フロロアシルフェノン配糖体、その製造方法、抗アレルギー剤及び抗酸化剤
【課題】 抗アレルギー作用に十分優れ、しかも副作用が十分に抑制された人体や皮膚に緩和である物質を提供する。
【解決手段】 下記一般式(1)で表されるフロロアシルフェノン配糖体。
【化1】
[式(1)中、R1はイソプロピル基、イソブチル基又はsec−ブチル基を示す。]
【解決手段】 下記一般式(1)で表されるフロロアシルフェノン配糖体。
【化1】
[式(1)中、R1はイソプロピル基、イソブチル基又はsec−ブチル基を示す。]
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なフロロアシルフェノン配糖体、その製造方法、抗アレルギー剤及び抗酸化剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ホップはビールの爽快な苦味と香りを与える主要な原料であるが、このホップにおいて球果に含まれるルプリン腺毛内で二次代謝産物が多く分泌され、これら二次代謝産物がビールの苦味や香りに大きく寄与していることが明らかになってきた。更に近年では、これらの二次代謝産物が薬理作用を有していることが示されている。例えば、ビールの苦味物質の素の1つであるフムロンには骨粗鬆症に対して効果があることが示されている(非特許文献1参照)。また、ホップのプレニルフラボノイドであるキサントフモールや8−プレニルナリンゲニン等には、抗癌活性があることが示されている(例えば非特許文献2及び3参照)。
【0003】
また、抗酸化剤として有効な成分が、ホップ苞の水溶性画分をゲル型合成吸着剤に吸着させることで得られることが報告されている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特許第3477628号公報
【非特許文献1】Biosci.Biotech.Biochem.,61(1),158,1997
【非特許文献2】Food and Chemical Toxicology 37,271−285,1999
【非特許文献3】European Journal of Cell Biology 80,580−585,2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、ヒトにおけるアレルギー反応の機構は、概して、体内に侵入した異物(細菌、花粉、ダニなど:抗原、アレルゲン)を排除するためにそれに対抗する生体成分(抗体、リンパ球など)を産生して体を守るように働く、というものであり、このように体を守る機構は一般に免疫機能とも呼ばれる。ところが、その免疫機能が異物に対して過敏に働くため、却って身体に有害となり、種々の病気の原因となってしまう場合がある。この免疫機能による身体への傷害的な過敏症状はアレルギーと呼ばれており、即時型アレルギー(またはI〜III型アレルギー)と遅延型アレルギー(またはIV型アレルギー)とに分類されている。
【0005】
アレルギー反応の中で発症頻度がより高いのは即時型であり、その反応機構は主として以下のように考えられている。まず体内にアレルゲンが侵入すると、免疫グロブリンE(IgE)抗体が産生する。このIgE抗体は肥満細胞及び好塩基球に対して強いエフェクター作用を有する。肥満細胞及び好塩基球は、ヒスタミンやセロトニンといった薬理的活性アミンを含む顆粒を有する細胞であり、前者は血管周辺や結合組織に存在し、後者は血液中に存在している。これらの細胞の細胞膜上にはIgE抗体を結合するレセプターが存在している。このレセプターはIgE抗体と強く結合する性質を有しているため、産生したIgE抗体の多くはレセプターに結合した状態で保持されている。そして、そのような状態にあるIgE抗体に対し再び同種のアレルゲンが結合すると、脱顆粒を伴い前述のヒスタミンやセロトニンなどの多数の活性物質がそれらの細胞から放出される。その結果、種々のアレルギー症状が発生する。
【0006】
例えば、皮膚にかゆみを伴う発赤やふくれあがった発疹(蕁麻疹)ができる症状、鼻や目が炎症を起こしてかゆくなり鼻汁や涙の分泌が盛んになるといった症状、あるいは気管がつまったりして呼吸困難の発作を起こしたりする症状(気管支喘息)などは、この即時型のアレルギー疾患として分類されている。
【0007】
従来使用されている抗アレルギー剤の多くは、作用点が比較的明らかな即時型アレルギー反応によって引き起こされる上述の疾患に対する薬剤である。そのような薬剤として、例えば平滑筋を弛緩させる鎮痙薬や毛細血管の透過性の亢進を抑制する交感神経興奮薬、さらには抗ヒスタミン薬などが挙げられる。しかしながら、これらはいずれも対症治療用の薬剤であり、しかも、そのほとんどが合成医薬品であるため、服用により眠気を催したり、血圧が高くなる等の副作用の点で問題がある。
【0008】
そこで本発明は抗アレルギー作用に十分優れ、しかも副作用が十分に抑制された人体や皮膚に緩和である新規な物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、食品成分としてビール等の原料に用いられているホップなど植物の組織からの抽出成分が、肥満細胞及び好塩基球からのヒスタミン及びセロトニン等の薬理的活性アミンを含む顆粒の放出を抑制できれば、花粉症等の即時型アレルギー症状に対する予防及び治療に繋がると考えた。そして本発明者らは、植物の組織を種々スクリーニングする過程において、ホップを原料とする抽出処理を経て特定の新規な化合物を単離・精製することに成功し、その化合物の効用をアッセイ試験で確認したところ上記目的を達成し得る物質であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、下記一般式(1)で表されるフロロアシルフェノン配糖体を提供する。
【化1】
ここで、式(1)中、R1はイソプロピル基、イソブチル基又はsec−ブチル基を示す。
【0011】
本発明のフロロアシルフェノン(Phloroacylphenone)配糖体は、植物組織由来のものであり、植物組織の冷水抽出物から分離して得られるものである。ここで「冷水」とは室温以下の水を意味する。
【0012】
このフロロアシルフェノン配糖体を冷水抽出物から分離するには、冷水抽出物を高速液体クロマトグラフのカラムに通液すればよい。また、植物組織の冷水抽出物から合成吸着剤に吸着して得られる吸着成分をメタノール若しくはエタノールと水との混合溶媒中に溶出し、その混合溶媒を上述の高速液体クロマトグラフのカラムに通液すると好ましい。こうすると、より確実に本発明のフロロアシルフェノン配糖体を分離できる。
【0013】
本発明において、植物組織としてホップの組織が挙げられる。ホップを原料として用いることにより、更に効率的かつ確実に本発明のフロロアシルフェノン配糖体を得ることができる。また、抽出に用いるホップの組織は、ホップの茎、毬花及び/又は葉であってもよく、濃縮ホップペレット加工時に得られるスペントホップ又は炭酸ガス抽出(超臨界抽出)した残渣も使用可能である。
【0014】
本発明者らは、インビトロでのヒト好塩基球株化細胞(KU812)を用いたアッセイ試験により、上記フロロアシルフェノン配糖体の抗ヒスタミン作用の強さが、50%抑制濃度(IC50)の値で290μg/mLであることを確認した。このことは、本発明のフロロアシルフェノン配糖体が抗アレルギー作用を有することを示唆している。また、このフロロアシルフェノン配糖体は、その構造から抗酸化作用及びチロシナーゼ活性阻害作用を示すことが期待される。以上のことから、このフロロアシルフェノン配糖体を飲食品、化粧品又は医薬品に含有させると有用である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、抗アレルギー作用に十分優れ、しかも副作用が十分に抑制された人体や皮膚に緩和である物質を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、上記一般式(1)で表される新規な化合物であり、配糖体の構造を有する。式(1)中、R1はイソプロピル基、イソブチル基又はsec−ブチル基を示す。すなわち本発明の新規なフロロアシルフェノン配糖体は、下記式(2)、(3)又は(4)で表される3種の化合物(それぞれ、フロロイソブチロフェノン−2−O−β−D−グルコピラノシド、フロロ−2−メチルブチロフェノン−2−O−β−D−グルコピラノシド、フロロイソバレロフェノン−2−O−β−D−グルコピラノシド)である。
【化2】
【0017】
本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、植物由来のものであり、植物組織の冷水抽出物から分離して得られるものである。
【0018】
植物組織としては、上記フロロアシルフェノン配糖体を比較的多く含むホップの茎、毬花及び葉などの組織が好ましく、ルプリン腺等の腺組織が多く含まれるホップの毬花の部分の組織であるとより好適である。また、濃縮ホップペレットへの加工時に得られるスペントホップや炭酸ガス抽出によりホップエキス抽出した後の滓も有用である。
