説明

プラスチック成形品の改質方法及びプラスチック成形品

【課題】化合物の含浸量や分布を制御可能なプラスチック成形品の改質方法を提供する。また、厳しい使用条件下においても好適に使用可能な優れた性能を有するプラスチック成形品を提供する。
【解決手段】ガラス繊維で強化されたポリアミド66で構成された冠形保持器14を、ポリアミド66のガラス転移点以上の温度下で、超臨界二酸化炭素と潤滑油との相溶化物に浸漬することにより、冠形保持器14に潤滑油を含浸させる改質処理を施した。そして、この改質処理を施した冠形保持器14を、深溝玉軸受に組み込んだ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超臨界流体を用いたプラスチック成形品の改質方法、及び、改質されたプラスチック成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
超臨界二酸化炭素を用いてプラスチック成形品の改質を行う方法としては、例えば、特許文献1に開示のものがある。このプラスチック成形品の改質方法は、潤滑油を含有する超臨界二酸化炭素の中にプラスチック成形品を浸漬してプラスチック成形品中に潤滑油及び二酸化炭素を浸透させる工程と、プラスチック成形品の中に浸透した潤滑油及び二酸化炭素のうち二酸化炭素のみを除去する工程と、を備えるものである。そして、このような潤滑油の含浸によって、プラスチック成形品に潤滑油との親和性が付与される。
【特許文献1】特開2005−60473号公報
【特許文献2】特開2005−299923号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、潤滑油の含浸量や分布(例えば、潤滑油が高濃度に含浸されている部分がどの程度の深さ位置に配されているか)を制御することは容易ではなかった。そのため、含浸量や分布の制御が可能なプラスチック成形品の改質方法が望まれていた。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、化合物の含浸量や分布を制御可能なプラスチック成形品の改質方法を提供することを課題とする。また、本発明は、厳しい使用条件下においても好適に使用可能な優れた性能を有するプラスチック成形品を提供することを併せて課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1のプラスチック成形品の改質方法は、化合物を含浸させることによりプラスチック成形品を改質する方法において、前記プラスチック成形品を構成するプラスチックのガラス転移点以上の温度下で、超臨界流体と前記化合物との相溶化物を前記プラスチック成形品に接触させた後に、前記プラスチック成形品に浸透した前記化合物及び超臨界流体のうち超臨界流体のみを前記プラスチック成形品から除去することを特徴とする。
このような方法であれば、化合物の含浸量や分布(例えば、高濃度に含浸されている部分の深さ位置)を制御することができる。
【0005】
また、本発明に係る請求項2のプラスチック成形品の改質方法は、請求項1に記載のプラスチック成形品の改質方法において、前記超臨界流体を超臨界二酸化炭素としたことを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項3のプラスチック成形品の改質方法は、請求項1又は請求項2に記載のプラスチック成形品の改質方法において、前記プラスチック成形品を構成するプラスチックが結晶性高分子であることを特徴とする。
【0006】
さらに、本発明に係る請求項4のプラスチック成形品は、請求項1又は請求項2に記載のプラスチック成形品の改質方法により改質されたプラスチック成形品であって、前記化合物の含浸量が全体の0.05質量%以上2質量%以下であることを特徴とする。
含浸量が0.05質量%未満であると、改質により付加したい性能が十分に得られないという不都合が生じるおそれがあり、2質量%超過であると、プラスチック成形品の寸法が変化するという不都合が生じるおそれがある。
【0007】
さらに、本発明に係る請求項5のプラスチック成形品は、請求項4に記載のプラスチック成形品において、表面から深さ1500μmまでの部分の少なくとも一部に、前記化合物の濃度が最も高い最濃部が形成されていることを特徴とする。
