説明

プレコート金属板およびその製造方法

【課題】優れた成形性および外観を有し、粘着物を併用する用途において、粘着物が付着しにくく、汚れや油がつきにくく、また、光ディスク等が接触しても、その表面を疵付け難い特性を兼ね備えたプレコート金属板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】金属板2と、フッ素系樹脂マトリックス層4とその中に分散されたウレタンビーズ5とからなる樹脂皮膜3とを備えるプレコート金属板1であって、ウレタンビーズ5が、その含有率が5質量%以上50質量%以下、その平均粒径がフッ素系樹脂マトリック層4の平均厚さの1.1倍以上5倍以下であり、樹脂皮膜3のフッ素濃度の割合を下式(1)で計算したとき、皮膜最表面で15%以上、皮膜内部で15%以下である。
A(%)={F/(F+C+O+N)}×100・・・(1)、ここで、Aはフッ素濃度の割合、Fはフッ素質量%、Cは炭素質量%、Oは酸素質量%、Nは窒素質量%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、家庭用電気製品や自動車用車載部品などの外板材や構造部材、更には建材、屋根材等様々な用途に使用されるプレコート金属板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板やアルミニウム板またはアルミニウム合金板に代表される金属薄板材は、高い強度と加工性を兼ね備えており、様々な加工を施すことにより家庭用電気製品、自動車用車載部品、更には建材など様々な用途に適用されている。これらの用途に使用される金属板の加工品は、外観や耐食性等の向上を目的として表面処理が行なわれることがある。この表面処理は、従来、金属板を所定の形状に加工してから行なうポストコート方式が主流であったが、最近では、職場環境の改善や加工工程の簡素化とコスト低減などを目的として、予め金属板に表面処理されたプレコート金属板を所定の形状に成形加工して用いるプレコート方式も定着している。さらに、近年、かかるプレコート金属板は、製品・機器の多様化と高級化に応えるため、種々の機能、例えば耐指紋性、耐疵付き性、アース接続性、放熱性、遮熱性、抗菌性等を付与した機能性プレコート金属板が開発され、広く普及している。
【0003】
プレコート金属板では、表面塗装が施された状態で成形加工が行なわれるので、塗膜には優れた成形加工性が要求されるばかりでなく、プレス成形後の外観がそのまま製品外観になるため、優れた表面外観・性状等が要求される。例えば、特許文献1には、アルミニウム合金板材に、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂およびアクリル樹脂の単独或いはその混合物をベース樹脂とし、粒径0.1μm以下のSiO2を5〜40%、および潤滑剤を5〜60%含む塗料が、0.5〜10μmの厚さで塗装され、摩擦係数を0.15以下に制御した成形性と耐疵付性に優れたプレコート金属板が提案されている。
【0004】
特許文献1記載のプレコート金属板は、アルミニウム合金板材から構成されているが、一般にアルミニウムを素材とするプレコート金属板は軽さが求められる用途に好評を得ており、例としては、ノートパソコン搭載用の光ディスクドライブのカバー類や、液晶表示装置のフレーム、バックカバー類、車載用電装品である、ECU(Electronic Control Unit)やカーステレオ、カーナビゲーションシステム、光ディスクオートチェンジャー等のカバー類や構造部材にも使用されている。この中で光ディスクドライブや光ディスクオートチェンジャーに使用される場合には、CDやDVDなどの光ディスクが搭載されるが、最近では書き込み型光ディスクドライブの普及により、音楽CD等を個人的に編集して、自作光ディスクを作製することも多くなってきている。また、図4(a)に示すように、このような自作光ディスク10は、光ディスクDの表面に識別用の識別ラベルLが接着された状態で使用されることがある。
【特許文献1】特許第3338156号公報(段落番号0008〜0017)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記した光ディスクドライブや光ディスクオートチェンジャーの例の様に、装置内に識別ラベルLの様な粘着物が挿入される可能性のある用途では、装置の熱などによって、識別ラベルLの一部が剥離し、むき出しとなった粘着部Lnが、その後、装置内の各部位に再付着する危険性に備えておく必要がある。
【0006】
この様な危険性を防ぐための手法の一つとして、粘着物(識別ラベルL)が付着する可能性のある部位に、粘着物が付着しにくい表面処理を施す方法が有効と考えられる。例えば、図4(b)に示すように、光ディスクドライブ20の例では、自作光ディスク10が載るトレイ21の上や、自作光ディスク10を覆うカバー22の内側など、自作光ディスク10に隣接し、かつ面積の大きい部材ほど粘着物が付着するリスクが大きいと考えられる。従って、これらの部品に加工して使用されるプレコート金属板に、あらかじめこの様な粘着物が付着しにくい表面処理を施すことが危険性回避に有効と考えられる。また、この様な粘着物の付着しにくい性質は、実際には、粘着物のみならず、油や汚れなどの様々な物質をはじく性質を兼ね備えるため、建材、自動車用車載部品、屋内機器など、長期間使用する用途に対しても、メンテナンスの頻度をさげられるという点で期待されている。
【0007】
