説明

プロテインホスファターゼ−1阻害剤

【課題】プロテインホスファターゼ−1の阻害剤、該阻害剤を含むCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの活性化剤、α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸受容体の発現増強剤及びシナプス伝達促進剤等の提供。
【解決手段】式(I)


〔式中、
Rは、炭素鎖中に1以上の1,2−シクロプロピレンを有していてもよい、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよいアルキル又はアルケニルであり、1,2−シクロプロピレンは、3位の炭素原子に適切な置換基を有してもよく、
Xは、単結合又はアルキレンであり、
炭素の総数からシクロプロパン環の数を引くと10〜25である。〕
で表される、1以上のシクロプロパン環を有するカルボン酸化合物又はその塩を含む、プロテインホスファターゼ−1(PP−1)阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はプロテインホスファターゼ−1の阻害剤、該阻害剤を含むCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの活性化剤、α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸受容体の発現増強剤及びシナプス伝達促進剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、認知症が世界的に医療上の大きな問題となっている。認知症は、記憶障害及び判断力の低下を中心にした多種の症状を伴う疾患であるが、その原因となる病気によって症状及びその経過は異なる。しかし、いずれの場合も、患者の生活の質を著しく損なうという点で共通している。また、患者の家族をはじめとする介護者にも多大な労苦を強いるという事実を考えたとき、認知症は社会的にたいへん重大な問題であるといえよう。寿命の長期化による高齢者人口の増加が、認知症患者の増加と関係しているため、日本では今後更に認知症患者が増加すると予測されている。また、認知症には分類されない何らかの認知障害を患う人も多い。
【0003】
老化やアルツハイマー病等の神経変性疾患に伴う認知症は、脳萎縮を引き起こす脳神経細胞死(アポトーシス)が主な原因であり、特に、海馬が萎縮していく。脳神経細胞のアポトーシスは大きく2つの経路−酸化ストレスと小胞体ストレスによって誘導される。
認知機能を改善する手段として、上記した脳神経細胞のアポトーシスを抑制する方法、シナプス伝達を促進する方法等が挙げられる。シナプス伝達を促進する方法としては、(1)シナプス前終末からの神経伝達物質の放出を刺激する、(2)神経伝達物質の分解を抑制する、(3)神経伝達物質の再吸収を抑制する、(4)シナプス後細胞に発現する神経伝達物質受容体の反応性を増大する、等の方法が検討されている。
【0004】
一方、近年、海馬シナプス伝達の促進機構が解明されつつある。例えば、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)の活性化がα−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体の(シナプス)細胞膜への移送を促進すること、それによって、シナプス上でのAMPA受容体の発現量が増加し、応答性が高まり海馬シナプス伝達が促進されること、等が報告されている(非特許文献1)。また、プロテインホスファターゼ−1(PP−1)を抑制することによりCaMKIIが活性化すること、PP−1は学習や記憶に関連していることが報告されている(非特許文献2)。
【0005】
本発明者は、体内での代謝の遅延を可能とし、且つシナプス伝達の安定なLTP(long-term potentiation)様増強を持続できる、シナプス伝達効率の長期増強作用を有する化合物として、8−(2−(2−ペンチル−シクロプロピルメチル)−シクロプロピル)−オクタン酸(DCP−LA)を見出している(特許文献1)。LTPは、例えばアルツハイマー病などの種々の神経及び精神疾患の発症に関与すると考えられ、従って、LTP発現を誘導する物質は、認知症を含むこれらの神経及び精神疾患の治療薬又は予防薬となる可能性を有する。
【0006】
DCP−LAについてはまた、幾つかの報告がなされている。例えば、DCP−LAが選択的かつ直接的にPKC−εを活性化すること(非特許文献3)、DCP−LAが老化促進マウスの認知機能障害を改善すること(非特許文献4)、DCP−LAが海馬神経細胞からのγアミノ酪酸の放出を増加させること(非特許文献5)、DCP−LAがアミロイドβペプチドあるいはスコポラミン処理ラットの認知機能障害を改善すること(非特許文献6)、DCP−LAがグルタミン酸作動性シナプス前細胞に発現するα7ニコチン性アセチルコリン受容体を標的として海馬シナプス伝達を促進させること(非特許文献7)が報告されている。さらに、近年DCP−LAに酸化ストレスによって誘導される神経細胞死を抑制する作用があることが報告されている(特許文献2)。
しかしながら、DCP−LAのシナプス伝達促進作用の詳細なメカニズムは未だ解明されていない。該メカニズムを解明し、DCP−LAの作用点を明らかにすることは、アルツハイマー病をはじめとした種々の神経変性疾患に対する、既存の薬物とは異なる作用機序を有する予防・治療薬の開発に繋がる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第02/50013号
【特許文献2】特開2008−143819号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Rongo, C., Bioessays, 2002, 24:223-233
【非特許文献2】Genoux, D., Nature, 2002, 418:970-975
【非特許文献3】Kanno Tら,J Lipid Res., 2006, 47(6):1146-56
【非特許文献4】Yaguchi Tら,Neuroreport, 2006, 23;17(1):105-8.
【非特許文献5】Kanno Tら,J Neurochem., 2005, 95(3):695-702.
【非特許文献6】Nagataら T, Psychogeriatrics, 2005, 5:122-126.
【非特許文献7】Yamamotoら, Neuroscience 2005, 130(1):207-213.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、プロテインホスファターゼ−1の阻害剤、該阻害剤を含むCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの活性化剤、α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸受容体の発現増強剤及びシナプス伝達促進剤の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、下記式(I)で表される化合物又はその塩にCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(以下、単にCaMKIIと略する場合がある)を活性化する作用があることを見出し、さらに該CaMKII活性化作用がプロテインホスファターゼ−1(以下、単にPP−1と略する場合がある)阻害作用に由来することを見出した。CaMKIIの活性化を通してα−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸(以下、単にAMPAと略する場合がある)受容体の細胞膜への移行を促進し、細胞膜上でのAMPA受容体発現数増加に伴う海馬シナプス伝達の促進を確認して本発明を完成するに至った。即ち、本発明は、以下の通りである。
[1]式(I)
【0011】
【化1】

【0012】
〔式中、
Rは、炭素鎖中に1以上の1,2−シクロプロピレンを有していてもよい、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよいアルキル又はアルケニルであり、1,2−シクロプロピレンは、3位の炭素原子に適切な置換基を有してもよく、
Xは、単結合又はアルキレンであり、
炭素の総数からシクロプロパン環の数を引くと10〜25である。〕
で表される、1以上のシクロプロパン環を有するカルボン酸化合物又はその塩を含む、プロテインホスファターゼ−1(PP−1)阻害剤。
[2]Rが、炭素鎖中に1以上の1,2−シクロプロピレンを有していてもよい、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよいアルキル又はアルケニルである、上記[1]記載の剤。
[3]Rが
【0013】
【化2】

【0014】
〔式中、
R’は、水素又はアルキルであり、
Yは、単結合又はアルキレンであり、
Aは、1,2−シクロプロピレン又はビニレンであり、
mは、0〜5の整数であり、
但し、mが2〜5のとき、Aは、同一又は異なっている。〕
である、上記[2]記載の剤。
[4]Rが
【0015】
【化3】



