説明

プロスタサイクリン生成促進剤

【課題】 プロスタサイクリン生成を促進する新たな物質を見出し、肺高血圧症などの治療に用いることできる安全性の高いプロスタサイクリン生成促進剤を提供すること。
【解決手段】 紅麹を主成分とする麹の発酵抽出物を有効成分として含有するプロスタサイクリン生成促進剤、及び該プロスタサイクリン生成促進剤を含む医薬又は食品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肺高血圧症、高血圧症、血栓症などの疾患の予防及び/又は治療に有用なプロスタサイクリン生成促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
プロスタサイクリン(プロスタグランジンI2:PGI2)は、アラキドン酸カスケードで生合成されるプロスタグランジン類の一つである。アラキドン酸カスケードにおいては、まず出発物質となるアラキドン酸が細胞膜のリン脂質からホスホリパーゼA2によって細胞質中に遊離され、続いてこの遊離アラキドン酸にシクロオキシゲナーゼ(COX)が作用してプロスタグランジンG2(PGG2)となり、プロスタグランジンH2(PGH2)を経て、プロスタグランジン類(PGI2, PGD2, PGF2α, PGE2)、トロンボキサンA2(TXA2)が合成される。
また、アラキドン酸にリポキシゲナーゼが作用するとロイコトリエン合成系に入り、ロイコトリエンが合成される。
【0003】
プロスタサイクリン(PGI2)は、上記のようにアラキドン酸カスケードで合成されるが、その6,9-エポキシド構造は不安定であるため、短時間のうちに安定で顕著な生理活性のない6-ケトプロスタグランジンF(6-ketoprostaglandin F)になる。プロスタサイクリンの作用としては、血管拡張作用、血圧降下作用、血小板凝集抑制作用などが顕著で、トロンボキサンA2と拮抗しつつ循環系の生理的状態を保つと考えられている。プロスタサイクリンは血管内皮細胞によって合成されるが、特に肺の血管内皮細胞はプロスタサイクリン合成能が高く、肺循環の円滑化に働く。例えば、肺胞の酸素濃度の低下、心房圧の上昇の際には、プロスタサイクリンの合成量が増し、肺胞の血管抵抗を低下させ、肺血流量を増やすことが報告されている。肺高血圧症は心臓から肺に血液を送る肺動脈血管が細くなり血圧が高くなってしまう難病で、呼吸困難や心不全を引き起こす。肺高血圧症は治療が困難であるが、血管拡張剤で肺動脈圧を下げる治療が行われ、特に、プロスタサイクリン注射が現在最も効果のあるものとされている。
【0004】
上記のとおり、アラキドン酸カスケードにおいては、トロンボキサンやプロスタグランジン類の生合成にシクロオキシゲナーゼが関与するが、このシクロオキシゲナーゼを阻害する物質として、アスピリン、ポリフェノール類(クルクミン、クロロゲン酸、ルテオリンなど)などが報告されている(特許文献1、特許文献2)。従って、これらの物質は、シクロオキシゲナーゼの働きを抑制することによってプロスタグランジン類の生成を抑制する作用を有するものと考えられる。しかしながら、プロスタグランジン類の生成を促進する物質に関してはこれまで幾つかの報告があるものの、濃度によっては、反対に阻害作用を示すという複雑な様相を呈する。例えば、フラボノイド類の幾つかは、高濃度ではシクロオキシゲナーゼの活性を阻害し、低濃度では該活性を促進することが報告されている(非特許文献1)。また、チョコレートに含まれるフラボノイドの一種であるプロシアニジンはロイコトリエンの生成を抑制し、プロスタサイクリンの生成を促進することが報告されている(非特許文献2)。さらに、ロズマリン酸については、1mMの濃度でプロスタサイクリンの合成を阻害する一方、1μMから10μMの濃度では合成を促進すること(非特許文献3)、また、1mMの濃度でシクロオキシゲナーゼ活性が58%阻害されることが報告されている(非特許文献4)。従って、顕著なプロスタグランジン類の生成促進活性を有する物質にはついては存在しないのが現状である。
【0005】
一方、紅麹は、糸状菌の一種であるモナスカス(Monascus)属を用いて製造される麹であり、漢方薬として古くから利用されている。また、近年の研究で、コレステロール低下作用、血圧降下作用、血糖値低下作用などが動物試験により確認されている。紅麹のコレステロール低下作用の有効成分はモナコリンK(lovastatin とも呼ばれる)であり、血圧降下作用の有効成分はγ-アミノ酪酸であるとされている。しかし、紅麹のプロスタサイクリン生成促進活性については報告がない。
【0006】
【特許文献1】特開平7-238037号公報
【特許文献2】特開平10-36235号公報
【非特許文献1】ファーマコロジー(Pharmacology)、スイス、1992年、44巻、p.1-12
