説明

プラチナリッチ非晶質合金

本発明の実施形態によれば、非晶質合金は、少なくともPt、P、Si、及びBを合金元素として含んでおり、且つ、約0.925以上のPt重量分率を有している。いくつかの実施形態において、Pt重量分率は約0.950以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、プラチナリッチ非晶質合金、及び該プラチナリッチ非晶質合金から成形される三次元物体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
プラチナはファイン・ジュエリーの製造に使用される貴金属である。他の多くの高価な金属と同様に、プラチナ(Pt)は、通常、宝飾品類にする前に他の元素と合金される。Pt系非晶質合金又はPt系ガラスは、宝飾品類用途について特段の興味がもたれている。Pt系非晶質合金の不規則な原子スケールの構造は、従来の(結晶性)Pt系合金を超えて改善された、硬度、強度、弾性、及び耐食性の上昇をもたらす。さらに、Pt系非晶質合金は、ガラス転移温度(T)を超えて加熱した際の軟化能力及び流動性によって所望の加工特性を示す。
【0003】
硬質Pt系合金は、重度の使用後であっても、耐スクラッチ性が高く、且つ、ブリリアント・フィニッシュを維持するので、望ましい。軟質Pt系合金は、短期間の使用の後でもくすんだ色になることがある。Pt合金の硬さはその組成に依存している。合金の組成は、硬度に加えてガラス形成の臨界鋳造厚さに影響し、ここで臨界鋳造厚さは、非晶質原子構造および関連特性を維持しながら生産することができる素材の厚さの尺度である。適切な臨界鋳造厚さを有する合金は、通常は急冷を用いて調製される。所望のPt含有量と適当なサイズ寸法とを持った材料を得るために、材料の組成は、標準的で利用可能な冷却技術を用いて、非晶質物質を生成するように調整することができる。標準的で利用可能な冷却技術によってより高い臨界鋳造厚さが達成される程、合金は加工し易くなる。標準的で利用可能な冷却技術を用いて厚い(1.0mmよりも厚い)非晶質物体を生産できる合金は、バルク金属ガラスと称される。
【0004】
Pt系宝飾品類用合金は、通常、100重量%より少ないPtを含んでいる。ホールマークは、金属へ刻印した、打ち出した若しくは彫った一つのマーク又は複数のマークを手段として、宝飾品類の一部分の金属含有量、即ち純度を示すために宝飾品類業界で使用されている。これらのマークは、品質又は純度マークとも称される。ホールマークに関連付けられたPt含有量は国ごとにより異なるが、Ptの重量分率が約0.850、約0.900、及び約0.950のものはプラチナ製宝飾品類において広く使用されている。約0.950のPt重量分率を含む合金は“純プラチナ”と称され、そして、約0.800、約0.850、又は約0.900ものPt重量分率を含む合金よりも高い値で売れる。それゆえ、約0.950のPt重量分率を有するPt系非晶質合金を生産することが望ましい。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一実施形態は、合金元素としてPt、リン(P)、シリコン(Si)、及びホウ素(B)を少なくとも含む非晶質合金を対象とし、該合金中にPtが約0.925以上の重量分率で存在していることを特徴とする。
【0006】
本発明の他の実施形態は、合金元素としてPt、P、Si、及びBを少なくとも含有する非晶質合金から成形される三次元物体を対象とし、該合金中にPtが約0.925以上の重量分率で存在していることを特徴とする。
【0007】
本発明のこれらの及び他の特徴並びに利点は、添付図面を考慮し、以下の詳細な説明を参照することにより理解されるだろう。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1A】図1Aは、実施例21において調製された、直径1.7mmの非晶質Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015ロッドの写真である。
【図1B】図1Bは、可塑的に湾曲したPt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015ロッドの写真である。
【図2】図2は、以下の組成を有する異なる合金の走査熱量測定を比較したグラフである。(a)実施例15に従い調製されたPt0.7650.180.04Si0.015、(b)実施例21に従い調製されたPt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015、及び(c)実施例23に従い調製されたPt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015。各スキャン中の矢印は、左から右に、各合金のガラス転移温度、結晶化温度、固相線温度、及び液相線温度を指示する。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下の詳細な説明では、例示目的で、本発明の特定の典型的な実施形態のみが図示また記載されている。当業者は、本発明は、多くの異なる形態で実施することができ、本明細書中に記載された実施形態に限定解釈されるものではないことを理解するであろう。明細書全体を通して、同様の参照番号は同様の要素を指示する。
【0010】
