説明

プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法

【課題】プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法であって、分析に要する労力を大幅に軽減でき、測定精度を一層向上できる新規な測定方法を提供する。
【解決手段】本発明の測定方法では、油性食品に対する疑似溶媒である脂肪酸トリグリセリドに検体を浸漬してプラスチックを溶出させ、溶出前後の検体の質量と検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量とに基づき、脂肪酸トリグリセリドに対するプラスチックの総溶出量を測定するに当たり、検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、検体を溶媒に溶解させるか又は溶媒で膨潤させて溶媒に脂肪酸トリグリセリドを溶解し、更にメチルエステル化を施した特定の溶液を使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法に関するものであり、詳しくは、食品と接触する用途向けのプラスチック材料および成形品(以下、適宜「プラスチック製包装材料」と言う。)の規格試験として適用される脂肪酸トリグリセリドに対するプラスチック総溶出量の測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食品分野においては、種々の袋、トレー、ボトルなどのプラスチック製の容器・包装が使用されている。特に加工食品の流通は、上記のようなプラスチック製包装材料なくしては成り立たない。このような用途に使用される包装材料に対しては、安全性の見地から、国や産業界の規格試験が設けられており、規格の重要項目として、プラスチック材料および成形品からのプラスチックの総溶出量(総移行量)に対する規制がある。すなわち、食品を擬似する溶媒に対し、検体(プラスチック製包装材料から採取した試料)を接触させた場合、溶出する成分の如何を問わず、擬似溶媒中に溶出(移行)する成分の総量が規制値以下であることが求められる。
【0003】
擬似溶媒は、使用される食品のタイプによって選定される。食品の分類と使用される擬似溶媒は国によっても多少の違いはあるが、一般的には、固形食品や水性食品に対しては水または10%エタノール、酸性食品に対しては3%酢酸水溶液、アルコール飲料に対しては20%エタノールのようなものがそれぞれ使用される。これらの擬似溶媒を使用した場合の総溶出量は、溶出液を蒸発乾固させ、残渣の質量を測定することで容易に求められるため、「蒸発残留物」試験とも呼ばれているが、斯かる試験においては、技術的な問題はなく、また、通常のプラスチックは、これらの水系溶媒には本質的に溶解しないため、規格に対して不適合となることも一般にはない。
【0004】
残る食品分類である油性食品に対する擬似溶媒としては、原理的には脂肪酸トリグリセリドが最も妥当と考えられ、規格にはオリーブ油やコーン油のような植物性油を用いるように規定されることが多い。植物性油は、種類や産地の違いにより組成が変動するため、合成のトリグリセリド混合物(例えばHB307やMiglyol 812)が推奨される場合もある。
【0005】
油性食品に適用されるプラスチック製包装材料は、プラスチックの種類によってはその溶出量が無視できないレベルであり、代表的な脂肪酸トリグリセリドである例えばオリーブ油に対する溶出量に関する規格に合格する必要がある。しかしながら、オリーブ油への溶出量(移行量)については、オリーブ油自体に揮発性がなく、前述の水性擬似溶媒を使用して「蒸発残留物」を測定する直接法のようには求められないため、溶出試験前後の検体の質量を求め、軽くなった分を溶出量とみなす以下のような間接法が唯一の測定法になる。ただし、斯かる間接法においては、試験後の検体がオリーブ油のしみ込み分だけ重くなるため、これを補正する必要がある。
【0006】
具体的には、オリーブ油への溶出量(Mg)は、溶出操作の前後の検体の質量(Ag及びBg)、ならびに、溶出操作後の検体にしみ込んでいるオリーブ油の質量(Pg)を求め、次式に基づいて間接的に算出する。
【0007】
【数1】

