説明

プロテオミクス解析におけるペプチド分離・同定方法

【課題】プロテオミクス解析前のサンプル調製時において、特に質量分析前の複雑なペプチド混合物のHPLCによる分離効率を著しく上昇させることにより、高感度なタンパク質同定法を達成し、更にそれに同位体標識法などをくみあわせることにより高感度な比較定量法を提供すること。
【解決手段】タンパク質の質量分析のための前処理として、両性イオンカラムを含む多次元カラムクロマトグラフィを用いるペプチドの分離方法、該分離方法によって得られたペプチドを用いる、タンパク質の質量分析方法、タンパク質の同定方法、及び、該同定方法を用いるプロテオミクス解析法等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロテオミクス解析等に用いられるタンパク質の質量分析方法に関し、特に、タンパク質の質量分析のための前処理として、両性イオンカラムを含む多次元カラムクロマトグラフィを用いるペプチドの分離方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
異なるサンプル中に含まれるタンパク質を網羅的に同定し、かつ、それらを定量比較するプロテオミクス解析において、これまでにいくつかの方法が開発されてきた。例えば、2D-DIGE(two-dimensional difference gel electrophoresis)法は、異なる検出波長の蛍光色素でそれぞれのタンパク質サンプルを標識した後混合し、2次元電気泳動により分離した後、専用スキャナーにより各蛍光色素の強度を定量する。
【0003】
さらにゲル中のタンパク質をトリプシンなどのプロテアーゼで処理してペプチドに分解後ゲル片から抽出し、液体クロマトグラフィに接続した質量分析機により同定する方法もある。
【0004】
また、培養細胞などを利用する場合は、同位体標識アミノ酸を含む培地で培養してタンパク質を標識し、抽出したタンパク質のプロテアーゼ分解産物をMS解析によりペプチドピークの面積比を比較することで定量するメタボリックラベリング法も利用できる。この場合、ペプチドの同定はMS/MS解析で行う。
【0005】
タンパク質サンプル抽出後に標識するタグラベリング法としては、炭素の非放射性同位元素13Cを取り込ませた標識化合物を用いるICAT(Isotope-coded affinity tag)法があるが、その後、システイン残基にしか標識できないICAT試薬を改善して、リジン側鎖やN末端のアミノ基を標識するiTRAQ(isobaric tags for relative and absolute quantification)法が登場した。iTRAQ法は、MS/MS解析時に質量の異なる同位体レポーターユニットが分離することで、レポーターピークの面積の比較による相対的定量と、MS/MSによるペプチドの質量分析を同時に行う方法である。
【0006】
最初に述べた2次元電気泳動を用いる2D-DIGE法以外は、いずれも蛋白質混合物を消化して得られるペプチドを液体クロマトグラフィによって分離する手法を用いており、2次元電気泳動で解析が困難であった疎水性部分を持つ細胞膜タンパク質や高分子タンパク質の解析を可能にし、またタンパク質の同定までの全過程をほぼ自動化できるようになった。
【0007】
これまでMS/MS解析のための高速液体クロマトグラフィによるペプチドの分離には、イオン交換クロマトグラフィと逆相クロマトグラフィを組み合わせた分離方法が利用されてきた。これは、ペプチドの荷電状態と疎水性という互いに異なる性質を指標にしてペプチド混合物を2段階で分離する方法であり、論理的にも優れた方法とされてきた。イオン交換クロマトグラフィとしては硫酸基を利用した強イオン交換カラムクロマトグラフィ(strong cation exchange chromatography: SCX chromatography)が主に使われている。しかし、このような液体クロマトグラフィを用いても、ペプチド分離が不十分な場合、微量ペプチドのシグナルを検出することが困難であり、ペプチドの分離効率の向上がペプチド同定の可否を決めるひとつの重要な要素であることが示唆されていた。
【0008】
【非特許文献1】A. Pandey, M. Mann, Nature 405 (2000) 837
【非特許文献2】S.P. Gygi, B. Rist, S.A. Gerber, F. Turecek, M.H. Gelb, R. Aebersold, Nat Biotechnol 17 (1999) 994
【非特許文献3】P.L. Ross, Y.N. Huang, J.N. Marchese, B. Williamson, K. Parker, S. Hattan, N. Khainovski, S. Pillai, S. Dey, S. Daniels, S. Purkayastha, P. JuHSAz, S. Martin, M. Bartlet-Jones, F. He, A. Jacobson, D.J. Pappin, Mol Cell Proteomics 3 (2004) 1154