上記の様な要求に応えるため、本発明者は、特定のフッ素樹脂と硬化剤を組み合わたフッ素系塗料の塗布焼付により、金属板の表面に樹脂皮膜を形成し、合わせて焼付条件の最適化を行うことにより、樹脂皮膜の皮膜最表面のフッ素濃度を濃化させて粘着物の非粘着性を確保し、同時に皮膜内部のフッ素濃度を低下させて金属板と樹脂皮膜との接着力を良好に保たった、非粘着特性に優れたプレコート金属板とその製造法を発明した(特願2005−90137)。
【0008】
また、図4(b)に示すように、従来の光ディスクドライブ20は、自作光ディスク10の出し入れの際に、自作光ディスク10をセットするトレイ21自身が光ディスクドライブ20中を出入りするドロワー方式が一般的であった。
【0009】
これに対し、図示しないが、最近、光ディスクをセットするトレイは出入りせず、光ディスクだけを光ディスクドライブの開口部に差し込んで挿入する、スロットイン方式の光ディスクドライブが開発されている。このようなスロットイン方式の光ディスクドライブでは、光ディスクが光ディスクドライブカバーの内面にすれすれの所を出入りすることから、光ディスクの出入りの際に光ディスク面が光ディスクドライブカバーの内面と擦れて摺動疵が入りやすいという課題がある。
【0010】
このような光ディスク出入りの際に光ディスク表面に疵が入ることを防ぐために、従来は光ディスクが摺動しそうな部位に、スプレー塗装などの手法で疵防止処理を行っている。しかしこのような手法は、プレス加工後の光ディスクドライブカバー成形品一枚一枚に処理をする必要があることから、工程が繁雑で生産性が悪い、また、コストも非常に大きくなる等の問題点が指摘されている。そこで疵防止処理をあらかじめ成形前のアルミニウム板に施すことにより、工程の簡素化や生産性向上、コスト低減が期待されている。
【0011】
本発明は前記問題を解決するためになされたものであって、その目的は、成形加工して使用するプレコート金属板にとって基本的な、優れた成形性および外観を有すると共に、粘着物を併用する用途において、粘着物が付着しにくく、汚れや油がつきにくい、また、光ディスク等が接触しても、その表面を疵付け難い特性を兼ね備えたプレコート金属板およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するため、請求項1の発明は、金属板と、その表面に形成された樹脂皮膜とを備えるプレコート金属板であって、前記樹脂皮膜がフッ素系樹脂マトリックス層と、前記フッ素系樹脂マトリックス層の中に分散されたウレタンビーズとを備え、前記ウレタンビーズの含有率が、前記フッ素系樹脂マトリックス層に対して、5質量%以上50質量%以下であり、前記ウレタンビーズの平均粒径が、前記フッ素系樹脂マトリックス層の平均厚さの1.1倍以上5倍以下であり、前記樹脂皮膜の皮膜最表面でのフッ素濃度の割合を下式(1)で計算したとき、その割合が15%以上であると共に、前記樹脂皮膜の皮膜内部でのフッ素濃度の割合を下式(1)で計算したとき、その割合が15%以下であるプレコート金属板として構成したものである。
A(%)={F/(F+C+O+N)}×100・・・(1)
前記式(1)において、Aはフッ素濃度の割合、Fはフッ素質量%、Cは炭素質量%、Oは酸素質量%、Nは窒素質量%である。
【0013】
このように構成すれば、フッ素系樹脂マトリックス層(樹脂皮膜)の中に分散されたウレタンビーズの含有率および平均粒径をコントロールすることにより、光ディスク等が接触しても、ウレタンビーズがクッション材として働くため、樹脂皮膜によって光ディスク等の表面に疵が入ることを防ぐことができる。また樹脂皮膜表面はフッ素が皮膜最表面で濃化するため、樹脂皮膜に対する粘着物の剥離強度を低く維持できる。また、同時に皮膜最表面を除いた皮膜内部ではフッ素濃度が低く抑えられているため、樹脂系プライマー層や接着剤層を形成しなくても、フッ素系樹脂皮膜が金属板と強固に接着する。さらに、フッ素系樹脂マトリックス層の平均厚さよりも平均粒径が大きいウレタンビーズがフッ素系樹脂マトリックス層に含まれているため、樹脂皮膜の表面は微細凹凸の形成された表面となり、粘着物が樹脂皮膜に付着する際に、微細凹凸に微少な空気層が形成され、粘着物と樹脂皮膜の接触面積が低下する。その結果、樹脂皮膜に対する粘着物の剥離強度を低く維持できる。
【0014】
請求項2の発明は、前記樹脂皮膜のフッ素系樹脂マトリックス層は、水酸基、カルボキシル基およびアミノ基のうち少なくとも一種類を有するフッ素系樹脂と、2個以上のイソシアネート基を有するイソシアネート化合物とがウレタン結合、酸アミド結合および尿素結合のうち少なくとも一種類の化学結合で結合されているプレコート金属板として構成したものである。
このように構成すれば、フッ素系樹脂マトリックス層の分子が、これらの化学結合によって架橋反応することにより三次元網目構造を形成するため、樹脂皮膜が金属板とより一層強固に接着する。
【0015】
請求項3の発明は、前記ウレタンビーズの平均粒径が、前記フッ素系樹脂マトリックス層の平均厚さの1.5倍以上4倍以下であるプレコート金属板として構成したものである。
このように構成すれば、ウレタンビーズのクッション材としての作用が向上し、樹脂皮膜によって光ディスク等の表面に疵が入ることをより一層防ぐことができる。
【0016】
請求項4の発明は、前記ウレタンビーズの含有率が、前記フッ素系樹脂マトリックス層に対して、10質量%以上40質量%以下であるプレコート金属板として構成したものである。
このように構成すれば、ウレタンビーズのクッション材としての作用が向上し、樹脂皮膜によって光ディスク等の表面に疵が入ることをより一層防ぐことができる。また、樹脂皮膜を形成するために、金属板表面にウレタンビーズを分散させたフッ素系塗料を塗布する際、フッ素系塗料の粘度が所定範囲に調整され、塗装性が向上する。
【0017】
請求項5の発明は、前記金属板と前記樹脂皮膜との間に、耐食性皮膜を備えるプレコート金属板として構成したものである。