【0016】
から選択される基であり、
Xが−(CH−である
〔式中、n、p、q、rは各々整数であり、pとnの合計は6〜21であり、q、r、nの合計は4〜19である。〕、
上記[3]記載の剤。
[5]Rが
【0017】
【化4】

【0018】
から選択される基であり、
Xが−(CH−である
〔式中、s、nは各々整数であり、その合計は3〜18である。〕、
上記[4]記載の剤。
[6]sが4であり、nが7である、上記[5]記載の剤。
[7]該カルボン酸化合物又はその塩が、8−[2−(2−ペンチル−シクロプロピルメチル)−シクロプロピル]−オクタン酸又はその塩である、上記[1]記載の剤。
[8]研究用試薬である、上記[1]〜[7]のいずれかに記載の剤。
[9]上記[1]〜[8]のいずれかに記載の剤を含む、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)の活性化剤。
[10]上記[9]記載の剤を含む、α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体の発現増強剤。
[11]上記[10]記載の剤を含む、シナプス伝達促進剤。
[12]式(I)
【0019】
【化5】

【0020】
〔式中、
Rは、炭素鎖中に1以上の1,2−シクロプロピレンを有していてもよい、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよいアルキル又はアルケニルであり、1,2−シクロプロピレンは、3位の炭素原子に適切な置換基を有してもよく、
Xは、単結合又はアルキレンであり、
炭素の総数からシクロプロパン環の数を引くと10〜25である。〕
で表される、1以上のシクロプロパン環を有するカルボン酸化合物又はその塩を含む、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの活性化剤。
[13]Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの活性化が、プロテインホスファターゼ−1を阻害することによるものである、上記[12]記載の剤。
[14]式(I)
【0021】
【化6】