【非特許文献4】E. Nagele, M. Vollmer, P. Horth, C. Vad, Expert Rev Proteomics 1 (2004) 37
【非特許文献5】C. Dell'Aversano, G.K. Eaglesham, M.A. Quilliam, J Chromatogr A 1028 (2004) 155
【非特許文献6】Y. Xuan, E.B. Scheuermann, A.R. Meda, H. Hayen, N. von Wiren, G. Weber, J Chromatogr A 1136 (2006) 73
【非特許文献7】M. Diener, K. Erler, B. Christian, B. Luckas, J Sep Sci 30 (2007) 1821
【非特許文献8】C. Dell'Aversano, G.K. Eaglesham, M.A. Quilliam, J Chromatogr A 1028 (2004) 155
【非特許文献9】P. Hagglund, J. Bunkenborg, F. Elortza, O.N. Jensen, P. Roepstorff, J Proteome Res 3 (2004) 556
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の主な目的は、このような質量分析を用いたプロテオミクス解析時において問題となっている複雑なペプチドサンプルの分離を改善するための新しい分離法を開発することである。より詳細には、プロテオミクス解析前のサンプル調製時において、特に質量分析前の複雑なペプチド混合物のHPLCによる分離効率を著しく上昇させることにより、高感度なタンパク質同定法を達成し、さらにそれに同位体標識法などをくみあわせることにより高感度な比較定量法を提供すること等である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
即ち、本発明は以下の各態様に係るものである。
[態様1]タンパク質の質量分析のための前処理として、両性イオンカラムを含む多次元カラムクロマトグラフィを用いるペプチドの分離方法。
[態様2]両性イオンカラムが、カルボキシメチル基、リン酸基、硫酸基、アミノ基及びこれらの誘導体の組み合わせから成る群から選択される両性イオン基が結合した固定相を含む、態様2記載の分離方法。
[態様3]両性イオンカラムの固定相が多孔性シリカゲル及び多孔性メタクリレートビーズから成る群から選択される、態様1又は2記載の分離方法。
[態様4]多次元カラムクロマトグラフィが更に逆相イオンカラムを含む、態様1〜3のいずれか一項に記載の分離方法。
[態様5]ペプチドがタンパク分解酵素によるタンパク質の分解で得られたものである、態様1〜4のいずれか一項記載の分離方法。
[態様6]ペプチドが修飾ペプチドである、態様1〜5のいずれか一項記載の分離方法。
[態様7]ペプチドの修飾がiTRAQ又はICATにより行われる、態様6記載の分離方法。
[態様8]ペプチドの修飾が同位体元素を利用した修飾試薬を用いる、態様6記載の分離方法。
[態様9]態様1〜8のいずれか一項に記載の分離方法によって得られたペプチドを用いる、タンパク質の質量分析方法。
[態様10]タンパク質の質量分析にMALDI(matrix-assisted laser desorption/ionization)を用いる、態様9記載の方法。
[態様11]タンパク質の質量分析にESI(electro spray ionization)を用いる、態様9記載の方法。
[態様12]態様9〜11のいずれか一項に記載のタンパク質の質量分析方法を含む、タンパク質の同定方法。
[態様13]態様12記載のタンパク質の同定方法を用いるプロテオミクス解析法。
【発明の効果】
【0011】
本発明方法に従い、多次元カラムクロマトグラフィによるペプチド分離過程に、両イオン性カラムクロマトグラフィ、更に、逆相カラムクロマトグラフィを用いることにより、トリプシンなどのタンパク分解酵素(プロテアーゼ)で分解した複雑で膨大な種類からなるペプチド産物を効率よく分離し、これまで同定が困難であった複雑な混合物ペプチドの同定効率を著しく改良することで、タンパク質の質量分析時の同定効率を劇的に改善することができる。また、タンパク質の定量比較同定法としてICATやiTRAQなどのタグラベリング試薬によりペプチドを標識した場合のMS/MS解析による同定アミノ酸数についても著しく改善することができ、サンプル中に含まれる微量のタンパク質について、これまでよりもずっと容易に定量解析できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、プロテオミクス解析法などにおいて、両イオン性カラムを用いることを特徴とする、タンパク質の質量分析(MS/MS解析)のためのペプチド分離方法であり、同位体標識試薬などで修飾されているペプチドを用いた場合のペプチド分離にも応用できる方法である。
【0013】