【0019】
ビール醸造の副産物の有効利用の観点から、ホップがビール醸造用ホップであると好ましい。
【0020】
植物組織の冷水抽出物は常法によって得ることが可能である。例えば、植物組織としてホップの組織を用いる場合、その組織からなるペレットと蒸留水とを容器に入れ、適宜撹拌しながら所定時間静置する。こうして静置後に得られた液は、そのまま植物組織の冷水抽出物として利用することも可能であるし、例えば、その液を遠心した後に生じる上清(以下、「遠心上清」という。)を採取したものを植物組織の冷水抽出物して利用することも可能である。さらには、静置後に得られた液又は遠心上清から水分を除去したものを冷水抽出物として利用することもできる。
【0021】
植物組織の冷水抽出物を得る際の水の温度は室温以下であって水が凍らない温度であればよい。具体的には0〜50℃であると好適であり、5〜50℃であるとより好ましく、5〜30℃であると更に好ましい。水の温度がこの温度範囲よりも低温だと、水が凍るために抽出効率が低下する傾向にあり、この温度範囲よりも高温だと、フロロアシルフェノン配糖体以外の成分が溶出するため、フロロアシルフェノン配糖体を分離する処理が煩雑になる傾向にある。
【0022】
次に、本発明のフロロアシルフェノン配糖体の分離方法について、好適な実施形態を説明する。本実施形態のフロロアシルフェノン配糖体の分離方法は、植物組織の冷水抽出物をヘキサンに接触させて水側に第1の抽出物を得るステップ(以下、「第1ステップ」という。)、第1の抽出物を酢酸エチルに接触させて水側に第2の抽出物を得るステップ(以下、「第2ステップ」という。)、第2の抽出物をブタノールに接触させて、そのブタノール中に第3の抽出物を得るステップ(以下、「第3ステップ」)、合成吸着剤を充填したカラムに第3の抽出物を通液して合成吸着剤に吸着させるステップ(以下、「第4ステップ」という。)、合成吸着剤に吸着した成分を水及びメタノールの混合溶媒に溶出させるステップ(以下、「第5ステップ」という。)、並びに、溶出した吸着成分を含む混合溶媒を、所定の吸着剤を充填したカラムを備える高速液体クロマトグラフの当該カラムに通液して、所望のフロロアシルフェノン配糖体を単離するステップ(以下、「第6ステップ」という。)を備える。
【0023】
(第1ステップ)
第1ステップでは、ホップなどの植物組織の冷水抽出物をヘキサンに接触させる。これにより、本発明のフロロアシルフェノン配糖体以外の植物組織の成分をヘキサン中に抽出して選択的に冷水抽出物から除去できるため、フロロアシルフェノン配糖体の含有割合を当初よりも更に高めた第1の抽出物を得ることができる。植物組織の冷水抽出物のヘキサンへの接触方法としては、例えば、上述の遠心上清及びヘキサンを分液ロートに入れた後、その分液ロートを振とうして冷水抽出物をヘキサンと接触させる方法が挙げられる。冷水抽出物をヘキサンと接触させた後に分液ロートを静置すると、分液ロート中の液が水とヘキサンとに分離するが、本発明のフロロアシルフェノン配糖体は水中に含まれることになる。
【0024】
上記分液ロートから採取した水は、第1の抽出物としてそのまま第2ステップに用いてもよく、水の一部を蒸発等により除去して濃縮したものを第1の抽出物として用いてもよい。
【0025】
(第2ステップ)
第2ステップでは、第1ステップにおいて得られる第1の抽出物を酢酸エチルに接触させる。これにより、本発明のフロロアシルフェノン配糖体以外の植物組織の成分を酢酸エチル中に抽出して、更に選択的に第1の抽出物から除去できるため、フロロアシルフェノン配糖体の含有割合を第1の抽出物よりも更に高めた第2の抽出物を得ることができる。第1の抽出物の酢酸エチルへの接触方法としては、例えば、第1の抽出物及び酢酸エチルを分液ロートに入れた後、その分液ロートを振とうして第1の抽出物を酢酸エチルと接触させる方法が挙げられる。第1の抽出物を酢酸エチルと接触させた後に分液ロートを静置すると、分液ロート中の液が水と酢酸エチルとに分離するが、本発明のフロロアシルフェノン配糖体は水中に含まれることになる。
【0026】
上記分液ロートから採取した水は、第2の抽出物としてそのまま第3ステップに用いてもよく、水の一部を蒸発等により除去して濃縮したものを第2の抽出物として用いてもよい。
【0027】
(第3ステップ)
第3ステップでは、第2ステップにおいて得られる第2の抽出物をブタノールに接触させる。これにより、本発明のフロロアシルフェノン配糖体を選択的にブタノール中に抽出した第3の抽出物を得ることができる。第2の抽出物のブタノールへの接触方法としては、例えば、第2の抽出物及びブタノールを分液ロートに入れた後、その分液ロートを振とうして第2の抽出物をブタノールと接触させる方法が挙げられる。第2の抽出物をブタノールと接触させた後に分液ロートを静置すると、分液ロート中の液が水とブタノールとに分離するが、本発明のフロロアシルフェノン配糖体はブタノール中に含まれることになる。
【0028】
この第3ステップは、より多くのフロロアシルフェノン配糖体を得るために、複数回繰り返されてもよく、2〜4回程度繰り返されると好ましい。
【0029】
上記分液ロートから採取したブタノールは、第3の抽出物としてそのまま第4ステップに用いてもよく、ブタノールの一部を蒸発等により除去して濃縮したものを第3の抽出物として用いてもよい。
【0030】
(第4ステップ)
第4ステップでは、合成吸着剤を充填したカラムに、第3ステップで得られたフロロアシルフェノン配糖体を含む第3の抽出物を通液する。これにより、第3の抽出物中のフロロアシルフェノン配糖体を含む成分が吸着成分として選択的に合成吸着剤に吸着する。合成吸着剤としては、例えばAmberlite XAD−4、XAD−7及びXAD−16(オルガノ社製、商品名)などが挙げられ、その他に、活性炭及びポリビニルピロリドン(PVPP;ポリフェノール吸着剤)などの吸着剤を用いることができるが、この中でもXAD−4が好ましく用いられる。
【0031】
(第5ステップ)
第5ステップでは、吸着成分の吸着した上記合成吸着剤を水及びメタノールの混合溶媒(メタノール水溶液)と接触させて、混合溶媒中にフロロアシルフェノン配糖体を含む吸着成分を溶出させる。混合溶媒中のメタノールの配合割合は特に限定されないが、混合溶媒中に高濃度でフロロアシルフェノン配糖体を含有させる観点から、混合溶媒の全量に対して40〜60質量%であると好ましい。なお、この第5ステップに先立って、吸着成分の吸着した合成吸着剤を、水あるいは吸着成分を溶出する際に用いる混合溶媒よりもメタノールの配合割合が少ない混合溶媒により洗浄すると好ましい。これにより、フロロアシルフェノン配糖体以外の吸着成分を合成吸着剤からある程度選択的に除去することができる。
【0032】
(第6ステップ)
第6ステップでは、第5ステップにおいて溶出した吸着成分を含む上記混合溶媒を、所定の吸着剤を充填したカラムを備える高速液体クロマトグラフ(以下、「HPLC」という。)の当該カラムに通液して分離・精製を行い、所望のフロロアシルフェノン配糖体を単離する。単離したフロロアシルフェノン配糖体は、その保持時間に応じて適宜分取すればよい。また、本発明のフロロアシルフェノン配糖体を高純度で単離するためには、逆相カラムを用いることが好ましく、所定の吸着剤であるカラムの充填剤としてはシリカゲル等の多孔質担体の表面を炭化水素により被覆されたものが好適に用いられ、炭化水素の炭素数は8〜18のものが好適に用いられる。第5ステップにおいて溶出した吸着成分を含む上記混合溶媒は、これらのカラムのいずれか1種のみを通過してもよく、2種以上のカラムを順次通過してもよい。
【0033】
溶離液(移動相)としては水及びメタノールの混合液、並びに、水及びアセトニトリルの混合液などの水及び有機溶媒の混合液が挙げられる。溶離液である混合液中の各成分の配合割合は特に制限されないが、本発明のフロロアシルフェノン配糖体を高い純度で効率よく採取するためには、2液間の配合割合を一定の速度で変化させるリニアグラジェント溶出法に基づいて、水及び有機溶媒の配合割合を変化させることが好ましい。
【0034】
本発明に係るフロロアシルフェノン配糖体を上述の吸着成分から分取する際には、HPLCにより分離された各成分を紫外吸収スペクトル分析法などの分析法によりモニタリングしながら分取することが好ましい。
【0035】
こうして、本発明の新規なフロロアシルフェノン配糖体を単離することが可能となる。
【0036】
本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、種々のアレルギー性疾患、例えば、上述した即時型のアレルギー疾患及び慢性アレルギー性炎症(例えば、アレルギー性鼻炎、花粉症、アトピー性皮膚炎など)の予防又は症状の緩和への使用が期待できる。すなわち、この新規なフロロアシルフェノン配糖体は抗アレルギー剤としての機能を発揮する。