非晶質であること、及び高いPt含有量を有することの両方を満たすPt系合金を生産することが望ましい。高Pt含有量およびホールマーク表示されたPt系宝飾品類の生産に適した臨界鋳造厚さを有するPt系非晶質合金は、特に望ましい。しかしながら、Ptリッチ合金の生産は、高いガラス形成能および臨界鋳造厚さを決定する、所望のPt含有量のための最適化された工程を必要とする。これは、合金のPt含有量を増加すると、他の元素との化学的及び位相幾何学的な相互作用が減少して、ガラス形成能を減少させ、且つ、合金の臨界鋳造厚さを大幅に減らすからである。合金中のPt含有量を減少させることは、ガラス形成能を改善し、且つ、合金の臨界鋳造厚さを増大させ得るが、もしPt含有量が所要のホールマークされた含有量と同じ高さで無い場合、その合金はそのホールマークを持つ宝飾品類又は他の用途に適さない。本発明の実施形態は、これらの困難を克服した。
【0011】
約0.850のPt重量分率を有するPt系合金が製造されてきたが、より高いPt重量分率を有する合金、特に、約0.910を超えるPt重量分率の合金は、製造されてこなかった。例えば、それぞれ参照することにより全内容が本明細書に取り込まれる特許文献1、非特許文献1、及び、非特許文献2は、約0.850のPt重量分率を有するPt系非晶質合金を開示するものと思われる。それらの文献中で報告されている最も高いPt含有量の合金の例は、0.907のPt重量分率を有する合金であると思われる。Schroersにより開示されている手法により高Pt含有量を有するバルクガラス形成合金の作製を試みたが、本出願の発明者らは、標準的で利用可能な冷却技術を用いて0.5mmよりも厚い非晶質物体を形成することができる、0.925以上のPt含有量の合金を作製することができなかった。しかし、本発明の実施形態は、約0.925以上のPt重量分率を達成することができる。
【0012】
本発明のいくつかの実施形態によると、非晶質合金は、合金元素としてプラチナ(Pt)、リン(P)、シリコン(Si)、及びホウ素(B)を少なくとも含有する。Ptは、前記合金中に約0.925以上の重量分率で存在している。例えば、いくつかの実施形態において、合金は約0.950以上のPt重量分率を有する。合金中のPtの重量分率は、合金組成中の全ての構成元素の原子分率および分子量の知見から計算される。このように、合金中のPtの重量分率を計算するために、全ての構成元素の原子分率を含む完全な合金組成を知る必要がある。
【0013】
Pt系非晶質合金中のP、B、及びSi(それらは非金属および半金属である。)からなる含有物は、比較的高いPt重量分率を維持しながら、良好なガラス形成能を可能にする。具体的には、適当な分率のP、B、及びSiと高Pt含有量との組み合わせは、特定の化学的及び位相幾何学的な相互作用を生じ、その相互作用はバルクガラス形成に特異的に適している。もしP、B、及びSiの一つ以上が除外されるならば、高い含有量のPtと残りの元素との相互作用は、バルクガラス形成を可能にするためには不十分になる。これまで、0.925以上の重量分率でPtを含有する合金を用いてバルクガラス形成を達成するためにはP、B、及びSiの全てがPtと共存しなければならないということを教示又は示唆する公知文献はなかった。具体的には、schroers文献は約0.850(おそらく最大でも0.910まで)のPt重量分率を有する合金の作製方法を開示しているが、それらの文献には、高いPt重量分率を有するバルクガラス形成合金や、そのような合金の製造方法を開示しているように思われない。実際に、本出願の発明者は、Schroersの文献に記載された方法によっては、0.5mm以上の厚さを有する非晶質物体を形成することが可能な、0.925以上のPt重量分率を有する合金を製造できなかった。しかしながら、本発明の実施形態によれば、合金の0.5mm以上の臨界鋳造厚さからも明らかなように、合金は良好なガラス形成能を保持している。本発明の合金は、最も高い宝飾品類ホールマーク(例えば、0.95のPt重量分率)を満たす、或いは超えるPt含有量をも達成し、それらの合金を高Pt含有量のホールマークを持つ宝飾品類用途およびその他の用途に適したものとしている。いくつかの実施態様においては、これは、Ptと、P、B、及びSiの三つ全てとを特有の原子分率で組み合わせることにより成し遂げられる。
【0014】
Pt重量分率が約0.925以上である限り、P、Si、及びBは任意の適当な量で合金中に存在することができる。本発明のいくつかの実施形態では、Pの原子分率は、約0.10ないし約0.20にし得る。例えば、いくつかの実施形態では、Pの原子分率は約0.18である。
【0015】
いくつかの実施形態では、Bの原子分率は約0.01ないし約0.10にし得る。例えば、いくつかの実施形態では、Bの原子分率は約0.04にし得る。
【0016】
いくつかの実施形態では、Siの原子分率は約0.005ないし約0.05にし得る。例えば、いくつかの実施形態では、Siの原子分率は約0.015である。
【0017】
本発明の他の実施形態によると、合金元素としてPt、P、Si、及びBを少なくとも有する非晶質合金は、さらに、一以上の追加の合金元素を含む。追加の合金元素として適当な元素の非限定的な例は、Cu、Ag、Ni、Pd、Au、Co、Fe、Ru、Rh、Ir、Re、Os、Sb、Ge、Ga、Al、及びそれらの組み合わせを含む。合金中の追加の合金元素の原子濃度は、合金中のPt重量分率が約0.925以上になるようにするべきであり、したがって、残りの合金元素(すなわちP、Si、及びB)の原子濃度によって決定される。
