説明

ブラスめっき鋼線の製造方法、ブラスめっき鋼線およびそれを用いた空気入りタイヤ

【課題】環境に配慮しつつ、ゴムとの接着性に優れたブラスめっき鋼線の製造方法、ブラスめっき鋼線およびそれを用いた空気入りタイヤを提供する。
【解決手段】シアン化合物を含まない非シアンブラスめっき浴を用いて鋼線にブラスめっき処理を施すブラスめっき鋼線の製造方法である。非シアンブラスめっき浴が、銅塩と、亜鉛塩と、ピロリン酸アルカリ金属塩と、アミノ酸またはその塩から選ばれた少なくとも一種と、を含有し、かつ、pHが8.5〜14であり、ブラスめっき処理を、鋼線の伸線加工による伸線加工歪を是正する熱処理後に、非シアンブラスめっき浴の浴温50℃以下、陰極電流密度3〜10A/dmの条件で施すことにより、ブラスめっき被膜厚を800nm以下で、かつ、ブラスめっき結晶平均粒径を50nm以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブラスめっき鋼線の製造方法、ブラスめっき鋼線およびそれを用いた空気入りタイヤに関し、詳しくは、環境に配慮しつつ、ゴムとの接着性に優れたブラスめっき鋼線の製造方法、ブラスめっき鋼線およびそれを用いた空気入りタイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
ゴム物品の典型例である空気入りタイヤにおいては、近年、軽量化と耐久性の両立を可能とする技術開発が求められている。そのためには、タイヤを構成する各部材の品質向上が不可欠となっている。そのような中で、ビードワイヤの果たす役割も大きく、形状を工夫する等、様々な検討がなされている。
【0003】
ここで、ビードワイヤ表面にはゴムとの接着性を確保するためにめっきが施されており、主として、ブロンズ(銅−錫合金)めっき、ブラス(銅−亜鉛合金)めっきが適用されている。タイヤの耐久性向上にはめっきの改良による高接着性能化が極めて重要である。かかるブラスめっきに関しては、シアン含有のブラスめっき、あるいは、銅および亜鉛をそれぞれ単独でめっきした後、熱拡散処理により合金化する拡散めっき、の2つの手法が主流となっている。
【0004】
しかしながら、前者については、シアン化合物を用いることから環境的な問題が大きく、今後、廃止される見通しである。一方、後者については、特許文献1にあるようにブロンズめっき対比接着性が良好である。具体的には、ビードワイヤ線材を伸線し、銅および亜鉛をそれぞれ単独でめっき後、伸線加工歪を是正する熱処理と同時に熱拡散処理を施し、最後には無機酸による酸洗処理を行うことで、良好な接着性を得ている。また、これ以外にも、シアン化合物を使用しないブラスめっき処理の改良技術として、多数提案されている(例えば、特許文献2〜5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2872682号公報
【特許文献2】特開2007−270346号公報
【特許文献3】特開2009−149978号公報
【特許文献4】特開2009−215590号公報
【特許文献5】特開2007−177386号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載された技術はゴムとビードワイヤとの接着性については、ある程度の向上は見込めるものの、近年における適用タイヤの軽量化と耐久性向上の両立という高度な要求に応えるためには、さらなる改良が必要である。また、特許文献2〜5にはシアン化合物を使用しないブラスめっき処理が開示されてはいるものの、これらの技術をブラスめっき鋼線の製造に適用した際の詳細な検討はなされていない。
【0007】
そこで、本発明の目的は、環境に配慮しつつ、ゴムとの接着性に優れたブラスめっき鋼線の製造方法、ブラスめっき鋼線およびそれを用いた空気入りタイヤを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解消するために、シアン化合物を含有しないブラスめっき浴を用いたブラスめっき鋼線の製造方法について鋭意検討した結果、ゴムとブラスめっき鋼線との接着性を向上させるには、ブラスめっきの結晶粒径を50nm以下にすることが有効であることを見出した。かかる知見をもとに、さらに鋭意検討した結果、ブラスめっきの結晶粒径を50nm以下とするためには、所定の組成を有するブラスめっき浴を用い、所定の工程、条件でブラスめっき処理をすることにより可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明のブラスめっき鋼線の製造方法は、シアン化合物を含まない非シアンブラスめっき浴を用いて鋼線にブラスめっき処理を施すブラスめっき鋼線の製造方法において、