【0037】
本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、抗アレルギー作用、特にヒスタミン遊離抑制作用を示すことから、特にアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎及び花粉症の予防または症状の緩和の目的で、医薬品として特にアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎及び花粉症の予防剤又は治療剤に製造することができる。
【0038】
さらには、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎及び花粉症の予防や症状の緩和の目的で、食品添加物として、特定保健用飲食品、特殊栄養飲食品、栄養補助飲食品、健康飲食品、機能性飲食品や病者用飲食品などに配合することができる。
【0039】
また、本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、その構造から抗酸化作用、チロシナーゼ活性阻害作用を示すことが示唆され、化粧品として、スキンケア製品、ファンデーションやメイクアップ製品等に添加することも期待できる。
【0040】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。
【0041】
上記好適な実施形態では、第4ステップよりも前に第1ステップ、第2ステップ及び第3ステップ(以下、「第1〜第3ステップ」という。)をこの順で設けているが、例えば別の実施形態において、第1〜第5ステップの全てを省略しても、フロロアシルフェノン配糖体を単離することはできる。この場合、第6ステップにおいて、第5ステップで溶出した吸着成分を含む混合溶媒に代えて植物組織の冷水抽出物を、所定の吸着剤を充填したカラムを備えるHPLCの当該カラムに直接通液すればよい。あるいは、第6ステップの前に第4ステップ及び第5ステップを設けると、フロロアシルフェノン配糖体の単離が容易になるので好ましい。この場合、第4ステップにおいて、合成吸着剤を充填したカラムに植物組織の冷水抽出物を直接通液すればよい。
【0042】
また、上記好適な実施形態では第3ステップよりも前に第1ステップ及び第2ステップをこの順で設けているが、例えば別の実施形態において、第1ステップ及び第2ステップのいずれか又は両方を省略してもよく、あるいはこれらのステップが逆に設けられてもよい。また、上記好適な実施形態又は別の実施形態において、第3ステップよりも前に、ヘキサン及び酢酸エチル以外の有機溶媒に植物組織の冷水抽出物を接触させてもよい。
【0043】
また、第3ステップにおいて用いるブタノールに代えて、それ以外の炭素数4〜5のアルカノールを用いてもよいが、フロロアシルフェノン配糖体を一層高い選択性をもって含むには、ブタノールの方が好ましい。
【0044】
また第5ステップにおいて用いる混合溶媒中のメタノールに代えて他のアルコール(例えばエタノール)を用いてもよく、第6ステップにおいて用いる混合溶媒中のメタノールに代えて他のアルコール(例えばエタノール)を用いてもよい。
【実施例】
【0045】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、特に明記しない限り、「%」は「体積%」を表す。
【0046】
(実施例1)
[ホップペレットからフロロアシルフェノン配糖体の単離]
ホップペレット(チェコ産ザーツ種、タイプ90)1kgを蒸留水10Lに入れ、5℃にて時々攪拌しペレット状態を消失させながら一晩静置した。7000rpmで15分遠心分離した後、上清(遠心上清)を回収した。上清をさらに濃縮して170gの濃縮物(冷水抽出物)が得られた。濃縮物を分液ロートに移し、その分液ロートにヘキサンを加えた後、振とう及び静置して、その分液ロートからヘキサン相2.4gを除去した(第1ステップ)。さらに、水相が残存するその分液ロートに酢酸エチルを加えた後、振とう及び静置して、その分液ロートから酢酸エチル相2.9gを除去した(第2ステップ)。最後に水相が残存するその分液ロートにn−ブタノールを添加した後、振とう及び静置してn−ブタノール相を別の容器に移した(第3ステップ)。この第3ステップを3回繰り返した後、別の容器に移したn−ブタノールを全て収集して減圧濃縮し、最終的に12.2gの抽出物を得た。この抽出物には、後述の構造決定により、上記式(2)、(3)及び(4)で表される新規なフロロアシルフェノン配糖体が含まれていることが確認できた。なお、分液ロート中に残存した水相は114.6gであった。
【0047】
さらにフロロアシルフェノン配糖体を濃縮して純度を高めるために、まず、合成吸着剤としてAmberlite XAD−4(オルガノ社製、商品名)を充填した内径40mm×長さ450mmのカラムの中に上記抽出物を通液した(第4ステップ)。次いで、抽出物を通液した後のカラムに、蒸留水、10%メタノール水溶液(10%MeOH/H2O)、20%メタノール水溶液(20%MeOH/H2O)を通液してカラムを洗浄した。次に、洗浄後のカラムに50%メタノール水溶液(50%MeOH/H2O)を通液して、抽出物を含むメタノール水溶液3.6gを得た(第5ステップ)。
【0048】
第5ステップにおいて得られたメタノール水溶液中の各成分を分取可能な程度に単離するために、ポリフェノールが含まれるその水溶液をHPLCに備えられるカラムに通液し、その水溶液中に含まれる各成分を分離した(第6ステップ)。カラムは2種類のカラム(第1カラム、第2カラム)を用いた。第1カラムとして、D−ODS−5(ワイエムシィ社製、内径20mm×長さ250mm、商品名)を40℃にて使用し、流速を6mL/分とした。溶離液(移動相)は、メタノール及び水の混合液を用い、まず10%メタノールで10分間維持した後、10%メタノールから60%メタノールまで160分間でメタノールの割合を変化させるリニアグラジェントとした。これにより水溶液中の各成分を粗分けした。UV検出器(波長290nm)でモニタリングしながら、フロロアシルフェノン配糖体を主に含む溶液を240mg採取した。
【0049】
次に、採取した240mgの溶液を第2カラムに通液して各成分を単離した。第2カラムとして、SunFire C18(Waters社製、内径19mm×長さ250mm、商品名)を40℃にて使用し、流速を6mL/分とした。溶離液(移動相)は、アセトニトリル及び水の混合液を用い、まず10%アセトニトリルで10分間維持した後、10%アセトニトリルから60%アセトニトリルまで160分間でアセトニトリルの割合を変化させるリニアグラジェントとした。UV検出器(波長290nm)でモニタリングしながら、総量140mgのフロロアシルフェノン配糖体を分取した。このうち式(2)で表される化合物は110mgであった。
【0050】
[フロロアシルフェノン配糖体の構造決定]
タイプ90のホップペレット中の配糖体成分を同定・構造決定した。
【0051】
タイプ90のホップペレットの冷水抽出物を、まず、HPLCで分析した。HPLCによる分析は、カラムとしてSymmetry C18(Waters社製、内径2.1mm×長さ150mm、商品名)を40℃にて使用し、流速を0.2mL/分とした。移動相は、0.05%TFA/H2Oを1液とし、アセトニトリルを2液とし、0.05%TFA/H2Oの割合を10%〜50%まで16分間で変化させるリニアグラジェントとした。検出はUV検出器(290nm)で行った。HPLCの分析結果を図1に示す。図1から、タイプ90のホップペレットの冷水抽出物中に配糖体成分として主に、ピークA〜Fに相当する6種の成分が存在することが分かった。これらのピークのうちA、B及びDは、上述の第6ステップと同様の方法により分取し、更に同定した結果から、それぞれイソケルシトリン、ケルセチンマロニルグルコシド及びケンフェロールマロニルグルコシドであることが判明した。
【0052】
次に上述の第6ステップと同様の方法により分取したピークCに相当する成分を、重メタノールを用いた1H−NMR、13C−NMR及び1H−1H−COSYで分析した。1H−NMRの結果を図2及び3に、13C−NMRの結果を図4に、1H−1H−COSYの結果を図5にそれぞれ示す。
【0053】
次に、Waters社のLC/MS装置(MS検出器:ZQ検出器)を用いて、ピークCに相当する成分の分析を行った。LCのカラムとしてSymmetry C18(Waters社製、内径2.1mm×長さ150mm、商品名)を40℃にて使用し、流速を0.2mL/分とした。移動相は、0.1%ギ酸/H2Oを1液とし、アセトニトリルを2液とし、0.1%ギ酸/H2Oの割合を10%〜50%まで16分間で変化させるリニアグラジェントとした。UV検出器(290nm)でモニタリングをしながら行った。ポジティブスキャン(m/z120〜m/z650、キャピラリー電圧:+3.0kV、コーン電圧:+25V)での結果を図6の(a)に、ネガティブスキャン(m/z120〜m/z650、キャピラリー電圧:−3.0kV、コーン電圧:−25V)での結果を図6の(b)に示す。この結果より、分子イオンが解裂してm/z162の少ないシグナルが検出されていることから、配糖体の構成糖がヘキソースであることが判明した。
