説明

プラスチック試料中金属元素の分析方法

【課題】ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、塩化ビニル樹脂などのプラスチック試料中に含まれる金属元素を分析する方法であって、簡便に効率よくプラスチック試料を溶解させ、試料中に含まれている微量の金属元素を精度よく分析できるようにしたプラスチック試料中金属元素の分析方法の提供を目的とする。
【解決手段】プラスチック試料中の金属元素をグラファイト原子吸光分析法により分析するプラスチック試料中金属元素の分析方法において、該プラスチック試料の溶解を、ヘキサフルオロイソプロパノール溶媒、あるいはヘキサフルオロイソプロパノールおよびテトラヒドロフランもしくはクロロホルムとの混合溶媒を用いて行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、塩化ビニル樹脂などのプラスチック試料中に含まれている金属元素を分析する方法であって、簡便に効率よくプラスチック試料を溶解させ、試料中に含まれている微量の金属元素を精度よく分析できるようにしたことを特徴とするプラスチック試料中金属元素の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、プラスチック試料中に含まれている金属元素を分析する方法としては、蛍光X線による分析方法がよく用いられてきた。しかし、この方法では1000ppm以下の微量の金属元素を分析することは困難であった。
【0003】
また、酸を溶媒にして高温高圧下で加熱してプラスチック試料を溶解し、原子吸光分析法、誘導結合プラズマ発光法、誘導結合プラズマ質量分析法などによりプラスチック試料中の金属元素を分析する方法もある。しかし、これらの方法では酸を入れて高温高圧下で加熱しながらプラスチック試料を溶解するため、非常に手間と時間を要する。また、高温高圧下で加熱した時に試料収納用容器が破裂することがあり、安全性にも問題があり、さらには、融点の高いポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂などの試料にあっては溶媒で完全に溶解できず、正確な分析を行えないという問題がある。
【0004】
一方、プラスチック試料を有機溶媒に溶解させてプラスチック成分を分析する方法がある(特許文献1、特許文献2参照)。しかし、これらの分析法の中で赤外スペクトルを利用したものなどは、試料の溶解に使用する有機溶媒との関係から一部の有機物(ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン等)の分析しか行えなかった。また、使用する分析方法が赤外スペクトルを用いた分光分析や熱分析などの場合は、本発明の分析対象であるプラスチック試料中の金属元素については全く分析することが出来なかった。さらに、従来の分析方法で使用している有機溶媒では、加熱を行ってもポリエチレンテレフタレートなどの試料は完全に溶解することができず、分析が行えないという問題もあった。
【特許文献1】特開2001−72794号公報
【特許文献2】特開2001−74729号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は以上のような状況のもとになされたもので、その課題とするところは、プラスチック試料を簡便に効率よく溶解させて、プラスチック試料中の微量な金属元素を感度良好に分析できるようにした、プラスチック試料中金属元素の分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以上のような課題を解決するためになされ、請求項1に記載の発明は、プラスチック試料中の金属元素をグラファイト原子吸光分析法により分析するプラスチック試料中金属元素の分析方法において、該プラスチック試料を溶解する溶媒がヘキサフルオロイソプロパノールであることを特徴とするプラスチック試料中金属元素の分析方法である。
【0007】
この様な方法によれば、他の有機溶媒(テトラヒドロフラン、クロロホルム、トルエン等)では溶解しないプラスチック試料を簡便かつ効率的に溶解させ、プラスチック試料中に含まれている金属元素を精度良く分析できるようになる。従って、PET樹脂試料中の微量な金属元素の分析も感度良好に行われるようになる。
【0008】
