説明

プラズマを用いたサンプリング法およびサンプリング装置

【課題】分析対象物を破壊することなく、試料を採取し、直接、分析装置に導入することができるとともに、分析精度を向上させることを可能とするプラズマを用いたサンプリング法およびサンプリング装置を提供すること。
【解決手段】閉空間内に納められた分析対象物の表面にプラズマを放出し、その表層部を気相中に飛散させてサンプルガスとし、当該サンプルガスをガス流によって前記閉空間から導入手段を通して分析装置に導入することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般的な分析装置を用いて分析を行う際に、分析対象物から試料を採取し、分析装置に導入するためのサンプリング法およびサンプリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の分析装置の多くは、液体状態や気体状態の試料を分析装置に導入する必要がある。そのため、このような分析装置を用いて固体のバルクについて分析する場合、その一部を物理的に破壊して採取し、ボールミルや乳鉢などにより粉砕して粒子状にした後、酸やアルカリの溶媒に溶解させて、溶液化するなどの前処理が行われている。
【0003】
しかしながら、このように溶液化された試料には、溶媒の成分が含まれるため、分析対象の成分が妨害されたり、使用する薬品や器具によって汚染されるため、分析精度を低下させてしまうなどの問題があった。また、もとの分析対象物は破壊されるため、例えば、貴重品、絵画、犯罪試料、生体などの損傷を受けることが許されないものについては、感度を犠牲にして固体試料を導入可能な感度の低い分析装置を用いる場合があった。さらに、前記前処理は数多くの化学的工程を要するため、分析対象物を採取してから分析装置に導入するまでに時間がかかり、迅速な分析ができないという問題があった。
【0004】
また、前記前処理を簡略化する方法として、強力なレーザー光を照射し、局所的に表面温度を上昇させることにより、分析対象物の表面を蒸発、あるいは微粒子化し、この蒸気あるいは微粒子を捕集し、あるいは直接ガス流を用いて分析装置へ導入するレーザーアブレーション法がある。
【0005】
しかしながら、この方法では、レーザー照射によって分析対象物の表層部のみならず、表層部よりも内側の分析対象物までも蒸発あるいは微粒子化されるため、分析後の分析対象物の表面にはレーザー痕が残存してしまう。したがって、前述したように、例えば、貴重品、絵画、犯罪試料、生体などの損傷を受けることが許されないものについては、この手法をとることはできないという問題があった。また、この手法において、試料の採取の程度を変えるには、レーザーのパワー、レーザーの照射時間、焦点の絞りくらいしかパラメータとして調整することができず、制御性に乏しいという欠点がある。
【0006】
これに対し、近年、特に、犯罪分析の分野において、プラズマを用いて固体の分析対象物から試料を採取し、分析する手法が開発されている(例えば、非特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Development of a direct current gas sampling glow discharge ionization source for the time-of flight mass spectrometer, John P. Guzowski, Jr., Jose A. C. Broekaert, Steven J. Ray and Gary M. Hieftje,J. Anal. At. Spectrom., 1999, 14, 1121-1127
【非特許文献2】Characterization of Direct-Current Atmospheric-Pressure Discharges Useful for Ambient Desorption/Ionization Mass Spectrometry, acob T. Shelley, Joshua S. Wiley, George C. Y. Chan, Gregory D. Schilling, Steven J. Ray, and Gary M. Hieftje, J Am Soc Mass Spectrom 2009, 20, 837-844
