説明

プロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法

【課題】グラフト重合による優れたプロトン伝導性高分子電解質膜を工業的に製造するための方法を提供する。
【解決手段】樹脂微粒子に放射線を照射する工程と、ビニル系化合物と溶媒とを含む液相中において前記放射線が照射された樹脂微粒子が固相を維持する固液二相系において、樹脂微粒子にビニル系化合物をグラフト重合させて微粒子状のグラフト重合体を得る工程と、グラフト重合体をスルホン化することによりスルホン化重合体を得る工程と、スルホン化重合体におけるスルホン酸基をスルホン酸基前駆体に変換することにより安定化重合体を得る工程と、安定化重合体を溶融成形することによりフィルムを成形する工程と、フィルムにおけるスルホン酸基前駆体をスルホン酸基に変換する工程と、を含むプロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池、電気分解セル、加湿モジュール等における使用に適したプロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法に関する。詳しくは、樹脂材料に対して放射線を照射してグラフト重合を行い、グラフト鎖に対してスルホン酸基を導入する、プロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質膜は、従来、固体高分子型燃料電池やアルカリ電解、空気への加湿モジュール等において用いられており、特に、固体高分子型燃料電池における電解質膜としての用途が注目されている。
【0003】
燃料電池は理論的な発電効率が高く、水素やメタノールを燃料とするクリーンな電気エネルギー供給源であることから、次世代の発電方法として期待されており、家庭用コージェネ電源や携帯機器用電源、電気自動車の電源、簡易補助電源等としての開発が盛んになされている。
【0004】
固体高分子型燃料電池における高分子電解質膜は、プロトンを伝導するための電解質としての機能と、アノード側の燃料とカソード側の酸素とを分離する隔壁としての機能とを備えている必要がある。このため、高分子電解質膜には、イオン交換容量およびプロトン伝導率が高く、電気的化学的な安定性が高く、電気抵抗が低く、力学的強度が高く、燃料となる水素ガスやメタノールおよび酸素ガスに対する透過性が低い、といった特性が要求される。
【0005】
高分子電解質膜としては、例えば、ナフィオン(登録商標;デュポン社)に代表されるパーフロロアルキルエーテルスルホン酸ポリマー(PFSAポリマー)が多用されている。
【0006】
しかし、PFSAポリマーは、その製造工程が複雑であり、高価である。また、PFSAポリマーには、100℃以上の高温における機械的強度が低いという問題もある。さらに、PFSAポリマーは、メタノール直接型燃料電池(DMFC:Direct Methanol Fuel Cell)における電解質膜として用いた場合にメタノールの透過速度が大きいという問題もある。
【0007】
PFSAポリマーに代わる高分子として、近年、様々な高分子が検討されている。このような高分子としては、電気化学的な安定性を高くする観点から、フッ素が多く結合した高分子が望ましく、また、イオン交換容量およびプロトン伝導性を高くする観点から、スルホン酸基またはホスホン酸基が多く導入されている高分子が望ましい。
【0008】
例えば、特許文献1には、長鎖分岐型ポリテトラフルオロエチレンからなるフィルムに放射線を照射し、スチレン系化合物をモノマーとして含む溶液にこのフィルムを浸漬してグラフト重合させ、グラフト鎖のフェニル基をスルホン化した高分子電解質膜が開示されている。
【0009】
特許文献2および特許文献3では、上記フィルムとして、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体やポリフッ化ビニリデン等からなるフィルムが使用されている。グラフト化により得られた高分子電解質膜は、水素やメタノールの透過性が低いことから、固体高分子型燃料電池における使用に適した材料である。
【0010】