また、請求項2に記載の発明は、プラスチック試料中の金属元素をグラファイト原子吸光分析法により分析するプラスチック試料中金属元素の分析方法において、該プラスチック試料を溶解する溶媒がヘキサフルオロイソプロパノールおよびテトラヒドロフランもしくはクロロホルムであり、該溶媒中に該テトラヒドロフランもしくはクロロホルムが1〜50重量%含有されていることを特徴とするプラスチック試料中金属元素の分析方法である。
【0009】
この様な方法によれば、プラスチック試料を溶解する溶媒をヘキサフルオロイソプロパノールおよびテトラヒドロフランもしくはクロロホルムとの混合溶媒とするので、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデンなどのヘキサフルオロイソプロパノール単体では溶解しにくいプラスチック試料をも簡便かつ効率的に溶解させ、プラスチック試料中に含まれている金属元素を精度良く分析できるようになる。但し、ヘキサフルオロイソプロパノール以外の溶媒が50%を超えるとPET樹脂に対する溶解性が悪くなるので、正確な分析が行えるように、溶媒中にテトラヒドロフランもしくはクロロホルムが1〜50重量%含有されるようにする。
【0010】
さらにまた、請求項3記載の発明は、請求項1または2に記載のプラスチック試料中金属元素の分析方法において、前記プラスチック試料を前記溶媒に溶解してなる溶解液を、70秒以上の間、160℃以上に保持することを特徴とする。
【0011】
これにより溶解に用いた溶媒を蒸発させ、溶媒燃焼による影響を受けないで精度よくプラスチック試料中の微量な金属元素を分析することができる。使用している溶媒の沸点は120℃以下であり、70秒以上の間、160℃以上に保存させることで、分析に支障がない状態で溶媒を蒸発させることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明のプラスチック試料中金属元素の分析方法は、プラスチック試料を簡便に効率よく溶解させて、プラスチック試料中の微量な金属元素を感度良好に分析できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係るプラスチック試料中の微量な金属元素の分析方法の実施の形態につき、図面を参照して詳細に説明する。図1は本発明のプラスチック試料中金属元素の分析方法に用いられるグラファイト原子吸光分析装置の概略の構成を示している。
【0014】
ランプ1としては、プラスチック試料中の金属元素に係る吸光度を測定するために必要とされる波長の光を発光するランプが使用される。通常は中空陰極ランプが用いられる。より具体的には、鉛(217.00nm)ランプ、カドミウム(228.80nm)ランプ、マンガン(279.48nm)ランプなどが使用される。
【0015】
また、マイクロピペット2としては、プラスチック試料を溶解する溶媒に侵されないガラスなどの素材からなるピペットチップを有するものが用いられる。そして、手動あるいは自動で溶解液(プラスチック試料を溶媒で溶解したもの)の定量が採取でき、グラファイトチューブ3に滴下できるようになっている。
【0016】
一方、グラファイトチューブ3はグラファイト(黒鉛)からなり、金属元素の分析の際に加えられる高温に耐えうる耐熱性を持っている。このグラファイトチューブ3の上部にはマイクロピペット2の先端部が差し込める穴が開いており、ここにマイクロピペット2を差し込んで、定量採取した溶解液を滴下できるようになっている。
【0017】
加熱炉4は、グラファイトチューブ3中に滴下させた溶解液を高温に加熱するためのものであり、種々の加熱手段により内部が高温にできると共に、その廻りに高熱が伝わらないように冷却手段(図示せず)が付設されている。また加熱炉4の内部はアルゴンあるいは窒素ガスなどの不活性ガスで満たされるようになっている。
【0018】
そして、測光部5は、ランプ1から照射されてからグラファイトチューブ3内の溶解液が蒸発し、原子が励起する際吸収する光を受光し、プラスチック試料中の微量の金属元素を分析する部分であり、分光光度計がセットされている。ここで計測された吸光度に基づき所定の分析が行えるようになっている。
【0019】
なお、フード6には排気ファン(図示せず)が接続されていて、溶解液の入っているグラファイトチューブ3を加熱したときに蒸発した溶媒を吸い込み、回収して処理できるようになっている。
【0020】
このような構成のグラファイト原子吸光分析装置を使用し、プラスチック試料中の金属元素を分析するに当たっては、まず、ガラス容器などの試料収納用容器中で、プラスチック試料を、ヘキサフルオロイソプロパノール溶媒、或いはヘキサフルオロイソプロパノールおよびテトラヒドロフランもしくはクロロホルムの混合溶媒により溶解させる。