【0054】
次いで、ピークCに相当する成分7.5mgを2NのHCl3mLに溶解し、100℃で30分間還流し加水分解を行った。その後、得られた反応液を、吸着剤としてMEGABOND ELUT C18(2g、Varian社製、商品名)を充填したカラムに通液し、最初の10mLを廃棄した後、次の10mLを回収した。回収した反応液についてNH2カラム(資生堂社製、商品名「CAPCELL PAK NH2 UG80」、内径2.0mm×長さ250mm)を用いたLC/MS分析を行った。分析条件は、カラム温度を80℃、溶離液は89%アセトニトリル/水を0.25mL/分の流量とし、ネガティブSIR(m/z179、キャピラリー電圧:−3.2kV、コーン電圧:−25V)とした。また参照用としてマンノース、ガラクトース及びグルコースについても同様の分析を行った。結果のマススペクトルを図7に示す。(a)がマンノース、(b)がガラクトース、(c)がグルコース、(d)が回収した反応液のマススペクトルである。これにより配糖体の構成糖はグルコースであることが明らかとなり、ピークCに相当する成分が式(2)で表される化合物であることが確認された。
【0055】
次に、図1におけるHPLCクロマトグラムのピークC、ピークE及びピークFに相当する成分のUV吸収を測定した。結果のUV吸収スペクトルを図8に示す。それぞれ(a)がピークC、(b)がピークE、(c)がピークFに相当する成分のUV吸収スペクトルである。これにより、3成分ともUV吸収スペクトルのパターンが同様であることが分かった。
【0056】
次いで、ピークE及びピークFに相当する成分のLC/MS分析を行った。図14に図6の(a)のマススペクトルを得るための条件と同様の条件で行ったLC/MS分析の結果、図15に図6の(b)のマススペクトルを得るための条件と同様の条件で行ったLC/MS分析の結果をそれぞれ示す。図14及び15において、それぞれ(a)がピークE、(b)がピークFに相当する成分のマススペクトルである。この結果より、ピークE及びピークFに相当する成分はいずれも分子イオンがピークCに相当する成分よりも14大きいことが判明した。この結果から、ピークE及びピークFに相当する成分はピークCに相当する成分と基本骨格が同じであり、側鎖の構造のみが異なることが示唆された。
【0057】
最後に、ピークE及びピークFに相当する成分を、重メタノールを用いた1H−NMR、13C−NMR及び1H−1H−COSYで分析した。ピークFに相当する成分の1H−NMRの結果を図9、13C−NMRの結果を図10、1H−1H−COSYの結果を図11にそれぞれ示す。ピークEに相当する成分の1H−NMRの結果を図12に、1H−1H−COSYの結果を図13にそれぞれ示す。これらの結果から、ピークEに相当する成分が式(4)で表される化合物であり、ピークFに相当する成分が式(3)で表される化合物であることが確認された。
【0058】
(実施例2)
[フロロアシルフェノン配糖体のヒスタミン遊離抑制作用を確認するインビトロでのアッセイ試験]
ヒト好塩基球株化細胞(KU812)を、10%の56℃にて30分間不活性化した牛胎児血清を含むRPMI1640培地(ギブコ)で、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。細胞にTyrode溶液を添加して遠心(1500rpm、5分、4℃)し、Tyrode溶液で2回の洗浄を繰り返した後、Tyrode溶液に懸濁し、1.5mL容のチューブに2×106cells/mLとなるように分注した。細胞懸濁液にそれぞれ表1に示した量の緩衝液、10mMのCaCl2、50μMのA23187及び/又は被検化合物(式(2)で表されるフロロアシルフェノン配糖体)を加え、37℃にて20分間ヒスタミン遊離反応をさせた後、氷中に5分間入れて反応を停止させた。
【0059】
【表1】
【0060】
その後4℃にて1000rpmで3分間遠心分離し、上清を回収した。回収された上清から有機溶媒で遊離ヒスタミンを抽出し、o−フタルアルデヒドと反応させ発生した蛍光を、波長350nmの光で励起した後波長450nmにおいて蛍光強度を測定することによって、遊離ヒスタミンを定量した。また、細胞内総ヒスタミンは、同量の細胞懸濁液を氷中で1分間超音波破砕した後、4℃にて10000rpmで3分間遠心分離して得た上清中のヒスタミン含量を測定することによって得た。ヒスタミンの遊離抑制率は、ヒスタミン遊離抑制率(%)=(各サンプルの上清中のヒスタミン含量−自然遊離量)×100/(A23187刺激によるヒスタミン遊離量−自然遊離量)の式で求め、その結果に基づいて、式(2)で表されるフロロアシルフェノン配糖体のIC50値(50%抑制濃度)を求めた。その結果、IC50値は290μg/mLであった。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明のフロロアシルフェノン配糖体を含むポリフェノールのHPLCクロマトグラムである。
【図2】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−NMRスペクトルである。
【図3】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−NMRスペクトルである。
【図4】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の13C−NMRスペクトルである。
【図5】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−1H−COSYスペクトルである。
【図6】本発明のフロロアシルフェノン配糖体のマススペクトルである。
【図7】本発明のフロロアシルフェノン配糖体から得られる糖及び既知の糖のマススペクトルである。
【図8】本発明のフロロアシルフェノン配糖体のUV吸収スペクトルである。
【図9】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−NMRスペクトルである。
【図10】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の13C−NMRスペクトルである。
【図11】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−1H−COSYスペクトルである。
【図12】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−NMRスペクトルである。
【図13】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−1H−COSYスペクトルである。
【図14】本発明のフロロアシルフェノン配糖体のマススペクトルである。
【図15】本発明のフロロアシルフェノン配糖体のマススペクトルである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なフロロアシルフェノン配糖体、その製造方法、抗アレルギー剤及び抗酸化剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ホップはビールの爽快な苦味と香りを与える主要な原料であるが、このホップにおいて球果に含まれるルプリン腺毛内で二次代謝産物が多く分泌され、これら二次代謝産物がビールの苦味や香りに大きく寄与していることが明らかになってきた。更に近年では、これらの二次代謝産物が薬理作用を有していることが示されている。例えば、ビールの苦味物質の素の1つであるフムロンには骨粗鬆症に対して効果があることが示されている(非特許文献1参照)。また、ホップのプレニルフラボノイドであるキサントフモールや8−プレニルナリンゲニン等には、抗癌活性があることが示されている(例えば非特許文献2及び3参照)。
【0003】
また、抗酸化剤として有効な成分が、ホップ苞の水溶性画分をゲル型合成吸着剤に吸着させることで得られることが報告されている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特許第3477628号公報
【非特許文献1】Biosci.Biotech.Biochem.,61(1),158,1997
【非特許文献2】Food and Chemical Toxicology 37,271−285,1999