このように構成すれば、プレコート金属板の耐食性が向上すると共に、樹脂皮膜が金属板とよりいっそう強固に接着する。
【0018】
請求項6の発明は、前記金属板は、アルミニウム板またはアルミニウム合金板であるプレコート金属板として構成したものである。
このように構成すれば、他の金属板を使用した場合と比べて軽量化が図れる。
【0019】
請求項7の発明は、プレコート金属板の製造方法として、金属板と、その表面に形成された樹脂皮膜とを備える請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載のプレコート金属板の製造方法において、前記金属板の表面に、ウレタンビーズを分散させたフッ素系塗料を塗布する第1工程と、前記フッ素系塗料を200℃以上280℃以下で焼付処理して前記樹脂皮膜を形成する第2工程とを含む手順としたものである。
【0020】
このような手順によれば、所定温度の焼付処理によって、樹脂皮膜におけるフッ素濃度の割合が皮膜最表面で濃化されると共に、樹脂皮膜内部では低く抑えることが可能となるため、樹脂皮膜に対する粘着物の剥離強度が低く維持できる。また、樹脂皮膜が金属板と強固に接着する。さらに、ウレタンビーズが樹脂皮膜中に固定され、クッション材として作用するため、光ディスク等の表面に疵が入ることを防止できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係るプレコート金属板によれば、金属板の表面に形成された樹脂皮膜によって、成形加工して使用するプレコート金属板にとって基本的な、優れた成形性、外観だけでなく、粘着物を併用する用途に使用しても、粘着物が付着しにくく、汚れや油がつきにくい特性を兼ね備えることができると共に、樹脂系プライマー層や接着剤層を介さずに樹脂皮膜を金属板に強固に接着することができる。また、樹脂皮膜(フッ素系樹脂マトリックス層)に分散するウレタンビーズの含有率や平均粒径を最適化することにより、樹脂皮膜表面に粘着物が付着しにくい特性を兼ね備えたまま、樹脂皮膜表面と光ディスク表面が摺動した場合でも、光ディスクに疵が入るのを防ぐことができる。
【0022】
また、本発明に係るプレコート金属板の製造方法によれば、粘着物剥離強度が小さい、光ディスク等への疵防止性に優れたプレコート金属板が、樹脂系プライマー層や接着剤層の形成なしに、製造される。また、疵防止処理をあらかじめ成形加工前のアルミニウム板に施すことにより、成形加工後に疵防止処理を施す場合に比べて、疵防止処理を簡素な工程、高い生産性、低いコストで実施できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
1.プレコート金属板
図1に示すように、本発明のプレコート金属板1は、ベース素材である金属板2と、金属板2の表面に形成され、皮膜最表面と皮膜内部のフッ素濃度が所定の値となる様に制御された樹脂皮膜3とを備える。このうち樹脂皮膜3については、フッ素系樹脂マトリックス層4と、このフッ素系樹脂マトリックス層4の中に分散されたウレタンビーズ5とからなり、ウレタンビーズ5の含有率および平均粒径が所定の値となる様に制御されている。ここで、表面とは、金属板2の少なくとも一方の面を意味する。次に、各構成について説明する。
【0024】
(1)金属板
本発明で用いられる金属板2には特に制限がなく、最も一般的な冷延鋼板の他、溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板や銅めっき鋼板、錫めっき鋼板等の各種めっき鋼板、更には、ステンレス鋼などの合金鋼板や、アルミニウムまたはアルミニウム合金板や、銅または銅合金板などの非鉄金属板等の全てが適用可能である。ここで、ノートパソコン搭載用の光ディスクドライブのカバー類や、液晶表示装置のフレーム類、車載用電装品のカバーなど軽さが求められる用途に対しては、アルミニウムまたはアルミニウム合金板が好ましい。特に、JISに規定する5052や5182に代表されるAl−Mg系合金がより好ましい。
【0025】
(2)樹脂皮膜
(樹脂皮膜のフッ素濃度の割合)
樹脂皮膜3は、樹脂皮膜3の皮膜最表面でのフッ素濃度の割合を下式(1)で計算したとき、その割合が15%以上であることを特徴とすると共に、同時に同じ下式(1)で計算したときの、樹脂皮膜3の皮膜内部のフッ素濃度の割合が15%以下であることを特徴とする。
A(%)={F/(F+C+O+N)}×100・・・(1)
前記式(1)において、Aはフッ素濃度の割合、Fはフッ素質量%、Cは炭素質量%、Oは酸素質量%、Nは窒素質量%である。
【0026】
ここで、フッ素濃度の割合は、ESCAで測定、換算した、樹脂皮膜3の皮膜最表面および皮膜内部のフッ素質量%、炭素質量%、酸素質量%および窒素質量%を使用して、前記式(1)で計算される。なお、ここで言う皮膜最表面とは、粘着物(図4に示す識別ラベルL等)が付着する側の表面、即ち、プレコート金属板1の最表面であり、樹脂皮膜3と金属板2との界面のことではない。また、皮膜内部とは、粘着物と付着する表面(最表面)と金属板2と接着する表面を除いた樹脂皮膜3の部分を意味し、好ましくは、皮膜内部は、樹脂皮膜3の皮膜最表面から、厚さ方向に皮膜厚さの1/2〜1/3の部分を意味する。
【0027】