前記最濃部が1500μmよりも深い部分に形成されていると、プラスチック成形品の強度が低下するという不都合が生じるおそれがある。
【0008】
さらに、本発明に係る請求項6のプラスチック成形品は、請求項5に記載のプラスチック成形品において、前記最濃部における前記化合物の濃度は、中心部における前記化合物の濃度の2倍以上であることを特徴とする。
前記濃度の比率が2倍未満であると、改質により付加したい性能が十分に得られないという不都合が生じるおそれがある。
【0009】
さらに、本発明に係る請求項7のプラスチック成形品は、請求項4に記載のプラスチック成形品において、表面から中心部までの距離をXとし、表面からXの6.6%だけ内方の部分における前記化合物の濃度が、表面からXの66%だけ内方の部分における前記化合物の濃度の3倍以上であることを特徴とする。
前記濃度の比率が3倍未満であると、改質により付加したい性能が十分に得られないという不都合が生じるおそれがある。
さらに、本発明に係る請求項8のプラスチック成形品は、請求項4〜7のいずれか一項に記載のプラスチック成形品において、結晶性高分子で構成されていることを特徴とする。
【0010】
さらに、本発明に係る請求項9のプラスチック成形品は、請求項8に記載のプラスチック成形品において、前記結晶性高分子が、ポリエチレン,ポリオキシメチレン,ポリフッ化ビニリデン,ポリアミド6,ポリアミド66,ポリフェニレンサルファイド,及びポリエーテルエーテルケトンのうちの少なくとも1種であることを特徴とする。
【0011】
さらに、本発明に係る請求項10のプラスチック成形品は、請求項4〜9のいずれか一項に記載のプラスチック成形品において、前記化合物が潤滑油であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項11のプラスチック成形品は、請求項10に記載のプラスチック成形品において、前記潤滑油が、ポリα−オレフィン,アルキルジフェニルエーテル,ジエステル,及びポリオールエステルのうちの少なくとも1種であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明のプラスチック成形品の改質方法によれば、化合物の含浸量や分布を制御可能である。また、本発明のプラスチック成形品は、化合物の含浸量や分布が制御されているので、厳しい使用条件下においても好適に使用可能な優れた性能を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本実施形態のプラスチック成形品の改質方法は、超臨界流体を用いて化合物を含浸させることによりプラスチック成形品を改質する方法であり、浸漬処理工程と蒸発除去工程とからなる。以下に、超臨界流体が超臨界二酸化炭素で、化合物が潤滑油である場合を例にして、プラスチック成形品の改質方法を説明する。
浸漬処理工程は、潤滑油と超臨界二酸化炭素との相溶化物の中にプラスチック成形品を浸漬する工程であり、該工程により、潤滑油及び二酸化炭素がプラスチック成形品中に浸透する。なお、超臨界二酸化炭素とは、臨界温度以上の温度を有し且つ臨界圧力以上の圧力を有する領域にある二酸化炭素である。ちなみに、二酸化炭素の臨界温度は31℃で、臨界圧力は72.8気圧(7.38MPa)である。
【0014】
浸漬処理工程における浸漬温度は、二酸化炭素の臨界温度以上且つプラスチック成形品を構成するプラスチックのガラス転移点以上である。プラスチック材料はガラス転移点を超えると、分子主鎖のミクロブラウン運動が可能になるまで自由体積が増加し、超臨界状態の二酸化炭素はプラスチック内部まで、より浸透しやすくなる。
また、浸漬処理工程における圧力は二酸化炭素の臨界圧力以上であり、より高い圧力である方が、二酸化炭素のプラスチックへの浸透度が向上し、改質の効率が向上するため好ましい。ただし、浸漬処理工程に使用する装置(以降は浸漬処理装置と記す)を高圧に耐え得るようにする必要が生じるため、該浸漬処理装置が大掛かりで高額なものになってしまう。したがって、浸漬処理装置の操作性や設備費等を考慮すると、圧力は100気圧以上300気圧以下(10.13MPa以上30.4MPa以下)の範囲が適当である。