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前記非特許文献1、2に開示された手法は、プラズマ源の構造の関係上、針電極がプラズマ中に溶け込むため、金属元素の検出は困難であり、プラズマの純度が低くなるため、高い分析精度を得ることができないという問題がある。また、この手法は飛行時間質量分析装置(TOF−MS)を用いた分析にしか用いることができない、プラズマガスとしてヘリウムガスしか用いることができない、などの欠点がある。
【0009】
本発明はこれらの点に鑑みてなされたものであり、分析対象物を破壊することなく、試料を採取し、直接、分析装置に導入することができるとともに、分析精度を向上させることを可能とするプラズマを用いたサンプリング法およびサンプリング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するため、本発明のプラズマを用いたサンプリング法は、閉空間内に納められた分析対象物の表面にプラズマを放出し、その表層部を気相中に飛散させてサンプルガスとし、当該サンプルガスをガス流によって前記閉空間から導入手段を通して分析装置に導入することを特徴とする。
【0011】
また、本発明のプラズマを用いたサンプリング装置は、プラズマを発生させるプラズマ源と、内部に分析対象物またはその表面を収容するための開放部、前記プラズマ源により発生したプラズマを導入するための導入口、および前記試料の表面に前記プラズマを放出して、その表層部を気相中に飛散させたサンプルガスを流出するための流出口が形成されたサンプリング室と、前記サンプリング室からガス流によって流出する前記サンプルガスを前記分析装置に導入する導入手段とを備えることを特徴とする。
【0012】
前記プラズマ源は、内側にプラズマガスが導入される誘電体からなる誘電体管と、前記誘電体管の厚さ方向における外側に配置された1つ以上の導電体からなる第1電極管と、前記誘電体管の厚さ方向における内側、または、前記誘電体管の厚さ方向における外側に前記第1電極管と間隔をおいて配置される1つ以上の導電体からなる第2電極管とを有することを特徴とする。
【0013】
前記誘電体管は前記サンプリング室と接続されており、誘電体管の内側に導入される前記プラズマガスまたはキャリアガスのガス流によって、前記サンプリング室から前記サンプルガスが流出されるとともに、前記分析装置に導入されることを特徴とする。
【0014】
前記プラズマ源は、前記第1電極管と第2電極管との間に直流電力または低周波数から高周波数のマイクロ波領域にわたる範囲に含まれるいずれかの周波数を有する交流電力およびパルス電力を印加する電源を有することを特徴とする。
【0015】
また、前記第1電極管および第2電極管は、白金ロジウム、白金、モリブデン、タングステン、トリウムタングステン合金、ランタンタングステン合金、セレンタングステン合金、これらのいずれかにアメリシウムまたはトリウムを付着させたもののいずれかからなることを特徴とする。
【0016】
さらに、前記プラズマはジェット状であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、分析対象物を破壊することなく、その表層部のごく一部のみを飛散させてサンプルガスとし、当該サンプルガスをガス流によって直接、分析装置に導入することができる。したがって、従来のような複雑な前処理を行う必要がないため、分析精度の高い、迅速な分析を行うことが可能となる。また、従来において、損傷を受けることが許されないために分析できなかった分析対象物についても、高感度な分析装置を用いて分析を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】(a)は、本発明の実施形態に係るサンプリング装置を示す概略図、(b)は(a)に示すプラズマ源のA−A断面図
【図2】本実施形態のサンプリング装置の一実施例を示す概略図
【図3】銅板の基材にモリブデングリスを付着させた試料を用いたIPC−MSにおける各元素の信号強度の経時変化を示すグラフ
【図4】銅板の基材にアルミニウム複合グリスを付着させた試料を用いたIPC−MSにおける各元素の信号強度の経時変化を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明のプラズマを用いたサンプリング法を実施するサンプリング装置について、図面に示す実施形態により説明する。
