説明

プロテアーゼ活性の測定方法

【課題】 プロテアーゼ阻害剤に対する耐性度の評価に利用できる、ウイルス等に由来するプロテアーゼ活性の測定方法の提供。
【解決手段】被検プロテアーゼ、プロテアーゼ基質、そしてマーカー遺伝子を共通のプロモーターの制御下に発現させ、生成するマーカー遺伝子とプロテアーゼによる切断生成物を測定する。マーカー遺伝子の発現量が基質蛋白質の発現量を反映するので、正確な測定が可能となる。HIVのプロテアーゼ阻害剤耐性度の評価に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロテアーゼ活性の測定方法、並びにこの測定方法を利用したプロテアーゼのプロテアーゼ・インヒビター耐性度の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus; HIV)を病原ウイルスとするAIDSは、かつては治療薬が無いとまで言われていたウイルス性疾患であった。しかしウイルス増殖を抑制することができる逆転写酵素阻害剤やウイルスプロテアーゼ阻害剤の発見により、様々な角度から、その発症や進行を遅らせることができるようになった。特に、複数種の逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤(protease inhibitor)を組み合わせる多剤併用療法は、高い有効性が認められている。現在多剤併用療法には、たとえば以下のような薬剤が用いられている。
逆転写酵素阻害剤:
ジドブシン(AZT, ZDV)
ジダノシン(ddl)
ザルシタビン(ddC)
ラミブジン(3TC)
スタブジン(d4T)
硫酸アバカビル(ABV)
ネビラピン(NVP)
エファビレンツ(EFV)
プロテアーゼ阻害剤:
ネルフィナビル(NFV)
リトナビル(RTV)
サキナビル(SQV)
インジナビル(IDV)
アンプレナビル(APV)
多剤併用療法は、高活性抗レトロウイルス療法(Highly Active Antiretroviral Therapy; HAART)とも呼ばれ、現在のところ最も一般的なエイズ治療方法となっている。
【0003】
HAARTが導入されて以来、感染者の予後は著明に改善された。特に、治療効果の改善におけるプロテアーゼ阻害剤の貢献は大きい。HIV等のレトロウイルスは、もともと変異を起こしやすいウイルスである。そのため、逆転写酵素のみを標的とする薬物治療には、薬剤耐性ウイルスの出現が大きな障害となっていた。これに対して、プロテアーゼという逆転写酵素とは異なる標的に対する薬剤を組み合わせることにより、その相乗効果によって、プロテアーゼ阻害剤による治療効果を高めていると考えられている。
しかしながら、プロテアーゼ阻害剤についても、耐性ウイルスの出現が治療の成否を左右することは逆転写酵素阻害剤と同様である。また、体内に存在するウイルスの薬剤耐性度をもとに投与薬剤を選択すると予後を改善するという報告もあり、HIVの薬剤耐性度試験法の確立が待たれている。
【0004】
ウイルスの薬剤耐性試験の原理は、遺伝子型に基づくgenotypingと、実際に薬剤に対する耐性を観察するphenotypingに大別できる。プロテアーゼ阻害剤については、そのアミノ酸変異と耐性との関係はかなり解析されている。しかし、プロテアーゼ遺伝子の変異が多様なため、genotypingのみによる耐性の正確な予測は困難である。したがって、phenotypingの方法も必要である。またphenotypingはより直接的な耐性試験法であることから、ウイルスの薬剤に対する挙動を総合的に判定することができる。
【0005】
現在、多くの研究者らが試みているのは組み換えHIV-1を作製し耐性試験を行う方法である。この方法では、まず治療の標的遺伝子(たとえばプロテアーゼ遺伝子)を患者から得られた血液などのサンプルからRT-PCR法により増幅し、HIV-1ベクターに組み込んで、ウイルスを作製する。
HIV-1ベクターは、HIV-1のプロウイルスゲノムをベースに構築されたベクターで、プロウイルスゲノムを構成する遺伝子の一部を任意の遺伝子に組み換えることができる。遺伝子が組み換えられたHIV-1ベクターを適当な宿主細胞に形質転換すれば、遺伝子を人為的に組み換えられたウイルスゲノムRNAを有する感染性のウイルス粒子を発現させることができる。このウイルス粒子を回収してT細胞などに感染させ、薬剤存在下で培養し、ウイルスの増殖の度合で耐性度を判定するものである。
しかしながら、この従来の方法には、以下のような問題点がある。
1) 制限酵素を使用した場合、組み換えウイルスベクターの作製に時間がかかる。またレトロウイルスの持つ高い変異性のために、標的遺伝子内に制限酵素認識部位が存在する可能性が否定できない。
2) ウイルスの回収と耐性試験のためのウイルスの培養に数週間を要する。
3) 感染性ウイルスを扱うための施設(BSL3)が必要である。
すなわち、患者検体を得てから最終的な結論を得るまでに1ヵ月以上の時間を要し、特殊な設備を有する施設以外での試験が不可能である。また、多検体の処理も困難である。
【0006】
さらにこの試験を困難にしている要因として、組み換えウイルスを作製した場合、野生型(wild type)に比較してプロテアーゼ遺伝子に変異を含むウイルスでは酵素活性が低いため、著しくそのウイルスの増殖能が劣る点がある。従って、この方法に基づいて耐性試験を行うと、しばしば試験期間中には検出限界以下の増殖しか示さないため、耐性を有していても耐性なしという結果が得られることになる。すなわち、ウイルスの増殖に大きく依存している従来の方法では、組み換え変異ウイルスのプロテアーゼ阻害剤に対する耐性試験は極めて困難である。
【0007】
HIVの増殖に依存しないでプロテアーゼの活性を測定する方法として、プロテアーゼによるgag蛋白質の切断生成物を指標とする方法が報告されている(Antonucci T. et al., J. Virological Methods 49, 247-256, 1994)(非特許文献1)。この方法では、活性を評価すべきHIVプロテアーゼの遺伝子を非感染性クローンであるX19(Ratner L., AIDS Res. Human Retroviruses 7, 287-294, 1991)(非特許文献2)に組み込み、培養中に生成するp24蛋白質を指標としてプロテアーゼ活性を求めている。p24は、gag蛋白質がプロテアーゼによって切断されて生成するウイルス蛋白質である。更にp24に対する反応性が高いELISAを利用することにより、p24の選択的な測定を可能とした。
ウイルスの増殖ではなく、プロテアーゼ遺伝子の発現と、プロテアーゼによるgag蛋白質の切断を指標とした点で、この方法はウイルスのプロテアーゼ阻害剤耐性をより容易に評価できる方法と言うことができる。
【0008】
さて、この方法に基づいてプロテアーゼ活性を測定するときには、生成物であるp24の量をその前駆蛋白質(gag precursor)の量と対比させなければならない。しかし公知の方法では、前駆蛋白質の量は内部標準としてコトランスフェクトしたβガラクトシダーゼ活性に基づいて推定されていた。
この方法においては、2つの異なるベクターを常に正確に混合し、同じ条件で形質転換しなければならない。また、増殖後の全ての細胞で2つの発現ベクターが同等に発現しているかどうかは不明である。したがって、前駆蛋白質と、その発現レベルを反映すべきβガラクトシダーゼの産生状況が、異なっている可能性が常に伴っていた。言いかえれば、公知のプロテアーゼ活性測定方法においては、前駆蛋白質と、その発現レベルを反映すべきβガラクトシダーゼの発現レベルの関係が安定しないので、正確な測定が期待できない可能性がある。
更に、公知の方法に用いられたベクターは、env遺伝子を欠損するものの、LTRや逆転写酵素遺伝子(RT)やインテグラーゼ遺伝子(IN)などが残っているため感染の危険性が残る。加えて、プロテアーゼ遺伝子を制限酵素を用いてベクターに組み込む手法を利用しているため、プロテアーゼ発現ベクターの構築にはクローニングのステップが必要となり、時間がかかる欠点がある。また標的遺伝子内に使用予定の制限酵素認識部位が存在する場合にはクローニングそのものが行えない恐れがある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Antonucci T. et al., J. Virological Methods 49, 247-256, 1994
【非特許文献2】Ratner L., AIDS Res. Human Retroviruses 7, 287-294, 1991
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、プロテアーゼ活性の測定において、前駆蛋白質の産生量をより正確に反映することができる方法の提供を課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、プロテアーゼの役割が、ウイルス粒子の構築から成熟までの、いわゆる後期過程に集約されていることに着目した。生成されるp24を測定することにより、ウイルスを実際に増殖させること無く、プロテアーゼ活性を求められることは既に報告されている(Antonucci T. et al., J. Virological Methods 49, 247-256, 1994)。この方法は、プロテアーゼ活性とp24の生成量が以下のような関係にあることを利用している。
【0012】
(数1)

【0013】
このとき、薬剤存在下でウイルスを産生させると、薬剤濃度依存的にプロテアーゼ活性が阻害され、gagの切断活性が低下して、p24産生量が少なくなることが示されている。しかし公知の方法は、内部標準が前駆蛋白質の産生量を正確に反映できない可能性などの問題点を残していた。
【0014】
そこで本発明者らは、ウイルス蛋白質を発現するベクターにマーカー遺伝子も組み込み、前駆蛋白質と共通のプロモーターの制御下に発現させることにより、より正確に前駆蛋白質の発現レベルを反映させることができるのではないかと考えた。そして、HIVのプロウイルスゲノムにおけるnef遺伝子を適当なマーカー遺伝子に組み換えることによって、gag前駆蛋白質、プロテアーゼ、そしてマーカー遺伝子を共通のプロモーターの制御下に発現させることに成功した。更に、このような発現ベクターを用いることによって、前駆蛋白質の発現量がマーカー遺伝子に正確に反映され、その結果プロテアーゼ活性を正しく測定できることを見出し本発明を完成した。
【0015】
また本発明者らは、プロテアーゼ活性の測定に影響の無いウイルス遺伝子を選択して除去、あるいは変異させることにより、公知のベクターで心配された感染の危険性をより低くすることができることを見出した。加えて、発現ベクターの構築におけるクローニングの工程を省略しうる遺伝子導入方法を応用することによって、容易にプロテアーゼ活性の測定が行えることを明らかにし本発明を完成した。
すなわち本発明は、以下のプロテアーゼ発現ベクター、およびプロテアーゼ活性の測定方法、並びにプロテアーゼ阻害剤に対するウイルスプロテアーゼの耐性度評価方法に関する。
【0016】
〔1〕以下の要素を含み、各遺伝子およびクローニングサイトに組み込まれるプロテアーゼをコードする遺伝子が、いずれも下記プロモーターの制御下に発現するように下記要素を配置したプロテアーゼ活性測定用の発現ベクター。
(a)プロモーター、
(b)活性を測定すべきプロテアーゼによって切断される蛋白質をコードする遺伝子、
(c)クローニングサイト;ただしこのクローニングサイトに組み込まれたプロテアーゼ遺伝子は前記プロモーターの制御下に発現し、かつ発現したプロテアーゼは(b)の蛋白質を切断することができる、および
