説明

ヘッド−テイル型共重合体の中空ナノ微粒子

【課題】水中で安定であり、特定の環境下で崩壊する中空ナノ微粒子及びその製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】ポリアミドアミンデンドロンのヘッド部とポリ-L-リシンのテイル部とを有するヘッド-テイル型ブロック共重合体のベシクルからなり、ポリ-L-リシン間がジスルフィド架橋されている水中で安定な中空ナノ微粒子により、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジスルフィド架橋により水中で安定化された中空ナノ微粒子に関し、より詳細にはポリアミドアミンデンドロンのヘッド部とポリ-L-リシンのテイル部とを有するヘッド-テイル型ブロック共重合体のベシクルからなり、該ポリ-L-リシン間がジスルフィド架橋されている水中で安定な中空ナノ微粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
ブロック共重合体が選択溶媒中での自己組織化により形成する多分子集合体は、高分子ミセルやロッド、ラメラ、ベシクルなど様々な形態をとることが報告されている(非特許文献1〜4)。
樹木状高分子であるポリアミドアミン(PAMAM)デンドロンとポリペプチドであるポリ-L-リシン(PLL)からなるヘッド-テイル型ブロック共重合体は、水/高濃度メタノール混合溶媒中で、自己組織化によりベシクルを形成することが知られている(非特許文献5〜7)。
【0003】
上記のヘッド-テイル型ブロック共重合体が高濃度メタノール/水混合溶媒中で形成するベシクルは、水中に移行すると崩壊してしまう。ベシクル構造を維持するために分散媒としてメタノール含有溶媒を必要とする限り、該ベシクルからなる中空ナノ微粒子を、例えば遺伝子ベクターやドラッグデリバリーシステム(DDS)として応用・発展させることはできない。
【0004】
そこで、テイル間に不可逆的架橋を導入することにより水中で安定化されたヘッド-テイル型共重合体(PAMAMデンドロン−ポリ-L-リシン)の中空ナノ微粒子及びその製造方法が開発されている(非特許文献9及び特許文献1)。
この技術による中空ナノ微粒子において、ベシクル内部に保持された物質は、周囲環境のpH低下に伴い放出されるか又は(物質がアニオン性である場合には)自発的に漏出する。いずれにしても、物質は、重合体からなる殻を通過する必要があり、その結果、物質の放出/漏出は緩慢である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−269998号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】van Hest, J. C. M.; Delnoye, D. A. P.; Baars, M. W. P. L.; van Genderen, M. H. P.; Meijer, E. W. Science 1995, 268, 1592-1595
【非特許文献2】Vandermeulen, G. W. M.; Klok, H. A. Macromol. Biosci. 2004, 4, 383-398
【非特許文献3】Klok, H. A.; Lecommandoux, S. Adv. Mater. 2001, 13, 1217-1229
【非特許文献4】Kim, K. T. K.; Winnik, M. A.; Manners, I. Soft Matter 2006, 2, 957-965
【非特許文献5】高分子学会予稿集55巻1号1276頁 平成18年5月10日発行
【非特許文献6】第53回高分子研究発表会(神戸)予稿集138頁 平成19年7月20日発行
【非特許文献7】高分子学会予稿集56巻2号5058頁 平成19年9月4日発行
【非特許文献8】Kakizawa, Y., Harada, A.及びKataoka, K., Biomacromolecules, 2: 491-497 (2001)
【非特許文献9】Harada, A.; Ichimura, S.; Yuba, E.; Kono, K. Soft Matter 2011, 7, 4629-4635
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