【0022】
〔式中、
Rは、炭素鎖中に1以上の1,2−シクロプロピレンを有していてもよい、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよいアルキル又はアルケニルであり、1,2−シクロプロピレンは、3位の炭素原子に適切な置換基を有してもよく、
Xは、単結合又はアルキレンであり、
炭素の総数からシクロプロパン環の数を引くと10〜25である。〕
で表される、1以上のシクロプロパン環を有するカルボン酸化合物又はその塩を含む、
α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体の発現増強剤。
[15]α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体の発現増強が、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの活性化によるものである、上記[14]記載の剤。
【発明の効果】
【0023】
本発明の剤は、PP−1を抑制してCaMKIIを活性化することによって、AMPA受容体の細胞膜への移行を促進し、細胞膜上でのAMPA受容体発現数増加に伴う海馬シナプス伝達を促進させることができる。すなわち、既存の薬物とは異なる作用機序を有する、海馬シナプス伝達を促進することが有益な疾患(例えば神経変性疾患)の予防・治療薬の開発に繋がる。既存の薬物とは異なる作用機序を有するので、既存の薬物において問題となっていたような副作用を回避することができる。また、本発明の剤は、そのような予防・治療薬の開発に有用なツールとなり得る研究用試薬として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、GF109203X(100nM)及び/又はKN−93(3μM)の存在下及び非存在下で、DCP−LA(100nM)で10分間処理した前後の、ラット海馬切片のCA1領域から記録されたfEPSPを示すグラフである。上段は電位のチャート図を示している。グラフ中、各ポイントはEPSP(%基準傾き)の平均値(±SEM)を示している(n=8)。縦軸は、横軸は経過時間(分)を示す。fEPSP:興奮性シナプス後場電位
【図2】図2は、KN−92(3μM)又はKN−93(3μM)の存在下又は非存在下、所定濃度のDCP−LAで処理した(あるいは処理していない)培養海馬ニューロンにおけるCaMKII活性を測定した結果を示す図である。上段は、HPLCのプロファイルを示す図である。HPLCのプロファイルにおいて、「S」及び「P」は、それぞれリン酸化されていない基質及びリン酸化された基質を示している。縦軸は吸光度を、横軸は保持時間(分)を示す。下段は、リン酸化された基質ペプチド(pmol/min/μg細胞タンパク質)をCaMKII活性の指標として用いて作成したグラフである。グラフ中、各カラムはCaMKII活性の平均値(±SEM)(n=16)を表している。P value, unpaired t-test
【図3】図3は、無細胞系でCaMKII活性及びPP−1活性を測定した結果を表す図である(A:CaMKII活性、B:PP−1活性)。A及びBのいずれも上段はHPLCのプロファイルを示す図である。HPLCプロファイルにおいて、「S」及び「P」は、それぞれリン酸化されていない基質及びリン酸化された基質を示している。縦軸は吸光度を、横軸は保持時間(分)を示す。A(下段):リン酸化された基質ペプチド(pmol/min/μg細胞タンパク質)をCaMKII活性の指標として用いて作成したグラフ。グラフ中、各カラムはCaMKII活性の平均値(±SEM)(n=5)を表している。B(下段):脱リン酸化された基質ペプチド(Δpmol/min)をPP−1活性の指標として用いて作成したグラフ。グラフ中、各カラムはPP−1活性の平均値(±SEM)(n=8)を表している。脱リン酸化された基質ペプチドの量はmicrocystin(MC)あるいはDCP−LAの存在下及び非存在下、(PP−1存在下でのリン酸化された基質ペプチドの量)から(PP−1非存在下でのリン酸化された基質ペプチドの量)を差し引くことによって求めた。P value, unpaired t-test
【図4】GluR1、GluR2及びGluR3サブユニット、あるいはmGluR1(S831A)サブユニットの種々の組合わせで構成されるAMPA受容体をアフリカツメガエルの卵母細胞に発現させた。各卵母細胞に、KN−93(3μM)の存在下及び非存在下、10分間のDCP−LA(100nM)処理の前後にカイニン酸(50μM)を10秒間、10分間隔でバスアプライした。保持電位−60mVで、DCP−LA処理の10分前から処理後70分まで電流を測定し記録した。図4は各卵母細胞における電流測定の結果を示すグラフである。併せて、電流測定のチャート図を示す。カイニン酸の適用はチャート図中に横棒で示した。グラフ中、各点は基準となる振幅(−10分の時点での振幅)に対する平均値(±SEM)%(n=6−11)を表している。縦軸は電流振幅(%基準値)、横軸は経過時間(分)を示す。
【図5】A:ラット海馬切片からのライセートを抗GluR1サブユニット抗体で免疫沈降したもの(GluR1 IP)あるいは抗GluR2サブユニット抗体で免疫沈降したもの(GluR2 IP)について、GluR1及びGluR2サブユニットに対する抗体でウェスタンブロット解析を行った結果を示す図である。B:抗カドヘリン(cadherin)抗体及び抗LDH抗体を用いて、海馬切片からのライセートから分離した細胞質画分(C)及び細胞膜画分(M)について行ったウェスタンブロット解析の結果を示す図である。C:GluR1及びGluR2サブユニットに対する抗体を用いて、海馬切片[GF109203X(GF)(100nM)、KN−93(3μM)、H−89(1μM)、PAO(3μM)又はBoTX−A(0.1U/ml)の存在下又は非存在下に、所定の濃度のDCP−LAで処理した、あるいは未処理の]からのライセートから分離した細胞質画分(C)及び細胞膜画分(M)について行ったウェスタンブロット解析の結果を示す図である。D:Cの結果を用いてグラフ化したものである。グラフ中、各カラムは、GluR1又はGluR2サブユニットのシグナル強度について、全細胞におけるシグナル強度に対する細胞膜画分におけるシグナル強度の比を平均値(±SEM)で表したものである(n=4)。P value, one-way ANOVA
【発明を実施するための形態】
【0025】
本明細書中で用いられる場合、Rにおけるアルキルは直鎖又は分岐鎖であり、当該アルキルとしては、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル、オクタデシル、エイコサニル、ドコサニルなどが挙げられる。アルキルは、炭素鎖中に1,2−シクロプロピレンを、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよい。アルキルがn−ペンチルの場合に1,2−シクロプロピレンが炭素鎖中に存在すると、例えば、1,2−シクロプロピレンがn−ペンチルの2位と3位の炭素原子の間に存在している場合には2−(2−プロピルシクロプロパン−1−イル)エチルを意味する。2以上の1,2−シクロプロピレンが存在していてもよい。アルキルがn−ペンチルの場合にシクロプロピレンが鎖末端に存在すると、シクロプロピルがn−ペンチルの末端炭素原子(5位の炭素原子)に存在する場合には5−シクロプロピルペンタン−1−イルを意味する。本発明におけるアルキルは、炭素鎖中に1,2−シクロプロピレンを、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有するアルキル(例えば、2−(2−(3−シクロプロピルプロピル)−シクロプロパン−1−イル)エチル)を包含する。炭素鎖中に1,2−シクロプロピレンを、鎖末端にシクロプロピルを有するRでのアルキルの例としては、好ましくは、オクチル、(2−ペンチルシクロプロパン−1−イル)メチル、(2−((2−エチル−シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロパン−1−イル)メチル、(2−((2−((2−ペンチル−シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロパン−1−イル)メチル)−シクロプロパン−1−イル)メチル、(2−((2−ペンチル−シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロパン−1−イル)メチルが挙げられ、オクチル、(2−ペンチルシクロプロパン−1−イル)メチルが特に好ましい。
【0026】
Rにおけるアルケニルは直鎖又は分岐鎖であり、当該アルケニルとしては、エテニル、プロペニル、イソプロペニル、ブテニル、イソブテニル、sec−ブテニル、tert−ブテニル、ペンテニル、ヘキセニル、ヘプテニル、オクテニル、ノネニル、デセニル、ウンデセニル、ドデセニル、トリデセニル、テトラデセニル、ペンタデセニル、ヘキサデセニル、ヘプタデセニル、オクタデセニル、エイコセニル、ドコセニル、ブタジエニル、ペンタジエニル、ヘキサジエニル、ヘプタジエニル、オクタジエニル、ノナジエニル、デカジエニル、ウンデカジエニル、ドデカジエニル、トリデカジエニル、テトラデカジエニル、ペンタデカジエニル、ヘキサデカジエニル、ヘプタデカジエニル、オクタデカジエニル、エイコサジエニル、ドコサジエニル、ヘキサトリエニル、ヘプタトリエニル、オクタトリエニル、ノナトリエニル、デカトリエニル、ウンデカトリエニル、ドデカトリエニル、トリデカトリエニル、テトラデカトリエニル、ペンタデカトリエニル、ヘキサデカトリエニル、ヘプタデカトリエニル、オクタデカトリエニル、エイコサトリエニル、ドコサトリエニル、オクタテトラエニル、ノナテトラエニル、デカテトラエニル、ウンデカテトラエニル、ドデカテトラエニル、トリデカテトラエニル、テトラデカテトラエニル、ペンタデカテトラエニル、ヘキサデカテトラエニル、ヘプタデカテトラエニル、オクタデカテトラエニル、エイコサテトラエニル、ドコサテトラエニルなどが挙げられる。アルケニルは、炭素鎖中に1,2−シクロプロピレンを、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよい。アルケニルが1−ペンテニルの場合に1,2−シクロプロピレンが炭素鎖中に存在すると、例えば、1,2−シクロプロピレンが1−ペンテニルの2位と3位の炭素原子の間に存在する場合には2−(2−プロピルシクロプロパン−1−イル)エテニルを意味する。2以上の1,2−シクロプロピレンが存在していてもよい。アルケニルが1−ペンテニルの場合にシクロプロピルが鎖末端に存在すると、シクロプロピルが1−ペンテニルの末端炭素原子(5位の炭素原子)に存在する場合には5−シクロプロピル−1−ペンテニルを意味する。本発明におけるアルケニルは、炭素鎖中に1,2−シクロプロピレンを、鎖末端にシクロプロピルを有するアルケニル(例えば、2−(2−(3−シクロプロピルプロピル)シクロプロパン−1−イル)エテニル)を包含する。炭素鎖中に1,2−シクロプロピレンを、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有するRでのアルケニルは、好ましくはオクテニルである。
【0027】
Rにおける1,2−シクロプロピレンは、アルキルなどの適切な置換基を3位の炭素原子に有していてもよい。Rでの1,2−シクロプロピレンの3位の炭素原子でのアルキルの例としては、好ましくは、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、tert−ペンチル、ヘキシルなどが挙げられる。
【0028】
Xにおけるアルキレンは直鎖又は分岐鎖であり、当該アルキレンとしては、メチレン、エチレン、プロピレン、トリメチレン、テトラメチレン、ペンタメチレン、ヘキサメチレン、ヘプタメチレン、オクタメチレン、ノナメチレン、デカメチレン、ウンデカメチレン、ドデカメチレン、トリデカメチレン、テトラデカメチレン、ペンタデカメチレン、ヘキサデカメチレン、ヘプタデカメチレン、オクタデカメチレン、ノナデカメチレン、エイコサメチレンなどが挙げられる。ヘプタメチレン、トリメチレン、テトラメチレンが好ましい。
【0029】
本発明の式(I)の化合物では、炭素の総数からシクロプロパン環の数を引くと、10〜25、好ましくは18〜22であり得る。p、q、r、m、n、sは各々、整数(0を含む)である。
【0030】
例えば、式(I)の化合物は、以下の構造式を有する8−(2−(2−ペンチル−シクロプロピルメチル)−シクロプロピル)−オクタン酸(本明細書中、必要に応じてDCP−LAと省略)であり得る。
【0031】
【化7】

