説明

プロセスチーズ類及びその製造方法

【課題】リン酸塩を使用しない風味・組織の良い、保存性も良好なプロセスチーズを提供する。
【解決手段】プロセスチーズを製造する工程において、トータルの熟成程度がチーズ中の全窒素含量に対する可溶性窒素含量の割合を特定したチーズ混合物を原料チーズとし、溶融塩としてクエン酸塩および/または酒石酸塩を製品のうち0.8〜4%になるように添加し、加熱溶融して製造されたプロセスチーズ類。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はプロセスチーズ類及びその製造方法に関する。詳しくは、プロセスチーズを製造する工程において、トータルの熟成程度がチーズ中の全窒素含量に対するPTA(リンタングステン酸)可溶性窒素含量の割合(PTA可溶性N/全N(%)と表記)を特定したチーズ混合物を原料チーズとし、溶融塩としてリン酸塩を添加せずにクエン酸塩および/または酒石酸塩を製品のうち0.8〜4重量%になるように添加し、加熱溶融して製造するプロセスチーズ類とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プロセスチーズ類の製造に用いられる溶融塩は、リン酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩等が挙げられ、溶融乳化作用は溶融塩の種類によって異なっている。例えば、クエン酸塩は加熱溶融性のあるチーズに、高分子ポリリン酸塩は硬く、容易に加熱溶融しないチーズに適している。しかし、これらの溶融塩を単独使用すると、チーズ物性のバランスを悪くしたり、溶融塩に起因する風味が発生したりするため、複数の溶融塩を混合して使用するのが一般的である(非特許文献1)。
【0003】
一方、プロセスチーズ類の物性をコントロールするためにさまざまな試みが行われている。例えば、特許文献1は、良好な成形加工性を有していて、各種練成品の芯材などとして機械充填を利用するのに適切にするため、プロセスチーズを製造する際に溶融塩の他、レシチンやシュガーエステルを乳化剤として用いる方法が開示されている。また、特許文献2は、従来のプロセスチーズ類よりもさらに滑らかな口溶けを有するプロセスチーズ類を提供するために、溶融塩と乳化剤としてヨウ素価33以上のモノグリセリドを用いたプロセスチーズ類が開示されている。これらはいずれも乳化剤を用いて物性をコントロールしており、溶融塩はリン酸塩の単独使用かリン酸塩とクエン酸塩の混合使用となっている。
【0004】
また、溶融塩を工夫した試みでは、例えば、特許文献3は、プロセスチーズ製造用溶融塩に関するものであり、グルコン酸のアルカリ金属塩とリン酸の塩、多リン酸の塩または(および)ポリリン酸の塩とを含有する溶融塩を用いることで充填包装時のチーズの粘度上昇による支障を改善している。また、特許文献4は、溶融塩として、カルボン酸塩と縮合リン酸塩を組み合わせて使用することにより、剥離性を高めたプロセスチーズの製造方法に関するものである。
【0005】
このように、プロセスチーズ類に用いられる溶融塩は、リン酸塩を主体として使用されることが最も多い。なぜならば、リン酸塩を溶融塩として用いると、クエン酸塩や酒石酸塩に比較して、カルシウムのキレート作用やカゼインの可溶化作用といった溶融乳化作用が高く、製品となったプロセスチーズ類の風味、食感が良好となる上、製品中の細菌的保存性が向上するためである。
【0006】
しかし、リン酸塩は摂取しすぎると健康上さまざまな問題が発生する。リンは生体内において重要な構成要素で、体内のエネルギー源であるATPや遺伝情報の要である、DNAやRNAの構成にも大きくかかわる必須元素であるが、リンを過剰摂取すると、腸内でカルシウムと結びつき、カルシウムを体外に排出してしまう。現在、日本人のリン摂取量は必要量の1.85倍と過剰摂取であることが問題となっており、リン酸塩を含まない食品が求められている(非特許文献2)。
【0007】