(d)マーカー遺伝子
〔2〕前記クローニングサイトが、λファージのattR1およびattR2である〔1〕に記載のベクター。
〔3〕attR1およびattR2の間に第2のマーカー遺伝子を保持した〔2〕に記載のベクター。
〔4〕第2のマーカー遺伝子がlacZαペプチドをコードする遺伝子である〔3〕に記載のベクター。
〔5〕活性を測定すべきプロテアーゼがHIVに由来するプロテアーゼであり、前記プロテアーゼによって切断される蛋白質が、少なくともp24を含むHIVgag蛋白質断片である〔1〕に記載のベクター。
〔6〕前記発現ベクターが、次の群から選択される少なくとも一つの方法によってHIVの感染性を抑制されている〔5〕に記載のベクター。
(a)HIVプロウイルスゲノムに由来する5'LTRの少なくとも一部を欠いている、
(b)HIVプロウイルスゲノムに由来する3'LTRの少なくとも一部を欠いている、
(c)HIVプロウイルスゲノムに由来する遺伝子のうちpol遺伝子の少なくとも一部を欠いているか、または蛋白質コード領域にストップコドンを含む、
(d)HIVプロウイルスゲノムに由来する遺伝子のうちenv遺伝子の少なくとも一部を欠いているか、または蛋白質コード領域にストップコドンを含む
〔7〕プロモーターの下流にHIVプロウイルスゲノムが挿入され、このプロモーターの制御下にウイルス蛋白質を発現することができ、かつ下記の改変(1)および(2)が施されている〔5〕に記載のベクター。
(1)プロテアーゼ遺伝子を前記クローニングサイトに組み換える、
(2)nef遺伝子の少なくとも一部をマーカー遺伝子に組み換える、
〔8〕更に下記(3)〜(6)に記載の少なくとも1つの改変が施されている〔7〕に記載のベクター。
(3)5'LTRの少なくとも一部をCMVプロモーターに組み換えて前記プロモーターとする、
(4)pol遺伝子の少なくとも一部を欠いているか、または蛋白質コード領域にストップコドンを含む、
(5)env遺伝子の少なくとも一部を欠いているか、または蛋白質コード領域にストップコドンを含む、
(6)3'LTRをSV40由来のpolyAシグナルに組み換える
〔9〕発現ベクターがSV40 oriを含む〔1〕に記載のベクター。
〔10〕以下の工程を含む、プロテアーゼ活性の測定方法。
1)活性を測定すべきプロテアーゼをコードする遺伝子を得る工程、
2)以下の要素を含む発現ベクターのクローニングサイトに1)で得た遺伝子を組み込んでプロテアーゼ発現ベクターとする工程、ここで該発現ベクターの各遺伝子およびクローニングサイトに組み込まれるプロテアーゼをコードする遺伝子は、いずれも下記プロモーターの制御下に発現するように配置されている、
(a)プロモーター、
(b)前記プロテアーゼによって切断される蛋白質をコードする遺伝子、
(c)クローニングサイト;ただしこのクローニングサイトに組み込まれたプロテアーゼ遺伝子は前記プロモーターの制御下に発現し、かつ発現したプロテアーゼは(b)の蛋白質を切断することができる、および
(d)マーカー遺伝子
3)工程2)で得たプロテアーゼ発現ベクターを宿主細胞に形質転換しプロテアーゼを発現可能な条件下で培養する工程、
4)培養物に含まれる前記蛋白質のプロテアーゼによる切断産物、およびマーカー遺伝子の発現生成物を測定する工程、および
5)マーカー遺伝子の発現生成物の量に対する切断産物の量の比をプロテアーゼ活性と関連付ける工程、
〔11〕工程1)におけるプロテアーゼをコードする遺伝子がλファージのattB1を5'側に付加したフォワードプライマー、およびλファージのattB2を5'側に付加したリバースプライマーを用いたPCR法の増幅生成物であり、かつ前記クローニングサイトが、λファージのattR1およびattR2である〔10〕に記載の方法。
〔12〕前記プロテアーゼがHIVに由来するものであり、前記プロテアーゼによって切断される蛋白質が少なくともp24を含むHIVのgag蛋白質断片であり、プロテアーゼによる切断生成物としてp24を測定する〔10〕に記載の方法。
〔13〕発現ベクターがSV40 oriを含み、宿主細胞としてCOS7細胞を用いる〔10〕に記載の方法。
〔14〕プロテアーゼ阻害剤の存在下で〔10〕に記載の工程3)の培養を行うことを特徴とする、プロテアーゼ阻害剤存在下におけるプロテアーゼの活性を測定する方法。
〔15〕次の工程を含む、プロテアーゼのプロテアーゼ阻害剤に対する耐性度を測定する方法。
a)〔14〕に記載の方法によって、プロテアーゼ阻害剤存在下におけるプロテアーゼの活性を測定する工程
b)プロテアーゼ阻害剤非存在下におけるプロテアーゼ活性値と、a)の活性値の比を求める工程、
〔16〕同一のプロテアーゼについて、異なるプロテアーゼ阻害剤に対する耐性度を〔15〕に記載の方法によって求め、ある耐性度に対応する各プロテアーゼ阻害剤の濃度を比較する工程を含む、プロテアーゼ阻害剤の有効性の比較方法。
〔17〕候補化合物の存在下で〔10〕に記載の工程3)の培養を行うことを特徴とする、候補化合物のプロテアーゼの阻害作用を測定する方法。
〔18〕〔17〕に記載の方法によってプロテアーゼ阻害作用を測定し、プロテアーゼ阻害作用を有する化合物を選択する工程を含む、プロテアーゼ阻害剤をスクリーニングする方法。
〔19〕以下の要素からなる、プロテアーゼ活性の測定用キット。
(a)〔1〕に記載のプロテアーゼ活性測定用の発現ベクター、
(b)プロテアーゼをコードする遺伝子を増幅することができるプライマーセット
〔20〕以下の要素からなる、プロテアーゼ活性の測定用キット。
(a)〔2〕に記載のプロテアーゼ活性測定用の発現ベクター、
(b) λファージのattB1を5'側に付加したフォワードプライマー、およびλファージのattB2を5'側に付加したリバースプライマーからなるプロテアーゼをコードする遺伝子を増幅することができるプライマーセット
〔21〕更にλファージ部位特異的組み換え酵素を含む〔20〕に記載のキット。
〔22〕〔19〕、または〔20〕に記載のプロテアーゼ活性の測定用キットに、プロテアーゼ阻害剤を組み合わせたプロテアーゼ阻害剤に対するプロテアーゼの耐性度を測定するためのキット。
〔23〕以下の要素からなる外来遺伝子発現ベクター。
(a)λファージのattR1およびattR2からなる、外来遺伝子を挿入するためのクローニングサイト、および
(b)前記クローニングサイトに配置される外来遺伝子の発現を制御することができるプロモーター、
(c)前記クローニングサイトに保持されたLacZαペプチドをコードする遺伝子、および
(d)前記LacZαペプチドをコードする遺伝子の発現を制御することができるプロモーター、
〔24〕外来遺伝子がプロテアーゼをコードする遺伝子である〔23〕に記載の外来遺伝子発現ベクター。
〔25〕更に(e)前記プロテアーゼによって切断される蛋白質をコードする遺伝子を含む〔24〕に記載の発現ベクター。
〔26〕以下の工程を含む、プロテアーゼ活性の測定方法。
a)λファージの部位特異的組み換え酵素認識配列を付加したプロテアーゼをコードする遺伝子を合成する工程、
b)〔24〕に記載の外来遺伝子発現ベクターに前記プロテアーゼをコードする遺伝子を組み込んでプロテアーゼ発現ベクターとする工程、
c)前記プロテアーゼ発現ベクターをプロテアーゼ遺伝子の発現が可能な宿主細胞に形質転換する工程、
d)前記形質転換体を、前記プロテアーゼ遺伝子の発現が可能な条件下で培養する工程、および
e)発現生成物であるプロテアーゼの活性を測定する工程
〔27〕外来遺伝子発現用ベクターが〔25〕に記載のベクターであり、当該ベクターが発現する前記プロテアーゼによって切断される蛋白質の切断生成物を測定することによって、プロテアーゼ活性を測定する工程を含む、〔26〕に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明によるプロテアーゼ発現ベクターpVLP3のマップを示す図。図中、「T insertion Vpr to cause a flameshift」は、HXB2のVprに本来存在する1塩基(T)の挿入部位を示す。またRREはenv領域における「rev responsive element」、「PR」はプロテアーゼ遺伝子、そして「deletion」はenv領域における欠損位置を示す。
【図2】図2はマーカー遺伝子として用いたEGFP−ルシフェラーゼ融合遺伝子の構造を示す模式図である。
【図3】図3は、GATEWAYクローニングシステムとして市販されている目的ベクター用のrfAカセット(上)、および本発明において用いた改変rfAカセット(下)の構造を示す模式図である。
【図4】図4は、本発明の発現ベクターに、実際に被検プロテアーゼ遺伝子を組み換むための工程を示す模式図である。
【図5】図5は、本発明の発現ベクターのpol領域に配置したGATEWAYシステム用クローニングサイトに被検プロテアーゼ遺伝子を組み込む反応を示す模式図である。
【図6】図6は、本発明のプロテアーゼ発現ベクターを用い本発明に基づいてプロテアーゼ阻害剤の有効性を評価する工程を示す模式図である。
【図7】図7は、プロテアーゼ阻害剤ネルフィナビル存在下での野生型、および変異株D30Nのプロテアーゼを測定した結果を示すグラフである。上のグラフ(a)は、種々のネルフィナビル濃度におけるp24補正値(プロテアーゼ活性を表す)を示す。縦軸はp24補正値の濃度(log)を、横軸はネルフィナビルの濃度を表している。下のグラフ(b)は、種々のネルフィナビル濃度における各プロテアーゼの活性を、ネルフィナビル非存在下の値を100%とする比活性で表したものである。縦軸がプロテアーゼの比活性、横軸がネルフィナビルの濃度を表している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のプロテアーゼ活性測定用の発現ベクターは、以下の要素を含み、各遺伝子およびクローニングサイトに組み込まれるプロテアーゼをコードする遺伝子が、いずれも下記プロモーターの制御下に発現するように配置される。
(a)プロモーター、
(b)活性を測定すべきプロテアーゼによって切断される蛋白質をコードする遺伝子、
(c)クローニングサイト;ただしこのクローニングサイトに組み込まれたプロテアーゼ遺伝子は前記プロモーターの制御下に発現し、かつ発現したプロテアーゼは(b)の蛋白質を切断することができる、および
(d)マーカー遺伝子
【0019】
本発明において測定の対象となるプロテアーゼは限定されない。プロテアーゼと、被検プロテアーゼによって切断される蛋白質とをコードする遺伝子を取得することができれば、いずれも本発明によるプロテアーゼ活性測定用ベクターに応用することができる。本発明において、特に好ましいプロテアーゼは、ウイルスのプロテアーゼである。ウイルスの中でも、レトロウイルスに由来するプロテアーゼは、ウイルス増殖を制御するための標的分子として重要である。加えて、変異が激しいレトロウイルスのプロテアーゼの活性とプロテアーゼ阻害剤に対する耐性度の評価は、ウイルス増殖を抑えるための治療において重要な情報である。
【0020】
特に、HIVのコントロールにおいては、プロテアーゼ阻害剤は必須の薬剤と言って良い。このようなウイルスのプロテアーゼは、本発明における被検プロテアーゼとして重要である。HIVには、遺伝子型に基づいてタイプ1やタイプ2等が報告されているが、これらいずれのHIVもプロテアーゼの重要性は共通しているので、本発明における望ましいプロテアーゼと言うことができる。中でもHIVタイプ1は感染者が最も多いHIVであり、重要性は大きい。本発明において、特にことわらない限りHIVと記載するときには、HIVタイプ1を意味する。HIVの他、サル免疫不全ウイルス、ネコ免疫不全ウイルス、あるいはヒトT細胞白血病ウイルスタイプIやタイプII等のレトロウイルスに由来するプロテアーゼも、本発明によってその活性を測定することができる。