【0008】
上記の測定法によれば、A及びBを天秤で測定し、Pを何らかの方法で求めれば溶出量Mが計算できる。しかしながら、しみ込んでいるオリーブ油の質量(Pg)は検体のままでは求められない。そこで、検体から溶媒(ペンタン、ヘキサン、アセトン等)でオリーブ油を抽出し、ガスクロマトグラフィーにより定量するのが一般的である。そして、このような原理に基づくオリーブ油への移行量の求め方が、EU規格として提示されている(非特許文献1)。
【0009】
EU規格においては、検体にしみ込んでいるオリーブ油の質量(P)をガスクロマトグラフィーで定量するに当たり、表1・右欄に示す通り、ソックスレー抽出法により、概略、次のような工程を経てオリーブ油を抽出している。すなわち、オリーブ油に浸した後の検体(5×5cmのシート)をソックスレー抽出器に入れ、内部標準を添加して7時間掛けてペンタン抽出を行い、抽出液を蒸発乾固し、蒸発残渣を加水分解してメチルエステル化を施し、得られたヘプタン層をガスクロマトグラフで分析する。そして、分析精度を高めるため、通常、上記の抽出からガスクロマトグラフィーまでの操作を2回行う。なお、オリーブ油をメチルエステルに変えてから分析する理由は、オリーブ油そのままでは揮発しにくく、ガスクロマトグラフィーによる直接分析は不可能なためである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】European Standard EN1186−2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
EU規格に規定された従来の測定方法は、ガスクロマトグラフィーの前処理として、検体にしみ込んだオリーブ油を抽出する工程に非常な労力を要するという問題がある。換言すれば、上記のソックスレー抽出法においては、抽出されないオリーブ油の存在(抽出不完全)が誤差に直結するため、十分な抽出時間を必要とする。前述の通り、抽出工程だけでも7時間が必要であり、他に、抽出液を蒸発乾固する工程、加水分解とメチルエステル化の2段反応を行うメチルエステル化工程、放置時間まで含めると、ソックスレー抽出を2回実施した場合には、1検体を測定するための所要時間は約21時間にもおよぶ。しかも、規格では、4検体についての測定が要求されている。そのため、オリーブ油に対する溶出試験自体、日常的に実施し難いという実情がある。一方、基本的な問題として、検体からのオリーブ油の抽出精度が低い場合には、測定誤差が生じるという問題もある。
【0012】
本発明は、上記の実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、オリーブ油に代表される脂肪酸トリグリセリドに対するプラスチック製包装材料からのプラスチック総溶出量の測定方法であって、分析に要する労力を大幅に軽減でき、しかも、測定精度を一層向上でき、日常的に実施可能な新規な測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、脂肪酸トリグリセリドは溶かすがポリマーは溶かさない溶媒を使用し、検体から脂肪酸トリグリセリドだけをソックスレー抽出するという従来法の発想を転換し、脂肪酸トリグリセリドがしみ込んだ検体を溶媒に溶解させ、この状態でメチルエステル化を施すならば、抽出や蒸発乾固に要する労力が不要になり、加えて、抽出の不完全さに起因する測定誤差の発生も抑えられるという着想を得て、本発明に到達したものである。更に実験を重ねた結果、室温で完全に溶解させることが困難な検体についても、一旦、高温で溶解状態に至らしめることにより、あるいは、膨潤状態に至らしめることにより、同様の効果があることを確認した。
【0014】
すなわち、本発明は3つの要旨から成り、その第1の要旨は、プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法であって、脂肪酸トリグリセリドに検体を浸漬してプラスチックを溶出させ、溶出前後の検体の質量と検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量とに基づき、脂肪酸トリグリセリドに対するプラスチックの総溶出量を測定するに当たり、検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、溶媒に検体を完全に溶解させ且つ定量用内部標準を添加した後、メチルエステル化を施して得られた溶液を使用することを特徴とするプラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法に存する。
【0015】
また、本発明の第2の要旨は、プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法であって、脂肪酸トリグリセリドに検体を浸漬してプラスチックを溶出させ、溶出前後の検体の質量と検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量とに基づき、脂肪酸トリグリセリドに対するプラスチックの総溶出量を測定するに当たり、検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、溶媒に検体を一旦溶解させ且つ定量用内部標準を添加した後、検体構成ポリマーの一部または全てを析出させた系の液相にメチルエステル化を施して得られた溶液を使用することを特徴とするプラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法に存する。
【0016】