プロセスチーズ類の製造に用いられる溶融塩として、リン酸塩を用いずにクエン酸および/または酒石酸塩を用いた場合、(1)カルシウムのキレート力が弱いために、製品としてのプロセスチーズ類は弾力があり、口溶けが悪く、原料チーズの味がストレートに感じられないぼやけた風味になる、(2)スライスチーズや6Pチーズのように、フィルムで包装する場合、フィルムからのチーズのはがれ(剥離性)が悪く、フィルム上にチーズ固形分が残る、(3)通常量の添加による細菌的な保存性の向上は殆ど期待できず、チーズの水分が高い場合やpHが高い場合、細菌(特に耐熱性菌)が増殖するといった問題が生じる。
【0008】
特許文献5には、溶融塩を用いずに、特定のポリグリセリン酸エステルを乳化剤として用いたプロセスチーズの製造方法が開示されており、リン酸塩は用いていないどころか、溶融塩自体を使用していないため、プロセスチーズとしての保存安定性に欠けてしまう。
【0009】
前述のように、クエン酸塩および/または酒石酸塩を使用したプロセスチーズ類の加熱溶融性はリン酸塩を使用したものよりも良好なので、加熱溶融性を付与したい場合などに使用されている。
【0010】
従って、従来のプロセスチーズ類は、いずれも物性を改良するためのものであり、健康上の問題のために、溶融塩をクエン酸塩や酒石酸塩に限定した技術はなく、クエン酸塩や酒石酸塩の問題点を改善しつつ、これらの持つ様々なメリットを生かすような技術はなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第2592644号
【特許文献2】特開平11−105
【特許文献3】特開平8−66154
【特許文献4】特開平8−196209
【特許文献5】特公平6−2024
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】ミルク総合事典 p.229(1992)
【非特許文献2】第6次改訂「日本人の栄養所要量」(2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、このような技術背景のもと、溶融塩としてリン酸塩を用いずにクエン酸塩および/または酒石酸塩を用い、リン過剰摂取に配慮したプロセスチーズ類の製造方法を提供することを目的としたものである。すなわち、本発明の第一の課題は、溶融塩としてクエン酸塩や酒石酸塩を使用しても、風味・食感が悪くならない方法で製造されたプロセスチーズ類とその製造方法を提供することであり、第二の課題は、溶融塩としてクエン酸塩や酒石酸塩を使用したプロセスチーズ類の包装フィルムからの剥離性が改善されているプロセスチーズ類とその製造方法を提供することであり、第三の課題は、溶融塩としてクエン酸塩や酒石酸塩を使用したプロセスチーズ類の、細菌的保存性が改善されているプロセスチーズ類とその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は鋭意研究の結果、溶融塩としてクエン酸塩や酒石酸塩を用いる場合、一定の熟度以上の原料チーズを使用すると、風味・食感がリン酸塩使用の場合と同等まで改善されることを見出した。さらに、溶融塩としてクエン酸塩や酒石酸塩を使用し、追加の添加物としてポリグリセリン脂肪酸エステル等の乳化剤を添加しても、風味・食感が溶融塩としてリン酸塩を使用した場合と同等まで改善されることを見出した。そして、原料チーズの熟度と乳化剤の技術を組み合わせると、原料チーズの熟度による制限がさらに緩和された上で、良好な風味・食感のプロセスチーズが調製できることを見出した。また、乳化剤の添加によって、チーズのフィルム剥離性も大幅に改善されることを見出した。さらには、製品であるプロセスチーズ類のMNFS(製品の脂肪を除いた成分における水分のことを示す :Moisture in the Non−Fat Substanceの略)とpHを限定することにより、また、リゾチームとショ糖脂肪酸エステルを添加することにより、細菌的な保存性を実用上の範囲で向上させうることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち本発明は、
