説明

プロセシンググルコシダーゼ阻害剤

【課題】植物に由来する安定性および安全性の高い成分を有効成分として含有する新規なプロセシンググルコシダーゼ阻害剤を提供すること。
【解決手段】サラシノールを有効成分として含有する、プロセシンググルコシダーゼ阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロセシンググルコシダーゼ阻害剤、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤、並びにチロシナーゼ成熟阻害剤に関する。より詳細には、本発明は、サラシノールを有効成分として含有するプロセシンググルコシダーゼ阻害剤、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤、並びにチロシナーゼ成熟阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
プロセシンググルコシダーゼは、糖鎖プロセッシングに関与する酵素として知られている。プロセシンググルコシダーゼ阻害剤は、各種疾患の治療に有用であることが報告されている。例えば、ある種のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)等に対する抗ウイルス剤や、低血糖症、高リポ蛋白血症などの消化管疾患治療剤としてのその潜在的用途が報告されている(特許文献1、非特許文献1)。さらにプロセシンググルコシダーゼは、正常細胞からガン細胞への形質転換、腫瘍細胞の浸潤および移動に関与しており、グルコシダーゼ阻害剤を使用することは、癌の治療にも有用であることが示唆されている(特許文献2)。
【0003】
一方、後記の式(1)で表されるサラシノールは、サラシア属植物から発見された化合物である。サラシア属植物の根や幹はインドの伝承医学アーユルヴェーダにおいて糖尿病の予防や初期治療に有効であることが伝承されている。サラシノールの生理活性については、小腸由来αグルコシダーゼ活性阻害作用が報告されているが(非特許文献2)、用途も食品または糖尿病治療薬への応用とされているのみで、糖鎖プロセシングに関する報告は見られない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平7−91309号公報
【特許文献2】特表2006−513178号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Appl. Glycosci., 53. 149-154. 2006
【非特許文献2】J. Trad. Med. 22(Suppl.1), 145-153, 2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、植物に由来する安定性および安全性の高い成分を有効成分として含有する新規なプロセシンググルコシダーゼ阻害剤、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤、並びにチロシナーゼ成熟阻害剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、サラシア属植物などの抽出物に含まれるサラシノールが、プロセシンググルコシダーゼ阻害作用、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害作用、並びにチロシナーゼ成熟阻害作用を示すことを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0008】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1] 下記式(1)で表される化合物を有効成分として含有する、プロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
【化1】

【0009】
[2] プロセシンググルコシダーゼが、小胞体におけるグルコシダーゼIまたはグルコシダーゼIIである、[1]に記載のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
[3] 糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤として使用する、[1]又は[2]に記載のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
[4] 糖タンパク質が、チロシナーゼ、チロシナーゼ関連蛋白TRP1、又はチロシナーゼ関連蛋白TRP2である、[3]に記載のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
