説明

プレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法

【課題】プレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】冷延鋼板表面にZnの付着量が100〜1000mg/m2となるようにZnめっきを施し、水洗した後に、pH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させる。接触終了後1〜30秒保持し、再度水洗する。さらに、P濃度が0.001〜2g/Lであり、温度が30〜60℃であるP含有水溶液に前記冷延鋼板を接触させることが好ましい。以上により、冷延鋼板表面に平均厚さ10nm以上のZnの酸化物及び/又は水酸化物が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策として、自動車からのCO2排出量を減らすために、車体の軽量化をいかに行うかが自動車メーカーにとって課題となっている。車体の軽量化に対しては、使用する鋼板の薄肉化が最も有効であるが、鋼板の強度が同じままで板厚だけを薄くすると、鋼板の剛性が減少し、今度は衝突時などの乗員の安全性を確保できなくなる。このため、板厚を薄くし、板厚を薄くすることで減った剛性を鋼の高強度化により補った、高強度鋼板を車体材料として採用する動きが徐々に高まり、至近では引張強度1180MPaクラスの高強度鋼板をボディ用途に使用する動きが活発になってきている。
【0003】
鋼板を高強度化するには、SiやMnなどの合金元素を添加して固溶強化する方法、結晶粒を微細化する方法、Nb、Ti、Vなどの析出物形成元素を添加して析出強化する方法、マルテンサイト相などの硬質な変態組織を生成させて強化する方法などが有効である。
【0004】
一般に、合金元素の添加による高強度化は、一方で延性の低下を招くため、部品の形状をつくるプレス成形がしにくいという欠点がある。しかし、固溶強化の中でもSiは他の元素と比較して延性低下の影響が小さいことから、延性を確保しつつ高強度化を図る際には有効な元素である。このため、加工性と高強度化を両立した鋼板にはSiの添加がほぼ必須と言ってよい。
【0005】
しかしながら、Siは酸化物の平衡酸素分圧が非常に低く、一般の冷延鋼板の製造で使用される連続焼鈍炉内の還元性雰囲気において容易に酸化されることから、Siを含有した鋼板を連続焼鈍炉に通板すると、Siが鋼板表面で選択酸化されSiO2が形成される。このように表面にSiO2が形成された鋼板を塗装前の化成処理に供すると、このSiO2が化成処理液と鋼板の反応を阻害するため、化成結晶が形成されない所謂スケと呼ばれる部分が存在することになる。そして、このような化成処理後にスケが存在する鋼板は、化成処理後の水洗段階で既に錆が見られることがあり、また仮に錆にまで至らなかったとしても、電着塗装後の鋼板の耐食性が非常に悪いことから、Siを含有する高強度冷延鋼板をボディ用途に使用することは非常に困難であった。
【0006】
さらに、実際に自動車車体用材料として使用する際には必ずプレス成形が施されることから、プレス時の摺動性にも優れていることが必要である。すなわち、Siを含有する高強度冷延鋼板に対しては、化成処理性と同時にプレス成形性が求められる。
【0007】
このようなSiを含有する高強度冷延鋼板の化成処理性およびプレス成形性を改善する方法としては、以下の提案がある。
【0008】
例えば、特許文献1には、鋼板表面に付着量が10〜2000mg/m2のZnめっき皮膜を有し、かつ所定の結晶配向性を持たせることで、耐型かじり性と化成処理性を両立する技術が提案されている。この技術は、主に耐型かじり性を改善するためになされたものであり、化成処理性については、わずかなZn付着量においてもZnの付着部と鋼板露出部との間でミクロセルが形成され、化成処理反応が活発になると示唆している。しかし、鋼板のSi濃度が高い場合などは、鋼板表面のかなりの部分がSiO2酸化物で覆われており、この部分が鋼板露出部であった場合には、必ずしもミクロセルを形成するとはいえない。また、電気めっき浴には、硫酸浴を使用しており、実施例に提示されている同じ条件でZnめっき皮膜を形成したところ、化成処理前のアルカリ脱脂液の種類によっては十分な脱脂ができないことが分かった。また、耐型かじり性においても、Znは工具との凝着が発生しやすいため、プレス時の条件によっては十分な摺動性が得られないこともわかった。