物質(特に、遺伝子や薬物のような治療薬)の送達という観点からは、目的の部位に到達した後は、ベシクルが崩壊することにより内部に保持された物質が速やかに放出されることが好都合である場合が多い。
例えば、(特に動物)細胞内は、還元剤であるグルタチオンが、細胞外に比べ10〜100倍高い濃度(1〜100mM)で存在し、還元環境にあることが知られている(非特許文献8)。
よって、水中で安定であるが、特定の環境(例えば、所定の還元環境)下で崩壊する中空ナノ微粒子についての必要性が存在していた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
したがって、本発明は、ポリアミドアミンデンドロンのヘッド部とポリ-L-リシンのテイル部とを有するヘッド-テイル型ブロック共重合体のベシクルからなり、ポリ-L-リシン間がジスルフィド架橋されている水中で安定な中空ナノ微粒子を提供する。
【0009】
また、本発明は、上記ヘッド-テイル型ブロック共重合体を100/0〜50/50の水/水と混和性のアルコール混合溶媒に溶解させ;得られる溶液に、水/アルコール比が30/70〜0/100となるまでアルコールを滴下して、該ブロック共重合体を中空ナノ微粒子に自己組織化させ;得られた自己組織体においてポリ-L-リシンにチオール基含有リンカーを導入し;酸化条件下でチオール基含有リンカー間にジスルフィド結合を生成させてテイル部をジスルフィド架橋することを含んでなる、水中で安定な中空ナノ微粒子の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の中空ナノ微粒子によれば、例えば運搬体/送達剤(ベクター、キャリア又はDDS製剤)として利用可能な、水中で安定であるが特定の還元環境/条件下で崩壊する中空ナノ微粒子が提供される。
本発明の中空ナノ微粒子の製造方法によれば、単分散の上記中空ナノ微粒子が容易に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】水/メタノール溶媒中におけるPAMAM-PLLの自己組織化ベシクルの粒径分布を示す。
【図2】本発明の中空ナノ微粒子(ジスルフィド架橋ベシクル)の透過型電子顕微鏡写真である。
【図3】水中における本発明の中空ナノ微粒子の粒径分布を示す。
【図4】本発明の中空ナノ微粒子の1H NMRスペクトルを示す。
【図5】本発明の中空ナノ微粒子の平均粒径のpH依存性を示す。
【図6】種々の濃度のグルタチオン存在下における、本発明の中空ナノ微粒子(ジスルフィド架橋型中空ナノ微粒子)及び不可逆的架橋型中空ナノ微粒子を含む溶液の散乱光強度の時間に対する変化を示す。
【図7】種々の濃度のDTT存在下における、本発明の中空ナノ微粒子を含む溶液の散乱光強度の時間に対する変化を示す。
【図8】ローダミン6Gを内包し、フルオレセインで標識された(A)不可逆的架橋型中空ナノ微粒子及び(B)本発明のジスルフィド架橋型中空ナノ微粒子とインキュベートしたHeLa細胞におけるローダミン6G(赤色蛍光)及びフルオレセイン(緑色蛍光)の細胞内分布を示す共焦点顕微鏡写真及び重ね合わせ画像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<中空ナノ微粒子>
本発明の中空ナノ微粒子は、ポリアミドアミンデンドロンのヘッド部とポリ-L-リシンのテイル部とを有するヘッド-テイル型ブロック共重合体のベシクルからなり、ポリ-L-リシン間がジスルフィド架橋されていることを特徴とする。この構成により、本発明の中空ナノ微粒子は水中で安定である(すなわち、水中でベシクル構造を維持できる)が、特定の還元環境条件下で崩壊する。本発明においては、特に言及しない限り、「水」は、還元剤を含有しない水を意味する。
【0013】
本発明の中空ナノ微粒子は、好ましくは300μM、より好ましくは500μM以上、より好ましくは1mM以上のグルタチオンの存在下で崩壊する。
本発明において、ベシクルが「崩壊する」とは、必ずしも全てのベシクルが崩壊することを意味せず、所定の割合のベシクルが崩壊することをいう。所定の割合のベシクルの崩壊は、散乱光強度の低下として理解される。よって、例えば「300μMのグルタチオンの存在下で崩壊する」とは、還元剤を含まない水(例えば、蒸留水)中の中空ナノ微粒子分散液の散乱光強度を100%としたとき、300μMのグルタチオン添加後8時間以内に散乱光強度が例えば40%未満に低下することを意味するものとする。