【0018】
非晶質合金は、約0.02以下の原子分率で追加の合金元素、又は不純物を含むこともできる。
【0019】
本発明の更に他の実施形態によると、合金成分としてPt、P、Si、及びBを少なくとも有している非晶質合金は、さらに、Cuを合金元素として含む。合金中のCuの濃度は、合金中のPt重量分率が約0.925以上になるようにすべきであり、したがって、残りの合金元素(すなわちP、Si、及びB)の濃度によって決定される。いくつかの実施形態では、例えば、Cuの原子分率が約0.015ないし約0.025であり、Pの原子分率が約0.15ないし約0.185であり、Bの原子分率が約0.02ないし約0.06であり、そしてSiの原子分率が約0.005ないし約0.025である。Pt重量分率が0.950であり、且つ、P、B、及びSiの原子濃度がそれぞれ0.18、0.04、及び0.015である実施形態の一例では、Cuの原子分率は0.02である。
【0020】
本発明のその他の実施形態によると、合金元素としてPt、P、Si、及びBを少なくとも有している非晶質合金は、さらに、Cu及びAgを合金成分として含む。合金中のCu及びAgの濃度は、合金中のPt重量分率が約0.925以上になるようにすべきであり、したがって、残りの合金元素(すなわちP、Si、及びB)の濃度によって決定される。いくつかの例示的な実施形態では、合金中のCuのAgに対する原子比は約2ないし約10である。例えば、いくつかの実施形態では、合金中のCuのAgに対する原子比が約5である。
【0021】
上述したように、合金中のCu及びAgの原子濃度は、残りの合金元素の原子濃度に依存しており、Pt重量分率が約0.925以上である。いくつかの実施形態では、例えば、Cuの原子分率が約0.01ないし約0.02であり、Agの原子分率が約0.001ないし約0.01であり、Pの原子分率が約0.15ないし約0.185であり、Bの原子分率が約0.02ないし約0.06であり、そして、Siの原子分率が約0.005ないし約0.025である。Pt重量分率が0.950であり、且つ、P、B、及びSiの原子濃度がそれぞれ0.18、0.04、及び0.015である実施形態の一例では、Cu及びAgの原子分率は、それぞれ0.015及び0.003である。
【0022】
本発明の実施形態に従う適当な非晶質合金の非限定的な例は、
Pt0.7650.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.020.180.04Si0.015
Pt0.7435Cu0.02150.180.04Si0.015
Pt0.7425Cu0.0125Ni0.010.180.04Si0.015
Pt0.7456Cu0.0159Ag0.00350.180.04Si0.015
Pt0.744Cu0.015Ni0.004Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.013Ni0.003Pd0.002Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015
Pt0.71625Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.180.04Si0.015
Pt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015
Pt0.75Cu0.050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.035Ni0.0150.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.035Pd0.0150.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.025Ni0.02Pd0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.025Ni0.02Cr0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.02Ni0.02Pd0.005Ag0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.02Ni0.02Pd0.005Co0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.015Ni0.02Pd0.005Ag0.005Au0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.015Ni0.02Pd0.005Ag0.005Fe0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.1150.09Si0.015
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.17250.02Si0.0275
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.140.04Si0.04
