説明

プロリンおよびβ−アラニンをN末端に有するジペプチド、及びその環化ジペプチドの酵素合成法

【課題】プロテアーゼやペプチダーゼの逆反応を利用して、プロリンやβ−アラニンといった特殊構造を持つアミノ酸を含む様々なジペプチドおよびそれらの環化ジペプチドを収率よく得る方法を提供する。
【解決手段】β−アラニンまたはプロリンをN末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドの製造方法であって、β−アラニンまたはプロリン、あるいはその誘導体をアシル供与体とし、アミノ酸またはアミノ酸誘導体をアシル受容体として、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行うことを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素によるペプチドの合成方法に関する。詳細には、本発明は、β−アラニンまたはプロリンをN末端に有するジペプチドまたはその環化ジペプチドの製造方法であって、β−アラニンまたはプロリン、あるいはその誘導体をアシル供与体とし、アミノ酸またはアミノ酸誘導体をアシル受容体として、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行うことを特徴とする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでにペプチドの様々な生理活性が報告されており、有用な生理活性ペプチドの合成について盛んに研究されている。ペプチドの典型的な製造方法としては、天然蛋白の分解によるもの(酵素的および化学的分解がある)、化学合成によるもの、そして酵素、特にプロテアーゼやペプチダーゼの逆反応を利用したものがある。
【0003】
このうち、プロテアーゼやペプチダーゼの逆反応を利用してジペプチドを合成した報告例は多くあるが(例えば、特許文献1、特許文献2等参照)、酵素の基質特異性から、得られるペプチドの種類が制限されていること、結合するアミノ酸の順番の制御が困難であることなどの問題も多い。特に、プロリンやβ−アラニンといった特殊構造を持つアミノ酸を用いた場合に反応が上手く進行したという例は見当たらない。これらの特殊構造を持つアミノ酸を含むジペプチドには生理活性を有する有用ペプチドも多く含まれる。例えば、カルノシン(β−Ala−His)やアンセリン(β−Ala−1−メチル−His)は魚類由来の抗潰瘍、抗疲労活性を持つペプチドであり、また、C末端が分岐鎖アミノ酸(BCAA)であるジペプチドβ−Ala−Leu、β−Ala−Ileおよびβ−Ala−Valもカルノシンと類似の効果を示す。また、プロリンやβ−アラニンといった特殊構造を持つアミノ酸を含むジペプチドの環化ジペプチドも、生理活性を有することが期待されており、例えば、ジペプチドL−Pro−L−Hisの環化ジペプチドは甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンに類似した活性を示し、糖尿病ラットに亜鉛と共に与えると、血糖値の低減に効果があることが報告されている。
【0004】
プロテアーゼやペプチダーゼの逆反応を利用してペプチドを合成する場合、有害な薬剤を使用しなくても済み、エネルギー的にも化学合成法より有利なことが多いので、この手法による有用ペプチドの効率的合成に対する必要性が高まっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−168405号公報
【特許文献2】特開2007−319063号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
プロテアーゼやペプチダーゼの逆反応を利用して、プロリンやβ−アラニンといった特殊構造を持つアミノ酸を含む様々なジペプチドおよびそれらの環化ジペプチドを収率よく得ることが、本発明の解決すべき課題であった。カルノシンやアンセリンなどの生理活性有用ジペプチドの効率的製造方法を開発することも、本発明の解決すべき課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ね、微生物由来のS9ファミリーのペプチダーゼがジペプチドを生成する能力を有していることを見出し、これまで酵素合成が不可能であったプロリンやβ−アラニンといった特殊構造を持つアミノ酸を含む様々なジペプチドおよびそれらの環化ジペプチドを効率よく製造することに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)β−アラニンまたはプロリンをN末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドの製造方法であって、β−アラニンまたはプロリン、あるいはその誘導体をアシル供与体とし、アミノ酸またはアミノ酸誘導体をアシル受容体として、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行うことを特徴とする方法;
(2)ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼが、ストレプトマイセス属、アシドサーマス属、シュードモナス属およびバシラス属からなる群より選択される微生物由来のものである、(1)記載の方法;
(3)ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼが、ストレプトマイセス属またはアシドサーマス属の微生物由来のものである、(2)記載の方法;
(4)アシル供与体が、カルボキシル基をエステル基で保護されたβ−アラニンまたはカルボキシル基をエステル基で保護されたプロリンであり、アシル受容体が、アミノ酸またはカルボキシル基をエステル基で保護されたアミノ酸またはカルボキシル基をアミド化されたアミノ酸である、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法;