[5] チロシナーゼ成熟阻害剤として使用する、[1]から[4]の何れか1項に記載のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
【0010】
[6] 下記式(1)で表される化合物を有効成分として含有する、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤。
【化2】

[7] 糖タンパク質が、チロシナーゼ、チロシナーゼ関連蛋白TRP1、又はチロシナーゼ関連蛋白TRP2である、[6]に記載の糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤。
【0011】
[8] 下記式(1)で表される化合物を有効成分として含有する、チロシナーゼ成熟阻害剤。
【化3】

【0012】
本発明によればさらに、プロセシンググルコシダーゼ阻害剤の製造のための、式(1)で表される化合物の使用が提供される。
本発明によればさらに、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤の製造のための、式(1)で表される化合物の使用が提供される。
本発明によればさらに、チロシナーゼ成熟阻害剤の製造のための、式(1)で表される化合物の使用が提供される。
【0013】
本発明によればさらに、式(1)で表される化合物を投与対象者に投与することを含む、プロセシンググルコシダーゼを阻害する方法が提供される。
本発明によればさらに、式(1)で表される化合物を投与対象者に投与することを含む、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシングを阻害する方法が提供される。
本発明によればさらに、式(1)で表される化合物を投与対象者に投与することを含む、チロシナーゼ成熟を阻害する方法が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明の阻害剤は、効果的なプロセシンググルコシダーゼ阻害作用、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害作用、並びにチロシナーゼ成熟阻害作用を示し、例えば、抗ウイルス剤(抗HIV剤、抗インフルエンザウイルス剤など)、抗癌剤、美白剤などとして有用である。本発明における有効成分は、サラシア属植物などの植物に由来する成分であるため、安定性および安全性が高い。本発明の阻害剤は、例えば、医薬品や医薬部外品、又は化粧品として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、サラシノールのMSスペクトルを示す。
【図2】図2は、サラシノールの1H-NMRスペクトルを示す。
【図3】図3は、小胞体での糖タンパク質プロセシングを示す。
【図4】図4は、プロセシンググルコシダーゼI/II活性阻害試験の結果を示す。a;HepG2細胞由来グルコシダーゼI活性に対するサラシノールの阻害作用b;HepG2細胞由来グルコシダーゼII活性に対するサラシノールの阻害作用c;マウス小腸細胞由来グルコシダーゼI活性に対するサラシノールの阻害作用d;マウス小腸細胞由来グルコシダーゼII活性に対するサラシノールの阻害作用G3M9;Glc3Man9GlcNAc2、G2M9;Glc2Man9GlcNAc2、GM9;Glc1Man9GlcNAc2、M9;Man9GlcNAc2A-;サラシノール添加なし、A+;サラシノール添加あり
【図5】図5は、ヒト正常メラノサイト由来チロシナーゼの糖鎖消化試験の結果を示す。
【図6】図6は、ヒト正常メラノサイト由来TRP-1の糖鎖消化試験の結果を示す。
【図7】図7は、ヒト正常メラノサイト由来TRP-2の糖鎖消化試験の結果を示す。
【図8】図8は、DOPA染色(A)及びチロシナーゼウェスタンブロット(B)の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態についてさらに具体的に説明する。
本発明のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤、並びにチロシナーゼ成熟阻害剤(以下、これらを総称して、本発明の阻害剤とも称する)は、下記式(1)で表される化合物を有効成分として含有する。
【化4】

【0017】
式(1)で表される化合物は、サラシノールと呼ばれ、サラシア属植物又はその抽出物から既知の方法、例えば、分取クロマトグラフィーを用いて単離精製して得ることができる。
【0018】