【非特許文献2】アメリカンジャーナル オブ クリニカルニュートリション(American Journal of Clinical Nutrition)、米国、2001年、73巻、p.36-40
【非特許文献3】バイオケミカル ファーマコロジー(Biochemical Pharmacology)、英国、1986年、35巻、p.1397-1400
【非特許文献4】フィトメディシン(Phytomedicine)、ドイツ、2000年、7巻、p.7-13
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、プロスタサイクリン生成促進活性を有する新たな物質を見出し、肺高血圧症などの治療に用いることできる安全性の高いプロスタサイクリン生成促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、紅麹発酵抽出物が血管内皮細胞に働いてプロスタサイクリンの生成を促進する効果を有することを見出した。また、この紅麹発酵抽出物にはクロマトグラフィーによる分画によって複数のペプチド混合物が含まれることも確認した。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 紅麹を主成分とする麹の発酵抽出物を有効成分として含有するプロスタサイクリン生成促進剤。
(2) 抽出物がメタノール抽出物である、(1)に記載のプロスタサイクリン生成促進剤。
(3)紅麹を主成分とする麹が、黄麹又は黒麹のいずれか1種、及び/又は糖化酵素を含むことを特徴とする、(1)又は(2)に記載のプロスタサイクリン生成促進剤。
(4) 麹の発酵抽出物が、配列表の配列番号1〜18で表わされるアミノ酸配列からなるペプチドの混合物である、(1)〜(3)のいずれかに記載のプロスタサイクリン生成促進剤。
(5) 配列表の配列番号1〜18で表わされるアミノ酸配列からなるペプチドのいずれか1種又は2種以上のペプチド、又はそれらの塩を有効成分として含む、プロスタサイクリン生成促進剤。
(6) (1)〜(5)のいずれかに記載のプロスタサイクリン生成促進剤と医薬上許容される担体を含む医薬。
(7) 肺高血圧症、高血圧症、血栓症の予防及び/又は治療用の(6)に記載の医薬。
(8) (1)〜(5)のいずれかに記載のプロスタサイクリン生成促進剤を含む食品。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、紅麹発酵抽出物を有効成分とするプロスタサイクリン生成促進剤が提供される。本発明の有効成分は天然物由来であり安全性が高い。本発明のプロスタサイクリン生成促進剤は、血管内皮細胞に作用してプロスタサイクリン生成を促進し、血管拡張、血圧降下、血小板凝集抑制などの効果を発揮する。従って、本発明のプロスタサイクリン生成促進剤は、肺高血圧、高血圧症、血栓症などの疾患の治療及び/又は予防用医薬として有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のプロスタサイクリン生成促進剤は、紅麹を主成分とする麹の発酵抽出物(以下、「紅麹発酵抽出物」という)を有効成分として含有する。
【0012】
本発明の有効成分である「紅麹発酵抽出物」は、例えば下記のようにして製造することができる。
まず、種麹となる紅麹は、蒸し米などに紅麹菌を散布して培養するという通常の方法にて行うことができる。ここで、「種麹」とは、蒸し米などに麹菌の胞子をふりかけ、2〜10日間程度培養し、胞子を十分に着生させた後、乾燥させたものいう。形状は粒状あるいは粉状のいずれでもよい。
【0013】
紅麹菌としては、モナスカス属(Monascus)に属するものであればいずれの菌も用いることができ、例えば、モナスカス・プルプレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・アンカ(Monascus anka)、モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus)、あるいは、それらの変種・変異株などが挙げられる。
【0014】
次に、得られた紅麹を種麹として澱粉質原料と混合して好気発酵させる。ここで、種麹として紅麹は単独で用いることもできるが、液化を容易にし、発酵を安定して促進させるため、黄麹又は黒麹のいずれか1種、及び/又は糖化酵素を併用することが好ましい。黄麹又は黒麹の調製は、麹菌として黄麹菌又は黒麹菌をそれぞれ用いる以外は、上記の赤麹の製法に従って行えばよい。黄麹菌としては、アスペルギルス・オリーゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、黒麹菌としてはアスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・サイトイ(Aspegillus saitoi)を用いることができる。