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.170.04Si0.01
Pt0.71125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.1850.04Si0.015、
等を含み、ここで下付き文字は概算の原子分率を表す。
【0023】
いくつかの実施形態においては、例えば、非晶質合金は、
Pt0.7650.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.020.180.04Si0.015
Pt0.7435Cu0.02150.180.04Si0.015
Pt0.7425Cu0.0125Ni0.010.180.04Si0.015
Pt0.7456Cu0.0159Ag0.00350.180.04Si0.015
Pt0.744Cu0.015Ni0.004Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.013Ni0.003Pd0.002Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015
Pt0.71625Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.180.04Si0.015
Pt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015
等から選択され、ここで下付き文字は概算の原子分率を表す。
【0024】
他の実施形態の一例では、非晶質合金は、
Pt0.7650.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.020.180.04Si0.015
Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015、及び
Pt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015
から選択され、ここで下付き文字は概算の原子分率を表す。
【0025】
本発明の実施形態に従う非晶質合金は、結果として生じる合金が少なくとも約0.925のPt重量分率を有する限り、任意の適当な手法により製造することができる。このような非晶質合金を製造するための一つの例示的な方法として、不活性雰囲気下、石英管中で適当な量の合金成分を誘導溶融させることが挙げられる。しかしながら、大量(5g以上)の合金は、最初に、不活性雰囲気下、石英管中で適当な量の合金成分(リンを除く)を溶融することによりPなしのプレ合金を作製し、その後、不活性雰囲気下で密閉された石英管の中でPをプレ合金に封入してPを添加することにより製造しなければならない。その後、密閉された管は加熱炉内におかれ、そして、Pが完全に合金化されるまで段階的な方式で断続的に昇温される。
【0026】
本発明の実施形態に従う非晶質合金は、三次元バルク物体を成形するために使用される。少なくとも50%(体積比)の非晶質相を有する三次元バルク物体を作製する一つの例示的な方法は、不活性雰囲気下、石英管中で合金インゴットを乾燥B融液と接触させて溶融し、二つの融液を合金の融点よりも約100℃高い温度で約1000秒間接触させ続けることにより、合金インゴットにフラックス塗布することを含む。続いて、溶融された脱水Bの一部とまだ接触している間に、融液を、50%を超える結晶相の形成を避けるのに十分な速度で上記溶融温度からガラス転移温度よりも低い温度まで冷却する。
【0027】
フラックス塗布したインゴットは、さらに、いくつかの方法を用いて三次元バルク形状へ加工され、該方法は、限定されることなく(i)不活性雰囲気下、フラックス塗布したインゴットを溶融温度よりも約100℃高い温度まで加熱し、そして加圧して、銅またはスチール等の高熱伝導性金属製のダイ又は金型に溶融液を流し込むこと、(ii)フラックス塗布したインゴットをガラス転移温度よりも高い温度まで加熱し、加圧して粘性の高い液体を網状に形成し、又は当該温度で結晶化する時間を越えない継続時間に亘って金型に粘性の高い液体を流し込み、続いて成形した物体をガラス転移温度よりも低い温度まで冷却すること、を含む。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0028】
【特許文献1】米国特許出願公開第2006/0124209号公報
【非特許文献】
【0029】
【非特許文献1】ジェイ.シュレールス(J. Schroers)、「高加工性のバルク金属ガラスを形成するPt−Co−Ni−Cu−P系の合金(Highly Processable Bulk Metallic Glass−Forming Alloys in the Pt−Co−Ni−Cu−P System)」、アプライドフィジックスレターズ誌(Applied Physics Letters),2004年、第84巻、第18号、p.3666−3668
【非特許文献2】ジェイ.シュレールス(J. Schroers)、「宝飾品類用途の貴バルク金属ガラス(Precious Bulk Metallic Glasses for Jewelry Applications)、マテリアルズサイエンス アンド エンジニアリング エー誌(Materials Science & Engineering A)、2007年、第449−451巻、p.235−238