サラシア属植物とは、主としてインドや東南アジア地域に自生するデチンムル科の植物で、より具体的にはサラシア・レティキュラータ(Salacia reticulata)、サラシア・オブロンガ(Salacia oblonga)、サラシア・プリノイデス(Salacia prinoides)、サラシア・キネンシス(Salacia chinensis)、サラシア・ラティフォリア(Salacia latifolia)、サラシア・ブルノニアーナ(Salacia burunoniana)、サラシア・グランディフローラ(Salacia・grandiflora)、サラシア・マクロスペルマ(Salacia macrosperma)から選ばれる1種類以上の植物が用いられる。
【0019】
サラシア属植物の抽出物とは、根、幹、葉、花、果実など可食部の粉砕物、乾燥物、抽出物またはその乾燥粉末(エキス末)などを意味する。1種類以上の部位を混合して使用しても良い。より好ましくは根、幹から抽出したエキス末が用いられる。
【0020】
該エキス末は、前述の可食部等から溶媒抽出によって得られたものを乾燥させたものである。抽出溶媒としては、水、またはメタノール、エタノールを初めとするアルコール類、あるいは水とアルコール類またはアセトンなどのケトン類との混合溶媒から選択されてよい。好ましくは水、アルコール、含水アルコールを用いる。より好ましくは、抽出溶媒として熱水もしくはエタノールあるいは含水エタノールを用いる。前記含水アルコールのアルコール濃度は、30〜90質量%、好ましくは40〜70質量%の濃度のものを使用すればよい。乾燥方法は噴霧乾燥、凍結乾燥などが挙げられるが、これに限られるものではない。
【0021】
また、既知の合成法、例えば特開2009−528299号(国際公開WO2007/098567号)に記載の方法等を用いて合成したものを使用することもできる。
【0022】
本発明のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤が阻害するプロセシンググルコシダーゼとしては、好ましくは小胞体におけるグルコシダーゼIまたはグルコシダーゼIIである。本発明の阻害剤は、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤として使用することができる。ここで言う糖タンパク質の種類は特に限定されないが、好ましくはチロシナーゼ、チロシナーゼ関連蛋白TRP1、又はチロシナーゼ関連蛋白TRP2などを挙げることができる。さらに本発明の阻害剤は、チロシナーゼ成熟阻害剤として使用することができる。
【0023】
本発明の阻害剤における有効成分であるサラシノールの配合量は、組成物の総量を基準として0.0005〜10.0質量%(以下、単に%と記する)とすることが好ましい。0.0005質量%未満の配合量では、本発明の目的とする効果が十分でなく、また、10.0質量%を超えて配合してもその増加分に見合った効果の向上がなく好ましくない。
【0024】
本発明の阻害剤には、上記有効成分の他に細胞賦活剤/代謝活性化剤、抗酸化剤、活性酸素消去剤/ラジカル生成抑制剤、抗炎症剤/消炎剤、その他、植物系原料、動物系原料その他天然物原料等を由来とするエキスや代謝物等成分、又は種々の化合物を適宜含有させることができる。
【0025】
細胞賦活剤/代謝活性化剤としては、ビタミンA群、ビタミンB群、ビタミンC群、ビタミンD群、ビタミンE群、ビタミンF群、ビタミンP群、ビタミンL群、ビタミンU群等が挙げられる。
【0026】
抗酸化剤としては、アスコルビン酸又はその塩並びにそれらの誘導体、ステアリン酸エステル、トコフェロール又はその塩並びにそれら誘導体、トコトリエノール又はその塩並びにそれらの誘導体、ジヒドロピリジン誘導体、ベンゾクロマン誘導体、ノルジヒドログアセレテン酸、ブチルヒドロキシトルエン(BHT)、ブチルヒドロキシアニソール(BHA)、ヒドロキシチロソール、パラヒドロキシアニソール、没食子酸プロピル、セサモール、セサモリン、ゴシポール、マリチメイン、スルフレチン、カフェオイルキナ酸類、プロポリス、カロテノイド類(α-カロテン、β-カロテン、γ-カロテン、リコペン、ルテイン、ビオラキサンチン、スピリロキサンチン、スフェロイデン、アスタキサンチン等)が挙げられる。これらのうち、トコフェロール又はその塩並びにそれら誘導体、アスタキサンチンが特に好ましい。
【0027】
活性酸素消去剤/ラジカル生成抑制剤としては、カテキン、カテキン誘導体、ルチン又はその誘導体、没食子酸又はその塩並びにそれらの誘導体、クルクミン又はその塩並びにそれらの誘導体、コエンザイムQ等が挙げられる。
【0028】
抗炎症剤/消炎剤としては、フタルイミド誘導体、フルルビプロフェン、フェルビナク、ブフェキサマク、スプロフェン、キノリノン誘導体、ジベンゾオキセピン誘導体、チオトロポシン、グリチルリチン酸又はその塩並びにそれらの誘導体等が挙げられる。
【0029】