【0015】
さらに、浸漬処理工程における浸漬時間は特に限定されるものではないが、プラスチック成形品の厚さや大きさ等を考慮して適宜設定される。
さらに、超臨界二酸化炭素中の潤滑油の濃度は特に限定されるものではないが、二酸化炭素の超臨界状態において概ね飽和溶解度となるように調整される。
【0016】
次に、蒸発除去工程について説明する。蒸発除去工程に使用する装置(以降は蒸発除去装置と記す)内を、二酸化炭素の臨界温度,臨界圧力未満とした後に、二酸化炭素を徐々に排出することにより蒸発除去装置内の圧力をゆっくり下げて、大気圧に戻す。これにより、プラスチック成形品の中に浸透した潤滑油及び二酸化炭素のうち二酸化炭素のみが蒸発して除去され、潤滑油はプラスチック成形品中に残される。
蒸発除去装置内のほぼ全ての二酸化炭素が蒸発すると、蒸発除去装置内には潤滑油のみが残り、プラスチック成形品が潤滑油に浸漬している状態となるので、このプラスチック成形品を潤滑油の中から取り出す。このとき、必要に応じて、プラスチック成形品の表面に付着した潤滑油を洗浄により除去してもよい。
【0017】
以上のような2つの工程によって、プラスチック成形品の内部に潤滑油の分子が浸透し、プラスチック分子間の自由体積に安定に存在することとなる。このことにより、高温,高圧等の条件下でプラスチック成形品を潤滑油に浸漬する処理、いわゆる単純な含油処理とは異なり、プラスチック成形品の表面近傍に限らず、比較的内部にまで潤滑油が浸透する。元々有していた自由体積に潤滑油が存在することとなるから、潤滑油が外部に滲出することはほとんどなく、改質効果が半永久的に持続すると同時に、機械的強度の低下を引き起こすおそれがほとんどない。
【0018】
潤滑油の含浸量は、浸漬温度,圧力,浸漬時間,超臨界二酸化炭素中の潤滑油の濃度等の条件により変化するが、プラスチック成形品の質量の0.05質量%以上2質量%以下であることが好ましい。
また、プラスチック成形品の表面から深さ1500μmまでの部分の少なくとも一部に、潤滑油の濃度が最も高い最濃部が形成されていることが好ましい。そして、その最濃部における潤滑油の濃度は、プラスチック成形品の中心部における潤滑油の濃度の2倍以上であることが好ましい。ただし、最濃部は、表面から深さ500μmまでの部分に形成されていることがより好ましく、表面から深さ100μmまでの部分に形成されていることがさらに好ましい。
【0019】
あるいは、プラスチック成形品の表面から中心部までの距離をXとした場合に、表面からXの6.6%だけ内方の部分における潤滑油の濃度を、表面からXの66%だけ内方の部分における潤滑油の濃度の3倍以上としてもよい。なお、本発明においては、プラスチック成形品の中心部とは、表面から等距離にある部分であって、例えばプラスチック成形品が板状である場合は厚さの中間位置の面状部分を意味し、球状である場合は球の中心を意味する。
【0020】
このような改質処理により潤滑油が含浸されたプラスチック成形品は、潤滑剤との親和性(濡れ性)が優れているので、高面圧等の厳しい使用条件下においても好適に使用可能であり、耐久性,信頼性等の性能が優れている。また、潤滑油は、主に表面に比較的近い部分に含浸され、中心部等の内側部分には少量しか含浸されていないので、全体に均一に含浸されている場合と比べて、潤滑油を含浸することによるプラスチック成形品への悪影響が少なく、例えば経時的な寸法変化が生じにくい(すなわち、寸法安定性が優れている)。
【0021】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
例えば、本実施形態においては、超臨界流体として超臨界二酸化炭素を用いた例をあげて説明したが、本発明には、他の種類の様々な超臨界流体を用いることができる。例えば、二酸化窒素,アンモニア,エタン,プロパン,エチレン,メタノール,エタノール等があげられる。ただし、二酸化炭素は比較的穏和な条件で超臨界流体となり、しかも毒性がなく不燃性であるため最も好ましい。
また、本実施形態においては、含浸させる化合物として潤滑油を用いた例をあげて説明したが、本発明には、他の種類の様々な化合物を用いることができ、化合物の種類によりプラスチック成形品に様々な性能を付与することができる。例えば、酸化防止剤,帯電防止剤があげられる。