【0009】
特許文献2には、Zn量が70〜500mg/m2のZn酸化物及び/又はZn水酸化物を60%以上の被覆率で表面に有する冷延鋼板を、鋼板を陰極として電気分解することが開示されている。特許文献2では、表面に形成されている皮膜がZnの酸化物及び/又はZnの水酸化物であり、プレス時の摺動性は金属Znよりも優れており、また化成処理皮膜の形成もしやすい。しかし、ここでのZnの酸化物及び/又は水酸化物は、冷延鋼板を陰極とした電気分解により形成されるものであるため、鋼板との密着性が必ずしもよくなく、プレス成形時に脱落する場合があり、逆に成形性を悪化させることがあることが分かった。さらに、溶液中に存在する硝酸イオンによる還元反応を利用し酸化物を形成するものであるため、皮膜の生成時には硝酸イオンが消費され、製造ラインにおいては、頻繁な補給を必要とするなど溶液の硝酸イオン濃度を厳密に管理する必要があり製造が煩雑になる欠点がある。
【0010】
特許文献3には、下層に0価のZnの皮膜を、上層に2価のZnとP、S、Siの1種以上の非晶質酸化物、あるいはこれに加え第三元素としてMn、Ni、Co、Mg、Caを含む酸化物層を有する冷延鋼板が提案されている。しかしながら、上層の非晶質酸化物により必ずしも化成処理性の改善が得られない。特に、近年、自動車メーカーでは生産合理化の観点から化成処理の低温化が盛んに行われており、このような化成処理の低温化に対しては化成処理性が劣化することが分かった。
【0011】
特許文献4には、めっき表面にZn系酸化物層を有する電気Znめっき鋼板が開示されており、実施例には、約50g/m2レベルの付着量を有する電気Znめっき鋼板が記載されている。この技術は、冷延鋼板の化成性を改善するためではなく、耐食性の観点からZnが付与されるため、実施例のように厚いZnめっき付着量が必要である。加えて、鋼板表面を完全にZnが被覆していないと、十分な耐食性が得られない。しかし、Siを多量に含有したような高強度鋼板では、前述したようなSi系酸化物の濃化により、不めっき部が形成されることから、この技術を高強度鋼板に対して適用することは不可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006-299351号公報
【特許文献2】特開2008-081808号公報
【特許文献3】特開平10-158858号公報
【特許文献4】特開2005-248262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このように、延性を低下させずに高強度を図る目的でSiを添加した冷延鋼板の場合、化成処理性とプレス成形性を同時に満足する技術は未だ十分とは言えず、高強度鋼板の自動車車体への適用を阻害しているのが現状である。
【0014】
本発明は、Siを強化元素として含有する鋼板に対して、上記のような問題点を解決し、プレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、SiO2が鋼板表面に形成されると、形成された部分では、鋼板の主成分であるFeが溶解しないため、化成結晶形成反応が生じないことに着目した。そして、なんらかの方法で鋼板表面の溶解反応を生じさせることが化成結晶形成反応に結びつくと考えた。また、金属Znは化成処理液との反応により、化成皮膜としてリン酸亜鉛皮膜を形成することを考え、検討した結果、リン酸亜鉛皮膜を形成するのに十分な量の薄いZnを冷延鋼板表面に付与することで、Siを含有する冷延鋼板に対しても化成結晶形成反応が進行し、その結果、化成処理後にリン酸亜鉛被膜を形成できることを確認した。
【0016】
しかしながら、Znを付着させただけでは逆に摺動性の指標となる鋼板の摩擦係数が増加し、プレス成形性の劣化につながる。これに対しては、表層を酸化物皮膜とすることで摩擦係数を低く抑えることができる。この観点から検討した結果、Zn付着量がある少量の範囲で、鋼板にZnめっきを施し、その最表層にZnの酸化物及び/又は水酸化物を形成させることで、密着性、プレス成形性ならびに化成処理性にも優れた冷延鋼板が得られることを見出した。
【0017】