更に、本発明の第3の要旨は、プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法であって、脂肪酸トリグリセリドに検体を浸漬してプラスチックを溶出させ、溶出前後の検体の質量と検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量とに基づき、脂肪酸トリグリセリドに対するプラスチックの総溶出量を測定するに当たり、検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、溶媒に検体を浸して膨潤させ且つ定量用内部標準を添加した後、固液平衡状態に到達した系の液相にメチルエステル化を施して得られた溶液を使用することを特徴とするプラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法に存する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、検体を溶媒に溶解させるか又は溶媒で膨潤させ、溶媒に脂肪酸トリグリセリドを完全に溶解し、そして、メチルエステル化を施した特定の溶液を使用するため、全工程を含めても5時間程度で溶出量を分析でき、分析の労力を大幅に軽減できる。しかも、ソックスレー抽出器のような器具を使用しないため、複数検体の同時処理も容易に且つ短時間で行うことが出来る。また、溶媒に脂肪酸トリグリセリドを完全に溶解するため、測定精度を一層向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る測定方法を実施するための各処理工程を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係るプラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法(以下、「測定方法」という。)の実施形態を図面に基づいて説明する。本発明の測定方法は、プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する総溶出量を測定する方法であり、油性食品を収容するためのプラスチック製の袋、トレー、ボトルを含む容器などの包装材料やこれを使用した包装の規格試験に使用される。脂肪酸トリグリセリドとは油性食品に対する擬似溶媒を意味し、オリーブ油やコーン油のような食用油、または、合成の脂肪酸トリグリセリドが代表的なものである。以下の実施形態においては、「脂肪酸トリグリセリド」の代表例としてオリーブ油を使用している。
【0020】
本発明においては、検体(分析対象であるプラスチック製包装材料から切り出した試料)をオリーブ油に浸漬してプラスチックを溶出させ、溶出前後の検体の質量と検体にしみ込んだオリーブ油の質量とに基づき、オリーブ油に対するプラスチックの総溶出量を測定するが、その基本的な算出方法は従来法と同様である。すなわち、前述のように、溶出操作の前後の検体の質量A,B、および、検体にしみ込んでいるオリーブ油の質量Pを求め、検体の質量差(A−B)にオリーブ油の質量Pを加えることにより、溶出量Mを算出する。
【0021】
本発明では、検体にしみ込んだオリーブ油の質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、次の(1)〜(3)の何れかの特定の溶液を使用する。
(1)溶媒に検体を完全に溶解させ且つ定量用内部標準を添加した後、メチルエステル化を施して得られた溶液
(2)溶媒に検体を一旦溶解させ且つ定量用内部標準を添加した後、検体構成ポリマーの一部または全てを析出させた系の液相にメチルエステル化を施して得られた溶液
(3)溶媒に検体を浸して膨潤させ且つ定量用内部標準を添加した後、固液平衡状態に到達した系の液相にメチルエステル化を施して得られた溶液
【0022】
すなわち、本発明においては、ガスクロマトグラフィーで定量するための前処理として、検体を溶媒に溶解させるか又は溶媒で膨潤させ、溶媒にオリーブ油を完全に溶解し、そして、その溶液にメチルエステル化を施す。これにより、検体にしみ込んだオリーブ油を短時間で且つ正確に定量することが出来る。
【0023】
具体的には、表1・左欄および図1に示す工程に沿って試料を調製する。図1は溶媒に検体を完全に溶解させて試料を調製する例を示したものであるが、試料調製工程としては、先ず、図1(A)に示すように、オリーブ油への溶出操作を終えて質量を測定した後の検体(8)、従来法と同様のガスクロマトグラフィー定量用の内部標準物質(2)、および、溶媒(1)を適当なガラス容器(9)に収容し、全体を加温して検体(8)を溶解させる。
【0024】
次いで、図1(B)に示すように、検体(8)を溶解させた溶液(3)にメチルエステル化剤(ナトリウムメトキシドのメタノール溶液)(4)を加え、加温してオリーブ油を脂肪酸のメチルエステルに変える。すなわち、オリーブ油がしみ込んだ状態の検体(8)を溶媒に溶かして、この溶液の中でメチルエステル化反応(1段)を行う。なお、図1は概念図であり、溶液にメチルエステル化剤を添加する場合、実際は、メチルエステル化剤の使用量を抑えるため、表1の左欄に示すように、溶液2mLをサンプリングして試験管に移し、ここに少量のメチルエステル化剤を添加している。
【0025】
次に、図1(C)に示すように、水を加えて攪拌し、過剰のナトリウムメトキシドを水層に移す(液液抽出)。図1(C)中の符号(5)は、添加した蒸留水を示す。そして、図1(D)に示すように、メチルエステルを含む有機溶媒層(6)の一部を試料としてサンプリングして脱水処理を施し、図1(E)に示すように、ガスクロマトグラフ(7)を使用して試料を分析する。ガスクロマトグラフィーの条件は従来法と同様である。
【0026】
【表1】