[1] チーズ中のPTA可溶性N/全N(%)が7%以上であるチーズ混合物を原料チーズとして使用し、溶融塩としてリン酸塩を添加せずにクエン酸塩および/または酒石酸塩を0.8〜4重量%添加することを特徴とするプロセスチーズ類の製造方法、
[2] チーズ中のPTA可溶性N/全N(%)が5%以上であるチーズ混合物を原料チーズとして用い、乳化剤を添加することを特徴とする前記[1]に記載のプロセスチーズ類の製造方法、
[3] 乳化剤が、グリセリン脂肪酸エステル、レシチン、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリソルベートのうちから選択された1種または2種以上の組み合わせであることを特徴とする前記[2]に記載のプロセスチーズ類の製造方法、
[4] 乳化剤が、ポリグリセリン脂肪酸エステル、有機酸モノグリセリド、酵素処理レシチン、ポリソルベートのうちから選択された1種または2種以上を組み合わせて用いることを特徴とする前記[2]または[3]に記載のプロセスチーズ類の製造方法、
[5] 製品のpHを5.8以下、MNFSを63%以下になるように調製することを特徴とする前記[1]〜[4]に記載のプロセスチーズ類の製造方法、
[6] 製品のpHを6.0以下で、MNFSを65%以下になるように調製し、リゾチームとショ糖脂肪酸エステルをそれぞれ0.005重量%以上で添加することを特徴とする前記[1]〜[5]に記載のプロセスチーズ類の製造方法、
[7] 加熱溶融後に、容器に充填してから冷却する方法、一旦仮容器に充填してから冷却成形した後に取り出してカット包装する方法、連続的に冷却しつつ成形して包装する方法のいずれかを用いることを特徴とする前記[1]〜[6]のいずれか1項に記載のプロセスチーズ類の製造方法、
[8] 前記[1]〜[7]のいずれか1項に記載の製造方法を用いて製造されたプロセスチーズ類、
に関する。
【発明の効果】
【0016】
[第一の課題:風味・食感の改良]
原料チーズの熟度は、熟成中にタンパク質が分解されて生成されるPTA(リンタングステン酸)可溶性窒素の量で表すことができる。検討の結果、チーズ中の全窒素含量に対するPTA可溶性窒素含量の割合(PTA可溶性N/全N(%)と表記)が7%以上の熟度のチーズを原料として使用すると、溶融塩としてリン酸塩を用いずにクエン酸塩および/または酒石酸塩を用いた場合でも風味・食感の良い(口溶けの良い)プロセスチーズ類を製造することができた。検討の結果、チーズの組織を構成するタンパク質が熟成に伴って分解され、高分子のタンパク質よる、弾性のある構造が砕けやすい組織に変化するため、クエン酸塩や酒石酸塩による口溶けの悪さを補うものと考えられる。一方、乳化剤を添加した場合に、製品のプロセスチーズ類の風味・食感が改良されるのは、検討の結果、チーズの構造を作るタンパク質間の疎水結合部に乳化剤が介在し、タンパク質間の結合を弱めるため、クエン酸塩や酒石酸塩による口溶けの悪さを補うものと考えられる。さらに、溶融塩としてクエン酸塩や酒石酸塩を使用したプロセスチーズ類に、追加の添加物としてポリグリセリン脂肪酸エステル等の乳化剤を使用すると、原料チーズの熟度制限がさらに緩和された上で(PTA可溶性N/全N(%)が5%以上)、良好な風味・食感のプロセスチーズを製造できることを見出した。
【0017】
[第二の課題:包材からの剥離性改善]
スライスチーズ、6Pチーズ、ベビーチーズ、スティックチーズなどのプロセスチーズ類は、プラスチックフィルムに包装されていることが多い。チーズから包装フィルムがきれいに剥がれることは、プロセスチーズ製品に求められる重要な品質特性の一つである。溶融塩としてクエン酸塩や酒石酸塩を使用したプロセスチーズ類では、スライスチーズ、6Pチーズ、ベビーチーズにおいて包材剥離性が悪かった。しかしながら、第一の課題の検討で、チーズ原料の加熱溶融時にポリグリセリン脂肪酸エステル等の乳化剤を添加したところ、意外なことに、包材へのチーズ付着は殆どなくなり、第一、第二の課題は一挙に解決した。
