説明

フローサイトメトリーによる微生物検出方法およびそれに用いる装置

【課題】 試料水中に共存する夾雑粒子に影響を受けず、正確な微生物の検出を可能とするフローサイトメトリーの測定方法およびそれに用いる装置を提供することを目的とする。
【解決手段】 試料中の病原性微生物をフローサイトメトリー法により検出する方法であって、病原性微生物を含む試料に微生物に特異的な蛍光標識抗体を添加し、病原性微生物と抗体とを4℃〜15℃の温度条件下において結合させ、試料中の病原性微生物をフローサイトメトリー法により計測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フローサイトメトリー(FCM)による微生物検出方法およびそれに用いる装置に関し、詳しくは、河川および湖沼などの環境水や上下水道の処理水などの水中に存在する原虫、細菌 といった水系感染性微生物を蛍光抗体標識を用いてフローサイトメトリーにより検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境水中には多種多様な化学物質が存在するため、水道原水となる河川や湖沼などの環境水も様々な化学物質で汚染されていると考えられる。しかし、このような水環境の水質汚染は化学物質の問題のほかにクリプトスポリジウムなどの原虫類、腸管出血性大腸菌O157やレジオネラ菌などの細菌、ウイルスなど病原生物による汚染が大きな社会問題となってきている。
【0003】
これらの水系感染症の集団発生を防ぐためには、水処理プロセスにおける原因微生物を高頻度にモニタリングすることが必要不可欠である。そして、その測定結果を処理プロセスにフィードバックして、環境中に存在する水系感染性微生物を適切に除去あるいは消毒殺菌する必要があるが、現状ではそのような対応を可能とするようなリアルタイム測定できる装置はない。
【0004】
測定の高頻度化、自動化、省力化においては検出対象微生物に選択的に蛍光標識し、試料をフローサイトメーターに連続的に送液し、粒子の蛍光強度から検出対象微生物を検出する方法が用いられる(例えば、特許文献1)。検出対象微生物を蛍光標識する手段には、検出対象微生物に選択的に結合し、かつ蛍光物質が結合した抗体が用いられる。フローサイトメーターは粒子の散乱蛍光強度および粒子の粒径を示す前方散乱光強度、粒子の内部構造を示す側方散乱光強度を測定する分析装置である。蛍光標識した検出対象微生物を検出するときには、検出対象微生物が含まれる、検出対象微生物の蛍光強度および粒経を示す前方散乱光強度の領域をあらかじめ設定しておき、測定した粒子がこの領域に含まれるときには検出対象微生物としてカウントすることで測定できる。さらに、検出精度を確かめるには前述の領域に加え、夾雑物特有の散乱蛍光強度よりも小さいという判定基準を設定することが有効である。
【0005】
通常、試料水中の病原微生物の個数濃度がきわめて低い場合でも水系感染症を引き起こすリスクが高いため、大量の試料を用いた測定が必要となる。そこで、大量の試料を効率良く測定するため、試料中の検出対象微生物を分離、濃縮し、これにより調製した測定試料を、フローサイトメーターにより測定することが行われている。一方、環境水質は、地域の特性や降雨などの天候により大きく変動するが、ウイルス、細菌、線虫などの微生物や藻類、フミン酸などの土壌有機物、砂などの無機物といった測定対象生物(通常100〜102個/mLオーダー)以外の夾雑物がきわめて大量に(10個/mL以上)存在する。よって、検出対象微生物に選択的に結合する蛍光標識抗体が、これらの夾雑物に非選択的に吸着する可能性がある等、試料水中に共存する夾雑粒子(藻類や無機粒子)による妨害が大きく、対象の微生物の正確な測定が難しい場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−140148号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記問題点に鑑み、本発明は、試料水中に共存する夾雑粒子に影響を受けず、正確な微生物の検出を可能とするフローサイトメトリーの測定方法およびそれに用いる装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記目的を達成するため、試料中の病原性微生物をフローサイトメトリー法により検出する方法であって、前記微生物を含む試料に前記微生物に特異的な蛍光標識抗体を添加する工程であって、前記微生物と前記抗体とを4℃〜15℃の温度条件下において結合させる工程と前記試料中の微生物をフローサイトメトリー法により計測する蛍光微粒子計測工程とを含むことを特徴とする。