化成処理は、アルカリ脱脂→表面調整→リン酸塩処理で進行するのが一般的なプロセスであり、このうちアルカリ脱脂工程においては油が次々と混入していくため、実ラインではかなり脱脂能力が劣ってしまう。そして、このような実ラインを想定した脱脂液に、Znめっきを施し水洗しただけの鋼板を浸漬すると、鋼板に付与されている防錆油などが十分に除去できず水はじきが生じることを見出した。このような水はじきが生じた鋼板は、化成処理液との濡れ性も悪く表面ムラが生じるため、アルカリ脱脂後には鋼板表面の油分を完全に除去することが重要である。この観点から、検討したところ、Znめっきを施し水洗しpH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させ、接触終了後1〜30秒保持し、再度水洗した後に、さらにPを含有する水溶液に接触させることで、実ラインを想定した脱脂液を用いた場合でも、鋼板の油分を除去することができ、十分な水濡れ率が得られることがわかった。
【0018】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
[1]冷延鋼板表面にZnの付着量が100〜1000mg/m2となるようにZnめっきを施し、水洗した後に、pH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させ、接触終了後1〜30秒保持し、再度水洗し、前記冷延鋼板表面に平均厚さ10nm以上のZnの酸化物及び/又は水酸化物を形成することを特徴とするプレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法。
[2]前記[1]において、前記pH緩衝作用を有する酸性溶液が、酢酸塩、フタル酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩のうちの1種類以上を合計で5〜50g/L含有し、かつ、硫酸でpHを1.0〜5.0に調整した溶液であり、さらに、前記pH緩衝作用を有する酸性溶液に接触終了後に、1〜30秒保持している間の前記冷延鋼板表面の酸性溶液膜の厚さが20μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のプレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法。
[3]前記[1]または[2]において、pH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させ、接触終了後1〜30秒保持し、再度水洗した後に、P濃度が0.001〜2g/Lであり、温度が30〜60℃であるP含有水溶液に前記冷延鋼板を接触させることを特徴とする請求項1または2に記載のプレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、プレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板が得られる。表面濃化元素として知られるSiやMnの酸化物が表面に形成されているがゆえに自動車製造での塗装工程において化成処理皮膜が形成されにくくなっている鋼板に対しても、十分な化成皮膜を形成し、かつ良好な塗装後耐食性を得ることができる。また、プレス成形時の鋼板と金型の間の摺動性に優れており、自動車用鋼板として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】動摩擦係数測定装置を示す概略正面図(実施例)
【図2】図1中のビード形状・寸法を示す概略斜視図(ビード形状1)
【図3】図1中のビード形状・寸法を示す概略斜視図(ビード形状2)
【発明を実施するための形態】
【0021】
一般に、冷延鋼板(以下、鋼板と略すこともある)は、冷間圧延された鋼板に対して、水素を含有した還元性雰囲気中で700〜900℃の範囲で熱処理を施すことによって製造される。しかし、この還元性雰囲気中で加熱することにより、鋼板成分のうち易酸化性元素が鋼板表面に酸化物として濃化する現象(以下、表面濃化と称することがある)が生じてしまう。この代表的な酸化物としては、SiO2、MnOやSi-Mn系複合酸化物がある。これらの酸化物が鋼板表面に存在する部分では、化成処理液により鋼板をエッチングし化成結晶を析出する反応が阻害され、鋼板表面では部分的に化成結晶が形成されない部分、いわゆるスケが発生し、化成処理性に劣ることになる。
【0022】