【0018】
[第三の課題:細菌的保存性の改善]
わが国ではプロセスチーズの溶融・殺菌は通常100℃以下で行われ、滅菌ではないため、耐熱性菌の芽胞は生残しているのが普通である。一般に、プロセスチーズは冷蔵品であるが、賞味期間の長い食品であり、また、冷蔵品であるにもかかわらず、しばしば常温でも携帯されることがある。それでも耐熱性菌が増殖しないのは、水分活性、食塩、溶融塩として使用されるリン酸塩などによって細菌的な保存性が維持されているためである。水分が高い、pHが高い、食塩含量が低い、リン酸塩の添加量が少ない等の場合は、耐熱性菌が増殖する場合があり、細菌的な保存性の確保のための対策を講じる必要が出てくる。細菌的な保存性を改善する方法として、ソルビン酸カリウム、デヒドロ酢酸ナトリウムなどの保存料の使用も考えられるが、昨今の健康志向から保存料の使用は、市場から必ずしも歓迎されていない。保存料以外の添加物で、チーズの風味を損なうことなく、耐熱性菌の増殖を効果的に抑制できる方法を鋭意検討したところ、リゾチームとショ糖脂肪酸エステルの組み合わせが本目的に有効であることを見出し、本発明を完成した。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】日本産のゴーダチーズ及びドイツ産のゴーダチーズにおける熟成月数とチーズ中のPTA可溶性N/全N(%)の増加を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明におけるプロセスチーズ類とは、原料の相違などによる各種のプロセスチーズが製造されているが、普通にプロセスチーズと呼ばれているものを含めて、すべてのプロセスチーズ、プロセスチーズフード、チーズスプレッド等を含むものである。
【0021】
本発明の溶融塩として用いるクエン酸塩は、クエン酸ナトリウムやクエン酸カリウム等、通常プロセスチーズ類の製造に溶融塩として使用されるクエン酸塩を挙げることができ、これらを1種または2種以上組み合わせても良いが、風味の点でクエン酸ナトリウムが好ましい。本発明の溶融塩として用いるクエン酸塩の添加量は、0.8〜4.0重量%添加するのが望ましく、より望ましくは1.0〜3.0重量%である。添加するクエン酸塩の量が0.8重量%未満だと乳化状態が悪く、製品の硬さ、加熱溶融性、スライス性、展延性等、滑らかな組織が得られない。また、添加するクエン酸塩の量が4.0重量%を超えると、クエン酸塩に起因する特有な薬品臭を発生し、風味上の悪影響が現れて好ましくない。また、溶融塩にカルシウム塩を加えることがあるが、カルシウム塩を含むと食感が悪くなる(サンディーな食感になる)ため、カルシウム塩は含まないことが好ましい。
【0022】
本発明の溶融塩として用いる酒石酸塩は、酒石酸ナトリウム、酒石酸カリウム、酒石酸水素カリウム、酒石酸カリウムナトリウム、ロッシェル塩(酒石酸ナトリウムカリウム四水和物)等、通常プロセスチーズ類の製造に溶融塩として使用される酒石酸塩を挙げることができ、これらを1種または2種以上組み合わせても良いが、風味の点で酒石酸ナトリウムが好ましい。本発明の溶融塩として用いる酒石酸塩の添加量は、0.8〜4.0重量%添加するのが望ましく、より望ましくは1.0〜3.0重量%である。
【0023】
本発明の溶融塩は、クエン酸塩と酒石酸塩を組み合わせて用いることもでき、クエン酸ナトリウムと酒石酸ナトリウムが好ましい。本発明の溶融塩としてクエン酸塩と酒石酸塩を組み合わせて用いる場合の添加量は、その合計が0.8〜4.0重量%であることが望ましく、より望ましくは1.0〜3.0重量%である。その配合割合は、溶融塩としての合計が上記の添加量の範囲内であれば特に限定されない。
【0024】
