説明

プリズムおよび分光器

【課題】一般的な用途に適用可能な温度無依存型の(アサーマル化した)プリズムを提供する。
【解決手段】本発明に係るアサーマルプリズム1は、光が透過可能な第1透過面21および、この第1透過面21に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第2透過面22を有する第1偏角プリズム2と、光が透過可能な第3透過面31および、この第3透過面31に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第4透過面32を有し、第1偏角プリズム2の屈折率と異なる屈折率を有する第2偏角プリズム3とを備え、次式τ3=−tan-1{(Ccosε2+sinτ2)/(Csinε2−cosτ2)}の関係を満たすように構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プリズムおよび分光器に関する。
【背景技術】
【0002】
偏角プリズムは、よく知られているように、波長分散素子や、レーザービーム整形用のアナモルフィックプリズムとして用いられている。偏角プリズムに用いられるガラス等の透明媒質の屈折率は、通常温度の関数であるので、偏角プリズムによる光線偏角は温度変化に応じて変化してしまう。このため、偏角プリズムを温度変化が発生する環境で使用することは、これまで避けられてきた。
【0003】
ところが、レーザービーム整形用アナモルフィックプリズムは、レーザービームの一部を吸収して温度変化することが避けられないため、例えば特開2000−124531号公報で開示されているように、石英ガラスと蛍石の2種類の材質による偏角プリズムを組み合わせ、それぞれの媒質における屈折率温度係数の違いを利用して、温度変化による光線偏角の変化をなるべく小さくすることが提案されている。
【特許文献1】特開2000−124531号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述したような従来の(アナモルフィック)プリズムでは、プリズムの材質が石英ガラスと蛍石とに限定されてしまうため、用途が限られて一般性を欠くものであった。
【0005】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、一般的な用途に適用可能な温度無依存型の(アサーマル化した)プリズムを提供することを目的とする。また、このようなプリズムを備えた分光器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような目的達成のため、本発明に係るプリズムは、光が透過可能な第1透過面および、第1透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第2透過面を有する第1偏角プリズムと、光が透過可能な第3透過面および、第3透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第4透過面を有し、第1偏角プリズムの屈折率と異なる屈折率を有する第2偏角プリズムとを備え、第2透過面と第3透過面とが接触した状態で第1偏角プリズムと第2偏角プリズムとが接合され、第1透過面、第2透過面、第3透過面、および第4透過面が所定の同一平面に対してそれぞれ垂直となるように構成されたプリズムであって、所定の基準波長を有する光における第1偏角プリズムの屈折率をn1とし、基準波長を有する光における第2偏角プリズムの屈折率をn2とし、プリズムおよびプリズム周辺の温度をTとし、外部から第1偏角プリズムの第1透過面へ入射する入射光線と外部から第1透過面を透過して屈折した光線とがなす角度をε1とし、入射光線と第1偏角プリズム内から第2透過面および第3透過面を透過して屈折した光線とがなす角度をε2とし、入射光線と第2偏角プリズム内から第4透過面を透過して屈折した光線とがなす角度をε3とし、入射光線と第1透過面における法線とがなす角度をτ1とし、入射光線と第2透過面および第3透過面における法線とがなす角度をτ2とし、入射光線と第4透過面における法線とがなす角度をτ3とし、さらに角度ε1〜ε3およびτ1〜τ3は入射光線を起点として計り、符号は反時計回りを正とすると、次式
τ3=−tan-1{(Ccosε2+sinτ2)/(Csinε2−cosτ2)}
ただし、
C=−{(∂n1/∂T)sin(τ2−τ1)}/{(∂n2/∂T)cos(ε1−τ1)}
の関係を満たすことを特徴とする。
【0007】