【0027】
本発明では、検体を溶解させる溶媒の選択が極めて重要であるが、その前に、メチルエステル化反応のさせ方も重要である。従来法のように、加水分解/メチルエステル化という2段反応では、加水分解の効率化のため、抽出液を一旦蒸発乾固させる必要がある。これに対し、本発明では、蒸発乾固工程を不要にするため、溶液の中で1段でメチルエステル化が進行するナトリウムメトキシドをエステル化剤として選択したが、これに限定されるものではなく、他のエステル交換剤でも同様に使用できる。
【0028】
また、本発明においても、定量の精度を上げるために内部標準を使用している。内部標準物質としては、マーガリン酸トリグリセリドやマーガリン酸メチルが挙げられ、本発明では、前者を使用している。マーガリン酸トリグリセリドは、脂肪酸トリグリセリドの一種でもあり、最も妥当と考えられるが、これに限定されるものではない。
【0029】
メチルエステル化反応後は、ガスクロマトグラフのカラムの保護等の観点から、過剰のナトリウムメトキシドを除去する必要があるため、水による攪拌と液液抽出を行う。斯かる理由から、検体を溶解させる有機溶媒は水と混ざらないことが必要である。更には、水よりも比重が小さいことが望ましい。水による液液抽出を行った場合は、抽出後にメチルエステルを含む有機溶媒層が上方に位置するため、有機溶媒層のサンプリングがし易くなる。
【0030】
本発明は、ポリスチレンや環状オレフィンのような無極性の非晶性プラスチックに対して適用が容易である。換言すれば、トルエンやシクロヘキサンのような無極性の溶媒が使用できる。
【0031】
これに対し、無極性であってもポリエチレンやポリプロピレンのような結晶性プラスチックへの適用には問題がある。すなわち、高温ではトルエンやキシレンのような溶媒に完全に溶解するが、室温に戻ると溶解性を失い、ポリマーが析出し、液相と固相が共存する系になる。オリーブ油の一部は固相に取り込まれ、液相と固相の間で平衡状態になっているはずである。一方、分析は液相をサンプリングして行う。しかしながら、後述の実施例で示すように、内部標準法を使用する限りは、正しいオリーブ油の存在量(P)を求めることが出来る。定量の標準である内部標準もほぼ同様の割合で固相に取り込まれるためである。
【0032】
ポリエチレンやポリプロピレンに対し、メチルシクロヘキサンを溶媒に使用し、加熱温度を85℃程度に抑えた場合には、ポリマーは完全溶解には至らないものの、かなり膨潤し、やはり、液相と固相が共存した系になる。実施例で示すように、このような場合でも、内部標準法を使用する限りは、正しいオリーブ油の存在量(P)を求めることが出来る。定量の標準である内部標準もほぼ同様の割合で固相に取り込まれるためである。
【0033】
ポリエチレンテレフタレートやナイロンのような極性ポリマーは、メチルシクロヘキサンやトルエンのような無極性溶媒には溶解も膨潤もしないので、これらの溶媒は使用できない。これらのプラスチックに対しては、ヘキサフロロイソプロパノール(HFIP)が代表的な溶媒であるが、これは水と混ざるので、過剰のナトリウムメトキシドの除去のための、水を使用した液液抽出が適用できない。しかしながら、斯かる難点は、検体を少量のHFIPに溶解させた後、多量のメチルシクロヘキサンを加え(ポリマーは析出)、液相をサンプリングしてガスクロ分析することで克服できることが判明した。この場合も、オリーブ油は一部固相中にも含まれるが、内部標準もオリーブ油と同様に取り込まれるので、正しいオリーブ油の存在量(P)を求めることができる。
【0034】