【0020】
なお、本発明によりサンプリング可能な試料は、固体、液体、気体、ゲルのいずれも可能である。また、本発明はバルクの分析対象物から表層部の一部をサンプリングする場合の他、分析対象物の表面上に付着した試料をサンプリングする場合にも用いることができる。また、生体自体から表面に付着した試料をサンプリングすることも可能である。
【0021】
本発明のサンプリング装置によりサンプリングした試料は、例えば、ICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)、ICP−OES(誘導結合プラズマ発光分光分析装置)、MS(質量分析装置)、GC(ガスクロマトグラフ)、TOF−MS(飛行時間形質量分析装置)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)などの様々な分析装置に導入し、分析測定を行うことができる。
【0022】
図1は、本発明の実施形態に係るサンプリング装置を示す概略図である。
【0023】
本実施形態のサンプリング装置1は、プラズマPを発生させるプラズマ源2と、内部に分析対象物またはその表面を収容するための開放部3a、前記プラズマ源2により発生したプラズマPを導入するための導入口3b、および前記試料の表面に前記プラズマPを放出して、その表層部を気相中に飛散させたサンプルガスを流出するための流出口3cが形成されたサンプリング室3と、前記サンプリング室3からガス流によって流出する前記サンプルガスを前記分析装置に導入する導入手段4とを備える。
【0024】
前記サンプリング室3は、例えば、図1に示すように、その一部(図1における下方部)が開放部3aとして開放された半球形とされている。なお、サンプリング室3の形状やプラズマ源に対する相対的な大きさ等は変更可能である。また、サンプリング室3の外周部には、前記導入口3bおよび流出口3cがそれぞれ離間して形成されている。なお、これらの導入口3bおよび流出口3cの形成位置はプラズマの入射角によって調整することが望ましい。
【0025】
また、サンプリング室3の開放部3aを形成する開放端縁部分には、例えば、吸盤5、Oリングなどの密着部材が取り付けられており、固体のバルクを分析する場合には、前記開放部3aを分析対象物側に向けた状態で、吸盤5を試料Sの表面、あるいは載置台に吸着させて、サンプリング室3内を密閉することができる。
【0026】
前記プラズマ源2は、ガラスやセラミックなどの誘電体からなる誘電体管2aと、前記誘電体管2aに配設された導電体からなる第1電極管2bおよび第2電極管2cと、こららの電極間に電力を印加する電源(図示せず)とからなる。
【0027】
具体的には、誘電体管2aの長さ方向における中央には、図1(b)に示すように、厚さ方向における外側および内側に、それぞれ誘電体管2aを挟んで第1電極管2bおよび第2電極管2cが配置されている。
【0028】
第1電極管2bおよび第2電極管2cの素材としては、融点が高いなどの理由で白金ロジウム、白金、モリブデン、タングステン等の金属が好ましいが、放電のし易さや安定性を重視する場合は、放射性物質を微量含むトリウムタングステン合金、ランタンタングステン合金、セレンタングステン合金などを用いてもよい。あるいは、これらのいずれかにアメリシウムやトリウムを微量塗布、スパッタ、メッキ、埋め込み処理などにより付着させてもよい。これらの素材を用いることで、プラズマ放電の安定性を向上させることができる。また、分析対象物が電気伝導性を示す物質の場合、これを一方の電極として作用させる構造としてもよい。また、分析対象物が絶縁物の場合、これを誘電体管2aとして作用させる構造としてもよい。
【0029】
なお、第1電極管2bおよび第2電極管2cはいずれもプラズマに触れておらず、誘電体管2aを介してプラズマに電力を供給する構造が望ましいが、第1電極管2b、第2電極管2cの少なくとも一方が直接プラズマに触れる構造でもよい。その場合には第1電極管2b、第2電極管2cの素材が分析対象物の物質を含まず、あるいは分析対象物の物質と反応し、分析を妨げる恐れのないものを使用することが望ましい。
【0030】
また、第1電極管2bおよび第2電極管2cの配置および数は変更可能である。例えば、誘電体管2aの厚さ方向における外側に第1電極管2bを配置し、さらに間隔をおいて第1電極管2bの外側に第2電極管2cを配置させてもよい。