【0032】
あるいは、式(I)の化合物としては、例えば、8−(2−(2−(Z)−オクテニル)シクロプロピル)オクタン酸、8−((2−オクチル)シクロプロピル)オクタン酸、8−(2−((2−((2−エチル−シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロピル)オクタン酸、8−(2−((2−((2−((2−ペンチル−シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロピル)ブタン酸、8−(2−((2−((2−ペンチル−シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロパン−1−イル)メチル)シクロプロピル)ペンタン酸が挙げられる。
【0033】
式(I)の化合物は、不斉炭素原子や二重結合に起因する1以上の立体異性体(例えば、光学異性体、幾何異性体)を含んでいてもよいことに注意されるべきであり、このような異性体及びそれらの混合物の全てが本発明の範囲に含まれる。
【0034】
式(I)の化合物は、例えば、WO02/50013で示される方法によって製造できる。式(I)の化合物はまた、天然物から抽出されたものであってもよい。
【0035】
式(I)の化合物の塩は、特に限定されないが、医薬又は食品として許容され得る塩が好ましく、例えば無機塩基(例、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属;カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属;アルミニウム、アンモニウム)、有機塩基(例、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N−ジベンジルエチレンジアミン)、無機酸(例、塩酸、臭化水素酸、硝酸、硫酸、リン酸)、有機酸(例、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、フマル酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸)、塩基性アミノ酸(例、アルギニン、リジン、オルニチン)又は酸性アミノ酸(例、アスパラギン酸、グルタミン酸)との塩などが挙げられる。
【0036】
本明細書中で用いられる場合、被験体は哺乳動物であり得る。このような哺乳動物としては、例えば、霊長類(例、ヒト、サル、チンパンジー)、げっ歯類(例、マウス、ラット、モルモット)、ペット(例、イヌ、ネコ、ウサギ)、使役動物又は家畜(例、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ)が挙げられるが、ヒトが好ましい。
【0037】
式(I)の化合物及びその塩は、PP−1阻害作用を有し、該作用によりCaMKIIを活性化する。
PP−1(プロテインホスファターゼ−1)は、リン酸化タンパク質を脱リン酸化する酵素の1種であり、セリン/スレオニンホスファターゼに分類される。PP−1は、幅広い組織分布と細胞内分布を示し、主に糖代謝、細胞運動、細胞周期、DNA複製、転写、翻訳、細胞接着など広範囲な細胞機能を制御している。近年、神経活動におけるタンパク質リン酸化の関与が注目されるに伴い、後述のCaMKIIとともに、シナプス伝達の可塑性、記憶・学習に代表される高次脳機能に重要な役割を果たすと考えられている。CaMKII(Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII)は、神経細胞に豊富に存在し、神経伝達物質合成酵素やシナプス小胞結合タンパク、イオンチャネル、神経伝達物質受容体等をリン酸化することによって、それらの機能を調節し、シナプス伝達の可塑性、記憶・学習に代表される高次脳機能に重要な役割を果たすと考えられている。通常の神経活動状態では、細胞内のCa2+/カルモジュリン、CaMKII活性、ホスファターゼ(PP−1を含む)活性のバランスによってCaMKIIの活性状態は平衡状態が保たれている。
【0038】
さらに、CaMKIIを活性化することにより、AMPA(α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸)受容体の移送(エキソサイトーシス)が促進される。AMPA受容体は、中枢神経系での興奮性シナプス伝達を司るグルタミン酸受容体の中でも最も中心的な役割を果たす受容体であり、GluR1、GluR2、GluR3、GluR4のサブユニットが存在し、4量体を形成することにより機能的なチャネルを形成すると考えられている。AMPA受容体移送が促進されることによって細胞膜上でのAMPA受容体の発現が増加し、受容体応答が増強されることによって海馬シナプス伝達が促進される。
従って、PP−1阻害作用を有し、該作用によりCaMKIIを活性化し得る式(I)の化合物又はその塩を含む本発明の剤(PP−1阻害剤、CaMKII活性化剤)は、AMPA受容体の細胞膜上での発現増強剤として、さらにはシナプス伝達促進剤として有用である。
【0039】
上述のように、本発明の剤は、シナプス伝達を促進することができるので種々の神経変性疾患、特に認知障害を伴う疾患又は状態の予防又は治療用の剤として有用である。認知障害を伴う疾患又は状態としては、具体的には、認知症(例、老人性認知症、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、外傷後認知症、脳腫瘍により生じる認知症、慢性硬膜下血腫により生じる認知症、正常圧脳水腫により生じる認知症、髄膜炎後認知症及びパーキンソン型認知症などの種々の疾患により生じる認知症)、非認知症性の認知障害(例、軽度認知障害(MCI))、学習又は記憶障害(例、脳発達障害に伴う学習及び記憶障害)などを含む様々の疾患又は状態が挙げられる。さらに本発明の剤は、学習や記憶(例、短期記憶、長期記憶)の向上のために使用することができる。
【0040】
また、本発明の剤は、「PP−1阻害作用→CaMKII活性化作用→AMPA受容体発現増強作用→海馬シナプス伝達促進作用」というカスケードを駆動することができるので、種々の神経変性疾患、特に認知障害を伴う疾患又は状態の予防薬又は治療薬を開発する為の研究用試薬としても有用である。
【0041】
本発明の剤は、例えば、医薬として用いられる場合、種々の神経変性疾患の予防又は治療に有用であり得る。本発明の剤を食品として用いることもできるが、その場合には、神経変性疾患を発症する危険性が高い被験体又は当該疾患を発症しないことを切望する被験体が定期的に摂食することで、このような被験体における当該疾患の発症リスクを低減し得る。
【0042】
本明細書中で用いられる場合、神経変性疾患の「予防」とは、神経変性疾患の症状(認知障害、学習・記憶障害等)を示さない被験体において、該症状が顕在化するのを防ぐことを意味し、「治療」とは、神経変性疾患の症状(認知障害、学習・記憶障害等)を示す被験体において、該症状を軽減すること、あるいは該症状の悪化を防ぐこと又は遅延させることを意味する。
【0043】
本発明の剤は、式(I)の化合物又はその塩に加え、任意の担体、例えば医薬又は食品として許容され得る担体を含み得る。このような担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリプロピルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム−グリコール−スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑剤、クエン酸、メントール、グリシルリシン・アンモニウム塩、グリシン、オレンジ粉等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュース等の希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0044】
本発明の剤はまた、有効成分として、式(I)の化合物又はその塩が2種以上組み合わされた、又は使用に際して組み合わされ得る、あるいはこのような化合物又はその塩と、他の神経変性疾患の予防又は治療に有用な1以上の別の成分とが組み合わされた併用剤であり得る。このような併用剤は、神経変性疾患を相加的又は相乗的に予防又は治療し得る。
【0045】
他の神経変性疾患の予防又は治療に有用な成分としては、例えば、ポリフェノール、コエンザイムQ1、β−シトステロール、イソフラボン、メビニン酸、ビタミンC、ビタミンE、フラボノイド類、テルペン類、葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12、セスキルペンラクトン、ウロキナーゼ、ナットウキナーゼ、ジリノレオイルホスファチジルエタノールアミン、硫化プロピル、リンゴペクチン、酢酸、EPA、及びDHA等が挙げられる。
【0046】
本発明の剤を食品として用いる場合には、食品としては、例えば、一般食品(例えば、パン、乳製品(例、牛乳、ヨーグルト)、菓子、キャンデー、飴、チョコレート、ケーキ、プリン、ゼリー、清涼飲料水、麺類)、健康食品、ダイエタリーサプリメント、並びに厚生労働省の保健機能食品制度に規定される特定保健用食品及び栄養機能食品が挙げられる。該食品は、液状物(水溶性、不溶性)、粉末、顆粒、錠剤、カプセル等の固形物、ゼリー状等の半固形物などの任意の形態であり得る。本発明の剤は水又は所定の水溶液に溶解して用いることができる。このような場合、本発明の剤は溶解補助物(例、リノール酸)、安定化剤を含んでいてもよい。
【0047】
本発明の剤を食品として用いる場合、その摂取量は、用いる形態(例、液状物、固形物、半固形物)、式(I)の化合物又はその塩の含有濃度、並びに神経変性疾患の予防又は治療に有用な成分の有無、種類及び量等によって異なり一概に云えないが、通常、式(I)の化合物又はその塩の単位摂取量(1回又は1日あたりの摂取量)としては、約5mg〜約500mgを挙げることができる。
【0048】
本発明の剤を食品として用いる場合、該食品は、式(I)の化合物又はその塩を、単位摂取量又はその分割量で含むものであり得る。式(I)の化合物又はその塩を単位摂取量で含む食品は、式(I)の化合物又はその塩の単位摂取量を含む、単一の液状物、固形物又は半固形物であり得る。式(I)の化合物又はその塩を単位摂取量の分割量で含む食品は、1回又は1日あたり、複数個(例えば2、3、4、5、6、7、8、9又は10個)の摂取が推奨される固形物(例、錠剤、カプセル)又は半固形物であり得る。
【0049】
本発明の剤を食品として用いる場合には、式(I)の化合物又はその塩の単位摂取量又はその分割量が個別に包装又は充填されたもの、あるいは式(I)の化合物又はその塩の多数の単位摂取量又はその分割量が包括的に包装又は充填されたものであり得る。式(I)の化合物又はその塩の単位摂取量又はその分割量が個別に包装又は充填された食品としては、例えば、式(I)の化合物又はその塩の単位摂取量又はその分割量を、通常の包装物(例えば、PTP(press through packing)シート、紙容器、フィルム(例、プラスチックフィルム)容器、ガラス容器、プラスチック容器)中に別々に包装又は充填したものが挙げられる。このように個別に包装又は充填された食品は、さらに組み合わされて、1つの容器(例えば、紙容器、フィルム(例、プラスチックフィルム)容器、ガラス容器、プラスチック容器)中に一緒に包装又は充填されていてもよい。式(I)の化合物又はその塩の多数の単位摂取量又はその分割量が包括的に包装又は充填された食品としては、例えば、多数の錠剤又はカプセル剤が区分されることなく1つの容器(例えば、紙容器、フィルム(例、プラスチックフィルム)容器、ガラス容器、プラスチック容器)中に包装又は充填されたものが挙げられる。本発明の食品はまた、式(I)の化合物又はその塩の単位摂取量又はその分割量を、長期間(例えば3日以上、好ましくは7日、10日、14日又は21日以上あるいは1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月以上)の摂取に十分な数で含み得る。
【0050】
本発明の剤が医薬として用いられる場合、経口投与に好適な医薬は、水、生理食塩水のような希釈液に有効量の物質を溶解させた液剤、有効量の物質を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤、サッシェ剤又は錠剤、適当な分散媒中に有効量の物質を懸濁させた懸濁液剤、有効量の物質を溶解させた溶液を適当な分散媒中に分散させ乳化させた乳剤、あるいは散剤、顆粒剤等である。