また、第2の本発明に係るプリズムは、光が透過可能な第1透過面および、第1透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第2透過面を有する第1偏角プリズムと、光が透過可能な第3透過面および、第3透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第4透過面を有し、第1偏角プリズムの屈折率と異なる屈折率を有する第2偏角プリズムと、光が透過可能な第5透過面および、第5透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第6透過面を有し、第1偏角プリズムの屈折率と同じ屈折率を有するとともに、第5透過面と第6透過面とがなす頂角が第1偏角プリズムの第1透過面と第2透過面とがなす頂角と同じ角度である第3偏角プリズムとを備え、第2透過面が第3透過面と接触した状態で第1偏角プリズムが第2偏角プリズムと接合されるとともに、第5透過面が第4透過面と接触した状態で第3偏角プリズムが第1偏角プリズムと対称的に第2偏角プリズムと接合され、第1透過面、第2透過面、第3透過面、第4透過面、第5透過面、および第6透過面が所定の同一平面に対してそれぞれ垂直となるように構成されたプリズムであって、所定の基準波長を有する光における第1偏角プリズムおよび第3偏角プリズムの屈折率をn1とし、基準波長を有する光における第2偏角プリズムの屈折率をn2とし、プリズムおよびプリズム周辺の温度をTとし、外部から第1偏角プリズムの第1透過面へ入射する入射光線と外部から第1透過面を透過して屈折した光線とがなす角度をε1とし、入射光線と第1透過面における法線とがなす角度をτ1とし、入射光線と第2透過面および第3透過面における法線とがなす角度をτ2とし、さらに角度ε1およびτ1並びにτは入射光線を起点として計り、符号は反時計回りを正とすると、次式
τ1=tan-1{(n1sinε1)/(n1cosε1−1)}
τ2=tan-1{(n1sinε1)/(n1cosε1−n2)}
ただし、
ε1=cos-1{n1−(n2−1)(∂n1/∂T)/(∂n2/∂T)}
の関係を満たすことを特徴とする。
【0008】
さらに、本発明に係る分光器は、入射光を波長分散させる波長分散素子と、波長分散素子から出射した出射光における波長に対する出射角の非線形性を補正する分散プリズムとを備えた分光器において、分散プリズムが本発明に係るプリズムから構成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、温度変化が激しく、偏角プリズムや分散プリズムの応用が困難であった領域にも、偏角プリズムや分散プリズムを適用することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施形態について説明する。本発明に係るプリズムの第1実施形態であるアサーマルプリズム1を図1に示している。ここで、アサーマルプリズムとは、環境温度の変化によって基準波長の光の偏角が変化しない偏角プリズムのこととする。アサーマルプリズム1は、第1偏角プリズム2と、この第1偏角プリズム2と接合された第2偏角プリズム3とから構成される。
【0011】
第1偏角プリズム2は、ガラスやプラスチック等の透明な材料を用いて三角柱形に形成され、その側面には、光が透過可能な第1透過面21と、この第1透過面21に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第2透過面22とが形成される。第2偏角プリズム3は、第1偏角プリズム2と同様に、ガラスやプラスチック等の透明な材料を用いて三角柱形に形成され、その側面には、光が透過可能な第3透過面31と、この第3透過面31に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第4透過面32とが形成される。ただし、第2偏角プリズム3は、第1偏角プリズム2の屈折率と異なる屈折率を有している。
【0012】
そして、第2透過面22と第3透過面31とが接触した状態で第1偏角プリズム2と第2偏角プリズム3とが接合されており、第1透過面21、第2透過面22、第3透過面31、および第4透過面32が所定の同一平面(図1において各図が記載される面)に対してそれぞれ垂直となるようになっている。また、外部から第1偏角プリズム2の第1透過面21へ入射した光線は、第1透過面21を透過して第1偏角プリズム2内を進んだ後、第2透過面22および第3透過面31を透過して第2偏角プリズム3内を進み、第4透過面32から出射するようになっている。
【0013】
ここで、第1および第2偏角プリズム2,3を透過する光線の角度を考察する。まず、スネルの法則から、以下の式(1)〜式(3)が成立する。
【0014】
【数1】