植物系原料由来の成分としてはベリーエキス、マルベリーエキス、、レモングラスエキス、ロウヤシエキス、ローガンベリーエキス、シロバナツタエキス、シンコナサクシルブラエキス、スイムベリーエキス、スターアップルエキス等の植物エキス等が挙げられる。
【0030】
動物系原料由来の成分としては、牛、豚、豚又は牛の胃、十二指腸、腸、脾臓のエキスもしくはその分解物、牛又は豚の脳組織のエキス、水溶性コラーゲン、アシル化コラーゲン等のコラーゲン誘導体、コラーゲン加水分解物、エラスチン、エラスチン加水分解物、水溶性エラスチン誘導体、ケラチン及びその分解物又はそれらの誘導体、シルク蛋白及びその分解物又はそれらの誘導体、牛乳、カゼイン及びその分解物又はそれらの誘導体、脱脂粉乳及びその分解物又はそれらの誘導体、ラクトフェリン又はその分解物、鶏卵成分、魚肉分解物等が挙げられる。
【0031】
本発明の阻害剤を化粧料として使用する場合、エデト酸二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、グルコン酸等の金属封鎖剤、カフェイン、タンニン、ベラパミル、トラネキサム酸およびその誘導体、甘草抽出物、グラブリジン、火棘の果実の熱水抽出物、各種生薬、酢酸トコフェロール、グリチルリチン酸およびその誘導体またはその塩等の薬剤、ビタミンC、アスコルビン酸リン酸マグネシウム、アスコルビン酸グルコシド、アルブチン、コウジ酸、アルコキシサリチル酸および/またはその塩類等の美白剤を含有させることができる。
【0032】
本発明の阻害剤の投与方法としては、経口投与又は非経口投与の何れでもよい。
【0033】
本発明の阻害剤の投与対象は特に限定されず、ヒトを含む哺乳類、鳥類又は魚類などの動物を対象とすることができる。本発明の阻害剤は、食品(飲料を含む)、食品材料、医薬部外品、医薬品、医薬品材料、医薬部外品材料であってもよい。
【0034】
本発明の阻害剤に配合することができる他の成分としては、経口投与剤又は非経口投与剤として薬学的若しくは食品衛生上許容される各種の担体、例えば賦形剤、滑沢剤、安定剤、分散剤、結合剤、希釈剤、香味料、甘味料、風味剤、着色剤などを例示することができる。
【0035】
本発明の阻害剤の形態は、本発明の効果を奏するものである限り特に限定されず、例えば、錠剤、丸剤、顆粒剤、細粒剤、咀嚼剤、カプセル剤(ハードカプセル、ソフトカプセルに充填されたもの)、液剤、チュアブル剤、飲料等が挙げられる。その他の食品の形態であってもよい。これらの投与形態は、当該分野で通常知られた慣用的な方法を用いて調製することができる。なお、錠剤、丸剤及び顆粒剤の場合、必要に応じて慣用的な剤皮を施した剤形、例えば糖衣錠,ゼラチン被包剤、腸溶被包剤、フィルムコーティング剤等とすることもでき、また錠剤は二重錠等の多層錠とすることもできる。
【0036】
本発明の阻害剤には、上記の他にビタミン、ビタミン様物質、タンパク質、アミノ酸、油脂、有機酸、炭水化物、植物由来原料、動物由来原料、微生物、食品用添加物、医薬品用添加物等、経口摂取可能な成分を適宜含有させることができる。
【0037】
また、本発明の阻害剤は、例えば、美白を目的として皮膚に塗布して使用してもよい。その場合、本発明の阻害剤は化粧料として使用することができ、あるいは入浴剤として用いてもよい。剤型としては、一般に用いられる水溶液、W/O型又はO/W型エマルション、適当な賦形剤等を用いて顆粒剤その他の粉末、錠剤等とすることができる。具体的には、液剤、湿布剤、塗布剤、ゲル剤、クリーム剤、乳液、パック、ジェル、スティック、シート、パップ、エアゾール剤、ローション剤、粉剤、泡剤、化粧水、ボディーソープ、石鹸、粧料などを挙げることができる。
【0038】
本発明の阻害剤の投与量は、症状の度合いなどに応じて適宜設定することができる。一般的には、活性成分の量として、0.1mg〜1g/体重kg/日投与量で投与することができるが、特に限定されるものではない。また皮膚に投与する場合には、一般的には、1回の投与につき、活性成分の量として、1μg〜50mg/cm2程度を投与することができ、好ましくは2μg〜10mg/cm2程度を投与することができる。投与期間は特に限定されないが、上記投与量で1日1回の投与が好ましく、より好ましくは上記投与量で1日1回の投与を2日以上継続する。
【0039】
以下の実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0040】
製造例1〔サラシノールの単離精製〕
サラシア属植物の抽出物1kgを酢酸エチル/メタノールで分液し、メタノール画分を減圧下で濃縮し、アミドカラムによる分取クロマトにより成分を分取し、サラシノールを500mg得た。得られたサラシノールは、NMR及びMS等を測定し、文献値と比較することにより同定した。分取クロマトの条件を下記に示す。
カラム:TOSOH TSK−GEL Amlde80 10μ1 φ21.5x30cm