両イオン性カラムは順相クロマトグラフィの一種である親水クロマトグラフィー(Hydrophilic Interaction Chromatography, HILIC)カラムであり、固定相の表面に両性イオン基を結合した担体を充填させたものである。固定相中の両性イオン基の電荷が失われることなく、固定相全体としては中性が保たれる。また、HILICモードにおいて両性イオン基と試料との間に親水性相互作用を得るために、有機溶媒(アセトニトリルなどの水と任意に混和可能な有機溶媒)と緩衝溶液の移動相を用いることが多い。両性イオン基は電荷しているが全体として中性であり、高い選択性、弱いイオン相互作用、安定した水和層、pHに依存しない等の特徴を有するものである。
【0014】
サンプルの担体への保持力は、移動相溶媒に含有される有機溶媒の濃度に比例する。最も一般的な親水クロマトグラフィの移動相溶媒のグラジエントには、アセトニトリル及びプロパノール等の有機化合物と、メチルホスホネイトカリウム、過塩素酸ナトリウム、TEAP(リン酸トリエチルアミン)などの塩を含む緩衝液が利用される。
【0015】
両性イオンカラムの固定相に結合する両性イオン基の代表的例として、例えば、カルボキシメチル基、リン酸基、硫酸基、アミノ基及びこれらの誘導体等が挙げられる。又、両性イオンカラムの固定相の材質の例としては、多孔性シリカゲル及び多孔性メタクリレートビーズ等を挙げることができる。
【0016】
当業者に公知の任意の両性イオンカラムを使用することが出来る。このような両性イオンカラムは市販品として容易に入手することが可能である。その好適例として、ZIC-HILIC(登録商標)(SeQuant社製)、及びダイヤイオン(登録商標)AMP01やDSR01(三菱化学社製)がある。
【0017】
本発明方法において、多次元カラムクロマトグラフィが更に二次元目のカラムとして逆相イオンカラムを含むことによって、トリプシンなどのプロテアーゼで分解した複雑で膨大な種類からなるペプチド産物をより効率よく分離することができる。当業者に公知の任意の逆相イオンカラムを使用することが出来る。
【0018】
本発明方法で分離されるペプチドは、当業者に公知の任意の方法、例えば、トリプシン等の当業者に公知の任意のタンパク分解酵素によるタンパク質の分解等で得られるものである。
【0019】
更に、本発明方法で分離されるペプチドは、iTRAQ、ICAT、及びペプチドの修飾が同位体元素等の当業者に公知の任意の修飾試薬を利用した修飾方法で修飾された修飾ペプチドでもよい。
【0020】
本発明の分離方法によって得られたペプチドを用いてタンパク質の質量分析を行うことが好ましい。このような質量分析は、MALDI(matrix-assisted laser desorption/ionization)及びESI(electro spray ionization)等の当業者に公知の任意の方法を用いることが出来る。更に、このようなタンパク質の質量分析によって、プロテオミクス解析等においてタンパク質を効率よく同定することが可能となる。
【0021】
本発明における、両イオンカラム及び逆相イオンカラム等を含む多次元カラムクロマトグラフィにおける各種の実施条件(移動相溶媒、溶出勾配濃度、溶出温度・速度等)、タンパク質の分解の諸条件、並びに、タンパク質の質量分析及び同定における各種の実施条件等は当業者に公知の範囲から、適宜選択することが出来る。又、各装置の製造業者作成のマニュアルに従って容易に実施することが出来る。
【0022】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。又、特に記載のない場合には、以下の実施例は、当該技術分野における常法及び当業者に公知の標準的な方法に従い実施した。又、本明細書中に参考文献などとして引用された文献の記載内容は本明細書の開示内容の一部を構成するものである。
【実施例1】
【0023】
両性イオンカラム又はイオン交換カラムにより分離したHSAペプチドのMS解析による同定効率の比較
本実施例では両性イオンカラムのペプチド分離能、及びその結果の同定結果を既存のイオン交換カラムと比較するにあたり、配列や切断部位の決定が十分確認されているヒトアルブミン(Human serum albumin, HSA)を用いた。HSAを0.2mg/mlトリプシン溶液で37℃, 16時間処理して調製したペプチド産物を二分割し、一方はそのままペプチドを修飾することなく、両性イオンカラム(ZIC-HILIC)により分離し、得られた全フラクションについてMALDI−TOF質量分析機(Voyager DE Pro mass spectrometer :Applied Biosystems社製)を用いたMS解析によりペプチド質量の測定とMascotデータベース検索によるペプチドの同定を行った。これと同様にHSAトリプシン分解産物を強イオン交換カラム(SCXカラム)により分離したサンプルについてMS解析によるペプチドの同定を行った。これらの結果、両性イオンカラムを用いた場合とイオン交換カラムを用いた場合とで、そのペプチド同定効率について同定ペプチドによるタンパク質カバー率及び同定アミノ酸数で比較した。さらに定量比較のための同位体標識試薬であるiTRAQ Reagents Multiplex Kit(Applied Biosystems)を用いて残りの半分のHSAトリプシン消化物を標識し、ペプチド定量分析におけるこれらカラムを用いた分離手法の効果についても比較した。これら4種類のサンプルは、それぞれnonlabeled ZIC、nonlabeled SCX、iTRAQ-labeled ZIC及びiTRAQ-labeled SCXと名づけた(図1)。