【非特許文献3】European Journal of Cell Biology 80,580−585,2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、ヒトにおけるアレルギー反応の機構は、概して、体内に侵入した異物(細菌、花粉、ダニなど:抗原、アレルゲン)を排除するためにそれに対抗する生体成分(抗体、リンパ球など)を産生して体を守るように働く、というものであり、このように体を守る機構は一般に免疫機能とも呼ばれる。ところが、その免疫機能が異物に対して過敏に働くため、却って身体に有害となり、種々の病気の原因となってしまう場合がある。この免疫機能による身体への傷害的な過敏症状はアレルギーと呼ばれており、即時型アレルギー(またはI〜III型アレルギー)と遅延型アレルギー(またはIV型アレルギー)とに分類されている。
【0005】
アレルギー反応の中で発症頻度がより高いのは即時型であり、その反応機構は主として以下のように考えられている。まず体内にアレルゲンが侵入すると、免疫グロブリンE(IgE)抗体が産生する。このIgE抗体は肥満細胞及び好塩基球に対して強いエフェクター作用を有する。肥満細胞及び好塩基球は、ヒスタミンやセロトニンといった薬理的活性アミンを含む顆粒を有する細胞であり、前者は血管周辺や結合組織に存在し、後者は血液中に存在している。これらの細胞の細胞膜上にはIgE抗体を結合するレセプターが存在している。このレセプターはIgE抗体と強く結合する性質を有しているため、産生したIgE抗体の多くはレセプターに結合した状態で保持されている。そして、そのような状態にあるIgE抗体に対し再び同種のアレルゲンが結合すると、脱顆粒を伴い前述のヒスタミンやセロトニンなどの多数の活性物質がそれらの細胞から放出される。その結果、種々のアレルギー症状が発生する。
【0006】
例えば、皮膚にかゆみを伴う発赤やふくれあがった発疹(蕁麻疹)ができる症状、鼻や目が炎症を起こしてかゆくなり鼻汁や涙の分泌が盛んになるといった症状、あるいは気管がつまったりして呼吸困難の発作を起こしたりする症状(気管支喘息)などは、この即時型のアレルギー疾患として分類されている。
【0007】
従来使用されている抗アレルギー剤の多くは、作用点が比較的明らかな即時型アレルギー反応によって引き起こされる上述の疾患に対する薬剤である。そのような薬剤として、例えば平滑筋を弛緩させる鎮痙薬や毛細血管の透過性の亢進を抑制する交感神経興奮薬、さらには抗ヒスタミン薬などが挙げられる。しかしながら、これらはいずれも対症治療用の薬剤であり、しかも、そのほとんどが合成医薬品であるため、服用により眠気を催したり、血圧が高くなる等の副作用の点で問題がある。
【0008】
そこで本発明は抗アレルギー作用に十分優れ、しかも副作用が十分に抑制された人体や皮膚に緩和である新規な物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、食品成分としてビール等の原料に用いられているホップなど植物の組織からの抽出成分が、肥満細胞及び好塩基球からのヒスタミン及びセロトニン等の薬理的活性アミンを含む顆粒の放出を抑制できれば、花粉症等の即時型アレルギー症状に対する予防及び治療に繋がると考えた。そして本発明者らは、植物の組織を種々スクリーニングする過程において、ホップを原料とする抽出処理を経て特定の新規な化合物を単離・精製することに成功し、その化合物の効用をアッセイ試験で確認したところ上記目的を達成し得る物質であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、下記一般式(1)で表されるフロロアシルフェノン配糖体を提供する。
【化1】
ここで、式(1)中、R1はイソプロピル基、イソブチル基又はsec−ブチル基を示す。
【0011】
本発明のフロロアシルフェノン(Phloroacylphenone)配糖体は、植物組織由来のものであり、植物組織の冷水抽出物から分離して得られるものである。ここで「冷水」とは室温以下の水を意味する。
【0012】
このフロロアシルフェノン配糖体を冷水抽出物から分離するには、冷水抽出物を高速液体クロマトグラフのカラムに通液すればよい。また、植物組織の冷水抽出物から合成吸着剤に吸着して得られる吸着成分をメタノール若しくはエタノールと水との混合溶媒中に溶出し、その混合溶媒を上述の高速液体クロマトグラフのカラムに通液すると好ましい。こうすると、より確実に本発明のフロロアシルフェノン配糖体を分離できる。
【0013】
本発明において、植物組織としてホップの組織が挙げられる。ホップを原料として用いることにより、更に効率的かつ確実に本発明のフロロアシルフェノン配糖体を得ることができる。また、抽出に用いるホップの組織は、ホップの茎、毬花及び/又は葉であってもよく、濃縮ホップペレット加工時に得られるスペントホップ又は炭酸ガス抽出(超臨界抽出)した残渣も使用可能である。
【0014】
本発明者らは、インビトロでのヒト好塩基球株化細胞(KU812)を用いたアッセイ試験により、上記フロロアシルフェノン配糖体の抗ヒスタミン作用の強さが、50%抑制濃度(IC50)の値で290μg/mLであることを確認した。このことは、本発明のフロロアシルフェノン配糖体が抗アレルギー作用を有することを示唆している。また、このフロロアシルフェノン配糖体は、その構造から抗酸化作用及びチロシナーゼ活性阻害作用を示すことが期待される。以上のことから、このフロロアシルフェノン配糖体を飲食品、化粧品又は医薬品に含有させると有用である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、抗アレルギー作用に十分優れ、しかも副作用が十分に抑制された人体や皮膚に緩和である物質を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、上記一般式(1)で表される新規な化合物であり、配糖体の構造を有する。式(1)中、R1はイソプロピル基、イソブチル基又はsec−ブチル基を示す。すなわち本発明の新規なフロロアシルフェノン配糖体は、下記式(2)、(3)又は(4)で表される3種の化合物(それぞれ、フロロイソブチロフェノン−2−O−β−D−グルコピラノシド、フロロ−2−メチルブチロフェノン−2−O−β−D−グルコピラノシド、フロロイソバレロフェノン−2−O−β−D−グルコピラノシド)である。
【化2】
【0017】
本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、植物由来のものであり、植物組織の冷水抽出物から分離して得られるものである。
【0018】
植物組織としては、上記フロロアシルフェノン配糖体を比較的多く含むホップの茎、毬花及び葉などの組織が好ましく、ルプリン腺等の腺組織が多く含まれるホップの毬花の部分の組織であるとより好適である。また、濃縮ホップペレットへの加工時に得られるスペントホップや炭酸ガス抽出によりホップエキス抽出した後の滓も有用である。
【0019】
ビール醸造の副産物の有効利用の観点から、ホップがビール醸造用ホップであると好ましい。
【0020】
植物組織の冷水抽出物は常法によって得ることが可能である。例えば、植物組織としてホップの組織を用いる場合、その組織からなるペレットと蒸留水とを容器に入れ、適宜撹拌しながら所定時間静置する。こうして静置後に得られた液は、そのまま植物組織の冷水抽出物として利用することも可能であるし、例えば、その液を遠心した後に生じる上清(以下、「遠心上清」という。)を採取したものを植物組織の冷水抽出物して利用することも可能である。さらには、静置後に得られた液又は遠心上清から水分を除去したものを冷水抽出物として利用することもできる。
【0021】
植物組織の冷水抽出物を得る際の水の温度は室温以下であって水が凍らない温度であればよい。具体的には0〜50℃であると好適であり、5〜50℃であるとより好ましく、5〜30℃であると更に好ましい。水の温度がこの温度範囲よりも低温だと、水が凍るために抽出効率が低下する傾向にあり、この温度範囲よりも高温だと、フロロアシルフェノン配糖体以外の成分が溶出するため、フロロアシルフェノン配糖体を分離する処理が煩雑になる傾向にある。
【0022】
次に、本発明のフロロアシルフェノン配糖体の分離方法について、好適な実施形態を説明する。本実施形態のフロロアシルフェノン配糖体の分離方法は、植物組織の冷水抽出物をヘキサンに接触させて水側に第1の抽出物を得るステップ(以下、「第1ステップ」という。)、第1の抽出物を酢酸エチルに接触させて水側に第2の抽出物を得るステップ(以下、「第2ステップ」という。)、第2の抽出物をブタノールに接触させて、そのブタノール中に第3の抽出物を得るステップ(以下、「第3ステップ」)、合成吸着剤を充填したカラムに第3の抽出物を通液して合成吸着剤に吸着させるステップ(以下、「第4ステップ」という。)、合成吸着剤に吸着した成分を水及びメタノールの混合溶媒に溶出させるステップ(以下、「第5ステップ」という。)、並びに、溶出した吸着成分を含む混合溶媒を、所定の吸着剤を充填したカラムを備える高速液体クロマトグラフの当該カラムに通液して、所望のフロロアシルフェノン配糖体を単離するステップ(以下、「第6ステップ」という。)を備える。