前記非シアンブラスめっき浴が、銅塩と、亜鉛塩と、ピロリン酸アルカリ金属塩と、アミノ酸またはその塩から選ばれた少なくとも一種と、を含有し、かつ、pHが8.5〜14であり、
前記ブラスめっき処理を、前記鋼線の伸線加工による伸線加工歪を是正する熱処理後に、前記非シアンブラスめっき浴の浴温50℃以下、陰極電流密度3〜10A/dmの条件で施すことにより、ブラスめっき被膜厚を800nm以下で、かつ、ブラスめっき結晶平均粒径を50nm以下とすることを特徴とするものである。
【0010】
本発明においては、前記アミノ酸またはその塩の濃度が0.05mol/L以上であることが好ましく、また、前記アミノ酸またはその塩が、ヒスチジンまたはその塩であることが好ましい。
【0011】
また、本発明のブラスめっき鋼線は、本発明のブラスめっき鋼線の製造方法により得られた、ブラスめっき被膜厚が800nm以下で、かつ、ブラスめっき結晶平均粒径が50nm以下であることを特徴とするものである。
【0012】
さらに、本発明の空気入りタイヤは、本発明のブラスめっき被膜厚が800nm以下で、かつ、ブラスめっき結晶平均粒径が50nm以下であるブラスめっき鋼線をビードワイヤに用いたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、環境に配慮しつつ、ゴムとの接着性に優れたブラスめっき鋼線の製造方法、ブラスめっき鋼線およびそれを用いた空気入りタイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好適な実施の形態について、詳細に説明する。
本発明に用いる非シアンブラスめっき浴は、銅塩と、亜鉛塩と、ピロリン酸アルカリ金属塩と、アミノ酸またはその塩から選ばれた少なくとも一種とを含有し、pHが8.5〜14である。非シアンブラスめっき浴を用いることで、環境への負荷を低減させている。また、この非シアンブラスめっき浴を用いて形成されたブラスめっき被膜のブラスめっきの結晶粒径は50nm以下であるため、得られたブラスめっき鋼線はゴムと優れた接着性を有する。さらに、上記非シアンブラスめっき浴を用いることにより、安定した組成のブラスめっき被膜を形成することができる。
【0015】
本発明においては、ブラスめっき処理は、鋼線の伸線加工による伸線加工歪を是正するための熱処理後に行われる。従来の拡散めっきでは、線材を通常のパテンティング処理および伸線加工を施すことにより所定の線径とし、次いで、銅および亜鉛をそれぞれ単独でめっき処理し、その後、伸線加工歪を是正する熱処理と同時に熱拡散処理を施し、無機酸による酸洗処理を行うことで製造されている。すなわち、従来の拡散めっきによると、ブラスめっき処理後に高温の熱拡散処理を経ていることから、ブラスめっきのめっき結晶粒は粗大化してしまい、加硫時にゴムとブラスめっきとの反応が阻害され、接着性を低下させてしまう結果となっていた。
【0016】
本発明においては、上記組成を有する非シアンブラスめっき浴を用いて、ブラスめっき被膜を1工程で形成し、従来のような高温の熱拡散処理を省いている。その結果、ブラスめっき結晶粒の粗大化を防止し、ブラスめっきの結晶粒径を50nm以下に維持することが可能となり、ゴムとブラスめっき鋼線との接着性を向上させることができる。なお、ブラスめっき結晶粒径は50nm以下であれば、特に下限については制限はなく、細かいほどよい。
【0017】
本発明においては、ブラスめっき処理における非シアンブラスめっき浴の浴温は50℃以下である。浴温が50℃を超えると、蒸発によるめっき液の濃度変化が大きくなってしまう。また、ブラスめっき処理の作業性を考慮すると、浴温は、30〜50℃の範囲であることが好ましい。
【0018】
本発明においては、ブラスめっき処理における陰極電流密度は3〜10A/dmである。陰極電流密度が3A/dm未満であると、ブラスめっき処理の作業性が低下し、ブラスめっき鋼線の生産性が悪くなる。一方、陰極電流密度が10A/dmを超えると、めっきヤケを生じてしまう。好適には5〜10A/dmである。
【0019】
本発明においては、ブラスめっき被膜厚は800nm以下である。ブラスめっき被膜厚が800nmを超えると、ブラスめっき処理に時間がかかりすぎてしまうため、ブラスめっき鋼線の生産性が低下してしまう。一方、ブラスめっき被膜厚が50nm以下であると、ゴムとブラスめっき鋼線との接着性を確保できる程度のブラスめっき被膜厚を得ることができない場合がある。好適には100〜500nmである。