【0009】
また、本発明の検出方法は、対象となる前記微生物を、クリプトスプリジウムとすることができる。
【0010】
また、本発明の検出方法は、試料中の微生物を分離濃縮する工程と、分離濃縮後の微生物を標識溶液で測定用の測定試料として回収する回収工程とを、抗体標識工程の前にさらに含むこともできる。また、本発明の検出方法は、前記標識溶液が、リン酸緩衝生理食塩水または界面活性剤を含むリン酸緩衝生理食塩水とすることができる。また、本発明の検出方法は、前記分離濃縮工程が、分離膜および逆洗浄を用いた微生物の分離濃縮であって、前記試料の濁度を測定して逆洗浄回数を決定する工程を前記分離濃縮工程前にさらに含み、前記決定された逆洗浄回数で前記試料を分離濃縮することができる。
【0011】
また、本発明の検出方法は、前記試料が、河川もしくは湖沼を含む環境水または下水道由来とすることができる。
【0012】
また、本発明の別の態様によれば、試料中の病原性微生物を検出するための装置であって、前記装置は、前記試料中の微生物を分離濃縮し、回収する分離濃縮回収部と前記回収した測定試料に蛍光標識抗体を添加して抗原抗体反応を行う抗体標識部であって、前記反応が4℃〜15℃の温度範囲内で行われるように温度調節する抗体標識部と、前記抗体標識部で蛍光標識された測定試料中の微生物を検出するフローサイトメーターとからなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の微生物検出方法によれば、標識抗体と試料水中に共存する夾雑粒子との非特異的な結合を防ぎ、フローサイトメトリーにより正確な微生物の検出を可能とすることができる。さらに、非特異的な結合による蛍光を抑えることができるため、自動化による測定においても測定の誤差を無くすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明のフローサイトメトリーによる微生物検出方法の一実施の形態のフローチャートを示す図である。
【図2】河川水濃縮液(PET,河川水を膜分離濃縮してPETで回収した溶液)中で蛍光抗体標識したクリプトスポリジウムのFCM測定結果を示す図である。横軸が前方散乱光強度を示し、縦軸が緑蛍光強度を示す。R1は5μm緑蛍光粒子を示し、R2は3μm緑蛍光粒子を示す。(A)は、抗体試薬添加直後を示す。(B)は、反応温度4℃で30分抗体標識反応させたときの図を示す。(C)は、反応温度37℃で30分間抗体標識反応させたときの図を示す。
【図3】蛍光標識抗体によるクリプトスポリジウム染色における反応温度と緑蛍光強度比との関係を示すグラフである。
【図4】蛍光標識抗体によるクリプトスポリジウム染色における反応温度と反応時間と緑蛍光強度比との関係を示すグラフである。
【図5】PBS中で蛍光抗体標識したクリプトスポリジウムのFCM測定結果を示す図である。横軸が前方散乱光強度を示し、縦軸が緑蛍光強度を示す。R1は5μm緑蛍光粒子を示し、R2は3μm緑蛍光粒子を示す。(A)は、反応温度4℃で30分抗体標識反応させたときの図を示す。(B)は、反応温度37℃で30分間抗体標識反応させたときの図を示す。
【図6】異なる標識溶液中で蛍光標識抗体と反応させたクリプトスポリジウムの光学検出結果を示すグラフであって、横軸が蛍光強度、縦軸がカウント値を示すグラフである。(A)は、MilliQ、PBS、PBS+MeOH(10%)、PET、およびPET+MEOH(10%)を標識溶液に用いたときの結果を示す。(B)は、PET、またはTween80、Tween20、SDSの界面活性剤をPBSに添加した標識溶液を用いたときの結果を示す。(C)は、Tween80を異なる濃度でPBSに添加した溶媒を用いたときの結果を示す。
【図7】界面活性剤(Tween80)の濃度を変更したときのPBST中で蛍光抗体標識したクリプトスポリジウムのFCM測定結果を示す図である。横軸が前方散乱光強度を示し、縦軸が緑蛍光強度を示す。(A)はTween80が0%、(B)は0.0005%(C)は0.005%、(D)は0.1%でPBS中に含有させたときの前方散乱光強度および緑蛍光強度を示す。