【0021】
この様に、プラスチック試料の溶解に当たり、ヘキサフルオロイソプロパノールを用いると、他の有機溶媒(例えば、テトラヒドロフラン、クロロホルム、トルエンなど)では溶解しないプラスチック試料を簡便に効率よく、かつ確実に溶解することができる。従って、PET樹脂中に含まれている微量な金属元素の分析が感度良好に行われるようになる。また、ヘキサフルオロイソプロパノールおよびテトラヒドロフランもしくはクロロホルムの混合溶媒を用いると、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデンなどのヘキサフルオロイソプロパノール単体では溶解しにくいプラスチック試料でも簡便に効率よく、かつ確実に溶解させることができ、所定の金属元素の分析が行えるようになる。しかしこの場合、ヘキサフルオロイソプロパノール以外の溶媒が50%を超えるとPET樹脂に対する溶解性が悪くなるので、正確な分析が行えるように、溶媒中にテトラヒドロフランもしくはクロロホルムが1〜50重量%含有されるようにする。
【0022】
次に、プラスチック試料を上記の溶媒で溶解させてなる溶解液は、マイクロピペット2によりその定量を採取した後、グラファイトチューブ3に滴下させる。続いて、グラファイトチューブ3は加熱炉4の加熱手段(図示せず)により分析に最適な温度状態で加熱して被測定物の溶媒を蒸発させ、分析に付される。
【0023】
そして、ランプ1からグラファイト原子吸光分析に最適な波長の光が照射され、測光部5で吸光度が測定され、プラスチック試料中に含まれる、鉛、カドミウム、クロム、マンガン、ニッケル、鉄、スズなどの金属元素の分析が行われる。
【0024】
本発明に用いられるプラスチック試料としては、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ナイロン樹脂などが挙げられるが、これらに限られるものではない。
【0025】
また、本発明に用いられる溶媒としては、ヘキサフルオロイソプロパノール(以下HFIPと略す)の単独溶媒、または、HFIPおよびテトラヒドロフラン(以下THFと略す)もしくはクロロホルムの混合溶媒が挙げられる。これらの溶媒中には、HFIPと分離を起こさない他の溶媒を混合してもよい。
【0026】
以下、本発明の好ましい実施例について述べる。
【実施例1】
【0027】
PETフィルム(東レ株式会社製 ルミラーP60)0.5gと100mg/lのカドミウム標準液10μlを加えて10mlのHFIPで溶解してなる溶解液をガラス製チップマイクロピペットで10μl採取し、概略の構成が図1に示すようなグラファイト原子吸光分析装置(株式会社島津製作所製 AA−7000)のグラファイトチューブ内に滴下した。
【0028】
次に、分析用のランプとしてはカドミウム(228.80nm)を用い、カーボングラファイトチューブ内の溶解液を160℃で50秒間、250℃で10秒間、800℃で10秒間の条件で昇温させた後、800℃の状態で5秒間測定を行った。その後クリーニングを2500℃で5秒間行った。
【0029】
これに続いて、上記した組成の溶解液のカドミウム標準液のみをカドミウムを含まないもの、カドミウムがそれぞれ50ng/ml、100ng/ml、150ng/ml含まれる標準液に順次交換し、その他は上述の測定条件と同じにして測定を行った。そして、これらの測定によって得られた検量線からカドミウムの濃度を分析したところ、80ng/mlであった。
【実施例2】
【0030】
PETフィルム(東レ株式会社製 ルミラーP60)0.5gと100mg/lのカドミウム標準液の10μlを加えて7mlのHFIPと3mlのTHFとの混合溶媒10mlに溶解してなる溶解液をガラス製チップマイクロピペットで10μl採取し、グラファイト原子吸光分析装置(株式会社島津製作所製 AA−7000)のグラファイトチューブ内に滴下した。
【0031】
次に、分析用のランプとしてはカドミウム(228.80nm)を用い、カーボングラファイトチューブ内の溶解液を160℃で50秒間、250℃で10秒間、800℃で10秒間の加熱条件で昇温させた後、800℃の状態で5秒間測定を行った。その後クリーニングを2500℃で5秒間行った。
【0032】
これに続いて、上記した組成の溶解液のカドミウム標準液のみをカドミウムを含まない標準液と、カドミウムがそれぞれ50ng/ml、100ng/ml、150ng/ml含まれる標準液に順次交換し、その他は上述の測定条件と同じにして測定を行った。そして、測定によって得られた検量線からカドミウムの濃度を分析したところ、85ng/mlであった。