【0024】
尚、各クロマトグラフィの操作条件は以下の通りである。
・両性イオンカラム(ZIC-HILIC):バッファA (81% アセトニトリル, 19% 15 mM KH2PO4, pH 4.5)及びバッファB (30% アセトニトリル, 70% 20 mM KH2PO4, pH 4.5)のグラジエント。
・強イオン交換カラム(SCXカラム):バッファA (25% アセトニトリル, 75% 10 mM KH2PO4, pH 3.0)及びバッファB (buffer A containing 0.5 M KCl)のグラジエント。
・ZIC-HILIC及びSCXカラムクロマトグラフィのグラジエント条件は共に0-5min(バッファA100%)5-35min(バッファA:Bを100:0から0:100まで直線勾配)35-40min(バッファB100%)。流速毎分100μl、計測吸光波長220 nm(測定器:SLC-10A UV-VIS detection system, Shimadzu社製)
【0025】
MS解析の結果、両性イオンカラムであるZIC-HILICを用いてHSAペプチドを分離した場合、同定ペプチドをマッピングしてみたところ、SCXによる分離サンプルと比較して明らかに同定アミノ酸数が多く、かつ、ペプチドカバー率も高いことが確認された(図2A, C)。また、同定ペプチドの詳細な比較検討の結果、SCX法で同定できたペプチドの多くはZIC-HILIC法で同定できていたことが確認された(図2B)。さらにiTRAQ標識したペプチドについても比較してみたところ、同様の結果を得た(図2A-C)。iTRAQ試薬はペプチドのフラグメント化を促進することが知られおり、本標識試薬によるペプチドのラベル化は同定結果を上げることが予想されたが、実際そのような効果が観察された。以上の結果から、このような定量比較のための標識試薬でラベル化されたペプチドにおいてもZIC-HILICはさらに高いペプチド同定効率となることが示された。
【実施例2】
【0026】
両性イオンカラム又はイオン交換カラムと逆相カラムにより分離したHSAペプチドのMS/MS解析による同定効率の比較
ZIC-HILIC及びSCXと、MS/MS解析において二次元目のカラムとして一般的に利用されている逆相カラム(RPLC)(MonoCap C18, 300 mm x 0.1 mm、Kyoto Monotech社製)との互換性を調べるため、HSAの消化物をZIC-HILIC或いはSCXで分離後さらにRPLCで分離し、MS/MS解析により同定結果を比較した。尚、MALDI−TOF質量分析機として4700 Proteomics Analyzer, (Applied Biosystems社製)を使用した。又、特に記載のない限り、各種の操作は実施例1と同様の条件で実施した。
【0027】
上記実施例のMS解析で示された結果と同様に、ZIC-HILICによる分離したペプチドはMS/MS解析によっても明らかに高い同定効率を示した。同定したペプチドを実施例1と同様にマッピングしてみたところ、SCX法で同定できたペプチドはほとんどZIC-HILIC法で同定できていたことが確認された(図3A)。さらにiTRAQ標識したペプチドについても比較してみたところ、上記の実施例1で示したMS解析の場合と同様に、iTRAQ試薬によるペプチドのフラグメント化促進作用によるペプチド同定効率の上昇による大幅な同定結果の改善が観察されたが、ZIC-HILICで分離したペプチドにおいてさらに高い同定効率を得ていた(図3A, B)。また、SCX法で同定できたペプチドはほとんどZIC-HILIC法で同定できていたことが確認された(図3B)。以上の結果から、このような定量比較のための同位体標識試薬でラベル化されたペプチドをMS/MS解析により比較定量する場合においてもZIC-HILICは非常に優れた同定結果を得ることが示された。
【0028】
逆相イオンクロマトグラフィの操作条件は以下の通りである。
逆相イオンカラム(RPLC):バッファA (5% アセトニトリル、0.1% トリフルオロ酢酸) 及びバッファB (90% アセトニトリル、0.1% トリフルオロ酢酸)を用いた3段階の直線勾配: 0-1 min;バッファA100%から開始し、直線勾配でアセトニトリル濃度15%まで、1-24 min;直線勾配でアセトニトリル濃度45%まで; 24-28 min;直線勾配でアセトニトリル濃度60%まで、流速毎分100μl、計測吸光波長214 nm (測定器:UV-VIS MU701、GL Science社製)
【実施例3】
【0029】
両性イオンカラム及びイオン交換カラムにより分離しMS解析で同定したHSAペプチドの性状の詳細な解析