【0051】
非経口的な投与(例、静脈内注射、皮下注射、筋肉注射、局所注入など)に好適な医薬としては、水性及び非水性の等張な無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性及び非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該医薬は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分及び医薬上許容され得る担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解又は懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0052】
本発明の剤が医薬として用いられる場合、その投与量は、有効成分の活性や種類、投与様式(例、経口、非経口)、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって異なり一概に云えないが、通常、成人1日あたりの式(I)の化合物又はその塩の有効量としては、約5mg〜約500mgを挙げることができる。
【0053】
本明細書中で挙げられた特許及び特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0054】
以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【実施例】
【0055】
(材料と方法)
1.動物
動物に関する取扱いは、全て兵庫医科大学動物実験委員会の認可を受け、NIH(国立衛生研究所)の実験動物の管理と使用に関する指針に準拠している。
【0056】
2.興奮性シナプス後場電位(field excitatory postsynaptic potential (fEPSP))の測定
雄性Wisterラット(6週齢)から海馬切片(400μm)を調製した。海馬切片を、GF109203X(100nM)及び/又はKN−93(3μM)の存在下及び非存在下、DCP−LA(100nM)で10分間処理した。10分間のDCP−LA処理の前後に、標準の人工脳脊髄液(以下、ACSFと略称する)中でシャファー側枝に電気的に刺激を与えること(0.03Hz,0.1ミリ秒間)によってCA1領域からのfEPSPを記録した。ACSFは34℃、95%O及び5%COで酸素処理したものを用いた。ACSFの組成は以下の通りである
ACSF:117mM NaCl, 3.6mM KCl, 1.2mM NaH2PO4, 1.2mM MgCl2, 2.5mM CaCl2, 25mM NaHCO3及び11.5mM glucose
【0057】
3.細胞培養
Wisterラット胎仔(在胎齢、18日)の脳から海馬を取り出した。解離した海馬細胞を96ウェルのプレートに播種し、培養液中、5%CO及び95%空気の湿気のある環境下37℃で培養した。培養液の組成は以下の通りである
培養液:B27(1:50), 2.5mM glutamine, 50μM glutamate, penicillin(最終濃度100U/ml)及びstreptomycin(最終濃度, 0.1mg/ml)を補充したNeurobasal
【0058】
4.in situ CaMKIIアッセイ
培養ラット海馬ニューロンにおけるCaMKII活性を既報に従って測定した(Kanno T.et al, J. Lipid Res. 47:1146-1156, 2006)。培養ニューロンを、KN−92又はKN−93の存在下あるいは非存在下、細胞外液中、37℃で10分間、DCP−LAで処理した。次いで、細胞を100μlのCa2+−freeリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄し、30℃で15分間、50μlの細胞外液(50μg/ml digitonin, 25mM glycerol 2-phosphate, 200μM ATP及び100μM Autocamtide-2 (Calbiochem, San Diego, USA);CaMKIIの合成基質ペプチド)を含有する)中でインキュベートした。上清を回収し、100℃で5分間煮沸して反応を停止させた。該溶液の一部(20μl)を逆相高速液体クロマトグラフィー(HPLC)(LC-10ATvp,Shimadzu Co., Kyoto, Japan)にかけた。基質ペプチドのピークと、新しくできた産物のピークが吸光度214nm(SPD-10Avp UV-VIS detector, Shimadzu Co., Kyoto, Japan)の位置に検出された。各ピークの分子量をbradykinin(MW1060.2)及びneurotensin(MW1672.9)の標準スペクトルから測定した。MALDI−TOF MS(matrix-assisted laser desorption ionization time of flight mass spectrometry;Voyager ST-DER, PE Biosystems Inc., Foster City, USA)での解析によれば、基質のピーク及び新しい産物のピークは、それぞれ分子量1508及び分子量1588であった。1588という分子量が、リン酸化されていない基質タンパク質の分子量(MW1508)にHPO(MW80)の分子量を加えたものに一致していることから、新しくできた産物のピークがリン酸化された基質タンパク質に対応していることがわかる。リン酸化されていないCaMKII基質ペプチド、及びリン酸化されているCaMKII基質ペプチドの面積を測定した(全面積は、ここで使用したCaMKII基質ペプチドの濃度に相当する)。リン酸化された基質ペプチドの量(pmol/min/μg細胞タンパク)を算出し、CaMKII活性の指標として用いた。
細胞外液の組成は以下の通り。
細胞外液;137mM NaCl, 5.4mM KCl, 10mM MgCl2, 5mM ethylene glycol-bis(2-aminoethyl ether)-N,N,N',N'-tetraacetic acid (EGTA), 0.3mM Na2HPO4, 0.4mM K2HPO4及び20mM 4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazine-ethanesulfonic acid, pH 7.2
【0059】
5.CaMKII活性及びPP−1活性測定の為の無細胞系アッセイ
無細胞系でCaMKII活性を測定する為には、反応メディウム(25μl,pH8.0)中、DCP−LAの存在下及び非存在下、35℃で10分間、合成CaMKII基質ペプチド(10μM)をCaMKII(1.1x10U)(Calbiochem,San Diego, USA)と反応させた。
無細胞系でのPP−1活性を測定する為には、CaMKIIアッセイで用いたのと同じ反応メディウム中、microcystin(Sigma)又はDCP−LAの存在下及び非存在下で、35℃で10分間で、合成CaMKII基質ペプチド(10μM)をCaMKII(1.1x10U)(Calbiochem,San Diego,USA)及びPP−1(0.1U)(Sigma,St. Louis,MO,USA)と反応させた。いずれの反応も100℃で5分間処理することによって終結させた。各溶液の一部(10μl)をカラム(250mm×4.6mm)(COSMOSIL 5C18-AR-II, Nacalai Tesque, Kyoto, Japan)に注入し、逆相HPLCシステムにかけた(LC-10ATvp, Shimadzu)。リン酸化されていないペプチド及びリン酸化されたペプチドを吸光度214nmで検出した(SPD-10Avp UV-Vis detector, Shimadzu)。リン酸化された基質ペプチドの量(pmol/min)をCaMKII活性の指標として用いた。脱リン酸化された基質ペプチドの量(Δpmol/min)をPP−1活性の指標として用いた。脱リン酸化された基質ペプチドの量はmicrocystinあるいはDCP−LAの存在下及び非存在下、(PP−1存在下でのリン酸化された基質ペプチドの量)から(PP−1非存在下でのリン酸化された基質ペプチドの量)を差し引くことによって求めた。
反応メディウムの組成は以下の通りである。
反応メディウム:40mM 4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazine-ethanesulfonic acid (HEPES)、 5mM Mg-acetate, 0.4mM CaCl2, 0.1mM ATP, 0.1mM EGTA, 1μM calmodulin (Calbiochem, San Diego, USA)
【0060】
6.In vitro転写と翻訳
GluR1、GluR2及びGluR3サブユニットをコードするmRNAをin vitro転写によって合成した。Ser831をAlaで置き換え、CaMKIIリン酸化部位を欠いている変異GluR1サブユニットを調製した[mGluR1(S831A)]。卵巣から手作業で分離したアフリカツメガエルの卵母細胞に、GluR1、GluR2及びGluR3サブユニット、あるいはmGluR1(S831A)サブユニットの種々の組み合わせでmRNAを注入し、18℃でインキュベートした。
【0061】
7.2電極ボルテージクランプ測定
mRNAを注入して2〜3日後に卵母細胞を測定チャンバーに移し、標準の両生類用リンゲル液(frog Ringer's solution)で連続的に22℃表面灌流した。10分間のDCP−LA処理の前後で10分間隔でカイニン酸(50μM)を卵母細胞にバスアプライ(bath-apply)した。全ての細胞膜電流をGeneClamp-500 amplifier (Axon Instruments, Inc., Foster City, CA, USA)で測定・記録し、pClampソフトウェア(version 6.0.3, Axon Instruments, Inc.)を用いてコンピュータ解析した。
標準の両生類用リンゲル液の組成は以下の通りである。
両生類用リンゲル液;115mM NaCl, 2mM KCl, 1.8mM CaCl2,及び5mM HEPES, pH 7.0
【0062】
8.AMPA受容体の移送の解析
ラット海馬切片(雄性、Wistar,6w)(400μm)を標準ACSF中、DCP−LAの存在下及び非存在下で、20分、34℃でインキュベートした。該インキュベートは、GF109203X(100nM)、KN−93(3μM)及びH−89(1μM)の存在下及び非存在下に、あるいはDCP−LA処理の20分前から酸化フェニルアルシン(PAO)(3μM)の存在下及び非存在下に、あるいはDCP−LA処理の12hr前からボツリヌス毒素A(BoTX−A)(0.1U/ml)の存在下及び非存在下に行った。
次いで、切片を、氷冷した、1%プロテアーゼインヒビターカクテルを含むミトコンドリアバッファー中で音波処理によってホモジナイズし、続いて該ホモジネートを遠心分離した(3,000rpm, 5min, 4℃)。上清を遠心分離(11,000rpm, 15min, 4℃)し、さらに回収した上清を超遠心分離(100,000rpm, 60min, 4℃)し、細胞質分画と膜分画に分離した。
各分画のタンパク質濃度をBCAタンパク質アッセイキット(Pierce, Rockford, IL, USA)を用いて測定した。細胞膜分画のタンパク質を1%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を含有するミトコンドリアバッファーに再懸濁した。各分画のタンパク質をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)で分離し、ポリフッ化ビニリデン(polyvinylidene difluoride)膜に転写した。5%ウシ血清アルブミン(BSA)を含有するTTBS(150mM NaCl, 0.1% Tween20及び20mM Tris, pH7.5)でブロッキングをした後、転写した膜をGluR1サブユニットに対する抗体(Upstate Biotechnology, Lake Placid, NY, USA)、GluR2サブユニットに対する抗体(Chemicon, Temecula, CA, USA)、カドヘリンに対する抗体(Sigma, St Louis, MO, USA)及び乳酸脱水素酵素(LDH)に対する抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA)と反応させ、次いで、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)をコンジュゲートしたヤギ抗ウサギIgG抗体又はヤギ抗マウスIgG抗体と反応させた。免疫反応性を、ECL kit(GE Healthcare, Piscataway, NJ, USA)で検出し、chemiluminescence detection system (FUJIFILM, Tokyo, Japan)を用いて可視化した。シグナル密度をImage Gauge software (FUJIFILM)で測定した