(5)カルボキシル基をエステル基で保護されたβ−アラニンをアシル供与体とし、カルボキシル基をエステル基で保護されたL−ヒスチジンをアシル受容体とし、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行い、得られたジペプチドを脱保護することを特徴とする、カルノシンの製造方法;
(6)カルボキシル基をエステル基で保護されたβ−アラニンをアシル供与体とし、カルボキシル基をエステル基で保護されたL−分岐鎖アミノ酸をアシル受容体とし、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行い、得られたジペプチドを脱保護することを特徴とする、β−アラニル−分岐鎖アミノ酸の製造方法;
(7)カルボキシル基をエステル基で保護されたL−プロリンをアシル供与体とし、カルボキシル基をエステル基で保護されたアミノ酸をアシル受容体とし、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行うことを特徴とする、L−プロリル−アミノ酸の環化ジペプチドの製造方法;
(8)水溶液中で行われる(1)〜(7)のいずれかに記載の方法
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、これまで酵素合成が不可能であったプロリンやβ−アラニンといった特殊構造を持つアミノ酸を含むジペプチドおよびそれらの環化ジペプチドを効率よく製造することができ、カルノシンやアンセリンのような生理活性有用ジペプチドを容易に得ることができる。本発明の製造方法は水溶液中でのペプチド合成が可能であるため、適用範囲が広い。本発明で用いる酵素のアシル受容体についての特異性が広く、プロリンおよびβ−アラニンといった特殊構造を有するアミノ酸をペプチドに組み込むことができる。そのうえ、本発明の製造方法においてはアミノ酸配列の制御を厳密に行うことができるので、目的のペプチドをピンポイントに合成することも可能である。本発明によれば、カルノシン(β−アラニル−ヒスチジン)やその環化物、β−アラニル−分岐鎖アミノ酸、プロリル−ヒスチジンの環化物などの生理活性有用ペプチドを効率よく合成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、実施例1記載の方法により得られたStreptomyces thermocyaneoviolaceus由来、Streptomyces coelicolor由来、Streptomyces griseus由来およびアシドサーマス属の微生物由来のS9アミノペプチダーゼのSDS−PAGEの結果を示す。染色はCoomasie Blueにて行った。
【図2】図2は、S9アミノペプチダーゼによるカルノシンメチルエステル合成反応生成物のUPLC−ESI−TOF/MSのクロマトグラムを示す。
【図3】図3は、S9アミノペプチダーゼによるカルノシンメチルエステル合成反応生成物の経時変化(上パネル)および生成物のアミノ酸分析結果(下パネル)を示す。
【図4】図4は、S9アミノペプチダーゼによるβ−アラニル−分岐鎖アミノ酸メチルエステルの合成反応生成物の質量スペクトル分析を示す。使用酵素の由来微生物名を図中に示す。三角印は生成したβ−アラニル−分岐鎖アミノ酸メチルエステルの質量スペクトル上の位置を示す。
【図5】図5は、S9アミノペプチダーゼによるL−プロリル−L−ヒスチジンのメチルエステルおよびその環化ジペプチドの合成反応生成物のUPLC−ESI−TOF/MSのクロマトグラムを示す。
【図6】図6は、S9アミノペプチダーゼによるL−プロリル−L−ヒスチジンのメチルエステルおよびその環化ジペプチドの合成反応生成物の経時変化を示す。上パネルの0分〜120分の経時変化を下パネルに拡大した。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明を詳細に説明する。特に断らないかぎり、本明細書の用語は当業者に認識されている一般的な意味に解される。また、本明細書において、アミノ酸の表記はカナ標記のほか、3文字表記、1文字表記を用いるが、これらも当業者に公知である。本明細書に用いる本明細書に用いる環化ペプチドの標記も当業者に公知のもので、例えば、L−プロリンがN末端側、L−ヒスチジンがC末端にあるジペプチド(L−プロリル−L−ヒスチジン)をL−Pro−L−HisあるいはP−Hと標記することがある。また例えば、L−プロリンがN末端側、L−ヒスチジンがC末端にあるジペプチド(L−プロリル−L−ヒスチジン)の環化ジペプチドをc(L−Pro−L−His)あるいはc(P−H)と標記することがある。
【0012】
本発明は、1の態様において、β−アラニンまたはプロリンをN末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドの製造方法を提供する。該方法において、アシル供与体として、β−アラニンまたはプロリンあるいはその誘導体を用い、アシル受容体として、アミノ酸またはアミノ酸誘導体を用い、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼ(本明細書において、「S9アミノペプチダーゼ」と略称することがある)による反応を用いてジペプチドを製造する。得られたジペプチドが誘導体である場合には、これを誘導体化されていないものあるいは別の誘導体に適宜変換してもよい。S9アミノペプチダーゼは、ペプチドの端(N末端)から順次アミノ酸を遊離する反応を触媒する酵素の一つであり、活性中心にセリン残基を持つものをいう。
【0013】