【図8】蛍光標識抗体によるクリプトスポリジウム染色の画像データを示す。(A)は、界面活性剤を添加しなかったときの画像データを示し、(B)は、界面活性剤(Tween80)を0.1%含むPBST中で抗原抗体反応させた画像データを示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る微生物検出方法の一実施の形態について説明する。図1は、フローサイトメトリー法により微生物を検出する際の一実施の形態を示すフローチャートである。図1に示すように、フローサイトメトリーによる微生物検出装置は、まず、水系感染性微生物の検出の対象である環境水や上下水道由来の試料1中の対象となる微生物または微粒子を分離濃縮し、回収する分離濃縮回収部2と、分離濃縮回収部2から標識溶液により試料を調製回収した後に、試料に蛍光標識を有する抗体を添加して結合させる抗体標識部3と、試料中の微生物をフローサイトメトリーにより測定するフローサイトメーター4とから構成される。すなわち、本発明の微生物検出方法は、試料を用意し、試料中の微生物を分離・濃縮・精製する分離濃縮工程と、分離濃縮した試料を標識溶液にて回収する回収工程と、回収した測定試料中の微生物を抗体標識する蛍光抗体標識工程と、試料中の蛍光を測定する蛍光微粒子計測工程とからなる。
【0016】
本発明の微生物検出方法を適用する検査対象の試料1としては、河川や湖沼等から採取される環境水および上下水道が挙げられる。なお、検出する微生物としてクリプトスポリジウムを検出する場合について説明するが、本発明は、クリプトスポリジウムに限定されず、微生物全般について適用することができ、微生物の中でも特に、粒径が0.3〜40μmの範囲の微生物に対して適用することが好ましい。このような微生物としては、例えば、クリプトスポリジウムなどの原虫類、腸管出血性大腸菌O157やレジオネラ菌などの細菌などを挙げることができる。0.3〜40μmの粒径を有する微生物は、フローサイトメーターで好適に蛍光を測定することができる。その他、浄水施設における凝集沈殿処理水やろ過後の処理水を試料水とすることができる。
【0017】
微生物の検出対象とする試料はまず、分離濃縮工程において、試料中の対象微生物を分離・濃縮させる。分離濃縮回収部2として使用する分離濃縮装置としては、環境測定で通常行われる水中微生物の分離濃縮ができる装置を用いることができる。このような分離濃縮装置としては、例えば、フィルタ、遠心分離、誘電泳動または凝集沈殿などを用いた装置があるが、これらに限定されない。フィルタを用いる装置の場合、フィルタは、試料水1中の検出対象微生物であるクリプトスポリジウムの粒径よりも小さい孔径を有する。このフィルタにより試料水1を濾過することにより、クリプトスポリジウムを含む粒子の個数濃度が濃縮された測定試料を得ることができる。このようなフィルタとしては、例えば、商品名ヌクレポアフィルタ(ワットマン社)や商品名アイソポアフィルタ(ミリポア社)がある。また、測定試料の調製には、フィルタによる濾過に加えて、洗浄、逆洗、攪拌、再濾過などの任意の操作を行うことができる。例えば、以下の第1工程から第5工程を行い得られた分散液を、測定試料とすることが好ましい。
【0018】
先ず、第1工程では、検出対象微生物であるクリプトスポリジウムの粒径よりも小さい孔径を有し、親水性かつ表面が平滑な平膜で試料水を濾過する。第2工程では、第1工程で試料水を濾過した膜の濾液側から濾過面側に洗浄液を逆流させ、膜の微細孔に詰まった夾雑物を膜上に捕捉された検出対象微生物とともに再分散させる。第3工程では、第2工程で膜の濾過面側に溜まった洗浄液を、物理的撹拌手段を用いて撹拌し、上記膜の表面に付着した夾雑物および検出対象微生物を逆流させた洗浄液に浮遊させ、凝集した夾雑物を細かく分散させる。第4工程では、試料を再度濾過し、微細化した夾雑物を排出する。このとき、さらに夾雑物の個数濃度を低減するため、第2工程から第4工程を複数回、繰返し行うことが望ましい。第5工程では、膜表面に残留した検出対象微生物を、洗浄液を膜の濾液側から濾過面側に逆流させ、その洗浄液を物理的撹拌手段で撹拌し、膜表面に残留した検出対象微生物を膜表面から剥離させてその分散液を回収する。この第1〜第5工程を含む分離濃縮操作によって、検出対象微生物の回収率を高く維持したまま、夾雑物の個数濃度を低減することができる。ここで、洗浄液としては後述する標識溶液を用いることができるが、これに限定されず、最終的に標識溶液で分離濃縮した微生物を回収できればよい。また、予め試料の一部の濁度を濁度計により測定することもでき、この場合、測定した濁度から分離濃縮工程で逆洗浄により濁度を調整する際に、逆洗浄の回数を算出することができる。
【0019】
