説明

ヘッドスペース試料採取装置

【課題】試料容器を振動させるときの条件を、試料容器内の試料液が気液平衡状態に達するまでの時間ができる限り短くなるように的確に設定することができるヘッドスペース試料採取装置を提供する。
【解決手段】試料容器の種類、試料容器内の試料液の量、試料液の種類を含むパラメータの値を使用者に入力させる条件入力部141と、条件入力部141により入力されたパラメータの値に基づき試料容器を振動させる振動数を決定する振動数決定部142と、振動数決定部142により決定された振動数の値により試料容器を振動させる駆動モータ13を備える。これにより、試料容器や試料液に関する情報に基づいて振動数を定めることにより、平衡到達時間が短くなる振動条件を的確に設定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密閉容器に収容された試料液から揮発した試料ガスを採取してガスクロマトグラフ装置へ導入するヘッドスペース試料採取装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフィの分析手法の一つにヘッドスペース分析法がある。この分析法では、密閉容器に収容された試料液から試料ガスを発生させ、容器の上部空間(ヘッドスペース)に溜まった試料ガスを採取してガスクロマトグラフ装置に導入して分析を行う(特許文献1参照)。通常、試料液を所定温度に加熱することにより試料ガスの発生を促進させるが、この場合、その所定温度において気液平衡状態となり、試料ガスの濃度が安定した後に試料ガスを採取する必要がある。
【0003】
ヘッドスペース試料採取装置では一般的に、気液平衡状態を早期に実現し、早期に分析を開始することができるように、試料容器を振動させる装置が備えられている。例えば、試料液が収容された試料容器を金属ブロックの上面に空けられた保持穴に挿入し、そのブロックを電気ヒータ等で加熱しながら駆動モータで往復運動させることにより、試料容器内の試料液を容器内で振動させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11-72421号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
試料容器内の試料液とその上部空間の試料ガスとが平衡状態に達し、共に均一濃度となるまでの時間(平衡到達時間)は、試料容器を振動させることにより短縮することができるが、どの時点でそのような状態に達したかは一般に分からない。また、平衡到達時間は、試料容器の容積、試料液の量、試料液の粘度等により変わる。従来のヘッドスペース試料採取装置では、想定されるそれらのパラメータの上限・下限値より、ほとんどの場合に適用可能な範囲内で試料容器の振動数を予め複数段階(例えば、「強」、「中」、「弱」の3段階)設定しておき、使用者がその中から適当な振動数を選択するようにしている。
【0006】
しかし、前述の通り、実際には試料が気液平衡状態に達したかどうかを確認する適当な方法がないため、多くの場合、使用者は安全を見込んで強めの振動数を選んでいた。これにより、分析開始までの時間が必要以上に長くなるという問題があった。また、逆に、適切な振動数の選択を誤れば、気液平衡状態に達する前に試料ガスの吸引を行い、正確でない試料の分析が行われることもあった。
【0007】
本発明はこのような点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、試料容器を振動させるときの条件を、平衡到達時間ができる限り短くなるように的確に設定することができるヘッドスペース試料採取装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係るヘッドスペース試料採取装置は、
a) 試料容器の種類、試料容器内の試料液の量、試料液の種類を含むパラメータの値を使用者に入力させる条件入力手段と、
b) 前記条件入力手段により入力されたパラメータの値に基づき、試料容器を振動させる振動数を決定する振動数決定手段と、
c) 前記振動数決定手段により決定された振動数の値により試料容器を振動させる振動手段と
を備えることを特徴とする。
【0009】
ここで、振動数とは、試料容器の振動が単位時間当たりに繰り返される回数のことである。その値は、試料液の液面が試料容器内で共振するときの固有振動数又はそれに近い値に設定しておくことが望ましい。また、振動数の値は、上記試料容器の種類、試料容器内の試料液の量、試料液の種類の3種のパラメータの値に加えて、試料液の温度にも依存するようにしてもよい。
【0010】
前記条件入力手段は、前記パラメータの値を使用者に直接入力させるものに限らず、複数のパラメータの値の候補を使用者に提示して、使用者にパラメータの値を選択させるものであっても良い。また、予め前記パラメータの値と関連付けられた複数の分析メソッド候補を使用者に提示し、使用者に分析メソッドを選択させることにより前記パラメータの値を入力させるものであっても良い。
【0011】