流速:15mL /min
移動相:90%アセトニトリル(v/v)(0.1%酢酸)
検出:Negative ESI 333
【0041】
実施例1〔プロセシンググルコシダーゼ活性阻害試験〕
ヒト細胞で新たに作り出されるポリペプチドは、3つのアームに分岐し、14個の糖からなる構造をもつ糖鎖によって修飾されていることが多い(図3)。1つのアームの末端には3個のグルコースがあり、その末端側の2個のグルコースは、2種類の糖鎖プロセッシング酵素により順番に切断される。
【0042】
グルコシダーゼI(EC.3.2.1.106)はここから最末端のグルコース単位を除去して、2個のグルコースと9個のマンノースを含むG2M9型糖鎖を生じさせる。続いてグルコシダーゼII(EC.3.2.1.84)が次のグルコース単位を除去して、グルコース単位が1つしかないG1M9型糖鎖を生成する。グルコースを1個だけもつこの構造は、カルネキシンやカルレティキュリンと特異的に結合する。これらはシャペロンタンパク質であり、正しく折り畳まれたタンパク質を小胞体から外に輸送するように働いている。グルコシダーゼIIは、G1M9型糖鎖に含まれる最後のグルコース残基も除去するので、最終的にはグルコースを含まないM9型糖鎖が生じる。
【0043】
一方、αグルコシダーゼ(α-glucosidase; EC 3.2.1.20)は、糖のα-グリコシド結合を加水分解する反応を触媒する酵素であり、α−グリコシド結合を持つ代表的な糖、麦芽糖(マルトース)もこれによって分解されるため、マルターゼ(maltase)とも呼ばれる。ヒトでは小腸上皮細胞に膜酵素として発現している消化酵素である。
【0044】
サラシノールはこれまでにα−グルコシダーゼの阻害作用が報告されているが、プロセシンググルコシダーゼに対する作用は知られていない。そこで、哺乳類の細胞と合成基質を用いたプロセシンググルコシダーゼ活性試験およびサラシノールの阻害作用について調べた。
【0045】
(1)HepG2細胞由来粗酵素液の調製
粗酵素液の調製には、以下のバッファーを用いた。
Buffer A : 0.1 M MES (pH7.0) / 0.15 M NaCl / 5 mM DTT / 0.1 mM PMSF
Buffer B : 0.1 M MES (pH7.0) / 0.15 M NaCl / 5 mM DTT / 1% Triton X-100
100 mmディッシュで培養したHepG2細胞をセルスクレイパーで回収し,Buffer A 400 μLを加えてホモジナイズし,900 X g,4℃で10分間遠心した.次に,上清を8,000 × g,4℃で20 分間遠心し、上清をさらに105,000 × g,4℃で1時間遠心し,沈殿画分を100 uLのbuffer B で溶解したものを粗酵素液とした。
【0046】
(2)マウス組織由来粗酵素液の調製
マウス小腸(湿重量4.0g)を氷上のシャーレ内で細かく裁断し、16mL のbuffer A を加えホモジナイズした。その後、上記(1)と同様に遠心分離操作を行った後、300 μLのBuffer B で溶解して粗酵素液を得た。
【0047】
(3)酵素反応
反応液は以下の組成で構成した。
基質のGlc3Man9GlcNAc2 (G3M9)および Glc1Man9GlcNAc2(GM9)は、PA化(ピリジルアミノ化)により蛍光標識した。
【0048】
【表1】

【0049】
37℃にて30分間反応させ、95℃にて3分間加熱して反応を終了させた。反応液を水で2倍に希釈し、遠心した上清を以下の条件でHPLCにかけ,生成物と未反応物を分離してそれぞれの蛍光強度から酵素反応を測定した。
溶出・分離条件
カラム:Shodex Asahipak NH-2P-50 4E サイズ250mm x 4.6mm .
移動相A :97%アセトニトリル/0.3%酢酸アンモニウム(pH7.0)
移動相B :10%アセトニトリル/0.3%酢酸アンモニウム(pH7.0)
条件:0分 A 70%, B 30%, 20分間でA 35%, B 65%に変化させるグラジエント濃度勾配で溶出
流速:0.8 mL/min
カラム温度:42 ℃
【0050】
〔結果〕
結果を図4に示す。図4は、反応系に存在するPA化オリゴ糖鎖(基質、生成物を含む)をクロマトグラムの相対面積比から算出したものである。
図4aは、HepG2細胞由来グルコシダーゼI活性を測定したものである。サラシノールなしの場合は、生成物G2M9の割合が9.5%であるのに対し、サラシノールを添加した系では、G2M9の割合は0%に抑制された。図4bは、グルコシダーゼII活性を測定したものである。サラシノールなしの場合は、生成物M9の割合が51.8%であるのに対し、サラシノールを添加した系では、G2M9の割合は0%に抑制された。
【0051】