ミトコンドリアバッファーの組成は以下の通りである。
ミトコンドリアバッファー;210mM mannitol, 70mM sucrose及び1mM EDTA, 10mM HEPES, pH 7.5
【0063】
9.免疫沈降及びウェスタンブロット解析
ラット海馬切片(雄性 Wistar,6w)(400μm)を溶解用溶液で溶解した。得られたライセートを遠心分離した後、抽出物(タンパク質換算で500μg)を抗GluR1サブユニット抗体(Upstate Biotechnology)又は抗GluR2サブユニット抗体(Chemicon)の存在下、4℃で一晩インキュベートした。次いで、20μlのプロテインGアガロース(GE healthcare)を該抽出物に添加し、4℃で一晩インキュベートした。ペレットを2回PBSで洗浄し、40μlのSDSサンプルバッファー(0.2mM Tris-HCl, 0.04% SDS, 20% glycerol, pH 6.8)で溶解した。5分間煮沸した後、タンパク質をSDS−PAGEで分離し、PVDF膜に転写した。転写した膜を5%BSAでブロッキングし、GluR1サブユニットに対する抗体(Upstate Biotechnology)、GluR2サブユニットに対する抗体(Chemicon)及びGluR3サブユニットに対する抗体(Chemicon)で反応させ、次いでHRPをコンジュゲートしたヤギ抗IgG抗体又はヤギ抗マウスIgG抗体で反応させた。免疫反応性はECL kit(GE Healthcare)で検出した。
溶解用溶液の組成は以下の通りである。
溶解用溶液:0.1% Tween20, 0.1% SDS, 20mM Tris-HCl, 150mM NaCl及び1% プロテアーゼインヒビターカクテル
【0064】
10.統計的解析
統計的解析は、unpaired t-test、Fisher's Protected Least Significant Difference (PLSD) test及びone-way analysis of variance(ANOVA)を用いて行った。
【0065】
実施例1:DCP−LAの海馬シナプス伝達促進作用におけるCaMKIIの役割
DCP−LA(100nM)はラット海馬切片のCA1領域から記録されるfEPSPの傾きにおいて、一過的な急増を誘導することが報告されている(Yaguchi, T. et al., Mol. Brain Res. 133:320-324, 2005)。約200%の持続的増大に続いて、最大で、基準レベルのおよそ900%にまで到達する(図1)。DCP−LAによるfEPSP傾きの一過的な急増はPKC阻害剤であるGF109203X(100nM)では部分的にしか阻害されなかったが、持続的増大についてはこの阻害剤で阻害された(図1)。活性化CaMKIIの阻害剤であるKN−93(3μM)は、DCP−LAによるfEPSP傾きの一過的な急増を基準レベルの200%程度にまで抑制し、さらにGF109203X(100nM)を加えることによってfEPSPの傾きの増加は完全に阻害された(図1)。
この結果より、DCP−LAによって誘導される海馬シナプス伝達促進作用は、CaMKII及びPKCの両方によって仲介され、特にCaMKIIが大きく寄与していることが示された。
【0066】
実施例2:DCP−LAのCaMKIIに及ぼす作用
実施例1でDCP−LAの海馬シナプス伝達促進作用にCaMKIIが大きく寄与していることが明らかになったので、次に、DCP−LAがCaMKIIそのものを活性化しているのかどうかを調べた。
CaMKII活性は、逆相HPLCを用いて測定した。培養ラット海馬ニューロンを用いた実験系において、CaMKII活性の基準値は、7.2±0.3pmol/min/μgタンパク(図2)であった。DCP−LAはCaMKII活性を濃度(0.01−1μM)依存的に増強した。このDCP−LAのCaMKII活性の促進効果は活性型CaMKIIの阻害剤であるKN−93(3μM)で顕著に阻害されたが、不活性型CaMKIIの阻害剤であるKN−92(3μM)では阻害されなかった(図2)。この結果より、DCP−LAがCaMKIIを活性化し得ることが示された。
次に、無細胞系でDCP−LAがCaMKII活性を促進するか否かを検討した。驚くべきことに、無細胞系では、DCP−LA(100μM)によるCaMKII活性の促進は観察されなかった(図3A)。この結果より、DCP−LAが直接CaMKIIを活性化しているのではなく、細胞内に存在する因子に作用することによってCaMKIIを活性化していることが考えられた。
CaMKIIはその自己リン酸化を介して活性化され、PP−1によって触媒される脱リン酸化によって不活性化される。そこで、DCP−LAにPP−1に対する作用について調べた。
無細胞系でのPP−1アッセイにおいて、PP−1の阻害剤であるミクロシスチン(0.1及び1μM)は、顕著にPP−1活性を低下させた(図3B)。DCP−LAもまた、ミクロシスチンよりもその作用は弱いものの、濃度(1−100μM)依存的に有意にPP−1活性を低下させた(図3B)。
これらの結果は、DCP−LAはPP−1を阻害することによってCaMKIIを活性化するという作用機序を示唆している。
【0067】
実施例3:DCP−LAのAMPA受容体応答性に及ぼす作用
CaMKIIは、AMPA受容体の応答性を増強することが知られている。そこでGluR1、GluR2及びGluR3サブユニットを種々の組合わせで発現している卵母細胞でのAMPA受容体応答におけるDCP−LAの効果を調べた。
2電極ボルテージクランプ測定では、AMPA受容体のアゴニストであるカイニン酸を添加することで、一時的に−60mVの電位となる(図4A−I)。DCP−LA(100nM)は、GluR1、GluR3、GluR1/GluR2、GluR1/GluR3及びGluR1/GluR2/GluR3サブユニットで構成されるAMPA受容体に対して、段階的に上昇し且つ持続する電流の増強作用を誘導した。DCP−LAで10分間処理した後、70分経過した時点でそれぞれ基準レベルの193±19%、157±10%、136±8%、134±6%及び141±7%に達した。いずれも活性型CaMKIIの阻害剤であるKN−93(3μM)によって顕著に阻害された(P<0.001;KN−93非存在下でのDCP−LAの効果と比較して;Fisher's PLSD test)(図4A、C、D、F、G)。対照的に、GluR2及びGluR2/GluR3サブユニットで構成されるAMPA受容体に対しては、DCP−LA(100nM)では、増強作用は殆ど見られないか、あるいは全く見られなかった(図4B、E)。
これらの結果は、DCP−LAによって誘導されるAMPA受容体応答性の増強作用にはGluR1サブユニットが必要であること、その増強作用はCaMKII依存的であることを示唆している。
GluR1サブユニットには、Ser831のCaMKIIリン酸化部位が含まれている。AMPA受容体応答性におけるDCP−LAの増強効果がGluR1サブユニットのCaMKIIによるリン酸化によるものであるのか否かを知るために、CaMKIIリン酸化部位を欠失している変異型のGluR1 AMPA受容体[mGluR1(S831A)受容体]を卵母細胞に発現させた。DCP−LA(100nM)は、mGluR1(S831A)受容体に対してもカイニン酸によって誘導される電流を増強した(図4I)。この結果は、DCP−LAがGluR1サブユニットのCaMKIIによるリン酸化に依存しない作用機序によってAMPA受容体応答性を増強していることを示唆している。
【0068】
実施例4:DCP−LAのAMPA受容体のエキソサイトーシスに及ぼす作用
上記の結果より、DCP−LAによって活性化されたCaMKIIが、DCLP−LAによって誘導されるAMPA受容体応答性の増強作用を担うAMPA受容体の細胞膜上での発現における増加に貢献していることが考えられた。そこで、AMPA受容体の細胞膜上での発現に及ぼすDCP−LAの作用を調べた。
ラット海馬切片から得られたライセートを抗GluR1サブユニット抗体又は抗GluR2サブユニット抗体で免疫沈降させ、免疫沈降物(GluR1 IP、GluR2 IP)を用いてウェスタンブロット解析を行った。いずれの免疫沈降物においても、抗GluR1サブユニット抗体及び抗GluR2サブユニット抗体に対して免疫応答性であるシグナルが検出されたが、抗GluR3サブユニット抗体に対してはシグナルが観察されなかった(図5A)。この結果は、GluR1及びGluR2サブユニットが、ラットの海馬で発現しているAMPA受容体を形成することを示唆している。したがって、本発明者は、AMPA受容体の移送におけるDCP−LAの効果を調べるために、GluR1及びGluR2サブユニットに注目した。
ラット海馬切片から調製されたライセートを超遠心分離によりペレットと上清の2つの画分に分離した。細胞質マーカーLDHに対する抗体(抗LDH抗体)、及び細胞膜マーカーであるカドヘリンに対する抗体(抗カドヘリン抗体)に対する免疫応答性のシグナルがそれぞれ上清及びペレット中に検出された(図5B)。この結果より、上清画分及びペレット画分は、それぞれ細胞質成分及び細部膜成分で構成されていることを示唆している。DCP−LAで処理していない海馬切片から得られたライセートでは、細胞質画分及び細胞膜画分の両方の画分で、同程度のGluR1及びGluR2サブユニットに対する免疫応答シグナルが観察された(図5C、D)。DCP−LA処理した海馬切片から得られたライセートでは、釣鐘状に濃度(1nM−1μM)依存的な様式で細胞膜画分においてシグナルを増強した(図5C、D)。このことは、DCP−LAがGluR1及びGluR2サブユニットの細胞膜上での発現を増加させていることを示している。
DCP−LAの効果は、活性型のCaMKIIの阻害剤であるKN−93(3μM)で阻害されたが、プロテインキナーゼA(PKA)の阻害剤であるGF109203X(100nM)やH−89(1μM)では阻害されなかった(図5C、D)。このことは、DCP−LAがCaMKII経路を介して、GluR1及びGluR2サブユニットの細胞膜から細胞質へのエンドサイトーシスを阻害することによって該サブユニットの細胞膜上での発現を増加させていることを示している。
さらにDCP−LA(100nM)によって誘導されるGluR1及びGluR2サブユニットの細胞膜上での発現増加は、エキソサイトーシスの阻害剤であるBoTX−A(0.1U/ml)によって阻害され、エンドサイトーシスの阻害剤であるPAO(3μM)では何の作用も示さなかった(図5C、D)。
以上の結果より、DCP−LAがCaMKIIを活性化することによってGluR1及びGluR2サブユニットのエキソサイトーシスを刺激し、それによって細胞膜上でのAMPA受容体の発現を増加させている、という作用機序が明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
PP−1を抑制してCaMKIIを活性化することによって、AMPA受容体の細胞膜への移行を促進し、細胞膜上でのAMPA受容体発現数増加に伴う海馬シナプス伝達を促進させることができる本発明の剤は、既存の薬物とは異なる作用機序を有する、海馬シナプス伝達を促進することが有益な疾患(例えば神経変性疾患)の予防・治療薬の開発に繋がる。さらに、本発明の剤は、そのような疾患の予防・治療薬の開発に有用なツールとなり得る研究用試薬として提供され得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I)
【化1】