【0022】
さらに、本発明において使用可能な潤滑油の種類は特に限定されるものではないが、例えば超臨界二酸化炭素の場合には、二酸化炭素への溶解度を考慮すると、炭化水素を基本構造とする鉱油,ポリα−オレフィン,ポリフェニルエーテル(アルキルジフェニルエーテル等),芳香族又は脂肪族カルボン酸系エステル(ジエステル等),ポリオールエステル(ペンタエリスリトールテトラエステル等)が好適である。なお、使用する潤滑油の種類は、プラスチック成形品を使用する際に用いる潤滑剤中の潤滑油の種類に合わせて選択するとよい。そうすれば、プラスチック成形品と潤滑剤との濡れ性が、より良好となる。
【0023】
さらに、本発明のプラスチック成形品の改質方法を好適に適用可能なプラスチックとしては、蒸発除去工程におけるプラスチック成形品の発泡を防止するために、ガラス転移点(Tg)が超臨界流体の臨界温度よりも高いものが好ましい。そして、ガラス転移点以上の浸漬温度での処理に対する耐性から、結晶性高分子が好ましい。例えば、ポリエチレン,ポリオキシメチレン,ポリフッ化ビニリデン,ポリアミド6,ポリアミド66,ポリフェニレンサルファイド,ポリエーテルエーテルケトンがあげられる。結晶性高分子を用いる場合には、浸漬温度は結晶性高分子の融点(Tm)未満とする必要がある。
【0024】
なお、ポリアミド系樹脂を本発明の方法により改質すると、吸水による寸法変化を抑制することができる。これは、ポリアミド系樹脂の水が入り込む箇所に、潤滑油等の化合物が存在するためであると考えられる。
これらのプラスチックは、ガラス繊維等の充填材や、熱安定剤等の各種添加剤を含有するものでも差し支えない。ただし、各種添加剤は、改質の処理条件によっては、抽出されることも予想されるので、処理温度や処理圧力には注意を要する。なお、各種添加剤は、あらかじめ潤滑油等の化合物とともに超臨界流体に添加しておいてもよい。
【0025】
さらに、本発明のプラスチック成形品の改質方法によれば、プラスチック成形品のみならず、ニトリルゴム(NBR),アクリルゴム(ACM),フッ素ゴム(FKM),水添中高ニトリルゴム(H−NBR)等のゴム材料からなる成形品も同様に改質可能である。ゴム材料の場合は、超臨界流体を除去した後の成形品中の潤滑油の含有率は、0.05質量%以上3質量%以下が好ましく、0.2質量%以上0.8質量%以下がより好ましい。このような改質されたゴム材料からなる成形品は、例えば転がり軸受等のゴムシールとして好適である。
【0026】
〔実施例〕
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。超高分子量ポリエチレン又はポリアミド66を押出し成形して、直径35mm,厚さ3mmの円板を製造した。そして、前述のような改質処理を施して、潤滑油であるアジピン酸ジエチルヘキシル又はアルキルジフェニルエーテルを含浸させた。潤滑油の含浸量や最濃部の深さ位置の制御は、浸漬温度,圧力,浸漬時間等により行うことができ、特に浸漬温度の影響が大きいが、本実施例においては、浸漬温度を100℃、圧力を20MPaとした。
【0027】
なお、超高分子量ポリエチレンのTgは−125℃、Tmは130℃であり、ポリアミド66のTgは66℃、Tmは262℃である。また、アジピン酸ジエチルヘキシルの40℃における動粘度は18.26mm2 /s、分子量は370であり、アルキルジフェニルエーテルの40℃における動粘度は16.47mm2 /s、分子量は約440、官能基であるアルキル基は−C1327である。
【0028】
このような円板に、図1の(a)に示すような浸漬処理装置を用いて改質処理を施した。潤滑油と予め乾燥質量を測定してある円板とを高圧処理容器内に入れ密封し(高圧処理容器を拡大して示した図1の(b)を参照)、高圧処理容器内の雰囲気を二酸化炭素に置換した。そして、0.5〜0.7時間かけて高圧処理容器内の温度を室温から100℃へ、圧力を大気圧から20MPaへ上げ、二酸化炭素を超臨界状態にした。この状態で所定の時間処理したら、2.5〜3時間かけて高圧処理容器内の温度を30℃に下げるとともに圧力を大気圧に下げた。Tg以上の温度から30℃程度の室温に下げることにより、潤滑油の濃度の偏りができ、最濃部が形成されると思われる。