これに対して、鋼板表面にZnめっきを施すと、Znが表面濃化した酸化物を覆うため、酸化物が存在していた鋼板表面においても、Znと化成処理液との反応が生じる。また、表面濃化した酸化物を全部覆い尽くすことができなかったとしても、周辺に存在するZnが化成処理液と反応するため、化成皮膜を容易に形成することができる。以上により、本発明では、まず、冷延鋼板表面にZnの付着量が100〜1000mg/m2となるようにZnめっきを施し、表面にZnを存在させる。
【0023】
しかしながら、単純にZnめっきを施しただけでは鋼板の摩擦係数が上昇し、プレス成形時には割れが発生しやすくなる。これは、Znが存在することで表面の融点が低下し、工具と鋼板とが凝着しやすくなるためである。
これに対して、本発明では、鋼板表面にZnの酸化物及び/又は水酸化物からなる酸化物層(以下、酸化物層と略すこともある)を存在させる。酸化物層が金型と鋼板表面の直接接触による凝着発生を防止し摺動性を向上させることができる。
【0024】
ここで、酸化物として冷延鋼板の表面を酸化させることで得られるFe系酸化物では逆に摺動性を劣化させてしまう。しかし、本発明では、表面にZnめっきを施し、Znめっき層表面を酸化させることでZnの酸化物層を存在させる。得られるZnの酸化物層は摺動性には有効である。また、Znの酸化物層は、pH2〜4の範囲の化成処理液に接触させた場合、表面をエッチングする反応の妨害とはならず、金属Znと同じ溶解挙動を示すため、化成処理皮膜を容易に形成することができるのも特徴である。
【0025】
鋼板表面にZnを付着させる方法は種々考えられるが、電気めっきによる方法が最もよい。本発明において、効果を奏するZnの適切な付着量が1000mg/m2以下であるため、例えば、溶融めっき法ではこのような薄めっきに対応できない。
【0026】
本発明では、このような薄いZnめっきを施した後に、pH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させ、接触終了後1〜30秒保持し、再度水洗し、前記冷延鋼板表面に平均厚さ10nm以上のZnの酸化物及び/又は水酸化物を形成する。以下、詳細に説明する。
Znの表層を酸化させる方法として、pH緩衝作用を有する酸性溶液の薄い液膜を表面に形成し所定時間保持する方法が最も簡便で適している。これは、酸性溶液との接触によりZnは溶解(アノード反応)し水素発生(カソード反応)が生じることで、液中の水素イオンが消費され、水酸化物イオンの濃度が増加し、酸化物が形成する反応を利用するものである。ここで処理液を薄い液膜状にしておかないと、Znの溶解と水素発生は次々と生じるが、水素イオンが十分に消費されることはないため水酸化物イオン濃度が上昇しない。また、このような水酸化物イオンの供給は、雰囲気中の酸素によっても行われるものであり、処理液膜を薄くし酸素が十分に拡散するようにしておかなくてはならない。この意味から、前記pH緩衝作用を有する酸性溶液に接触後、1〜30秒保持している間の前記冷延鋼板表面の酸性溶液膜の厚さは20μm以下が好ましい。下限については物理的に液膜を形成できる限界からも考えることができるが、一方で極端に液膜が薄い状態では前述したZnの溶解反応や水素発生反応が生じず、そもそもの酸化物形成が不可能になるため、1μm以上であることが好ましい。
【0027】
ここで鋼板表面に予め付与するZnの付着量は100mg/m2以上とする。例えば、前述したような反応により表面の酸化物を形成する際に、付着した全てのZnが溶解すると、Fe下地の上にZnの酸化物及び/又は水酸化物がただ単に沈殿した状態になるだけであり、鋼板表面をZn系酸化物が被覆した状態にはならない。一方、付着したZnの一部が溶解した場合には、金属Znの上にZnの酸化物及び/又は水酸化物が沈殿する状態であり、同一元素の金属-酸化物の結合によるため、密着性は良好である。この閾値となるのが、100mg/m2のZn付着量であり、予めこの付着量以上のZnが鋼板に付与されていないと、本発明は成立しない。一方、Zn付着量が多くなっても化成性の観点では問題ないが、冷延鋼板自身の化成性改善の目的のみではZn付着量増加はコストアップにつながるため、上限は1000mg/m2とする。
【0028】