本発明に用いるS9アミノペプチダーゼはいかなる生物に由来するものであってもよいが、好ましくは、ストレプトマイセス属、アシドサーマス属、シュードモナス属およびバシラス属からなる群より選択される微生物に由来するものであり、より好ましくは、ストレプトマイセス属またはアシドサーマス属の微生物に由来するものである。さらに好ましくはストレプトマイセス属の微生物に由来する酵素であり、例えば、Streptomyces thermocyaneoviolaceus、Streptomyces coelicolor、Streptomyces griseus由来のものが挙げられる。とりわけ好ましい酵素はStreptomyces thermocyaneoviolaceus NBRC14271のS9アミノペプチダーゼであるが、本発明に用いることができるS9アミノペプチダーゼは上記にものに限定されない。
【0014】
これらのS9アミノペプチダーゼは市販品を用いてもよく、これらの微生物を培養することにより取得してもよい。微生物の培養方法、酵素の取得、精製方法は当業者によく知られている。例えば、S9アミノペプチダーゼ生産菌を培養し、培養濾液または菌体破砕物を得て、硫安濃縮、透析、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィーとのクロマトグラフィー、HPLC等の手段を用いてS9アミノペプチダーゼを得ることができる。あるいは、S9アミノペプチダーゼをコードする遺伝子をベクターに組み込み、大腸菌などの宿主に導入して培養することにより、S9アミノペプチダーゼを得てもよい。本発明に使用する酵素は単品または高純度のものであってもよく、部分精製品や粗精製品であってもよい。使用酵素の純度は、目的生成物の収率、目的生成物の純度(副反応の多さまたは少なさ)、反応速度などの条件を考慮して当業者が適宜選択することができる。
【0015】
本発明の製造方法において、アシル供与体としてβ−アラニンまたはプロリンあるいはその誘導体を用いる。アシル供与体としてのβ−アラニンは誘導体化されていなくてもよいが、収率の高さや副反応の起こりにくさ、目的生成物の純度の点から誘導体化されているほうが好ましい。アシル受容体アミノ酸の誘導体としては、これらのアミノ酸のカルボキシル基をアルキルエステル基やベンジルエステル基で保護したもの等が例示されるが、これらに限定されない。アルキルエステル基はジペプチド反応に影響しない程度のサイズであることが望ましく、例えば、炭素数1〜4個程度のアルキル基を含むエステル基が好ましい。好ましいエステル保護基の例としてはメチルエステル基、ベンジルエステル基などが挙げられる。β−アラニンのp−ニトロアニリン誘導体などもアシル供与体として用いることができる。
【0016】
本発明の製造方法において、アシル供与体としてのプロリンは、L−体であってもよく、D−体であってもよい。アシル供与体としてのプロリンは誘導体化されていなくてもよいが、収率の高さや副反応の起こりにくさ、目的生成物の純度の点から誘導体化されているほうが好ましい。アシル受容体アミノ酸の誘導体としては、これらのアミノ酸のカルボキシル基をアルキルエステル基やベンジルエステル基で保護したもの等が例示されるが、これらに限定されない。アルキルエステル基はジペプチド反応に影響しない程度のサイズであることが望ましく、例えば、炭素数1〜4個程度のアルキル基を含むエステル基が好ましい。好ましいエステル保護基の例としてはメチルエステル基、ベンジルエステル基などが挙げられる。プロリンのp−ニトロアニリン誘導体などもアシル供与体として用いることができる。
【0017】
本発明の製造方法において、アシル受容体として、広範な種類のアミノ酸(誘導体となっていない)またはその誘導体を用いることができる。本発明の製造方法に使用するアシル受容体としては、天然アミノ酸およびその誘導体、非天然アミノ酸およびその誘導体を用いることができ、L−体のみならずD−体のものも使用できる。したがって、本発明の製造方法によって広範な種類のジペプチドを得ることができる(例えば、実施例1の表1および実施例2の表2参照)。アシル受容体としてのアミノ酸は誘導体化されていなくてもよい。アシル受容体アミノ酸の誘導体としては、これらのアミノ酸のカルボキシル基をアルキルエステル基やベンジルエステル基で保護したもの、あるいはこれらのアミノ酸のカルボキシル基をアミド化したもの等が例示されるが、これらに限定されない。アルキルエステル基はジペプチド反応に影響しない程度のサイズであることが望ましく、例えば、炭素数1〜4個程度のアルキル基を含むエステル基が好ましい。好ましいエステル保護基の例としてはメチルエステル基、エチルエステル基、ベンジルエステル基などが挙げられる。アミノ酸のアミド体などもアシル受容体として用いることができる。
【0018】
上記のようなアミノ酸の誘導体の製造方法は公知であり、当業者はこれらの方法を適宜選択して容易に目的の誘導体を得ることができる。アミノ酸のアルキルエステルは、例えばアミノ酸を塩酸含有アルコール溶液で処理するか、あるいはClS(=O)OR(Rはアルキル基)で処理することにより得ることができる。アミノ酸のベンジルエステルは、例えばベンジルアルコール中の酸触媒または縮合剤で処理することにより得ることができる。アミノ酸のt−ブチルエステルは、例えばイソブテンおよび硫酸触媒で処理することにより得ることができる。アミノ酸のアミドは、例えばアミノ酸を塩化チオニルで処理し、次いで、アミンと反応させることにより得ることができる。これらの手法はあくまでも例示である。
【0019】
本発明の製造方法におけるペプチド合成条件は、使用するS9アミノペプチダーゼの種類や量、基質の種類や量、目的生成物の種類や量などの諸因子に応じて、当業者が決定することができる。例えば、反応温度、反応pH、反応時間、使用酵素の種類および量、使用基質およびそれらの量などを、当業者は通常の知識および手法を用いて容易に選択、決定することができ、適当な反応装置や緩衝液などを用いて目的のジペプチドを得ることができる。
【0020】