前記振動数決定手段は、前記条件入力手段により入力されたパラメータの値に基づき、所定の演算を行って振動数を算出して決定するものとすることができる。また、予め前記パラメータの値と振動数とを関連付けたテーブルを内蔵しておき、前記条件入力手段により入力されたパラメータの値に基づき、前記テーブルから振動数を抽出して決定するものであっても良い。
【0012】
前記条件入力手段が予め複数のパラメータの値の候補を使用者に提示し、その中から使用者にパラメータの値を選択させるものである場合、パラメータの値の候補は細かく分けるのではなく、大まかな値を選択するようにしておくことが望ましい。例えば、試料容器の種類については、標準的に用意されている大/小又は大/中/小程度の区分とする。試料容器内の試料液の量についても、多/中/少の3段階や多/少の2段階にしてもよい。試料液の種類については、その粘度により区分することとし、高粘度/中粘度/低粘度や高粘度/低粘度程度の区分とすることが望ましい。試料液の温度についても、高温/中温/低温又は高温/低温程度の簡単な区分とすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るヘッドスペース試料採取装置では、条件入力手段により入力された、試料容器の種類、試料容器内の試料液の量、試料液の種類を含むパラメータの値に基づき、振動数決定手段が振動数を決定して、振動手段は前記振動数により試料容器を振動させる。このように試料容器や試料液に関するパラメータに基づいて振動数を定めることにより、平衡到達時間が短くなる振動条件を的確に設定することができる。また、試料容器内の試料液を固有振動数で振動させて共振させることにより、試料の液相及び気相の均一性をより効果的に高めることができ、平衡到達時間をより短くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施例であるヘッドスペース試料採取装置の概略構成図。
【図2】金属ブロックの平面図。
【図3】金属ブロックの角速度と時間の関係、及び、試料容器内の液面の様子を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施例であるヘッドスペース試料採取装置について図面を参照して説明する。本実施例のヘッドスペース試料採取装置10は、試料容器20に収容された試料液から揮発した試料ガスをシリンジ18により採取してガスクロマトグラフ装置へ導入するための装置である(図1参照)。装置にセットされる試料容器20は円筒状の内壁と平底を有する一般的なバイアルであり、その口はゴム製のセプタムで密栓されている。
【0016】
ヘッドスペース試料採取装置10は、複数の試料容器20を保持する金属ブロック11を有する。金属ブロック11の上面には、試料容器20が挿入される保持穴111が同一円周上に複数空けられている(図2参照)。金属ブロック11は各試料容器20を保持したまま回転軸112を中心に回転する。各保持穴111の底面には、後述するピン171が通過可能な貫通孔113が空けられている。
【0017】
貫通孔113は金属ブロック11の回転に伴って水平面内で公転する。その移動経路における所定位置の下方にはピン171が配置されており、ピン171はエアシリンダ17により上下する。エアシリンダ17上方の保持穴111に保持された試料容器20の更に上方にはシリンジ18が配置されており、シリンジ18は下方に突出したサンプリングニードル181を有する。
【0018】
金属ブロック11にはヒータ12が取り付けられている。ヒータ12は本実施例では金属ブロック11の外周に貼り付けられた面状ヒータであるが、金属ブロック11に内蔵させたコイル状ヒータ等であってもよい。
【0019】
金属ブロック11の中央下方には、回転軸112を介して金属ブロック11を回転させる駆動モータ13が配置されている。駆動モータ13の回転角は制御部14によって制御される。
【0020】
制御部14はCPUやメモリ等で構成され、所定のプログラムに基づいて駆動モータ13、エアシリンダ17、シリンジ18を制御するコンピュータであり、表示部15及び操作部16が接続されている。また、制御部14は、条件入力部141、振動数決定部142、を備えている。なお、前記駆動モータ13が本発明における振動手段に相当する。
【0021】
条件入力部141は、試料容器の種類、試料容器内の試料液の量、試料液の種類を含むパラメータの値を使用者に入力させる。パラメータの値を使用者に直接入力させる場合には、パラメータ入力画面を表示部15に表示し、操作部16により使用者にパラメータの値を入力させる。
【0022】
条件入力部141は、上記のようにパラメータの値を使用者に直接入力させるものに限らず、複数のパラメータの値の候補を使用者に提示し、その中から使用者にパラメータの値を選択させるものであっても良い。この場合、各パラメータの値の候補は細かく分けるのではなく、大まかな値を選択するようにしておくことが望ましい。例えば、試料容器の種類については、標準的に用意されている大/小又は大/中/小程度の区分とする。試料容器内の試料液の量についても、多/中/少の3段階や多/少の2段階にしてもよい。試料液の種類については、その粘度により区分することとし、高粘度/中粘度/低粘度や高粘度/低粘度程度の区分とすることが望ましい。更に、上記3種のパラメータに加え、試料液の温度も入力可能としてもよい。試料液の温度についても、高温/中温/低温又は高温/低温程度の簡単な区分とすることができる。このように使用者に大まかな値を選択させることにより操作性が向上する。