同様に図4c、4dは、マウス小腸細胞由来グルコシダーゼI/II活性を測定したものである。I/IIそれぞれ、サラシノールによって、生成物M9の割合が49.8%から3.2%へ、34.6%から2.9%へ抑制された。
【0052】
この結果から、サラシノールは哺乳類細胞由来プロセシンググルコシダーゼI/IIを顕著に阻害することがわかった。
【0053】
実施例2〔糖鎖プロセシング解析〕
Asn結合型糖鎖(N型糖鎖)の生合成過程では、N-アセチルグルコサミン、マンノース、およびグルコース からなる前駆体が脂質キャリアー中間体の上に合成され、まず小胞体(ER)で糖タンパク質の特定の配列(Asn-X-SerまたはThr)に転移される(図3)。この時点で、付加されている糖鎖はマンノース残基を多く含む構造を取っている。ここからプロセシング(グルコース残基と特定のマンノース残基の切断)を受け、最終的には末端にシアル酸が付加された複合型糖鎖を形成されることが一般的に知られている。
【0054】
この糖鎖プロセシングに関わるグルコシダーゼI/IIを阻害することで、糖タンパク中の糖鎖構造に変化が起きることが予想される。そこでN型糖鎖を有する糖タンパクとしてメラニン生成の律速酵素であるチロシナーゼに着目した。サラシノールのチロシナーゼタンパクに及ぼす影響を調べるために、糖鎖を酵素で切断し、チロシナーゼタンパク質の分子量分布を調べることで、特定の糖鎖型の有無を検出した。
【0055】
(1)細胞培養
ヒト正常メラノサイト(NHEM(NB)Moderately、クラボウ社)を、Medium 254 (クラボウ社)に増殖添加剤HMGS(クラボウ社)を加えた培地を用いて12000cells/cm2の密度で播種し、24時間前培養した。前培養後、72h毎に各種濃度に調製したサラシノールを含有する培地に交換し、6日間培養を行った。
【0056】
(2)タンパク抽出
培養後、トリプシン-EDTA処理によって細胞を回収し、細胞破砕液(1% Triton X-100、プロテアーゼインヒビターカクテル(Roche Applied Science社)含有 0.2M リン酸バッファー(pH6.8))を添加し、ボルテックス処理後、氷上にて1h静置した。その後、700×g、10分間遠心を行い、回収した上清を細胞タンパク溶解液とした。タンパク定量は、Protein Quantification Kit(DOJINDO)を用いて行った。
【0057】
(3)糖鎖切断処理
エンドグリコシダーゼH(Endo-H)による糖鎖切断処理は、ENDO-H(New England Biolabs社)を用いて行った。タンパク量1mg/mLに調整したヒト正常メラノサイト細胞タンパク溶解液10μLに、Glycoprotein Denaturing Buffer (5% SDS、0.4M DTT)1μLを加え、95℃で5分間加熱した。次にReaction Buffer(50 mM クエン酸バッファー(pH5.5))2μL、50UエンドグリコシダーゼHを加え、純水で総量20μLにメスアップし、37℃で18時間酵素反応を行った。
【0058】
N-グリコシダーゼF(PNGaseF)による糖鎖切断処理は、PNGase F(New England Biolabs社)を用いて行った。Endo-H処理と同様に、細胞タンパク溶解液にDenaturing Bufferを加え加熱した。次にReaction Buffer(50 mM リン酸バッファー(pH7.5))2μL、10% NP-40 2μL、50U N-グリコシダーゼFを加え、純水で総量20μLにメスアップし、37℃で18h酵素反応を行った。
【0059】
反応終了後、BPB含有グリセロール3μLを加え、電気泳動用のサンプルとした。
糖鎖切断処理を行わなかったタンパク溶解液は常法に従い、SDSサンプルバッファーを加えて加熱処理した。
【0060】
(4)電気泳動、ウェスタンブロッティング
細胞タンパク溶解液を常法に従ってSDS-PAGEによって分離し、PVDF膜に転写した。PVDF膜を5%スキムミルクでブロッキングし、PBS-Tにて洗浄後、一次抗体にヤギ抗チロシナーゼ抗体(Santa Cruz Biotechnology社)、二次抗体にHRP標識抗ヤギ抗体(Santa Cruz Biotechnology社)を用い、ECL検出システム(GEヘルスケア社)によって検出した。
【0061】
〔結果〕
結果を図5に示す。
図5は、サラシノールを培地に添加したヒト正常メラノサイト由来チロシナーゼの糖鎖消化試験の結果である。チロシナーゼの糖鎖は全てN結合型であることから、N-グリコシダーゼF(PNGaseF)とエンドグリコシダーゼH(Endo H)による脱糖鎖処理が有効である。
【0062】
PNGaseFは、N結合型糖タンパク質からオリゴ糖鎖の一番内側のN-アセチルグルコサミンとアスパラギン酸残基の間を切断するグリコシダーゼであり、ハイマンノース型、ハイブリッド型、複合型といった糖鎖の種類に関わらず、ほぼすべてのN結合型糖鎖をタンパク質から切断可能である。