【実施例3】
【0033】
PETフィルム(東レ株式会社製 ルミラーP60)0.5gと100mg/lのカドミウム標準液10μlを加えて7mlのHFIPと3mlのTHFとの混合溶媒10mlに溶解してなる溶解液を160℃で90秒間、250℃で10秒間、800℃で10秒間の加熱条件で昇温させた後、800℃の状態で5秒間測定を行った。その後クリーニングを2500℃で5秒間行った。
【0034】
これに続いて、上記した組成の溶解液のカドミウム標準液のみをカドミウムを含まない標準液と、カドミウムがそれぞれ50ng/ml、100ng/ml、150ng/ml含まれる標準液に順次交換し、その他は上述の測定条件と同じにして測定を行った。そして、測定によって得られた検量線からカドミウムの濃度を分析したところ、95ng/mlであった。
[比較例1]
PETフィルム(東レ株式会社製 ルミラーP60)0.5gと100mg/lのカドミウム標準液を10μl加えて7mlのHFIPと3mlのTHFとの混合溶媒10mlに溶解したものを純水にて50mlにメスアップしたところ、溶媒と純水とが分離してしまった。
【0035】
このため、PETフィルム(東レ株式会社製 ルミラーP60)0.5gと100mg/lのカドミウム標準液を10μl加えて7mlのHFIPと3mlのTHFとの混合溶媒10mlに溶解したものをHFIPとTHFが7対3で混合された溶媒にて50mlにメスアップした。
【0036】
メスアップした試料を誘導結合プラズマ発光分光分析装置(パーキンエルマー株式会社製 Optima3000)に導入し、比較のための比較例1に係る分析をしたところ、溶媒による影響でプラズマが消灯してしまい分析することができなかった。
[比較例2]
PETフィルム(東レ株式会社製 ルミラーP60)0.5gと100mg/lのカドミウム標準液を10μl加えて7mlのHFIPと3mlのTHFとの混合溶媒10mlに溶解したものをHFIPとTHFが7対3で混合された溶媒にて50mlにメスアップした。
【0037】
メスアップした試料をフレーム原子吸光分析装置(株式会社島津製作所製 AA−6000)にてカドミウム(228.80nm)ランプを用い、比較のための比較例2に係る分析をしたところ、バックグラウンドの乱れが激しくカドミウムはうまく検出できなかった。
【0038】
以上からも分かるように、本発明に係るプラスチック試料中金属元素の分析方法は、プラスチック試料中の金属元素の分析に際し、上記した溶媒でプラスチック試料を簡便に効率よく、かつ確実に溶解させてから分析を行うため、様々なプラスチック製品、プラスチック材料中の微量な金属元素を精度良く分析できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明のプラスチック試料中金属元素の分析方法に使用されるグラファイト原子吸光分析装置の一例の概略の構成を示す説明図である。
【符号の説明】
【0040】
1 ランプ
2 マイクロピペット
3 グラファイトチューブ
4 加熱炉
5 測光部
6 フード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチック試料中の金属元素をグラファイト原子吸光分析法により分析するプラスチック試料中金属元素の分析方法において、
該プラスチック試料を溶解する溶媒がヘキサフルオロイソプロパノールであることを特徴とするプラスチック試料中金属元素の分析方法。
【請求項2】
プラスチック試料中の金属元素をグラファイト原子吸光分析法により分析するプラスチック試料中金属元素の分析方法において、
該プラスチック試料を溶解する溶媒がヘキサフルオロイソプロパノールおよびテトラヒドロフランもしくはクロロホルムであり、
該溶媒中に該テトラヒドロフランもしくはクロロホルムが1〜50重量%含有されていることを特徴とするプラスチック試料中金属元素の分析方法。
【請求項3】
前記プラスチック試料を前記溶媒に溶解してなる溶解液を、
70秒以上の間、160℃以上に保持することを特徴とする請求項1または2に記載のプラスチック試料中金属元素の分析方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−157772(P2008−157772A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−347329(P2006−347329)
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】