説明

フローセルおよびフローセルの送液方法

【課題】測定精度を向上させることができるフローセルおよびフローセルの送液方法を提供する。
【解決手段】複数の貫通孔107による毛細管力の絶対値は、流路104の毛細管力の絶対値および接続領域106の毛細管力の絶対値よりも小さい。これにより、流路104および接続領域106が試料溶液によって満たされるまでは複数の貫通孔107による試料溶液の移送が行われないため、試料溶液が各貫通孔107の入口に達する度にその貫通孔107による移送が生じることを防ぐことができる。結果として、貫通孔107毎に流速変動が発生して試料溶液の流速が大きく変化するのを防ぐことができるので、測定精度を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛細管力により液体を送液するフローセルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
抗原抗体反応やDNA断片(DNAプローブ)とDNAとの結合などの高度な生体分子の識別機能を利用した測定は、臨床検査、生化学分野での測定および環境汚染物質の測定で重要な技術となっている。この測定としては、例えば、マイクロTAS(Total Analysis Systems)、マイクロコンビナトリアルケミストリ、化学IC、化学センサ、バイオセンサ、微量分析、電気化学分析、QCM測定、SPR測定、ATR測定などがある。このような測定の分野では、測定対象の試料溶液は微量な場合が多い。
【0003】
このため、上述したような測定においては、試料溶液を保持可能な試料セルが用いられている(例えば、特許文献1参照。)。そして、この試料セルに微量の試料溶液を供給して、試料セルの測定を行う検出部まで流して移送する。これにより、試料溶液に溶解または分散しているDNAや抗体などの検体の濃度を低下させることなく、より高感度、高効率に測定を行う。このように試料溶液を検出部まで流す試料セルは、フローセルと呼ばれている。
【0004】
フローセルで微量な試料溶液の移送を実現する技術としては、以下のような方法が提案されている。すなわち、フローセルの検出部に対面する流路を設けるとともに、シリンジポンプ等による外部からの圧力で試料溶液を移送させる方法、静電気力で移送させる方法、エレクトロウェッティング法、加熱による体積変化や気泡の生成により試料溶液を移送させる方法、および、電気浸透流を利用する方法などがある。
【0005】
また近年では、フローセルに、試料溶液に対して毛細管現象を発現可能な流路またはポンプとなる領域を形成する技術が提案されている(例えば、非特許文献1参照。)。この技術により作製されたフローセルは、試料溶液が導入される導入口を備えた供給部と、導入された試料溶液を吸引する毛細管ポンプを備えた移送部と、導入口と毛細管ポンプとの間に設けられた測定のための流路とを、板状のフローセルの平面方向に沿って直線上に並んで形成されている。そして、このフローセルに試料溶液を供給すると、試料溶液は導入口から流路を通って毛細管ポンプに到達し、この毛細管ポンプに吸引されて連続的に流路を流れることとなる。
【0006】
また一般に、免疫測定などの分野において試料溶液の検体の測定を行う場合、測定対象の試料溶液の測定結果と、試料溶液に近似した性質を有する参照溶液の測定結果とを比較して、その差分により試料溶液中の検体量を測定することが行われている。この測定を上述した毛細管ポンプを用いたフローセルで実現しようとすると、試料溶液用の系と参照溶液用の系とを同一セル上に設けることが容易ではない。そのため、1つのフローセルに参照溶液と試料溶液とを各々流すことが行われている。具体的には、まず参照溶液をフローセルに供給して参照溶液の1回目の測定を行った後、試料溶液をフローセルに供給して試料溶液の1回目の測定を行う。次いで、再度、参照溶液をフローセルに供給して参照溶液の2回目の測定を行った後、参照溶液の1回目と2回目の測定結果を用いて、試料溶液の測定結果が求められる。ここで、参照溶液の2回目の測定は、省略することも可能である。
【0007】
なお、参照溶液を検出部に最初に導入することは、抗体が予め固定化されているフローセルでの免疫測定に効果的である。すなわち、フローセルの保管は乾燥状態であることが望ましいが、その乾燥状態からいきなり試料を導入するような測定では、抗体の活性を復活させるための時間を十分にとることができない。また、抗体の活性による変化と抗原抗体反応による変化が重畳されてしまうので、抗原の測定が困難になってしまう。このため、参照溶液を検出部に最初に導入して、抗原の存在しない参照溶液で抗体活性を復活させた後に試料溶液の測定を行うことにより、測定精度を大きく向上させることができる。
【0008】
ところで、上述したような測定において、供給部への溶液の供給は、ピペット等を用いて行われていた。この場合、作業者は、参照溶液を導入口から供給部に供給した後、参照溶液が流路を通過して毛細管ポンプに吸引され、導入口から移送し終わる頃合いを見計らって続けて試料溶液を供給する必要がある。また同様に、供給した試料溶液が移送し終わる頃合いを見計らって、続けて2回目の参照溶液を供給する必要がある。すなわち、異なる溶液を順次供給部に供給するにあたり、互いの溶液が極力混ざり合わず、かつ、流路を流れる異なる溶液同士の間に空隙が形成されないように、溶液の供給のタイミングおよび溶液の供給量に留意して作業を行う必要がある。
【0009】
このとき、供給部に溶液が充分に貯留されたままの状態で次の溶液を供給してしまうと、互いの溶液が混ざり合うため、測定の精度を確保することが困難となる。また、供給部の溶液が全て移送された空の状態で次の溶液を供給部へ供給してしまうと、互いの溶液同士の間に空隙が形成され、いわゆるインジェクションショックと呼ばれる測定結果の大きな変化が生じてしまう。このため、参照溶液の測定結果と誠料溶液の測定結果との微量な変化量の比較が困難となり、測定の精度が確保できなくなってしまう。このため、溶液の供給作業には作業者の熟練を要していた。