【0021】
本発明のベクターを構成するプロモーターは、測定に用いる宿主細胞において前記構成要素の発現を導くことができるものであれば、特に限定されない。たとえばHIVのプロテアーゼ活性を測定するためには、一般に動物細胞でベクターを発現させることから、動物細胞で作用するプロモーターを利用する。より具体的には、CMVプロモーター、βアクチンプロモーター、あるいはエロンゲーションファクタープロモーター等を挙げることができる。
その他、HIVプロウイルスゲノムが有する5'LTRのプロモーター作用を利用することもできる。ただし、5'LTRはウイルスの感染性の維持に必要な領域である。したがって、5'LTRをプロモーターとして利用する場合には、5'LTR以外の感染性の維持に必要な領域を修飾して感染性を抑制するのが望ましい。たとえばpol遺伝子へのストップコドンの導入は、感染性のウイルス粒子の生成を妨げるための手法として好適である。
【0022】
本発明のベクターを構成する活性を測定すべきプロテアーゼによって切断される蛋白質をコードする遺伝子には、プロテアーゼによって切断(processing)される蛋白質をコードする任意の遺伝子を利用することができる。なお本発明においては、プロテアーゼによって切断される蛋白質を、前駆蛋白質と記載することがある。たとえばHIV-1のプロテアーゼの活性を測定する場合には、HIV-1プロテアーゼによって切断されるウイルス蛋白質や、この蛋白質の切断領域を含む断片をコードする遺伝子を利用すれば良い。
【0023】
本発明においては、プロテアーゼによって切断された蛋白質を測定しなければならないことから、容易に測定することができる蛋白質を生成する蛋白質を用いるのが有利である。具体的には、生成する蛋白質を前駆蛋白質と容易に識別できる蛋白質が好ましい。たとえば、抗体を用いて、イムノアッセイの原理によって両者を識別することができる蛋白質は、本発明の前駆蛋白質として好ましい。このような蛋白質としては、たとえばHIVのgag蛋白質を示すことができる。通常HIVは、その成熟過程において、分子量55kDaのgag蛋白質(p55)がプロテアーゼに切断されて、p17(MA)、p24(CA)、p9(NC)、そしてp6の4つの断片となる。これらの断片を利用してウイルス粒子が構成(assemble)される。これらの断片のうちp24をイムノアッセイによって検出することにより、HIV感染の診断が行われている。
【0024】
ところでp24は、イムノアッセイの原理によって前駆蛋白質と識別することができる。より具体的には、p24との反応性に優れ、前駆蛋白質との反応性が低いモノクローナル抗体の利用によって、前駆蛋白質存在下でもp24を特異的に測定することができるのである。したがって、本発明に基づいてHIVプロテアーゼの活性を測定するとき、HIVgag蛋白質、またはそのp24を含む断片は、前駆蛋白質として望ましい。その他、polの翻訳産物も、プロテアーゼによって逆転写酵素(RT)やインテグラーゼ(IN)を生じる。したがって、pol領域から選択される、RTやINを生じるための切断領域を含む断片は、本発明における前駆蛋白質として用いることができる。
更に、Fluorescence Resonance Energy Transfer (FRET)の現象を測定法として用いる基質蛋白質を利用することもできる。すなわち、たとえばEGFPとEBFPをプロテアーゼの基質ペプチドでつないだ融合蛋白質(Trends Cell Biol. 1999 Feb;9(2):57-60. Review.)を本発明の前駆蛋白質として用いる。このような融合蛋白質は、プロテアーゼの作用によってFRETによって検出することができる蛋白質を生成する。
【0025】
本発明のベクターを構成するクローニングサイトは、測定すべきプロテアーゼ遺伝子を組み込むことができるものであれば特に限定されない。一般に外来遺伝子の挿入には、特定の制限酵素認識配列が用いられる。しかし制限酵素による切断と外来遺伝子のライゲーションに基づく方法は、DNAの分離精製やクローニングの工程を必要とするので、ベクターの構築に時間を要する。また対象遺伝子内に使用予定の制限酵素認識部位が存在する場合にはクローニングできなくなるという欠点がある。
したがって本発明のクローニングサイトには、外来遺伝子の導入にあたって制限酵素を必要としないものが望ましい。このような遺伝子の組み換え方法としてGATEWAY cloning(GATEWAYはLifetechnology社の登録商標)、Cre-LoxP系(Liu, Q. et al. Current Bio. 8: 1300-1309.1998)、あるいは相同組み換え(Kellam P and Larder B.A. Antimicrobial Agent and Chemotherapy 38.23-30, 1994)などを挙げることができる。
【0026】
Cre-LoxP系は、バクテリオファージP1のCre蛋白質によって、Lox Pサイトが組み換えられる現象を利用した、in vitroで実施可能な遺伝子の組み換え技術である。CLONTECH社が、Cre-LoxP系を利用した遺伝子組み換えに必要なキット「Creator(TM) Gene Cloning & Expression System」を販売しているので、これを本発明に応用することができる。Cre-LoxP系に基づいて本発明のクローニングサイトをデザインするには、たとえばhttp://www.clontech.com/archive/APR00UPD/creator.htmlに記載されているように目的遺伝子(本発明におけるプロテアーゼ遺伝子)をLox Pサイトによって挟みこみ、これを組み込み先のベクターに挿入する。組み込み先のベクターのクローニングサイトにLox Pサイトを配置しておけば、Cre蛋白質により組み換えが起き、目的のコンストラクトを作成できる。Lox Pサイトは、8bpのスペーサーを挟んだ1組の13bpの逆向きリピート(inverted repeat)塩基配列で構成される。8bpのスペーサー部分で、その塩基配列の方向性を保って、目的遺伝子の組み換えが起きる。
【0027】
相同組み換えは、真核細胞において、類似する塩基配列からなる領域が組み換えられる現象を利用した遺伝子組み換え方法である。相同組み換えの原理に基づいて本発明のクローニングサイトをデザインするときには、組み換えに必要な塩基配列をベクターに配置する。たとえば、プロテアーゼ遺伝子の塩基配列、あるいは人為的に導入した任意の塩基配列をクローニングサイトとして利用することができる。このクローニングサイトにプロテアーゼ遺伝子を導入するには、プロテアーゼ遺伝子の5'末端と3'末端にクローニングサイトに対応する組み換え用の塩基配列を付加しておけば良い。
【0028】
相同組み換えが細胞内で行われる反応であるのに対して、GATEWAY cloningではin vitroでの遺伝子組み換えが可能である。GATEWAY cloningは、λファージの大腸菌ゲノムへの組み込みの際に起きる反応を利用した組み換え反応である。λファージは、ファージのattPサイトとattBサイトの部位特異的組換え酵素により大腸菌の染色体に組込まれる。この反応をin vitroで行うために、GATEWAYのシステムでは、2種類の組換え酵素ミックスが用いられる。ひとつは、BPクロナーゼ酵素でattPサイトとattBサイトに作用して、attLサイトとattRサイトを作る(組込み反応)。この酵素混合物は、Int(Integrase)とIHF(IntegrationHostFactor)から成っている。一方の酵素混合物は、LRクロナーゼ酵素で、attLサイトとattRサイトに作用して、attBサイトとattPサイトを作る(切出し反応)。この酵素混合物は、Int、IHFとさらにXis(Excisionase)から成っている(http://www.lifetech.com/gateway、およびhttp://biotech.nikkeibp.co.jp/netlink/lto/gateway/introduction/index2.html)。これらの酵素混合物は、Lifetechnology社で販売されている。
【0029】
GATEWAY cloning technologyに基づいて本発明におけるクローニングサイトをデザインする場合には、いわゆる「目的ベクター」(Destination vector)の構造を参照すると良い。すなわち、クローニングサイトの5'側にはattR1を、3'側にattR2を配置するのである。ここでattR1とattR2の塩基配列としては以下に示す塩基配列を利用する。
attR1:5'-ATCACAAGTTTGTACAAAAAA-3'(配列番号:6)
attR2:5'-ATCACCACTTTGTACAAGAAA-3'(配列番号:7)
【0030】
GATEWAY cloning 用のクローニングサイトにプロテアーゼ遺伝子を組み込むためには、まず目的遺伝子のN末端側にattB1を、C末端側にattB2を付加した遺伝子断片を用意する。このような遺伝子断片は、必要な塩基配列を5'側に付加したプライマーを利用したPCR法によって容易に合成することができる。HIVのプロテアーゼ遺伝子を組み込む場合には、患者の血液試料からウイルスゲノム(RNA)を抽出し、これを鋳型としてRT-PCRを行えば必要な遺伝子断片を得ることができる。
【0031】
プライマーに付加する塩基配列は、N末端側のattB1と、C末端側のattB2である。より具体的には、センスプライマーの5'側にはattB1のセンス配列を、アンチセンスプライマーの5'側にはattB2のアンチセンス配列を付加する。attB1とattB2は、それぞれ25bの塩基配列からなっているので、プロテアーゼ遺伝子の増幅に必要なプライマーの塩基配列と合わせても50b前後の長さである。このような長さのオリゴヌクレオチドを合成する方法は公知である。ここでattB1とattB2の塩基配列としては以下に示す塩基配列を利用する。
attB1:5'-GGGGACAAGTTTGTACAAAAAAGCAGGCT-3'(配列番号:8)
attB2:5'-GGGGACCACTTTGTACAAGAAAGCTGGGT-3'(配列番号:9)
【0032】
本発明において、被検ウイルスのプロテアーゼ遺伝子は、患者の血漿中のウイルスから抽出されたウイルスRNAを鋳型として、RT-PCRによって容易に得ることができる。あるいはクローン化されたプロウイルスゲノムや、更にそのプロテアーゼ遺伝子をPCRにより増幅して本発明の発現ベクターに組み込むこともできる。クローニングサイトとして前記GATEWAYシステムのクローニングサイトを応用したときには、PCR産物を酵素反応によって簡単にプロテアーゼ活性発現用ベクターに組み込むことができる。更にこれらのプロテアーゼ遺伝子が、GATEWAYシステムの導入クローンとしてクローニングされているときには、クローニング済みのプロテアーゼ遺伝子を本発明の発現ベクターのクローニングサイトに容易に組み込むことができる。
いずれにせよ、GATEWAYシステムの応用により、HIV感染者に由来するHIVのプロテアーゼについて、そのプロテアーゼ阻害剤の耐性度を、きわめて迅速に明らかにすることができる。同様の原理に基づく公知のプロテアーゼ活性の測定用発現ベクターの構築に比べ、はるかに容易に、そして迅速に結果を得ることができる。
【0033】