本発明の製造方法において、β−アラニンまたはプロリンをN末端に有するペプチドのみならず、その環化ジペプチドを得ることもできる。当業者は、酵素の種類や量、基質の種類や量、反応のpHや温度ならびに反応時間等の条件を調節して、目的のジペプチドの生成あるいはその環化ジペプチドの生成について最適な条件を見出すことができる。
【0021】
本発明の製造方法におけるペプチド合成は水溶液中にて行うことができるが、水溶性有機溶媒中(水との混合系でもよい)、あるいは水不溶性有機溶媒系と水系との二相系にて行うこともできる。本発明の製造方法に使用する酵素は遊離状態であってもよい。また、連続反応を行う目的、あるいは有機溶媒による変性を抑制する目的などから、本発明の製造方法に使用する酵素は担体に固定化されていてもよい。酵素の担体への固定化方法、ならびに担体の選択は当業者に公知であり、適宜行うことができる。バイオリアクター中で固定化酵素を用いて連続的に目的のペプチドを製造することもできる。例えば、多孔性シリカゲル、ガラスビース、セラミックス、アルギン酸ゲルなどの粒状担体またはPFTE膜などの膜担体に酵素を固定化することができ、固定化方法もグルタルアルデヒドなどによる架橋法、ゲル状担体への包括法、担体表面への共有結合法や吸着法などがある。これらの手法はあくまでも例示である。
【0022】
反応生成物の分析あるいは反応の経時変化の追跡には公知の手段、方法を用いることができ、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)、質量スペクトル分析(MS)、あるいは超高品質液体クロマトグラフィー(UPLC)−ESI−TOF−MSなどを用いることができるが、これらの手段、方法に限定されない。反応後、目的とする反応生成物を反応系から精製あるいは単離することができる。生成物の精製、単離には公知の手段、方法を用いることができ、例えば、シリカゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、HPLCなどの各種クロマトグラフィーを用いることができるが、これらの手段、方法に限定されない。
【0023】
反応に使用した基質が誘導体化されていた場合には、通常、生成物も誘導体であるが、当業者は、生成物を誘導体化されていないもの、あるいは他の誘導体に適宜変換することができる。かかる変換も当業者の技量の範囲内であり、容易に行うことができる。生成物ペプチドのカルボキシル基がアルキルエステル基で保護されている場合には、例えばアルカリで処理を行って脱保護することができる。生成物ペプチドのカルボキシル基がベンジルエステル基で保護されている場合には、例えば水素化反応を用いて脱保護することができる。生成物ペプチドのカルボキシル基がt−ブチルエステル基で保護されている場合には、例えばトリフルオロ酢酸で処理して脱保護することができる。生成物ペプチドのカルボキシル基がアミド化されている場合には、例えば酸での処理を行うことができる。これらの手法はあくまでも例示である。
【0024】
以下に実施例を用いて本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例はあくまでも例示説明であり、本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0025】
実施例1:S9アミノペプチダーゼによるペプチド合成反応における、L−プロリンベンジルエステルおよびD−プロリンベンジルエステルをアシル供与体とした場合のアシル受容体特異性
実験に使用した酵素であるStreptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼを以下のようにして得た。Streptomyces thermocyaneoviolaceus NBRC14271のS9アミノペプチダーゼをコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターpET28-His6-S9AP-ST(Usukiら、Chemical Communications(掲載決定))をEscherichia coli BL21株に導入し、Escherichia coli BL21株をLB培地で種培養し、次いで、IPTG発現誘導用に設計された合成培地(Overnight ExpressionTM Instant TB; Novagen Inc.製)にて培養して得られた菌体を超音波破砕した後、抽出液を透析し、スピンカラム(Vivapure-Q; Millipoer Corp製)にて精製し活性画分を得た。かくして得られた活性画分をS9アミノペプチダーゼとして実験に使用した。酵素活性は、アミノアシル−パラニトロアニリドを基質として分光光度計を用いて測定した。
【0026】
Streptomyces coelicolor、Streptomyces griseus、およびアシドサーマス属の微生物由来のS9アミノペプチダーゼも得た。以下に酵素の取得方法を示す。
(i)Streptomyces thermocyaneoviolaceusのS9アミノペプチダーゼ遺伝子のクローニング