高圧処理容器から取り出した円板を室温,真空下で10日間保持して二酸化炭素を完全に除去した後、質量を測定することにより潤滑油の含浸量を求めた。その結果を表1に示す。処理時間とともに含浸量が増加しているが、樹脂の種類によって増加の速度が異なることが分かる。
【0029】
【表1】

【0030】
改質処理を施した円板を切断し、ミクロトームにより厚さ5μmの断面切片を作製した。そして、その断面を透過型フーリエ変換顕微赤外分光光度計(FT−IR)で分析することにより、円板内に含浸している潤滑油の深さ方向の分布状況を調査した。分析ステップは10μm、波数分解能は4cm-1であり、アジピン酸ジエチルヘキシルを含浸させた超高分子量ポリエチレンの場合は、アジピン酸ジエチルヘキシルのカルボニル基の特性吸収1739.8cm-1を用いて分析した。アジピン酸ジエチルヘキシルしか有していない官能基を利用して測定を行っているので、この吸光度をアジピン酸ジエチルヘキシルの濃度と見なすことができる。分析結果を図2に示す。
【0031】
円板の厚さは3mmなので、表面から中心部までの距離Xは1500μm、Xの6.6%は100μm、Xの66%は1000μmである。図2から分かるように、表面から深さ100μmまでの部分に、アジピン酸ジエチルヘキシルの濃度が最も高い最濃部が形成されている。また、最濃部における濃度は、中心部における濃度の2倍以上となっている。さらに、表面からXの6.6%だけ内方の部分における濃度は、表面からXの66%だけ内方の部分における濃度の3倍以上となっている。
【0032】
次に、前述のような改質処理が施され潤滑油が含浸されたプラスチック成形品を、転がり軸受,リニアガイド装置,電動パワーステアリング装置の部品として使用した例を説明する。
〔使用例1〕
図3の(a)は、深溝玉軸受の構成を示す縦断面図であり、(b)は、この深溝玉軸受に使用されている冠形保持器の斜視図である。
この深溝玉軸受は、内輪11と、外輪12と、内輪11及び外輪12の間に転動自在に配設された複数の玉13と、内輪11及び外輪12の間に複数の玉13を保持する冠形保持器14と、シールド板15,15と、を備えている。
【0033】
また、内輪11と外輪12とシールド板15,15とで囲まれた軸受空間には、図示しないグリース組成物(潤滑剤)が充填されており、シールド板15によって深溝玉軸受内に密封されている。そして、このグリース組成物により、内輪11及び外輪12の軌道面と玉13との接触面が潤滑されている。
次に、図3の(b)の冠形保持器14の構造について説明する。冠形保持器14は、円環状の主部21と、この主部21の片面に設けられた複数のポケット22とを備えていて、各ポケット22は、互いに間隔をあけ対向して配置された1対の弾性片23,23から形成されている。各ポケット22を構成する1対の弾性片23,23の互いに対向する面は、一般的には、同心の球状凹面をなしている。ただし、各面を円筒面としたものもある。
【0034】
このような冠形保持器14は、弾性片23,23の間隔を弾性的に押し広げつつ、1対の弾性片23,23の間に玉13を押し込むことにより、各ポケット22内に玉13を転動自在に保持することができる。
この冠形保持器14は、ガラス繊維(含有量は30質量%)で強化されたポリアミド66(宇部興産株式会社製UBEナイロン2020GU6)で構成されており、潤滑油を含有する超臨界二酸化炭素を用いた前述のような改質処理が施され、その表面には潤滑油が浸透している(超臨界二酸化炭素を除去した後の冠形保持器14中の潤滑油の含有率は0.15質量%である)。超臨界二酸化炭素に浸漬する処理の条件は、温度100℃、圧力20MPa、処理時間1時間であり、使用した潤滑油はアルキルジフェニルエーテル(松村石油研究所製モレスコハイルーブLB100)である。
【0035】
このような深溝玉軸受においては、冠形保持器14は前述のように改質されたプラスチック成形品で構成されているので、グリース組成物との親和性が優れており濡れ性が高い。よって、冠形保持器14に高面圧が負荷されるような厳しい使用条件下で深溝玉軸受が使用されても、冠形保持器14の耐久性,信頼性等の性能が優れており、その結果、深溝玉軸受が長寿命となる。