【0031】
前記電源には、直流電力または低周波数から高周波数のマイクロ波領域にわたる範囲に含まれるいずれかの周波数を有する交流電力およびパルス電力を印加する電源を用いることができる。
【0032】
また、本実施形態においては、前記誘電体管2aのプラズマPが放出される一端部(図1における下端部)は、前記導入口3bよりサンプリング室3の内側に組み込まれている。
【0033】
前記導入手段4は、例えば、一端部が分析装置の採取された試料Sの入り口と接続され、他端部が前記流出口3cに取り付けられたチューブ8からなる。さらに、図1(a)に示すように、前記チューブ8の中間位置にポンプ9を接続し、サンプリング室3の流出口3cに、例えば、電動または手動のチャッキバルブなどのバルブ10を取り付けることが好ましい。前記バルブ10は、サンプリング室3内を密閉した状態でサンプリング室3の気圧が上がった場合にのみ開放するため、サンプルガスの逆流を防止することができる。またさらに、サンプリング室3の外周部に内部のガスを脱気するための流出口およびバルブを別途設けてもよい。この場合には、流出口3c側のバルブ10は電動にすることが好ましい。なお、ポンプ9は必ずしも接続する必要はない。
【0034】
このようなサンプリング装置1を用いたサンプリングを行う場合、まず、サンプリング室3の開放部3aを分析対象物の表面側に向けて、分析対象物のサンプリングしたい部分を開放部3aの内側に配置させて、表面に吸盤5を吸着させて密閉する。そして、誘電体管2aの内側にプラズマガス(例えば、ヘリウムガス)を導入し、前記電源より第1電極管2bと第2電極管2cとの間に電力を印加する。これにより、誘電体バリア放電によってプラズマガスがプラズマ化され、誘電体管2aの一端部(図1における下方部)からサンプリング室3内の分析対象物の表面にプラズマPが放出される。
【0035】
分析対象物の表面にプラズマPが放出されると、プラズマ中に多量に含まれる高エネルギー粒子(イオン、ラジカル、電子など)によって、分析対象物の表層部が剥離、蒸発、励起、イオンの1種もしくは複数の組み合わせによる処理を受けて蒸気や粒子となって気相中にサンプリングガスとして飛散される。このサンプリングガスは、誘電体管2a内に導入されるプラズマガスのガス流によって、流出口3cから延出されたチューブ8を介して搬送され、分析装置の入り口に導入される。
【0036】
なお、分析対象物の表面にプラズマPを放出する前に、予めサンプリング室3内を排気して真空状態にした後、プラズマPを照射してもよい。これにより、サンプリング室3内に残留する気体からの汚染を防止でき、さらに、サンプリング室3内の気圧が低くなり、プラズマ源2内の気圧も低くなるため、プラズマしにくいプラズマガスを用いた場合であっても容易にプラズマ化させることができる。また、サンプリング室3内において、分析対象物の表面にプラズマPをある程度の時間放出した後、サンプリング室3内をサンプルガスで満たした後、バルブ10を開放して一気に分析装置に導入してもよい。これにより、分析装置に分析対象物が導入される時間が短縮されることで、分析感度を向上させることができる。
【0037】
また、本実施形態においては、誘電体管2aの一端部から導入されるプラズマガスのガス流によってサンプルガスを搬送したが、サンプルガスとともに誘電体管2aを二重管に形成し、別途キャリアガスを導入し、このキャリアガスのガス流によってサンプルガスを搬送してもよい。
【0038】
プラズマ源2の構造やプラズマガスの種類などは、分析対象物の特性、例えば、硬度、温度に対するダメージの程度によって選択することが好ましい。例えば、プラズマガスにヘリウムガスを用いることで、特に、イオン化しにくい塩素やフッ素を含む分析試料Sを特異的にガス中に飛散させることができる。また、酸素ガスを用いることで酸化しやすい物質を、特異的にガス中に飛散させることができる。
【0039】
ここで、プラズマガスに希ガスを用いた場合には、反応性を持たないプラズマが生成されるため、分析対象物の表層部で物理的な反応(スパッタ)が起こることで、サンプリングが行われる。この場合、サンプリング速度(量)はプラズマの密度×流量に比例する。これに対し、プラズマガスに分子ガスを混合させた場合には、活性なラジカル(例えば、OラジカルやOHラジカル)が発生するため、分析対象物の表層部で化学反応が起こることで、サンプリングが行われる。そのため、プラズマガスに用いるガスの種類を変えることで、発生するラジカルの種類が変わるため、サンプリングされる物質やサンプリング速度を選択的に変えることができる。