PCR産物(プロテアーゼ遺伝子)を目的ベクターのクローニングサイトに組み込むには、BP反応による導入クローン(entry clone)の作成、そしてLR反応による導入クローンから目的ベクターへの組み換えが必要である。しかし実際には、これらの反応は単一の反応容器内で数時間のうちに完了することができる。以下に、より具体的な操作(図4)について記載する。
attB1とattB2を末端に付加されたPCR産物は、BPクロナーゼによりpDONRベクターに組み込まれて導入クローンとなる。BPクロナーゼによる反応は、PCR産物がpDONRベクターに対して一定方向に組み込まれ、しかも両者が1分子づつ反応した導入クローンを生成する。導入クローンには、プロテアーゼ遺伝子がその両端をattL1とattL2に挟まれた状態で組み込まれている。続いてこの反応液に目的ベクターとLRクロナーゼを加える。LRクロナーゼは、いったん導入クローンと目的ベクターを1:1で結合し、続いてattL1/attR1、attL2/attR2間を結合することによって、導入クローンと目的ベクターのインサートを入れ替える。その結果、導入クローンに保持されていたプロテアーゼ遺伝子の1分子が、正しい方向で目的ベクターのクローニングサイトに組み込まれる。
【0034】
続いて本発明におけるマーカー遺伝子について説明する。本発明のマーカー遺伝子は、先に述べた前駆蛋白質と同じプロモーターの制御下に発現し、前駆蛋白質の発現量を反映するマーカー(surrogate marker)として利用するために発現ベクターに組み込まれる。したがって、まず、発現量を容易に測定することができる蛋白質をコードしていることが望ましい。このような遺伝子としては、たとえば緑色蛍光蛋白質(Green Fluorescent Protein)のように蛋白質自身が蛍光シグナルを発する蛋白質や、ルシフェラーゼやβ−ガラクトシダーゼのような酵素蛋白質をコードする遺伝子を示すことができる。酵素蛋白質は、適当な基質化合物と反応させることにより、容易にその発現レベルを測定することができる。
【0035】
本発明においては、前駆蛋白質として発現した蛋白質に対する切断活性を指標としてプロテアーゼの活性を評価している。したがって、前駆蛋白質の発現レベルを把握することは大切な条件である。本発明におけるマーカー遺伝子は、前駆蛋白質の発現レベルを反映しなければならないが、必ずしも前駆蛋白質と同程度の発現レベルを維持する必要はない。重要なことは、前駆蛋白質遺伝子とマーカー遺伝子の発現レベルが相対的に同じ水準で推移することである。本発明においては、共通のプロモーターの制御下に両者の発現を誘導するので、少なくとも相対的な発現レベルは一定に推移することが期待できる。
これに対して、前駆蛋白質とマーカー遺伝子とを別々の発現系で発現させた場合には、各発現系の形質転換効率等によって両者の発現レベルの相対的な関係が変動する可能性がある。マーカー遺伝子が前駆蛋白質の発現レベルを正確に反映できなければ、プロテアーゼ活性の正確な評価は期待できない。
【0036】
さて、本発明においては、活性を測定すべきプロテアーゼと、このプロテアーゼによって切断される蛋白質、そしてマーカー遺伝子とを、共通のプロモーターの制御下に発現させなければならない。そのためには、プロウイルスゲノムを保持した発現ベクターをもとに、必要な遺伝子やクローニングサイト等を組み込んだコンストラクトを用いるのが有利である。プロウイルスゲノムを発現可能な形で保持した発現ベクターは、共通のプロモーターの制御下にウイルスの各蛋白質を発現可能に保持している。したがって、少なくともプロテアーゼ遺伝子と、プロテアーゼによって切断される蛋白質をコードする遺伝子を発現可能な状態にある。
【0037】
このようなプロウイルスゲノム組み込みベクターは、公知である。たとえば、最初に分離された感染性クローンHXB2を含むpSP65HXB2Ecogpt(Ratner L, Fisher A, Jagodzinski LL, Mitsuya H, Liou RS, Gallo RC, Wong-Staal F. AIDS Res Hum Retroviruses. 1987 Spring;3(1):57-69.)を出発材料として用い、クローニングサイト、マーカー遺伝子の付加等の必要な修飾を施して本発明の発現ベクターとすることができる。HXB2以外の感染性分子クローンを含む他の発現ベクターも利用することができる。先に述べたAntonucciらの方法で用いられたクローンX19(Ratner L., AIDS Res. Human Retroviruses 7, 287-294, 1991)は、env領域に241塩基の欠損を有する、pSP65HXB2Ecogpt由来の発現ベクターである。
【0038】
以下に感染性分子クローンを含むプラスミドベクターに本発明に必要なエレメントを付加する方法について、具体的に述べる。まず、プロウイルスゲノムのプロテアーゼ遺伝子に相当する領域に、クローニングサイトを組み込む。ウイルスゲノム本来のプロテアーゼ遺伝子に相当する領域に、本発明における被検プロテアーゼ遺伝子を組み込むことで、被検プロテアーゼが生理的にin vivoに近い形で発現される。その結果、プロテアーゼ活性をより高感度に検出することができる。
さて、プロテアーゼ遺伝子を実際にクローニングサイトに変換するには、公知の制限酵素とライゲーションに基づく一般的な方法を利用することができる。たとえばクローニングサイトとして市販のGATEWAY(登録商標)システムを用いるときには、プロテアーゼ遺伝子に代えてクロナーゼ認識配列を導入すれば良い。
【0039】
GATEWAY(登録商標)システムは、導入クローンに保持された目的遺伝子を、発現ベクターのクローニングサイトに組み換える反応に基づいている。その組み換え効率は90%を越える高い確率で起きるとされているが、それでも組み換えに成功したクローンを選択する工程は必要である。遺伝子組み換え体の選択には、一般に薬剤耐性遺伝子などのマーカー遺伝子が利用される。本発明のクローニングサイトに、このマーカー遺伝子の原理を利用することができる。すなわち、発現ベクターのクローニングサイトに予めマーカー遺伝子を挿入しておくのである。
【0040】
GATEWAYシステムにおいては、導入クローンから発現ベクターへの遺伝子の組み換えが起きるとき、同時に発現ベクターがクローニングサイトに保持していた塩基配列が導入クローンの目的遺伝子が存在していた領域に組み換えられる。したがって、発現ベクターのクローニングサイトにマーカー遺伝子を配置しておけば、その脱落を指標としてGATEWAYシステムによる遺伝子組み換えが起きたことを知ることができる。マーカー遺伝子が宿主の生育を阻害するものであるときには、遺伝子組み換えに成功したものだけが正常な生育が許されることになる。あるいは、発色や蛍光といった可視的なシグナルを生成する遺伝子をマーカー遺伝子としたときには、このシグナルを生成しないものが、遺伝子組み換えに成功した発現ベクターを保持していることになる。本発明において、遺伝子組み換え体の選択を目的として発現ベクターのクローニングサイトに組み込まれるマーカー遺伝子を、第2のマーカー遺伝子という。
【0041】
第2のマーカー遺伝子は、発現ベクターの選択を目的として組み込まれるものであるから、発現ベクターのクローニングに用いる宿主細胞において発現されるように設計する。たとえば大腸菌でクローニングベクターを選択するときには、大腸菌において発現を誘導できるプロモーターの下流に第2のマーカー遺伝子を配置する。第2のマーカー遺伝子としては、たとえばLacZのαペプチドをコードする遺伝子を用いることができる。一般にLacZαペプチドは、alpha complementationによって発現するβガラクトシダーゼ活性を指標とするセレクションに用いられる。βガラクトシダーゼ活性は、発色基質X-Galの青い発色として検出される。したがって、青いコロニーは組み換えが起きておらず、LacZのαペプチドを発現していることがわかる。
【0042】
ただ実際には、後に示す実施例においては、大腸菌での発現を誘導するtacプロモーターをLacZのαペプチド遺伝子と組み合わせた場合、LacZのαペプチドを大量発現した大腸菌が死滅している。その結果、組み換えに失敗してプロテアーゼ遺伝子が導入されていないクローンは生えてこないことになる。つまり本発明におけるLacZαペプチドは、βガラクトシダーゼ活性を利用することなく、ポジティブセレクションマーカーとして機能することもできる。したがって本発明においては、LacZαペプチドの利用により、たとえばDB3.1のような特殊な大腸菌株は不要である。
あるいは市販のGATEWAYシステムにおいては、目的ベクターのクローニングサイトにccdB遺伝子が導入されている。この遺伝子を発現した野生型DNAジャイレースを有する大腸菌はDNAジャイレースの活性が阻害されて死滅することから、ccdBをマーカー遺伝子に利用することもできる。ccdBを第2のマーカー遺伝子としてクローニングに利用する場合には、ccdB遺伝子産物に抵抗性を持つ変異したDNAジャイレースを有する大腸菌(DB3.1株など)を用いる必要がある。
ただしpSP65HXB2Ecogptのプロテアーゼ遺伝子を含む領域に相当する部分にccdBを組み込んでDB3.1株に形質転換する方法では良好な結果を得ることができなかった。原因は不明であるが、プラスミドの一部が欠損するといったプラスミドの不安定性が観察された。このためccdBに代えてLacZαペプチドの導入を試みた。LacZαペプチドを使ったクローニングでは、ccdBとDC3.1株の組み合わせで見られたようなプラスミドの不安定性は見られなかった。
【0043】
すなわち本発明は、以下の要素からなる外来遺伝子発現ベクターを提供する。
(a)λファージのattR1およびattR2からなる、外来遺伝子を挿入するためのクローニングサイト、および
(b)前記クローニングサイトに配置される外来遺伝子の発現を制御することができるプロモーター、
(c)前記クローニングサイトに保持されたLacZαペプチドをコードする遺伝子、および
(d)前記LacZαペプチドをコードする遺伝子の発現を制御することができるプロモーター、
本発明の外来遺伝子発現ベクターは、特にHIVのプロウイルスゲノムをベースとするベクターにλファージの部位特異的組み換え酵素のためのクローニングサイトを導入するときに有用である。λファージの部位特異的組み換え酵素による遺伝子の組み換え技術として、GATEWAYクローニングが公知である。しかしGATEWAYクローニングにおいて一般に用いられているマーカー遺伝子であるccdBは、HIVプロウイルスゲノムをベースとする外来遺伝子発現ベクターに応用した場合、プラスミドを安定に保持できないなどの問題点があった。本発明の外来遺伝子発現ベクターでは、マーカー遺伝子としてccdBに代えてLacZαペプチドを用いたことにより、この問題を解消した。
【0044】
本発明においてLacZαペプチドとは、たとえばアミノ酸配列MTEYKLDAMIPGNSRAVVLQRRDWENPGVTQLNRLAAHPPFASWRNSEEARTDRPSQQLRSLNGからなるペプチドを示すことができる。このアミノ酸配列は大腸菌におけるalpha complementationが可能であり、かつ本発明の発現ベクターに用いたときには、tacプロモーターによる発現によって大腸菌の生育を阻害するポジティブセレクションマーカーとして機能する。LacZαペプチドには、この他にも多くの変異配列が公知である。つまり一般にLacZαペプチドは、大腸菌におけるalpha complementation(Welply JK., et al., beta -Galactosidase alpha-complementation. Overlapping sequences. J. Biol. Chem. 1981;256:6804-10)が可能なペプチド全般を意味する用語として使用されている。本発明のLacZαペプチドには、これら公知のアミノ酸配列からなるペプチドを利用することもできる。