【0015】
また、他の麹を併用する場合、例えば、黄麹を併用する場合であれば、紅麹と黄麹の割合は、1:1〜10:1が好ましく、両者をあらかじめ混合してもよい。また、糖化酵素の使用量は、麹全体に対して例えば酵素製剤としては0.1〜1重量%程度が好ましい。
【0016】
種麹の植付けに供する澱粉質原料はしては、米類、麦類、豆類、雑穀類、などの各種の穀類であればいずれも用いることができる。澱粉質原料は、水炊き処理(水を加えて加熱して炊き上げる)されたものでも、蒸煮処理されたものでもいずれでもよいが、水炊き処理されたものが好ましい。澱粉質原料としては、具体的には、精白米、玄米、麦、粟、コウリヤン、ソバ、トウモロコシ、大豆、小豆などが挙げられ、更にそれらの加工品や穀類精製時に生じる副産物、例えばパン粉やふすまも用いることができる。これらは単独でも、2種類以上を併用してもよい。さらに、この澱粉質原料には所望により、各種の炭素源、窒素源、無機質、ビタミン等を加えてもよい。
【0017】
澱粉質原料への種麹の添加量は、例えば、澱粉質原料に対して1〜10%が好ましく、1〜5%がより好ましい。
【0018】
好気発酵の条件としては、発酵可能な温度に保持し、空気との接触ができる条件であればよい。例えば、発酵温度としては、30〜60℃が好ましく、40〜50℃がより好ましい。また、発酵中の湿度は、50〜99%が好ましく、麹及び穀類が乾燥しない程度に保てばよい。発酵は上記の温度及び湿度を保持できる恒温機内で、24〜48時間程度行う。また、発酵中は、連続的に又は間欠的に切り返し(攪拌)を行い、酸素が万遍なく行き渡るようにすることが好ましい。
【0019】
得られた麹発酵物は、常法により乾燥して乾燥物とするか、所望により粉砕して乾燥粉砕物の形態にしたあと、溶媒抽出する。
抽出方法としては、特に制限はなく、加熱・還流する方法、溶媒を添加して攪拌後一定時間室温に放置する方法等の常法を用いることができる。
【0020】
抽出に用いる溶媒としては、親水性溶媒、親油性溶媒の別を問わずいずれの溶媒をも用いることができるが、好ましくは、親水性溶媒であり、中でもメタノールが好適に用いられる。ここで親水性溶媒とは、水に溶解又は混和しうる溶媒をいい、具体的には、炭素数1〜4の低級アルコール(例えばメタノール,エタノール,プロパノール,イソプロパノール,ブタノール等)、アセトン等が例示される。また、親油性溶媒とは、水に溶解も混和もしない溶媒をいい、具体的には、炭素数5〜8の炭化水素(例えば、ヘキサン,ヘプタン,ベンゼン,トルエン等)、クロロホルム、酢酸エチル、ジエチルエーテル、ジクロロメタン四塩化炭素、アセトニトリル等が例示される。これらの抽出溶媒は、1種でもよく、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0021】
抽出物は、その純度についても特に制限されず、上記の抽出処理をした後、必要により冷却し、濾過又は遠心分離等により不溶物を除去し、得られる粗抽出液を減圧下で濃縮乾固したものでもよく、また、該抽出物を更に各種のクロマトグラフィー等により精製したものでもよい。
【0022】
上記のようにして調製した紅麹発酵抽出物は、陽イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーにより分画し、回収した活性画分を減圧下で濃縮乾固することにより、下記のアミノ酸配列からなるペプチドが含まれることが確認できた(後記実施例2)。
【0023】
Lys-Thr-Asn-Pro-Asn(配列番号1)
Pro-Ala-Gly-Val-Ala-His(配列番号2)
Val-Ser-His(配列番号3)
Val-Ala-His(配列番号4)
Val-Glu-Gln(配列番号5)
Ile-His-Gln-Thr(配列番号6)
Thr-Gly-Arg(配列番号7)
Ile-His(配列番号8)
Leu-Pro-His(配列番号9)
Ala-Tyr(配列番号10)
Thr-Tyr-Asn-Pro-Arg(配列番号11)
Ile-Ile-His(配列番号12)
His-Asp-Lys(配列番号13)
Val-Arg(配列番号14)
Leu-Lys-His(配列番号15)
Arg-Ile-Ser(配列番号16)
Ile-Val-Arg(配列番号17)
Val-Ile-Arg(配列番号18)
【0024】
従って、本発明によれば、上記のペプチドのいずれか1種又は2種以上のペプチドを有効成分として含む、プロスタサイクリン生成促進剤もまた提供される。
【0025】