【0015】
【数2】

【0016】
【数3】

【0017】
ここで、所定の基準波長を有する光における第1偏角プリズム2側の外部空間の屈折率をn0とし、基準波長を有する光における第1偏角プリズム2の屈折率をn1とし、基準波長を有する光における第2偏角プリズム3の屈折率をn2とし、基準波長を有する光における第2偏角プリズム3側の外部空間の屈折率をn3とする。また、外部から第1偏角プリズム2の第1透過面21へ入射する入射光線L1と図1に示す所定の基準光軸AX1とがなす角度をε0とし、外部から第1透過面21を透過して屈折した光線L2と基準光軸AX1とがなす角度をε1とし、第1偏角プリズム2内から第2透過面22および第3透過面31を透過して屈折した光線L3と基準光軸AX1とがなす角度をε2とし、第2偏角プリズム3内から第4透過面32を透過して屈折した光線L4と基準光軸AX1とがなす角度をε3とする。
【0018】
また、第1透過面21における法線V1と基準光軸AX1とがなす角度をτ1とし、第2透過面22および第3透過面31における法線V2と基準光軸AX1とがなす角度をτ2とし、第4透過面32における法線V3と基準光軸AX1とがなす角度をτ3とする。なお、角度は基準光軸AX1を起点として計り、符号は反時計回りを正とする。
【0019】
ここで、式(1)〜式(3)をそれぞれ変形して、式(4)〜式(6)を導出しておく。
【0020】
【数4】