これらに開示されている高分子電解質膜の製造方法は、小スケールで製造する場合には簡便かつ合理的な方法である。しかし、グラフト重合の反応速度が遅いため、上記製造方法ではフィルム状の樹脂材料を極めて長時間処理する必要があり、生産性が低くなる。グラフト重合の反応性を高めるために放射線照射量を多くすると、グラフト重合以外の副反応が並行して起こるため、ホモポリマーが生成し、短時間で反応溶液のゲル化が生じる。このゲル化を防止するために、反応溶液中に重合禁止剤を共存させた場合、フィルムの表面におけるグラフトポリマーの分布にムラが生じ、燃料電池の電解質膜として使用した際に十分な発電特性を得ることができない。よって、上記製造方法で高分子電解質膜を工業的に連続生産するには、大型サイズの高分子フィルムを継続的に処理できる巨大な設備を必要としてしまう。
【0011】
特許文献4には、スルホン酸基やホスホン酸基を有するビニル化合物をモノマーとして用い、放射線を照射した樹脂材料の粉末と、このモノマーとを溶媒に溶解させてグラフト重合を行い、この重合溶液をフィルム状にキャスティングして乾燥させることにより電解質膜を得る方法が開示されている。
【0012】
特許文献4には上記溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)、エステル類、およびアルコール類が例示されている(段落0069)。しかし、これらのうち、エステル類やアルコール類を溶媒として用いた場合、重合溶液において樹脂材料が不溶物として残るため、キャスティング法によっては、フィルムを得ることができない。
【0013】
一方、ジメチルスルホキシド(DMSO)は、上記溶媒の好ましい例として、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミドとともに特許文献4(段落0070)に挙げられている。さらに、上記放射線照射後の樹脂材料と上記モノマーとを溶媒に溶解して均質な溶液とするべきことが記載されている(段落0070)。
【0014】
特許文献4には具体的な実施例が示されていない。このため、特許文献4に記載された発明を実施するために必要となる詳細の全てを特許文献4から読み取ることは必ずしも容易ではない。しかし、本発明者らが検討したところ、特許文献4のように樹脂材料とモノマーとの両方が溶解するDMSO等の溶媒(段落0070)を使用して溶液を形成した場合、樹脂材料におけるラジカルが速やかに溶媒へ連鎖移動して消滅するため、グラフト重合を行うことは困難である。DMSO等の溶媒は、樹脂材料を溶解させるか、あるいは溶解させないとしても、樹脂材料を強く膨潤させることによって、ラジカルを消滅させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2001−348439号公報
【特許文献2】特開2004−59752号公報
【特許文献3】特許第3417946号公報
【特許文献4】特表2005−525682号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、グラフト重合による優れたプロトン伝導性高分子電解質膜を工業的に製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
すなわち、本発明は、
樹脂微粒子に放射線を照射する工程と、
ビニル系化合物と溶媒とを含む液相中において前記放射線が照射された樹脂微粒子が固相を維持する固液二相系において、前記樹脂微粒子に前記ビニル系化合物をグラフト重合させて微粒子状のグラフト重合体を得る工程と、
前記グラフト重合体をスルホン化することによりスルホン化重合体を得る工程と、
前記スルホン化重合体におけるスルホン酸基をスルホン酸基前駆体に変換することにより安定化重合体を得る工程と、
前記安定化重合体を溶融成形することによりフィルムを成形する工程と、
前記フィルムにおけるスルホン酸基前駆体をスルホン酸基に変換する工程と、を含むプロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明の製造方法によると、グラフト重合による優れたプロトン伝導性高分子電解質膜を工業的に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明を実施するための形態を具体的に説明する。
【0020】
本発明の製造方法では、まず、樹脂微粒子に放射線を照射する。樹脂微粒子を構成する樹脂材料は、放射線グラフト重合を適用できる樹脂材料であれば制限はないが、電気化学的安定性や機械的強度等の観点から、芳香族炭化水素系高分子、オレフィン系高分子、およびフッ素化オレフィン系高分子から選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましく、特に、化学的な安定性から、フッ素化オレフィン系高分子を含むことが好ましい。樹脂材料に含まれる高分子は、2種以上の高分子の共重合体もしくは混合物であってもよい。