【0020】
次に、本発明に用いる非シアンブラスめっき浴の組成について説明する。
本発明に用いる非シアンブラスめっき浴の銅塩としては、めっき浴の銅イオン源として公知のものであればいずれも使用可能であり、例えば、ピロリン酸銅、硫酸銅、塩化第2銅、スルファミン酸銅、酢酸第2銅、塩基性炭酸銅、臭化第2銅、ギ酸銅、水酸化銅、酸化第2銅、リン酸銅、ケイフッ化銅、ステアリン酸銅、クエン酸第2銅等を挙げることができ、これらのうち1種のみを用いてもよいし、2種以上を用いてもよい。
【0021】
本発明に用いる非シアンブラスめっき浴の亜鉛塩としては、めっき浴の亜鉛イオン源として公知のものであればいずれも使用可能であり、例えば、ピロリン酸亜鉛、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、スルファミン酸亜鉛、酸化亜鉛、酢酸亜鉛、臭化亜鉛、塩基性炭酸亜鉛、シュウ酸亜鉛、リン酸亜鉛、ケイフッ化亜鉛、ステアリン酸亜鉛、乳酸亜鉛等を挙げることができ、これらのうち1種のみを用いてもよいし、2種以上を用いてもよい。
【0022】
なお、非シアンブラスめっき浴に溶解している銅および亜鉛の和が、0.03〜0.30mol/Lの範囲であることが好ましい。0.03mol/L未満であると銅の析出が優先されてしまい、良好なブラスめっき被膜を得ることが難しくなる。一方、0.30mol/Lを超えるとブラスめっき被膜の表面に光沢が得られなくなってしまう。
【0023】
本発明に用いる非シアンブラスめっき浴のピロリン酸アルカリ金属塩としては、公知のものであればいずれでも使用可能であり、例えば、ピロリン酸ナトリウム、ピロリン酸カリウム塩を好適に用いることができる。
【0024】
本発明に用いる非シアンブラスめっき浴のアミノ酸としては、公知のものであればいずれでも使用可能であり、例えば、グリシン、アラニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、トレオニン、セリン、プロリン、トリプトファン、ヒスチジン等のα−アミノ酸若しくはその塩酸塩、ナトリウム塩等を挙げることができる。好ましくは、ヒスチジンまたはその塩である。なお、これらのうち1種のみを用いてもよいし、2種以上を用いてもよい。
【0025】
本発明における上記各成分の配合量は特に制限されず、適宜選択することができるが、工業的な取扱いを考慮すると、銅塩を銅換算で2〜40g/L、亜鉛塩を亜鉛換算で0.5〜30g/L、ピロリン酸アルカリ金属塩150〜400g/L、アミノ酸又はその塩を0.2〜50g/L程度とすることが好ましい。本発明においては、アミノ酸またはその塩の濃度は0.05mol/L以上とすることが好ましい。これにより、より効率的に均一な組成を有するブラスめっき被膜を形成することができる。
【0026】
本発明に用いる非シアンブラスめっき浴のpHは8.5〜14の範囲であり、好適には9〜12である。pHが8.5未満であると、均一な組成のブラスめっき被膜を得ることができない。一方、pHが14を超えると電流効率が低下してしまう。本発明においては、pH調整には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムのようなアルカリ金属水酸化物および水酸化カルシウムのようなアルカリ土類金属水酸化物を好適に用いることができ、好ましくは水酸化カリウムである。
【0027】
本発明においては、ブラスめっき処理については上記要件を満足することのみが重要であり、それ以外は、特に制限はない。例えば、ブラスめっき処理は、無攪拌下あるいは機械攪拌下又は空気攪拌下で行うことができる。この際、陽極としては、通常のブラスめっきに用いられるものであれば、いずれも使用できる。
【0028】
本発明においては、用いられる鋼線の線径や材質等については、特に制限されるものではなく、公知のものであればいずれも使用可能である。また、ブラスめっき処理を行う前に、鋼線には、常法に従ってバフ研磨、脱脂、希酸浸漬等の通常の前処理を施すことができ、あるいは光沢ニッケルめっき等の下地めっきを施すことも可能である。また、ブラスめっき処理後には、リン酸等による酸洗、水洗、湯洗、乾燥等の通常行われている操作を行ってもよい。
【0029】