Streptomyces thermocyaneoviolaceus NBRC14271株は、NBRCより取り寄せた。既にゲノム配列が解析された放線菌株、S. avermitilis、S. coelicolor、S. griseus、そして、これまでに配列が報告されているS. morookaensis 由来のS9アミノペプチダーゼ(Nishimura, M; Ikeda, K.; Sugiyama, M. J. Biosci. Bioeng. 2006,101, 63-69.)間で保存されている配列から、2種のプライマー5’-GSGTSATCGAGTACGGAGG-3’(配列番号:1)と5’-CCGTGSCCCTCSCCCTCGAA-3’(配列番号:2)をデザインした。S. thermocyaneoviolaceusのゲノムDNAをテンプレートにして、上記プライマーを使用してPCRを行い、本酵素遺伝子の内部配列を決定した。この情報を元に、インバースPCRの手法を用いて、上流域と下流域の配列を解読し、本酵素全遺伝子配列を決定した。次に2種のプライマー、5’-CATATGTCGGACGTACAGACCC-3’(配列番号:3)および5’-AAGCTTCACGTGTGCAGCTCCA-3’(配列番号:4)を用いて本酵素遺伝子の全長を増幅し、Zero Blunt II TOPOを用いて目的断片をクローニングした。シークエンス解析をして、変異が入ってないことを確認した後、pET28aにサブクローニングして、本酵素遺伝子発現系を構築した(pET28-His6-S9AP-ST)。
本酵素の大腸菌による生産は、pET28-His6-S9AP-STが導入されたE. coli BL21 (DE3)株を50mLのovernight express instant TB medium (Novagen Inc.)中で、24時間25℃培養することで行った。また、本酵素の精製は培養された菌体の破砕物から、Vivapure Q陰イオン交換スピンカラムを通すことで行った。
【0027】
(ii)Streptomyces griseus、coelicolor、Acidthermus cellulolyticus由来のS9アミノペプチダーゼ遺伝子のクローニング
各菌におけるゲノム情報を元に、それぞれの持つS9アミノペプチダーゼ遺伝子の全長を、ゲノムDNAから次のプライマーを用いてPCRで増幅した。
S. griseus: 5-CATATGAACACCGTGCCAGCAGC-3(配列番号:5)、5-AAGCTTCACGTGGTCAGCTCCAGGA-3(配列番号:6)
S. coelicolor: 5-CATATGGGGGAGTCAGTGCGGAC-3(配列番号:7)、5-AAGCTTCACCGGGTCAGCTCCAGGACCGGGACGCC-3(配列番号:8)
A. cellulolyticus: 5-CATATGCCCGAGATTGCTCCGTA-3(配列番号:9)、5-AAGCTTCTAAGGAGCCGGCGGCGCCGG-3(配列番号:10)
次に各増幅断片をZero Blunt II TOPOを用いてクローニングし、シークエンス解析により変異が入ってないことを確認した。そして各遺伝子をpET28aにサブクローニングして、高発現系を構築した(pET28-His6-SGRAP、pET28-His6-SCOAP、pET28-His6-ACAP)。
本酵素の大腸菌による生産は、pET28-His6-S9AP-STが導入されたE. coli BL21 (DE3)株を50mLのovernight express instant TB medium (Novagen Inc.)中で、24時間25℃培養することで行った。また、本酵素の精製は培養された菌体の破砕物から、Vivapure Q陰イオン交換スピンカラムを通すことで行った。
【0028】
得られたStreptomyces thermocyaneoviolaceus、Streptomyces coelicolor、Streptomyces griseus、およびアシドサーマス属の微生物由来のS9アミノペプチダーゼのSDS−PAGEの結果を図1に示す。いずれも類似の挙動を示した。
【0029】
反応は以下のようにして行った。酵素(上記Streptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼ)溶液(4μl;5mg/ml)およびアシル受容体溶液(4μl;DMSO中0.5M)を、20mMのアシル供与体を含有する92μlの0.25M Tris−HCl(pH8.0)水溶液に添加し、25℃で3時間反応させた。使用したアシル供与体およびアシル受容体は表1に示したとおりである。
【0030】
反応生成物は、薄層クロマトグラフィー(TLC)、質量スペクトル分析、またはアミノ酸分析装置を用いて行った。結果を表1に示す。
【表1】

【0031】
表中、Substrateの欄はアシル受容体を示す。Productsの欄は、左から、副生成物の検出の有無およびその種類、アシル供与体としてL−P−OBzlを用いた場合の生成物の有無とその種類(w/L−P−OBzlの欄)、アシル供与体としてD−P−OBzlを用いた場合の生成物の有無とその種類を示す(w/D−P−OBzlの欄)。n.d.は検出不可能であったことを示す。−−は検討をしていない組み合わせを示す。
【0032】
表1からわかるように、アシル供与体としてL−プロリンベンジルエステル、D−プロリンベンジルエステルいずれを用いた場合にも、多くの種類のアシル受容体との間で、N末端にプロリンを有するジペプチドが形成された。アシル供与体としてL−プロリンベンジルエステルを用いた場合のほうが、アシル受容体の種類が若干多かった。アシル供与体としてL−プロリンベンジルエステルを用いた場合において、アシル受容体としてグリシンメチルエステル、D−アラニンメチルエステル、L−およびD−プロリンメチルエステル、D−セリンメチルエステル、L−アスパラギンメチルエステル、D−ヒスチジンメチルエステル、D−アスパラギン酸メチルエステルを用いた場合には、ジペプチドの形成は確認されなかった。また、アシル供与体としてD−プロリンベンジルエステルを用いた場合において、アシル受容体としてグリシンメチルエステル、L−およびD−アラニンメチルエステル、D−バリンメチルエステル、L−およびD−プロリンメチルエステル、L−およびD−セリンメチルエステル、L−スレオニンメチルエステル、L−アスパラギンメチルエステル、L−リジンメチルエステル、L−およびD−アルギニンメチルエステル、L−およびD−ヒスチジンメチルエステル、L−およびD−アスパラギン酸メチルエステル、L−グルタミン酸メチルエステルを用いた場合には、N末端にプロリンを有するジペプチドの形成は確認されなかった。これらの場合においても、反応条件を変更することにより、N末端にプロリンを有するジペプチドの形成が検出される可能性がある。