酸性溶液としてpH緩衝作用を有するものを使用する。pH緩衝作用を有しない溶液を使用すると、Znの溶解が十分でないうちに水酸化物イオンが多くなり、結果的に形成されるZnの酸化物あるいは水酸化物の量が十分にならないためである。このようなpH緩衝作用を有する薬品としては、酢酸塩、フタル酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩が挙げられ、これらのうちの1種類以上を合計で5〜50g/L含有することが好ましい。5g/L未満であるとZnの十分な溶解を生じるのに不十分な場合であり、一方、50g/Lを超えるとZnの溶解は十分であるが、水酸化物イオンの供給に支障を生じる場合があるためである。また、Znの溶解を前提にするため、処理液のpHを酸性領域に持っていく必要がある。この際には硫酸で調整することが好ましい。これは、酸化物層中に硫酸イオンが取り込まれることでさらに摺動性の向上が得られるためである。なお、調整した後のpHはpHが低すぎることによるZnの過溶解、pHが高すぎることによるZnの溶解不足を考慮し、1.0〜5.0の範囲が好ましい。
【0029】
また、pH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させ、接触終了後1〜30秒保持する。1秒未満では、酸化物の形成反応が十分に完了しないうちに水洗が施され、反応がストップしてしまう。逆に30秒を超えると、反応が十分に生じた後でありそれ以上の形成が進行しないだけでなく、設備の長大化を招くなど好ましくない。このため、保持時間は1〜30秒の範囲とする。
【0030】
最表面に形成されるZnの酸化物及び/又は水酸化物は、平均厚さが10nm以上である。10nmより薄い場合には、プレス金型と鋼板表面の直接接触による凝着発生を防止し、摺動性を向上させることができない。
【0031】
以上より、本発明では、冷延鋼板表面にZnの付着量が100〜1000mg/m2となるようにZnめっきを施し、水洗し、次いで、pH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させ、接触終了後、1〜30秒保持し、再度水洗し、最表層に平均厚さが10nm以上のZnの酸化物及び/又は水酸化物を形成させ、冷延鋼板表面をZnの酸化物及び/又は水酸化物で被覆することで化成処理性とプレス成形性を同時に満足する鋼板を得ることとする。
【0032】
通常の化成処理は、アルカリ脱脂→表面調整→リン酸塩処理の順番で行われる。最初のアルカリ脱脂工程では、鋼板に塗布された防錆油や、自動車ボディ外板のプレス成形時に頻繁に使用されるプレス洗浄油などを除去する必要がある。しかしながら、薄いZnめっきを施した鋼板をそのままアルカリ脱脂液に浸漬させても、必ずしも油を除去できるとは限らない。特に、自動車メーカーの塗装ラインなどで次々と流れてくる何台もの車体に対してアルカリ脱脂をする場合、油が混入したりアルカリ脱脂液の劣化などが考えられるため、場合によっては十分に脱脂が施されず水はじきが生じた状態で次の表面調整工程にまわされる場合がある。このような水はじき部分では、表面調整液がきちんと付与されず、さらに次のリン酸塩処理工程では、リン酸塩結晶が粗大化したり結晶が形成されない部分が存在するなどリン酸塩処理へ悪影響がある。
【0033】
そこで、本発明では、好ましくは、pH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させ、接触終了後1〜30秒保持し、度水洗した後に、P濃度が0.001〜2g/Lであり、温度が30〜60℃であるP含有水溶液に前記冷延鋼板を接触させる。P含有水溶液に接触することで、表面に微量なPが付着し、これによりアルカリ脱脂液の劣化などを考えた場合でも十分に脱脂が可能となる。このメカニズムについては推定ではあるが、Znめっき浴として一般的な硫酸Zn浴を使用すると硫酸根がZnめっき皮膜中に取り込まれ、この硫酸根が酸化物層、特に最表層に存在し油との親和性を高めるために、脱脂が困難になると考えられる。これに対して、Pを含有する水溶液を鋼板に接触させると、表面に存在する硫酸根が洗い流され、さらにPが微量に付着することで油との親和性を低くするため、脱脂性が向上すると考えられる。
【0034】
鋼板に接触させるPを含有する水溶液のP濃度は、0.001〜2g/Lの範囲が好ましい。0.001g/L未満であると、硫酸根の洗浄効果が小さく、かつPの表面への付着が十分でない場合がある。一方、2g/Lを超えても効果に大きな差は認められない。
【0035】