【0040】
分析対象物とプラズマとの組み合わせについては、相性によって選択することが好ましい。例えば、有機化合物に対しては、親水化と同様の原理で、酸素ラジカルと反応して表面の試料を剥離させることができるため、酸素混合プラズマやNOプラズマが好ましい。また、何らかの酸化物に対しては、表面の試料を還元反応によって放出させることができる水素プラズマが好ましい。また、ガラス試料に対しては、フッ素がガラスを攻撃して試料が放出されやすくなるため、フッ素系ガス混合プラズマが好ましい。また、金属に対しては、物理的な反応(スパッタ)が起こりやすくなるため、Arプラズマが好ましい。
【0041】
また、プラズマPの放電方式としては、上記の誘電体バリア放電の他、例えば、誘導結合プラズマ放電(ICP)、容量結合プラズマ放電(CCP)、ホローカソード放電、コロナ放電、ストリーマ放電、グロー放電、アーク放電のいずれを用いてもよい。
【0042】
また、プラズマPによって分析対象物の損傷を極力防止したい場合には、所定の放電方式によって発生させることができ、プラズマ温度が低温(例えば、生体にプラズマが照射されても生体に損傷が発生しない程度の温度、37度以下)で、放電損傷しない、具体的には熱くもなくまた触っても感電しないいわゆるダメージフリープラズマPを用いることが好ましい。また、プラズマPの濃度(プラズマP中のイオンや電子の濃度)を変更することで、分析対象物の深さ方向の分析情報を得ることも可能である。
【0043】
本実施形態によれば、分析対象物を破壊することなく、その表層部のごく一部のみを飛散させてサンプルガスとし、当該サンプルガスをガス流によって直接、分析装置に導入することができる。したがって、従来のような複雑な前処理を行う必要がないため、分析精度の高い、迅速な分析を行うことが可能となる。また、従来において、損傷を受けることが許されないために分析できなかった分析対象物についても、高感度な分析装置を用いて分析を行うことが可能となる。
【0044】
本実施形態によれば、サンプリング室内から分析装置に導入されるサンプルガスは気相中に分散しているため、従来の前処理やレーザーアブレーションなどにより得られる試料と比べて極端に水分が少ない。また、サンプルガスに含まれる粒子の粒径も小さく、極微量である。したがって、従来のような、試料に水分が含まれることによる分析感度の低下、あるいは、試料の粒径が大きいこと、多量の使用が分析装置に導入されることで生じる、いわゆるマトリックス効果などによる分析への影響を解消することが可能となるなどの効果を奏する。
【0045】
[第1実施例]
次に、ICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)(Agilent technologies HP4500)を用いて具体的に分析した結果について説明する。
【0046】
第1実施例において用いたサンプリング装置1は、図2に示すように、90度折り曲げ加工された石英管6を用い、その角部分をサンプリング室3、L字状の一辺側(図2における左辺側)を誘電体管2aとされている。
【0047】
前記石英管6の角部分の周側面には開放部3aが形成されており、分析を行う際には、この開放部3aの内側に試料Sを配置させることで、サンプリング室3内に分析対象物を収容可能となっている。
【0048】
また、L字状の石英管6の一辺側(図2における左辺側)における中央には、前述したような第1電極管2bおよび第2電極管2cが、厚さ方向における内側および外側にそれぞれ配置されている。第1電極管2bおよび第2電極管2cには、電源として9kVの高電圧電源が接続されている。また、L字状の石英管6の一辺側(図2における左辺側)の一端部(図2における上端部)からはプラズマガスが導入可能となっており、一対の電極間に電圧を印加させることにより、誘電体バリア放電によって、L字状の石英管6の一辺(図2における左辺)の軸方向に長尺なプラズマPが発生し、サンプリング室3内の試料Sにジェット状のプラズマPが噴射されるようになっている。
【0049】