【0010】
そこで、参照溶液と試料溶液とをフローセルに順次供給する方法として、例えば複数のシリンジボンプを用いる方法が提案されている。具体的には、これらシリンジボンプをリキッドスイッチの入液側にチューブ等で各々接続するとともに、リキッドスイッチの出液側をフローセルに接続して、溶液毎にリキッドスイッチを切り替えることにより、フローセルに順次参照溶液と試料溶液とを供給する方法である。ところが、この方法では、シリンジポンプ、リキッドスイッチおよびチューブ等の多数の部品を用いるとともに、これらを複雑に接続するので、装置の構成が複雑になり、設備費用が嵩むという問題が生じている。また測定精度を確保するため、試料溶液の測定毎にシリンジポンプ、リキッドスイッチおよびチューブ等を交換したり、洗浄や乾燥したりしなければならないので、手間がかかり、作業効率が悪かった。
【0011】
また、参照溶液と試料溶液とをフローセルに順次供給する他の方法としては、予めフローセルの流路に参照溶液を貯留しておき、まず参照溶液の測定を行った後、フローセルに試料溶液を供給して試料溶液の測定を行う方法も提案されている。ところが、この方法では、例えば抗体塗布部分など流路内に構成された検出部が長期に亘って参照溶液に晒されることとなるので、その検出部が劣化して、測定精度に影響を及ぼすことがあった。
【0012】
そこで、このような問題を解決するために、複数の毛細管で吸引ポンプを構成し、毛細管の外気側を複数のシール部材で封止し、溶液毎にそのシールを開封することによって、任意のタイミングで任意の溶液を流すことのできるフローセルが提案されている(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2002−148187号公報
【特許文献2】国際公開第2009/145172号
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Martin Zimmermann, Heinz Schmid, Patrick Hunziker and Emmanuel Delamarche、“Capillary pumps for automous capilally systems”、The Royal Society of Chemistry 2007. Lab Chip. 2007. 7.p.119-125、First published as an Advance Article on the web 17th October 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、上述したフローセルでは、溶液が各毛細管の入り口に達して毛細管力が発生する際に、流速が大きく変化するので、検出部での流速に瞬間的な変動、いわゆるパルス状の変動が重畳されてしまう。すると、多数の毛細管を集積したポンプにおいては、毛細管毎にパルス状の流速変動が発生するので、常時パルスが生じることとなってしまう。これが試料測定中においては流速ノイズとなるため、測定精度の向上に限界があった。
【0016】
また、上述したような毛細管ポンプを備えたフローセルでは、試料溶液の流速が、毛細管ポンプによる吸引の初期が一番速く、その吸引が進むにつれて低下していく。例えば、断面が半径rの円形の断面を有する毛細管の中を毛細管力によって液体が進む線速度vは、下式(1)で求められる。この下式(1)において、γは表面張力、ηは粘性係数、θは接触角、tは時間である。
【0017】
【数1】

【0018】
このため、液体との接触面積が大きくなるように毛細管内面の形状を加工したり、複数の毛細管を次々分岐させたりなどすることにより、流速の低下を抑えることが提案されている。ところが、幾何学形状が変化する箇所があると、大きな流速変動が起きてしまうので、この場合にもやはり測定精度の向上に限界があった。さらに、そのような構造の毛細管ポンプでは、大面積に微細加工を施さなければならないので、製作コストが大きなものとなっていた。
【0019】
そこで、本発明は、測定精度を向上させることができるフローセルおよびフローセルの送液方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上述したような課題を解決するために、本発明に係るフローセルは、試料溶液が供給される供給部と、この供給部に一端が接続され、供給部に供給された試料溶液を毛細管力により移送する第1の流路と、この第1の流路の途中に設けられた検出部と、第1の流路の他端が接続され、第1の流路から移送されてきた試料溶液を毛細管力により移送する第2の流路と、この第2の流路に一端が接続され、第2の流路の試料溶液を毛細管力により移送する複数の管とを備えたフローセルであって、複数の管による毛細管力の絶対値は、第1の流路の毛細管力の絶対値および第2の流路の毛細管力の絶対値よりも小さいことを特徴とするものである。ここで、第1の流路の毛細管力の絶対値は、複数の管の毛細管力の絶対値のうち、最も小さい毛細管力よりも大きいものとなっている。
【0021】
上記フローセルにおいて、基板をさらに備え、供給部は、基板上面に形成された凹部からなり、第1の流路は、基板内部に形成された管からなり、第2の流路は、基板内部に形成された空洞からなり、複数の管は、基板上面と空洞とを連通する孔からなるようにしてもよい。
【0022】