【実施例】
【0030】
以下の実施例は、例示のみを目的として提示されており、本発明の範囲を制限するものではない。それぞれの実施例では、合金はキャピラリー水焼き入れ法により調製した。約99.9%以上の純度の元素が使用された。元素は、計算された重量の約0.1%の範囲に秤量し、溶融の前にアセトン及びエタノール中で超音波洗浄した。元素の溶融は、不完全なアルゴン雰囲気下で密封した石英管内で誘導的に行われた。続いて、合金化されたインゴットは、乾燥Bを用いてフラックス塗布された。フラックス塗布は、アルゴン下、石英管中で乾燥B融液と接触させてインゴットを誘導溶融し、そして、融解したインゴットを合金の溶融温度よりも約100℃高い温度で約20分間保持し、さらに最後に、溶融したインゴットを含む石英管を水焼き入れすることにより行った。続いて、フラックス塗布されたインゴットは再溶融され、そして、石英キャピラリーを使用してガラス質のロッドに鋳造された。フラックス塗布されたインゴットはアセトンとエタノールで超音波洗浄され、そして、石英キャピラリーに接続した石英管の中に設置された。キャピラリーは、様々な内径のものからなり、対応する内径に比べて約20%大きい外径を有していた。合金化されたインゴットを含む石英管/キャピラリー容器を排気し、合金の溶融温度より約100℃高い温度に設定された加熱炉に設置された。合金インゴットが完全に溶融された後、溶融液は、1.5気圧のアルゴンを使用してキャピラリーの中に注入された。最後に、溶融液を含むキャピラリー容器は、加熱炉から引き出され、急速に水焼き入れされた。ガラス質のロッドの非晶質な性質は、以下の方法:(a)x線回折(非晶質状態の確認:回折パターンが結晶性のピークを示さない場合)、(b)示差走査熱量測定(非晶質状態の確認:室温からの加熱によって、スキャンがわずかに吸熱性のガラス緩和事象の後に発熱性の結晶化事象を示した場合)、の少なくとも一つを用いて確認した。様々な実施例に対応する合金組成を表1に示し、また、様々な比較例に対応する組成を表2に示す。
【0031】
表1及び表2の実施例及び比較例の合金は、溶融した合金を含み、石英の直径によって変化する石英壁の厚さを有する石英キャピラリーを水焼き入れすることにより非晶質ロッドに成形された。石英は、熱伝達を遅延させる低熱伝導体であることが知られているので、特定の直径のロッドを鋳造するために使用された石英キャピラリーの壁の厚さが、例示の合金のガラス形成能に関連する臨界パラメーターになる。本発明のロッドを鋳造するために使用された石英キャピラリーの壁の厚さは、キャピラリー内径の約10%である。従って、本明細書に記載されている臨界ロッド径は、対応するロッド径の約10%に等しい壁の厚さを有し、溶融した合金を含む石英キャピラリーの水焼き入れによって可能となった冷却速度に関連している。臨界鋳造ロッド径(d)を、本発明に従ういくつかの例示的な合金について表1中に一覧にし、いくつかの比較の合金について表2中に一覧にした。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
一例として、実施例15、21、23、及び24に従い調製された合金のいくつかの熱力学的および機械的特性を表3に示す。表3では、Tはガラス転移温度(昇温速度20℃/分)であり、Tは結晶化温度(昇温速度20℃/分)であり、Tは固相線温度であり、Tは液相線温度であり、□Hは結晶化エンタルピーであり、□Hは融解エンタルピーであり、そして、ΔHはビッカース硬度である。
【0035】
【表3】

【0036】
金属ガラスは、結晶化を回避し、そして代わりに液体のような原子配置(すなわちガラス状態)で物質を凝固する急冷によって形成される。良好なガラス形成能を持つ合金は、標準的で利用可能な冷却技術を使用して、完全に非晶質な相を有するバルク物体(約1mm以上の最小寸法を有する)を形成することができる。ある合金について、臨界鋳造ロッド径(d)は、標準的で利用可能な冷却技術を用いて形成することができる完全に非晶質なロッドの最大直径として定義され、そして、合金のガラス形成能の尺度になる。
【0037】
表1および表2に示すように、Pのみ、Siのみ、Bのみ、PおよびB、PおよびSi、またはSiおよびBを含む(すなわち、P、Si、及びBの三つ全てを含んでいない)非金属或いは半金属の合金元素を有する、比較例1〜13により調製された合金は、不十分な臨界鋳造厚さをもたらす。特に、これらの比較例のそれぞれが0.928以上のPt重量分率であっても、これらの合金によって達成される臨界鋳造厚さは0.5mm未満であった。上述したように、臨界鋳造厚さは、ガラス形成能の尺度であり、そして、比較例の合金の十分な臨界鋳造厚さ達成の失敗は、これらの合金が貧弱なガラス形成能を有していることを示している。このように、これらの合金は、実用的な用途には適しておらず、また、宝飾品類用途、又は良好な加工性およびガラス形成能を必要とする同様の用途には確実に適していない。
【0038】