上記のペプチドは遊離形態であってもよいが、酸付加塩又は塩基付加塩であってもよい。酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩などの鉱酸塩;クエン酸塩、シュウ酸酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などの金属塩;アンモニウム塩;メチルアンモニウム塩、トリエチルアンモニウム塩などの有機アンモニウム塩を挙げることができる。
【0026】
上記のペプチドは、後記実施例2に従い、紅麹発酵抽出物からクロマトグラフィーにより分画精製することにより製造できるが、公知のペプチド合成の常法に従って合成できる。例えば「ザ.ペプチド (The Peptides)」第1巻(1966年) [Schreder and Luhke 著、Academic Press, New York, U.S.A.] 、あるいは「ペプチド 合成」[泉屋ら著、丸善株式会社(1975年)]の記載に従い、具体的には、アジド法、酸クロライド法、酸無水物法、混合酸無水物法、DCC法、活性エステル法(P-ニトロフエニルエステル法、N−ヒドロキシコハク酸イミドエステル法、シアノメチルエステル法など)、ウッドワード試薬Kを用いる方法、カルボイミダゾール法、酸化還元法、DCC−アディティブ(HONB、HOBt、HOSu)法など、各種の方法により合成することができる。これらの方法は、固相合成及び液相合成のいずれにも適用できる。
【0027】
固相法では市販の各種ペプチド合成装置を利用することができる。必要に応じて、官能基の保護及び脱保護を行うことにより効率的に合成を行うことができる。保護基の導入及び脱離方法については、例えば、プロテクティブ・グループス・イン・オーガニック・シンセシス(Protective Groups in Organic Synthesis)、グリーン(T. W. Greene)著、ジョン・ワイリー・アンド・サンズ・インコーポレイテッド(John Wiley & Sons, Inc.)(1981年)などを参照することができる。
【0028】
得られたペプチドは、通常の方法に従い脱塩、精製することができる。例えば、DEAE−セルロースなどのイオン交換クロマトグラフィー、セファデックスLH-20 、セファデックスG-25 などの分配クロマトグラフィー、シリカゲルなどの順相クロマトグラフィー、ODS−シリカゲルなどの逆相クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーなどが挙げられる。
【0029】
上記の紅麹発酵抽出物は、プロスタサイクリン生成を促進する作用を有する。従って、上記の紅麹発酵抽出物、あるいは該抽出物由来のペプチド混合物は、そのままプロスタサイクリン生成促進剤として利用できる。本発明のプロスタサイクリン生成促進剤における紅麹発酵抽出物又はペプチド混合物の含有量は、投与目的、投与経路、剤形等によって適宜変更し得るが、例えば、製剤全重量に対して0.1〜90重量%とする。
【0030】
また、上記のプロスタサイクリン生成促進剤は、公知の種々の方法にて各種製剤形態に調製し、プロスタサイリン生成の促進によって血流が改善される疾患の予防及び/又は治療用医薬として用いることができる。
【0031】
かかる疾患としては、例えば、肺高血圧症、高血圧症、血栓症、動脈硬化症、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、などが挙げられるが、これらに限定はされない。本発明の医薬は上記疾患の発症を抑制する予防薬として、及び/又は、正常な状態に改善する治療薬として機能する。
【0032】
各種製剤形態に調製した本発明の医薬は、各経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる。本発明の医薬を経口投与する場合は、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、内用水剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等に製剤化するか、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよい。また、本発明の医薬を非経口投与する場合は、静脈内注射剤(点滴を含む)、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤、皮下注射剤、坐剤などに製剤化し、注射用製剤の場合は単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態で提供される。
【0033】