【0014】
ポリ-L-リシン間のジスルフィド架橋は、ポリ-L-リシンの側鎖アミノ基(εアミノ基)を介するが、水中で安定なベシクル構造を維持でき、特定の還元環境(例えば、300μM以上のグルタチオンの存在)下で崩壊する限り、ポリ-L-リシンの全ての側鎖アミノ基がジスルフィド架橋に関与している必要はない。
【0015】
好ましくは、ポリ-L-リシン間のジスルフィド架橋は、εアミノ基間の結合-L1-S-S-L2-による。前記式中、L1及びL2は独立して、-(CH2)n-、-C64-、-(CH2)n-C64-、-C64-(CH2)n-、-(CH2)m-C64-(CH2)p-、-(CH2)m-NH-CO-(CH2)p-、-CO-(CH2)n-、-C(=NH2+)-(CH2)n-、-CO-C64-、-CO-(CH2)n-C64-、-CO-C64-(CH2)n-、-CO-(CH2)m-C64-(CH2)p-、-CO-(CH2)m-NH-CO-(CH2)p-又は-CO-(CH2CH2O)m-NH-CO-(CH2)p-を表す。ここで、n、m及びpはそれぞれ独立して1〜14の整数であり(ただしm+p≦14)、好ましくは1〜6の整数である。pはより好ましくは1〜3の整数である。
1及びL2中のアルキレン基は置換されていてもよい。置換基は好ましくはC14アルキル基である。
【0016】
1及びL2の具体例として、-C(=NH2+)-(CH2)3-、-CO-CH(NHCOCH3)-(CH2)2-、-CO-CH2-、-CO-(CH2)2-、-CO-(CH2)5-NH-CO-(CH2)2-、-CO-C64-C(CH3)-、-CO-(CH2)5-NH-CO-C64-C(CH3)-、-CO-(CH2CH2O)4-NH-CO-(CH2)2-及び-CO-(CH2CH2O)12-NH-CO-(CH2)2-(ここで、前記のいずれの式においても、アルキレン基はC14アルキル基で置換されていてもよい)が挙げられる。
【0017】
本発明において、ポリアミドアミンデンドロンは、世代数が3.0〜4.0であることが好ましい。ポリアミドアミンデンドロンにおいて、好ましい繰り返し単位は、−CH2CH2CONHCH2CH2N<である。
末端基(又は表面基)は親水性基であり、例えばヒドロキシ基、アミノ基、(C1〜C4)アシル基、カルボキシル基、カルボキシル(C1〜C4)アルキル基、スルホ基、スルホ(C1〜C4)アルキル基であり、好ましくはヒドロキシ基である。
【0018】
繰り返し単位をX(好ましくは、X=−CH2CH2CONHCH2CH2N<)、末端基をYとすると3.0世代のポリアミドアミンデンドロンは式:
−CH2CH2−N(X(X(XY2)2)2
で表され、4.0世代のポリアミドアミンデンドロンは式:
−CH2CH2−N((X(X(X(XY2)2)2)2
で表される。
【0019】
1つの実施形態において、ポリアミドアミンデンドロンは3.5世代である。繰り返し単位が−CH2CH2CONHCH2CH2N<であり、末端基がカルボキシ基である3.5世代のポリアミドアミンデンドロンは、次式で表される。
【0020】
【化1】

【0021】
ポリ-L-リシン:
【化2】

(式中、nは重合度)
は、重合度が例えば60〜120、好ましくは70〜110である。
【0022】
本発明の中空ナノ微粒子の粒径は、ナノメートルオーダーである。例えば、平均粒径は100〜300nmであり得る。1つの好ましい実施形態において、粒径分布は単分散(例えば、多分散指数0.15以下、より好ましくは0.1以下である。下限は特に限定されない(当然のことながら0以上である)が、例えば0.03であり得る)である。
【0023】
本発明の中空ナノ微粒子は、その表面を、ポリエチレングリコール(PEG)−ポリカルボン酸ブロック共重合体でコーティングされていてもよい。コーティングにより、中空ナノ微粒子の生体適合性が向上する。
PEG−ポリカルボン酸ブロック共重合体の例としては、PEG−ポリアクリル酸(PAA)共重合体、PEG−ポリメタクリル酸(PMA)共重合体、PEG−ポリグリコール酸(PAG)共重合体、PEG−ポリアスパラギン酸が挙げられる。
【0024】
本発明の中空ナノ微粒子は、水性媒体、特に医薬的に許容され得る水性媒体(例えば、水、生理食塩水、緩衝化生理食塩水)に分散させた水性分散液として提供され得る。1つの好ましい実施形態において、水性分散液中の本発明の中空ナノ微粒子の粒径分布は単分散である。