なお、本実例においては、一対の電極が対向する位置を試料Sの位置から近接した位置に配置することにより、高濃度のプラズマPを試料Sに照射可能となっている。また、本実施例において発生するプラズマPの温度は約40℃の低温であり、プラズマPの温度が低温で、放電損傷がない、いわゆるダメージフリープラズマとなっている。
【0050】
また、L字状の石英管6の他辺側(図2における右辺側)の上端部はプラズマPが試料Sに噴射され、気相中に飛散されたサンプルガスを流出可能とされた流出口3cとされている。この流出口3cに分析装置と接続されたチューブを取り付けることで、誘電体管3の内側に導入されたプラズマガスのガス流によって、流出口3cからサンプルガスが流出され、チューブを介して分析装置に導入されるようになっている。すなわち、本実施例においては、プラズマガスは、分析装置にサンプルガスを導入するためのキャリアガスとしても作用するようになっている。
【0051】
次に、上記のサンプリング装置1を用い、IPC−MSによる分析実験を行った。この実験においては、基材7の銅板を破壊することなく、分析試料Sを採取し、実際に検出対象の元素を検出することが可能かどうかを確認した。
【0052】
まず、ヘリウムガスのガス流によって気相中に分散されないものとして、基材7の銅板上に付着したモリブデングリスを試料Sに用い、プラズマガスとしてヘリウムガスを用い、流量を1L/minとし、ICP−MSにて分析実験を行った。
【0053】
ここで、予め試料Sを付着させている基材7である銅板にプラズマPを噴射し、プラズマPによる損傷があるかどうかを確認した。具体的には、上記のサンプリング装置1を用いて、銅板上のモリブデングリスを開放部3aに配置することで、モリブテングリスをサンプリング室3内に収容した後、電源をON状態にし、モリブテングリスの表面上に5分間プラズマPを放出した。その結果、基材7の銅板の表面にはプラズマPによる損傷の痕跡は全く確認されなかった。
【0054】
次に、サンプリング装置1のガス導入口3bと、ヘリウムガスのボンベとの間をチューブ(図示せず)で連結し、また、ICP−MSに内蔵されたプラズマトーチと、上記のサンプリング装置1の前記サンプル流出口3cとの間を前記チューブで連結し、サンプリング装置1の電源を入れて分析測定を行った。
【0055】
図3は、各元素についての検出信号の時間変化を示すグラフである。この分析測定においては、ICP−MSにおける測定(モニター)開始から75秒後にサンプリング装置1の電源を入れ、125秒後に電源を切り、それぞれ質量数が95、96、98のMoの検出信号をモニターした。同時に、試料Sを構成する元素以外の質量数56のArO+、質量数23のNaについてもモニターした。
【0056】
図3に示すように、サンプリング装置1の電源を入れた時間内(測定開始から75秒後から125秒後までの間)において、Moの検出信号のピークが約100秒後に確認された。また、同時にモニターしたArO+、Naの検出信号には変化が確認できないため、電気的なノイズやICP−MSの不安定等に起因する偶発的な信号の増加ではないと考えられる。
【0057】
以上から、上記のサンプリング装置1を用いることで、分析対象物の銅板の基材7に損傷を与えることなく、プラズマPの放出によって試料Sであるモリブデンが採取され、ICP−MSで検出することができることが確認された。
【0058】
[第2実施例]
第2実施例においては、上記の第1実施例と同様のサンプリング装置1を用い、ヘリウムガスにより分散されない試料Sとして、基材7の銅板上に付着させたアルミニウム複合グリスを試料Sとして用い、ICP−MSによる分析測定を行った。
【0059】
図4は、各元素についての検出信号の時間変化を示すグラフである。この分析測定においては、ICP−MSにおける測定(モニター)開始から50秒後にサンプリング装置1の電源を入れ、250秒後に電源を切り、合計300秒間測定した。また、ICP−MSにより質量数27のAlの質量信号をモニターし、同時に、試料Sを構成する元素以外の質量数56のArO+、および銅板である基材7の構成元素である質量数63のCuについてもモニターした。
【0060】
図4に示すように、サンプリング装置1の電源を入れた時間内(測定開始から50秒後から250秒後までの間)において、質量数が27のAlの検出信号の増加が約60秒後から約150秒後に亘って確認された。また、同時にモニターしたArO+の検出信号には変化が確認できないため、電気的なノイズやICP−MSの不安定による起因する偶発的な信号の増加ではないと考えられる。