もう少し具体的に説明すると、プレコート金属板1の表面から内部に向けて、アルゴンスパッタなどにより掘り進めながらESCAで各元素分析を行った際、皮膜最表面のフッ素濃度の割合とは、アルゴンスパッタ時間がゼロの状態で得られた各元素質量%に基づく値のことである。即ち、アルゴンで全く表面を掘っていないため、最表面の状態であると定義できる。一方、アルゴンスパッタを継続していくと、アルゴンスパッタ時間に比例して表面が掘れていくので、アルゴンスパッタ時間が長いほどより内部の元素状態を示すことになる。ある程度掘っていくと金属板2の成分が出始めるので、この金属板2の元素組成が全体の50%を超えたアルゴンスパッタ時間を樹脂皮膜3と金属板2の界面と定義する。この界面に到達するまでのアルゴンスパッタ時間を「T」とすると、本件で取り扱う皮膜内部、即ち樹脂皮膜3の皮膜最表面から厚さ方向に皮膜厚さの1/2〜1/3の部分でのフッ素濃度の割合とは、アルゴンスパッタ時間が上記「T」の1/2〜1/3の時点で得られた各元素質量%に基づく値のことと定義する。
【0028】
なお本発明の様にフッ素系樹脂マトリックス層4と、ウレタンビーズ5からなる樹脂皮膜3は、ミクロに見ると不均一な皮膜である。従ってESCAで分析する際に、分析表面の面積を狭くしすぎると、局部的にフッ素系樹脂マトリックス層4がリッチの部位や、逆に局部的にウレタンビーズ5がリッチの部位の情報が得られることになるため、これではフッ素濃度の割合が測定のタイミング毎にばらつくおそれがある。従って、本発明では樹脂皮膜の平均的な情報が得られる様、分析表面の面積が3mmφでの測定値を使用した。
【0029】
後記する比較例に示す様に、フッ素系樹脂マトリックス層4の架橋反応が十分で無い場合や、熱劣化(分解)が生じている場合には、皮膜最表面のフッ素濃度の割合が15%未満となる場合がある。この場合、樹脂皮膜3の皮膜最表面に存在して、粘着物の剥離性に関与するフッ素の割合が少ないため、樹脂皮膜3に対する粘着物の剥離強度が大きくなると共に、汚れや油がつきやすくなる。一方、皮膜内部のフッ素濃度の割合が15%を超えてしまうと、樹脂プライマー層や接着剤層等を形成するなどの何らかの処置をしないと、樹脂皮膜3を金属板2表面に強固に接着させることができなくなる。
【0030】
(2−1)フッ素系樹脂マトリックス層
フッ素系樹脂マトリックス層4は、主剤となるフッ素系樹脂と硬化剤が熱によって反応し、その分子内に架橋構造を有するものが望ましい。さらに主剤と硬化剤の組み合わせとしては、水酸基、カルボキシル基およびアミノ基のうち少なくとも一種類を有するフッ素系樹脂である主剤と、2個以上のイソシアネート基、好ましくは3個以上のイソシアネート基を有するイソシアネート化合物である硬化剤とがウレタン結合、酸アミド結合および尿素結合のうち少なくとも一種類の化学結合で結合(架橋)されたものが好ましい。これにより、フッ素系樹脂マトリックス層4に安定した架橋構造が形成され、フッ素系樹脂マトリックス層4(樹脂皮膜3)が金属板とより一層強固に接着する。水酸基としては、アルコール系水酸基やフェノール系水酸基はもちろん、イソシアネート基と反応する誘導体は広い意味でこれに該当する。またカルボキシル基としてはカルボキシル基単体はもちろん、無水化されたカルボキシル基など、イソシアネート基と反応する誘導体はすべて該当する。同様にアミノ基についてもイソシアネート基と反応する誘導体はすべて本発明に含まれる。なお、架橋されたフッ素系樹脂マトリックス層4の架橋度は、その架橋度の指標であるJISK6796に規定されたゲル含量で、80%以上が好ましい。
【0031】
(2−2)ウレタンビーズ
光ディスク等と直接摺動する部位にプレコート金属板1を適用するためには、摺動によって光ディスク等に疵が入るのを抑えることが必要である。ここで、光ディスク等に疵が入るのを防ぐためには、樹脂皮膜3を軟らかくすることが不可欠となる。通常、樹脂を軟らかくする方法としては、樹脂のガラス転移温度を下げる方法や、樹脂と硬化剤の架橋反応を抑制する方法などがある。樹脂皮膜3を有効に軟質化するには、樹脂皮膜3の主成分であるマトリックス樹脂を軟質化するのが最も効果的であり、実際マトリックス樹脂に対してこれらの手法を用いることで樹脂皮膜3を軟質化することができる。
【0032】
ただし、これらの方法で樹脂皮膜3の軟質化を進めると、副作用として樹脂皮膜3にタック性が出てしまうため、樹脂皮膜3への粘着物(識別ラベルL、図4参照)の付着防止性が損なわれるという問題が生じる。一方、樹脂皮膜3のマトリックス樹脂を軟質化することではなく、軟質な微粒子、即ちウレタンビーズ5を樹脂皮膜3(フッ素系樹脂マトリックス層4)中に添加すると、マトリックス樹脂のガラス転移温度を下げたり、架橋反応を抑えなくても樹脂皮膜3全体を柔らかくすることができる。そのため、樹脂皮膜3への粘着物(識別ラベルL、図4参照)の付着防止性を阻害するタックを生じることなく、光ディスク等への疵付き防止性を確保することができる。なお、このようなウレタンビーズ5としては、三洋化成製のメルテックス(登録商標)、大日精化製ダイミックビーズ(登録商標)、根上工業製のアートパール(登録商標)などが挙げられる。
【0033】
(ウレタンビーズの含有率:5質量%以上50質量%以下)
光ディスク等への疵付き防止性を高めるためには、ウレタンビーズ5の含有率が、フッ素系樹脂マトリックス層4に対して、多い方が好ましい。ウレタンビーズ5の含有率が5質量%未満では、フッ素系樹脂マトリックス層4中に固定されるウレタンビーズ5の量が少なく、クッション材としての作用が低下し、疵付き防止性が劣る。また、ウレタンビーズ5の含有率を高くしていくと、ウレタンビーズ5を分散させた塗料の粘度が増粘してしまうため、ロール塗装などで金属板2に塗料を塗装することを想定した場合には、均一膜厚での塗装性が低下する。さらに樹脂皮膜3に占めるフッ素系樹脂マトリックス層4の比率が必要以上に低下するため、皮膜最表面のフッ素濃度の割合が15%を下回り、粘着物(識別ラベルL)の付着防止性も低下する。以上の理由から、ウレタンビーズ5の含有率は、フッ素系樹脂マトリックス層4に対して、5質量%以上50質量%以下とする。また、疵付き防止性能を高いレベルで確保するには、ウレタンビーズ5の含有率は10質量%以上であることが好ましく、安定した塗装性を確保するためには、ウレタンビーズ5の含有率は40質量%以下であることが好ましい。