Pを含有する水溶液の温度は、30〜60℃の範囲が好ましい。30℃未満であると、硫酸根の洗浄およびPの付着に時間を要し、連続焼鈍設備では長大な設備を必要とする。一方、60℃を超えると効果は十分であるが、加熱するための設備が余計に必要になるなど経済上適切でない。
【0036】
Pを含有する水溶液に鋼板を接触させる方法については特に限定はしない。例えば、浸漬方式やスプレー方式など採用することができる。スプレー方式を採用した場合のスプレー圧やノズル径、ノズルから鋼板の距離などは、水溶液が鋼板に接触するだけの十分な条件が満たされていればよく、この条件についても特に限定はしない。
【0037】
なお、本発明では、焼鈍後の冷延鋼板表面にSiO2などが存在することで化成皮膜が形成されない鋼板に対して、皮膜の形成を促し、かつ摺動性も良好とすることが目的の一つであるため、Siを例えば0.5%以上含んでいる高強度冷延鋼板などに対して好適に用いられる。しかし、鋼板表面にZnの付着量が100〜1000mg/m2とZnを付着させる、すなわち、鋼板表面へのわずかなZnの存在により塗装後耐食性の向上が認められるため、一般的な冷延鋼板に対しても塗装後耐食性の観点から適用が可能である。このため、本発明は、全ての冷延鋼板を対象に化成処理性と塗装後耐食性が確保される技術である。
【実施例】
【0038】
表1に示した成分組成を有するA〜Hの鋼を常法の製綱プロセスで溶製し、連続鋳造してスラブとし、次いで、このスラブを1250℃に再加熱後、仕上げ圧延終了温度を850℃、巻き取り温度を600℃とする熱間圧延を施し、板厚3.0mmの熱延板とした。次いで、この熱延板を、酸洗後、板厚1.5mmまで冷間圧延し供試材とした。得られた供試材を、ラボの還元加熱シミュレータを使用して、水素を10vol%含有した窒素雰囲気中で、800〜850℃の範囲で、最大2分間、加熱処理し焼鈍板(冷延鋼板)を作製した。次いで、硫酸亜鉛七水和物:1mol/Lを含有し、硫酸を用いてpH2.0に調整した水溶液を用い、電気めっき法により、表面にZnを付着させた。Znの付着量は、電流密度と通電時間を変えることで変化させた。電気めっきを施した後、水洗し、さらに二酢酸ソーダ20g/L、クエン酸ソーダ20g/Lを含有し、pH2.0に調整した酸性溶液をバーコーターにより表面に塗布し、そのまま所定時間保持し水洗した。なお、比較のため、一部は、水洗後P含有水溶液に接触させ、再度水洗・乾燥を行った。
【0039】
以上により得られた焼鈍板(冷延鋼板)に対して、最表層のZnの酸化物層の厚さを測定した。測定は、蛍光X線分光装置を使用し、以下に述べるような方法で測定した。
【0040】
測定時の管球電圧および電流値を30kVおよび100mAにセットし、O-Kα線の強度を検出した。O-Kα線の測定に際しては、そのピーク位置に加えてバックグラウンド位置での強度も測定し、O-Kα線の正味の強度が算出できるようにした。なお、ピーク位置およびバックグラウンド位置での積分時間は、それぞれ20秒とした。また、試料ステージには、サンプルと同じ大きさに加工した膜厚96nm、54nmおよび24nmの酸化シリコン皮膜を形成したシリコンウェハーをセットし、これらの酸化シリコン皮膜からもO-Kα線の強度を測定できるようにすることで、酸化物層の厚さとO-Kα線強度の検量線を作成し、供試材の酸化物層の厚さを酸化シリコン皮膜換算での酸化物層の厚さ値として算出するようにした。
【0041】
また、以下の摺動性の評価を実施した。
【0042】
摺動性試験
プレス成形性(特に絞り・流入部における成形性)を評価するために、各供試材の動摩擦係数を以下のようにして測定した。図1は、動摩擦係数測定装置を示す概略正面図である。同図に示すように、供試材から採取した摩擦係数測定用試料1が試料台2に固定され、試料台2は、水平移動可能なスライドテーブル3の上面に固定されている。スライドテーブル3の下面には、これに接したローラ4を有する上下動可能なスライドテーブル支持台5が設けられ、これを押上げることにより、ビード6による摩擦係数測定用試料1への押付荷重Nを測定するための第1ロードセル7が、スライドテーブル支持台5に取付けられている。上記押付力を作用させた状態でスライドテーブル3を水平方向へ移動させるための摺動抵抗力Fを測定するための第2ロードセル8が、スライドテーブル3の一方の端部に取付けられている。なお,潤滑油として,スギムラ化学社製のプレス用洗浄油プレトンR352Lを試料1の表面に塗布して試験を行った。