原料チーズは、通常プロセスチーズ類の製造に使用されるナチュラルチーズを使用することができる。例えば、チェダーチーズ、ゴーダチーズ、エダムチーズ、エメンタールチーズ、パルメザンチーズ、カマンベールチーズ、ブルーチーズなど、熟成型チーズで、プロセスチーズ類の原料として用いることができるものなら何でも使用することができる。熟成しないフレッシュチーズはPTA可溶性窒素がごく少量なので、本発明では原料チーズとしては殆ど使用しないか少ない割合で使用する。また、低塩化されたナチュラルチーズや、通常のプロセスチーズ類を原料チーズとして用いることもできるが、フレッシュチーズと同様で、PTA可溶性窒素がごく少量なので、本発明では原料チーズとしては殆ど使用しないか少ない割合で使用する。これらの原料チーズは1種または2種以上を組み合わせて用いることができるが、個々のチーズのPTA可溶性窒素含量を実測してから原料チーズ構成を算出する。
【0025】
本発明におけるPTA可溶性窒素とは、タンパク質が酵素によって分解されて生成する、分子量約600以下の低分子ペプチドやアミノ酸に含まれる窒素のことであり、チーズ中では熟成の進行とともに増加する。チーズ中の全窒素含量の測定は試料約25gを採取してケルダール法にて行った。チーズ中のPTA可溶性窒素含量の測定法は次のとおりである。
(1)試料(チーズ)25gを温湯150mlに溶解する。
(2)40%ホルマリン数滴を溶液に加え、50℃で2時間振とうする。
(3) 脂肪層を取り除き、残液を遠心分離にかける(3000rpmで5分間)。
(4)上澄み液を目の細かい綿布でろ過し、ろ液を250mlメスフラスコに移す。また、遠沈管及び沈殿を少量の温湯で洗って、遠心分離・ろ過を繰り返し、ろ液と合わせる。
(5)ろ液に水を加えて250mlに定容後、溶液を50ml採取する。
(6)採取した溶液に、25%硫酸30ml、水10ml、19%PTA水溶液10mlを加え、24時間室温で放置する。
(7)溶液をNo.5Bのろ紙でろ過する。
(8)ろ液20mlを取り窒素を定量する。
【0026】
PTA可溶性窒素含量の計算方法は次の通りである。
PTA可溶性N/全N(%)=可溶性窒素含量/チーズ中の全窒素含量×100
【0027】
例として、ゴーダチーズの場合の熟成に伴うPTA可溶性窒素含量の増加傾向を図1に示す。
【0028】
原料チーズの構成は、原料チーズとして1種または2種以上のチーズを組み合わせた混合チーズ中のPTA可溶性N/全N(%)が5%以上になるようにするのが好ましく、より好ましくは7%以上、最も好ましくは8%以上である。また、チーズ中のPTA可溶性N/全N(%)の如何に関わらず、乳化剤を添加した場合、口溶けの良好なプロセスチーズを作ることができたが、チーズ中のPTA可溶性N/全N(%)が5%以上になるように原料チーズの熟度を選別して組み合わせ、さらに乳化剤を添加した場合、最も口溶けの良好なプロセスチーズを作ることができた。
【0029】
本発明に用いる乳化剤は、グリセリン脂肪酸エステル、レシチン、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリソルベートが好ましい。より好ましくは、ポリグリセリン脂肪酸エステル、酵素処理レシチン、ポリソルベートであり、溶融時の分離が無く、出来上がったプロセスチーズの食感も良好であった。尚、本発明に用いる乳化剤の添加量は、0.1〜1重量%が好ましく、より好ましくは0.2〜0.8重量%である。乳化剤の添加量が0.1重量%より少ないと包材からの剥離性を改善する効果が無い、食感の改善ができないなどの問題が生じ、乳化剤の添加量が1%を超えると乳化剤特有の好ましくない風味が出るなどの問題が生じる。
【0030】