【0025】
本発明の中空ナノ微粒子は、好適には、繰り返し単位が−CH2CH2CONHCH2CH2N<であり、末端基が親水性基である3.0〜4.0世代(好ましくは3.5世代)のポリアミドアミンデンドロンのヘッド部とポリ-L-リシン(重合度は60〜120、より好ましくは70〜110である)のテイル部とを有するヘッド-テイル型ブロック共重合体の100/0〜50/50の水/メタノール混合溶媒の溶液に、該溶液の水/メタノールが30/70〜0/100(より好ましくは20/80〜0/100、より好ましくは20/80〜10/90)となるようにメタノールを滴下して形成される自己組織体において、ポリ-L-リシン(の側鎖アミノ基)にチオール含有リンカー(特に、2-イミノチオランに由来するもの)を導入し、酸化条件下でチオール基含有リンカー間にジスルフィド結合を生成させてテイル部をジスルフィド架橋して得られた中空ナノ微粒子である。
【0026】
<中空ナノ微粒子の製造方法>
本発明の中空ナノ微粒子の製造方法は、
ポリアミドアミンデンドロンのヘッド部とポリ-L-リシンのテイル部とを有するヘッド-テイル型ブロック共重合体を、100/0〜50/50の水/水と混和性のアルコール混合溶媒に溶解させ、
得られる溶液に、水/アルコール比が30/70〜0/100となるまでアルコールを滴下して、該ブロック共重合体を中空ナノ微粒子に自己組織化させ、
得られた自己組織体においてポリ-L-リシンにチオール基含有リンカーを導入し、
酸化条件下でチオール基含有リンカー間にジスルフィド結合を生成させてテイル部をジスルフィド架橋することを含んでなることを特徴とする。
【0027】
ヘッド-テイル型ブロック共重合体は、公知の方法(例えば、Bioconjugate Chem., 17, 3(2006)に記載の方法)に基づいて製造できる。
【0028】
簡潔には、ヘッド部のポリアミドアミンデンドロンは、例えば、一方のアミノ基を保護したエチレンジアミンに、マイケル付加反応と続くエステルアミド交換反応とからなる1サイクルの反応を所望の世代数と同じ数のサイクル繰り返し、任意に(上記のような)末端基を付加することにより製造することができる。例えば、世代数3.5のポリアミドアミンデンドロンは、マイケル付加反応とエステルアミド交換反応とからなる反応サイクルを3.5サイクル繰り返す。ここで、「3.5サイクル」とは、3サイクルの反応後、マイケル付加反応を行い、エステルアミド交換反応を行わないことを意味する。
繰り返し単位が−CH2CH2CONHCH2CH2N<であるポリアミドアミンデンドロンを作製する場合、アクリル酸メチルを用いるマイケル付加反応とエチレンジアミンを用いるエステルアミド交換反応との反応サイクルを用いことができる。
【0029】
一方、テイル部(ポリ-L-リシン)は、例えば、ε-ベンジルオキシカルボニル-L-リシン無水物の重合反応により製造できる。
ヘッド部とテイル部は、別々に製造した後に結合してもよいし、予め製造したヘッド部に対してテイル部を、又は予め製造したテイル部に対してヘッド部を形成してもよい。
【0030】
このブロック共重合体は100/0〜50/50の水/水と混和性のアルコール混合溶媒に容易に溶解する。水と混和性のアルコールとしては、好ましくは低級アルコール、より好ましくはC1〜C4アルコール、最も好ましくはメタノールである。
【0031】
得られる溶液に、該溶液中の水/水と混和性のアルコール比30/70〜0/100(好ましくは20/80〜0/100、より好ましくは20/80〜10/90)までアルコールを滴下すると、ブロック共重合体が単分散の自己組織体(中空ナノ微粒子)を形成する。
【0032】
この時点(ジスルフィド架橋処理前)の自己組織体は、水中又は高水/低アルコール混合溶媒中に移すとベシクル構造が崩壊し、ブロック共重合体は溶解する。
得られる自己組織体をジスルフィド架橋処理すると、自己組織体は、水中でもベシクル構造が維持されるようになる。
【0033】