分離濃縮した測定試料は、回収工程において好ましい濃度と量に調製され回収される。このとき、回収後の測定試料中の粒子個数濃度を所定の濃度にできるよう回収することが好ましい。測定試料の最終的な希釈倍率としては、試料中の粒子がフローサイトメーターにおける計測可能な粒子の個数濃度以下となるように、希釈することが好ましい。すなわち、標識溶液に回収する際、計測可能な粒子の個数濃度以下となるように希釈する。また、分離・濃縮に供した試料中の粒子が計測可能な粒子の個数濃度以下であれば、希釈しなくてもよい。例えば、対象とする微生物がクリプトスポリジウムである場合、一般に、クリプトスポリジウムの原水への混入濃度は数個/Lから数十個/Lといわれ、集団感染が発生する濃度は50個/L程度といわれている。また、環境測定で通常用いられる原水の分離濃縮手段では、約50倍に濃縮される。この分離濃縮における回収率を100%と仮定すると、後者の原水を濃縮した測定試料中のクリプトスポリジウムは50個/20mLとなる。フローサイトメーターの検出下限値が測定試料1mL中1個とすると、このような集団感染が発生する高濃度の原水に対しても蛍光微粒子計測器でクリプトスポリジウムが検出できるように回収するには、対象試料1Lを50倍以上濃縮・回収(20mL)すればよい。計測可能な粒子の個数濃度の上限としては、使用する装置により適宜好ましい値に設定することができるが、例えば1×10個/mLと設定することができる。
【0020】
回収工程に用いる標識溶液は、抗体による標識に適した標識溶液を用いることが好ましく、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)や界面活性剤を含むPBSを用いることが好ましく、特にPBSに界面活性剤が入ったもの(PBST)が好ましい。PBSに添加する界面活性剤としては、以下に限定されないが、例えばポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Tween20)、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート(Tween40)、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート(Tween60)、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(Tween80)、またはドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を使用することができる。PBSに添加する界面活性剤の濃度は0.005〜0.2%が好ましく、0.01%〜0.1%とすることがより好ましい。上記の溶液を回収液として使用することで、抗原抗体反応時の非特異的結合を抑えることができ、FCMの測定によりS/N比の高いデータを得ることができる。なお、本願明細書中で使用するS/N比とは、検出対象となる微生物の蛍光強度と、夾雑物による非特異的な蛍光強度との比を指し、この値が高いほど正確に微生物の検出を可能とすることができる。また、このようにS/N比を高くできることで、分離・濃縮に必要な工程、例えば、逆洗浄回数を減らすことも可能である。また、クリプトスポリジウムの検出に影響を与えないような清浄水も用いることができ、清浄水としては、例えば、純水や超純水を用いることができる。
【0021】
回収工程により回収された測定試料には、蛍光抗体標識工程として検出対象の微生物に特異的な抗体を添加し、抗原抗体反応を行う。このような、蛍光抗体標識工程における抗体標識部3としては、反応温度を調節し、抗原抗体反応を行うことができれば限定されず、例えば恒温槽を使用することができる。使用する抗体は蛍光標識されており、蛍光微粒子計測工程において、蛍光の検出が行われる。使用する蛍光標識抗体としては、検出対象とする微生物に特異的に結合し、かつ蛍光標識を有する抗体であれば限定されず、従来公知の抗体を使用することができる。例えばクリプトスポリジウムに選択的に結合する蛍光標識抗体としては、商品名イージーステインFITC(和光純薬工業社)を使用することができる。抗体の添加量としては、上記の微粒子の希釈濃度(1×10個/mL以下)に対して10〜25μL/mLとすることがより好ましいが、使用する抗体により上記の値を目安として、適宜好ましい量を添加することができる。
【0022】