本発明では、加熱溶融工程で生残した耐熱性菌の増殖を抑制するためにショ糖脂肪酸エステル及びリゾチームをそれぞれ添加する。ここで言う耐熱性菌とは、原料チーズに由来し、芽胞を形成して一般的なプロセスチーズ類の加熱溶融条件である100℃以下の加熱条件では死滅しない菌である。例えば、Bacillus属、Clostridium属等の耐熱性有芽胞菌が挙げられる。これらの耐熱性菌は、一般的なプロセスチーズ配合においては製品中に生残しても保存中に増殖せず問題となることはないが、溶融塩としてリン酸塩を用いずにクエン酸塩および/または酒石酸塩を用いる場合においては、保存中に増殖して製品品質を劣化させる原因となることがある。これらの耐熱性菌の増殖を抑制するために、ショ糖脂肪酸エステル及びリゾチームをそれぞれ0.005重量%以上添加する。ショ糖脂肪酸エステル及びリゾチームの添加量の比は、特に限定されないが、1:10〜10:1が好ましく、1:5〜5:1がより好ましい。ショ糖脂肪酸エステル及びリゾチームの添加方法や添加後のプロセスチーズ類の製造工程については、特に制限はなく、通常のプロセスチーズ類の製造における溶融塩等の副原料と同様の方法で添加すればよく、その後の製造工程についても通常の製造工程で実施すればよい。
【0031】
さらに、各種安定剤やゲル化剤の併用、風味付けのための香辛料等各種食品の添加によっても何ら本発明の効果は影響を受けるものではなく、目的とする製品の風味、テクスチャーの調整のためにそれらを配合することができる。
【0032】
本発明において、原料の加熱溶融は、原料を撹拌しながら通常、75〜100℃、好ましくは80〜100℃、より好ましくは85〜100℃まで加熱することにより行う。本発明において原料を加熱溶融し、乳化する装置としては、ケトル型チーズ乳化釜、横型クッカー、高速剪断乳化釜、及び連続式熱交換機(ショックステリライザー、コンビネーター等)など、いずれも使用可能である。また、溶融装置とホモゲナイザー、インラインミキサー、コロイドミルなどの乳化機を組み合わせることも可能である。
【0033】
原料を加熱溶融した後は、容器に充填してから冷却する方法、一旦仮容器に充填してから冷却成形した後に取り出してカット包装する方法、連続的に冷却しつつ成形して包装する方法など、いずれの方法でも行うことができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0035】
[試験例1]
表1の配合でプロセスチーズを試作した。
【表1】

【0036】
原料チーズ5kgを粉砕して溶融釜に投入し、さらに溶融塩としてクエン酸ナトリウムを100g添加し、1C及び1Dではデカグリセリンモノステアリン酸エステルを15g添加し、製品MNFSが63%になるように水を加え、攪拌しながら90℃まで加温して溶融し、パラフィルムとカルトンを使用して225gずつ包装し冷蔵した。
3日間十分冷却した後、レオメーターで硬さ(針入硬度注-1))を測定し、5名の専門パネルで風味・食感を評価した。その結果は表2の通りである。
【表2】

【0037】
試験例1の結果より、溶融塩としてクエン酸ナトリウムを使用した場合でも、熟成期間を長くしてPTA可溶性窒素含量の多い原料チーズを使用するか、あるいは、ポリグリセリン脂肪酸エステルを添加すれば口溶けが改良され、両者を組み合わせればさらに良好な口溶けのプロセスチーズ類ができることがわかった。さらに試作検討を続けた結果、口溶け改良の効果は、原料チーズ中のPTA可溶性N/全N(%)が7%以上の場合に明確に現れた。乳化剤を組み合わせた場合にはPTA可溶性窒素含量が5%でも効果が明確であった。
【0038】
[試験例2]
試験例1と同じ要領で2A〜2Dのプロセスチーズを試作し、スライスチーズ充填機、6Pチーズ充填機を使用して以下の仕様の包材に充填した。3日間冷蔵保存した後、室温に2時間放置してから、フィルムを剥いて剥離性を評価した。
<テストした包材>
スライスインナーフィルムa:チーズ接触面材質ポリエステル
スライスインナーフィルムb:チーズ接触面材質ポリ塩化ビニリデン
6Pアルミ箔c :チーズ接触面材質ポリエステル
6Pアルミ箔d :チーズ接触面材質ポリエチレン
結果は表3の通りである。
【表3】

【0039】
表3より、溶融塩としてクエン酸ナトリウムを使用しても、プロセスチーズ溶融時に乳化剤を加えることによって剥離性を良好にできることを見出した。
【0040】
[試験例3]
表4の配合でプロセスチーズを試作した。
【表4】

【0041】