一方LacZαペプチドをコードする遺伝子の発現に必要なプロモーターは、本発明による外来遺伝子発現ベクターのセレクションを行う宿主において当該遺伝子の発現を誘導しうるものであれば限定されない。大腸菌を宿主とする場合には、たとえばtacプロモーターを利用することができる。
【0045】
本発明の外来遺伝子発現ベクターにλファージの部位特異的組み換え酵素を利用して外来遺伝子を組み込むときには、LacZαペプチドの発現が消失することを指標として、組み換えに成功したクローンを選択することができる。本発明の外来遺伝子発現ベクターは、マーカー遺伝子が安定に保持されているので、目的とする組み換え体を確実に選択することができる。外来遺伝子としては、たとえば活性を測定すべきHIVプロテアーゼをコードする遺伝子を応用することができる。このようにして得ることができるプロテアーゼ発現ベクターは、当該プロテアーゼの発現と、活性測定に有用である。
【0046】
本発明における発現ベクターを用いてプロテアーゼの活性を測定する場合、プロテアーゼ遺伝子およびプロテアーゼによって切断される前駆蛋白質遺伝子と共通のプロモーターの制御下に発現することができるマーカー遺伝子を組み込む必要がある。マーカー遺伝子も、クローニングサイトと同様にプロウイルスゲノムの遺伝子を置換することによって導入すると良い。そうすることによって、ウイルス蛋白質の発現と生理的に近い状態でマーカー遺伝子の発現を誘導することができる。その結果、前駆蛋白質の発現量をより正確に反映することができる。具体的には、たとえば、pol、env、あるいはnefといった各遺伝子に代えて、マーカー遺伝子を組み込むことができる。特にnef遺伝子はゲノムの3'に位置するので、マーカー遺伝子を挿入することによるスプライシングなどへの影響が少ないと考えられる。またnefは細胞株でのウイルスゲノムの複製には必須でないので、他の遺伝子を挿入しても問題が少ない等の点から過去においてもしばしば外来遺伝子の挿入部位として用いられてきている。したがってnefは、マーカー遺伝子の組み込みに好適である。
【0047】
プロウイルスゲノムを保持する発現ベクターを、以上の構成要素で組み換えることによって、本発明の発現ベクターを得ることができる。さて、生理的な条件下では、プロウイルスゲノムの発現には、ベクターが有するプロモーター以外にも、いくつかの調節遺伝子の作用が必要とされている。たとえばrev 遺伝子はHIVの調節遺伝子の一つである。プロウイルスウイルスゲノムから転写されたRNAのスプライシングにより、約17kDaの蛋白質をコードするrev mRNAとなる。rev蛋白質は、ウイルス粒子の構築においては、ウイルスRNAのプロセッシングを制御し、プロテアーゼの発現に必要である。本発明のベクターにおいても、pol遺伝子の産物として発現するプロテアーゼや、前駆蛋白質として機能するgagの発現には、revが関与している。revは、これらの構造蛋白質をコードするmRNA上に存在するrev応答領域(rev responsive element; RRE)と呼ばれる塩基配列に作用して、その核外輸送を行うとされている。以下に述べる実施例においても、revを含む形でプロウイルスゲノムを改変している。しかし本発明においては、プロテアーゼおよびその基質の発現を可能とすることができる限り、プロウイルスゲノムのrevは必須ではない。
【0048】
たとえば、revを他の発現系によって供給する方法も可能である。また、Mason-Pfizer monkey virus で見出されたcis elementであるconstitutive transport element(CTE)をpolやgagのmRNAの一部として発現させることによって、revの機能を代替することもできる。更に、これらの調節遺伝子の助けが無くても真核細胞における発現が可能なように、gagやpolのコドンを至適化することによって、revを用いないベクターとすることもできる。つまり、polやgagを構成する塩基配列を、宿主細胞として用いる真核細胞において使用頻度の高いコドンに置換するのである。このとき、コーディング配列には変化が無いように塩基配列に変異を与える。このような変異を与えた遺伝子は、ウイルスの蛋白質でありながら、もはやrev非依存的に 蛋白質への翻訳が行われ、本発明によるプロテアーゼ活性の測定を可能とする。
【0049】
本発明で用いられる発現ベクターには、プロモーターに加えて、各種の発現制御領域を導入しておくこともできる。たとえば、SV40 oriのような発現増強活性を有する制御遺伝子を導入しておくことによって、SV40のLarge T抗原を発現している細胞内でのプロテアーゼの発現レベルを高く維持することができる。また通常SV40oriとして用いられているDNA断片はエンハンサー活性を有することが知られている。したがって、これらの発現制御領域の付加は、本発明のプロテアーゼ活性の測定方法の感度を向上させる方法として有効である。更に本発明においては、SV40以外に由来するエンハンサーを使用することもできる。エンハンサーは、他の遺伝子や発現制御領域を分断しないように、ベクター上の任意の領域に配置すれば良い。エンハンサーの他にも、発現増強を期待できる発現制御領域としては、ターミネーターを挙げることができる。
【0050】
ところで非感染性とされている公知のプロウイルスクローンであるX19は、env遺伝子の欠損によってのみ、その感染性が抑制された状態にある。本発明のプロテアーゼ活性の測定用発現ベクターにおいても、同様の欠損を導入することができる。更に付加的に、プロテアーゼ活性の測定に必要が無く、かつ感染の可能性につながる領域を改変し、その感染性を更に弱めることができる。このような領域として、5'LTR、3'LTR、nef、そしてpolを示すことができる。
【0051】
5'LTRと3'LTRは、ウイルスゲノムの複製に必要な領域であるが、本発明によるプロテアーゼ活性の測定には5'LTRの持つプロモーター活性および3'LTRのもつpolyAシグナル活性だけで十分である。したがって、この領域を欠損、あるいは変異させることによって、プロウイルスクローンの感染性を奪うことができる。たとえばプロウイルスゲノムの5'LTRに相当する領域を、プロテアーゼ遺伝子等を発現させるためのプロモーターに置換することができる。一方、3'LTRは、たとえばSV40 poly Aシグナルへの置換によって、プロウイルスクローンの感染性を抑制できる。感染性の抑制を目的とするこれらの変異は、必ずしもその両方を同時に導入する必要は無く、任意の一方のみを導入することもできる。
【0052】
pol領域は、ウイルス粒子の複製に必要なプロテアーゼ遺伝子や逆転写酵素遺伝子を含んでいる。このうちプロテアーゼ遺伝子に相当する部分は、本発明においては、たとえば被検プロテアーゼの遺伝子を組み込むためのクローニングサイトに改変される。このとき、プロテアーゼ遺伝子の下流にストップコドンを配置することができる。このような改変をpol領域に加えることにより、プロテアーゼより下流に位置する逆転写酵素および組み込み酵素の翻訳を阻止することができる。
更にnef領域は、たとえば本発明におけるマーカー遺伝子に置換することができる。nefはHIVの感染初期に感染細胞のCD4の発現などに影響を与える遺伝子とされている。nef(-)のSIVはその増殖能力が低下することが知られている。HIVにおいても同様に、nefを欠くウイルスは増殖能に劣ると考えられる。
【0053】
このようにして構築された発現ベクターは、適当な宿主細胞に形質転換される。たとえば実施例で用いたような本発明によるプロテアーゼ活性発現ベクターpVLP3(図1)の場合には、COS7細胞(CV-1 origin, SV40)のような哺乳動物細胞株に形質転換すれば良い。pVLP3のようなSV40 ori断片(SV40 ori断片はエンハンサー活性をも有する)を導入した発現ベクターは、COS7細胞に形質転換することによって、一時的に強力な発現誘導をもたらす。したがって、プロテアーゼと前駆蛋白質、そしてマーカー遺伝子の発現を強力に誘導し、プロテアーゼ活性を高感度に測定することができる。その他、293T細胞を形質転換に用いることもできる。
293T細胞はSV40 large T抗原を発現しているヒトに由来する細胞である。形質転換効率に優れる細胞として広く使われている。更にCOS7細胞と同様に、pVLP3が有するSV40 oriを介してDNA増殖が増強される。
ベクターの哺乳動物細胞への形質転換には、公知の方法を利用することができる。具体的には、たとえばリポフェクション法、DEAEデキストラン法、あるいはエレクトロポレーション等が一般に利用されている。
【0054】
形質転換した宿主細胞は、細胞に適した培養条件で培養する。プロテアーゼ遺伝子が十分に発現するまで培養を継続して、培養物中に蓄積する前駆蛋白質のプロテアーゼによる切断生成物が測定される。切断生成物は、その理化学的性質を利用して、公知の方法により測定することができる。蛋白質の代表的な測定方法であるイムノアッセイは、感度と特異性の点で、有利な測定方法である。たとえば前駆蛋白質としてgagを用いたときには、p24をイムノアッセイの原理で測定するのが有利である。p24は、その前駆蛋白質であるgag蛋白質よりも、切断生成物であるp24に対して反応性の高い抗体を利用することにより、前駆体存在下でp24を特異的に測定することができる。なお、現在市販されているp24アッセイキットはこの性質を有している。
この他、p24とgagをウエスタンブロット法などの分子量の差を利用した分析方法によって測定することもできる。こうして測定されるp24の生成量は、発現ベクターに導入した遺伝子によってコードされるプロテアーゼの活性を反映している。
【0055】
しかし実際の測定系においては、アッセイするプロテアーゼを含む発現ベクター毎に形質転換効率が変動する可能性を考慮しなければならない。またプロテアーゼの基質となる前駆蛋白質の発現量を正確に推定する必要がある。そのため本発明においては、基質前駆蛋白質と同じプロモーターから発現されるマーカー遺伝子をその指標とする。すなわち、マーカー遺伝子は形質転換効率の補正だけでなく前駆蛋白質の発現レベルを反映していることを利用し、p24の生成量をマーカー遺伝子の発現レベルで除算するのである。
マーカー遺伝子としてEGFPルシフェラーゼ融合遺伝子を用いた場合には、紫外線照射によるEGFPの蛍光を観察することによりその発現レベルを知ることができる。そのため、形質転換効率をルシフェラーゼアッセイを行う前に容易に推測することができる。また、ATPとルシフェリンを加えれば、発光反応によってルシフェラーゼ活性を測定することもできる。
【0056】
本発明のプロテアーゼ活性の測定方法は、HIVのプロテアーゼ阻害剤に対する耐性度の評価に用いることができる。プロテアーゼ阻害剤に対するHIVの耐性度の評価は、HIV感染者の発症や症状の進行を遅らせるために必要なプロテアーゼ阻害剤の選択において、重要な情報である。
【0057】