【0063】
一方、Endo-Hは、アスパラギン酸残基に直結した2つのN-アセチルグルコサミン間の結合を加水分解するが、N結合型の中でもハイマンノース型糖鎖を持つ糖タンパク質に作用する。しがってENDO-H処理は、糖タンパク質糖鎖からハイマンノース型糖鎖を選択的に検出する場合に有効な手段である。
【0064】
図5では、脱糖鎖無処理群において、チロシナーゼは75kD付近に検出されるが、PNGaseF処理では、N結合型糖鎖が全て切断されるため、チロシナーゼタンパクはポリペプチド鎖長から推測される60kD付近に検出される。一方、Endo-H処理において、サラシノールを添加しない場合のチロシナーゼタンパクは、Endo-H耐性型(75kD付近)と感受型(60kD付近)の2本が検出される。Endo-H耐性型(75kD付近)チロシナーゼの糖鎖は複合型、Endo-H感受型(60kD付近)チロシナーゼの糖鎖はハイマンノース型と推測される。
【0065】
サラシノール濃度の増加に従って、Endo-H耐性型(75kD付近)である複合型糖鎖を持つチロシナーゼの減少が観測された。この結果から、サラシノールはハイマンノース型糖鎖から複合型糖鎖へプロセシングされる過程を阻害することがわかった。
【0066】
また、脱糖鎖無処理群では、サラシノール濃度依存的にバンドの低分子量シフトが見られたが、これは複合型糖鎖の形成が進まなくなることによる糖鎖構造の変化によるものだと推測された。
【0067】
実施例3〔糖鎖プロセシング解析(2)〕
同様の糖鎖消化実験を他の糖タンパクに対しても行った。具体的には、チロシナーゼファミリータンパクであるTRP1、TRP2を用いた。実験操作は実施例2と同様にして行った。ウェスタンブロッティングは、一次抗体にヤギ抗TRP1抗体、ヤギ抗TRP2抗体(共にSanta Cruz Biotechnology社)、二次抗体にHRP標識抗ヤギ抗体(Santa Cruz Biotechnology社)を用い、ECL検出システム(GEヘルスケア社)によって検出した。
【0068】
〔結果〕
TRP1の結果を図6、TRP2の結果を図7に示す。
図6では、脱糖鎖無処理群において、TRP1は70〜75kD付近に検出されるが、PNGaseF処理では、N結合型糖鎖が全て切断されるため、TRP1はポリペプチド鎖長から推測される60kD付近に検出される。一方、Endo-H処理において、サラシノールを添加しない場合のTRP1タンパクは、Endo-H耐性型(70kD付近)として検出される。
【0069】
サラシノール濃度の増加に従って、低分子量シフトが見られた。これはTRP1糖鎖のうち何本かが部分的にプロセシング阻害されEndo-H感受型糖鎖に変化するためと考えられる。この結果から、サラシノールはTRP1においても糖鎖プロセシング阻害を起こすことがわかった。
【0070】
図7では、TRP2はチロシナーゼと同様の傾向を示した。すなわち、Endo-H処理において、サラシノール濃度の増加に従って、Endo-H耐性型(75kD付近)である複合型糖鎖を持つTRP2の減少が観測された。この結果から、この結果から、サラシノールはTRP2においても糖鎖プロセシング阻害を起こすことがわかった。
【0071】
実施例4〔細胞内チロシナーゼ成熟化の解析〕
サラシノールはN結合型糖タンパク質において、ハイマンノース型糖鎖から複合型糖鎖へプロセシングされる過程を阻害することがわかった。そこで糖鎖プロセシング阻害がタンパク質の機能に及ぼす影響を調べた。糖タンパクとしては、チロシナーゼに着目し、電気泳動後、DOPA染色により活性型チロシナーゼを検出した。
【0072】
(1)細胞培養
ヒト正常メラノサイト(NHEM(NB)Moderately、クラボウ社)を、Medium 254 (クラボウ社)に増殖添加剤HMGS(クラボウ社)を加えた培地を用いて12000cells/cm2の密度で播種し、24時間前培養した。前培養後、72h毎に各種濃度に調製したサラシノールを含有する培地に交換し、6日間培養を行った。
【0073】
(2)タンパク抽出
培養後、トリプシン-EDTA処理によって細胞を回収し、細胞破砕液(1% Triton X-100、プロテアーゼインヒビターカクテル(Roche Applied Science社)含有 0.2M リン酸バッファー(pH6.8))を添加し、ボルテックス処理後、氷上にて1h静置した。その後、700×g、10分間遠心を行い、回収した上清を細胞タンパク溶解液とした。タンパク定量は、Protein Quantification Kit(DOJINDO)を用いて行った。
【0074】
(3)DOPA活性染色