上記のように、本発明においては、検体にしみ込んだオリーブ油の質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、検体を溶媒に溶解させるか又は溶媒で膨潤させ、溶媒にオリーブ油を完全に溶解し、そして、メチルエステル化を施した特定の溶液を使用する。すなわち、本発明においては、溶媒に対して検体を溶解処理または溶解に近い状態まで処理することにより、溶媒にオリーブ油を完全に溶解し、得られた溶液にメチルエステル化を施した後、得られたメチルエステルをガスクロマトグラフィーにより分析する。従って、全工程を含めても5時間程度で実施でき、分析の労力を大幅に軽減できる。しかも、従来法のように、ソックスレー抽出器のような器具を使用する必要がないため、複数検体の同時処理も容易である。特に、多くの検体の同時処理を行った場合には、従来法に比べて分析時間の差異は一層大きくなる。例えば、6検体の同時処理の場合には、所要時間は従来法の2割程度となる。加えて、従来法では、オリーブ油の抽出の不完全さにより誤差を生じ易いのに対し、本発明では、溶媒にオリーブ油を完全に溶解するため、このような誤差は発生せず、測定精度を一層向上できる。
【実施例】
【0035】
検体として5cm×5cmのプラスチックシートを準備し、検体を100mLのオリーブ油(試薬;東京化成製)に浸漬した後、検体にしみ込んでいるオリーブ油を定量した。なお、以下の各実施例における定量値が正しいことの検証を参考例として記載する。
【0036】
実施例1:
検体として、ポリスチレン(耐衝撃グレード)の厚み0.6mmのシートを使用し、オリーブ油への溶出試験(95℃×30分)を行った。溶出試験後のオリーブ油がしみ込んだ検体をネジ蓋付の広口ガラス瓶(容量:200mL、SCHOTT社製)に収容し、溶媒としてメチルシクロヘキサン(試薬、東京化成製)100mLを加え、更に、内部標準としてマーガリン酸トリグリセリド(試薬、Sigma−Aldrich社製)のメチルシクロヘキサン溶液を一定量添加した。全体を85℃で3時間加熱して溶解させた。その後、室温に戻したところ、溶液に僅かに濁りが生じた。次いで、上澄み液2mLを容量10mLの共栓付試験管に採り、ナトリウムメトキシド(試薬、和光純薬製)の28%メタノール溶液1mLを加えた。これを70℃で30分間加熱した後、蒸留水5mLを加えて5分間シェイクした。次いで、試験管を静置し、上層をシリンジで吸い上げ、脱水用カートリッジ(Waters社製、商品名:セップパックDry)に通して脱水した液をガスクロマトグラフで分析した。ガスクロマトグラフィーにおける分析条件はEU規格に準じた。
【0037】
一方、以下のようにして、定量用の検量線を作成した。すなわち、広口ガラス瓶に、メチルシクロヘキサン100mLを収容し、別途調製したオリーブ油のメチルシクロヘキサン標準溶液、および、内部標準溶液をそれぞれ一定量添加した。以降は上記と同様の操作を繰り返し、脱水した溶液をガスクロマトグラフで分析した。オリーブ油の標準溶液の添加量を変えて、ガスクロマトグラフィーを繰り返した。得られたガスクロマトグラムから、オリーブ油由来の脂肪酸メチルエステルのピーク面積の合計と内部標準由来のマーガリン酸メチルエステルのピークの面積との比(オリーブ油/内部標準)を求めた。次いで、オリーブ油の添加量をx軸にプロットし、対応するピーク面積比をy軸にプロットして、広口ガラス瓶中に存在するオリーブ油の質量を求める検量線を得た。
【0038】
上記の検量線を使用して、前述の検体の溶出量を求めた。更に、精度の確認のため、複数の検体を用意し、同様の分析を3回繰り返した。その結果を表2に示す。上記の方法で求めた数値については、その正確さを後述の参考例1で確認した。また、実施例1に要した所用時間は5時間であり(放置時間も含む)、後述の比較例1の時間(21時間)と比べて、大幅な省力効果が確認された。
【0039】
【表2】