【0033】
アシル供与体としてL−プロリンベンジルエステルを用いた場合において、アシル受容体としてD−トリプトファンメチルエステル、L−およびD−アルギニンメチルエステル、L−ヒスチジンメチルエステルを用いた場合には、N末端にプロリンを有するジペプチドの環化ジペプチドが得られた。また、アシル供与体としてD−プロリンベンジルエステルを用いた場合において、アシル受容体としてL−ヒスチジンメチルエステルを用いた場合には、N末端にプロリンを有するジペプチドの環化ジペプチドが得られた。他の反応系においても、反応条件を変更することにより、N末端にプロリンを有するジペプチドの形成が検出される可能性がある。
【0034】
アシル供与体としてL−およびD−プロリンベンジルエステルを用いたS9アミノペプチダーゼによるペプチド合成反応における副産物の生成は、アシル受容体としてL−バリンメチルエステル、D−ロイシンメチルエステル、D−チロシンメチルエステル、L−スレオニンメチルエステルを用いた場合にのみ検出された。
【実施例2】
【0035】
実施例2:S9アミノペプチダーゼによるペプチド合成反応における、β−アラニンをアシル供与体とした場合のアシル受容体特異性
Streptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼは実施例1で使用したものと同じであった。反応も実施例1に準じて行った。すなわち、アシル供与体20mM、およびアシル受容体20mM、0.2M Tris−HClバッファーまたはTris−malate−NaOHバッファーを含む混合物(水溶液)に、酵素(上記Streptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼ)を0.05mg/mlとなるよう添加して、25℃で3時間反応させた。反応停止は、3%ギ酸を反応液と等量添加することにより行った。使用したアシル供与体およびアシル受容体は表2に示したとおりである。HPLCおよびUPLC−ESI−TOF/MS分析を行って生成物を同定した。結果を表2に示す。
【表2】

【0036】
表中、Substrateの欄は使用したアシル受容体を示す。Productsの欄は、左から、β−アラニンを含むジペプチドの有無およびその種類(bA−Xaaの欄はβ−アラニンをN末端に含むジペプチド、Xaa−bAの欄はβ−アラニンをC末端に含むジペプチド)、副生成物の有無およびその種類(Other productsの欄)を示す。n.d.は検出不可能であったことを示す。
【0037】
アシル供与体としてβ−アラニンベンジルエステルを用いた場合に、多くの種類のアシル受容体との間で、N末端にβ−アラニンを有するジペプチドが形成された。しかし、アシル受容体としてグリシンメチルエステル、L−セリンメチルエステル、L−アスパラギン酸メチルエステル、L−グルタミンメチルエステル、β−アラニンメチルエステルを用いた場合には、N末端にβ−アラニンを有するジペプチドの形成は確認されなかった。アシル受容体としてL−プロリンメチルエステルを用いた場合には、逆にこれがアシル供与体として作用した。アシル受容体としてβ−アラニンのベンジルエステル、t−ブチルエステル、p−ニトロアニリド誘導体を用いた場合には、逆にこれらの化合物がアシル供与体として作用した(データ示さず)。また、多くの系で副生成物の形成が見られた。
【実施例3】
【0038】
実施例3:β−AlaおよびProの誘導体をアシル供与体、L−Leuおよびその誘導体をアシル受容体として用いた場合のペプチド生成
β−AlaおよびProのいくつかの誘導体をアシル供与体として、また、L−LeuおよびL−Leuの誘導体をアシル受容体として、生成するペプチドについて検討した。反応条件は、0.2M Tris−HClバッファー(pH8.0)中、20mMのアシル供与体、20mMのアシル受容体、酵素(上記Streptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼ)を0.05mg/mlとなるよう添加して、25℃で24時間反応させた。使用した基質は表3に示したとおりである。
【表3】

n.d.は検出不可能であったことを示す。−−は検討をしていない組み合わせを示す。
【0039】
表3の結果からわかるように、アシル供与体としてβ−Ala誘導体を用いる場合にはベンジルエステルが好ましいことがわかった。アシル供与体としてL−Pro誘導体を用いた場合には、ベンジルエステル、メチルエステル、p−ニトロアニリン誘導体のいずれを用いてもジペプチドが生成した。アシル受容体としてL−Leu(誘導体でない)およびL−Leu誘導体を用いた場合には、一部のβ−Ala誘導体をアシル供与体として用いた場合を除いて、ジペプチドが生成した。これらの結果は、あくまでも上記モデル反応系での結果であり、他の基質および他の反応条件を採用した場合には異なった結果が得られる可能性がある。表3の結果は、S9アミノペプチダーゼを用いて、幅広い誘導体を基質として様々なペプチドが得られることを示唆するものである。
【実施例4】
【0040】
実施例4:S9アミノペプチダーゼによるカルノシンメチルエステルの合成