比較例から製造される合金とは対照的に、表1に示す実施例から作られた合金は、全て、約0.925以上のPt重量分率および約0.5mm以上の臨界鋳造厚さを達成している。実際、これらの合金のいくつかは、比較例の合金により達成されるものよりも飛躍的に大きい臨界鋳造厚さを達成した。例えば、図1Aは、実施例21に従い作製され、1.7mmの直径を有している非晶質Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015ロッドを示す。また、図1Bは、塑性的に曲がった非晶質Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015ロッドを示し、このロッドが脆弱ではないことを表している。したがって、本発明の実施形態に従う合金は、高いPt含有量を達成しただけなく、良好なガラス形成能や、宝飾品類、及び加工性と高いPt含有量との両方を必要とする他の用途などの実用的な用途に不可欠な特性を有している。
【0039】
高いPt含有量と良好なガラス形成能との組み合わせは、本発明の実施形態に従う合金中の非金属および半金属合金元素の特定の組み合わせに起因すると思われる。特に、P、Si、及びBの三つの全ての使用は、ガラス形成能を全く低下させることなく、Pt含有量の増加を可能にする。対照的に、合金の化学式中にこれらの元素の一つ又は二つのみを含む合金は、同じ結果が得られない。表2に示すように、P、Si及びBの一つ又は二つのみを含む合金は、これらの元素のうちのどの一つ又は二つが使用されているかに関係なく、実用的な用途に適した臨界鋳造厚さが得られない。しかし、表1に示すように、P、Si、及びBの三つすべてを含む、本発明の実施形態にしたがって作製された合金は、高いPt含有量だけでなく、飛躍的に大きな臨界鋳造厚さも達成し、合金を、宝飾品類、及び加工性と高いPt含有量との両方を必要とする他の用途を含む多くの実用的な用途に適したものとする。
【0040】
表1および表2に記載した実施例及び比較例の組成の非晶質特性は、X線回折分析、及び示差走査熱量測定の少なくとも一つを用いて調べた。図2は、実施例15(a)、実施例21(b)、及び実施例23(c)の組成物の熱量測定スキャンを比較している。図2では、各合金のガラス転移温度、結晶化温度、固相線温度、及び液相線温度が、矢印で示されている。
【0041】
特定の例示的な実施形態を参照して本発明を説明および記載したが、当業者は、記載された実施形態に対し、特許請求の範囲に定義されている本発明の精神及び範囲から逸脱することなく様々な改変及び変更を為し得ることを理解する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合金元素としてPt、P、Si、及びBを少なくとも含有する非晶質合金であって、
前記Ptが約0.925以上の重量分率で合金中に存在している非晶質合金。
【請求項2】
Cu、Ag、Ni、Pd、Au、Co、Fe、Ru、Rh、Ir、Re、Os、Sb、Ge、Ga、Al、及びそれらの組み合わせからなる群より選択される追加の合金元素を更に含む請求項1記載の非晶質合金。
【請求項3】
前記追加の合金元素がCuを含む、請求項2記載の非晶質合金。
【請求項4】
Cuが、約0.015ないし約0.025の原子分率で存在しており、Pが、約0.15ないし約0.185の原子分率で前記合金中に存在しており、Bが、約0.02ないし約0.06の原子分率で前記合金中に存在しており、そして、Siが、約0.005ないし約0.025の原子分率で前記合金中に存在している請求項3記載の非晶質合金。
【請求項5】
前記追加の合金元素がCu及びAgを含む、請求項2記載の非晶質合金。
【請求項6】
前記合金中に存在するCuのAgに対する原子比が、約2から約10までの範囲にある請求項5記載の非晶質合金。
【請求項7】
前記合金中に存在するCuのAgに対する原子比が、約5である請求項5記載の非晶質合金。
【請求項8】
Cuが、約0.01ないし約0.02の原子分率で前記合金中に存在しており、Agが、約0.001ないし約0.01の原子分率で前記合金中に存在しており、Pは、約0.15ないし約0.185の原子分率で前記合金中に存在しており、Bが、約0.02ないし約0.06の原子分率で前記合金中に存在しており、そして、Siが、約0.005ないし約0.025の原子分率で前記合金中に存在している請求項5記載の非晶質合金。
【請求項9】
Ptが、約0.950以上の重量分率で前記合金中に存在している請求項1記載の非晶質合金。
【請求項10】
Pが、約0.10ないし約0.20の範囲内の原子分率で存在している請求項1記載の非晶質合金。
【請求項11】
Pが、約0.18の原子分率で存在している請求項1記載の非晶質合金。
【請求項12】
Bが、約0.01ないし約0.10の範囲内の原子分率で存在している請求項1記載の非晶質合金。
【請求項13】
Bが、約0.04の原子分率で存在している請求項1記載の非晶質合金。
【請求項14】
Siが、約0.005ないし約0.05の範囲内の原子分率で存在している請求項1記載の非晶質合金。
【請求項15】
Siが、約0.015の原子分率で存在している請求項1記載の非晶質合金。
【請求項16】
前記合金が、
Pt0.7650.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.020.180.04Si0.015
Pt0.7435Cu0.02150.180.04Si0.015
Pt0.7425Cu0.0125Ni0.010.180.04Si0.015
Pt0.7456Cu0.0159Ag0.00350.180.04Si0.015