標識抗体添加工程で試料中の微生物と抗体とを結合させる条件として、抗体標識部3により調節される反応温度は室温以下とすることが好ましく、15℃以下とすることがより好ましく、0℃以上とすることが好ましく、4℃以上とすることがより好ましい。反応温度を室温より下げることにより、非特異的な結合を抑えることができ、フローサイトメトリーで測定した時のS/N比を高くすることができる。これにより、検出対象となる微生物の正確な測定を可能とすることができる。また、このようにS/N比を高くできることで、分離・濃縮工程で夾雑物を取り除くために必要な逆洗浄回数を減らすことも可能である。温度調節は、恒温槽による温度調節の他、冷蔵庫の中などの低い温度条件で攪拌し試料を均一に冷却させる等、適宜調節することができる。また、反応時間は、長いほど強い蛍光強度を得ることができるが、一方で、夾雑物との非特異的結合の増加を促す。よって、反応時間は1時間以内とすることが好ましい。また、標識時の標識溶液のpHは、pH7.0〜8.0とすることが好ましい。
【0023】
抗体により標識した試料は、蛍光微粒子計測工程においてフローサイトメトリー法により試料中の蛍光を測定する。蛍光微粒子を計測する装置としては、フローサイトメーター4を用いることができる。フローサイトメーター4は、微細な粒子を流体中に分散させ、その流体を細く流して、個々の粒子を光学的に分析する装置である。
【0024】
このように、本発明の微生物検出方法によれば、水系感染性微生物の検出の対象となる環境水や上下水道由来の試料を用意し、試料中の対象となる微生物を分離・濃縮する。濃縮した試料を抗原抗体反応に好ましい標識溶液で回収する。回収した試料に対象とする微生物特異的な蛍光標識抗体を結合させる。このとき、4℃〜15℃の温度範囲で抗原抗体反応を行うため、試料中に含まれる夾雑物と抗体との非特異的結合を抑えることができ、結果としてS/N比の高いデータを得ることができる。蛍光標識抗体を添加した試料についてフローサイトメーターによりその蛍光を測定し、試料中の微生物の測定を行う。上述したように、本発明の微生物検出方法は、フローサイトメトリーによる測定においてS/N比の高いデータを得ることができ、正確に対象とする微生物の検出および測定を行うことができる。また、このようにS/N比の高いデータが得られることにより、微生物の濃度算出時におけるデータ読み取りの誤差を抑えることが可能となり、微生物の濃度測定を自動化することができる。
【実施例】
【0025】
(実施例1:温度条件の検討)
クリプトスポリジウムと蛍光標識抗体との抗原抗体反応における温度条件の最適化を図るために、以下の実験を行った。
試料は、1Lの河川(濁度2度)を孔型3μmの膜(直径90mm、Track−Etheced membrane、Whatman社)でろ過し、補足した微粒子を、誘出液(クリプト検査用1%PET溶液)を標識溶液として用いて回収した河川水濃縮液に不活性化クリプト標準試料を添加して、10〜10oocyst/mLとなるように調整したものを用いた。なお、不活性化クリプト標準試料は、Cryptosporidium parvum oocyst(Waterboene社製アイオワ株(10 oocyst/mL、USA)(以下、クリプトと記載))を用いた。
抗体は、蛍光標識抗体(FITC、EasyStain、BTF社、Australia)を用いた。標識条件は、2mLの河川水濃縮試料に蛍光抗体の最終添加濃度を40μL/mLとなるように添加し、3〜37℃の温度条件で30分間撹拌反応後、緑色光強度と散乱光強度をFCMにて分析した。また、緑色蛍光強度と散乱光強度を比較する標準粒子として、緑色蛍光粒子(R1:5μmおよびR2:3μm、Green Fluorescent Microspheres、Duke Scientific社)とクリプトレーサ1号(財団法人 水道技術研究センター)を用いた。
【0026】
(分析・評価)
FCM分析はFACS Calibur、BECTON DICKINSON社製を用いた。試料は蛍光抗体標識後の試料2mLを設定時間ごとに測定した。FCM測定は前方散乱光強度と緑色蛍光強度をそれぞれ5.5(Amplifer、FCS)と400(Detector、FL1)の設定で、60μL/minの速度で行った。また、同時に自動測定装置用に開発、試作した光学検出器(専用フローサイトメーター)を用い比較検討を行った。
【0027】
(結果)
河川水濃縮試料を用いたときの蛍光抗体標識クリプトの蛍光散乱光強度の変動について、標識時間と温度での比較を図2に示す。蛍光抗体を添加した直後(図2A)からクリプトの緑蛍光強度が強くなる傾向が認められた。さらに、蛍光抗体標識する際の反応温度を4℃(図2B)としたときに、河川試料水中の夾雑物の影響は、37℃(図2C)より非常に少なかった。これは低い温度ほど抗体の選択性が高くなり、夾雑物への非特異的な吸着も少なくなることを示すと考えられた。
【0028】