図2、3は使用したビードの形状・寸法を示す概略斜視図である。ビード6の下面が試料1の表面に押し付けられた状態で摺動する。図2に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ12mm、摺動方向両端の下部は曲率4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ3mmの平面を有する。図3に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ69mm、摺動方向両端の下部は曲率4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ60mmの平面を有する。
摩擦係数測定試験は下に示す2条件で行った。
条件1
図2に示すビードを用い、押し付け荷重N:400kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):100cm/minとした。
条件2
図3に示すビードを用い、押し付け荷重N:400kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):20cm/minとした。
供試材とビードとの間の摩擦係数μは、式:μ=F/Nで算出した。
【0043】
次いで、化成処理性評価を行うため、上記により得られた焼鈍板(冷延鋼板)に対して、以下の化成処理を行い、以下の方法にて化成処理を評価した。
試験には、事前にサンプル表面に防錆油(パーカー興産製:ノックスラスト550HN)を塗布し使用した。次いで、市販のアルカリ脱脂液(日本パーカライジング(株)製、ファインクリーナーFC-E2001)を規定濃度で建浴した場合と、劣化した場合を想定して前述した防錆油を5g/Lの割合で添加した劣化液(劣化条件)で建浴した場合のそれぞれにおいて、冷延鋼板を2分間浸漬し、水洗後の鋼板の水濡れ率を評価した。水濡れ率が80%以上のものを○、80%に満たないものを△、50%以下のものを×とし、脱脂性の指標とした。
【0044】
次に、所定濃度で建浴した脱脂液(防錆油未添加)で脱脂した冷延鋼板を、表面調整液(日本パーカライジング(株)製、PL-ZTH)に浸漬し、リン酸塩処理液(日本パーカライジング(株)製、パルボンドPB-L3080)に、浴温:43℃、処理時間:120秒の条件で浸漬し化成処理を行った。
【0045】
化成処理後の冷延鋼板表面をSEMを用いて倍率300倍で10視野観察し、化成結晶が生成していない領域(スケ)の有無と大きさ、および結晶状態の不均一さにより、化成処理評点として以下の5段階で評価した。
5点:スケは認められず、また結晶も均一である。
4点:わずかに結晶の不均一も認められるがスケは認められない。
3点:微小なスケが認められる。
2点:比較的大きなスケが認められる。
1点:比較的大きなスケが多数認められる。
【0046】
次いで、塗装後耐食性試験を行い、塗装後耐食性を評価した。化成処理後の鋼板に対して、さらに、市販のED塗装(関西ペイント(株)製、GT-10)を塗膜厚:20μmにて施し、塗装面にNTカッター(登録商標)でクロスカットを入れた後、温塩水(5%NaCl、50℃)に10日間浸漬した。浸漬後のサンプルはポリエステルテープでクロスカット部を覆い剥離作業を行った後に、カットからの片側の最大剥離幅を測定した。
以上により得られた結果を条件と併せて表2〜5に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
【表5】

【0052】
表2〜5より、鋼板にZnを付与しない原板ままの場合(比較例1〜8)では、鋼中のSi量の増加に伴い、化成性が劣化(評点の低下)している。これに対して、100mg/m2未満のZnを付着させた場合(比較例9〜16)には、わずかに化成性の向上は認められるものの十分でなく、一方でFeと比較して融点の低いZnがわずかとはいえ表面に存在するため、摺動性の指標となる摩擦係数が高くなっている。また、比較例9〜16に対応させて表面の酸化処理を行った場合(比較例17〜24)では、摩擦係数がさらに高くなっている。これは、付着したZnが全て溶解し、酸化物もしくは水酸化物の形でFe下地鋼板の表面に沈殿するものの、その密着性が良好でないがゆえに、酸化物の厚さとして十分でなく、かつ生成物が表面を削り取るような影響を及ぼしたことが考えられる。
【0053】