【0061】
また、基材7の構成元素である質量数63のCuの信号増加が確認されなかったため、プラズマPを分析対象物に放出したことにより、基材7に損傷を与えることがないことが確認された。
【0062】
以上から、上記のサンプリング装置1を用いることで、分析対象物の銅板の基材7に損傷を与えることなく、プラズマPの放出によって試料Sであるアルミニウムが採取され、ICP−MSで検出することができることが確認された。
【0063】
なお、本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、必要に応じて変更することができる。
【0064】
例えば、プラズマPを分析対象物に放出する際に、水素化物生成法を用いて、サンプリング室3内に気体の水素化物を生成し、その気体をプラズマPに導入することで、試料Sが飛散しやすい状態にしてもよい。
【符号の説明】
【0065】
1 サンプリング装置
2 プラズマ源
2a 誘電体管
2b 第1電極管
2c 第2電極管
3 サンプリング室
3a 開放部
3b 導入口
3c 流出口
4 導入手段
7 基材
8 チューブ
9 ポンプ
10 バルブ
P プラズマ
S 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
閉空間内に納められた分析対象物の表面にプラズマを放出し、その表層部を気相中に飛散させてサンプルガスとし、当該サンプルガスをガス流によって前記閉空間から導入手段を通して分析装置に導入することを特徴とするプラズマを用いたサンプリング法。
【請求項2】
プラズマを発生させるプラズマ源と、
内部に分析対象物またはその表面を収容するための開放部、前記プラズマ源により発生したプラズマを導入するための導入口、および前記試料の表面に前記プラズマを放出して、その表層部を気相中に飛散させたサンプルガスを流出するための流出口が形成されたサンプリング室と、
前記サンプリング室からガス流によって流出する前記サンプルガスを前記分析装置に導入する導入手段と、
を備えることを特徴とするプラズマを用いたサンプリング装置。
【請求項3】
前記プラズマ源は、内側にプラズマガスが導入される誘電体からなる誘電体管と、前記誘電体管の厚さ方向における外側に配置された1つ以上の導電体からなる第1電極管と、前記誘電体管の厚さ方向における内側、または、前記誘電体管の厚さ方向における外側に前記第1電極管と間隔をおいて配置される1つ以上の導電体からなる第2電極管とを有することを特徴とする請求項2に記載のプラズマを用いたサンプリング装置。
【請求項4】
前記誘電体管は前記サンプリング室と接続されており、誘電体管の内側に導入される前記プラズマガスまたはキャリアガスのガス流によって、前記サンプリング室から前記サンプルガスが流出されるとともに、前記分析装置に導入されることを特徴とする請求項2または請求項3に記載のプラズマを用いたサンプリング装置。
【請求項5】
前記プラズマ源は、前記第1電極管と第2電極管との間に直流電力または低周波数から高周波数のマイクロ波領域にわたる範囲に含まれるいずれかの周波数を有する交流電力およびパルス電力を印加する電源を有することを特徴とする請求項3または請求項4に記載のプラズマを用いたサンプリング装置。
【請求項6】
前記第1電極管および第2電極管は、白金ロジウム、白金、モリブデン、タングステン、トリウムタングステン合金、ランタンタングステン合金、セレンタングステン合金、これらのいずれかにアメリシウムまたはトリウムを付着させたもののいずれかからなることを特徴とする請求項3乃至請求項5のいずれか1項に記載のプラズマを用いたサンプリング装置。
【請求項7】
前記プラズマはジェット状であることを特徴とする請求項2乃至請求項6のいずれか1項に記載のプラズマを用いたサンプリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−137740(P2011−137740A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−298462(P2009−298462)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】