また図3は、抗原抗体反応時の反応温度(横軸)と緑蛍光強度比(縦軸)との関係を示すグラフである。蛍光強度比は、標準粒子として使用する緑色蛍光粒子(3μm)の緑蛍光強度を1としたときの相対的な値を示す。図3が示すように、15℃以下の反応条件において、比較的に高い蛍光強度比が観察された。また、15℃以下であっても、3℃では蛍光強度比が低くなる傾向が観察された。
【0029】
(実施例2:反応時間の検討)
クリプトスポリジウムと蛍光標識抗体との抗原抗体反応における反応時間の最適化を図るために、以下の実験を行った。
リン酸緩衝溶液(PBS、pH7.4)を用いた標識溶液に不活性化クリプト標準試料を10〜10oocyst/mLの濃度になるように調整してPBS試料を作製した。また、実施例1と同様の蛍光標識抗体を使用した。標識条件は、10mLのPBS試料に40μL/mLの蛍光抗体を最終添加濃度で添加し、4〜24℃の温度条件で30〜270分間標識反応を行った後、自動測定装置用に試作した光学検出器で測定した。
【0030】
(結果)
結果を図4に示す。図4は、異なる反応温度と異なる反応時間における緑蛍光強度比を示すグラフである。緑蛍光強度比は、標準粒子として使用する緑色蛍光粒子(3μm)の緑蛍光強度を1としたときの相対的な値を示す。図4に示すように、クリプトスポリジウムの蛍光強度は染色時間の増加に伴い強度を増した。しかしながら、反応温度が20℃以上(20℃および25℃)になると、反応時間を延ばしたときの蛍光強度の増加量は減少した。反応温度20℃では、反応時間を270分とした場合であっても、蛍光強度比が0.6以下になった。反応時間を1時間とすると、反応温度15℃が最も高い蛍光強度比(0.36)にとどまった。また、反応時間の増加は、夾雑物の非特異的結合の増加にもつながる。これらの結果より、蛍光抗体染色の条件は15℃、1時間が好ましいと考えられた。
【0031】
また、PBS試料を用いたときの蛍光抗体標識クリプトの蛍光散乱光強度の変動について、標識時間と温度での比較を図5に示す。反応温度を4℃としたときは、河川水濃縮試料(PET)に比べてバックグラウンドがきれいになくなり、より正確な微生物の検出が可能となった(図5A)。一方、反応温度が37℃の場合は、非特異的な結合が増え、正確な検は困難であった(図5B)。
【0032】
(実施例3:抗体濃度の検討)
クリプトスポリジウムと蛍光標識抗体との抗原抗体反応における抗体濃度の最適化を図るために、以下の実験を行った。
実施例2と同様のPBS試料と蛍光標識抗体を使用した。標識条件は、蛍光標識抗体を0〜80μL/mLの濃度で添加した試料を4℃で1時間撹拌(150rpm)し、上記光学検出器を用い、添加量による影響を検討した。標識されたクリプトは顕微鏡(BX−61、オリンパス社製)を用いて確認した。
【0033】
(結果)
蛍光抗体の添加量は、同じ標識条件(4℃、150rpm、60分)では、添加量が増加すると緑色蛍光強度が強くなった。しかしながら、添加量の増加とともに非特異的な結合も増えてしまうためノイズ(夾雑物の妨害)との分離を考慮すると15〜20μL/mLが適当であると考えられた。
【0034】
(実施例4:標識溶液の検討)
クリプトスポリジウムと蛍光標識抗体との抗原抗体反応における標識溶液の検討をするために、以下の実験を行った。
実施例2と同様の不活性化クリプト標準試料と蛍光標識抗体を使用し、蛍光標識抗体を20μL/mLの濃度となるように添加した試料を4℃で1時間撹拌(150rpm)し、上記光学検出器を用い、標識溶液の違いによる影響を検討した。標識されたクリプトは顕微鏡(BX−61、オリンパス社製)を用いて確認した。
【0035】
(結果)
図6Aは、MilliQ、PBS、PBS+MeOH(10%)、PET、およびPET+MEOH(10%)を標識溶液に用いたときの結果を示す。メタノール(MeOH)が細胞膜(細胞表面タンパク質)を活性化し、良好な洗浄力および効率を期待したが、信号が全体的に広がってしまうという結果となった。図6Bは、PET、またはTween80、Tween20、もしくはSDSの界面活性剤を0.01%となるようにPBSに添加した標識溶液を用いたときの結果を示す。図6Bに示すように、界面活性剤を入れたPBSの方が、PETに比べてS/N比が大きくなった。図6Cは、Tween80を異なる濃度(0、0.01%、0.05%、0.10%)でPBSに添加した標識溶液を用いたときの結果を示す。いずれも高いS/N比を示したが、特に0.10%Tweenを添加した区では、高いカウント値を得ることができた。
【0036】
(実施例5:界面活性剤の濃度の検討)