カルノシン(β−アラニルヒスチジン)は、魚類より見出された抗潰瘍・抗疲労作用を持つ有用ペプチドである(Hipkiss, A.R. (1998) Int. J. Biochem. Cell. Biol. 30, 863-868)。アシル供与体として20mMのβ−アラニンベンジルエステル(β−Ala−OBzl)、アシル受容体として20mMのL−ヒスチジンメチルエステル(L−His−OMe)を用い、Tris−HClバッファー(pH8.0;終濃度200mM)中で、実施例1に記載の方法で調製したStreptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼを添加して(酵素濃度0.05mg/ml)、25℃で反応を行った。C18逆相カラムを装備したUPLC−ESI−TOF/MS分析、アミノ酸分析装置、あるいはTLCにて生成物を経時的に分析した。典型的な反応物のUPLC−ESI−TOF/MSのクロマトグラムを図2に、生成物の経時変化および生成物のアミノ酸分析結果を図3に示す。図2に示すように、保持時間約0.8分のピークがβ−アラニル−L−ヒスチジン(カルノシン)のメチルエステルのピーク、保持時間約5.7分のピークが副産物であるβ−Ala−β−Ala−OBzlのピークであると同定することができた。
【0041】
図3に示すように、反応24時間で主生成物はカルノシンのメチルエステルであり、収量は6.4mM、変換率は32%であった。
【0042】
カルノシンメチルエステル合成に対する反応のpHの影響も調べた。pH約8〜約9で多くのカルノシンメチルエステルが得られることがわかった。しかし、約8.5以上のpHでは、副産物β−Ala−β−Ala−OBzlが増加することもわかった。
【0043】
S9アミノペプチダーゼによるカルノシンメチルエステルの高生産の系の確立可能性を探るために、カルノシンのメチルエステル生成に及ぼす基質濃度についても検討した。反応はTris−HClバッファー(pH8.0;終濃度200mM)中、酵素濃度50 mg/mlで、25℃で反応を行った。各系で得られた最大の生成物濃度および変換率を表4に示す。
【表4】

【0044】
上記結果から、基質濃度やpHなどの反応条件を調節することにより、さらに高生産の系の確立が可能であると考えられる。得られたカルノシンメチルエステルをカルノシンに変換する方法は当業者に公知であり、容易にカルノシンを得ることができる。
【実施例5】
【0045】
実施例5:S9アミノペプチダーゼによるβ−アラニル−分岐鎖アミノ酸メチルエステルの合成
カルノシンのC末端アミノ酸が分岐鎖アミノ酸に置き換わったジペプチドも、カルノシンと類似の効果を示すことが明らかになっている有用ペプチドである(Tsuneyoshi, Y. et al. (2007) BMC Neurosci. 8, 37)。そこで、S9アミノペプチダーゼを用いて、β−アラニルバリン(β−Ala−Val)メチルエステル、β−アラニルロイシン(β−Ala−Leu)メチルエステル、β−アラニルイソロイシン(β−Ala−Ile)メチルエステルの合成を試みた。アシル供与体として20mMのβ−アラニンベンジルエステル、アシル受容体として20mMの各L−アミノ酸メチルエステルを用い、Tris−HClバッファー(pH8.0;終濃度200mM)中で、実施例1に記載の方法で調製したStreptomyces thermocyaneoviolaceus由来、、Streptomyces coelicolor由来、およびStreptomyces griseus由来のS9アミノペプチダーゼ、を添加して(酵素濃度0.05mg/ml)、25℃で24時間反応を行った。反応生成物の質量分析スペクトルを図4に示す。アシル受容体としていずれの分岐鎖アミノ酸メチルエステルを用いた場合にも、そしてStreptomyces thermocyaneoviolaceus由来、、Streptomyces coelicolor由来、およびStreptomyces griseus由来のS9アミノペプチダーゼのいずれを用いた場合でも、β−アラニル−分岐鎖アミノ酸メチルエステルが生成することが確認された。得られたβ−アラニル−分岐鎖アミノ酸メチルエステルをβ−アラニル−分岐鎖アミノ酸に変換する方法は当業者に公知であり、容易にβ−アラニル−分岐鎖アミノ酸を得ることができる。
【実施例6】
【0046】
実施例6:S9アミノペプチダーゼによるL−プロリル−L−ヒスチジンのメチルエステルおよびその環化ジペプチドの合成
アシル供与体として20mMのL−プロリンベンジルエステル(L−Pro−OBzl)、アシル受容体として20mMのL−ヒスチジンメチルエステル(L−His−OMe)を用い、Tris−HClバッファー(pH8.0;終濃度200mM)中で、実施例1に記載の方法で調製したStreptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼを添加して(酵素濃度50mg/ml)、25℃で反応を行った。C18逆相カラムを装備したUPLC−ESI−TOF/MS分析、アミノ酸分析装置、あるいはTLCにて生成物を経時的に分析した。典型的な反応物のUPLC−ESI−TOF/MSのクロマトグラムを図5に、生成物の経時変化を図6に示す。図5に示すように、保持時間約1.2分のピークがL−プロリル−L−ヒスチジンのメチルエステルのピーク、保持時間約2分のピークがその環化ジペプチドのピークであると同定することができた。
【0047】
図6に示すように、反応初期にはL−プロリル−L−ヒスチジンのメチルエステルが生成したが反応時間とともに減少し、その環化ジペプチドが増加した。はL−プロリル−L−ヒスチジンのメチルエステルおよびその環化ジペプチドの生成に及ぼす反応pHの影響についても検討したところ、はL−プロリル−L−ヒスチジンのメチルエステルの生成にはpH約6〜約8が適しており、環化ジペプチドc(P−H)の生成にはpH約8〜約9が適していることも判明した。
【0048】
c(P−H)のような環化プロリルジペプチドは、甲状腺刺激ホルモン放出