また、本発明に係るフローセルの送液方法は、試料溶液が供給される供給部と、この供給部に一端が接続され、供給部に供給された試料溶液を毛細管力により移送する第1の流路と、この第1の流路の途中に設けられた検出部と、第1の流路の他端が接続され、第1の流路から移送されてきた試料溶液を毛細管力により移送する第2の流路と、この第2の流路に一端が接続され、第2の流路の試料溶液を毛細管力により移送する複数の管とを備え、複数の管による毛細管力の絶対値は、第1の流路の毛細管力の絶対値および第2の流路の毛細管力の絶対値よりも小さいフローセルの送液方法であって、第1の液体と、第2の液体とを順に供給部に供給するステップを有し、第1の溶液の体積は、第1の流路および第2の流路の体積和以上第1の流路、第2の流路および複数の管の体積和未満であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、複数の管による毛細管力の絶対値が、第1の流路の毛細管力の絶対値および第2の流路の毛細管力の絶対値よりも小さいので、第1の流路および第2の流路が試料溶液によって満たされるまでは管による試料溶液の移送が行われないため、試料溶液が各管の入り口に達する度にその管による移送が生じることを防ぐことができる。これにより、管毎に流速変動が発生して試料溶液の流速が大きく変化するのを防ぐことができるので、結果として、測定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、本発明の実施の形態に係るフローセルの構成を模式的に示す斜視図である。
【図2A】図2Aは、本発明の実施の形態に係るフローセルにおける液体の動作を説明するための図である。
【図2B】図2Bは、本発明の実施の形態に係るフローセルにおける液体の動作を説明するための図である。
【図2C】図2Cは、本発明の実施の形態に係るフローセルにおける液体の動作を説明するための図である。
【図2D】図2Dは、本発明の実施の形態に係るフローセルにおける液体の動作を説明するための図である。
【図2E】図2Eは、本発明の実施の形態に係るフローセルにおける液体の動作を説明するための図である。
【図2F】図2Fは、本発明の実施の形態に係るフローセルにおける液体の動作を説明するための図である。
【図3A】図3Aは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図3B】図3Bは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図3C】図3Cは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図3D】図3Dは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図3E】図3Eは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図3F】図3Fは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図4A】図4Aは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例におけるシミュレーション結果を示す平面図である。
【図4B】図4Bは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例におけるシミュレーション結果を示す平面図である。
【図4C】図4Cは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例におけるシミュレーション結果を示す平面図である。
【図5】図5は、本発明の実施の形態に係るフローセルの第1の実施例における流速の変化を示すグラフである。
【図6A】図6Aは、比較例におけるシミュレーション結果を示す図である。
【図6B】図6Bは、比較例におけるシミュレーション結果を示す図である。
【図6C】図6Cは、比較例におけるシミュレーション結果を示す図である。
【図7】図7は、第1の実施例と比較例の流速の変化を示すグラフである。
【図8A】図8Aは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第2の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図8B】図8Bは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第2の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図8C】図8Cは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第2の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図8D】図8Dは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第2の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図8E】図8Eは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第2の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図8F】図8Fは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第2の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図8G】図8Gは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第2の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図8H】図8Hは、本発明の実施の形態に係るフローセルの第2の実施例におけるシミュレーション結果を示す斜視図である。
【図9】図9は、本発明の実施の形態に係るフローセルの第2の実施例における流速の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0026】
<フローセルの構成>