チオール含有リンカー-L-SH(式中:Lは上記L1及びL2について定義と同じ)は、第一級アミノ基と反応性であるチオール化剤を用いてポリ-L-リシンの側鎖アミノ基(εアミノ基)に導入することができる。第一級アミノ基と反応性であるチオール化剤は、例えば、2-イミノチオラン、そのC14アルキル置換誘導体(Goff, D. A.及びCarroll, S. F., BioConjugate Chem., 1: 381-386 (1990))及びそれらの塩(好ましくは塩酸塩)、N-アセチルホモシステインチオラクトン(NAHCT)、N-スクシンイミジルS-アセチルチオアセテート(SATA)、スクシンイミジル3-(2-ピリジルジチオ)プロピオネート(SPDP)及びその誘導体(例えば、LC-SPDP(スクシンイミジル6-(3-[2-ピリジルジチオ]プロピオンアミド)ヘキサノエート)、スルホ-LC-SPDP、(PEG)4又ハ12-SPDP)、4-スクシンイミジルオキシカルボニル-メチル(2-ピリジルジチオ)トルエン(SMPT)及びその誘導体(例えば、スルホ-LC-SMPT)、3,3'-ジチオビス(スルホスクシンイミジルプロピオネート)(DTSSP)、ジメチル3,3'-ジチオビスプロピオンイミデート(DTBP)である。
2-イミノチオラン、その誘導体及びそれらの塩並びにNAHCTは、一段階での(ジスルフィド基のチオール基への還元工程を経ることなく)チオール基の導入が可能であるので好ましい。
【0034】
チオール化剤は、自己組織体の分散媒体と同じ水/水と混和性のアルコール混合溶媒に溶解させて添加する。
チオール化剤の添加量は、ヘッド-テイル型共重合体のポリ-L-リシン中の側鎖アミノ基に対して例えば0.01〜10当量、好ましくは0.05〜2当量、より好ましくは0.1〜1等量である。全量を1回で添加してもよいし、2回又はそれ以上に分けて添加してもよい。
チオール化剤として、ジスルフィド基-S-S-を含有するものを使用する場合、還元剤(例えば、DTT)を用いてジスルフィド基-S-S-をチオール基-SHに還元する。
その後、酸化条件下(例えば酸素バブリング下)で、チオール基間にジスルフィド結合を形成させる。
【0035】
本発明の方法によれば、ポリ-L-リシン間がジスルフィド架橋され水中で安定な中空ナノ微粒子が、従来の分粒処理を要することなく、狭い単分散で取得することができる。
なお、適切な場合には、公知の方法(例えばフィルタリングや超音波処理)により更に分粒してもよい。
【実施例】
【0036】
実施例1:ポリアミドアミン(PAMAM)デンドロンのヘッド部とポリ-L-リシン(PLL)のテイル部とを有するヘッド-テイル型ブロック共重合体から形成されるベシクルへのジスルフィド架橋導入による中空ナノ微粒子の調製
Haradaら(Bioconjugate Chem., 17, 3(2006))に記載される方法に従って、次式(2)で示されるヘッド-テイル型共重合体(PAMAMデンドロン世代数は3.5、PLL数平均重合度は101) 5.0mgに蒸留水500μlを加えて溶解させた後、更にメタノール500μlを加えた。
【0037】
【化3】

【0038】
続いて、攪拌しながら、メタノール1500μlを15分かけて滴下し、溶媒組成を体積分率にして水:メタノール=2:8にまで変化させ、該溶媒中で該ヘッド-テイル型共重合体のベシクルを形成させた。その後、再び5分間超音波を照射し、十分時間静置して粒径を安定させた後、形成されたベシクルの粒径を動的光散乱(DLS)測定(レーザーゼータ電位計ELS-8000F、大塚電子株式会社製;20℃)により確認した(図1)。Z−平均粒径が174.9nmの単分散なベシクルが形成されていることが確認された。
【0039】
この溶液2.5mlに、PAMAMデンドロン-PLLのリシン残基数(εアミノ基数)に対して0.1等量の2-イミノチオラン塩酸塩を滴下した。撹拌後、1日静置し、その後酸素バブリングを行った。更に2-イミノチオラン塩酸塩を合計0.25当量となるように添加した。1日間の静置後、酸素バブリングを行った。
こうして、PLL中の第一級アミンにチオール基を導入して、PLL間にジスルフィド結合を生成させた。この反応のスキームを下記に示す。
【0040】
【化4】

【0041】
外相500mlの蒸留水に対して透析を行うことにより溶媒を水へと置換した。得られたジスルフィド架橋ベシクルの水中での形態を透過型電子顕微鏡(TEM)観察(JEM-2000FEXII、日本電子株式会社製)により、粒径分布を上記と同様なDLS測定により確認した。得られたTEM写真を図2に、粒径分布を図3に示す。
【0042】