【0021】
【数5】

【0022】
【数6】

【0023】
次に、式(1)〜式(3)を温度Tで偏微分すると、式(7)〜式(9)を得る。なお、温度Tは、アサーマルプリズム1およびプリズム周辺(環境)の温度である。
【0024】
【数7】

【0025】
【数8】

【0026】
【数9】

【0027】
ここで、議論を簡単化するため、入射光線L1を基準光軸AX1に平行に設定して、式(10)とする。
【0028】
ε0=0 (10)
【0029】
また、現実的な応用範囲としてプリズム周辺の空間は大気または真空の場合に限定する。本実施形態では、プリズム周辺の空間は大気で満たされているものとし、(プリズムの)透明媒質は相対屈折率を採用する。すなわち、式(11)および式(12)が温度に関係なく成立しているものとする。
【0030】
0=1 (11)
【0031】
3=1 (12)
【0032】
さて、基準波長を有する光において、角度ε3の温度Tについての偏微分係数が0であることをアサーマル(温度無依存)化のための条件とすると、式(13)のように表現できる。
【0033】
【数10】

【0034】
そして、式(7)〜式(13)より、式(14)を得る。
【0035】
【数11】

【0036】
さらに、式(14)をτ3について解くと、式(15)を得る、
【0037】
【数12】

【0038】
ただし、Cは式(16)で表される。
【0039】
【数13】

【0040】
なお、前述したように、入射光線L1が基準光軸AX1と平行であるため、入射光線L1と基準光軸AX1とを一致させることで、外部から第1透過面21を透過して屈折した光線L2と入射光線L1とがなす角度をε1とし、第1偏角プリズム2内から第2透過面22および第3透過面31を透過して屈折した光線L3と入射光線L1とがなす角度をε2とし、第2偏角プリズム3内から第4透過面32を透過して屈折した光線と入射光線L1とがなす角度をε3とすることができる。
【0041】
また、第1透過面21における法線V1と入射光線L1とがなす角度をτ1とし、第2透過面22および第3透過面31における法線V2と入射光線L1とがなす角度をτ2とし、第4透過面32における法線V3と入射光線L1とがなす角度をτ3とすることができる。なおこのとき、角度は入射光線L1を起点として計り、符号は反時計回りを正とすることは勿論である。
【0042】
このような構成のアサーマルプリズム1において、アサーマルプリズム1の解を求める方法について以下に述べる。まず、第1偏角プリズム2および第2偏角プリズム3の材質(透明媒質)を選定する。なおこのとき、第1および第2偏角プリズム2,3の材質が決まれば、n1およびn2が決まる。
【0043】
次に、τ1およびτ2を適当に決める。
【0044】
続いて、先に決定した、n1およびn2、τ1およびτ2、並びに式(10)および式(11)を、式(4)および式(5)に代入し、ε1およびε2を算出する。
【0045】
次に、算出したε1およびε2(並びに、τ1、τ2)を式(15)に代入し、τ3を算出する。なお、∂n1/∂Tおよび∂n2/∂Tは、屈折率温度係数であり、第1および第2偏角プリズム2,3の材質により決まる。
【0046】
そして、算出したτ3(並びに、ε2、n2、n3=1)を式(6)に代入し、ε3を算出する。
【0047】
このようにして、偏角ε1〜ε3、および角度τ1〜τ3がアサーマルプリズム1の解として求められる。なお、基準波長以外の波長を有する光線については、式(4)〜式(6)に該波長の屈折率を代入すれば偏角ε1〜ε3が求められる。
【0048】
ここで、本実施形態におけるアサーマルプリズム1の第1の設計例として、その設計パラメータおよび評価結果を図2に示す。
【0049】
なお、設計基準波長はe線(波長546.074nm)である。また、評価波長はC線(波長656.273nm)、d線(波長587.562nm)、e線、F線(波長486.133nm)、g線(波長435.834nm)の5つである。また、屈折率と屈折率温度係数は株式会社オハラ社のガラスカタログに掲載されている値を用いた。なお、C線、d線とF線の屈折率温度係数については、C′線(波長643.847nm)、D線(波長589.294nm)およびF′線(波長479.991nm)の値で代用した。また、図2において、Δεは温度変化によるε3の変化量であり、S−BAL14およびS−TIH4はガラスの商品名である。
【0050】
一方、従来(非アサーマル)のプリズムにおける偏角の温度変化(Δε2)を図5に示す。図2および図5から分かるように、基準波長であるe線において、第1の設計例における温度変化による偏角の変化量(Δε=−7.6×10-12度)は、従来のプリズムの場合(S−TIH23でΔε2=−7×10-5度)と比べて非常に小さくなっている。
【0051】
また、本実施形態におけるアサーマルプリズム1の第2の設計例として、その設計パラメータおよび評価結果を図3に示す。なお、図3において、S−BSL7およびS−TIH53はガラスの商品名であり、他は第1の設計例と同様である。そして、e線において、第2の設計例における温度変化による偏角の変化量(Δε=−2.2×10-12度)は、第1の設計例の場合と同様に、従来のプリズムの場合(S−TIH23でΔε2=−7×10-5度)と比べて非常に小さくなっている。
【0052】