理論的には、試験株プロテアーゼの耐性度は、あるプロテアーゼ阻害剤濃度下でその試験株の持つプロテアーゼ活性を野生株プロテアーゼの持つ活性と比較することによって得ることができる。ただし試験株、野生株プロテアーゼの阻害剤非存在下で示す固有の活性(intrinsic protease activity)は、それぞれの蛋白質の持つ一次構造によって変化する。一般に薬剤耐性プロテアーゼにおいては、固有の活性が野生株に比較して低下していることが多い。そのため、単にある阻害剤濃度下での両者の活性の比を測定することでは耐性度を決定できない。測定すべきは、阻害剤濃度の増加に対するプロテアーゼ活性の低下の度合、すなわち耐性度である。
【0058】
したがって、阻害剤非存在下での活性を100%としたときに、たとえばその活性を50%あるいは90%阻害するのに必要な阻害剤の濃度を比較すればよい。一般に、活性を50%阻害するのに必要な阻害剤の濃度はIC50、同様に90%阻害するのに必要な濃度はIC90と呼ばれる。IC50やIC90が野生株に比べて高値を示すプロテアーゼは、その阻害剤に対して高い耐性度を持つと考えられる。このように、固有のプロテアーゼ活性に対して、一定の割合まで活性を低下させるのに必要な薬剤濃度を求めることによってそれぞれの試験株プロテアーゼの薬剤耐性度を知ることができる。プロテアーゼ阻害剤候補物質を同じ原理によってスクリーニングする場合には、より低い濃度でプロテアーゼ活性の顕著な低下をもたらすような化合物を選べばよい。本発明の方法はこの目的に応用することもできる。
【0059】
本発明に基づいて、HIVのプロテアーゼ阻害剤に対する耐性度を評価するには、候補薬物の存在下で、前記形質転換された宿主細胞を培養し、候補薬物を加えない場合のプロテアーゼ活性と比較することによって行われる。候補薬物存在下でのプロテアーゼ活性が、被検ウイルスのプロテアーゼ阻害剤に対する耐性度を反映する。つまり、候補薬物の存在下でプロテアーゼ活性の阻害の程度が小さいとき、そのウイルスは、候補薬物に対して高い耐性を有していると判断される。逆に、候補薬物存在の添加によって野生株と同等以上のプロテアーゼ活性の低下が見られる場合には、耐性度が低いと判定される。一般に耐性度が低いことを、感受性を有すると言う。できるだけ少量の薬物で、プロテアーゼ活性の顕著な低下が見られる薬物を選択することによって、より効果的なプロテアーゼ阻害剤を選択することができる。言いかえれば、ウイルスプロテアーゼが感受性を示すプロテアーゼ阻害剤を見出すことによって、候補薬物を選択することができる。
【0060】
本発明において、プロテアーゼの阻害剤に対する耐性度の評価は、たとえば図7に示すような方法に基づいて行うことができる。以下、プロテアーゼ阻害剤に対する耐性度の評価方法について、図7を参照しながら説明する。
図7に示したのは、実施例において得られた、プロテアーゼの阻害剤ネルフィナビル(Nelfinavir)に対する耐性度の測定結果である。図7の(a)において、wt(野生型)とD30N(ネルフィナビル耐性であることがわかっている耐性変異型)とを比較すると、阻害剤非存在下でのプロテアーゼの固有活性においてD30Nが野生型に比較して低値(野生型の86.4%)を示していることがわかる(両者の差を図中のAとして表示)。また両者ともネルフィナビル濃度の上昇に依存して活性の低下が見られるが、D30Nではその低下のしかたが野生型よりゆるやかである。
【0061】
一方図7の(b)は縦軸をプロテアーゼの比活性として、図7の(a)のデータを表したグラフである。比活性とは、阻害剤非存在下での活性を100%とした酵素活性を意味する。この形式に基づく比較では,耐性を有するプロテアーゼのグラフは右方に変位する。D30Nのグラフは野生型に比べて右方向に遷移し(図中Bで表示)、野生型に比べて耐性度が高いことが明らかである。ここでそれぞれのプロテアーゼ活性を阻害剤を加えないときの50%にまで減少させるのに必要なプロテアーゼ阻害剤濃度(IC50)をグラフより求め比較すると、耐性変異株のIC50は野生型の3.1倍に増していることがわかる。同様にして、あるプロテアーゼの、複数のプロテアーゼ阻害剤に対するIC50を比較することによって、そのプロテアーゼの各薬剤に対する耐性度を比較することができる。
【0062】
ここで、D30Nに由来するプロテアーゼの活性が野生型に比較して低くなっている点に注意が必要である。多くの薬剤耐性プロテアーゼにおいて、その活性が野生型に比べて低下していることが知られている。このような変異ウイルスは、プロテアーゼ活性の検出感度が低い耐性度の評価方法では、しばしばプロテアーゼ活性の検出そのものができない場合がある。その結果、耐性度の評価ができない、あるいは耐性度を有しているのにもかかわらず誤って感受性と判定されてしまう恐れがある。本発明の方法では、プロテアーゼ活性を高い感度で鋭敏に検出することができることから、このようなプロテアーゼ活性が低いプロテアーゼであっても、正確に耐性度を評価することができる。
【0063】
更に、本発明のプロテアーゼ活性の測定方法に基づいて、新たなプロテアーゼ阻害剤の効果を評価することができる。たとえば、現行のプロテアーゼ阻害剤に対して耐性を示すHIVプロテアーゼの遺伝子を被検プロテアーゼ遺伝子として本発明の発現ベクターに組み込む。由来の異なる複数のクローンを用意して、プロテアーゼ阻害剤耐性ウイルス株パネルとすることもできる。このようなプロテアーゼ阻害剤耐性を持つプロテアーゼ遺伝子に対して、新規なプロテアーゼ阻害剤の候補化合物を加えて本発明のプロテアーゼ活性の測定方法を実施し、候補化合物に対する各プロテアーゼの耐性度を評価することができる。こうして、本発明に基づいて、阻害剤耐性プロテアーゼの候補化合物に対する感受性を評価することができる。更に、この評価方法に基づいて、プロテアーゼが感受性を示した候補化合物を選択することにより、阻害剤耐性プロテアーゼに対して有効な新たな阻害剤の候補化合物をスクリーニングすることができる。更に本発明は、こうしてスクリーニングすることができる候補化合物を主成分として含有する、HIVプロテアーゼの阻害剤に関する。
【0064】
また本発明は、本発明のプロテアーゼ活性測定用発現ベクターを利用した、プロテアーゼ活性の測定用キット、あるいはプロテアーゼ阻害剤の耐性度評価用キットに関する。本発明に基づくこれらのキットは、次の構成要素(a)および(b)からなる。
(a)本発明の前記プロテアーゼ活性測定用の発現ベクター、
(b)プロテアーゼをコードする遺伝子を増幅することができるプライマーセット
本発明のキットにおいて、プロテアーゼ活性測定用の発現ベクターにおけるクローニングサイトは、λファージのattR1およびattR2で構成することができる。このクローニングサイトを利用することで、被検プロテアーゼ遺伝子をGATEWAYシステムを利用して容易に、しかも迅速に組み込むことができる。このとき、被検プロテアーゼ遺伝子を増幅するためのプライマ-として、λファージのattB1を5'側に付加したフォワードプライマー、およびλファージのattB2を5'側に付加したリバースプライマーからなるプロテアーゼをコードする遺伝子を増幅することができるプライマーセットを利用するのが有利である。本発明のキットにGATEWAY テクノロジーを応用するときには、PCR産物を前記発現ベクターに組み込むのに必要なλファージ部位特異的組み換え酵素や、プロテアーゼ遺伝子の組み換えに用いられるドナーベクターを更に含むことができる。
【0065】
また本発明は、本発明に基づいてプロテアーゼ阻害剤に対するプロテアーゼの耐性度を測定する方法のためのキットに関する。本発明のキットには、前記プロテアーゼ活性測定用キットに加えて、各種のプロテアーゼ阻害剤が組み合わせられる。プロテアーゼ阻害剤には、任意の薬剤を用いることができる。たとえば、現在臨床応用されているプロテアーゼ阻害剤として、次の薬剤を示すことができる。
ネルフィナビル(NFV)
リトナビル(RTV)
サキナビル(SQV)
インジナビル(IDV)
アンプレナビル(APV)
本発明に基づく耐性度を測定するためのキットは、予め薬剤や培地を分注したプレートとして供給することができる。図6に薬剤を分注したプレートを示した。図6に示したプレートデザインでは、プロテアーゼ阻害剤(PI-1、PI-2....)を1000nM〜7.8nMまで段階希釈した希釈系列と、プロテアーゼ阻害剤を含まない対照とが予め用意されている。このようなプレートを用いれば、プロテアーゼ発現ベクターで形質転換した宿主細胞をプレートに撒くだけで、本発明に基づく耐性度の測定方法を実施することができる。
以下実施例に基づいて本発明を更に具体的に説明する。
【実施例】
【0066】
1.発現ベクターの構築
まず本発明によるプロテアーゼ活性測定法の発現ベクターを構築した。以下で使用するcodonの番号は、原則としてHIVクローンHXB2のものである(プロウイルスの5'LTRの最初の塩基を1番とする)。ただし、env遺伝子に関する記述のなかで、Afl IIIサイトとMfe Iサイトのcodonの番号については、NL4-3のものである。
発現ベクターは、Flossie Wong-Staalから分与された公知の非感染性HIVプロウイルスクローンであるpSP65HXB2Ecogpt(Ratner L, Fisher A, Jagodzinski LL, Mitsuya H, Liou RS, Gallo RC, Wong-Staal F. AIDS Res Hum Retroviruses. 3(1):57-69, 1987)を改変することによって構築した。このうち、Spe Iサイト(codon 1507)からSwa IサイトまではNL4-3由来である。Swa Iサイトは部位特異的変異導入によりcodon 3710に挿入したものである。
【0067】
[CMVプロモーター]
まず、ウイルス蛋白質やマーカー蛋白質の発現を誘導することができるプロモーターを導入した。プロモーターには、サイトメガロウイルス(CMV)由来のプロモーター(以下CMVプロモーターと記載する)を用いた。Hpa IサイトとBssH IIサイトを付加したプライマーでPCRによりpEGFPN1(Clontech, 1020 East Meadow Circle, Palo Alto, CA 94303 USA)からCMV promoterを合成した。得られたPCR産物を、pSP65HXB2EcogptのHpa IサイトからBss HIIサイトと置き換えた。この領域はプロウイルスゲノムの5'LTRおよびその下流のリーダー配列の一部に相当する。
【0068】
[SV40polyAシグナル]
次に、SV40polyAシグナルを導入した。95bpsのSV40polyAシグナルをふくむオリゴヌクレオチドを合成し、pSP65HXB2EcogptのXho Iサイトからフランキング配列の終わりのXba Iサイトと置き換えた。この操作によりプロウィルスの3'LTRはこのオリゴヌクレオチドによって完全に置換された。
【0069】
[env遺伝子の欠失]
Sal Iサイト(codon 5768)からBam HIサイト (codon 8475)まではHIV-1分子クローンの1つであるNL4-3株由来である。Afl IIIサイト(codon 6054)からMfe Iサイト(codon 7645)までの約1.5kbpsを切り出し、XbaI リンカーを組み込んだ。
【0070】
[EGFPルシフェラーゼ融合遺伝子]
本発明におけるマーカー遺伝子として、EGFPルシフェラーゼ融合遺伝子(図2)を発現ベクターに組み込んだ。ルシフェラーゼをコードする遺伝子を、BglII サイトとBamHIサイトを付加したプライマーでPCRによりpGL3(Promega)から増幅した。これをpEGFPC2(Clontech, 1020 East Meadow Circle, Palo Alto, CA 94303 USA)のBglIIサイトからBamHIサイトに組み込んでEGFPルシフェラーゼ融合遺伝子とした。このEGFPルシフェラーゼ融合遺伝子を、5'末端に ClaIサイト、そして3'末端にSalIサイトを付加したプライマーでPCRにより増幅し、pSP65HXB2EcogptのClaIとXhoIに組み込んだ。この領域は、プロウイルスゲノムのnef 領域に相当する。