TEM観察により、中空ベシクル構造を有する粒径約280nmの球状粒子が確認された。このことから、PAMAMデンドロン-PLLブロック共重合体の自己組織化ベシクルが、PLL間のジスルフィド架橋により、水中で安定化されることが理解できる。また、観察された粒径は、下記に示すDLS測定による粒径分布とよい一致を示した。
【0043】
DLS測定により、Z−平均粒径が238.4nmの単分散な微粒子の存在が観察された。すなわち、DLS測定によっても、ジスルフィド架橋によりベシクル構造が安定化され、水系溶媒中で安定に存在していることが確認された。また、架橋前のベシクルの水/メタノール混合溶媒中での粒径と比較すると、ジスルフィド架橋ベシクルの水中での粒径は60nm程度大きい。この粒径増大は、PLLの第一級アミンが水中でプロトン化して正電位を帯びる結果、PLL間の静電反発により粒径が増大したものと考えられる。
【0044】
この溶液を凍結乾燥後、水で再構成させたところ、水中での中空ナノ微粒子の再分散が観察され、中空ナノ微粒子は凍結乾燥が可能であることが確認された。
よって、本発明の中空ナノ微粒子は、凍結乾燥による長期保存が可能であることが理解される。
【0045】
<チオール含有リンカーの導入率>
次に、ジスルフィド架橋中空ナノ微粒子を凍結乾燥により回収し、1H NMRによってチオール基含有リンカーの反応率を算出した。
回収したジスルフィド架橋中空ナノ微粒子を少量のDClを加えたD2Oに溶解して、1H NMRスペクトルを測定した。得られたスペクトルを図4に示す。
【0046】
架橋構造導入によって生成したジスルフィド結合に隣接するメチレンに由来する2.6ppmのピーク(x)、ジスルフィド結合に対してβ位のメチレンに由来する2.1ppmのピーク(v)、γ位のメチレンに由来する3.3ppmのピーク(w)の積分値から、架橋剤はPLLの側鎖の一級アミンの22%と反応していると求められた。
【0047】
<チオール含有リンカーによるジスルフィド架橋の形成率>
残存するチオール基を比色分析法であるEllman法で定量した。Ellman法によれば、チオール基が存在すれば、5,5'-ジチオビス(2-ニトロ安息香酸)(DTNB)と反応して、5-メルカプト-2-ニトロベンゾ安息香酸が生成されるので、その極大吸収波長である412nmに吸光が観察される。
上記で得られたジスルフィド架橋中空ナノ微粒子の水溶液100μlに脱気した超純水を加え、全量3mlにした。この溶液に、脱気した0.1Mのリン酸緩衝液(pH8.0)を6ml加え、更に脱気0.1Mリン酸緩衝液(pH8.0)中0.4mg/mlのDTNB溶液1mlを加え、15分間遮光して静置した。静置後、JASCO V-550 UV/vis spectrophotometerを用いてUV測定を行った。
その結果、412nmに極大吸収は観察されなかった。このことは、上記で得られたジスルフィド架橋中空ナノ微粒子中にチオール基が残存していないことを示す。すなわち、導入されたチオール基がほとんど全てジスルフィド結合の形成に使用されたことを示唆している。
【0048】
実施例2:中空ナノ微粒子の平均粒径へのpHの影響
実施例1で調製された中空ナノ微粒子溶液について、0.1N塩酸及び0.1M水酸化ナトリウム水溶液を用いてpHを変化させることにより、種々pH条件下での中空ナノカプセルのZ−平均粒径を上記と同様なDLS測定により評価した。
図5に中空ナノ微粒子の平均粒径のpH依存性を示す。
pH10程度の高pH条件下では収縮し、粒径は、ジスルフィド架橋導入前の自己組織化ベシクルの粒径と同程度になる。
一方、低pH条件下では、膨潤して粒径が増大する。これは、pHの低下に伴い、第一級、第二級、第三級アミノ基が順次プロトン化し、その結果中空ナノ微粒子が正電荷を帯びるため、ベシクル膜内のイオン浸透圧が増加し静電反発が引き起こされることによると考えられる。
まとめると、本発明の中空ナノ微粒子は、高pH環境下では凝集を引き起こすが、酸性〜弱アルカリ条件(pH4〜10)下では単分散性を維持した状態で存在することが確認された。
【0049】
実施例3:中空ナノ微粒子の還元環境応答性
<散乱光強度測定による評価>
不可逆的架橋型中空ナノ微粒子の及びジスルフィド架橋型中空ナノ微粒子それぞれの水溶液500μlに、グルタチオン濃度が0、1、5、10、100、500μM、1、5mMとなるように蒸留水又はグルタチオン水溶液を加えて全量を2mlとした。不可逆的架橋型中空ナノ微粒子は、架橋剤としてエチレングリコールジグリシジルエーテル(EG1)を用いて、特開2009−269998号公報に記載の方法に従って製造した。