本実施の形態に係るフローセルは、図1に示すように、下部基板101と、下部基板101の上に配置される上部基板102とから構成される。この下部基板101および上部基板102には、上部基板102に形成された試料溶液が供給される供給部103と、下部基板101および上部基板102の対向する面の間に配置され、供給部103に一端が接続された流路104と、流路104の途中に設けられた検出部105と、下部基板101および上部基板102の対向する面の間に配置され、流路104の他端が接続された接続領域106と、上部基板102を貫通して接続領域106に到達する複数の貫通孔107を備える移送部108とが形成されている。また、貫通孔107が形成されている領域(接続領域106の領域)に対応する上部基板102の外部側表面には、凹部が形成されて排出部109を構成している。なお、排出部109は、形成されている必要はない。また、流路104の検出部105においては、SPR測定に適用する場合には、下部基板101の流路に露出する面に金(Au)などからなる金属薄膜が形成されている。なお、金属薄膜は、例えば、下部基板101の全域に形成されいてもよい。この場合、流路104の全域および接続領域106においても、一部に金属薄膜が露出していることになる。
【0027】
ここで、下部基板101および上部基板102は、ガラスやアクリル樹脂などの光を透過する材料から構成される。これにより、SPR測定等を実現することができる。
【0028】
供給部103は、上部が上部基板102から開口する凹部からなり、具体的には底部が封鎖された円筒形状(円管)を有している。
流路104は、第1の流路として機能し、断面矩形の管であり、その断面寸法は液体に対して毛細管現象が発現する範囲とされている。
【0029】
接続領域106は、第2の流路として機能し、直方体の空洞から構成され、その高さ、すなわち下部基板101および上部基板102の対向する方向(上下方向)の間隔は、流路104より液体が浸入したときに、上下方向に隙間が形成されない範囲とされている。言い換えると、浸入した液体が、接続領域106の上下の両面に同時に接触可能な状態とされていればよい。また、本実施の形態では、下部基板101と上部基板102の対向する方向に垂直な方向の接続領域106の幅が、流路104より広く形成され、この幅方向に、複数の貫通孔107からなる列が配置され、この列が、幅方向に垂直な流路方向に配列されている。
【0030】
移送部108を構成する貫通孔107は、例えば円筒形状(円管)であり、接続領域106とフローセル外部とを連通している。貫通孔107の孔径は、液体に対して毛細管現象が発現する範囲とされている。ここで、移送部108は、貫通孔107に働く毛細管力の合計が、流路104に働く毛細管力および接続領域106に働く毛細管力よりも小さくなるように設定されている。
【0031】
<フローセルの動作原理>
次に、本実施の形態に係るフローセルの動作原理について、毛細管力および流路抵抗の観点から図2A〜図2Fを参照して説明する。
なお、以下においては、図2Aに示すように、円管からなる供給部103の半径をri、矩形断面を有する流路104の幅をw、高さをh、長さをl、貫通孔107の半径をrcとして説明を行う。ここで、供給部103の半径riは貫通孔107の半径rcよりも大きいものとする。
【0032】
はじめに、一般的な毛細管に働く毛細管力および流路抵抗について説明する。
曲率半径r1,r2の楕円体が有する圧力差Pは、ヤング・ラプラスの方程式より下式(2)で表される。この下式(2)において、γは表面張力である。
【0033】
P=γ(1/r1+1/r2) ・・・(2)
【0034】
半径rの円形断面を有する毛細管による毛細管力Pcは、下式(3)で表される。
【0035】
c=−(2γcosθ/r) ・・・(3)
【0036】
幅w、高さhの矩形断面を有する毛細管による毛細管力Pcは、下式(4)で表される。
【0037】
c=−γ{(cosθr+cosθl)/w+(cosθt+cosθb)/h}
・・・(4)
【0038】
上式(4)において、θr、θl、θt、θbは、順番に矩形毛細管の右面、左面、天面、底面との接触角である。矩形毛細管の各面が同じ接触角θの場合、毛細管力Pcは、下式(5)で表される。
【0039】
c=−2γcosθ(1/w+1/h) ・・・(5)
【0040】
半径r、長さlの円形断面を有する毛細管の流路抵抗Rは、下式(6)で表される。
【0041】
R=8l/πr4 ・・・(6)
【0042】
幅w、高さh、長さlの矩形断面を有する毛細管の流路抵抗Rは、下式(7)で表される。
【0043】
R=4l/{h22F(h/w)} ・・・(7)
【0044】
ここで、関数F(x)は、下式(8)で表される。
【0045】
【数2】

【0046】
次に、これらを踏まえて、本実施の形態に係るフローセルにおける液体の移送について説明する。なお、説明の簡単にするため、本実施の形態に係るフローセルが同一の材料からなり、液体との接触角がすべて同一でθとする。
フローセルの供給部103に液体を供給すると、円形断面を有する供給部103の半径riが、矩形断面を有する流路104の短辺hよりも充分長いものと仮定しているので、上式(3)、(5)の比較から、その液体を供給部103内部に留めておく力よりも流路104側に引き込む力の方が強くなるので、液体は供給部103から流路104に流れ込む。すなわち、下式(9)の関係が満たされていれば、流路104に液体が流れ込むこととなる。
【0047】
1/ri<1/w+1/h ・・・(9)
【0048】
このとき、検体の測定において少量の参照溶液を供給する場合のように、供給部103に少量の液滴を流路104の入り口に配置した場合においても、上式(2)は正圧、上式(5)は負圧を意味するので、やはり流路104側に液体が流れ込むこととなる。以下、毛細管力は負圧であるが、大きさの比較は絶対値で行うものとする。
【0049】
