説明

プロセスチーズ類の製造方法

【課 題】
製造中に増粘し、流動性を失い、プリン状に固まった状態、すなわちオーバークリーミングしたプロセスチーズ類において、粘度を低下させて製造適性を改善する製造方法の提供を課題とする。
【解決手段】
原料チーズに乳化剤、又は溶融塩を添加し、加熱乳化するプロセスチーズ類の製造方法において、クリーミング時のpHを6.0以上とするpH調整工程を含むことで、増粘、及びオーバークリーミングを解決できる。また、オーバークリーミングしたプロセスチーズ類においてpHを6.0以上とすることによってオーバークリーミングを解消することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なプロセスチーズ類の製造方法に関する。なお、本発明において「プロセスチーズ類」とは、プロセスチーズ、チーズフード等、乳等省令(昭和26年12月27日厚生省令第52号)、公正競争規約の成分規格等において規定されたものの他、当該技術分野における通常の意味を有する範囲のものを全て包含する。
【背景技術】
【0002】
近年伸長している日本のチーズ市場において、プロセスチーズ類はその約半分の物量を占めている。プロセスチーズ類の製造における基本的な工程は、原料であるナチュラルチーズを粉砕し、溶融塩および水を混合する配合工程、配合された原料を加熱しながら混練・攪拌し乳化する乳化工程、および乳化工程を経たチーズを冷却・成型する冷却成型工程であり、さらに、物性や風味を付与する目的で各種食品素材や食品添加物を加えることもある。
【0003】
プロセスチーズ類の製造においては、最終製品の物性を調整する目的で、クリーミング処理などのシェアリング処理を行うことや、耐熱保形性を高めるためにクリーミング処理を行うこともあるが、過度なクリーミング処理はプロセスチーズ類の粘度を過度に上昇させることが知られており、この過度に粘度が上昇した状態はオーバークリーミングと呼ばれている。
【0004】
オーバークリーミングのチーズはその粘度により、ポンプでの送液が難しくなるため、製造適性が非常に悪化する。また、冷却後の組織も硬く、もろくなるため、製品としての提供はできず、プレクックとしても使用が制限されるなど問題点が多い。オーバークリーミングしたプロセスチーズ類は120℃以上の高温処理を行うことによって粘度を下げ、良好な粘ちょう性を持たせることが出来ることが報告されている(特許文献1)が、この方法では連続した製造ライン上でのオーバークリーミングへの対応が困難であるという課題がある。このため、プロセスチーズの連続製造ラインにおいてオーバークリーミングが発生した場合は、チーズを製造ラインから抜き取るといった作業が必要であった。
【0005】
ところで、プロセスチーズ類を製造する際には、溶融塩の作用により原料ナチュラルチーズ中のパラカゼインを構成するカゼインサブミセル間をつなぐコロイド状リン酸カルシウムの架橋が壊され、カゼインミセルはカゼインサブミセルの状態で可溶化し、チーズ中で分散状態となる。カゼインは乳化剤としての作用を有するため、チーズ中の水と脂肪が安定な状態となり、最終的にプロセスチーズ類となる。
【0006】
近年の研究によれば、プロセスチーズの製造中に可溶化して分散したカゼインサブミセルは、乳化工程中に再重合し、元のナチュラルチーズ中とは異なる構造を形成し、再び不溶化することが明らかとなっており、また、不溶化したカゼインは乳化後の撹拌により増加していくことも明らかとなっている。(非特許文献1〜3)。
【0007】
これまで、プロセスチーズ類のpHの調整については、常温での保存性の高いプロセスチーズ類とその製造方法(特許文献2)が報告されているが、オーバークリーミングのプロセスチーズ類への対処についてはなんら記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3665022号
【特許文献2】特開2002-209515
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Y. Kawasaki, Milchwissenschaft, 63, 149-152 (2008)
【非特許文献2】S. K. Lee et al., Lebensm.-Wiss.-Technol., 36, 339-345 (2003)
【非特許文献3】I. Heertje, Food Structure, 12, 343-364 (1993)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、製造中に増粘し、オーバークリーミングのプロセスチーズの粘度を低下させて製造適性を改善する製造方法の提供を課題とする。なお、“オーバークリーミング”とは、チーズが流動性を失い、プリン状に固まった状態を指す言葉として、当業者が一般的に使用する言葉である。しかしながら、“オーバークリーミング”には、明確な定義が存在しないため、本発明では便宜的に、“品温80℃においてボストウィック型粘度計で10mm/30秒以下”である状態を指すものとする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、プロセスチーズ類の増粘に影響を及ぼす因子について鋭意検討を重ねたところ、従来知られていない方法によって増粘を解消するプロセスチーズ類の製造方法を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下の構成からなる。