【0034】
(ウレタンビーズの平均粒径:フッ素系樹脂マトリックス層の平均厚さの1.1倍以上5倍以下)
ウレタンビーズ5にて光ディスク等への疵付き防止性を確保するためには、ウレタンビーズ5の平均粒径がフッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さより大きいことが重要である。こうなることにより、図1に示すように、樹脂皮膜3の断面形状はウレタンビーズ5の存在する部分が凸となる微細凹凸形状となるため、光ディスク等とフッ素系樹脂マトリックス層4との接触面積が大幅に低下するとともに、同時に接触部位は柔らかいウレタンビーズ5がクッション材として働くため、光ディスク等への疵付き防止性を確保することができる。
【0035】
ここで、ウレタンビーズ5の平均粒径が、フッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さに対して5倍を超えると、ウレタンビーズ5の大半がフッ素系樹脂マトリックス層4中に固定されにくくなくなることから、光ディスク等への摺動疵を防止する効果が低下する。また、ウレタンビーズ5の平均粒径がフッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さに対して1.1倍以下であると、粒径の小さいウレタンビーズ5はフッ素系樹脂マトリックス層4に埋没しやすくなるため、光ディスク等への摺動疵を防止する効果が低下する。よって、ウレタンビーズ5の平均粒径は、フッ素系樹脂マトリックス層の平均厚さの1.1倍以上5倍以下とする。なお、フッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さの1.5倍以上4倍以下であることがより好ましい。
【0036】
ウレタンビーズ5の平均粒径とフッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さがこのような関係に保たれていれば光ディスク等に摺動疵が入るのを防ぐことが可能であるが、上記の関係が保たれていたとしても、必要以上に大きい粒径のウレタンビーズ5を使用すると、フッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さも厚くしないといけなくなるため、樹脂皮膜3が必要以上に厚くなって経済的ではなく、逆に必要以上に小さいウレタンビーズ5を使用した場合には、ウレタンビーズ5の平均粒径とフッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さの関係をコントロールするのが工業的には難しくなる。従ってウレタンビーズ5の平均粒径としては5〜30μm程度のものを利用するのが望ましく、フッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さが、3μm以上10μm以下であることが好ましい。なお、フッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さは、単位面積あたりの樹脂皮膜3の重量を測定し、比重を1として換算した値とする。
【0037】
ウレタンビーズ5の粒径は実際には分布が存在する。例えば、積算体積50%粒子径でおよそ8μm程度のビーズの粒径分布は、最小1μm程度から最大で20μm程度にまで分布している(大日精化のホームページのダイミックビーズ(登録商標)の粒度分布(粒径分布と同義)参照)。そこで、本発明では、ウレタンビーズ5の粒径の指標として、平均粒径を採用した。なお、平均粒径とは、ウレタンビーズ5を水に分散させた状態で、レーザー回折式粒度分布測定器などで測定した積算体積50%粒子径である。
【0038】
また、前記したように、ウレタンビーズ5の平均粒径がフッ素系樹脂マトリックス層4の平均厚さよりも大きいことより、樹脂皮膜3の表面は微細凹凸の形成された表面となっている。このことから、粘着物が樹脂皮膜3に付着する際に、微細凹凸に微少な空気層が形成され、粘着物と樹脂皮膜3との接触面積が低下する。従って、樹脂皮膜3に対する粘着物の剥離強度が低く維持できる。
【0039】
次に、本発明のプレコート金属板1は、金属板2とウレタンビーズ5を含むフッ素系樹脂マトリックス層4との間に、耐食性皮膜(図示せず)を備えるものであってもよい。耐食性皮膜が形成されていることによって、プレコート金属板1に耐食性が付与されると共に、金属板2と樹脂皮膜3との接着性が向上する。耐食性皮膜の構成は、例えば、以下の通りである。
【0040】
(耐食性皮膜)
耐食性皮膜としては、CrまたはZrを成分として含む従来公知の耐食性皮膜である、リン酸クロメート皮膜、クロム酸クロメート皮膜、リン酸ジルコニウム皮膜、酸化ジルコニウム系皮膜、塗布型クロメート皮膜、あるいは塗布型ジルコニウム皮膜等を適宜使用することができる。また、耐食性皮膜の付着量は、CrまたはZr換算値で10〜50mg/m2が好ましい。耐食性皮膜の付着量が10mg/m2より少なくなると、金属板2の全面を均一に被覆することができず、耐食性の確保が難しくなり、長期間の使用に耐えられなくなる。また、付着量が50mg/m2を超えると、プレス成形等において、耐食性皮膜自体に割れ(剥離)を生じ、長期間にわたって高い耐食性を維持することが難しくなる。
【0041】
2.プレコート金属板の製造方法