【0021】
芳香族炭化水素系高分子としては、例えば、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリアリレート、ポリエーテルイミド、芳香族ポリイミド、ポリアミドイミド等が挙げられる。
【0022】
オレフィン系高分子としては、低密度および高密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、ポリメチルペンテン等が挙げられる。
【0023】
フッ素化オレフィン系高分子としては、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリフッ化ビニル、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン−フッ化ビニリデン共重合体等が挙げられる。
【0024】
樹脂微粒子は、これらのうち、特に、ポリスチレン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリアリレート、ポリエーテルイミド、芳香族ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、PVDF、ポリフッ化ビニル、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、およびテトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン−フッ化ビニリデン共重合体から選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましい。
【0025】
樹脂微粒子の平均粒子径は、10μm〜500μm、特に、50μm〜300μmであることが好ましい。樹脂微粒子の粒子径が大きすぎると、微粒子の内部におけるグラフト反応の速度が遅くなるため、この工程に長時間を要することがある。粒子径が小さすぎると、各工程における樹脂微粒子の取り扱いが容易ではなくなる。なお、本明細書における平均粒子径は、乾式ふるい分け法により測定される値を採用する。
【0026】
樹脂微粒子に照射する放射線としては、α線、β線、γ線、電子線、紫外線等の電離放射線が用いられるが、γ線および電子線が特に適している。グラフト重合に必要な照射線量は、通常、好ましくは1〜500kGyであり、より好ましくは10〜300kGyである。照射線量が1kGy未満であると、ラジカルの生成量が少なくなり、グラフト重合が困難になることがある。照射量が500kGyより大きいと、過剰な架橋反応や樹脂の劣化等が生じるおそれがある。
【0027】
ラジカル重合の方法には、酸素の存在下で放射線の照射およびラジカル反応を行うパーオキサイド法と、酸素の不在下で放射線の照射およびラジカル反応を行うポリマーラジカル法とがある。パーオキサイド法では、樹脂材料に結合した酸素ラジカルを起点としてグラフト反応が進行するのに対し、ポリマーラジカル法では、樹脂材料に生じたラジカルを起点としてグラフト反応が進行する。本発明においては、酸素の存在によりグラフト反応が阻害されるのを防ぐため、ポリマーラジカル法によりラジカル重合を行うことが好ましい。したがって、樹脂材料への放射線の照射は、不活性ガス雰囲気下または真空中で行うことが好ましい。照射時の温度(照射温度)は−100〜100℃、特に−100〜60℃が好ましい。照射温度が高すぎると生成したラジカルが失活し易い。ラジカルの失活を防止するために、照射後の樹脂材料は、樹脂材料のガラス転移温度以下、好ましくは−60℃以下の低温で保管されることが望ましい。
【0028】
次に、放射線照射された樹脂微粒子に対してグラフト重合を行う。このグラフト重合は、溶媒にモノマーを溶解して得られるモノマー溶液に、放射線照射された樹脂微粒子を分散させた固液二相系において行うとよい。ここでも、上記と同様、酸素の存在による反応阻害を防ぐため、酸素濃度のできる限り低い雰囲気下で行うことが好ましい。
【0029】
モノマーとしては、ビニル系化合物、特に、一般式H2C=C(X)Rで表されるビニル系化合物を用いることが好ましい。ただし、Xは水素原子、フッ素原子、または1価の炭化水素基であり、Rはグラフト重合の後の工程でスルホン酸基を導入しうる1価の置換基である。スルホン化処理を容易に行う観点から、Rは芳香族基であることが好ましい。
【0030】