【0036】
〔使用例2〕
図4は、リニアガイド装置の構成を示す斜視図である。
角形の案内レール31上に、横断面形状がほぼコ字形のスライダ32が軸方向に相対移動可能に跨架されている。このスライダ32は、スライダ本体32Aの軸方向の両端部にエンドキャップ32B,32Bが着脱可能に固着されて構成されている。
また、案内レール31の上面31aと両側面31b,31bとが交差する稜線部には、断面ほぼ1/4円弧形状の凹溝である転動体転動溝33A,33Aが軸方向に形成されている。さらに、案内レール31の両側面31b,31bの中間位置には、断面ほぼ半円形の凹溝である転動体転動溝33B,33Bが軸方向に形成されている。なお、転動体転動溝33Bの溝底には、転動体35の脱落を防ぐ保持器36のための逃げ溝33aが、軸方向に形成されている。
【0037】
一方、スライダ32の本体32Aの両袖部34,34の内側のコーナ部には、案内レール31の転動体転動溝33Aに対向する断面ほぼ半円形の負荷転動体転動溝41が形成され、両袖部34,34の内側面の中央部には案内レール31の転動体転動溝33Bに対向する断面ほぼ半円形の負荷転動体転動溝42が形成されている。
そして、上記の案内レール31の転動体転動溝33Aとスライダ32の負荷転動体転動溝41とで負荷転動体転動路43が構成され、案内レール31の転動体転動溝33Bとスライダ32の負荷転動体転動溝42とで負荷転動体転動路44が構成されている。
【0038】
また、スライダ本体32Aの袖部34の上部肉厚内に、負荷転動体転動路43に平行な軸方向に延びる断面円形の貫通孔からなる転動体戻し路45が形成され、袖部34の下部肉厚内に、負荷転動体転動路44に平行な同様の軸方向に延びる貫通孔からなる転動体戻し路46が形成されている。
エンドキャップ32Bはプラスチック材料の射出成形品であり、断面ほぼコ字状に形成されている。そして、スライダ本体32Aとの接合面(裏面)には、図5に示すように、斜めに傾斜した半円状の上凹部51と下凹部52とが、両袖分部34,34の上下に対向するように形成されるとともに、半円状の両凹部51,52の中心部を横断して半円柱状の凹溝53が設けてある。
【0039】
そして、その半円柱状の凹溝53には、プラスチック材料を射出成形して得た半円筒状のリターンガイド55(図6を参照)が嵌合される。なお、図7は、リターンガイド55が装着されたエンドキャップ32Bの斜視図である。このリターンガイド55の外径面の中央部には、転動体35の案内面となる断面円弧状の凹溝56が半円状に形成され、また、リターンガイド55の内径側の凹部57は潤滑剤通路であり、その凹部57から外径側の凹溝56に抜ける貫通孔57Aが給油孔として形成されている。
【0040】
このようなリターンガイド55を半円柱状の凹溝53に組み込むことにより、エンドキャップ32Bの裏面に断面円形の半ドーナツ状の湾曲路58が上下二段に形成される(図8を参照)。このエンドキャップ32Bをスライダ本体32Aに取り付けると、湾曲路58によって、スライダ本体32Aの負荷転動体転動路44と転動体戻し路46とが連通される。そして、上段の負荷転動体転動路43と転動体戻し路45も同様に連通される。
【0041】
上記の負荷転動体転動路43,44,転動体戻し路45,46,湾曲路58で構成される転動体無限循環経路に、多数の転動体35が転動自在に装填されている。
案内レール31上をスライダ32が移動すると、転動体35は負荷転動体転動路43,44内を転動しつつスライダ32の移動方向にスライダ32より遅い速度で移動し、一端側の湾曲路58でUターンして転動体戻し路45,46を逆方向に転動しつつ移動し、他端側の湾曲路58で逆Uターンして負荷転動体転動路43,44内に戻る循環を繰り返す。
【0042】
なお、エンドキャップ32Bにおいて、転動体35を案内する湾曲路58の内側端部には半円状に突出させた転動体掬いあげ突部59が形成され、その鋭角の先端が案内レール31の転動体転動溝33A,33Bの溝底に近接するようにされている。下段の転動体掬いあげ突部59には、保持器36の取付溝59aと取付穴59bとが設けてある。