これらの各種製剤は、製剤上通常用いられる賦形剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤、等張化剤等などを適宜選択し、常法により製造することができる。また、医薬組成物中、有効成分の含有量は、前記製剤における有効含有量が好ましい。
【0034】
また、上記各種製剤において、医薬上許容される担体の例として、水、医薬上許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトースなどが挙げられる。これらの担体は、剤型に応じて上記の中から適宜又は組み合わせて選択される。
【0035】
本発明の医薬は、前述の疾患の予防及び/又は治療用医薬として用いる場合、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ等の哺乳動物に対して非経口的に又は経口的に安全に投与することができる。本発明の医薬の投与量は、疾患の種類、投与対象の年齢、性別、体重、症状の程度、又は投与方法などに応じて適宜決定することができる。例えば、軽症の高血圧症患者に経口投与する場合には、体重1kg当たり1mg〜200mgの範囲で1日1回から数回に分けて投与される。
【0036】
本発明のプロスタサイクリン生成促進剤は医薬として用いるほか、慣用の手段を用いて、食用に適した形態、例えば、顆粒状、粒状、錠剤 、カプセル、ペーストなどに成形して種々の食品に配合して特定保健用食品又は機能性食品として用いることができる。食品の種類としては特に限定はされないが、ハム、ソーセージなどの食肉加工食品、かまぼこ、ちくわなどの水産加工食品、菓子類、清涼飲料、乳酸飲料、もろみ酢が挙げられる。本発明のプロスタサイクリン生成促進剤はまた、ペットフード、飼料などに添加してペットや家畜の高血圧改善、血流改善に用いることもできる。
【0037】
本発明のプロスタサイクリン生成促進剤の食品への配合量としては、特に限定はされないが、例えば、有効成分である紅麹発酵抽出物が1.0〜100重量%含有されるように配合すればよい。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0039】
(実施例1) 紅麹発酵抽出物の調製
炊飯器を用いて白米を普通のかたさで炊飯した。炊き上がった米飯1kgに対して30gの紅麹と10gの米麹(黄麹)を種麹として混合し、これを恒温機に入れ、温度を50℃、湿度を60%に保持しながら通気性条件で8時間好気発酵を行った。ここで、発酵中の米飯を切り返し、万遍なく酸素がいきわたるようにした。その後、前記と同じ条件で好気発酵をさらに8時間行い、再度、切り返しを行い、更に好気発酵を8時間行い、もろみ様の紅麹1.04kgを得た。
得られたもろみ様の紅麹を凍結乾燥機にて乾燥し、粉砕機によって凍結乾燥粉末428.5gを得た。
【0040】
上記の凍結乾燥粉末のうち20gにメタノール400mlを加えて、電磁スターラーにより400rpm、60分間攪拌した。次いで、濾紙(アドバンテック東洋製濾紙、NO.2、直径30cm)を用いて濾過することによって不溶物を除去し、濾液を回収した。濾液をロータリエバポレーターで濃縮し、さらに真空ポンプにて減圧下で乾燥することにより、紅色の粉末11gを本発明の紅麹発酵抽出物として得た。
【0041】
(実施例2) 紅麹発酵抽出物からのペプチドの精製
実施例1で得られた紅麹発酵抽出物の凍結乾燥粉末4gを20mLの水に溶解させたのち、SPトヨパール650Mカラム(16×650mm;東ソー社製)に負荷し、蒸留水を流して非吸着活性画分を除去した後、0〜1mol/Lの塩化ナトリウム水溶液の直線濃度勾配によりペプチドを溶出した。280nmの紫外部吸収によるモニターで、それぞれ0.5 mol/L(ピークA)、0.63 mol/L(ピークB)、0.7 mol/L mol/L(ピークC) 0.8 mol/L mol/L(ピークD)の塩化ナトリウム水溶液で溶出される位置に大きなピークがあり、それらを回収した。
【0042】
前記回収ピークを、それぞれ、Develosil C30-UGカラム( 4.6mm x 250mm、野村化学社製)を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で、0.1%トリフルオロ酢酸を含む0〜60%のアセトニトリル水溶液の直線濃度勾配溶出(流速1mL/min、0〜60%の勾配を40分間で行なう)により分画した。ピークAを分画することにより、10.5分、13.2分の保持時間に溶出されるピークA-10.5、A-13.2を回収した。ピークBを分画することにより、9.8分、10.2分、10.7分、11.6分の保持時間に溶出されるピークB-9.8、B-10.2、B-10.7、B-11.6を回収した。