具体的なビニル系化合物としては、例えば、スチレン;メチルスチレン類(α−メチルスチレン、p−ビニルトルエン、m−ビニルトルエン等)、エチルスチレン類、ジメチルスチレン類、トリメチルスチレン類、ペンタメチルスチレン類、ジエチルスチレン類、イソプロピルスチレン類、ブチルスチレン類(3−tert−ブチルスチレンや4−tert−ブチルスチレン等)等のアルキルスチレン;クロロスチレン類、ジクロロスチレン類、トリクロロスチレン類、ブロモスチレン類(2−ブロモスチレン、3−ブロモスチレン、4−ブロモスチレン等)、フルオロスチレン類(2−フルオロスチレン、3−フルオロスチレン、4−フルオロスチレン等)等のハロゲン化スチレン;メトキシスチレン類、メトキシメチルスチレン類、ジメトキシスチレン類、エトキシスチレン類、ビニルフェニルアリルエーテル類、ビニルベンジルアルキルエーテル類等のアルコキシスチレン;ヒドロキシスチレン類、メトキシヒドロキシスチレン類、アセトキシスチレン類等のヒドロキシスチレン誘導体;ビニル安息香酸類、ホルミルスチレン類等のカルボキシスチレン誘導体;ニトロスチレン等のニトロスチレン類;アミノスチレン類、ジメチルアミノスチレン類等のアミノスチレン誘導体、等が挙げられる。
【0031】
モノマーとして、1種のビニル系化合物を単独で用いてもよいし、2種以上のビニル系化合物を併せて用いてもよい。モノマーとして2種以上のビニル系化合物を併せて用いた場合、これらのビニル系化合物の共重合によるグラフト鎖が形成される。
【0032】
モノマーが2種以上のビニル系化合物からなる場合、最も多いビニル系化合物のモル数に対する、これ以外の全てのビニル系化合物の合計モル数の比率としては、0.5〜100%が好ましく、2〜50%がより好ましい。
【0033】
モノマーを溶解させる溶媒としては、モノマーを溶解するが、樹脂微粒子を溶解しない溶媒が選ばれる。具体的な溶媒としては、特に限定されないが、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、シクロヘキサン等の炭化水素類;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類およびフェノール、クレゾール等のフェノール類等の芳香族化合物、等が挙げられる。これらの中でも、溶媒としては、芳香族化合物、特に、芳香族炭化水素類が好ましい。芳香族化合物は、スチレン等のモノマーを良好に溶解させることができ、また、フッ素系ポリマーへの適度な浸透性を有するため、溶媒として好適である。なお、溶媒に対するモノマーおよび樹脂微粒子の溶解性は、モノマーおよび樹脂材料の構造や極性等により異なることがあるため、使用するモノマーおよび樹脂材料の溶解性に応じて適宜溶媒を選択するとよい。また、2種以上の化合物を混合して溶媒として用いてもよい。ただし、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド等のアミド系化合物;ジメチルスルホキシド(DMSO)等のスルホキシド;ヘキサメチルリン酸トリアミド等のリン酸アミド;スルホンアミド等は、モノマーと樹脂材料との両方を溶解させる傾向にあるため、溶媒としては適していない。
【0034】
なお、モノマー以外にも、必要に応じて、分子中に複数の不飽和結合を有する化合物を架橋剤として溶媒に溶解させてもよい。グラフト反応においてモノマーと架橋剤とを共存させた場合、グラフト鎖間に架橋構造が形成されるため、樹脂材料の耐久性を改善することができる。
【0035】
架橋剤としては、例えば、1,2−ビス(p−ビニルフェニル)エタン、ビス(ビニルフェニル)メタン、1,2−ビス(p−ビニルフェニル)、ジビニルベンゼン、ジビニルスルホン、エチレングリコールジビニルエーテル、ジエチレングリコールジビニルエーテル、トリエチレングリコールジビニルエーテル、シクロヘキサンジメタノールジビニルエーテル、2,4,6−トリアリロキシ−1,3,5−トリアジン(トリアリルシアヌレート)、トリアリル−1,2,4−ベンゼントリカルボキシレート(トリアリルトリメリテート)、ジアリルエーテル、トリアリル−1,3,5−トリアジン−2,4,6−(1H,3H,5H)−トリワン、2,3−ジフェニルブタジエン、1,4−ジフェニル−1,3−ブタジエン、1,4−ジビニルオクタフルオロブタン、フェニルアセチレン、ジフェニルアセチレン、2,3−ジフェニルアセチレン、ジビニルアセチレン、ジビニルスルフィド、ジビニルスルフォン、ジビニルエーテル、ジビニルスルホキシド、イソプレン、1,5−ヘキサジエン、ブタジエン、1,4−ジビニル−2,3,5,6−テトラクロルベンゼン、1,4−ジフェニル−1,3−ブタジエン、ジアリルエーテル、2,4,6−トリアリルオキシ−1,3,5−トリアジン、トリアリル−1,2,4−ベンゼントリカルボキシレート、トリアリル−1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリオン、ビスビニルフェニルエタン、ブタジエン、イソブテン、イソプレン、シクロペンタジエン、エチリデンノルボルネン等が挙げられる。