本発明のブラスめっき鋼線は、本発明のブラスめっき鋼線の製造方法により得られた、ブラスめっき被膜厚が800nm以下で、かつ、ブラスめっき結晶平均粒径が50nm以下であるものである。本発明のブラスめっき鋼線は、ゴムとの接着性に優れているため、空気入りタイヤの補強材として好適に用いることができる。本発明のブラスめっき鋼線は、さらに伸線加工を加えると、その際に発生する熱によりブラスめっきの結晶粒径が粗大化してしまい、ゴムとの接着性が低下する。従って、本発明のブラスめっき鋼線は、ブラスめっき処理後に伸線工程を要しないビードワイヤとして好適に用いることができる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
(実施例1〜4)
SWRH72A、直径5.5mmの線材を、通常のビードワイヤの製造方法と同様にパテンティング処理、伸線加工を施し、直径1.8mmの鋼線とした。この鋼線に対し、所定の機械的特性が得られるように加熱温度、加熱時間を選択して、低温熱処理を行った。その後、酸洗、水洗後、下記組成を有する非シアンブラスめっき浴にて、ブラスめっきを施した。
【0031】
非シアンブラスめっき浴の組成は、硫酸銅:0.10mol/L、硫酸亜鉛:0.07mol/L、ピロリン酸カリウム:1.0mol/L、L−ヒスチジン(またはその塩酸塩):0.10mol/Lとした。pHは下記表1に示すとおりである。また、めっき条件は、陰極電流密度は6A/dm、通電時間は30秒、めっき浴温度は30℃とした。
【0032】
得られたブラスめっき鋼線について、めっき被膜の組成、めっき被膜厚、めっき被膜結晶の平均粒径を測定を行った。得られた結果を表1に示す。
【0033】
(比較例)
鋼線としてSWRH72A、直径5.5mmの線材に銅および亜鉛をそれぞれ単独でめっきした後、熱拡散処理により合金化する拡散めっきを実施した。ブラスめっき処理後、リン酸処理による酸洗、水洗を行い余分な表面の酸化亜鉛を除去した。得られたブラスめっき鋼線につき、実施例と同様、めっき被膜の組成、めっき被膜厚およびめっき被膜結晶の平均粒径の測定を行った。得られた結果を表1に示す。
【0034】
<めっき被膜平均結晶粒径>
めっきの断面を観察し、画像解析により求めた。また、めっき結晶粒が微細すぎて粒径を定量できない場合、50nm以下とした。
【0035】
<接着試験>
得られたブラスめっき鋼線の両側から、通常用いられるビードワイヤ用未加硫ゴムを貼り合わせて、145℃にて40分間加硫処理を行った。得られたゴム−ブラスめっき鋼線につき、鋼線の引き抜き試験を行って、その引き抜き力により接着性を評価した。比較例1の引き抜き力を100とした指数表示として、結果を表1に示す。この数値が大きいほど、接着性に優れている。
【0036】
【表1】

【0037】
表1よりに、本発明のブラスめっき鋼線の製造方法により製造されたブラスめっき鋼線は、ゴムとの接着性に優れていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シアン化合物を含まない非シアンブラスめっき浴を用いて鋼線にブラスめっき処理を施すブラスめっき鋼線の製造方法において、
前記非シアンブラスめっき浴が、銅塩と、亜鉛塩と、ピロリン酸アルカリ金属塩と、アミノ酸またはその塩から選ばれた少なくとも一種と、を含有し、かつ、pHが8.5〜14であり、
前記ブラスめっき処理を、前記鋼線の伸線加工による伸線加工歪を是正する熱処理後に、前記非シアンブラスめっき浴の浴温50℃以下、陰極電流密度3〜10A/dmの条件で施すことにより、ブラスめっき被膜厚を800nm以下で、かつ、ブラスめっき結晶平均粒径を50nm以下とすることを特徴とするブラスめっき鋼線の製造方法。
【請求項2】
前記アミノ酸またはその塩の濃度が0.05mol/L以上である請求項1記載のブラスめっき鋼線の製造方法。
【請求項3】
前記アミノ酸またはその塩が、ヒスチジンまたはその塩である請求項1または2記載のブラスめっき鋼線の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のうちいずれか一項記載のブラスめっき鋼線の製造方法により製造された、ブラスめっき被膜厚が800nm以下で、かつ、ブラスめっき結晶平均粒径が50nm以下であることを特徴とするブラスめっき鋼線。
【請求項5】
請求項4に記載のブラスめっき被膜厚が800nm以下で、かつ、ブラスめっき結晶平均粒径が50nm以下であるブラスめっき鋼線をビードワイヤに用いたことを特徴とする空気入りタイヤ。

【公開番号】特開2011−179099(P2011−179099A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−47152(P2010−47152)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】