ピークCを分画することにより、8.8分、10.4分、11.9分、14.2分、14.8分、15.3分の保持時間に溶出されるピークC-8.8、C-10.4、C-11.9、C-14.2、C-14.8、C-15.3を回収した。ピークDを分画することにより、8.2分、10.1分、12.1分、12.7分、13.9分、14.3分の保持時間に溶出されるピークD-8.2、D-10.1、D-12.1、D-12.7、D-13.9、D-14.3を回収した。このようにして精製した各ペプチドの構造は、プロテインシークエンサー491型(アプライドバイオシステムズ社)により解析したところ、ピークA-10.5のペプチドはLys-Thr-Asn-Pro-Asn:配列番号1(4 nmol)で表されるアミノ酸配列からなるペプチドであり、A-13.2、B-9.8、B-10.2、B-10.7、B-11.6、C-8.8、C-10.4、C-11.9、C-14.2、C-14.8、C-15.3、D-8.2、D-10.1、D-12.1、D-12.7、D-13.9、D-14.3のペプチドはそれぞれPro-Ala-Gly-Val-Ala-His:配列番号2(21 nmol)、Val-Ser-His:配列番号3(190 nmol)、Val-Ala-His:配列番号4(33 nmol)、Val-Glu-Gln:配列番号5(21 nmol)、Ile-His-Gln-Thr:配列番号6(53 nmol)、Thr-Gly-Arg:配列番号7(4 nmol)、Ile-His:配列番号8(20 nmol)、Leu-Pro-His:配列番号9(10 nmol)、Ala-Tyr:配列番号10(35 nmol)、Thr-Tyr-Asn-Pro-Arg:配列番号11(9 nmol)、Ile-Ile-His:配列番号12(13 nmol)、His-Asp-Lys:配列番号13(4 nmol)、Val-Arg:配列番号14(14 nmol)、Leu-Lys-His:配列番号15(10 nmol)、Arg-Ile-Ser:配列番号16(6 nmol)、Ile-Val-Arg:配列番号17(17nmol)、Val-Ile-Arg:配列番号18(24 nmol)で表されるアミノ酸配列からなるペプチドであることが分かった。なお、上記の括弧内の数値は回収されたペプチド量を示すが、精製ペプチドの純度を高めるためにHPLCピークの上部のみを回収したものであり、実際の含有量は10倍以上になると予想される。
【0043】
(試験例1) ウシ大動脈内皮細胞におけるプロスタサイクリン生成促進活性
ウシ大動脈内皮細胞[継代数2、25 cm2培養フラスコ入り、大日本製薬(セルシステムズ社)より購入]をCS-C培地(D-MEM培地とハムF12培地を1:1に等比混合した培地に、10%ウシ胎児血清、15mM HEPES、Acidic FGF、ヘパリンを添加した培地、セルシステムズ社より購入)に分散させ、コラーゲンをコーティングした24穴(1穴2cm2)のプレート1枚に添加して、5% CO2存在下、37℃で3日間の培養を行った。次にプレートの各穴の培地を捨て、1mlのKrebs-Ringer bicarbonate (KRB)緩衝液(129 mM NaCl, 5 mM NaHCO3, 4.8 mM KCl, 1.2 mM KH2PO4, 1.0 mM CaCl2, 1.2 mM MgSO4, 2.8 mM glucose, 0.1% bovine serum albumin, 10 mM HEPES, pH 7.4)にて各穴を2回洗浄した。その後、360μl のKRB緩衝液に40μlの試料(10, 20, 40 mg/mlの紅麹発酵抽出物)、ポジティブコントロールとして10μMカルシウムイオノフォアA23187、コントロールとして蒸留水)を加えた溶液400μlを各穴に添加し、5%CO2存在下、37℃で20分間静置した。なお、試料添加時における細胞数は1穴あたり2.2 x 105個である。その後、上清300μlを回収して、遠心により混入した細胞を除去した。
【0044】
プロスタサイクリンの6,9-エポキシド構造は不安定で、安定な6-ケトプロスタグランジンFに変換されるため、上清中の6-ケトプロスタグランジンF量を、6-ケトプロスタグランジンFELISAシステム(アマシャムバイオサイエンス社より購入)を用いた酵素免疫測定法により測定した。その結果を表1に示す。表1中、6-ケトプロスタグランジンF量は、蒸留水(コントロール)添加時の6-ケトプロスタグランジンF量を100%とし、n=4の平均値(平均値±標準偏差)で示した。また、群間に有意差が認められた場合はp<0.05、**p<0.01、***p<0.001で示した。
紅麹発酵抽出物にはプロスタサイクリン生成促進効果が認められた。
【0045】
【表1】

【0046】
(試験例2) ブタ大動脈内皮細胞におけるプロスタサイクリン生成促進活性