〔式中、
Rは、炭素鎖中に1以上の1,2−シクロプロピレンを有していてもよい、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよいアルキル又はアルケニルであり、1,2−シクロプロピレンは、3位の炭素原子に適切な置換基を有してもよく、
Xは、単結合又はアルキレンであり、
炭素の総数からシクロプロパン環の数を引くと10〜25である。〕
で表される、1以上のシクロプロパン環を有するカルボン酸化合物又はその塩を含む、プロテインホスファターゼ−1(PP−1)阻害剤。
【請求項2】
Rが、炭素鎖中に1以上の1,2−シクロプロピレンを有していてもよい、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよいアルキル又はアルケニルである、請求項1記載の剤。
【請求項3】
Rが
【化2】


〔式中、
R’は、水素又はアルキルであり、
Yは、単結合又はアルキレンであり、
Aは、1,2−シクロプロピレン又はビニレンであり、
mは、0〜5の整数であり、
但し、mが2〜5のとき、Aは、同一又は異なっている。〕
である、請求項2記載の剤。
【請求項4】
Rが
【化3】



から選択される基であり、
Xが−(CH−である
〔式中、n、p、q、rは各々整数であり、pとnの合計は6〜21であり、q、r、nの合計は4〜19である。〕、
請求項3記載の剤。
【請求項5】
Rが
【化4】