流路104に流入した液体は、矩形断面を有する接続領域106に到達すると、同じく矩形断面を有する流路104よりも幅が広くなるために受ける毛細管力が小さくなるが、依然として供給部103の毛細管力よりも大きな毛細管力を受けるので、接続領域106内を進行していく。このまま接続領域106を進行していくと貫通孔107の下部に到達するが、貫通孔107の半径rcが下式(10)の関係を満たしていれば、図2Bに示すように、液体αは、貫通孔107に吸引されず、貫通孔107直下の部分を除いて接続領域106内に満たされることとなる。
【0050】
1/rc<1/w2+1/h ・・・(10)
【0051】
ここで、w2は、接続領域104内における液体の幅を示し、接続領域106内を進行するにつれ、その液面形状に応じて変化する。貫通孔107同士が十分離れている場合には、w2が大きくなるので、上式(10)の右辺の第一項の寄与は小さくなる。すなわち、少なくとも下式(11)を満たしていれば、液体は、貫通孔107に吸引されず、貫通孔107直下の部分を除いて接続領域106内を満たすこととなる。
【0052】
1/rc<1/h ・・・(11)
【0053】
さらに供給部103に液体が供給されると、貫通孔107と競合する液体の吸引部分がなくなるので、接続領域106における貫通孔107直下の部分や貫通孔107下部まで液体で満たされる。このように、流路104および接続領域106の体積和と略同一の体積の液体、または、流路104および接続領域106の体積和以上で流路104、接続領域106および複数の貫通孔107の体積和未満の液体が供給された後、供給部103からの液体の供給が止まると、下式(12) が成立していれば、複数の貫通孔107から構成される移送部108による毛細管力よりも流路104による毛細管力の方が大きいので、流路104の入り口にメニスカスが形成され、このメニスカスが移動しない。このため、図2Cに示すように、接続領域106内とともに流路104内も液体αで満たされた状態が形成される。
【0054】
1/rc<1/w+1/h ・・・(12)
【0055】
この状態は安定しており、液体の移動が生じない。そこで、例えば、検体を測定する場合において、上述したような液体αとして、抗体活性を復活させることができ検体液と同等の屈折率を有する参照液を供給すれば、蒸発が生じないと仮定すると、検体液の測定の前に参照液を任意の時間フローセル内部に安定して貯留することができる。これは、流路104に設けられた検出部105の抗体の活性が復活するまでの時間を任意に取ることができることも意味している。
【0056】
そして、参照液からなる液体αに続いて検体液からなる液体βを供給部103に供給すると、流路104の入り口でのメニスカスに代わって供給部103内側面にメニスカスが形成されるので、下式(13)の関係から、複数の貫通孔107による毛細管力の方が、供給部103に形成されたメニスカスによる毛細管力よりも大きくなる。すると、図2Dに示すように、複数の貫通孔107により液体が吸引され、流路104を液体βが流れるようになる。
【0057】
1/ri<1/rc ・・・(13)
【0058】
上述したような検体液からなる液体βの流れは、供給部103から検体液がなくなるか、移送部108の貫通孔107すべてが吸引を終了するまで続くことになる。これにより、参照液によって抗体活性が充分復活した後に検体液を供給すると、接続領域106を充填する際の液面の融合や貫通孔107への新たなメニスカスの形成が行われないので、検出部105における検体液の流れの流速ノイズが小さくなる。
また、抗体活性の復活のための前処理を必要としない測定においても、流路104および接続領域106の体積和以上で流路104、接続領域106および複数の貫通孔107の体積和未満の所定の量の検体液を流して、接続領域106および移送部108の貫通孔107下部などが満たされた段階から測定を開始すれば、流速低下が小さく、かつ、流速ノイズが小さい時間領域での測定ができるので、精度の高い測定結果を得ることができる。
【0059】
一方、上式(10)または上式(11) を満たさないようなフローセルでは、図2Eに示すように、接続領域106を満たす前に一部の貫通孔107による液体αの吸引が発生するため、流速ノイズの大きな流れとなる。この場合には、図2Fに示すように、検体液βを供給した時点においても、流速ノイズが発生することになる。
【0060】
参照液の次に供給される検体液の流れは、上述したメカニズムより流速変動(流速低下)が小さく、また流速ノイズも小さい。この時の流速は、下式(14)で概算することができる。
【0061】
v=(ΔP)/(ηSR) ・・・(14)
【0062】
ここで、ηは粘性係数、Sは流路104の断面積(wh)、Rは流路抵抗(上式(7))、ΔPは移送部108における貫通孔107と供給部103との圧力差であり下式(15)で表される。
【0063】
ΔP=2γcosθ(1/rc−1/ri) ・・・(15)
【0064】
また、検体液が流れる時間Tは、下式(16)で表される。
【0065】
T=(ncπrc2c)/(vS) ・・・(16)
【0066】
<実施例および比較例>
次に、本実施の形態に係るフローセルの実施例と、比較例とついて説明する。これらは、具体的数値を用いたシミュレーション結果であり、フローセルに供給する液体を水(粘性係数η=1.002×10-3[Pa・s]、表面張力γを72.75×10-3[N/m]、接触角を60度として計算している。また、各実施例および比較例において、共通の幾何学的パラメータとしては、供給部103の半径ri=1.5[mm]、供給部103の高さhi=4[mm]、流路104の幅w=0.6[mm]、流路104の長さl=2.5[mm]、移送部108における貫通孔107の高さhc= 4[mm]、貫通孔107の数nc=15、貫通孔107の半径rc=0.1[mm]とし、移送部108における貫通孔107を3列×5列に配置した。
【0067】
[第1の実施例]
第1の実施例は、流路104の高さh=0.075[mm]としたものであり、このときのシミュレーション結果を図3A〜図3Fおよび図4A〜図4Cに示す。ここで、図3A〜図3Fは、各時刻における液体の動きを示す斜視図、図4A〜図4Cは、各時刻における接続領域106の液体の動きを示す平面図である。