【0071】
[GATEWAY用クローニングサイト]
本発明の発現ベクターにおけるクローニングサイトとして、GATEWAY用クローニングサイトを導入した。Lifetech社から提供されているrfAカセット(図3の上)をそのまま用いた場合、rfAカセットに含まれるccdB geneの影響を抑えるため大腸菌株DB3.1を用いる必要がある。予備的な実験により、この条件ではベクターが極めて不安定になる場合があることが判明した。そこで、 rfA fragmentを改変し、ccdB遺伝子をtac プロモーターで誘導されるlacZαペプチドで置き換えた。以上の操作によりDB3.1を使用する必要性は無くなり、同時にベクターの不安定性も観察されなくなった。LacZαペプチドをコードする遺伝子は、本発明における第2のマーカーとして機能する。
p806(Yu XF, Matsuda M, Essex M, Lee TH.,J Virol. 1990 Nov;64(11):5688-93.)のTacプロモーターの下流のHindIIIからBamHIの部分にpSV PCR β-galのHindIIIからBamHIの部分を組み込んだ。ここで用いたpSV PCR β-galは、pSV-β-galactosidase( Promega社製)のβ-galactosidaseの5'側に一部変更を加えたものである。変更された部分を含むLacZαのアミノ酸配列は下記のとおりである。
(MTEYKLDAMIPGNSR)AVVLQRRDWENPGVTQLNRLAAHPPFASWRNSEEARTDRPSQQLRSLNG
前記アミノ酸配列中、()内のアミノ酸配列は人為的に付加された配列であり、それ以降のアミノ酸配列が本来のβ-galactosidaseの8番目から56番目のアミノ酸配列に一致する。
さらにそのtacプロモーターから上記LacZαペプチドを含む部分をPCRで増幅した。このとき、5'末端に BssHII、そして3'末端にSalIサイトを付加した。得られたPCR産物をLifetech社から提供されているrfAカセットのBssHIIサイトとSalIサイトの部分に組み込んだ。
【0072】
pSP65HXB2EcogptにおいてpVLP3の場合はcodon2175からcodon2982、pVLP4の場合はcodon2148からcodon2982部分を改変rfAカセットに置き換えた。こうして、GATEWAYシステムに必要なattR1を5'側に、そしてattR2を3'側に備え、かつ第2のマーカー遺伝子を含むGATEWAY用のクローニングサイトを導入した。ここで組み込まれた改変rfAカセットを図3の下に示した。なお図3において、rfAカセット中に含まれるCmrは、rfAカセットを有する形質転換体のポジティブセレクションのために配置されたクロラムフェニコール耐性遺伝子である。
こうして構築された本発明に基づくプロテアーゼ活性測定用の発現ベクターの構造を図1に示した。図1のAは発現ベクターのマップ、Bは発現ベクター中に組み込まれているプロウイルスゲノムにおける本発明に必要なエレメントの配置および、改変rfAの置換部位を示している。
【0073】
2.被検プロテアーゼ遺伝子の発現ベクターへの組み込み
1で構築した発現ベクターに、実際に被検プロテアーゼ遺伝子を組み換んだ。図4に反応の模式図を示す。
まず以下に示す塩基配列からなるプライマーを使って、HIV感染患者の血液検体からRT-PCRによってp6からRTにかけての15アミノ酸残基をコードする塩基配列を含む領域を増幅した。また薬剤耐性を有する耐性変異株の一つの例としてD30Nについても、同じ領域についてPCRを行った。D30Nは、プロテアーゼ蛋白質の30番目アスパラギン酸(D)がアスパラギン(N)に変化した既知のネルフィナビル(nelfinavir)耐性変異株である(Kurt Hertogs et al., Testing for HIV-1 drug resistance : New Developpments and clinical implications Recent Res. Devl. Antimicrob. Agent & Chemother., 3: 83-104, 1999)。PCRには、アウタープライマーとインナープライマーによるnested PCRを利用した。GATEWAYシステムを利用してPCR産物をベクターに組み込むために、インナープライマーのフォワードの5'側にはattB1の25塩基が、リバース側にはattB2の25塩基が付加されている。
アウタープライマー
フォワード(配列番号:1)
:AGACAGGYTAATTTTTTAGGGA
リバース(配列番号:2)
:TATGGATTTTCAGGCCCAATTTTTGA
インナープライマー
pVLP3用フォワード(配列番号:3)
:GGGGACAAGTTTGTACAAAAAAGCAGGCTTCAGAAGCAGGAGCCGATAGACAAG
インナープライマー
pVLP4用フォワード(配列番号:4)
:GGGGACAAGTTTTGTACAAAAAAGCAGGCTCCAGAGCCAACAGCCCCACCAG
pVLP3とpVLP4に共通のリバース(配列番号:5)
:GGGGACCACTTTGTACAAGAAAGCTGGGTCCTACCCGGGCTTTAATTTTACTGGTAC
【0074】
得られたPCR産物を用いて、BP反応、およびLR反応を同一の反応容器で続けて行った。各反応には、Lifetech社のBPクロナーゼ、およびLRクロナーゼを用いた。反応の条件は、指示書にしたがった。BP反応(3時間)でPCR産物のattB1/attB2が、それぞれドナーベクターpDONRのattL1/attL2と組み換えられる。続けてLR反応を行うことにより、最終的に発現ベクターのattR1/attR2にPCR産物が組み込まれる。図5に、組み換え反応後のpol領域の模式図を示す。プロテアーゼ遺伝子のPCRに用いたインナープライマーのリバース側は、RTの15アミノ酸残基の後に終止コドンが入るように設計した。そのため、RT、およびINは翻訳されない。この修飾によって、この発現ベクターから産生されるウイルス様粒子の感染性は完全に消失する。
【0075】
組み換え反応後、プロテアーゼ遺伝子を組み込んだ発現ベクターをTop10 chemical competent cellに形質転換し、X-galを塗布したアンピシリン含有培地にまき37℃で培養した。
組み換えがおこらなかった場合には、第2のマーカー遺伝子であるLacZαペプチドのtacプロモーターによる強力な発現が宿主の生育を阻害する。したがって、培地に生育するコロニーは、クローニングサイトに配置されたLacZαペプチドが脱落した発現ベクターを有する細胞に限られる。本来、LacZαペプチド遺伝子は、大腸菌にβガラクトシダーゼ活性を付与し、X-galを塗布した培地で青いコロニーを生じさせることでセレクションマーカーとして機能する遺伝子である。しかし本発明においてはtacプロモーターの強力な発現誘導のために、結果的にポジティブセレクションマーカーとして機能している。培養後、白色のコロニーを拾い、液体培養し制限酵素で目的の遺伝子が組み込まれていることを確認した。
【0076】
3.ウイルスプロテアーゼのプロテアーゼ阻害剤に対する耐性度の評価
図6に示す操作に従い、2で構築した本発明のプロテアーゼ発現ベクターを用い本発明に基づいてプロテアーゼ阻害剤の有効性を評価した。患者血液および耐性株D30N由来のプロテアーゼ発現ベクターを、FuGENE6(Roche製)を用いてそれぞれCOS7細胞に形質転換した。すなわち、トリプシンで処理し、500μLのDMEMに再懸濁した2×106のCOS7細胞を50mL tubeに移した。これにDNA4μg、FuGENE6を20μL、DMEM200μLの混合物を加えて37℃、5%CO2で30分インキュベートした。インキュベートの後、全量10mLになるようにDMEMを加えた。
得られたCOS7細胞懸濁液100μLを、種々の濃度のプロテアーゼ阻害剤(ネルフィナビル)100μLを分注した96well-plateに加えて全量200μLとし、37℃、5%CO2で48時間培養した。ネルフィナビルは、終濃度7.8nM〜1000nMの希釈系列とした。
【0077】
培養後、100μLの上清を取り、上清に含まれるp24を測定した。p24は、「p24 assay kit」(Cellulartech製)を用いて、ELISA法により定量した。ELISA法はキットの指示書にしたがって行った。更に、上清採取後のwellに100μLのluciferase assay reagent(Promega製、steady GIO luciferase assay system)を加えて撹拌し、その50μLを別のELISA plateに移してルミノメーターで発光測定しルシフェラーゼ活性を決定した。
【0078】
各wellごとに以下の式(2)にしたがって1000RLU/1second(相対ルシフェラーゼ活性; relative luciferase activity/1second)あたりのp24量を求め、protease活性の指標(p24補正値;A)を求めた。p24補正値A(n)は、プロテアーゼ阻害剤の濃度がnのときのp24補正値の値を、またp24(n)はプロテアーゼ阻害剤の濃度がnのときのp24の測定値を示している。
【0079】
(数2)
p24(n)
p24補正値A(n)=━━━━━━━━━━━━×1000
相対ルシフェラーゼ活性
【0080】
以上の測定を、各濃度ごとに、3重で実施し、結果の平均を求めて、最終的に1薬剤濃度におけるプロテアーゼ活性を決定した。更に各発現ベクターのそれぞれについて、阻害剤非存在下におけるプロテアーゼ活性Cを下記式(3)に基づいて決定した。このプロテアーゼ活性Cを各プロテアーゼ固有のプロテアーゼ活性(intrinsic Protease Activity)とした。
(数3)
阻害剤非存在下でのp24測定値
プロテアーゼ活性C=━━━━━━━━━━━━━━
相対ルシフェラーゼ活性
また変異株D30N固有のプロテアーゼ活性を、野生型のプロテアーゼ活性で除算して、プロテアーゼ活性の比(fold of protease activity)とした。
【0081】
次に、各プロテアーゼのネルフィナビルに対する耐性度を評価するために、以下のような解析を行った。図7に野生型と、変異株D30Nの耐性度を求めた結果を示す。上のグラフ(a)は、p24補正値と薬剤濃度の関係を示している。縦軸方向への変化はプロテアーゼ活性の変化をあらわす。野生型に比較して活性が低いものは下方にプロットされる。実測値を元に次の式により、耐性変異株D30Nの固有のプロテアーゼ活性は、野生株の86.4%であることがわかる。
(数4)

【0082】
一方下のグラフ(b)は、薬剤存在下での酵素活性(比活性)と薬剤濃度の関係を示している。比活性は式「比活性={1−A(n)/C}×100」によって決定される。下のグラフでは、横軸方向の変化がプロテアーゼの耐性度(薬剤耐性の度合)を示す。耐性を増した場合は右方に、感受性を増した場合は左方にプロットされる。実際にIC50を求める場合はこのグラフから求める。すなわち比活性50%に対応する薬剤濃度が、そのプロテアーゼのIC50である。また以下に示す式のように、変異型のIC50を野生型のIC50で除算して、耐性度の比(fold of drug resistance)を求めることもできる。