さらに、本実施形態におけるアサーマルプリズム1の第3の設計例として、その設計パラメータおよび評価結果を図4に示す。なお、図4において、S−BAM12およびS−PHM52はガラスの商品名であり、他は第1の設計例と同様である。そして、e線において、第3の設計例における温度変化による偏角の変化量(Δε=−1.8×10-10度)は、第1の設計例の場合と同様に、従来のプリズムの場合(S−TIH23でΔε2=−7×10-5度)と比べて非常に小さくなっている。
【0053】
この結果、第1実施形態のアサーマルプリズム1によれば、偏角プリズムあるいは波長分散プリズムにおける、温度変化による偏角の変動を極小に抑えることができる。したがって、例えば光通信分野など温度変化が激しく、偏角プリズムや分散プリズムの応用が困難であった領域にも、偏角プリズムや分散プリズムを適用することが可能になる。
【0054】
次に、アサーマルプリズムの第2実施形態について図6を参照しながら説明する。第2実施形態のアサーマルプリズム51は、基準波長の光線については偏角が生じないよう各偏角プリズムの頂角が決められたいわゆるアミチ型直視分光プリズムであり、第1偏角プリズム52と、第1偏角プリズム52と接合された第2偏角プリズム53と、第1偏角プリズム52と対称的に第2偏角プリズム53接合された第3偏角プリズム54とから構成される。
【0055】
第1偏角プリズム52は、ガラスやプラスチック等の透明な材料を用いて三角柱形に形成され、その側面には、光が透過可能な第1透過面71と、この第1透過面71に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第2透過面72とが形成される。第2偏角プリズム53は、第1偏角プリズム52と同様に、ガラスやプラスチック等の透明な材料を用いて三角柱形に形成され、その側面には、光が透過可能な第3透過面81と、この第3透過面81に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第4透過面82とが形成される。ただし、第2偏角プリズム53は、第1偏角プリズム52の屈折率と異なる屈折率を有している。
【0056】
第3偏角プリズム54は、第1偏角プリズム52と同じガラスやプラスチック等の透明な材料を用いて三角柱形に形成され、その側面には、光が透過可能な第5透過面91と、この第5透過面91に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第6透過面92とが形成される。また、第3偏角プリズム54は、第1偏角プリズム52の屈折率と同じ屈折率を有するとともに、第1偏角プリズム52の反転形状に形成されており、第5透過面91と第6透過面92とがなす頂角γが、第1偏角プリズム52の第1透過面71と第2透過面72とがなす頂角αと同じ角度となっている。
【0057】
そして、第2透過面72が第3透過面81と接触した状態で第1偏角プリズム52が第2偏角プリズム53と接合されるとともに、第5透過面91が第4透過面82と接触した状態で第3偏角プリズム54が第1偏角プリズム52と対称的に第2偏角プリズム53と接合され、第1透過面71、第2透過面72、第3透過面81、第4透過面82、第5透過面91、および第6透過面92が所定の同一平面(図6において各図が記載される面)に対してそれぞれ垂直となるようになっている。また、外部から第1偏角プリズム52の第1透過面71へ入射した所定の基準波長を有する光線は、第1透過面71を透過して第1偏角プリズム52、第2偏角プリズム53、および第3偏角プリズム54内を順に進んだ後、入射光線と平行な向きで第6透過面92から出射するようになっている。
【0058】
ここで、第1〜第3偏角プリズム52,53,54を透過する光線の角度を考察する。図6に示すように、第2実施形態のアサーマルプリズム51は、左右対称の形状を有しており、アサーマルプリズム51の中央部に形成される対称基準面Sに沿ってアサーマルプリズム51を分割すると、図7に示すように、2組のアサーマルプリズム61,66が形成される。
【0059】
そして、前半部分(図7における左側)のアサーマルプリズム61は、特に第2偏角プリズム3′の第4透過面32′が基準光軸AX1′に対し垂直となるように構成された第1実施形態のアサーマルプリズムと見ることができる。また、後半部分(図7における右側)のアサーマルプリズム66は、前半部分のアサーマルプリズム61に対して対称基準面Sを基準に面対称に形成されたアサーマルプリズムと見ることができる。
【0060】
そこでまず、前半部分のアサーマルプリズム61に着目し、第4透過面32′における法線V3′と基準光軸AX1′とがなす角度をτ3′とすると、第4透過面32′すなわち対称基準面Sが(入射光線と平行な)基準光軸AX1′に対し垂直であるという条件から、式(17)が成立する。
【0061】
τ3′=0 (17)
【0062】
また、基準波長を有する光線は対称基準面S(すなわち、第4透過面32′)を垂直に通過することから、第2偏角プリズム3′内から第4透過面32′を透過して屈折した光線L4′と基準光軸AX1′とがなす角度をε3′とすると、式(18)であることが要求される。
【0063】
ε3′=0 (18)
【0064】
同時に自明のこととして、第1偏角プリズム2′内から第2透過面22′および第3透過面31′を透過して屈折した光線L3′と基準光軸AX1′とがなす角度をε2′とすると、式(19)であることが要求される。
【0065】
ε2′=0 (19)
【0066】
さて、第1実施形態における当初の前提である、式(10)および式(11)を(1)式に代入してτ1について解くと、式(20)を得る。
【0067】
【数14】