【0068】
本実施例は、図3Aに示すように、供給部103に液体が充填された時点を時刻0.0秒として計算を開始した。
【0069】
まず、図3Bに示す時刻0.085秒において、液体は、流路104を通過して接続領域106の中央にまで到達している。さらに、時刻0.150秒では、図3Cに示すように、液体が接続領域106内を満たしていない部分が残り僅かの状態となっている。ここで、図3Bと同時刻である図4Aからわかるように、接続領域106内部の流体は、貫通孔107直下の部分を避けて流れていることがわかる。また、図3Cと同時刻である図4Bには、接続領域106内部の流体が貫通孔107直下の部分を避けて流れていることがより鮮明に示されている。さらに、図4Cに示す時刻0.175秒では、接続領域106すべてに亘って液体が充填され、何本かの貫通孔107が液体の吸引を開始している。
【0070】
そして、時刻0.258秒(図3D)、0.490秒(図3E)と各貫通孔107による吸引が継続され、時刻0.630秒では、図3Fに示すように、すべての貫通孔107の吸引が終了している。
【0071】
ここで、図3D、図3Fに示す時刻0.258秒、0.490秒において、中央部に位置する貫通孔107aに注目すると、液体を吸い上げる高さが、時刻0.258秒よりも時刻0.490秒の方が低くなっている。すなわち、時間が進むにつれて液面が下降している。これは他の貫通孔107が液体を吸い上げる際、流路104からの液体の供給量が不足しているので、自らが他の貫通孔107への液体の供給源になったためである。このように、各貫通孔107は、流路104からの流入を一定にするよう協調して動作すことにより、全体として一定の流速での液体の吸引を実現している。
【0072】
図5は、流路104の中央で検出部105から0.0375[mm]上方(流路104断面における中央,0.5h)における流速(中心速度v00)の変化を示すグラフである。ここで、0.17秒程度までは、接続領域106を満たすために液面が複雑な動きをするので、流速が大きく変動しており、接続領域106を進行するにつれてベースラインも大きく低下している。ところが、0.17秒を過ぎた頃から、貫通孔107の協調的な吸引が開始されているので、流速のノイズが極めて小さく、ベースラインもほぼフラットである、すなわち流速変動が小さく流速ノイズが小さい送液が行われていることがわかる。また、送液の最後の期間においては、急激な速度低下が起きているので、送液の終了を容易に検出することができる。
【0073】
ここで、上式(16) 式における分子ncπrc2cは毛細管の内容積の和であり、具体的には、1.9×10-9[m3]である。分母Svは体積流速を表しており、平均流速に断面積を乗じたものである。平均流速vと中心流速v00の関係は下式(17)で表される。
【0074】
【数3】

【0075】
上式(17)において、F(x)は上式(8)で与えられ、xは矩形断面のアスペクト比h/wである。本実施例の場合、右辺の具体的値は0.61程度である。図5のグラフより、貫通孔107が液体を吸引している状態におけるその液体の中心流速がおよそ0.14[m/s]程度であり、体積流速は3.8×10-9[m3/s]となるため、貫通孔107の吸引時間Tは0.5秒程度となる。これは図5のグラフから読み取った貫通孔107による吸引時間とほぼ一致している。このように、初期の流速変動の大きな時期を過ぎた後の安定した流速の期間に測定を行えば、精度の良い測定を行えることがわかる。
【0076】
[比較例]
本比較例は、流路104の高さh=0.1[mm]としたものであり、フローセルの他の構成は第1の実施例と同等である。この場合のシミュレーション結果を図6A〜図6Cに示す。この図6A〜図6Cにおいて、左図は各時刻における液体の動きを示す斜視図、右図は同時刻における接続領域106の液体の動きを示す平面図である。
本比較例においても、上述した第1の実施例と同様、供給部103に液体が充填された時点を時刻0.0秒として計算を開始した。
【0077】
図6Aに示す時刻0.050秒では、接続領域106における貫通孔107直下の部分は液体で満たされていないが、図6Bに示す時刻0.100秒では流路104に近い貫通孔107において液体の吸い上げが始まっている。さらに、図6Cに示す時刻0.200秒では、接続領域106の一部が満たされていないにも関わらず、多くの貫通孔107で吸い上げが行われている。
【0078】
図7は、流路104の中央で検出部105から0.05[mm]上方(流路断面における中央,0.5h)における流速の時間変化であり、参考のため、第1の実施例のフローセル(h=0.075[mm])の結果も記載する。比較例であるh=0.1[mm]のフローセルでは、複数の貫通孔107による協調的な吸い上げと、接続領域106でのメニスカスの複雑な動きが同時に行われているため、流速ノイズが大きくなっている。また、流路104および接続領域106の高さhが第1の実施例よりも大きくなっているため、流路抵抗が小さくなっており、この結果、流速が大きくなっている。
【0079】
[第2の実施例]
第2の実施例は、第1の実施例と同様、流路104の高さh=0.075[mm]としたフローセルに、参照液で抗体活性の復活を行った後、参照液と同じ物性と仮定した検体液を供給したときのシミュレーション結果である。これを図8A〜図8Hおよび図9に示す。ここで、図8Aは、フローセル全体の構成を示す斜視図、図8B〜図8Hは、各時刻における液体の動きを示す斜視図であり、液面のみを示している。また、図9は、流路104の中央で検出部105から0.0375[mm]上方(流路104断面における中央,0.5h)における流速(中心速度v00)の変化を示すグラフである。
【0080】
本実施例では、フローセルの流路104、接続領域106および貫通孔107の下部が参照液で充填されている状態を初期状態(時刻0.0秒)としており、時刻0.199秒に検体液を供給部103に導入して場合について計算を行っている。
【0081】