本発明のプレコート金属板の製造方法は、金属板の表面に、ウレタンビーズを分散させたフッ素系塗料を塗布する第1工程と、塗布されたフッ素系塗料を200℃以上280℃以下で焼付処理して樹脂皮膜を形成する第2工程とを含むものである。以下、各工程について説明する。
【0042】
(第1工程)
金属板の表面に、ウレタンビーズを分散させたフッ素系塗料を塗布する工程であって、フッ素系塗料は、主剤として水酸基、カルボキシル基およびアミノ基のうち少なくとも一種類を有するフッ素系樹脂に、硬化剤として、2個以上、好ましくは3個以上のイソシアネート基を有するイソシアネート化合物、さらに好ましくはイソシアネート基をブロックしたブロックドイソシアネート化合物を混合したものが好ましい。また、フッ素系塗料に天然ワックス、石油ワックス、合成ワックスまたはそれらの混合物等の潤滑剤を添加してもよい。さらには着色を目的とした染料や顔料、樹脂皮膜の硬さや耐疵付き性を高めるための各種無機充填剤、導電性添加剤などの添加剤は、本発明の請求項の内容から外れない範囲で自由に添加することができる。
【0043】
ブロックドイソシアネート化合物とは、イソシアネート化合物の活性イソシアネート基が活性水素化合物等のブロック化剤によって安定化されたもので、常温では反応性がない。このブロックドイソシアネート化合物は、焼付処理等の加熱によって、ブロック化剤が解離して、活性イソシアネート基が再生され、反応性を有することとなる。ブロックドイソシアネート基のブロック化剤としては、メタノール、エタノール、n−プロパノール及びtert−ブタノール等のアルコール類、フェノール、m−クレゾール及びイソオクチルフェノールおよびレゾルシノール等のフェノール類、ε−カプロラクタム類、オキシム類、アセチルアセトン、メチルエチルケトン及びエチレンクロルヒドリン等の活性メチレン化合物類ならびに亜硫酸ナトリウム等が挙げられる。一方、ブロックドイソシアネート基を有するイソシアネート化合物としては、トルエンジイソシアネート、4,4′−ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、ポリメリックMDI、イソホロンジイソシアネートおよびヘキサメチレンジイソシアネート等が挙げられる。また、多価アルコール変性タイプのポリイソシアネート及びビュウレット結合またはイソシアネート結合によるポリイソシアネート等もイソシアネート化合物として挙げられる。
【0044】
この様にブロック化された硬化剤を使用したフッ素系塗料は、常温では硬化剤のイソシアネート基がブロックされているため、主剤の水酸基、カルボキシル基およびアミノ基と硬化剤のイソシアネート基との反応(架橋反応)は進行せず、後記する第2工程の焼付処理によってはじめて反応(架橋)して、フッ素系塗料が硬化する。したがって、フッ素系塗料を主剤と硬化剤とを混合した状態で長期間保存することが可能となると共に、フッ素系塗料を長尺の金属板へ連続塗布することが可能となり、工業的に有利となる。
【0045】
フッ素系塗料へのウレタンビーズの分散処理方法としては、超音波処理、マグネット・スターラやインペラー攪拌機による攪拌処理、ホモジナイザー、アトライター、ボールミル、ビーズミル等を用いた攪拌処理等が挙げられる。
【0046】
フッ素系塗料の塗布は、はけ、ロールコータ、カーテンフローコータ、ローラーカーテンコータ、静電塗装機、ブレードコータ、ダイコータ等、いずれの方法で行ってもよいが、特に、塗布量が均一となると共に、作業が簡便なロールコータの使用がさらに好ましい。塗布量は、金属板の表面に平均厚さ3〜10μmのフッ素系樹脂マトリックス層が形成されるように、金属板の搬送速度、ロールコータの回転方向と回転速度等を考慮して、適宜設定する。
【0047】
フッ素系塗料の塗布に先立って、金属板の表面を脱脂する脱脂工程を設けてもよい。例えば、金属板の表面にアルカリ水溶液をスプレーし、その後、水洗して、金属板の表面を脱脂する。さらに、前記したように、金属板とフッ素系樹脂皮膜との間に耐食性皮膜を備える場合には、脱脂工程に引き続いて、クロムイオン等を含む化成処理液を金属板の表面にスプレー等することで耐食性皮膜を形成することができる。
【0048】
(第2工程)
金属板の表面に樹脂皮膜(ウレタンビーズを含むフッ素系樹脂マトリックス層)を形成する工程であって、第1工程で塗布したフッ素系塗料を200℃以上280℃以下で焼付処理して、フッ素系塗料を硬化(架橋)させる。そして、フッ素系塗料が硬化(架橋)することによって、皮膜最表面のフッ素濃度の割合が15%以上となり、かつ皮膜内部のフッ素濃度の割合が15%以下の樹脂皮膜が形成される。また、樹脂皮膜が金属板に強固に接着する。ここで、焼付温度とは、金属板の温度のピーク温度とする。さらに、ウレタンビーズがフッ素系樹脂マトリックス層に固定される。
【0049】
焼付温度が200℃未満であると、フッ素系塗料の硬化(架橋)が不十分となり、焼付温度が280℃を超えると、フッ素系塗料が熱劣化(分解)するため、フッ素濃度の割合が狙っている値とすることができず、皮膜表面に対する粘着物の剥離強度が高くなる。焼付処理時間は20〜60秒が好ましい。処理時間が20秒未満では焼付が不十分となりやすく、60秒を超えると焼付処理時間が長すぎて時間あたりの生産性が低下しやすい。また、焼付処理は、例えば、熱風炉、誘導加熱炉、近赤外線炉、遠赤外線炉、エネルギー線硬化炉を用いて行う。
【実施例】
【0050】
次に、本発明に係るプレコート金属板において、樹脂皮膜(フッ素系樹脂マトリックス層)に分散されたウレタンビーズの含有率、平均粒径を変更した場合に、光ディスク等への疵付き防止性と粘着物剥離性を確認した実施例について説明する。
【0051】
(実施例1〜9)
実施例1〜9として、前記の製造方法に従ってプレコート金属板を作製した。プレコート金属板の各構成は以下のとおりである。