【0036】
架橋剤を使用する場合、モノマーの合計モル数に対する架橋剤のモル数の比率は、0.5〜40%が好ましく、2〜20%がより好ましい。この比率が0.5%未満であると、架橋による効果が十分に発現せず、また、40%より大きいと、後の工程におけるフィルムの成形が困難になる。
【0037】
モノマー溶液におけるモノマーの合計モル濃度としては、0.05〜8モル/Lが好ましく、0.1〜5モル/Lがより好ましい。モノマーの合計モル濃度が0.05モル/L未満であるとグラフト反応が十分に進行しないことがある。モノマーの合計モル濃度が8モル/Lより大きいと、樹脂微粒子外部での反応により、溶液中にホモポリマーが生成して粘度が上昇し、均一に撹拌することが困難になることがある。
【0038】
モノマー溶液には、必要に応じて、反応禁止剤等がさらに添加されていてもよい。
【0039】
モノマー溶液を調製した後、このモノマー溶液をガラス、ステンレス等の容器に装填し、グラフト反応を阻害する溶存酸素を除去するために、減圧脱気および窒素等の不活性ガスによるバブリングを行う。その後、モノマー溶液を撹拌しながら、放射線照射後の樹脂微粒子を投入してグラフト重合を行う。グラフト重合の反応時間は1〜48時間程度であり、反応温度は0〜80℃、好ましくは10〜40℃である。
【0040】
グラフト反応後、反応溶液から微粒子状のグラフト重合体を濾別する。さらに、溶媒、未反応のモノマー、およびモノマーのホモポリマーを除去するために、このグラフト重合体を適量の溶剤で3、4回洗浄した後、乾燥させる。溶剤としては、トルエン、メタノール、イソプロピルアルコール等を用いればよい。
【0041】
次いで、グラフト重合体をスルホン化してスルホン化グラフト重合体を得る。スルホン化には公知の各種の方法を用いることができる。例えば、グラフト鎖が芳香族基を有するモノマーから構成されている場合は、クロルスルホン酸のジクロルエタン溶液やクロロホルム溶液等でグラフト重合体を処理することにより、グラフト鎖の芳香環にスルホン酸基を導入することができる。クロルスルホン酸の他にも、濃硫酸、発煙硫酸、三酸化硫黄、メシチレンスルホン酸等をスルホン化剤として用いることができる(新実験科学講座14、有機化合物の合成と反応(III)、p.1776、丸善)。
【0042】
次に、スルホン化グラフト重合体におけるスルホン酸基を、スルホン酸基の前駆体に変換することにより、安定化重合体を得る。スルホン酸基の前駆体としてはスルホン酸基の金属塩、スルホン酸基のアルキルエステル等が挙げられ、特に、スルホン酸基のアルカリ金属塩が好ましい。例えば、スルホン化グラフト重合体を塩化ナトリウムの飽和水溶液に一定時間浸漬して、スルホン酸基のプロトンをナトリウムイオンで置換した後、純水で洗浄して乾燥することにより、スルホン酸基がナトリウム塩となった安定化重合体が得られる。この安定化を行わないと、次のフィルム成形工程においてスルホン酸基の脱離および分解が起こりやすい。
【0043】
この安定化重合体をフィルム状に成形する。フィルムへの溶融成形は、例えば、微粒子状の安定化重合体をラボプラストミキサーで溶融混練した後、ポリイミド等の保護フィルムに挟んで熱プレスすることにより実施できる。連続的にフィルムを得る場合は、2軸混練でペレット化した後、単軸押し出し機とTダイにより押し出し成形を行えばよい。フィルム成形工程における安定化重合体の温度は、安定化重合体が分解しない温度範囲内、例えば150〜300℃で適宜選択すればよい。
【0044】
こうして得られるフィルムは、スルホン酸基がアルカリ金属塩等になって安定化された状態のままで存在している。よって、最後に、これをスルホン酸基へと変換する。この変換は、例えば、フィルムを酸性水溶液中に浸漬した後、純水で洗浄することにより行われる。これにより、目的とするプロトン伝導性高分子電解質膜が得られる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の好適な実施例を例示的に説明する。
【0046】
(実施例1)