図8A〜図8Cに示す時刻0.001秒、0.198秒においては、流路104および接続領域106の体積和と略同一の体積の参照液が供給され、流路104、接続領域106および貫通孔107の下部に充填されている。このとき、流路104と供給部103との接続部付近にメニスカスが形成されており、参照液には、そのメニスカスによる毛細管力が働いている。また、移送部108の各貫通孔107下部にもメニスカスが形成されており、参照液には、そのメニスカスによる毛細管力が働いている。これらの毛細管力のうち、流路104と供給部103との接続部付近に形成されるメニスカスによる毛細管力の方が大きいため、参照液が移送されないので、フローセルの流路104、接続領域106および貫通孔107の下部が参照液で充填された状態が継続され、液面がほとんど変化しない。
【0082】
図9に示すように、約0.02秒の時点では、貫通孔107下部、流路104の入り口でメニスカスが形成されるので、パルス的な流速が生じている。このように一度メニスカスが形成されると、上式(12)の条件を満足するので、安定した状態となる。すなわち、検出部105では流速0の状態が継続する。上述したように、時刻0.199秒の時点で検体液を供給部103に導入しているので、その直前の時刻0.198秒まではその安定した状態が継続している。
なお、検体液の導入時刻は任意に設定できる。また、この間、参照液は、検出部105上に滞留するので、検体液の導入時間を任意に設定することにより、抗体活性復活の時間も任意に設定することができる。
【0083】
このような状態を実現したのち、次に試料溶液を供給部103に供給すると、流路104と供給部103の接続部に形成されていたメニスカスが消失し、供給部103内側面にメニスカスが形成される。しかしながら、このメニスカスによる毛細管力は小さいので、各貫通孔107下部に形成されたメニスカスによる毛細管力により、各貫通孔107において参照液および検体液の吸い上げが行われる。これにより、供給部103に供給された検体液は、図8D〜図8Hに示すように、流路104および接続領域106を通過して、貫通孔107へと移送されていく。
【0084】
時刻0.199秒(図8D)に供給部103に供給される検体液は、計算の都合上、円柱形を初期形状としている。この結果、上述したように供給部103壁面でメニスカスが形成されるため、検体液の上表面は、ごく初期段階において振動する。この影響により、図9に示すように、時刻0.2秒から0.23秒までは流速変動が生じている。その後、検体液の上液面の振動が止むと、定常的に流速ノイズが小さく、流速変動の小さい流れとなる。実際の検体液の供給はピペットによる供給を想定しているが、これによる検体液の初期流速変動時間は、本実施例と大きく変わることはないと考えられる。この検体液の初期流速変動時間を避けて、抗原抗体反応の測定を行うことにより、精度の高い結果を得ることができる。また、移送部108の各貫通孔107の下部には既にメニスカスが形成されているので、このメニスカス形成による流速ノイズが生じない。したがって、試料溶液の流速が大きく変化するのを防ぐことができるため、測定精度を向上させることができる。
【0085】
なお、第1,第2の実施例では、計算機の演算処理能力の関係上、貫通孔107の本数を15本として計算を行っているが、より多数の貫通孔107を設けた場合においても第1,第2の実施例と同等の結果を得ることができる。
例えば、第1の実施例において、貫通孔107の本数を660本とした場合、貫通孔107による吸引時間は22秒となる。このとき、流路104の長さを10[mm]にすると、流路抵抗が増加するので、吸引時間が88秒となり、より長時間の測定を行うことができる。このように、測定時間やタイミングに合わせて、流速ノイズが小さく流速低下も小さい期間を設定することができる。
【0086】
以上説明したように、本実施の形態によれば、複数の貫通孔107による毛細管力の絶対値が、流路104の毛細管力の絶対値および接続領域106の毛細管力の絶対値よりも小さいので、流路104および接続領域106が試料溶液によって満たされるまでは複数の貫通孔107による試料溶液の移送が行われないため、試料溶液が各貫通孔107の入口に達する度にその貫通孔107による移送が生じることを防ぐことができる。これにより、貫通孔107毎に流速変動が発生して試料溶液の流速が大きく変化するのを防ぐことができるので、結果として、測定精度を向上させることができる。
【0087】
また、供給部103に、流路104および接続領域106の体積和以上で流路104、接続領域106および複数の貫通孔107の体積和未満の参照液を供給すると、流路104、接続領域106および移送部108の各貫通孔107下部などが参照液で満たされる。このとき、流路104と供給部103との接続部付近にメニスカスが形成されており、参照液には、そのメニスカスによる毛細管力が働いている。また、移送部108の各貫通孔107下部にもメニスカスが形成されており、参照液には、そのメニスカスによる毛細管力が働いている。これらの毛細管力のうち、流路104と供給部103との接続部付近に形成されるメニスカスによる毛細管力の方が大きいため、参照液が移送されないので、フローセルの流路104、接続領域106および貫通孔107の下部が参照液で充填された状態が継続され、液面がほとんど変化しない。このような状態を実現したのち、次に試料溶液を供給部103に供給すると、流路104と供給部103の接続部に形成されていたメニスカスが消失し、供給部103内側面にメニスカスが形成される。しかしながら、このメニスカスによる毛細管力は小さいので、各貫通孔107下部に形成されたメニスカスによる毛細管力により、各貫通孔107において参照液および検体液の吸い上げが行われる。これにより、供給部103に供給された検体液は、流路104および接続領域106を通過して、貫通孔107へと移送されていく。このとき、移送部108の各貫通孔107の下部には、既にメニスカスが形成されているため、メニスカス形成による流速ノイズが生じないので、試料溶液の流速が大きく変化するのを防ぐことができ、結果として、測定精度を向上させることができる。