(1)原料チーズに乳化剤及び/又は溶融塩を添加し、加熱乳化するプロセスチーズ類の製造方法において、加熱乳化後のpHを6.0以上とするpH調整工程を含むことを特徴とするプロセスチーズ類の製造方法。
(2)前記pH調整工程が、重曹、モノリン酸三ナトリウム、水酸化ナトリウムから選択されるいずれか1以上の添加により行われることを特徴とする(1)記載のプロセスチーズ類の製造方法。
(3)オーバークリーミングのプロセスチーズ類において、pHを6.0以上とすることによる、プロセスチーズ類におけるオーバークリーミングの解消方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法により、増粘により製造適性が悪化したプロセスチーズ類においても、粘度を低下させ、プロセスチーズ類を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明のプロセスチーズ類を得る方法について具体的に説明する。
本発明のプロセスチーズ類の原料となるナチュラルチーズについては特に限定はなく、チェダーチーズ、ゴーダチーズ、エダムチーズ、エメンタールチーズ、パルメザンチーズ、カマンベールチーズ、ブルーチーズ、クリームチーズ、クワルクチーズ、カッテージチーズなどが例示される。この他、バター、クリーム、脱脂粉乳、ホエー粉、バターミルク粉などの乳製品や、風味付けを目的として各種食品、香料、香辛料などを加えることについても特に制限はない。
【0015】
本発明に使用できる溶融塩としては、プロセスチーズ類の製造で一般に用いられる溶融塩であればよく、オルソリン酸塩、ピロリン酸塩、ポリリン酸塩、ヘキサメタリン酸塩、クエン酸塩などが例示できる。これら溶融塩の使用量としては原料チーズに対し1〜3%、好ましくは1.5〜2.5%加えることが望ましい。
【0016】
本発明では、pH調整工程によってプロセスチーズ類の増粘を抑制する。pH調整工程で使用するpH調整剤については通常の食品製造においてpH調整を目的として使用可能な食品添加物はいずれも使用できるが、例えば重曹やリン酸塩、水酸化ナトリウムなどを例示することが出来る。なお、本発明のプロセスチーズ類では、pH調整工程後のプロセスチーズ類のpHは6.0以上であれば、粘度上昇の問題は解消する。ただし、pH7.0以上とすると、風味が悪化する傾向が見られるため好ましくない。粘度上昇の問題を解消し、かつ風味を良好に保つためには、pH6.0〜pH6.5の範囲とすることが望ましい。
なお、pHは、プロセスチーズ5gに水45gを加え、ホモブレンダー(日本精機製、ACEホモゲナイザー)で3分間均質化し、この均質溶液のpHをpHメーターで測定したものである。
【0017】
一方、乳化剤や増粘多糖類などについても、食感を妨げない程度であれば問題なく使用することができる。また、乳化に用いる乳化機については、ケトル型乳化釜、チーズクッカー、サーモシリンダー、高速せん断式乳化機など、通常プロセスチーズ類の製造に用いられるものであれば使用可能であり、それぞれの乳化機に応じて通常のプロセスチーズ類の製造と同様の操作で製造することができる。
【0018】
プロセスチーズ類の増粘に影響を与える因子としては、使用する乳化剤の種類による乳化作用、クリーミング作用の違いが上げられる。このため、例えば、乳化作用、クリーミング作用が強いピロリン酸塩を用いることによってプロセスチーズ類の増粘は進み、オーバークリーミングが生じやすくなる。しかしながら、本発明によると乳化剤の種類に拠ることなくpH調整工程で増粘を解消することが可能であり、プロセスチーズ類を製造する上で、その配合や工程の自由度を高めることができるものである。
【0019】
また本発明は、オーバークリーミングのプロセスチーズ類において、pHを6.0以上とすることによる、プロセスチーズ類におけるオーバークリーミングの解消方法である。オーバークリーミングのプロセスチーズ類に対し、前述のpH調整剤を添加することによって、オーバークリーミングを解消することができる。オーバークリーミングが解消されたプロセスチーズ類は、そのまま充填、冷却し、製品として提供することができるほか、原材料の一部としてプロセスチーズ類に配合することも可能である。
【実施例1】
【0020】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。