【0068】
次に、τ3′=τ3、ε3′=ε3、ε2′=ε2とし、式(17)、式(18)、式(19)を式(2)に代入してτ2について解くと、式(21)を得る。
【0069】
【数15】

【0070】
次に、式(15)に式(19)を代入すると、式(22)のようになる。
【0071】
【数16】

【0072】
続いて、式(22)に式(16)を代入すると、式(23)を得る。
【0073】
【数17】

【0074】
ここで、式(23)をτ2について解くと、式(24)となる。
【0075】
【数18】

【0076】
そして、式(24)に式(20)および式(21)を代入してε1について解くと、式(25)を得る。
【0077】
【数19】

【0078】
ここで、図6および図7に示すように、第2実施形態のアサーマルプリズム51と分割した2組のアサーマルプリズム61,66との対応関係から、式(20)〜式(25)において、所定の基準波長を有する光における第1偏角プリズム52および第3偏角プリズム54の屈折率をn1とし、基準波長を有する光における第2偏角プリズム53の屈折率をn2とすることができる。また、外部から第1偏角プリズム52の第1透過面71へ入射する入射光線L5と図6に示す所定の基準光軸AX2とがなす角度をε0とし、外部から第1透過面71を透過して屈折した光線L6と基準光軸AX2とがなす角度をε1とし、第1偏角プリズム52内から第2透過面72および第3透過面81を透過して屈折した光線L7と基準光軸AX2とがなす角度をε2とすることができる。
【0079】
また、第1透過面71における法線V4と基準光軸AX2とがなす角度をτ1とし、第2透過面72および第3透過面81における法線V5と基準光軸AX2とがなす角度をτ2とすることができる。なおこのとき、角度は基準光軸AX2を起点として計り、符号は反時計回りを正とする。また、第1実施形態の場合と同様に議論を簡単化するため、入射光線L5を基準光軸AX2に平行に設定して、ε0=0とする。また前述の通り、ε2=0でなければならない。これにより、外部から第1透過面71を透過して屈折した光線L6と入射光線L5とがなす角度をε1とし、第1透過面71における法線V4と入射光線L5とがなす角度をτ1とし、第2透過面72および第3透過面81における法線V5と入射光線L5とがなす角度をτ2とすることができる。
【0080】
さらに、アサーマルプリズム51の対称性より、第4透過面82および第5透過面91における法線V6と基準光軸AX2(すなわち、入射光線L5)とがなす角度をτ3とし、第6透過面92における法線V7と基準光軸AX2(すなわち、入射光線L5)とがなす角度をτ4とすると、τ3=−τ2、τ4=−τ1となる。また同様に、第2偏角プリズム53内から第4透過面82および第5透過面91を透過して屈折した光線L8と基準光軸AX2(すなわち、入射光線L5)とがなす角度をε3とし、第3偏角プリズム54内から第6透過面92を透過して屈折した光線L9と基準光軸AX2(すなわち、入射光線L5)とがなす角度をε4とすると、ε3=−ε1、ε4=0となる。
【0081】
このような構成のアサーマルプリズム51において、アサーマルプリズム51の解を求める方法について以下に述べる。まず、第1偏角プリズム52(第3偏角プリズム54)および第2偏角プリズム53の適当な2種類の材質(透明媒質)を選定する。なおこのとき、第1〜第3偏角プリズム52,53,54の材質が決まれば、n1およびn2、並びに∂n1/∂Tおよび∂n2/∂Tが決まる。
【0082】
次に、先に決定した、n1およびn2、並びに∂n1/∂Tおよび∂n2/∂Tを式(25)に代入し、ε1を算出する。
【0083】
次に、算出したε1(並びに、n1)を式(20)に代入し、τ1を求める。
【0084】
また、算出したε1(並びに、n1およびn2)を式(21)に代入し、τ2を求める。
【0085】
なお、τ3は、τ3=−τ2として算出され、τ4は、τ4=−τ1として算出される。このようにして、角度τ1〜τ4がアサーマルプリズム51の解として求められる。
【0086】
ここで、本実施形態におけるアミチ型アサーマルプリズム51の第1の設計例として、その設計パラメータおよび評価結果を図8に示す。なお、設計基準波長等は、第1実施形態の場合と同様である。また、図8において、Δεは温度変化によるε4の変化量であり、S−BSL7およびS−BSM14はガラスの商品名である。そして、e線において、第1の設計例における温度変化による偏角の変化量(Δε=−9.81×10-11度)は、従来のプリズムの場合(S−TIH23でΔε2=−7×10-5度)と比べて非常に小さくなっている。
【0087】
また、本実施形態におけるアミチ型アサーマルプリズム51の第2の設計例として、その設計パラメータおよび評価結果を図9に示す。なお、図9において、S−BSL7およびS−BSM12はガラスの商品名であり、他は第1の設計例と同様である。そして、e線において、第2の設計例における温度変化による偏角の変化量(Δε=−9.81×10-11度)は、第1の設計例の場合と同様に、従来のプリズムの場合(S−TIH23でΔε2=−7×10-5度)と比べて非常に小さくなっている。
【0088】
さらに、本実施形態におけるアミチ型アサーマルプリズム51の第3の設計例として、その設計パラメータおよび評価結果を図10に示す。なお、図10において、S−TIL6およびS−TIM22はガラスの商品名であり、他は第1の設計例と同様である。そして、e線において、第3の設計例における温度変化による偏角の変化量(Δε=−8.56×10-11度)は、第1の設計例の場合と同様に、従来のプリズムの場合(S−TIH23でΔε2=−7×10-5度)と比べて非常に小さくなっている。