【0023】
(第1ステップ)
第1ステップでは、ホップなどの植物組織の冷水抽出物をヘキサンに接触させる。これにより、本発明のフロロアシルフェノン配糖体以外の植物組織の成分をヘキサン中に抽出して選択的に冷水抽出物から除去できるため、フロロアシルフェノン配糖体の含有割合を当初よりも更に高めた第1の抽出物を得ることができる。植物組織の冷水抽出物のヘキサンへの接触方法としては、例えば、上述の遠心上清及びヘキサンを分液ロートに入れた後、その分液ロートを振とうして冷水抽出物をヘキサンと接触させる方法が挙げられる。冷水抽出物をヘキサンと接触させた後に分液ロートを静置すると、分液ロート中の液が水とヘキサンとに分離するが、本発明のフロロアシルフェノン配糖体は水中に含まれることになる。
【0024】
上記分液ロートから採取した水は、第1の抽出物としてそのまま第2ステップに用いてもよく、水の一部を蒸発等により除去して濃縮したものを第1の抽出物として用いてもよい。
【0025】
(第2ステップ)
第2ステップでは、第1ステップにおいて得られる第1の抽出物を酢酸エチルに接触させる。これにより、本発明のフロロアシルフェノン配糖体以外の植物組織の成分を酢酸エチル中に抽出して、更に選択的に第1の抽出物から除去できるため、フロロアシルフェノン配糖体の含有割合を第1の抽出物よりも更に高めた第2の抽出物を得ることができる。第1の抽出物の酢酸エチルへの接触方法としては、例えば、第1の抽出物及び酢酸エチルを分液ロートに入れた後、その分液ロートを振とうして第1の抽出物を酢酸エチルと接触させる方法が挙げられる。第1の抽出物を酢酸エチルと接触させた後に分液ロートを静置すると、分液ロート中の液が水と酢酸エチルとに分離するが、本発明のフロロアシルフェノン配糖体は水中に含まれることになる。
【0026】
上記分液ロートから採取した水は、第2の抽出物としてそのまま第3ステップに用いてもよく、水の一部を蒸発等により除去して濃縮したものを第2の抽出物として用いてもよい。
【0027】
(第3ステップ)
第3ステップでは、第2ステップにおいて得られる第2の抽出物をブタノールに接触させる。これにより、本発明のフロロアシルフェノン配糖体を選択的にブタノール中に抽出した第3の抽出物を得ることができる。第2の抽出物のブタノールへの接触方法としては、例えば、第2の抽出物及びブタノールを分液ロートに入れた後、その分液ロートを振とうして第2の抽出物をブタノールと接触させる方法が挙げられる。第2の抽出物をブタノールと接触させた後に分液ロートを静置すると、分液ロート中の液が水とブタノールとに分離するが、本発明のフロロアシルフェノン配糖体はブタノール中に含まれることになる。
【0028】
この第3ステップは、より多くのフロロアシルフェノン配糖体を得るために、複数回繰り返されてもよく、2〜4回程度繰り返されると好ましい。
【0029】
上記分液ロートから採取したブタノールは、第3の抽出物としてそのまま第4ステップに用いてもよく、ブタノールの一部を蒸発等により除去して濃縮したものを第3の抽出物として用いてもよい。
【0030】
(第4ステップ)
第4ステップでは、合成吸着剤を充填したカラムに、第3ステップで得られたフロロアシルフェノン配糖体を含む第3の抽出物を通液する。これにより、第3の抽出物中のフロロアシルフェノン配糖体を含む成分が吸着成分として選択的に合成吸着剤に吸着する。合成吸着剤としては、例えばAmberlite XAD−4、XAD−7及びXAD−16(オルガノ社製、商品名)などが挙げられ、その他に、活性炭及びポリビニルピロリドン(PVPP;ポリフェノール吸着剤)などの吸着剤を用いることができるが、この中でもXAD−4が好ましく用いられる。
【0031】
(第5ステップ)
第5ステップでは、吸着成分の吸着した上記合成吸着剤を水及びメタノールの混合溶媒(メタノール水溶液)と接触させて、混合溶媒中にフロロアシルフェノン配糖体を含む吸着成分を溶出させる。混合溶媒中のメタノールの配合割合は特に限定されないが、混合溶媒中に高濃度でフロロアシルフェノン配糖体を含有させる観点から、混合溶媒の全量に対して40〜60質量%であると好ましい。なお、この第5ステップに先立って、吸着成分の吸着した合成吸着剤を、水あるいは吸着成分を溶出する際に用いる混合溶媒よりもメタノールの配合割合が少ない混合溶媒により洗浄すると好ましい。これにより、フロロアシルフェノン配糖体以外の吸着成分を合成吸着剤からある程度選択的に除去することができる。
【0032】
(第6ステップ)
第6ステップでは、第5ステップにおいて溶出した吸着成分を含む上記混合溶媒を、所定の吸着剤を充填したカラムを備える高速液体クロマトグラフ(以下、「HPLC」という。)の当該カラムに通液して分離・精製を行い、所望のフロロアシルフェノン配糖体を単離する。単離したフロロアシルフェノン配糖体は、その保持時間に応じて適宜分取すればよい。また、本発明のフロロアシルフェノン配糖体を高純度で単離するためには、逆相カラムを用いることが好ましく、所定の吸着剤であるカラムの充填剤としてはシリカゲル等の多孔質担体の表面を炭化水素により被覆されたものが好適に用いられ、炭化水素の炭素数は8〜18のものが好適に用いられる。第5ステップにおいて溶出した吸着成分を含む上記混合溶媒は、これらのカラムのいずれか1種のみを通過してもよく、2種以上のカラムを順次通過してもよい。
【0033】
溶離液(移動相)としては水及びメタノールの混合液、並びに、水及びアセトニトリルの混合液などの水及び有機溶媒の混合液が挙げられる。溶離液である混合液中の各成分の配合割合は特に制限されないが、本発明のフロロアシルフェノン配糖体を高い純度で効率よく採取するためには、2液間の配合割合を一定の速度で変化させるリニアグラジェント溶出法に基づいて、水及び有機溶媒の配合割合を変化させることが好ましい。
【0034】
本発明に係るフロロアシルフェノン配糖体を上述の吸着成分から分取する際には、HPLCにより分離された各成分を紫外吸収スペクトル分析法などの分析法によりモニタリングしながら分取することが好ましい。
【0035】
こうして、本発明の新規なフロロアシルフェノン配糖体を単離することが可能となる。
【0036】
本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、種々のアレルギー性疾患、例えば、上述した即時型のアレルギー疾患及び慢性アレルギー性炎症(例えば、アレルギー性鼻炎、花粉症、アトピー性皮膚炎など)の予防又は症状の緩和への使用が期待できる。すなわち、この新規なフロロアシルフェノン配糖体は抗アレルギー剤としての機能を発揮する。
【0037】
本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、抗アレルギー作用、特にヒスタミン遊離抑制作用を示すことから、特にアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎及び花粉症の予防または症状の緩和の目的で、医薬品として特にアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎及び花粉症の予防剤又は治療剤に製造することができる。
【0038】
さらには、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎及び花粉症の予防や症状の緩和の目的で、食品添加物として、特定保健用飲食品、特殊栄養飲食品、栄養補助飲食品、健康飲食品、機能性飲食品や病者用飲食品などに配合することができる。
【0039】
また、本発明のフロロアシルフェノン配糖体は、その構造から抗酸化作用、チロシナーゼ活性阻害作用を示すことが示唆され、化粧品として、スキンケア製品、ファンデーションやメイクアップ製品等に添加することも期待できる。
【0040】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。
【0041】
上記好適な実施形態では、第4ステップよりも前に第1ステップ、第2ステップ及び第3ステップ(以下、「第1〜第3ステップ」という。)をこの順で設けているが、例えば別の実施形態において、第1〜第5ステップの全てを省略しても、フロロアシルフェノン配糖体を単離することはできる。この場合、第6ステップにおいて、第5ステップで溶出した吸着成分を含む混合溶媒に代えて植物組織の冷水抽出物を、所定の吸着剤を充填したカラムを備えるHPLCの当該カラムに直接通液すればよい。あるいは、第6ステップの前に第4ステップ及び第5ステップを設けると、フロロアシルフェノン配糖体の単離が容易になるので好ましい。この場合、第4ステップにおいて、合成吸着剤を充填したカラムに植物組織の冷水抽出物を直接通液すればよい。
【0042】