に類似した活性を示し、糖尿病ラットに亜鉛とともに与えると、血糖値の低減に効果があることが報告されている有用ペプチドである(M.K. Song et al. Exp. Biol. Med. 228:1338-45(2003))。そこで、S9アミノペプチダーゼによるc(P−H)の高生産系の確立可能性について検討した。20mMのアシル供与体L−プロリンメベンジルステルおよび20mMのアシル受容体L−ヒスチジンメチルエステルを用い、Tris−HClバッファー(pH8.0;終濃度200mM)中、酵素濃度50mg/mlで、25℃で反応を行ったところ、反応2時間後に環化ジペプチドc(P−H)濃度は8.2mMであり、変換率は41%に達した。この結果から、S9アミノペプチダーゼによるc(P−H)の高生産系の確立が可能であることが示された。
【0049】
実施例5と同様の実験を、Streptomyces coelicolor、Streptomyces griseus、およびアシドサーマス属の微生物由来のS9アミノペプチダーゼを用いて行ったところ、同じ傾向の結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、医薬品、研究用試薬、工業原料、食品原料や添加物などの製造において利用可能である。
【配列表フリーテキスト】
【0051】
配列番号:1は、Streptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼの内部配列決定用プライマーである。
配列番号:2は、Streptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼの内部配列決定用プライマーである。
配列番号:3は、Streptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼの全長を増幅するためのプライマーである。
配列番号:4は、Streptomyces thermocyaneoviolaceus由来のS9アミノペプチダーゼの全長を増幅するためのプライマーである。
配列番号:5は、Streptomyces griseus由来のS9アミノペプチダーゼの全長を増幅するためのプライマーである。
配列番号:6は、Streptomyces griseus由来のS9アミノペプチダーゼの全長を増幅するためのプライマーである。
配列番号:7は、Streptomyces coelicolor由来のS9アミノペプチダーゼの全長を増幅するためのプライマーである。
配列番号:8は、Streptomyces coelicolor由来のS9アミノペプチダーゼの全長を増幅するためのプライマーである。
配列番号:9は、Acidthermus cellulolyticus由来のS9アミノペプチダーゼの全長を増幅するためのプライマーである。
配列番号:10は、Acidthermus cellulolyticus由来のS9アミノペプチダーゼの全長を増幅するためのプライマーである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−アラニンまたはプロリンをN末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドの製造方法であって、β−アラニンまたはプロリン、あるいはその誘導体をアシル供与体とし、アミノ酸またはアミノ酸誘導体をアシル受容体として、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行うことを特徴とする方法。
【請求項2】
ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼが、ストレプトマイセス属、アシドサーマス属、シュードモナス属およびバシラス属からなる群より選択される微生物由来のものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼが、ストレプトマイセス属またはアシドサーマス属の微生物由来のものである、請求項2記載の方法。
【請求項4】
アシル供与体が、カルボキシル基をエステル基で保護されたβ−アラニンまたはカルボキシル基をエステル基で保護されたプロリンであり、アシル受容体が、アミノ酸、またはカルボキシル基をエステル基で保護されたアミノ酸またはカルボキシル基をアミド化されたアミノ酸である、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
カルボキシル基をエステル基で保護されたβ−アラニンをアシル供与体とし、カルボキシル基をエステル基で保護されたL−ヒスチジンをアシル受容体とし、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行い、得られたジペプチドを脱保護することを特徴とする、カルノシンの製造方法。
【請求項6】
カルボキシル基をエステル基で保護されたβ−アラニンをアシル供与体とし、カルボキシル基をエステル基で保護されたL−分岐鎖アミノ酸をアシル受容体とし、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行い、得られたジペプチドを脱保護することを特徴とする、β−アラニル−分岐鎖アミノ酸の製造方法。
【請求項7】
カルボキシル基をエステル基で保護されたL−プロリンをアシル供与体とし、カルボキシル基をエステル基で保護されたアミノ酸をアシル受容体とし、ペプチダーゼファミリーS9に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行うことを特徴とする、L−プロリル−アミノ酸の環化ジペプチドの製造方法。
【請求項8】
水溶液中で行われる請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−139667(P2011−139667A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−2069(P2010−2069)
【出願日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】