クリプトスポリジウムと蛍光標識抗体との抗原抗体反応における標識溶液中の界面活性剤の濃度の最適化をさらに検討するために、以下の実験を行った。
実施例2と同様のPBS試料に界面活性剤(Tween80)を0%、0.0005%、0.005%、および0.1%の濃度で含有するPBSTを標識溶液として用い、実施例2と同様の蛍光標識抗体を使用した。標識反応時の条件は、4℃の温度条件下で1時間撹拌(150rpm)し、上記光学検出器を用い、標識溶液中の界面活性剤の濃度による影響を検討した。標識されたクリプトは顕微鏡(BX−61、オリンパス社製)を用いて確認した。
【0037】
(結果)
図7(A)は、Tween80が0%のPBSを標識溶液としたときのクリプトの散乱光強度および緑蛍光強度を示す。同様に、図7(B)はTween80を0.0005%含有するPBST、(C)Tween80を0.005%含有するPBST、および(D)Tween80を0.1%含有するPBSTをそれぞれ標識溶液としたときのクリプトの散乱光強度および緑蛍光強度を示す。図7(A)および(B)に示すように、Tween80を0.0005%以下で含有するPBSTでは、非特異的結合による蛍光が、クリプトを観察することができたが、非特異的結合との区別は容易ではなかった。一方で、図7(C)および(D)に示すように、Tween80を0.005%以上で含有するPBSTでは、非特異的結合がほとんど消失し、クリプトの蛍光のみが明確に検出可能となった。図8には、(A)界面活性剤を含まないPBS、および(B)0.1%Tween80を含有するPBSTを標識試料として蛍光抗体標識に使用したときのクリプト検出を示す画像データである。図8(A)では、非特異結合によるバックグラウンドの蛍光が上昇しているのに対して、図8(B)では、クリプトのみが検出され、容易に判別可能であった。
【符号の説明】
【0038】
1 試料
2 分離濃縮回収部
3 抗体標識部
4 フローサイトメーター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の病原性微生物をフローサイトメトリー法により検出する方法であって、
前記微生物を含む試料に前記微生物に特異的な蛍光標識抗体を添加する工程であって、前記微生物と前記抗体とを4℃〜15℃の温度条件下において結合させる工程と
前記試料中の微生物をフローサイトメトリー法により計測する蛍光微粒子計測工程と
を含む検出方法。
【請求項2】
対象となる前記微生物が、クリプトスポリジウムである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記試料中の微生物を分離濃縮する工程と、分離濃縮後の微生物を標識溶液で測定用の測定試料として回収する回収工程とを、前記抗体標識工程の前にさらに含む請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記標識溶液が、リン酸緩衝生理食塩水または界面活性剤を含むリン酸緩衝生理食塩水である請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記分離濃縮工程が、分離膜および逆洗浄を用いた微生物の分離濃縮であって、前記試料の濁度を測定して逆洗浄回数を決定する工程を前記分離濃縮工程前にさらに含み、前記決定される逆洗浄回数で前記試料を分離濃縮する請求項1〜4に記載の測定方法。
【請求項6】
前記試料が、河川もしくは湖沼を含む環境水または下水道由来である請求項1〜5のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項7】
試料中の病原性微生物を検出するための装置であって、
前記試料中の微生物を分離濃縮し、回収する分離濃縮回収部と
前記回収した測定試料に蛍光標識抗体を添加して抗原抗体反応を行う抗体標識部であって、前記反応が4℃〜15℃の温度範囲内で行われるように温度調節する抗体標識部と、
前記抗体標識部で蛍光標識された測定試料中の微生物を検出するフローサイトメーターとからなる装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−202967(P2011−202967A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−67734(P2010−67734)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(507214083)メタウォーター株式会社 (277)
【Fターム(参考)】