また、上記好適な実施形態では第3ステップよりも前に第1ステップ及び第2ステップをこの順で設けているが、例えば別の実施形態において、第1ステップ及び第2ステップのいずれか又は両方を省略してもよく、あるいはこれらのステップが逆に設けられてもよい。また、上記好適な実施形態又は別の実施形態において、第3ステップよりも前に、ヘキサン及び酢酸エチル以外の有機溶媒に植物組織の冷水抽出物を接触させてもよい。
【0043】
また、第3ステップにおいて用いるブタノールに代えて、それ以外の炭素数4〜5のアルカノールを用いてもよいが、フロロアシルフェノン配糖体を一層高い選択性をもって含むには、ブタノールの方が好ましい。
【0044】
また第5ステップにおいて用いる混合溶媒中のメタノールに代えて他のアルコール(例えばエタノール)を用いてもよく、第6ステップにおいて用いる混合溶媒中のメタノールに代えて他のアルコール(例えばエタノール)を用いてもよい。
【実施例】
【0045】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、特に明記しない限り、「%」は「体積%」を表す。
【0046】
(実施例1)
[ホップペレットからフロロアシルフェノン配糖体の単離]
ホップペレット(チェコ産ザーツ種、タイプ90)1kgを蒸留水10Lに入れ、5℃にて時々攪拌しペレット状態を消失させながら一晩静置した。7000rpmで15分遠心分離した後、上清(遠心上清)を回収した。上清をさらに濃縮して170gの濃縮物(冷水抽出物)が得られた。濃縮物を分液ロートに移し、その分液ロートにヘキサンを加えた後、振とう及び静置して、その分液ロートからヘキサン相2.4gを除去した(第1ステップ)。さらに、水相が残存するその分液ロートに酢酸エチルを加えた後、振とう及び静置して、その分液ロートから酢酸エチル相2.9gを除去した(第2ステップ)。最後に水相が残存するその分液ロートにn−ブタノールを添加した後、振とう及び静置してn−ブタノール相を別の容器に移した(第3ステップ)。この第3ステップを3回繰り返した後、別の容器に移したn−ブタノールを全て収集して減圧濃縮し、最終的に12.2gの抽出物を得た。この抽出物には、後述の構造決定により、上記式(2)、(3)及び(4)で表される新規なフロロアシルフェノン配糖体が含まれていることが確認できた。なお、分液ロート中に残存した水相は114.6gであった。
【0047】
さらにフロロアシルフェノン配糖体を濃縮して純度を高めるために、まず、合成吸着剤としてAmberlite XAD−4(オルガノ社製、商品名)を充填した内径40mm×長さ450mmのカラムの中に上記抽出物を通液した(第4ステップ)。次いで、抽出物を通液した後のカラムに、蒸留水、10%メタノール水溶液(10%MeOH/H2O)、20%メタノール水溶液(20%MeOH/H2O)を通液してカラムを洗浄した。次に、洗浄後のカラムに50%メタノール水溶液(50%MeOH/H2O)を通液して、抽出物を含むメタノール水溶液3.6gを得た(第5ステップ)。
【0048】
第5ステップにおいて得られたメタノール水溶液中の各成分を分取可能な程度に単離するために、ポリフェノールが含まれるその水溶液をHPLCに備えられるカラムに通液し、その水溶液中に含まれる各成分を分離した(第6ステップ)。カラムは2種類のカラム(第1カラム、第2カラム)を用いた。第1カラムとして、D−ODS−5(ワイエムシィ社製、内径20mm×長さ250mm、商品名)を40℃にて使用し、流速を6mL/分とした。溶離液(移動相)は、メタノール及び水の混合液を用い、まず10%メタノールで10分間維持した後、10%メタノールから60%メタノールまで160分間でメタノールの割合を変化させるリニアグラジェントとした。これにより水溶液中の各成分を粗分けした。UV検出器(波長290nm)でモニタリングしながら、フロロアシルフェノン配糖体を主に含む溶液を240mg採取した。
【0049】
次に、採取した240mgの溶液を第2カラムに通液して各成分を単離した。第2カラムとして、SunFire C18(Waters社製、内径19mm×長さ250mm、商品名)を40℃にて使用し、流速を6mL/分とした。溶離液(移動相)は、アセトニトリル及び水の混合液を用い、まず10%アセトニトリルで10分間維持した後、10%アセトニトリルから60%アセトニトリルまで160分間でアセトニトリルの割合を変化させるリニアグラジェントとした。UV検出器(波長290nm)でモニタリングしながら、総量140mgのフロロアシルフェノン配糖体を分取した。このうち式(2)で表される化合物は110mgであった。
【0050】
[フロロアシルフェノン配糖体の構造決定]
タイプ90のホップペレット中の配糖体成分を同定・構造決定した。
【0051】
タイプ90のホップペレットの冷水抽出物を、まず、HPLCで分析した。HPLCによる分析は、カラムとしてSymmetry C18(Waters社製、内径2.1mm×長さ150mm、商品名)を40℃にて使用し、流速を0.2mL/分とした。移動相は、0.05%TFA/H2Oを1液とし、アセトニトリルを2液とし、0.05%TFA/H2Oの割合を10%〜50%まで16分間で変化させるリニアグラジェントとした。検出はUV検出器(290nm)で行った。HPLCの分析結果を図1に示す。図1から、タイプ90のホップペレットの冷水抽出物中に配糖体成分として主に、ピークA〜Fに相当する6種の成分が存在することが分かった。これらのピークのうちA、B及びDは、上述の第6ステップと同様の方法により分取し、更に同定した結果から、それぞれイソケルシトリン、ケルセチンマロニルグルコシド及びケンフェロールマロニルグルコシドであることが判明した。
【0052】
次に上述の第6ステップと同様の方法により分取したピークCに相当する成分を、重メタノールを用いた1H−NMR、13C−NMR及び1H−1H−COSYで分析した。1H−NMRの結果を図2及び3に、13C−NMRの結果を図4に、1H−1H−COSYの結果を図5にそれぞれ示す。
【0053】
次に、Waters社のLC/MS装置(MS検出器:ZQ検出器)を用いて、ピークCに相当する成分の分析を行った。LCのカラムとしてSymmetry C18(Waters社製、内径2.1mm×長さ150mm、商品名)を40℃にて使用し、流速を0.2mL/分とした。移動相は、0.1%ギ酸/H2Oを1液とし、アセトニトリルを2液とし、0.1%ギ酸/H2Oの割合を10%〜50%まで16分間で変化させるリニアグラジェントとした。UV検出器(290nm)でモニタリングをしながら行った。ポジティブスキャン(m/z120〜m/z650、キャピラリー電圧:+3.0kV、コーン電圧:+25V)での結果を図6の(a)に、ネガティブスキャン(m/z120〜m/z650、キャピラリー電圧:−3.0kV、コーン電圧:−25V)での結果を図6の(b)に示す。この結果より、分子イオンが解裂してm/z162の少ないシグナルが検出されていることから、配糖体の構成糖がヘキソースであることが判明した。
【0054】
次いで、ピークCに相当する成分7.5mgを2NのHCl3mLに溶解し、100℃で30分間還流し加水分解を行った。その後、得られた反応液を、吸着剤としてMEGABOND ELUT C18(2g、Varian社製、商品名)を充填したカラムに通液し、最初の10mLを廃棄した後、次の10mLを回収した。回収した反応液についてNH2カラム(資生堂社製、商品名「CAPCELL PAK NH2 UG80」、内径2.0mm×長さ250mm)を用いたLC/MS分析を行った。分析条件は、カラム温度を80℃、溶離液は89%アセトニトリル/水を0.25mL/分の流量とし、ネガティブSIR(m/z179、キャピラリー電圧:−3.2kV、コーン電圧:−25V)とした。また参照用としてマンノース、ガラクトース及びグルコースについても同様の分析を行った。結果のマススペクトルを図7に示す。(a)がマンノース、(b)がガラクトース、(c)がグルコース、(d)が回収した反応液のマススペクトルである。これにより配糖体の構成糖はグルコースであることが明らかとなり、ピークCに相当する成分が式(2)で表される化合物であることが確認された。
【0055】
次に、図1におけるHPLCクロマトグラムのピークC、ピークE及びピークFに相当する成分のUV吸収を測定した。結果のUV吸収スペクトルを図8に示す。それぞれ(a)がピークC、(b)がピークE、(c)がピークFに相当する成分のUV吸収スペクトルである。これにより、3成分ともUV吸収スペクトルのパターンが同様であることが分かった。
【0056】
次いで、ピークE及びピークFに相当する成分のLC/MS分析を行った。図14に図6の(a)のマススペクトルを得るための条件と同様の条件で行ったLC/MS分析の結果、図15に図6の(b)のマススペクトルを得るための条件と同様の条件で行ったLC/MS分析の結果をそれぞれ示す。図14及び15において、それぞれ(a)がピークE、(b)がピークFに相当する成分のマススペクトルである。この結果より、ピークE及びピークFに相当する成分はいずれも分子イオンがピークCに相当する成分よりも14大きいことが判明した。この結果から、ピークE及びピークFに相当する成分はピークCに相当する成分と基本骨格が同じであり、側鎖の構造のみが異なることが示唆された。