【0088】
また、各貫通孔107は、流路104からの幾何学的位置関係がすべて同一ではないので、液体を吸い上げる開始時刻が同時ではない。このため、各毛細管で異なる液面高さで吸い上げる状況が形成される。一般に、毛細管力による液面上昇速度(吸い上げ速度)は高く吸い上げているものほど小さい。高い液面の貫通孔107と低い液面の貫通孔107とが隣接していると、高い液面の方が下降する状況が起こり得る。このため、各貫通孔107が液体を協調的に吸い上げるので、移送部108としてほぼ一定の速度で送液する状況を実現することができる。
【0089】
また、各貫通孔107で協調的に液体が吸い上げられるので、各貫通孔107において吸い上げ終わる時刻もまとまることとなる。これにより、吸い上げ終了時の流速ノイズ発生期間を短縮することができるので、測定時に流速ノイズの小さい期間を長く提供することができる。
【0090】
また、フローセルにおいて、その流速変動を小さく抑えることができ、一定流速でかつ流速ノイズの小さい期間が長い、毛細管駆動の送液機構および送液方法を提供することができるので、フロー分析において操作の簡便化、低コスト化、測定精度の向上、高感度化を実現できる。特に、イムノアッセイにおいては、検体液の測定の前に参照液を一定時間貯留することができるため、抗体活性復活の時間を充分長く取ることができる。さらにSPR表面プラズモン共鳴(SPR:surface plasmon resonance)装置を用いたイムノアッセイでは検体液に近い屈折率を有する参照液を用いることで、抗原抗体反応を精度よく検出することが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は、例えば、フロー分析、ケミカルセンサ、バイオセンサなどに用いられる、外部駆動力を必要とせずに一定流速で流速ノイズが小さいフローを実現する送液機構に適用することができる。
【符号の説明】
【0092】
101…下部基板、102…上部基板、103…供給部、104…流路、105…検出部、106…接続領域、107,107a…貫通孔、108…移送部、109…排出部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液が供給される供給部と、
この供給部に一端が接続され、前記供給部に供給された前記試料溶液を毛細管力により移送する第1の流路と、
この第1の流路の途中に設けられた検出部と、
前記第1の流路の他端が接続され、前記第1の流路から移送されてきた前記試料溶液を毛細管力により移送する第2の流路と、
この第2の流路に一端が接続され、前記第2の流路の前記試料溶液を毛細管力により移送する複数の管と
を備えたフローセルであって、
前記複数の管による毛細管力の絶対値は、前記第1の流路の毛細管力の絶対値および前記第2の流路の毛細管力の絶対値よりも小さい
ことを特徴とするフローセル。
【請求項2】
基板をさらに備え、
前記供給部は、前記基板上面に形成された凹部からなり、
前記第1の流路は、前記基板内部に形成された管からなり、
前記第2の流路は、前記基板内部に形成された空洞からなり、
前記複数の管は、前記基板上面と前記空洞とを連通する孔からなる
ことを特徴とする請求項1記載のフローセル。
【請求項3】
試料溶液が供給される供給部と、この供給部に一端が接続され、前記供給部に供給された前記試料溶液を毛細管力により移送する第1の流路と、この第1の流路の途中に設けられた検出部と、前記第1の流路の他端が接続され、前記第1の流路から移送されてきた前記試料溶液を毛細管力により移送する第2の流路と、この第2の流路に一端が接続され、前記第2の流路の前記試料溶液を毛細管力により移送する複数の管とを備え、複数の前記管による毛細管力の絶対値は、前記第1の流路の毛細管力の絶対値および前記第2の流路の毛細管力の絶対値よりも小さいフローセルの送液方法であって、
第1の液体と、第2の液体とを順に前記供給部に供給するステップ
を有し、
第1の溶液の体積は、前記第1の流路および前記第2の流路の体積和以上前記第1の流路、前記第2の流路および前記複数の管の体積和未満である
ことを特徴とするフローセルの送液方法。


【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図2E】
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【図2F】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図3D】
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【図3E】
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【図3F】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図8C】
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【図8D】
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【図8E】
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【図8F】
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【図8G】
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【図8H】
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【図9】
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