微粒子状のPVDF樹脂(クレハ社製、KFポリマーW#1100、平均粒子径約190μm)100gを、バリアフィルムを有する酸素遮断性の袋に投入した。この袋内に、脱酸素剤(エージレス(三菱瓦斯化学製))を投入し、袋をヒートシールで密閉した。これを一昼夜保管することにより、袋内の酸素を脱酸素剤に十分吸着させて脱酸素を行った。
【0047】
PVDF樹脂の微粒子が入ったこの袋に、コバルト60によるγ線を照射線量30kGyで照射した後、これをドライアイスと共に低温で保管した。
【0048】
次に、セパラブルフラスコにモノマーとしてスチレンを700g、溶媒としてトルエンを1050g投入した。これを温度40℃で撹拌しながら高純度のアルゴンで60分間バブリングして脱酸素を十分に行い、モノマー溶液を得た。
【0049】
上記のγ線照射したPVDF樹脂をモノマー溶液中に投入して撹拌し、グラフト重合を行った。反応時間は3.5時間とし、最初の1.5時間の反応温度を40℃、その後1時間の反応温度を60℃、さらにその後1時間の反応温度を80℃とした。
【0050】
反応終了後、反応溶液をろ過してグラフト重合体の微粒子を濾別した。濾別した微粒子を60℃のトルエン中に60分間浸漬した後に微粒子を濾別する、という操作を5回繰り返し、最後に60℃の乾燥機中で1日間乾燥させることにより、微粒子状のグラフト重合体が得られた。このグラフト重合体について、グラフト率を測定したところ16%であった。
【0051】
次に、グラフト重合体に対してスルホン化を行った。まず、スルホン化剤として、濃度0.05モル/Lのメシチレンスルホン酸のo−ジクロロベンゼン溶液を7.2L調製した。この溶液と上記のグラフト重合体100gとを混合し、135℃で1.5時間撹拌した。この後、スルホン化後の反応溶液から微粒子状の重合体を濾別した。この重合体とイソプロピルアルコールとを混合した後に重合体を濾別する、という操作を常温で合計5回繰り返した後、重合体を乾燥させた。
【0052】
こうして得られた微粒子状のスルホン化重合体について、後述の測定方法によりイオン交換容量を測定すると1.41mmol/gであった。
【0053】
次いで、スルホン化重合体におけるスルホン酸基をスルホン酸基前駆体に変換した。まず、スルホン化重合体を3モル/Lの塩化ナトリウム水溶液中に2時間浸漬した後に重合体を濾別する、という操作を常温で合計2回繰り返すことにより、スルホン酸基の中和を行った。この重合体を純水で洗浄して濾別する操作を3回繰り返した後、重合体を減圧乾燥させた。これにより、スルホン酸基のプロトンがナトリウムで置換された安定化重合体が得られた。
【0054】
さらに、この安定化重合体をラボプラストミル(東洋精機製)により220℃で20分間溶融混練した後、220℃、約20MPaで熱プレスすることにより、フィルムを成形した。
【0055】
得られたフィルムを濃度1モル/L塩酸中に室温で1時間浸漬した後、純水で十分に洗浄することにより、フィルムにおけるスルホン酸基前記体をスルホン酸基に変換した。これにより、目的とするプロトン伝導性高分子電解質膜が得られた。
【0056】
(実施例2)
グラフト重合における反応時間を4時間、反応温度を30℃とした以外は実施例1と同様にしてグラフト重合体を得た。このグラフト重合体のグラフト率は19%であった。また、このグラフト重合体を用い、スルホン化剤におけるメシチレンスルホン酸の濃度を0.8モル/Lとし、スルホン化剤の用量を250mLとした以外は実施例1と同様にしてプロトン伝導性高分子電解質膜を得た。
【0057】
(実施例3)
グラフト重合における反応時間を4時間、反応温度を20℃とした以外は実施例1と同様にしてグラフト重合体を得た。このグラフト重合体のグラフト率は22%であった。また、このグラフト重合体を用いた以外は実施例1と同様にしてプロトン伝導性高分子電解質膜を得た。
【0058】
なお、実施例1〜3のグラフト重合体のグラフト率は、以下の方法で測定した。
【0059】
(グラフト率)
グラフト率は、下記式(1)により定義される。
【0060】
G=(W2−W1)÷W1×100 (1)
G:グラフト率[%],W1:グラフト反応前の樹脂材料の重量[g],W2:グラフト反応後の樹脂材料の重量[g]。
【0061】
測定対象とする樹脂材料が微粒子状である場合、W1およびW2を直接測定することが困難である。そこで、実施例1〜3では、グラフト重合体の赤外線吸収スペクトルを測定して樹脂材料およびグラフト鎖にそれぞれ特徴的なピークのピーク比を求め、このピーク比とグラフト率との相関関係を表す検量線を用いてグラフト率を求めた。なお、この検量線は以下のようにして作成した。