【0057】
最後に、ピークE及びピークFに相当する成分を、重メタノールを用いた1H−NMR、13C−NMR及び1H−1H−COSYで分析した。ピークFに相当する成分の1H−NMRの結果を図9、13C−NMRの結果を図10、1H−1H−COSYの結果を図11にそれぞれ示す。ピークEに相当する成分の1H−NMRの結果を図12に、1H−1H−COSYの結果を図13にそれぞれ示す。これらの結果から、ピークEに相当する成分が式(4)で表される化合物であり、ピークFに相当する成分が式(3)で表される化合物であることが確認された。
【0058】
(実施例2)
[フロロアシルフェノン配糖体のヒスタミン遊離抑制作用を確認するインビトロでのアッセイ試験]
ヒト好塩基球株化細胞(KU812)を、10%の56℃にて30分間不活性化した牛胎児血清を含むRPMI1640培地(ギブコ)で、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。細胞にTyrode溶液を添加して遠心(1500rpm、5分、4℃)し、Tyrode溶液で2回の洗浄を繰り返した後、Tyrode溶液に懸濁し、1.5mL容のチューブに2×106cells/mLとなるように分注した。細胞懸濁液にそれぞれ表1に示した量の緩衝液、10mMのCaCl2、50μMのA23187及び/又は被検化合物(式(2)で表されるフロロアシルフェノン配糖体)を加え、37℃にて20分間ヒスタミン遊離反応をさせた後、氷中に5分間入れて反応を停止させた。
【0059】
【表1】
【0060】
その後4℃にて1000rpmで3分間遠心分離し、上清を回収した。回収された上清から有機溶媒で遊離ヒスタミンを抽出し、o−フタルアルデヒドと反応させ発生した蛍光を、波長350nmの光で励起した後波長450nmにおいて蛍光強度を測定することによって、遊離ヒスタミンを定量した。また、細胞内総ヒスタミンは、同量の細胞懸濁液を氷中で1分間超音波破砕した後、4℃にて10000rpmで3分間遠心分離して得た上清中のヒスタミン含量を測定することによって得た。ヒスタミンの遊離抑制率は、ヒスタミン遊離抑制率(%)=(各サンプルの上清中のヒスタミン含量−自然遊離量)×100/(A23187刺激によるヒスタミン遊離量−自然遊離量)の式で求め、その結果に基づいて、式(2)で表されるフロロアシルフェノン配糖体のIC50値(50%抑制濃度)を求めた。その結果、IC50値は290μg/mLであった。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明のフロロアシルフェノン配糖体を含むポリフェノールのHPLCクロマトグラムである。
【図2】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−NMRスペクトルである。
【図3】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−NMRスペクトルである。
【図4】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の13C−NMRスペクトルである。
【図5】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−1H−COSYスペクトルである。
【図6】本発明のフロロアシルフェノン配糖体のマススペクトルである。
【図7】本発明のフロロアシルフェノン配糖体から得られる糖及び既知の糖のマススペクトルである。
【図8】本発明のフロロアシルフェノン配糖体のUV吸収スペクトルである。
【図9】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−NMRスペクトルである。
【図10】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の13C−NMRスペクトルである。
【図11】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−1H−COSYスペクトルである。
【図12】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−NMRスペクトルである。
【図13】本発明のフロロアシルフェノン配糖体の1H−1H−COSYスペクトルである。
【図14】本発明のフロロアシルフェノン配糖体のマススペクトルである。
【図15】本発明のフロロアシルフェノン配糖体のマススペクトルである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるフロロアシルフェノン配糖体。
【化1】
[式(1)中、R1はイソプロピル基、イソブチル基又はsec−ブチル基を示す。]
【請求項2】
植物組織の冷水抽出物から分離して得られる、請求項1記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項3】
前記植物組織がホップの組織である、請求項1又は2記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項4】
前記ホップの組織は茎、毬花又は葉である、請求項3記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項5】
抗アレルギー作用を示す、請求項1〜4のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項6】
抗酸化剤としての作用を示す、請求項1〜4のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項7】
チロシナーゼ活性阻害作用を示す、請求項1〜4のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体を含有する飲食品。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体を含有する化粧品。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体を含有する医薬品。
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるフロロアシルフェノン配糖体。
【化1】
[式(1)中、R1はイソプロピル基、イソブチル基又はsec−ブチル基を示す。]
【請求項2】
植物組織の冷水抽出物から分離して得られる、請求項1記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項3】
前記植物組織がホップの組織である、請求項1又は2記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項4】
前記ホップの組織は茎、毬花又は葉である、請求項3記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項5】
抗アレルギー作用を示す、請求項1〜4のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項6】
抗酸化剤としての作用を示す、請求項1〜4のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項7】
チロシナーゼ活性阻害作用を示す、請求項1〜4のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体を含有する飲食品。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体を含有する化粧品。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のフロロアシルフェノン配糖体を含有する医薬品。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2008−69072(P2008−69072A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−59349(P2005−59349)
【出願日】平成17年3月3日(2005.3.3)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年3月3日(2005.3.3)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【Fターム(参考)】
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