【0040】
参考例1:
実施例1の方法で正しい定量値が得られていることの検証を次のように実施した。すなわち、オリーブ油と接触させていない点を除き、実施例1と同様の検体を広口ガラス瓶に入れ、オリーブ油のメチルシクロヘキサン標準溶液を一定量添加し、更にメチルシクロヘキサン100mLおよび内部標準溶液を加え、全体を溶解させ、以降は実施例1と全く同様の手順で広口ガラス瓶中に存在するオリーブ油の質量を求めた。得られた質量を添加量と比較し、回収率を求めた。その結果は表3に示す通りであり、ほぼ100%近い回収率からして、実施例1の方法で正しい定量値が得られることが確認された。
【0041】
【表3】

【0042】
比較例1:
実施例1と同様の検体を同一条件でオリーブ油と接触させ、以降の分析は従来のEU規格の方法で実施した。その結果を表4に示す。表に示すオリーブ油の量(P)は、ペンタンを使用したソックスレー抽出2回分の合計である。溶出量の計算値がマイナスということは、ペンタンによる抽出では、検体にしみ込んだオリーブ油の抽出が不完全であることを示唆している。
【0043】
【表4】

【0044】
実施例2:
検体として、高密度ポリエチレンの厚み0.6mmのシートを使用し、溶出試験(95℃×30分)を行い、実施例1と同様な方法でオリーブ油を定量した。ただし、85℃×3時間の加熱では、検体は完全には溶解せず、膨潤状態にとどまり、室温に戻してからは、析出物が増えた。液相2mLをメチルエステル化/ガスクロマトグラフィー用にサンプリングした。85℃×3時間での加熱により液相と固相の間に平衡状態が成立しているかを確認するため、3時間後のサンプリングの後、加熱を継続し、85℃×5時間での分析も実施した。その結果をまとめて表5に示す。表に示すように、加熱時間に関しては、3時間、5時間とも同様の結果が得られ、85℃×3時間で平衡状態が成立していることが確認された。上記の方法で求めた数値については、その正しさを次の参考例2で確認した。また、実施例2における所用時間は5時間であり、後述の比較例2の21時間と比べて、大幅な省力効果が確認された。
【0045】
【表5】

【0046】
参考例2:
実施例2の方法で正しい定量値が得られていることについて、芯部に一定量のオリーブ油を含むモデル検体を使用して検証した。オリーブ油と接触させていない点およびシートの厚みを0.3mmとした点を除き、実施例2と同様の検体を2枚用意した。先ず、1枚の質量を測定した後、上表面にオリーブ油のヘキサン標準溶液を薄く塗布し、風乾後、60℃の真空乾燥器で30分間加熱し、ヘキサンを完全に揮発除去した。その後、再度、質量を測定した。質量の増加分は、オリーブ油の塗布量に相当する。次いで、上記の検体の上に残りの1枚の検体を重ね合わせ、100℃に加熱した加熱プレスで2枚の検体を融着させ、厚さ0.6mmの1枚の検体を得た。これを検体とし、実施例2の方法(85℃×3時間)でオリーブ油を定量し、塗布量と比較した。その結果は表6に示す通りであり、ほぼ100%近い回収率からして、実施例2の方法で正しい定量値が得られることが確認された。
【0047】
【表6】