Pt0.744Cu0.015Ni0.004Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.013Ni0.003Pd0.002Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015
Pt0.71625Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.180.04Si0.015
Pt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015
Pt0.75Cu0.050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.035Ni0.0150.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.035Pd0.0150.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.025Ni0.02Pd0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.025Ni0.02Cr0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.02Ni0.02Pd0.005Ag0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.02Ni0.02Pd0.005Co0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.015Ni0.02Pd0.005Ag0.005Au0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.015Ni0.02Pd0.005Ag0.005Fe0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.1150.09Si0.015
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.17250.02Si0.0275
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.140.04Si0.04
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.170.04Si0.01
Pt0.71125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.1850.04Si0.015、
からなる群より選択される合金を含み、ここで、下付き文字は概算の原子分率を表す、請求項1記載の非晶質合金。
【請求項17】
前記合金が、
Pt0.7650.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.020.180.04Si0.015
Pt0.7435Cu0.02150.180.04Si0.015
Pt0.7425Cu0.0125Ni0.010.180.04Si0.015
Pt0.7456Cu0.0159Ag0.00350.180.04Si0.015
Pt0.744Cu0.015Ni0.004Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.013Ni0.003Pd0.002Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015
Pt0.71625Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.180.04Si0.015
Pt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015
からなる群より選択される合金を含み、ここで、下付き文字は概算の原子分率を表す、請求項1記載の非晶質合金。
【請求項18】
前記合金が、
Pt0.7650.180.04Si0.015
Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.020.180.04Si0.015、及び
Pt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015
からなる群より選択される合金を含み、ここで、下付き文字は概算の原子分率を表す、請求項1記載の非晶質合金。
【請求項19】
請求項1記載の非晶質合金から成形された三次元物体。
【請求項20】
前記三次元物体が、約0.5mm以上の臨界鋳造厚さを有する請求項19記載の三次元物体。
【請求項21】
前記非晶質合金が、
Pt0.7650.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.020.180.04Si0.015
Pt0.7435Cu0.02150.180.04Si0.015
Pt0.7425Cu0.0125Ni0.010.180.04Si0.015
Pt0.7456Cu0.0159Ag0.00350.180.04Si0.015