から選択される基であり、
Xが−(CH−である
〔式中、s、nは各々整数であり、その合計は3〜18である。〕、
請求項4記載の剤。
【請求項6】
sが4であり、nが7である、請求項5記載の剤。
【請求項7】
該カルボン酸化合物又はその塩が、8−[2−(2−ペンチル−シクロプロピルメチル)−シクロプロピル]−オクタン酸又はその塩である、請求項1記載の剤。
【請求項8】
研究用試薬である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の剤。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の剤を含む、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)の活性化剤。
【請求項10】
請求項9記載の剤を含む、α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体の発現増強剤。
【請求項11】
請求項10記載の剤を含む、シナプス伝達促進剤。
【請求項12】
式(I)
【化5】


〔式中、
Rは、炭素鎖中に1以上の1,2−シクロプロピレンを有していてもよい、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよいアルキル又はアルケニルであり、1,2−シクロプロピレンは、3位の炭素原子に適切な置換基を有してもよく、
Xは、単結合又はアルキレンであり、
炭素の総数からシクロプロパン環の数を引くと10〜25である。〕
で表される、1以上のシクロプロパン環を有するカルボン酸化合物又はその塩を含む、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの活性化剤。
【請求項13】
Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの活性化が、プロテインホスファターゼ−1を阻害することによるものである、請求項12記載の剤。
【請求項14】
式(I)
【化6】


〔式中、
Rは、炭素鎖中に1以上の1,2−シクロプロピレンを有していてもよい、且つ/又は鎖末端にシクロプロピルを有していてもよいアルキル又はアルケニルであり、1,2−シクロプロピレンは、3位の炭素原子に適切な置換基を有してもよく、
Xは、単結合又はアルキレンであり、
炭素の総数からシクロプロパン環の数を引くと10〜25である。〕
で表される、1以上のシクロプロパン環を有するカルボン酸化合物又はその塩を含む、
α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体の発現増強剤。
【請求項15】
α−アミノ−3−ヒドロキシ−5−メチル−4−イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体の発現増強が、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIの活性化によるものである、請求項14記載の剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−202525(P2010−202525A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−46645(P2009−46645)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【出願人】(598176363)
【出願人】(506409125)株式会社 西崎創薬研究所 (4)
【Fターム(参考)】