ゴーダチーズ(雪印乳業製)とチェダーチーズ(雪印乳業製)をそれぞれ1500gずつ粉砕、混合し、高速せん断式乳化機(ニチラク機械製)に投入した。水分が45%になるように加水し、ヘキサメタリン酸ナトリウム60gを加えた。この混合物に重曹を27g加え、初期のpHを調整した。乳化機の羽根の回転数を1500rpmとし、ジャケットに蒸気を吹き込みながら加温し、チーズの温度が90℃となった時点で乳化を終了とした。乳化物の温度を90℃に保持したまま1500rpmで撹拌を加えてクリーミングを20分行い、オーバークリーミングのプロセスチーズ類を得た。得られたプロセスチーズ類にpH調整剤として重曹、モノリン酸三ナトリウム、あるいは水酸化ナトリウムを適宜添加し、さらに3分間クリーミングしてpH調整剤を十分反応させるpH調整工程を経て、任意のpHのプロセスチーズ類を得た。なお、プロセスチーズ類は、pH調整工程で重曹を用いたものとして、pH6.0としたもの(実施例品1−1)、pH6.4としたもの(実施例品1−2)、pH6.8としたもの(実施例品1−3)のほか、pH調整工程でモノリン酸三ナトリウムを用いpH6.3としたもの(実施例品1−4)、及びpH調整工程で水酸化ナトリウムを用いてpH6.2としたもの(実施例品1−5)とした。
【0021】
[比較例1]
ゴーダチーズ(雪印乳業製)とチェダーチーズ(雪印乳業製)をそれぞれ1500gずつ粉砕、混合し、高速せん断式乳化機(ニチラク機械製)に投入した。水分が45%になるように加水し、ヘキサメタリン酸ナトリウム60gを加えた。この混合物に重曹を27g加えた。乳化機の羽根の回転数を1500rpmとし、ジャケットに蒸気を吹き込みながら加温し、チーズの温度が90℃となった時点で乳化を終了とした。乳化物の温度を90℃に保持したまま1500rpmで撹拌を加え、クリーミングを20分行い、プロセスチーズ類(比較例品1−1)を得た。得られたプロセスチーズ類のpHは5.6であった。なお、得られたプロセスチーズ類にpH調整剤として重曹を添加し、さらに3分間クリーミングしてpH調整剤を十分反応させるpH調整工程を経て、pHを5.8としたプロセスチーズ類(比較例品1−2)を得た。
【0022】
[試験例1]
実施例品1−1〜1−5、及び比較例品1−1、1−2についてクリーミング後のプロセスチーズ類の粘度を粘度計(リオン(株)製、ビスコテスターVT-04K)及び品温80℃においてボストウィック型粘度計で測定した。結果を表1に示す。
【0023】
【表1】



【0024】
表1に示すように、pHを6.0以上にすることで、オーバークリーミングのプロセスチーズ類は流動性を取り戻し、粘度が低下することが明らかとなった。
【実施例2】
【0025】
ゴーダチーズ(雪印乳業製)とチェダーチーズ(雪印乳業製)をそれぞれ1500gずつ粉砕、混合し、高速せん断式乳化機(ニチラク機械製)に投入した。水分が45%になるように加水し、ヘキサメタリン酸ナトリウム60gを加えた。この混合物に重曹を27g加え、初期のpHを調整した。乳化機の羽根の回転数を1500rpmとし、ジャケットに蒸気を吹き込みながら加温し、チーズの温度が90℃となった時点で乳化を終了とした。乳化物に、重曹を添加して、pH6.0としたもの(実施例品2−1)、pH6.5としたもの(実施例品2−2)、pH6.9としたもの(実施例品2−3)のほか、pH調整工程でモノリン酸三ナトリウムを用いpH6.4としたもの(実施例品2−4)、及びpH調整工程で水酸化ナトリウムを用いてpH6.2としたもの(実施例品2−5)とし、温度を90℃に保持したまま1500rpmで撹拌を加えてクリーミングを20分行い、プロセスチーズ類を得た。
【0026】
[比較例2]
ゴーダチーズ(雪印乳業製)とチェダーチーズ(雪印乳業製)をそれぞれ1500gずつ粉砕、混合し、高速せん断式乳化機(ニチラク機械製)に投入した。水分が45%になるように加水し、ヘキサメタリン酸ナトリウム60gを加えた。この混合物に重曹を27g加えた。乳化機の羽根の回転数を1500rpmとし、ジャケットに蒸気を吹き込みながら加温し、チーズの温度が90℃となった時点で乳化を終了とした。乳化物に何も添加しない(比較例品2−1)か、乳化物に重曹を加えてpHを5.7に調整(比較例品2−2)し、乳化物の温度を90℃に保持したまま1500rpmで撹拌を加え、プロセスチーズ類を得た。なお、比較例品2−1のpHは5.5であった。
【0027】
[試験例2]
実施例品2−1〜2−5、及び比較例品2−1、2−2について、撹拌後のプロセスチーズ類の粘度を粘度計(リオン(株)製、ビスコテスターVT-04K)及び品温80℃においてボストウィック型粘度計で測定した。結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
表2に示すように、pH調整工程でpHを6.0以上にすることで、プロセスチーズ類はオーバークリーミングとならず、流動性を保持できることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料チーズに乳化剤及び/又は溶融塩を添加し、加熱乳化するプロセスチーズ類の製造方法において、加熱乳化後のpHを6.0以上とするpH調整工程を含むことを特徴とするプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項2】
前記pH調整工程が、重曹、モノリン酸三ナトリウム、水酸化ナトリウムから選択されるいずれか1以上の添加により行われることを特徴とする請求項1記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項3】
オーバークリーミングのプロセスチーズ類において、pHを6.0以上とすることによる、プロセスチーズ類におけるオーバークリーミングの解消方法。