【0062】
まず、グラフト化反応時間を変える等により、グラフト化の程度が異なる微粒子状のグラフト重合体を複数種類作成した。各グラフト重合体の赤外線スペクトルを測定した後、各グラフト重合体を所定重量W2ずつ計り取った。グラフト鎖におけるスチレンモノマー由来のフェニル基をほぼ全てスルホン化できる条件下で、重量W2の各グラフト重合体をスルホン化してスルホン化重合体を得た。各スルホン化重合体について、後述するイオン交換容量の測定方法と同様の方法により、酸基のモル量n(酸基)obsを測定した。グラフト反応前の樹脂材料の質量W1は、スチレンモノマーの分子量をMwとして下記式(2)により求められる。
【0063】
W1=W2−{Mw×n(酸基)obs÷1000} (2)
Mw:スチレンモノマーの分子量,n(酸基)obs:試料が有する酸基のモル量[mmol]。
【0064】
このW1とW2とを式(1)に代入することにより各グラフト重合体のグラフト率Gを算出し、赤外線スペクトルのピーク比とグラフト率との関係を表す検量線を作成した。
【0065】
(比較例1)
市販品のデュポン社製のイオン交換膜Nafion112である。
【0066】
(比較例2)
市販品のデュポン社製のイオン交換膜Nafion115である。
【0067】
(比較例3)
市販品のデュポン社製のイオン交換膜Nafion117である。
【0068】
実施例1〜3、比較例1〜3の電解質膜について、膜厚、イオン交換容量(IEC)、イオン伝導度(Cd)、メタノール透過流速(Fm)、および選択透過性指標(Sindex)を測定・評価した。これらの膜の特性の測定・評価方法を以下に説明する。
【0069】
(膜厚)
電解質膜の厚さは、尾崎製作所製ダイヤルシックネスゲージG−6C(1/1000mm、測定子直径5mm)を用いて、温度25±2℃、湿度65±20%RHのもとで測定した。
【0070】
(イオン交換容量 IEC)
イオン交換容量IECは下記式(3)で定義される。
【0071】
IEC=n(酸基)obs/Wd (3)
IEC:イオン交換容量[mmol/g],n(酸基)obs:試料が有する酸基のモル量[mmol],Wd:試料の乾燥重量[g]。
【0072】
n(酸基)obsは次のように測定した。まず、試料を濃度1モル/Lの硫酸水溶液中に50℃で4時間浸漬することにより、試料が有する酸基を全て酸型とした。この試料をイオン交換水で洗浄した後、濃度3モル/Lの塩化ナトリウム水溶液中に50℃で4時間浸漬することにより、酸基のプロトンをナトリウムイオンで置換した。試料浸漬後の塩化ナトリウム水溶液を水酸化ナトリウム水溶液で滴定することによりn(酸基)obsを求めた。
【0073】
(イオン伝導度 Cd)
電解質膜のイオン伝導度は、交流法による測定(新実験化学講座19,高分子化学<II>、p992、丸善)を行って求めた。測定装置としては、通常の膜抵抗測定セルとLCRメーター(E−4925A;ヒューレットパッカード製)とを使用した。5mmの間隔で2つの白金電極が備えられたセルに濃度1モル/Lの硫酸水溶液を満たした。この電極間に面積Smの試料膜を置いたときの抵抗値R1と、試料膜を置かないときの抵抗値R0とを測定した。R1とR0との差分から試料膜の抵抗値Rmを求め、下記式(4)により試料膜のイオン伝導度Cdを算出した。
【0074】
Cd=1/(Rm×Sm)=1/{(R1−R0)×Sm} (4)
Cd:イオン伝導度[S/cm2],Rm:試料膜の抵抗値[Ω],Sm:試料膜の面積[cm2]。
【0075】
(メタノール透過流速 Fm)
開口部および密栓可能な注入口を有するガラス容器を2つ用意した。試料膜を隔壁として狭持するように、2つの容器の開口部同士を合わせて連結した。容器内に狭持されている試料膜の面積をDとする。容器の注入口を介して、片方の容器内を濃度2モル/Lのメタノール水溶液で満たし、もう片方の容器内を蒸留水で満たした。これをウォーターバスにより60℃で保温した。蒸留水側の容器の水溶液を適当な経過時間ごとにサンプリングし、ガスクロマトグラフ法で分析した。標準メタノール水溶液と、ガスクロマトグラムにおけるピーク面積との関係から作成した検量線を用い、サンプリング液中のメタノール濃度を求めた。さらに、各サンプリング液中のメタノール濃度を、保温の経過時間に対してプロットしたときの傾きtを求めた。プロットの傾きtと試料膜の面積Dとを下記式(5)に代入することによりメタノール透過流速Fmを算出した。
【0076】
Fm=t÷D (5)
Fm:メタノール透過流速[mmol/(cm2・hr)],t:プロットの傾き[mmol/hr],D:試料膜の面積[cm2]。