【0048】
比較例2:
実施例2と同様の検体を同一条件でオリーブ油と接触させ、以降の分析は従来のEU規格の方法で実施した。その結果を表7に示す。ペンタンは高密度ポリエチレンに浸透し易いので、オリーブ油の抽出効率は高く、妥当な定量値が得られているが、ばらつきは実施例2よりもやや大きい。
【0049】
【表7】

【0050】
実施例3:
検体として、ポリプロピレンの厚み0.6mmのシートを使用し、溶出試験(121℃×30分)を行い、実施例2と同様の方法でオリーブ油を定量した。実施例2と同様に、85℃での加熱では溶解には至らず、膨潤状態であった。オリーブ油の定量結果を表8に示す。加熱時間に関しては、3時間、5時間とも同様の結果が得られ、3時間で十分に平衡状態に達していることを示している。上記の方法で求めた数値については、その正しさを後述の参考例3で確認した。また、実施例3における所用時間は5時間であり、後述の比較例3の21時間と比べて、大幅な省力効果が確認された。しかも、精度も良好であった。
【0051】
【表8】

【0052】
参考例3:
実施例3の方法で正しい結果が得られることについて、オリーブ油とは接触させていない点を除いて実施例3と同様の検体を使用し、実施例2の場合と同様の方法でモデル検体を調製して確認した。その結果を表9に示す。表に示すように、添加量に対してほぼ100%に近い値が得られており、実施例3の方法の正しさが裏付けられた。
【0053】
【表9】

【0054】
比較例3:
実施例3と同様の検体を同一条件でオリーブ油と接触させ、以降の分析は比較例1と同様の方法で実施した。その結果を表10に示す。ペンタンはポリプロレンに浸透しやすいので、かなり妥当な定量値が得られているが、ばらつきがやや大きい。
【0055】
【表10】

【0056】
実施例4:
検体として、ポリエチレンテレフタレートの厚み0.6mmのシートを使用し、溶出試験(121℃×30分)を実施した。溶出試験後のオリーブ油がしみ込んだ検体を広口ガラス瓶(容量:200mL)に入れ、溶媒としてヘキサフロロイソプロパノール(試薬、東京化成製)20mLを加え、更に内部標準としてマーガリン酸トリグリセリドのメチルシクロヘキサン溶液を一定量添加した。検体は1時間程度でヘキサフロロイソプロパノールに完全溶解した。その後、メチルシクロヘキサン100mLを少しずつ添加した。検体はメチルシクロヘキサンには溶解しないので析出するが、しみ込んでいたオリーブ油は依然として液中に留まっているはずである。系を静置して、上澄み液2mLを容量10mLの共栓付試験管に採り、以降は実施例1と同様な操作でオリーブ油を定量した。その結果を表11に示す。上記のような方法で求めた数値については、その正しさを後述の参考例4で確認した。また、実施例4における所用時間は4時間であり、後述の比較例3の21時間の時間と比べて、大幅な省力効果が確認された。
【0057】
【表11】

【0058】
参考例4:
実施例4の方法で正しい結果が得られることについて、オリーブ油とは接触させていない点を除いて実施例4と同様の検体を使用して確認した。検体を広口ガラス瓶に入れ、オリーブ油のメチルシクロヘキサン標準溶液を一定量添加し、ヘキサフロロイソプロパノール20mLおよび内部標準溶液を一定量添加し、全体を完全に溶解させた。その後、メチルシクロヘキサン100mLを添加して検体を析出させ、以降は実施例4と全く同様の手順で広口ガラス瓶中に存在するオリーブ油の量を求めた。そして、得られた量を添加量と比較し、回収率を求めた。その結果を表12に示す。表に示すように、ほぼ100%近い回収率であり、実施例4の方法で正しい定量値が得られることが確認された。
【0059】
【表12】