(金属板)
厚み0.5mm、JIS規定の5052−H34のアルミニウム合金板を使用した。
(耐食性皮膜)
アルミニウム合金板の両面にリン酸クロメート皮膜を形成した。リン酸クロメート皮膜の付着量はCr換算で20mg/m2であった。
(樹脂皮膜)
リン酸クロメート皮膜の最表面にウレタンビーズを分散させたフッ素系塗料を塗布し、焼付温度(金属板のピーク温度)250℃で焼付処理を行い、樹脂皮膜(フッ素系樹脂マトリックス層)を形成した。
【0052】
ここで、フッ素系塗料としては、以下の二液混合型のフッ素系塗料を使用した。また、フッ素塗料へのウレタンビーズの分散には、マグネット・スターラーによる攪拌処理を用いた。さらに、フッ素系樹脂マトリックス層の平均厚さ(A)、使用したウレタンビーズの平均粒径(B)、(B/A)および含有率については、表1に記載した。
(主剤):水酸基を有するフッ素系樹脂。重量平均分子量は182000を使用。
(硬化剤):3個のイソシアネート基を有するブロックドイソシアネート化合物。
【0053】
(比較例1〜9)
前記実施例1〜9の対照として、比較例1〜9のプレコート金属板を作製した。比較例1はウレタンビーズを含まないフッ素系塗料を使用したこと、比較例2〜7はウレタンビーズとして平均粒径とフッ素系樹脂マトリックス層の平均厚さとの関係または含有率が本発明の特許請求の範囲を満足しないものを使用したこと以外は実施例1〜9と同様とした。また、比較例8、9については、本発明の特許請求の範囲を満足しない焼付温度で焼付処理を行なった。
【0054】
つぎに、実施例1〜9、比較例1〜9のプレコート金属板の樹脂皮膜について、樹脂皮膜の皮膜最表面及び皮膜内部におけるフッ素濃度の割合を測定すると共に、フッ素系樹脂マトリックス層の架橋構造を表すウレタン結合の有無を測定し、その結果を表1に示した。なお、各特性の測定方法は以下のとおりとした。
【0055】
(フッ素濃度の割合)
樹脂皮膜の皮膜最表面および皮膜内部を、ESCA(島津製作所製)で測定して、フッ素、炭素、酸素、窒素およびアルミニウムの5元素の原子%を得た。これらの原子%を、各元素の原子量を使用して質量%に換算した。このうち、皮膜を構成する元素のみ、即ちフッ素質量%(F)、炭素質量%(C)、酸素質量%(O)および窒素質量%(N)だけを使用して、下式(1)でフッ素濃度の割合(A(%))を算出した。
A(%)=[F/(F+C+O+N)]×100・・・(1)
【0056】
ここで、皮膜最表面については、前記で作製したプレコート金属板の表面を、そのままの状態、即ちアルゴンスパッタ時間がゼロの状態で測定した状態のことを指し、皮膜内部については、アルゴンスパッタリングで樹脂皮膜を厚さ方向に皮膜厚さの1/2までエッチングした深さ状態のことを指す。ここで皮膜厚さの1/2とはアルゴンスパッタ時間が、樹脂皮膜とアルミニウムの界面に到達するまでの丁度1/2の時間での皮膜深さ状態のことであり、また樹脂皮膜とアルミニウムとの界面とは今回測定した5元素の内、金属板に相当するAlの質量%が全体の50%となるアルゴンスパッタ時間の深さ状態を示すことは先に述べたとおりである。
【0057】
さらに、樹脂皮膜3のミクロな不均一性が分析に影響しない様にするために、分析表面の面積は3mmφとした。皮膜最表面および皮膜内部共に、油類等で汚染を受けていない部位を選択して測定したことは言うまでもない。
【0058】
(ウレタン結合)
樹脂皮膜をFTIR(サーモ・ニコレージャパン社製)で測定し、ウレタン結合に相当する吸収ピークの有無を確認した。
【0059】
つぎに、実施例1〜9および比較例1〜9のプレコート金属板の光ディスクへの疵付き防止性および粘着物剥離性を測定、評価し、その結果を表1に示した。なお、疵付き防止性および粘着物剥離性の測定、評価方法は以下のとおりとした。
【0060】
(光ディスクへの疵付き防止性)
市販の光ディスクの記録面を、プレコート金属板の樹脂皮膜表面にベタ当たりさせて、軽く指で押さえながら左右に10往復擦りつけた後、光ディスク表面の疵を目視にて評価した。この際、図2〜図3の光ディスク疵見本に照らし合わせ、疵付き状態の近い疵見本を選定し、その疵見本の判定をプレコート金属板の疵付き防止性の判定結果とした。但し、光ディスクのエッジが擦れて生じた疵については除外し、あくまでも、樹脂皮膜面と光ディスク記録面との摺動疵のみで判定した。
【0061】
(粘着物剥離性)
粘着物剥離強度は、JISK6854−2に規定された180度剥離試験により測定した。粘着物には、コニカインクジェットペーパーフォトラベル(コニカミノルタホールディングス(株)製、品番QP10A4GMT)を使用した。また、測定条件として、長さ100mm×巾60mmのプレコート金属板、長さ100mm×巾6mmのラベルを使用し、剥離速度を50mm/minとした。なお、表1における剥離評価は、粘着物剥離強度が0.1N/6mm以下の場合に「○」で優れている、0.1N/6mmを超える場合に「×」で不良とした。
【0062】
【表1】

【0063】
表1の結果から、実施例1〜9のプレコート金属板は、いずれも粘着物剥離強度が0.1N/6mmを下回り、優れた粘着物剥離性を示すと共に、光ディスクへの疵付き防止性についても良好であった。また、ウレタンビーズの含有率が多くなるほど、疵付き防止性が向上する傾向が認められ、含有率が5質量%以上であれば概ね良好であり、含有率10質量%以上であれば優れた疵付き防止性を示した。さらに、実施例5は、ウレタンビーズの含有率が50質量%と多いため、フッ素系塗料の粘度が増加し、塗装性にやや難があったが、実用上問題となるレベルではなかった。
【0064】