【0089】
この結果、第2実施形態のアサーマルプリズム51によれば、第1実施形態のアサーマルプリズム1と同様に、偏角プリズムあるいは波長分散プリズムにおける、温度変化による偏角の変動を極小に抑えることができる。したがって、例えば光通信分野など温度変化が激しく、偏角プリズムや分散プリズムの応用が困難であった領域にも、偏角プリズムや分散プリズムを適用することが可能になる。
【0090】
続いて、上述のようなアサーマルプリズムを備えた分光器について図11を参照しながら説明する。この分光器100は、図11に示すように、入口スリット101から入射した入射光を波長分散させるためのグレーティング105と、入口スリット101とグレーティング105との間に配設されたアサーマルプリズム1とを有して構成される。なお、アサーマルプリズム1は、上述した第1実施形態のアサーマルプリズム1である。
【0091】
入口スリット101から分光器100内に入射した入射光は、第1コリメート光学系102により平行光となってアサーマルプリズム1に入射する。アサーマルプリズム1に入射した入射光は、アサーマルプリズム1を透過する際に波長分散して、アサーマルプリズム1から出射した出射光より第1リレー光学系103を用いて入口スリット101の中間像y2が得られる。次に入射光は第2コリメート光学系104により再び平行光となってグレーティング105に入射する。グレーティング105に入射した入射光は、グレーティング105で反射する際に波長分散し、グレーティング105から出射した出射光より第2リレー光学系106を用いて中間像y2と共役なスペクトラム像y1が得られる。なお、スペクトラム像y1は、光ファイバ等の図示しない受光手段により検出される。
【0092】
ところで、グレーティング105による波長分散においては、グレーティング105から出射した出射光における波長に対する出射角の非線形性が存在する。すなわち、波長とスペクトラム像の位置との関係をプロットすると直線にはならず曲線となる。なお、分散プリズムによる波長分散においても、分散プリズムから出射した出射光における波長に対する出射角の非線形性が存在する。
【0093】
分光器の用途によっては、等間隔に離れている波長光のスペクトラム像y1を等間隔に形成させたい場合がある。例えば、光通信における分波器などである。そのため、本実施形態の分光器100は、グレーティング105での波長分散における非線形性に分散プリズムでの波長分散における非線形性を加えて互いの非線形性を相殺する構成となっており、グレーティング105から出射した出射光における波長に対する出射角の非線形性を補正するための分散プリズムとして、第1実施形態のアサーマルプリズム1が用いられている。
【0094】
このような分光器100に用いられるアサーマルプリズム1の設計例として、その設計パラメータおよび評価結果を図12に示す。なお、グレーティング105の波長分散で得られる像位置の温度変化は、分散プリズムと比較して極めて小さいため、本実施形態においては無視するものとする。また、図12において、ε1、ε2の記載は省略している。
【0095】
また、図12において、線形からのずれとは、理想的な線形位置からのずれ、すなわち非線形性を表す。具体的には、波長と像位置y4との関係をxy座標上にプロットしてベストフィットする直線を求めておき、次いで図12に示すy4の値から該当波長に対応するベストフィット直線から求めた完全線形像位置yの値を差し引いたものである。
【0096】
図12から分かるように、プリズムありの場合と比較すると、プリズムなしの場合の方が、線形からのずれが大きくなっている。また、図12から分かるように、単プリズム(材質S−TIH4)を使用すると、プリズムなしの場合と比較して、線形からのずれが小さくなっている。そして、図12から分かるように、アサーマルプリズム1を使用した場合の温度変化による像移動量(e線で0mm)は、単プリズムを使用した場合の温度変化による像移動量(e線で−3×10-5mm)よりも小さくなっている。
【0097】
この結果、以上のような構成の分光器100によれば、アサーマルプリズム1を用いて温度変化による像移動量を小さくすることが可能となり、例えば光通信分野など温度変化が激しい分野においても、非線形性を補正するための分散プリズムを使用することが可能になる。
【0098】
なお、上述の分光器100において、第1実施形態のアサーマルプリズム1に限らず、分散プリズムとして第2実施形態のアミチ型アサーマルプリズム51を用いるようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】本発明に係るプリズムの第1実施形態であるアサーマルプリズムの模式図である。
【図2】第1実施形態におけるアサーマルプリズムの第1の設計例を示す表である。
【図3】第1実施形態におけるアサーマルプリズムの第2の設計例を示す表である。
【図4】第1実施形態におけるアサーマルプリズムの第3の設計例を示す表である。
【図5】従来のプリズムにおける偏角の温度変化を示す表である。
【図6】第2実施形態のアサーマルプリズムの模式図である。
【図7】第2実施形態のアサーマルプリズムを2組のアサーマルプリズムに分割した状態を示す模式図である。
【図8】第2実施形態におけるアサーマルプリズムの第1の設計例を示す表である。
【図9】第2実施形態におけるアサーマルプリズムの第2の設計例を示す表である。
【図10】第2実施形態におけるアサーマルプリズムの第3の設計例を示す表である。
【図11】本発明に係る分光器の模式図である。
【図12】本発明に係る分光器に構成されるアサーマルプリズムの設計例を示す表である。
【符号の説明】
【0100】
1 アサーマルプリズム(プリズムの第1実施形態)