原料チーズ5kgを粉砕して溶融釜に投入し、さらに溶融塩としてクエン酸ナトリウム(3Dはトリポリリン酸ナトリウム)を100gとデカグリセリンモノステアリン酸エステルを15g添加し(3Dは添加無し)、製品MNFSが試作品それぞれの値になるように水を加え、pHは乳酸で調整し、3E、3Fについてはリゾチームとショ糖脂肪酸エステル(三栄源エフ・エフ・アイ社製アートフレッシュ50/50)を合わせて2.5g添加し、攪拌しながら90℃まで加温して溶融し、パラフィルムとカルトンを使用して225gずつ包装し冷蔵した。
2日間冷却した後、30℃に保存し、細菌増殖によってチーズが膨張していないか、またはチーズ内部に気泡ができていないか、1週間ごとに試作品を検査した。検査結果は表5の通りである。
【表5】

【0042】
試験例3の結果より、リン酸ナトリウムよりクエン酸ナトリウムの方が細菌的な保存性の劣ることがわかる(3Cと3Dの比較)が、クエン酸ナトリウムを使用した場合でもリゾチーム+ショ糖脂肪酸エステルを添加すれば、細菌的な保存性を改善することができた(3E)。さらに詳細に試作検討した結果、クエン酸ナトリウムを溶融塩として使用した場合、MNFSが63%以下で、pHが5.8以下であるならば、リゾチーム+ショ糖脂肪酸エステルを使用しなくとも、細菌的な保存性は確保できる(30℃で6週間保存して膨張や気泡の生成が無い)が、MNFSが63%を超えるか、pHが5.8を超える場合、細菌的な保存性を確保するために何らかの手段が必要となり、リゾチーム+ショ糖脂肪酸エステルの添加が有効であることがわかった。
【0043】
[実施例1]
熟成期間7ヶ月(PTA 可溶性N/全N=7.5%)のチェダー5kgをミートチョッパーで粉砕してチーズ溶融釜に投入し、クエン酸ナトリウムを100g添加し、酵素分解レシチン(太陽化学(株)製サンレシチンA)を15g添加し、試作品のMNFSが62%になるように加水し、pHは乳酸で5.8になるように調整し、撹拌しながら85℃まで加温、溶融した後、パラフィルムとカルトンを使用して225gずつ包装し、冷蔵した。
試作品は、良好な口溶けを有し、30℃で6週間保存しても膨張したり、気泡ができたりすることもなかった。
【0044】
[実施例2]
熟成期間7ヶ月(PTA 可溶性N/全N=7.5%)のチェダー50kgをミートチョッパーで粉砕してチーズ溶融釜に投入し、クエン酸ナトリウムを1kg添加し、有機酸モノグリセリド(コハク酸モノグリセリド:太陽化学(株)製サンソフトNo.681NU)を150g添加し、リゾチームとショ糖脂肪酸エステルの製剤(三栄源エフ・エフ・アイ社製アートフレッシュ50/50)を15g添加し、試作品のMNFSが64%になるように加水し、pHは6.0になるように調整し、撹拌しながら85℃まで加温、溶融した後、スライスチーズ充填機でスライスチーズの形状に充填・包装し、冷蔵した。
試作品は、良好な口溶けを有し、フィルムからの剥離性も良く、30℃で6週間保存しても膨張したり、気泡ができたりすることもなかった。
【0045】
[実施例3]
熟成期間7ヶ月(PTA 可溶性N/全N=7.5%)のチェダー50kgをミートチョッパーで粉砕してチーズ溶融釜に投入し、クエン酸ナトリウムを0.5kgと酒石酸ナトリウム0.5kgを添加し、デカグリセリンモノステアリン酸エステル(太陽化学(株)製サンソフトQ−18S)を150g添加し、試作品のMNFSが62%になるように加水し、pHは5.8になるように調整し、撹拌しながら85℃まで加温、溶融した後、スライスチーズ充填機でスライスチーズの形状に充填・包装し、冷蔵した。
試作品は、風味、口溶けとも良好で、フィルムからの剥離性も良く、30℃で6週間保存しても膨張したり、気泡ができたりすることもなかった。
【0046】
[実施例4]