【0077】
(選択透過性指標 Sindex)
選択透過性指標Sindexは、下記式(6)で表される、イオン伝導度Cdをメタノール透過流速Fmで除した数値である。この数値が高い方が、メタノールに対してプロトンを選択的に透過させる度合いが大きく、膜の性能が良いと判断できる。
【0078】
Sindex=Cd÷Fm (6)
Sindex:選択透過性指標[(S・hr)/mmol],Cd:イオン伝導度[S/cm2],Fm:メタノール透過流速[mmol/(cm2・hr)]。
【0079】
これらの膜の特性の測定・評価結果を表1に示す。
【0080】
【表1】

【0081】
実施例1〜3は、本発明の製造方法により作製されたプロトン伝導性高分子電解質膜であり、比較例1〜3に示す従来のナフィオン膜と同等あるいはそれより優れた性能を有する。例えば、実施例1の電解質膜は、イオン伝導度が比較例1と比較例2との中間的な値を有するにも関わらず、メタノール透過流速が比較例1,2のいずれよりも低く、選択透過性指標が高い。また、実施例2,3の電解膜はいずれも、イオン伝導度が比較例2と比較例3との中間的な値を有するにも関わらず、メタノール透過流速が比較例2,3のいずれよりも低く、選択透過性指標が高い。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の製造方法は、燃料電池、特に、DMFCにおいて用いるプロトン伝導性高分子電解質膜を提供するために利用でき、特に、この電解質膜の工業的な量産等、高い効率で電解質膜を得る場合において好適に利用できる。本発明の製造方法により得られるプロトン伝導性高分子電解質膜は従来のナフィオン膜よりも優れており、高い性能を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂微粒子に放射線を照射する工程と、
ビニル系化合物と溶媒とを含む液相中において前記放射線が照射された樹脂微粒子が固相を維持する固液二相系において、前記樹脂微粒子に前記ビニル系化合物をグラフト重合させて微粒子状のグラフト重合体を得る工程と、
前記グラフト重合体をスルホン化することによりスルホン化重合体を得る工程と、
前記スルホン化重合体におけるスルホン酸基をスルホン酸基前駆体に変換することにより安定化重合体を得る工程と、
前記安定化重合体を溶融成形することによりフィルムを成形する工程と、
前記フィルムにおけるスルホン酸基前駆体をスルホン酸基に変換する工程と、を含むプロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法。
【請求項2】
前記溶媒が芳香族化合物である、請求項1に記載のプロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法。
【請求項3】
前記樹脂微粒子が、芳香族炭化水素系高分子、オレフィン系高分子、およびフッ素化オレフィン系高分子から選ばれる少なくとも一種を含む請求項1または2に記載のプロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法。
【請求項4】
前記樹脂微粒子が、フッ素化オレフィン系高分子を含む請求項3に記載のプロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法。
【請求項5】
前記樹脂微粒子が、ポリスチレン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリアリレート、ポリエーテルイミド、芳香族ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、およびテトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン−フッ化ビニリデン共重合体から選ばれる少なくとも1種を含む請求項1に記載のプロトン伝導性高分子電解質膜の製造方法。

【公開番号】特開2012−62426(P2012−62426A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−209098(P2010−209098)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【出願人】(505374783)独立行政法人日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】