一方、Znの付着量が本発明範囲内にあり、かつ表面の酸化処理により10nm以上のZnの酸化物もしくは水酸化物が形成された例(本発明例1〜64)では、A〜Hの全てのSiレベルの鋼種に対して良好な化成性(評点5)が得られるとともに、摩擦係数は条件1、2の双方で、原板よりも小さい値であり良好なプレス成形性を示していることが分かる。
【0054】
さらに、温塩水浸漬試験後の片側剥離幅に関して、鋼板にZnを付与しない原板ままの場合(比較例1〜8)では、鋼中のSi量の増加に伴い剥離幅が増加する傾向を示しているが、Znの付着量が本発明範囲内にある例では、いずれの鋼板でも剥離幅が少なくなっている。すなわち、原板の状態でも化成性が良好なAやBの鋼種に対しても、本発明においては温塩水浸漬試験後の片側剥離幅を減少させることができる。
【0055】
しかしながら、これらの発明例(本発明例1〜64)は全て、劣化を模擬したアルカリ脱脂液を使用した場合には、水濡れ率が50%以下となり、アルカリ脱脂液の状態によっては良好な脱脂性を示すとは言えないことが分かった。
【0056】
これに対してPを含有した処理液に接触させる処理を行うと、改善効果が認められる。例えば、低いP濃度の水溶液に接触させた例(本発明例65、66)は、劣化を模擬したアルカリ脱脂液を使用した脱脂後の水濡れ率が80%に満たないレベルまで改善されており、さらに高P濃度の水溶液を使用した例(本発明例67〜71)では、脱脂後の水濡れ率が80%以上の良好なレベルになっている。また、このPを含有した処理液の温度により効果も異なっており、30℃以上の処理液温度では良好な脱脂後水濡れ率が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0057】
Siなどの強化元素を多く含む高張力冷延鋼板においてもプレス成形性、および、塗装前の化成処理性が良好であり、かつ塗装後の耐食性も良好になることから、例えば、自動車ボディー用途として最適である。
【符号の説明】
【0058】
1 摩擦係数測定用試料
2 試料台
3 スライドテーブル
4 ローラ
5 スライドテーブル支持台
6 ビード
7 第1ロードセル
8 第2ロードセル
9 レール
N 押付荷重
F 摺動抵抗力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷延鋼板表面にZnの付着量が100〜1000mg/m2となるようにZnめっきを施し、水洗した後に、
pH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させ、接触終了後1〜30秒保持し、再度水洗し、前記冷延鋼板表面に平均厚さ10nm以上のZnの酸化物及び/又は水酸化物を形成することを特徴とするプレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記pH緩衝作用を有する酸性溶液が、酢酸塩、フタル酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩のうちの1種類以上を合計で5〜50g/L含有し、
かつ、硫酸でpHを1.0〜5.0に調整した溶液であり、
さらに、前記pH緩衝作用を有する酸性溶液に接触終了後に、1〜30秒保持している間の前記冷延鋼板表面の酸性溶液膜の厚さが20μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のプレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法。
【請求項3】
pH緩衝作用を有する酸性溶液に前記冷延鋼板を接触させ、接触終了後1〜30秒保持し、再度水洗した後に、
P濃度が0.001〜2g/Lであり、温度が30〜60℃であるP含有水溶液に前記冷延鋼板を接触させることを特徴とする請求項1または2に記載のプレス成形性、化成処理性および塗装後耐食性に優れた冷延鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−1986(P2013−1986A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−136944(P2011−136944)
【出願日】平成23年6月21日(2011.6.21)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】