細胞タンパク溶解液に還元剤不含のサンプルバッファーを添加し、加熱処理をせずにSDS-PAGEによって分離した。電気泳動後、ゲルを0.2M リン酸緩衝液(pH6.8)中で10分間振盪させた。次に5mM L−DOPA含有0.2M リン酸緩衝液(pH6.8)に浸し、37℃で30分間ゆっくりと振盪し、DOPAを基質としたチロシナーゼ活性をゲル内で検出した。
【0075】
〔結果〕
結果を図8に示す。図8Aは、DOPA染色、図8Bは、実施例2と同様の手順で実施したチロシナーゼのウェスタンブロッティングの結果である。
図8Aにおいて、DOPA染色で細胞内のチロシナーゼ活性を可視化したところ、サラシノールは濃度依存的に細胞内のチロシナーゼ活性を減少させた。また、この活性減少は、図8Bにおいてチロシナーゼの低分子量シフトとして観測される糖鎖プロセシング阻害と相関していた。このことから、サラシノールは糖鎖プロセシングを阻害することで、チロシナーゼタンパクの未熟化を引き起こすことがわかった。
【0076】
実施例5:ローション剤の処方例
ローション剤の処方例として、以下の処方例1から6を調製した。
【表2】

【0077】
実施例6:乳液の処方例
乳液の処方例として、以下の処方を調製した。
(成分) (%)
サラシノール 1.0
スクワラン 8.0
ホホバ油 7.0
パラアミノ安息香酸グリセリル 1.0
リン酸アスコルビルマグネシウム 0.5
セチルアルコール 1.5
グリセリンモノステアレート 2.0
ポリオキシエチレンセチルエーテル 3.0
ポリオキシエチレンソオルビタンモノオレート 2.0
1,3−ブチレングリコール 1.0
グリセリン 2.0
1,2-ペンタンジオール 3.0
香料 適量
精製水 残量
【0078】
実施例5:クリームの処方例
クリームの処方例として、以下の処方を調製した。
(成分) (%)
サラシノール 0.5
セトステアリルアルコール 3.0
グリセリン脂肪酸エステル 2.0
モノオレイン酸ポリオキシエチレン(20)ソルビタン 1.0
モノステアリン酸ソルビタン 1.0
N−ステアロイル−N−メチルタウリンナトリウム 0.5
ワセリン 5.0
ジメチルポリシロキサン(25℃での粘度は100mPa・s) 3.0
トリ−2−エチルヘキサン酸グリセリル 20.0
アスタキサンチン 0.05
エラグ酸 0.05
乳酸 1.0
ジプロピレングリコール 10.0
アルブチン 3.0
クエン酸ナトリウム 0.5
リン酸アスコルビルマグネシウム 0.1
酸化チタン 0.1
香料 適量
エデト酸2ナトリウム 0.03
パラオキシ安息香酸エチル 0.05
精製水 残量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物を有効成分として含有する、プロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
【化1】

【請求項2】
プロセシンググルコシダーゼが、小胞体におけるグルコシダーゼIまたはグルコシダーゼIIである、請求項1に記載のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
【請求項3】
糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤として使用する、請求項1又は2に記載のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
【請求項4】
糖タンパク質が、チロシナーゼ、チロシナーゼ関連蛋白TRP1、又はチロシナーゼ関連蛋白TRP2である、請求項3に記載のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
【請求項5】
チロシナーゼ成熟阻害剤として使用する、請求項1から4の何れか1項に記載のプロセシンググルコシダーゼ阻害剤。
【請求項6】
下記式(1)で表される化合物を有効成分として含有する、糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤。
【化2】

【請求項7】
糖タンパク質が、チロシナーゼ、チロシナーゼ関連蛋白TRP1、又はチロシナーゼ関連蛋白TRP2である、請求項6に記載の糖タンパク質のN型糖鎖プロセシング阻害剤。
【請求項8】
下記式(1)で表される化合物を有効成分として含有する、チロシナーゼ成熟阻害剤。
【化3】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−206982(P2012−206982A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−74084(P2011−74084)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】