また、エンドキャップ32Bの表側の給油ニップル37から注入された潤滑剤が、エンドキャップ32Bの裏面の給油溝60を通りリターンガイド55の内径側の凹部57から貫通孔57Aを経て、湾曲路58内へ送り込まれるようになっている。さらに、エンドキャップ32Bの裏面の給油溝60の下方には、保持器61の取付け穴61aが形成してある。
【0043】
ここで、エンドキャップ32B及びリターンガイド55は、ポリアセタール樹脂(ポリプラスチックス株式会社製ジュラコンM90S)で構成されており、潤滑油を含有する超臨界二酸化炭素を用いた前述のような改質処理が施され、その表面には潤滑油が浸透している(超臨界二酸化炭素を除去した後のエンドキャップ32B及びリターンガイド55中の潤滑油の含有率はそれぞれ1.0質量%である)。超臨界二酸化炭素に浸漬する処理の条件は、温度100℃、圧力20MPa、処理時間1時間であり、使用した潤滑油は鉱油(新日本石油株式会社製FBKオイル100)である。
【0044】
このようなリニアガイド装置においては、エンドキャップ32B及びリターンガイド55は前述のように改質されたプラスチック成形品で構成されているので、潤滑剤との親和性が優れており濡れ性が高い。よって、エンドキャップ32B及びリターンガイド55に高面圧が負荷されるような厳しい使用条件下でリニアガイド装置が使用されても、エンドキャップ32B及びリターンガイド55の耐久性,信頼性等の性能が優れており、その結果、リニアガイド装置が長寿命となる。
【0045】
〔使用例3〕
図9は電動パワーステアリング装置の構成を示す図であり、図10は電動パワーステアリング装置のハウジング部分の断面図である。また、図11はハウジング内のウォームホイールギア及びウォームギアのみを示した斜視図である。
電動パワーステアリング装置70のハウジング71内に備えられているウォームホイールギア81及びウォームギア82は、入力軸72の回転に伴って生じた電動モータ73の回転駆動力を出力軸74に伝達する機能を有している。
【0046】
このウォームホイールギア81及びウォームギア82は、ガラス繊維(含有量は30質量%)で強化されたポリアミド66(宇部興産株式会社製UBEナイロン1015GU6)で構成されており、潤滑油を含有する超臨界二酸化炭素を用いた前述のような改質処理が施され、その表面には潤滑油が浸透している(超臨界二酸化炭素を除去した後のウォームホイールギア81及びウォームギア82中の潤滑油の含有率はそれぞれ0.2質量%である)。超臨界二酸化炭素に浸漬する処理の条件は、温度100℃、圧力20MPa、処理時間1時間であり、使用した潤滑油はポリα−オレフィン油(モービル・ケミカル・プロダクツ・インターナショナル・インク製Mobil SHF82)である。
【0047】
このような電動パワーステアリング装置70においては、ウォームホイールギア81及びウォームギア82が前述のように改質されたプラスチック成形品で構成されているので、ウォームホイールギア81及びウォームギア82の周辺に配された潤滑剤との親和性が優れており濡れ性が高い。よって、ウォームホイールギア81及びウォームギア82に高面圧が負荷されるような厳しい使用条件下で電動パワーステアリング装置70が使用されても、ウォームホイールギア81及びウォームギア82の耐久性,信頼性等の性能が優れており、その結果、電動パワーステアリング装置70が長寿命となる。
【0048】
改質したプラスチック成形品の他の使用例としては、直動滑り軸受,ラジアル滑り軸受,ワンウェイクラッチ,針状ころ軸受,ターボチャージャー用軸受,車輪支持用軸受があげられる。針状ころ軸受の部品として使用する場合に好適なプラスチックの種類としては、例えばポリフェニレンスルフィドやポリアミド46があげられ、潤滑油の種類としては例えば自動変速機用潤滑油(ATF:Automatic Transmission Fluid)や無段変速機用潤滑油(CVTF:Continuously Variable Transmission Fluid)があげられる。また、ターボチャージャー用軸受の部品として使用する場合に好適なプラスチックの種類としては、例えば熱可塑性ポリイミドがあげられ、潤滑油の種類としては例えばエンジンオイルがあげられる。さらに、車輪支持用軸受の部品として使用する場合に好適なプラスチックの種類としては、例えば10質量%のガラス繊維を含有するポリアミド66があげられ、潤滑油の種類としては例えば車輪支持用軸受の潤滑に用いられるグリースの基油があげられる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】浸漬処理装置の構成を説明する概念図である。