試験例1と同様に24穴のマイクロプレートにて培養したブタ大動脈内皮細胞[継代数2、25 cm2培養フラスコ入り、大日本製薬(セルシステムズ社)より購入]の各穴をKRB緩衝液で2回洗浄し、360μl のKRB緩衝液に40μlの試料(5, 10, 20, 40 mg/mlの紅麹発酵抽出物)、ポジティブコントロールとして10μMカルシウムイオノフォアA23187、コントロールとして蒸留水)を加えた溶液400μlを各穴に添加し、5%CO2存在下、37℃で20分間又は60分間静置した。試料添加時における細胞数は1穴あたり4.0 x 105個である。その後、上清300μlを回収して、遠心により混入した細胞を除去したのち、上清中の6-ケトプロスタグランジンF濃度を試験例1と同様にして測定した。試料添加後20分間に溶液中へ放出された6-ケトプロスタグランジンF量を表2に、また、試料添加後60分間に溶液中へ放出された6-ケトプロスタグランジンF量を表3にそれぞれ示す。表2、3中、6-ケトプロスタグランジンF量は、蒸留水(コントロール)添加時の6-ケトプロスタグランジンF量を100%とし、n=4の平均値(平均値±標準偏差)で示した。また、群間に有意差が認められた場合はp<0.05、**p<0.01、***p<0.001で示した。紅麹発酵抽出物にプロスタサイクリン生成促進効果が認められた。
【0047】
【表2】

【0048】
【表3】

【0049】
(試験例3) ラットへの紅麹発酵抽出物投与による血中プロスタサイクリン濃度上昇の測定
10週齢の雄のWistarラット18匹(平均体重352g)をA、Bの2群に分け、A群は対照として0.5%メチルセルロース溶液を、B群はの紅麹発酵抽出物を懸濁した0.5%メチルセルロース溶液を、それぞれ体重1kg当たり5ml、1日1回(午前10時半に)4日間強制経口投与した。紅麹メタノール抽出物の投与量は500mg/kg体重とした。
【0050】
最終回経口投与3時間後、全身麻酔下で後大静脈より採血した。血液は直ちに氷温に保持し、2g/ml EDTA2Na、2mMインドメタシン溶液を血液の1/10量添加し、1300g×10分にて遠心分離して血漿を採取した。次に、それぞれの血漿0.5mL を固相カートリッジ(ウオーターズ社OASIS HLB 6cc 0.2g)に添加し、プロスタサイクリンが変換された6-ケトプロスタグランジンFを80% アセトニトリル + 0.1% TFAで抽出し、減圧下で乾固し、蒸留水1mlに溶解した。溶液中の6-ケトプロスタグランジンF濃度の測定は、試験例1と同様にして行った。結果を表4に示す。投与終了日の平均体重はA群で367g、B群で368gと差はないが、血漿中の6-ケトプロスタグランジンF濃度はB群で上昇傾向が認められた。
【0051】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
紅麹を主成分とする麹の発酵抽出物を有効成分として含有するプロスタサイクリン生成促進剤。
【請求項2】
抽出物がメタノール抽出物である、請求項1に記載のプロスタサイクリン生成促進剤。
【請求項3】
紅麹を主成分とする麹が、黄麹又は黒麹のいずれか1種、及び/又は糖化酵素を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載のプロスタサイクリン生成促進剤。
【請求項4】
麹の発酵抽出物が、配列表の配列番号1〜18で表わされるアミノ酸配列からなるペプチドの混合物である、請求項1〜3のいずれかに記載のプロスタサイクリン生成促進剤。
【請求項5】
配列表の配列番号1〜18で表わされるアミノ酸配列からなるペプチドのいずれか1種又は2種以上のペプチド、又はそれらの塩を有効成分として含む、プロスタサイクリン生成促進剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のプロスタサイクリン生成促進剤と医薬上許容される担体を含む医薬。
【請求項7】
肺高血圧症、高血圧症、血栓症の予防及び/又は治療用の請求項6に記載の医薬。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれかに記載のプロスタサイクリン生成促進剤を含む食品。

【公開番号】特開2006−248976(P2006−248976A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−67215(P2005−67215)
【出願日】平成17年3月10日(2005.3.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(595102178)沖縄県 (36)
【出願人】(594015587)合資会社あさひ (3)
【Fターム(参考)】