一方、比較例1〜2、比較例4〜7のプレコート金属板は、いずれも粘着物剥離強度が0.1N/6mmを下回り、粘着物剥離性については優れていたが、光ディスクへの疵付き防止性については劣っていた。また、比較例3、8、9については、いずれも光ディスクへの疵付き防止性については優れていたが、粘着物剥離強度が0.1N/6mmを超え、粘着物剥離性については劣っていた。さらに、比較例3は、ウレタンビーズの含有率が60質量%と本発明の特許請求の範囲を超えるものであるため、フッ素系塗料の粘度が著しく増加し、塗装性に難があった。
【0065】
また、実施例1〜9のプレコート金属板を、光ディスクドライブのトレイ(自作光ディスクを載せる部位)および光ディスクドライブの上カバー(自作光ディスクをカバーする部位)にプレス加工した。その際、成形不良等の発生もなく、作製されたトレイ、上カバー表面には疵等の外観不良、汚れや油等の付着もなかった。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明に係るプレコート金属板の構成を模式的に示す断面図である。
【図2】光ディスクへの疵付き防止性を判定する光ディスク疵見本の写真であって、(a)は疵付き防止性に優れた疵見本、(b)は疵付き防止性が良好な疵見本である。
【図3】光ディスクへの疵付き防止性を判定する光ディスク疵見本の写真であって、(a)は疵付き防止性がやや不良の疵見本、(b)は疵付き防止性が不良の疵見本である。
【図4】(a)は、自作ディスクの構成、および識別ラベルの一部が剥がれた状態を概略的に示す斜視図、(b)は、光ディスクドライブの構成を概略的に示す斜視図である。
【符号の説明】
【0067】
1 プレコート金属板
2 金属板
3 樹脂皮膜
4 フッ素系樹脂マトリックス層
5 ウレタンビーズ
10 自作光ディスク
20 光ディスクドライブ
21 トレイ
22 カバー
D ディスク
L 識別ラベル
Ln 粘着部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板と、その表面に形成された樹脂皮膜とを備えるプレコート金属板であって、前記樹脂皮膜がフッ素系樹脂マトリックス層と、前記フッ素系樹脂マトリックス層の中に分散されたウレタンビーズとを備え、
前記ウレタンビーズの含有率が、前記フッ素系樹脂マトリックス層に対して、5質量%以上50質量%以下であり、
前記ウレタンビーズの平均粒径が、前記フッ素系樹脂マトリックス層の平均厚さの1.1倍以上5倍以下であり、
前記樹脂皮膜の皮膜最表面でのフッ素濃度の割合を下式(1)で計算したとき、その割合が15%以上であると共に、
前記樹脂皮膜の皮膜内部でのフッ素濃度の割合を下式(1)で計算したとき、その割合が15%以下であることを特徴とするプレコート金属板。
A(%)={F/(F+C+O+N)}×100・・・(1)
前記式(1)において、Aはフッ素濃度の割合、Fはフッ素質量%、Cは炭素質量%、Oは酸素質量%、Nは窒素質量%である。
【請求項2】
前記樹脂皮膜のフッ素系樹脂マトリックス層は、水酸基、カルボキシル基およびアミノ基のうち少なくとも一種類を有するフッ素系樹脂と、2個以上のイソシアネート基を有するイソシアネート化合物とがウレタン結合、酸アミド結合および尿素結合のうち少なくとも一種類の化学結合で結合されていることを特徴とする請求項1に記載のプレコート金属板。
【請求項3】
前記ウレタンビーズの平均粒径が、前記フッ素系樹脂マトリックス層の平均厚さの1.5倍以上4倍以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のプレコート金属板。
【請求項4】
前記ウレタンビーズの含有率が、前記フッ素系樹脂マトリックス層に対して、10質量%以上40質量%以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載のプレコート金属板。
【請求項5】
前記金属板と前記樹脂皮膜との間に、耐食性皮膜を備えることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載のプレコート金属板。
【請求項6】
前記金属板は、アルミニウム板またはアルミニウム合金板であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載のプレコート金属板。
【請求項7】
金属板と、その表面に形成された樹脂皮膜とを備える請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載のプレコート金属板の製造方法において、
前記金属板の表面に、ウレタンビーズを分散させたフッ素系塗料を塗布する第1工程と、
前記フッ素系塗料を200℃以上280℃以下で焼付処理して前記樹脂皮膜を形成する第2工程とを含むことを特徴とするプレコート金属板の製造方法。

【図1】
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【図4】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−98864(P2007−98864A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−294109(P2005−294109)
【出願日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【特許番号】特許第3846807号(P3846807)
【特許公報発行日】平成18年11月15日(2006.11.15)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】