【0023】
また、条件入力部141は、予め前記パラメータの値と関連付けられた複数の分析メソッド候補を使用者に提示し、使用者に分析メソッドを選択させることにより前記パラメータの値を入力させるものであっても良い。さらに、分析メソッド候補は、使用する試料容器の種類、試料容器内に収容する試料液の量、試料液の種類を含むパラメータの値を規定するだけでなく、固有振動数をも規定するものとしても良い。なお、分析メソッドはJIS等で規定された標準的なものであってもよいし、使用者が独自に設定したものであってもよい。
【0024】
パラメータの値の候補や分析メソッド候補を使用者に選択させることによりパラメータの値を入力させる場合には、条件入力部141はパラメータの値の候補、あるいは分析メソッド候補を表示部15に表示し、操作部16により使用者にパラメータの値を選択させることによってパラメータの値を入力させる。
【0025】
条件入力部141にパラメータの値が入力されると、これに基づき、振動数決定部142は試料容器を振動させる振動数を設定する。振動数決定部142は、試料容器の種類、試料容器内の試料液の量、試料液の種類に関するパラメータの値を用いて、例えば以下の式により固有振動数ωnを決定する。
R・(ωn)2/g = kns・tanh(kns・h/R)
(Jn'(kns) = 0; n, s = 1, 2,…)
R: 円筒形容器の半径
h: 液深
g: 重力加速度
Jn: 第一種のn次ベッセル関数
Jn': Jnの導関数
kns: Jn'(kns) = 0の正の実根
上式は、円筒形容器内で水が液面振動(スロッシング)する場合の固有振動数ωnを算出する理論式である。
【0026】
振動数決定部142は、上記理論式より導き出された固有振動数の理論値を、そのまま試料容器を振動させる振動数として決定しても良いが、実際の実験結果や試料液の流体特性(動粘度等)を考慮して予め振動数決定部142に内蔵した補正係数等を用いて、固有振動数の理論値を補正した補正値を試料容器を振動させる振動数として決定しても良い。
【0027】
また、振動数決定部142は、条件入力部141により入力されたパラメータの値に基づき、理論式による演算を行って、その都度振動数を算出して決定するものとしても良いが、予め前記パラメータの値と振動数とを関連付けたテーブルを内蔵しておき、条件入力部141により入力されたパラメータの値に基づき、前記テーブルから振動数を抽出して決定するものとしても良い。
【0028】
なお、条件入力部141が分析メソッド候補を使用者に提示し、その中から選択させることによりパラメータの値を入力させる構成であって、分析メソッド候補が、使用する試料容器の種類、試料容器内に収容する試料液の量、試料液の種類を含むパラメータの値を規定するだけでなく、固有振動数をも規定するものである場合には、振動数決定部142は条件入力部141において選択された分析メソッドに規定された固有振動数を、そのまま試料容器を振動させる振動数として決定する。
【0029】
次に、ヘッドスペース試料採取装置10の動作について説明する。以下は、条件入力部141が分析メソッド候補を使用者に提示し、その中から使用者に分析メソッドを選択させる構成であって、分析メソッド候補が、使用する試料容器の種類、試料容器内に収容する試料液の量、試料液の種類を含むパラメータの値を規定するだけでなく、固有振動数をも規定する場合の一実施例である。
【0030】
まず使用者は、使用する分析メソッドの規定に従って所定量の試料液を試料容器20に封入し、試料容器20を金属ブロック11の保持穴111に挿入する。そして、使用者は、条件入力部141により表示部15に表示された分析メソッド候補の中から、操作部16を用いて使用する分析メソッドを選択する。
【0031】
本実施例では、分析メソッド候補に固有振動数が規定されているため、振動数決定部142は、この固有振動数をそのまま試料容器を振動させる振動数として決定する。そして、制御部14が駆動モータ13を駆動させ、ヒータ12で加熱されている金属ブロック11を上記固有振動数で振動させる。これにより、試料容器20内の試料液が容器内で共振する。この共振によって試料の液相及び気相の均一性を効果的に高めることができ、平衡到達時間を短くすることができる。
【0032】