2 第1偏角プリズム 3 第2偏角プリズム
21 第1透過面 22 第2透過面
31 第3透過面 32 第4透過面
51 アサーマルプリズム(プリズムの第2実施形態)
52 第1偏角プリズム 53 第2偏角プリズム
54 第3偏角プリズム
71 第1透過面 72 第2透過面
81 第3透過面 82 第4透過面
91 第5透過面 92 第6透過面
100 分光器
105 グレーティング(波長分散素子)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光が透過可能な第1透過面および、前記第1透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第2透過面を有する第1偏角プリズムと、
光が透過可能な第3透過面および、前記第3透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第4透過面を有し、前記第1偏角プリズムの屈折率と異なる屈折率を有する第2偏角プリズムとを備え、
前記第2透過面と前記第3透過面とが接触した状態で前記第1偏角プリズムと前記第2偏角プリズムとが接合され、前記第1透過面、前記第2透過面、前記第3透過面、および前記第4透過面が所定の同一平面に対してそれぞれ垂直となるように構成されたプリズムであって、
所定の基準波長を有する光における前記第1偏角プリズムの屈折率をn1とし、前記基準波長を有する光における前記第2偏角プリズムの屈折率をn2とし、前記プリズムおよびプリズム周辺の温度をTとし、外部から前記第1偏角プリズムの前記第1透過面へ入射する入射光線と外部から前記第1透過面を透過して屈折した光線とがなす角度をε1とし、前記入射光線と前記第1偏角プリズム内から前記第2透過面および前記第3透過面を透過して屈折した光線とがなす角度をε2とし、前記入射光線と前記第2偏角プリズム内から前記第4透過面を透過して屈折した光線とがなす角度をε3とし、前記入射光線と前記第1透過面における法線とがなす角度をτ1とし、前記入射光線と前記第2透過面および前記第3透過面における法線とがなす角度をτ2とし、前記入射光線と前記第4透過面における法線とがなす角度をτ3とし、さらに角度ε1〜ε3およびτ1〜τ3は前記入射光線を起点として計り、符号は反時計回りを正とすると、次式
τ3=−tan-1{(Ccosε2+sinτ2)/(Csinε2−cosτ2)}
ただし、
C=−{(∂n1/∂T)sin(τ2−τ1)}/{(∂n2/∂T)cos(ε1−τ1)}
の関係を満たすことを特徴とするプリズム。
【請求項2】
光が透過可能な第1透過面および、前記第1透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第2透過面を有する第1偏角プリズムと、
光が透過可能な第3透過面および、前記第3透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第4透過面を有し、前記第1偏角プリズムの屈折率と異なる屈折率を有する第2偏角プリズムと、
光が透過可能な第5透過面および、前記第5透過面に対し傾斜して設けられて光が透過可能な第6透過面を有し、前記第1偏角プリズムの屈折率と同じ屈折率を有するとともに、前記第5透過面と前記第6透過面とがなす頂角が前記第1偏角プリズムの前記第1透過面と前記第2透過面とがなす頂角と同じ角度である第3偏角プリズムとを備え、
前記第2透過面が前記第3透過面と接触した状態で前記第1偏角プリズムが前記第2偏角プリズムと接合されるとともに、前記第5透過面が前記第4透過面と接触した状態で前記第3偏角プリズムが前記第1偏角プリズムと対称的に前記第2偏角プリズムと接合され、前記第1透過面、前記第2透過面、前記第3透過面、前記第4透過面、前記第5透過面、および前記第6透過面が所定の同一平面に対してそれぞれ垂直となるように構成されたプリズムであって、
所定の基準波長を有する光における前記第1偏角プリズムおよび前記第3偏角プリズムの屈折率をn1とし、前記基準波長を有する光における前記第2偏角プリズムの屈折率をn2とし、前記プリズムおよびプリズム周辺の温度をTとし、外部から前記第1偏角プリズムの前記第1透過面へ入射する入射光線と外部から前記第1透過面を透過して屈折した光線とがなす角度をε1とし、前記入射光線と前記第1透過面における法線とがなす角度をτ1とし、前記入射光線と前記第2透過面および前記第3透過面における法線とがなす角度をτ2とし、さらに角度ε1およびτ1並びにτは前記入射光線を起点として計り、符号は反時計回りを正とすると、次式
τ1=tan-1{(n1sinε1)/(n1cosε1−1)}
τ2=tan-1{(n1sinε1)/(n1cosε1−n2)}
ただし、
ε1=cos-1{n1−(n2−1)(∂n1/∂T)/(∂n2/∂T)}
の関係を満たすことを特徴とするプリズム。
【請求項3】
入射光を波長分散させる波長分散素子と、
前記波長分散素子から出射した出射光における波長に対する出射角の非線形性を補正する分散プリズムとを備えた分光器において、
前記分散プリズムが請求項1もしくは請求項2に記載のプリズムから構成されることを特徴とする分光器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−101824(P2007−101824A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−290689(P2005−290689)
【出願日】平成17年10月4日(2005.10.4)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】