【0083】
(数5)

このグラフによれば、D30Nの場合、活性は野生型の86.4%に低下するが、耐性度は3.1倍に増すことが明らかになった。このように、プロテアーゼ活性をグラフ化することにより、変異型のプロテアーゼ活性と耐性度の差を視覚的に同時に明らかにすることができる。
【0084】
[発明の効果]
本発明においては、プロテアーゼによって切断される前駆蛋白質とマーカー遺伝子を同一の発現系で発現させるために、正確な測定が可能となる。プロテアーゼの活性を求めるには、マーカー遺伝子によってその前駆蛋白質の発現レベルを決定する工程が必要である。マーカー遺伝子が前駆蛋白質と同一のプロモーターの制御下に発現する本発明によれば、マーカー遺伝子が前駆蛋白質の発現レベルを正確に反映することができる。その結果、プロテアーゼ活性を正しく評価することができる。
【0085】
更に、本発明にGATEWAYシステムのような、制限酵素を用いない手法でプロテアーゼ遺伝子を組み込む方法を応用する場合には、プロテアーゼ活性を迅速に測定することができる。より具体的には、患者の血液を試料とするとき、検体を得てから7日以内にpプロテアーゼ阻害剤に対する耐性試験を行うことができる。制限酵素を利用した組み込み工程を含むリコンビナントウイルスを作成する従来の方法では、より多くのステップを必要とするため、同様の原理に基づく耐性試験に1ヶ月以上を要する。加えて従来の方法においては、標的遺伝子内に該当制限酵素認識部位が存在する場合には実行不可能である。したがって、本発明にGATEWAYシステムを組み合わせることによって、正確でしかも迅速なプロテアーゼ活性の測定方法、そしてこの方法に基づくプロテアーゼ阻害剤に対する耐性試験方法を実施することができる。
【0086】
更に、本発明者らが構築したプロテアーゼ活性測定用発現ベクターは、プロウイルスゲノムをベースとして構築したものでありながら、さまざまな手法によってその感染性が排除されている。したがって、本発明の発現ベクターとして、本発明者らが構築したベクターを利用することにより、プロテアーゼ活性の測定方法、あるいはこの方法に基づくプロテアーゼ阻害剤の耐性度の評価方法を安全に実施することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の要素を含み、各遺伝子およびクローニングサイトに組み込まれるプロテアーゼをコードする遺伝子が、いずれも下記プロモーターの制御下に発現するように下記要素を配置したプロテアーゼ活性測定用の発現ベクター。
(a)プロモーター、
(b)活性を測定すべきプロテアーゼによって切断される蛋白質をコードする遺伝子、
(c)クローニングサイト;ただしこのクローニングサイトに組み込まれたプロテアーゼ遺伝子は前記プロモーターの制御下に発現し、かつ発現したプロテアーゼは(b)の蛋白質を切断することができる、および
(d)マーカー遺伝子
【請求項2】
前記クローニングサイトが、λファージのattR1およびattR2である請求項1に記載のベクター。
【請求項3】
attR1およびattR2の間に第2のマーカー遺伝子を保持した請求項2に記載のベクター。
【請求項4】
第2のマーカー遺伝子がlacZαペプチドをコードする遺伝子である請求項3に記載のベクター。
【請求項5】
活性を測定すべきプロテアーゼがHIVに由来するプロテアーゼであり、前記プロテアーゼによって切断される蛋白質が、少なくともp24を含むHIVgag蛋白質断片である請求項1に記載のベクター。
【請求項6】
前記発現ベクターが、次の群から選択される少なくとも一つの方法によってHIVの感染性を抑制されている請求項5に記載のベクター。
(a)HIVプロウイルスゲノムに由来する5'LTRの少なくとも一部を欠いている、
(b)HIVプロウイルスゲノムに由来する3'LTRの少なくとも一部を欠いている、
(c)HIVプロウイルスゲノムに由来する遺伝子のうちpol遺伝子の少なくとも一部を欠いているか、または蛋白質コード領域にストップコドンを含む、
(d)HIVプロウイルスゲノムに由来する遺伝子のうちenv遺伝子の少なくとも一部を欠いているか、または蛋白質コード領域にストップコドンを含む
【請求項7】
プロモーターの下流にHIVプロウイルスゲノムが挿入され、このプロモーターの制御下にウイルス蛋白質を発現することができ、かつ下記の改変(1)および(2)が施されている請求項5に記載のベクター。
(1)プロテアーゼ遺伝子を前記クローニングサイトに組み換える、
(2)nef遺伝子の少なくとも一部をマーカー遺伝子に組み換える、
【請求項8】
更に下記(3)〜(6)に記載の少なくとも1つの改変が施されている請求項7に記載のベクター。
(3)5'LTRの少なくとも一部をCMVプロモーターに組み換えて前記プロモーターとする、
(4)pol遺伝子の少なくとも一部を欠いているか、または蛋白質コード領域にストップコドンを含む、
(5)env遺伝子の少なくとも一部を欠いているか、または蛋白質コード領域にストップコドンを含む、
(6)3'LTRをSV40由来のpolyAシグナルに組み換える
【請求項9】
発現ベクターがSV40 oriを含む請求項1に記載のベクター。
【請求項10】
以下の工程を含む、プロテアーゼ活性の測定方法。
1)活性を測定すべきプロテアーゼをコードする遺伝子を得る工程、
2)以下の要素を含む発現ベクターのクローニングサイトに1)で得た遺伝子を組み込んでプロテアーゼ発現ベクターとする工程、ここで該発現ベクターの各遺伝子およびクローニングサイトに組み込まれるプロテアーゼをコードする遺伝子は、いずれも下記プロモーターの制御下に発現するように配置されている、
(a)プロモーター、
(b)前記プロテアーゼによって切断される蛋白質をコードする遺伝子、
(c)クローニングサイト;ただしこのクローニングサイトに組み込まれたプロテアーゼ遺伝子は前記プロモーターの制御下に発現し、かつ発現したプロテアーゼは(b)の蛋白質を切断することができる、および
(d)マーカー遺伝子
3)工程2)で得たプロテアーゼ発現ベクターを宿主細胞に形質転換しプロテアーゼを発現可能な条件下で培養する工程、
4)培養物に含まれる前記蛋白質のプロテアーゼによる切断産物、およびマーカー遺伝子の発現生成物を測定する工程、および
5)マーカー遺伝子の発現生成物の量に対する切断産物の量の比をプロテアーゼ活性と関連付ける工程、
【請求項11】
工程1)におけるプロテアーゼをコードする遺伝子がλファージのattB1を5'側に付加したフォワードプライマー、およびλファージのattB2を5'側に付加したリバースプライマーを用いたPCR法の増幅生成物であり、かつ前記クローニングサイトが、λファージのattR1およびattR2である請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記プロテアーゼがHIVに由来するものであり、前記プロテアーゼによって切断される蛋白質が少なくともp24を含むHIVのgag蛋白質断片であり、プロテアーゼによる切断生成物としてp24を測定する請求項10に記載の方法。
【請求項13】
発現ベクターがSV40 oriを含み、宿主細胞としてCOS7細胞を用いる請求項10に記載の方法。
【請求項14】
プロテアーゼ阻害剤の存在下で請求項10に記載の工程3)の培養を行うことを特徴とする、プロテアーゼ阻害剤存在下におけるプロテアーゼの活性を測定する方法。
【請求項15】
次の工程を含む、プロテアーゼのプロテアーゼ阻害剤に対する耐性度を測定する方法。
a)請求項14に記載の方法によって、プロテアーゼ阻害剤存在下におけるプロテアーゼの活性を測定する工程
b)プロテアーゼ阻害剤非存在下におけるプロテアーゼ活性値と、a)の活性値の比を求める工程、
【請求項16】
同一のプロテアーゼについて、異なるプロテアーゼ阻害剤に対する耐性度を請求項15に記載の方法によって求め、ある耐性度に対応する各プロテアーゼ阻害剤の濃度を比較する工程を含む、プロテアーゼ阻害剤の有効性の比較方法。
【請求項17】
候補化合物の存在下で請求項10に記載の工程3)の培養を行うことを特徴とする、候補化合物のプロテアーゼの阻害作用を測定する方法。
【請求項18】
請求項17に記載の方法によってプロテアーゼ阻害作用を測定し、プロテアーゼ阻害作用を有する化合物を選択する工程を含む、プロテアーゼ阻害剤をスクリーニングする方法。
【請求項19】
以下の要素からなる、プロテアーゼ活性の測定用キット。
(a)請求項1に記載のプロテアーゼ活性測定用の発現ベクター、
(b)プロテアーゼをコードする遺伝子を増幅することができるプライマーセット
【請求項20】
以下の要素からなる、プロテアーゼ活性の測定用キット。
(a)請求項2に記載のプロテアーゼ活性測定用の発現ベクター、
(b) λファージのattB1を5'側に付加したフォワードプライマー、およびλファージのattB2を5'側に付加したリバースプライマーからなるプロテアーゼをコードする遺伝子を増幅することができるプライマーセット
【請求項21】
更にλファージ部位特異的組み換え酵素を含む請求項20に記載のキット。
【請求項22】
請求項19、または請求項20に記載のプロテアーゼ活性の測定用キットに、プロテアーゼ阻害剤を組み合わせたプロテアーゼ阻害剤に対するプロテアーゼの耐性度を測定するためのキット。
【請求項23】
以下の要素からなる外来遺伝子発現ベクター。
(a)λファージのattR1およびattR2からなる、外来遺伝子を挿入するためのクローニングサイト、および
(b)前記クローニングサイトに配置される外来遺伝子の発現を制御することができるプロモーター、
(c)前記クローニングサイトに保持されたLacZαペプチドをコードする遺伝子、および
(d)前記LacZαペプチドをコードする遺伝子の発現を制御することができるプロモーター、
【請求項24】
外来遺伝子がプロテアーゼをコードする遺伝子である請求項23に記載の外来遺伝子発現ベクター。
【請求項25】
更に(e)前記プロテアーゼによって切断される蛋白質をコードする遺伝子を含む請求項24に記載の発現ベクター。
【請求項26】
以下の工程を含む、プロテアーゼ活性の測定方法。
a)λファージの部位特異的組み換え酵素認識配列を付加したプロテアーゼをコードする遺伝子を合成する工程、
b)請求項24に記載の外来遺伝子発現ベクターに前記プロテアーゼをコードする遺伝子を組み込んでプロテアーゼ発現ベクターとする工程、
c)前記プロテアーゼ発現ベクターをプロテアーゼ遺伝子の発現が可能な宿主細胞に形質転換する工程、
d)前記形質転換体を、前記プロテアーゼ遺伝子の発現が可能な条件下で培養する工程、および
e)発現生成物であるプロテアーゼの活性を測定する工程
【請求項27】
外来遺伝子発現用ベクターが請求項25に記載のベクターであり、当該ベクターが発現する前記プロテアーゼによって切断される蛋白質の切断生成物を測定することによって、プロテアーゼ活性を測定する工程を含む、請求項26に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−78436(P2011−78436A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−15041(P2011−15041)
【出願日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【分割の表示】特願2000−362558(P2000−362558)の分割
【原出願日】平成12年11月29日(2000.11.29)
【出願人】(591222245)国立感染症研究所長 (48)
【Fターム(参考)】