ZIC-HILICがどのようにしてMS解析における同定効率を促進するかについて更なる知見を得るため、HSAペプチドをZIC-HILIC及びSCXで分離した時に、どのフラクションで各ペプチドを同定できたかを詳細に比較した。尚、特に記載のない限り、各種の操作は実施例1と同様の条件で実施した。
【0030】
その結果、ZIC-HILICを用いた場合、多くのペプチドが単一フラクションで同定されたのに対し、SCXでは複数の画分にまたがって同定されていた(図4A、B)。つまり、ZIC-HILICではペプチドがシャープなピーク(各チャートにおける実線)で溶出され一度で濃縮されたペプチドを確実に同定されているのに対し、SCXの場合は単一のペプチドの分離が不十分でブロードなピーク(各チャートにおける破線)で分離された同じペプチドを何度も同定し続ける非効率的な分離状況を示していることが示唆された。また、市販の単一のペプチド溶液を両カラムで分離した場合においても、ZIC-HILICにより分離した方が鋭い溶出ピークを持って溶出されることが観察された(図4C)。更に、同位体標識試薬によりラベルした単一ペプチドをこれらカラムにより分離した場合については、ラベル試薬の残余物質によると考えられる、ブロードで非特異的なピークが観察されたが、ペプチド由来のピークについてはZIC-HILICにおいて同様な鋭さのピークが観察されていた(data not shown)。以上の結果から、ZIC-HILICはSCXに比較して明らかに高い分離能を持っていることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明で明らかにされた、タンパク質の質量分析や定量的プロテオミクス解析のための両性イオンカラムを使用したペプチドの分離方法とこれを組み合わせた質量分析法は、ペプチド分離効率を著しく上昇させることによりこれまでにない高感度なタンパク質同定を可能にし、また更に複雑かつ微量なタンパク質抽出サンプルの詳細かつ正確な定量比較法にも適用できる優れた方法である。 特に、微量な血液から疾患マーカータンパク質を探索するプロテオミクス解析や、複雑な組成の抽出液から微量の生理活性ペプチドを同定する場合などの状況下で強力な分離方法として役立つと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】SCXとZIC-HILICの性能比較実験のための試料調製法の概要
【図2】HSAトリプシン消化ペプチドの解析結果
【図3】HSA消化ペプチドのMS/MS解析による同定効率の比較
【図4】HSA消化ペプチド及びマーカーペプチドの分離効率の比較

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質の質量分析のための前処理として、両性イオンカラムを含む多次元カラムクロマトグラフィを用いるペプチドの分離方法。
【請求項2】
両性イオンカラムが、カルボキシメチル基、リン酸基、硫酸基、アミノ基及びこれらの誘導体の組み合わせから成る群から選択される両性イオン基が結合した固定相を含む、請求項2記載の分離方法。
【請求項3】
両性イオンカラムの固定相が多孔性シリカゲル及び多孔性メタクリレートビーズから成る群から選択される、請求項1又は2記載の分離方法。
【請求項4】
多次元カラムクロマトグラフィが更に逆相イオンカラムを含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の分離方法。
【請求項5】
ペプチドがタンパク分解酵素によるタンパク質の分解で得られたものである、請求項1〜4のいずれか一項記載の分離方法。
【請求項6】
ペプチドが修飾ペプチドである、請求項1〜5のいずれか一項記載の分離方法。
【請求項7】
ペプチドの修飾がiTRAQ又はICATにより行われる、請求項6記載の分離方法。
【請求項8】
ペプチドの修飾が同位体元素を利用した修飾試薬を用いる、請求項6記載の分離方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の分離方法によって得られたペプチドを用いる、タンパク質の質量分析方法。
【請求項10】
タンパク質の質量分析にMALDI(matrix-assisted laser desorption/ionization)を用いる、請求項9記載の方法。
【請求項11】
タンパク質の質量分析にESI(electro spray ionization)を用いる、請求項9記載の方法。
【請求項12】
請求項9〜11のいずれか一項に記載のタンパク質の質量分析方法を含む、タンパク質の同定方法。
【請求項13】
請求項12記載のタンパク質の同定方法を用いるプロテオミクス解析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−78455(P2010−78455A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−247014(P2008−247014)
【出願日】平成20年9月26日(2008.9.26)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】