発明で使用される硫酸の純度は特に限定されないが、好ましくは、50%以上の純度が好ましく、約98〜100%の純度を有するものがさらに好ましく、通常は市販されている工業用硫酸が使用できる。また、後述する回収された硫酸の再利用の点からは、硫酸の純度は80〜100%であり、90〜100%であることも好ましい。好ましい態様においては、硫酸のフッ化水素に対する質量比は、約2:1〜約20:1である。より好ましくは、その質量比は、約2:1〜約15:1であり、最も好ましくは約2:1〜約10:1である。
【0015】
本発明のこの処理は、好ましくは約0〜約100℃、より好ましくは約0〜約40℃、最も好ましくは約20〜約40℃で行われる。この処理は通常は常圧で行われるが、より高いか又はより低い圧力下も当業者の選択により用いられる。
【0016】
フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物に硫酸を加えると、すぐに2つの相が形成される。フルオロオレフィンが豊富な第1相とフッ化水素と硫酸が豊富な第2相が形成される。「第1相」又は「第2相」という用語は、本発明の理解を助けるために使用するものであり、「第1相」又は「第2相」はそれぞれ上の層又は下の層を形成することができる。「豊富」という用語により、その相がその相中に50質量%を越えるその成分を、好ましくはその相中に80質量%を越えるその成分を含有することを意味する。フルオロオレフィンの抽出効率は、約90〜約99%とすることができる。
【0017】
第1相と第2相が分離した後、フルオロオレフィンが豊富な第1相をフッ化水素と硫酸が豊富な第2相から分ける。これは、デカンテーション、サイフォニング又は公知の他の方法により行うことができる。場合により、更に第1相に硫酸を加えて形成された新たな第2相を分けることで、フルオロオレフィン抽出を繰り返してもよい。硫酸のフッ化水素に対する質量比が約3:1質量比で、1回の操作で90%以上の抽出効率を得ることができる。
【0018】
第1相と第2相を分けた後、分取した第2相をフッ化水素と硫酸とに分ける。温度による硫酸中へのフッ化水素溶解度の差を利用して、第2相の硫酸からフッ化水素を回収することができる。例えば、30℃で約34gのフッ化水素が100gの100%硫酸に溶解するが、同じ硫酸に140℃では4gしか溶解しないので、加熱によりその溶解度の差(30g)だけ回収できることになる。このようにして回収されたフッ化水素と硫酸は、その後に再利用することができる。すなわち、このフッ化水素を別の反応の出発原料として利用し、硫酸を抽出工程での使用に再利用することができる。
【0019】
本発明のもう一つの態様においては、フルオロオレフィンとフッ化水素の混合物をガス状で、充填物を充填し、硫酸を循環している中に導入する連続式方法により、気相で処理することができる。これは、フルオロオレフィンとフッ化水素の流れに対して向流に硫酸を流すことによって、一般的な洗浄塔内で行うことができる。
【0020】
以下の実施例は、本発明を例示するものであるが、本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0021】
[実施例1]
200mlのSUS304製耐圧容器に114gの1,3,3,3−テトラフルオロプロペンと20gのフッ化水素を溶解して均一な1,3,3,3−テトラフルオロプロペン/フッ化水素混合物を形成させた後、窒素で0.8MPaG(「G」はゲージ圧をいう。以下同じ。)まで加圧した。次いで、別の300mlのSUS304製耐圧容器に100gの工業用硫酸(純度98%以上)を注入した後に−0.1MPaGまで減圧した。この硫酸に前記1,3,3,3−テトラフルオロプロペン/フッ化水素混合物を液状で流量調整弁を通して少量ずつ加えていくと発熱が見られた。全量移液後、形成した2層のうち下層(第2相)を容器下部の弁から分取したところ、119gのフッ化水素/硫酸混合物が得られた。上層(第1相)は、ガス状態で抜き出し洗浄水をくぐらせた後、−78℃のドライアイストラップで液化回収した。回収量は111gであり、1,3,3,3−テトラフルオロプロペンの回収率は97質量%であった。洗浄水を分析したところ、微量の酸が検出され、0.1N水酸化ナトリウム溶液で滴定を行ったところフッ化水素換算で約1g検出された。検出されたフッ化水素の値から抽出効率を計算すると95質量%であった。
【0022】
[実施例2]
容量4リットルのSUS304製容器の上部に、SUS304製6mmφラシヒリングを充填した内径32mm、高さ800mmのSUS304製吸収塔を備えた洗浄塔の底部に、3000gの工業用硫酸を仕込み、硫酸をポンプで塔頂部に送液しながら循環させた。一方、容量5リットルのSUS304製耐圧容器に3420gの1,3,3,3−テトラフルオロプロペンと600gのフッ化水素を溶かして均一な混合物を形成させた後、窒素で0.8MPaGまで加圧した。この混合物の全量を液状で一定量ずつ抜き出してガス状にしながら洗浄塔底部に導入し、硫酸と向流で接触させた。塔頂部から出てきた1,3,3,3−テトラフルオロプロペンは洗浄水をくぐらせた後、−78℃のドライアイストラップで液化回収した。回収量は3249gであり、1,3,3,3−テトラフルオロプロペンの回収率は95質量%であった。洗浄水を分析したところ、酸が検出された。0.5N水酸化ナトリウム溶液で滴定を行ったところ、フッ化水素換算24gの酸であった。検出されたフッ化水素の値から抽出効率を計算すると96質量%であった。洗浄塔内に残ったフッ化水素と硫酸の混合物を5リットルのSUS304製蒸留装置に移し、塔底の温度を徐々に上げながら蒸留したところ100℃で終了するまでに180gのフッ化水素が回収された。これをイオンクロマトグラフィで分析したところ硫酸イオンは検出されなかった。
【0023】
蒸留塔に残ったフッ化水素を含む硫酸は、冷却後洗浄塔にもどして再利用することができた。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明の方法は、フルオロオレフィンの製造工程においてフッ化水素を除去する方法として有用であるのに加えて、回収した硫酸を再使用できることから、資源の有効利用、環境へ影響の少ない点でも利用する価値を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物からフルオロオレフィン又はフッ化水素を分離する方法であって、フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物を硫酸と接触させる工程、実質的にフルオロオレフィンからなる第1相とフッ化水素及び硫酸を含んでなる第2相を形成する工程、並びに実質的にフルオロオレフィンからなる第1相をフッ化水素及び硫酸を含んでなる第2相から分ける工程を含み、硫酸のフッ化水素に対する質量比が2:1〜20:1である方法。
【請求項2】
フルオロオレフィンが炭素数2〜5のフルオロオレフィンである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
フルオロオレフィンが1,3,3,3−テトラフルオロプロペンである請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物が、ハイドロフルオロカーボンを脱フッ化水素させる工程において生成した混合物である請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
フルオロオレフィンとフッ化水素を含む混合物が共沸または擬共沸混合物である請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法

【公開番号】特開2009−196900(P2009−196900A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−37209(P2008−37209)
【出願日】平成20年2月19日(2008.2.19)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】