熟成期間7ヶ月(PTA可溶性N/全N=7.5%)のチェダー50kgをミートチョッパーで粉砕してチーズ溶融釜に投入し、酒石酸ナトリウム1kgを添加し、デカグリセリンモノステアリン酸エステル(太陽化学(株)製サンソフトQ−18S)を150g添加し、試作品のMNFSが62%になるように加水し、pHは5.8になるように調整し、攪拌しながら85℃まで加熱、溶融した後、スライスチーズ充填機でスライスチーズの形状に充填・包装し、冷蔵した。
試作品は、良好な風味、口溶けを有し、フィルムからの剥離性も良く、30℃で6週間保存しても膨張したり、気泡が生じることもなかった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明により、溶融塩としてリン酸塩を用いずにクエン酸塩および/または酒石酸塩を用いてプロセスチーズ類を製造しても、口溶け、包装体からの剥離性及び細菌的な保存性の良好なプロセスチーズ類が得られた。本発明により、リン過剰摂取に配慮したプロセスチーズ類の製造方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チーズ中のPTA可溶性N/全N(%)が7%以上であるチーズ混合物を原料チーズとして使用し、溶融塩としてリン酸塩を添加せずにクエン酸塩および/または酒石酸塩を0.8〜4重量%添加することを特徴とするプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項2】
チーズ中のPTA可溶性N/全N(%)が5%以上であるチーズ混合物を原料チーズとして使用し、乳化剤を添加することを特徴とする請求項1に記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項3】
乳化剤が、グリセリン脂肪酸エステル、レシチン、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリソルベートのうちから選択された1種または2種以上の組み合わせであることを特徴とする請求項2に記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項4】
乳化剤が、ポリグリセリン脂肪酸エステル、有機酸モノグリセリド、酵素処理レシチン、ポリソルベートのうちから選択された1種または2種以上を組み合わせて用いることを特徴とする請求項2または3に記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項5】
製品のpHを5.8以下、MNFSを63%以下になるように調製することを特徴とする請求項1〜4に記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項6】
製品のpHを6.0以下で、MNFSを65%以下になるように調製し、リゾチームとショ糖脂肪酸エステルをそれぞれ0.005重量%以上で添加することを特徴とする請求項1〜5に記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項7】
加熱溶融後に、容器に充填してから冷却する方法、一旦仮容器に充填してから冷却成形した後に取り出してカット包装する方法、連続的に冷却しつつ成形して包装する方法のいずれかを用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の製造方法を用いて製造されたプロセスチーズ類。


【図1】
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【公開番号】特開2013−34484(P2013−34484A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−224630(P2012−224630)
【出願日】平成24年10月9日(2012.10.9)
【分割の表示】特願2008−56407(P2008−56407)の分割
【原出願日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【出願人】(000006138)株式会社明治 (265)
【Fターム(参考)】