蒸留水又はグルタチオン水溶液の添加前、及び添加後0.5、1、2、4、8、24、48時間に散乱光強度を測定した(日本分光製分光蛍光光度計FP-6500)。
測定結果を図6に示す。EG1架橋中空ナノ微粒子については、低濃度、いずれの濃度のグルタチオン存在下においても散乱光強度の変化はほとんど観測されなかった。これは、還元条件下で、中空ベシクル形態が維持されることを示唆する。
【0050】
一方、ジスルフィド架橋中空ナノ微粒子については、グルタチオンの非存在下(すなわち、還元剤を含有しない水中)及び1、5μMのグルタチオンの存在下では、散乱光強度の劇的な減少は見られなかった。グルタチオン10、100μMの存在下では、添加の30分後までは散乱光強度は劇的に減少したが、その後更に劇的に減少することはかった。グルタチオン500μMの存在下では、散乱光強度は10、100μMの存在下と比較して顕著に低下したが、その後更なる劇的な減少が観察されないという挙動は似通っていた。
対照的に、グルタチオンを1、5mMの存在下では添加後30分間までは、散乱光強度の劇的な減少が観察され、4時間後までには値が300cps程度になった。PAMAMデンドロン−PLLを水中に分散させたとき、散乱光強度は200cps程度である。
これのデータより、本発明のジスルフィド架橋中空ナノ微粒子は、1mM、5mMのグルタチオン存在下では、ジスルフィド結合がチオール基に還元され、自己組織化ベシクルが解離することが示唆される。一方、1、5μMの低濃度グルタチオン存在下では、ジスルフィド結合の還元が起こらず、自己組織化ベシクルの形態が維持されることが示唆される。10、100、500μMのグルタチオン存在下では、散乱光強度の減少は観測されたが、ベシクルは完全には解離しない。
【0051】
DTT濃度が1、5、10、100、500μMの存在下についても同様な測定を行った。
結果を図7に示す。グルタチオンとDTTの還元能の違いによる濃度のずれはみられるが、高濃度のDTT存在下では、高濃度のグルタチオン存在下と同様に、ジスルフィド架橋中空ナノ微粒子が解離することが示唆される。一方、1μM程度の低濃度のDTT存在下では、ジスルフィド架橋中空ナノ微粒子は、形態が維持されることも示唆される。
【0052】
実施例4:ジスルフィド架橋中空ナノ微粒子及び不可逆的架橋型の中空ナノ微粒子の細胞内動態
実施例1に記載のように、水/メタノールの混合溶媒中で自己組織体(ベシクル)を作製した。この自己組織体溶液(2ml)にローダミン6G溶液(溶媒:水/メタノール=2/8、1.0mg/ml)を10μl加え、1日静置した。
ジスルフィド架橋中空ナノ微粒子の作製のためには、得られた溶液に、PAMAMデンドロン-PLLのリシン残基数に対して0.25当量の2-イミノチオラン塩酸塩を滴下し、1日間の静置後、酸素バブリングを行った。
不可逆的架橋型の中空ナノ微粒子の作製のためには、上記で得られた溶液に、PAMAMデンドロン-PLLのリシン残基数に対してエポキシ基が20当量のEG1を滴下し撹拌した。
次いで、得られた両溶液に、PAMAMデンドロン-PLLのPLL側鎖の第一級アミンに対して15当量のNHS-フルオレセインを加えた。その後、外相500mlの蒸留水に対して3日間透析して溶媒を水へと置換すると共に、過剰なNHS-フルオレセインと内包されていないローダミン6Gを除去した。
【0053】
松並ボトムディッシュにHeLa細胞2×105を撒き、10%FCS含有DMEM培地1.5ml中37℃で24時間培養し、0.36mM CaCl2と0.42mM MgCl2を含むPBS(PBS+)で3回洗浄した。
得られた細胞に、上記で作製したローダミン6Gを内包するジスルフィド架橋中空ナノ微粒子の溶液を血清含有DMEM培地で100倍希釈したもの360μl加え、更に培地を加えて全量1.5mlとして4時間培養後、PBS+で2回洗浄した。
共焦点顕微鏡により細胞内でのローダミン6G及びフルオレセインの分布を観察した。
【0054】
図8に観察結果を示す。(A)は、不可逆的架橋型の中空ナノ微粒子とインキュベートした細胞から得られた共焦点顕微鏡写真である。(B)は、ジスルフィド架橋型の中空ナノ微粒子とインキュベートした細胞から得られた共焦点顕微鏡写真である。いずれにも、ローダミン6Gに由来する赤色蛍光及びフルオレセインに由来する緑色蛍光が観察される。