Pt0.744Cu0.015Ni0.004Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.013Ni0.003Pd0.002Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015
Pt0.71625Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.180.04Si0.015
Pt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015
Pt0.75Cu0.050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.035Ni0.0150.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.035Pd0.0150.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.025Ni0.02Pd0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.025Ni0.02Cr0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.02Ni0.02Pd0.005Ag0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.02Ni0.02Pd0.005Co0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.015Ni0.02Pd0.005Ag0.005Au0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.75Cu0.015Ni0.02Pd0.005Ag0.005Fe0.0050.1250.05Si0.025
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.1150.09Si0.015
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.17250.02Si0.0275
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.140.04Si0.04
Pt0.73125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.170.04Si0.01
Pt0.71125Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.1850.04Si0.015、
からなる群より選択される合金を含み、ここで、下付き文字は概算の原子分率を表す、請求項19記載の三次元物体。
【請求項22】
前記非晶質合金が、
Pt0.7650.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.020.180.04Si0.015
Pt0.7435Cu0.02150.180.04Si0.015
Pt0.7425Cu0.0125Ni0.010.180.04Si0.015
Pt0.7456Cu0.0159Ag0.00350.180.04Si0.015
Pt0.744Cu0.015Ni0.004Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.013Ni0.003Pd0.002Ag0.0020.180.04Si0.015
Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015
Pt0.71625Cu0.0195Ni0.0195Pd0.004875Ag0.0048750.180.04Si0.015
Pt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015
からなる群より選択される合金を含み、ここで、下付き文字は概算の原子分率を表す、請求項19記載の三次元物体。
【請求項23】
前記非晶質合金が、
Pt0.7650.180.04Si0.015
Pt0.747Cu0.015Ag0.0030.180.04Si0.015
Pt0.745Cu0.020.180.04Si0.015、及び
Pt0.7Cu0.055Ag0.010.180.04Si0.015
からなる群より選択される合金を含み、ここで、下付き文字は概算の原子分率を表す、請求項19記載の三次元物体。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【公表番号】特表2012−518085(P2012−518085A)
【公表日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−550297(P2011−550297)
【出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際出願番号】PCT/US2010/024178
【国際公開番号】WO2010/093985
【国際公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(301059570)カリフォルニア インスティチュート オブ テクノロジー (14)