本実施例では、制御部14は試料容器20内の試料液を振動させるために、金属ブロック11を一方向に間欠的に回転させる。具体的には、図3に示すように台形波状に角速度を変化させる。この場合、金属ブロック11が静止しているときには試料液の液面は水平であり(状態A)、この状態から金属ブロック11を回転させる(加速させる)と、試料液の液面が傾斜する(状態B)。角速度が所定値に達した後、その角速度を保って金属ブロック11を等速運動させると、液面が元の水平状態に戻りはじめ、或る時間経過後に水平になる(状態C)。液面が水平になった後は金属ブロック11を減速させる。このときは液面が逆方向に傾斜する(状態D)。そして、金属ブロック11を静止させると、液面が元の水平状態に戻りはじめ、或る時間経過後に水平になる(状態A’)。その後も同様に角速度を周期的に変化させ、試料液を状態A’、B’、C’、D’、A”…の順に変化させる。このような角速度変化の周期Tを、振動数決定部142で決定された固有振動数の逆数とすることにより、試料容器20内で試料液を共振させることができる。金属ブロック11の1周期の回転角は任意であるが、例えば60°〜90°とすることができる。
【0033】
制御部14は、金属ブロック11を所定時間振動させた後、金属ブロック11の回転角を制御して、サンプリングしようとする試料容器20をシリンジ18の直下(エアシリンダ17の直上)に移動させる。次に制御部14は、エアシリンダ17を駆動してピン171を貫通孔113に挿入し試料容器20を持ち上げ、試料容器20のセプタムにサンプリングニードル181を突き通す。この状態でシリンジ18を動作させて試料容器20のヘッドスペースに溜まった試料ガスを採取しガスクロマトグラフ装置に導入する。
【0034】
なお、上記実施例は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜変形や修正を行えることは明らかである。例えば、上記実施例では金属ブロック11を一方向に間欠的に回転させて試料容器20を振動させたが、往復回転させて試料容器20を振動させてもよい。また、角速度が連続的な曲線(例えば正弦曲線)を描くように金属ブロック11を回転させることにより、試料容器20を振動させてもよい。さらに、金属ブロック11を直線的に移動させて試料容器20を振動させてもよい。
【符号の説明】
【0035】
10…ヘッドスペース試料採取装置
11…金属ブロック
111…保持穴
112…回転軸
113…貫通孔
12…ヒータ
13…駆動モータ
14…制御部
141…条件入力部
142…振動数決定部
15…操作部
16…表示部
17…エアシリンダ
171…ピン
18…シリンジ
181…サンプリングニードル
20…試料容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 試料容器の種類、試料容器内の試料液の量、試料液の種類を含むパラメータの値を使用者に入力させる条件入力手段と、
b) 前記条件入力手段により入力されたパラメータの値に基づき、試料容器を振動させる振動数を決定する振動数決定手段と、
c) 前記振動数決定手段により決定された振動数の値により試料容器を振動させる振動手段と
を備えることを特徴とするヘッドスペース試料採取装置。
【請求項2】
前記振動数が、試料液の液面が試料容器内で共振するときの固有振動数であることを特徴とする請求項1に記載のヘッドスペース試料採取装置。
【請求項3】
前記条件入力手段が、試料容器の種類、試料容器内の試料液の量、試料液の種類を含む複数のパラメータ候補の値を使用者に提示し、使用者にパラメータの値を選択させるものであることを特徴とする請求項1又は2に記載のヘッドスペース試料採取装置。
【請求項4】
前記条件入力手段が、試料容器の種類、試料容器内の試料液の量、試料液の種類を含むパラメータの値と関連付けられた複数の分析メソッド候補を使用者に提示し、使用者に分析メソッドを選択させることにより前記パラメータの値を入力させるものであることを特徴とする請求項1又は2に記載のヘッドスペース試料採取装置。
【請求項5】
前記分析メソッド候補が更に試料容器を振動させる振動数と関連づけられており、前記条件入力手段が、使用者に分析メソッドを選択させることにより、前記パラメータの値として更に振動数の値を入力させるものであり、前記振動数決定手段が、前記条件入力手段により入力された振動数の値を試料容器を振動させる振動数として決定することを特徴とする請求項4に記載のヘッドスペース試料採取装置。
【請求項6】
前記振動数決定手段が、前記条件入力手段により入力されたパラメータの値を元に、所定の演算を行うことにより、振動数を算出して設定するものであることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のヘッドスペース試料採取装置。
【請求項7】
前記振動数決定手段が、前記パラメータの値と振動数とを関連付けたテーブルを内蔵し、前記条件入力手段により入力された情報を元に、前記テーブルから振動数を抽出することにより、振動数を設定するものであることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のヘッドスペース試料採取装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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