それぞれについて2つの画像を重ねると、不可逆的架橋型の中空ナノ微粒子とインキュベートした細胞では、黄色蛍光のみが観察される。これは、同じ位置から緑色蛍光及び赤色蛍光が発せられていることを示し、ローダミン6G及びフルオレセインが同位置に局在していることを意味する。すなわち、不可逆的架橋型の中空ナノ微粒子からは、ローダミン6Gが放出されないことが示唆される。
【0055】
一方、ジスルフィド架橋型の中空ナノ微粒子とインキュベートした細胞では、黄色蛍光と共に赤色蛍光も観察される。これは、赤色蛍光を発する物質が緑色蛍光を発する物質とは離れて位置していることを示す。すなわち、ジスルフィド架橋型の中空ナノ微粒子から、ローダミン6Gが放出されることが示唆される。
本実施例の結果を、動物細胞内には高濃度のグルタチオンが存在すること及び実施例3の結果と考え合わせれば、本発明のジスルフィド架橋中空ナノ微粒子は、(還元剤を含有しない)水中及び低濃度の還元剤の存在下で安定であり、動物細胞内のような高濃度の還元剤の存在下で不安定化し、このため内包する物質を放出することができる。よって、本発明のジスルフィド架橋中空ナノ微粒子は、目的物質(例えば、遺伝子や薬物などの治療剤)を細胞内に送達することに極めて有用であることが理解される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアミドアミンデンドロンのヘッド部とポリ-L-リシンのテイル部とを有するヘッド-テイル型ブロック共重合体のベシクルからなり、ポリ-L-リシン間がジスルフィド架橋されている水中で安定な中空ナノ微粒子。
【請求項2】
300μM以上のグルタチオンの存在下で崩壊する請求項1に記載の中空ナノ微粒子。
【請求項3】
ポリ-L-リシン間のジスルフィド架橋が、ポリ-L-リシンのεアミノ基間の結合-L1-S-S-L2-(式中:L1及びL2は独立して、-(CH2)n-、-C64-、-(CH2)n-C64-、-C64-(CH2)n-、-(CH2)m-C64-(CH2)p-、-(CH2)m-NH-CO-(CH2)p-、-CO-(CH2)n-、-C(=NH2+)-(CH2)n-、-CO-C64-、-CO-(CH2)n-C64-、-CO-C64-(CH2)n-、-CO-(CH2)m-C64-(CH2)p-、-CO-(CH2)m-NH-CO-(CH2)p-又は-CO-(CH2CH2O)m-NH-CO-(CH2)p-を表す。ここで、n、m及びpはそれぞれ独立して1〜14の整数、ただしm+p≦14、アルキレン基は置換されていてもよい。)による請求項1又は2に記載の中空ナノ微粒子。
【請求項4】
ポリアミドアミンデンドロンの繰り返し単位が−CH2CH2CONHCH2CH2N<であり、世代数が3.0〜4.0である請求項1〜3のいずれか1項に記載の中空ナノ微粒子。
【請求項5】
ポリアミドアミンデンドロンが3.5世代である請求項4に記載の中空ナノ微粒子。
【請求項6】
ベシクルの内部空間に遺伝子又は薬物を含んでなる請求項1〜5のいずれか1項に記載の中空ナノ微粒子。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の中空ナノ微粒子を含んでなる水性分散液。
【請求項8】
ポリアミドアミンデンドロンのヘッド部とポリ-L-リシンのテイル部とを有するヘッド-テイル型ブロック共重合体を、100/0〜50/50の水/水と混和性のアルコール混合溶媒に溶解させ、
得られる溶液に、水/アルコール比が30/70〜0/100となるまでアルコールを滴下して、該ブロック共重合体を中空ナノ微粒子に自己組織化させ、
得られた自己組織体においてポリ-L-リシンにチオール基含有リンカーを導入し、
酸化条件下でチオール基含有リンカー間にジスルフィド結合を生成させてテイル部をジスルフィド架橋すること
を含んでなる、水中で安定な中空ナノ微粒子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−40232(P2013−40232A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−176230(P2011−176230)
【出願日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】