【0060】
比較例4:
実施例4と同様の検体を同一条件でオリーブ油と接触させ、従来のEU規格の方法でオリーブ油を定量した。EU規格では、ポリエチレンテレフタレートに対し、ペンタン/エタノール(95/5)混合溶媒による抽出を推奨しているのでこれを使用した。その結果を表13に示す。表に示すように、実施例4の結果と良く一致している。ポリエチレンテレフタレートの場合、オリーブ油は検体の内部にしみ込むことはないため、ソックスレー抽出による抽出効率が完全であることに対応している。
【0061】
【表13】

【0062】
実施例5:
検体として、6ナイロンの厚み0.6mmのシートを使用し、溶出試験(121℃×30分)を実施し、実施例4と全く同様の方法でオリーブ油を定量した。その結果を表14に示す。上記のような方法で求めた数値については、その正しさを後述の参考例5で確認した。また、実施例5における所用時間は4時間であり、比較例5で示す従来法の時間に比べて、大幅な省力効果が確認された。
【0063】
【表14】

【0064】
参考例5:
実施例5の方法で正しい結果が得られることについて、オリーブ油とは接触させていない点を除いて実施例5と同様の検体を使用して確認した。検体を広口ガラス瓶に入れ、以降は参考例4と全く同様の方法でオリーブ油を定量し、添加量と比較した。その結果を表15に示す。表に示すように、ほぼ100%近い回収率であり、実施例5の方法で正しい定量値が得られることが確認された。
【0065】
【表15】

【0066】
比較例5:
実施例5と同様の検体を同一条件でオリーブ油と接触させ、比較例4と全く同様の方法でオリーブ油を定量した。その結果を表16に示す。表に示すように、実施例5の結果と良く一致している。ナイロン12の場合、オリーブ油は検体の内部にしみ込むことはないため、ソックスレー抽出による抽出効率が完全であることに対応している。
【0067】
【表16】

【符号の説明】
【0068】
1:溶媒
2:定量用内部標準物質
3:溶液(検体を溶解した溶液)
4:メチルエステル化剤(ナトリウムメトキシド)
5:蒸留水
6:有機溶媒層(メチルエステル)
7:ガスクロマトグラフ
8:検体
9:容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法であって、脂肪酸トリグリセリドに検体を浸漬してプラスチックを溶出させ、溶出前後の検体の質量と検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量とに基づき、脂肪酸トリグリセリドに対するプラスチックの総溶出量を測定するに当たり、検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、溶媒に検体を完全に溶解させ且つ定量用内部標準を添加した後、メチルエステル化を施して得られた溶液を使用することを特徴とするプラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法。
【請求項2】
プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法であって、脂肪酸トリグリセリドに検体を浸漬してプラスチックを溶出させ、溶出前後の検体の質量と検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量とに基づき、脂肪酸トリグリセリドに対するプラスチックの総溶出量を測定するに当たり、検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、溶媒に検体を一旦溶解させ且つ定量用内部標準を添加した後、検体構成ポリマーの一部または全てを析出させた系の液相にメチルエステル化を施して得られた溶液を使用することを特徴とするプラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法。
【請求項3】
プラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法であって、脂肪酸トリグリセリドに検体を浸漬してプラスチックを溶出させ、溶出前後の検体の質量と検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量とに基づき、脂肪酸トリグリセリドに対するプラスチックの総溶出量を測定するに当たり、検体にしみ込んだ脂肪酸トリグリセリドの質量をガスクロマトグラフィーで定量するための試料として、溶媒に検体を浸して膨潤させ且つ定量用内部標準を添加した後、固液平衡状態に到達した系の液相にメチルエステル化を施して得られた溶液を使用することを特徴とするプラスチック製包装材料の脂肪酸トリグリセリドに対する溶出量測定方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2010−281664(P2010−281664A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−134864(P2009−134864)
【出願日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(591061208)株式会社三菱化学アナリテック (17)
【出願人】(509157937)