【図2】FT−IRの分析結果を示す図である。
【図3】改質されたプラスチック成形品の使用例を説明する深溝玉軸受の縦断面図である。
【図4】改質されたプラスチック成形品の別の使用例を説明するリニアガイド装置の斜視図である。
【図5】リターンガイドを省略してエンドキャップの裏面を示した図である。
【図6】リターンガイドの正面図である。
【図7】リターンガイドを装着した状態のエンドキャップの斜視図である。
【図8】図4のリニアガイド装置のエンドキャップ付近の部分断面図である。
【図9】電動パワーステアリング装置の構成を示す図である。
【図10】図9の電動パワーステアリング装置のハウジング部分の断面図である。
【図11】ウォームホイールギア及びウォームギアの斜視図である。
【符号の説明】
【0050】
11 内輪
12 外輪
13 玉
14 保持器
31 案内レール
32 スライダ
32B エンドキャップ
35 転動体
55 リターンガイド
70 電動パワーステアリング装置
81 ウォームホイールギア
82 ウォームギア

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化合物を含浸させることによりプラスチック成形品を改質する方法において、前記プラスチック成形品を構成するプラスチックのガラス転移点以上の温度下で、超臨界流体と前記化合物との相溶化物を前記プラスチック成形品に接触させた後に、前記プラスチック成形品に浸透した前記化合物及び超臨界流体のうち超臨界流体のみを前記プラスチック成形品から除去することを特徴とするプラスチック成形品の改質方法。
【請求項2】
前記超臨界流体を超臨界二酸化炭素としたことを特徴とする請求項1に記載のプラスチック成形品の改質方法。
【請求項3】
前記プラスチック成形品を構成するプラスチックが結晶性高分子であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のプラスチック成形品の改質方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載のプラスチック成形品の改質方法により改質されたプラスチック成形品であって、前記化合物の含浸量が全体の0.05質量%以上2質量%以下であることを特徴とするプラスチック成形品。
【請求項5】
表面から深さ1500μmまでの部分の少なくとも一部に、前記化合物の濃度が最も高い最濃部が形成されていることを特徴とする請求項4に記載のプラスチック成形品。
【請求項6】
前記最濃部における前記化合物の濃度は、中心部における前記化合物の濃度の2倍以上であることを特徴とする請求項5に記載のプラスチック成形品。
【請求項7】
表面から中心部までの距離をXとし、表面からXの6.6%だけ内方の部分における前記化合物の濃度が、表面からXの66%だけ内方の部分における前記化合物の濃度の3倍以上であることを特徴とする請求項4に記載のプラスチック成形品。
【請求項8】
結晶性高分子で構成されていることを特徴とする請求項4〜7のいずれか一項に記載のプラスチック成形品。
【請求項9】
前記結晶性高分子が、ポリエチレン,ポリオキシメチレン,ポリフッ化ビニリデン,ポリアミド6,ポリアミド66,ポリフェニレンサルファイド,及びポリエーテルエーテルケトンのうちの少なくとも1種であることを特徴とする請求項8に記載のプラスチック成形品。
【請求項10】
前記化合物が潤滑油であることを特徴とする請求項4〜9のいずれか一項に記載のプラスチック成形品。
【請求項11】
前記潤滑油が、ポリα−オレフィン,アルキルジフェニルエーテル,ジエステル,及びポリオールエステルのうちの少なくとも1種であることを特徴とする請求項10に記載のプラスチック成形品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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