説明

ヘテロポリ酸の分離方法

【課題】水の存在下においてヘテロポリ酸と単糖類とを分離する方法を提供する。
【解決手段】単糖類とヘテロポリ酸と水とを含む混合物から、直鎖のC2-4-アルキルエチルエーテル及び直鎖又は分岐鎖のC6-12-アルコールからなる群から選択される有機溶媒を用いて、単糖類とヘテロポリ酸とを分離する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水の存在下においてヘテロポリ酸と単糖類とを分離する方法に関する。特に、セルロースを加水分解した反応混合物からヘテロポリ酸と単糖類とを分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車などの燃料として化石燃料が使用されてきたが、化石燃料は燃焼の際にCO2を発生させ、これが地球温暖化に影響を与えるとして世界的に問題となっている。このような背景の下、カーボンニュートラルな燃料として植物由来のバイオエタノールが近年使用されてきているが、現状のバイオエタノールは砂糖や澱粉などの食糧から合成されており、発展途上国における食糧不足を引き起こすなどの問題を抱えている。
【0003】
一方、燃料と食糧が競合しない大量の未利用バイオマス資源(例えば、セルロース)を原料してバイオエタノールを製造する方法も研究されている。例えば、セルロースを硫酸で加水分解して糖を生成し、これを発酵させてセルロースを製造する方法が知られている。しかし、硫酸とセルロースの分解により生じた糖とは水に対して同等の溶解度を示すために分離が困難である。
【0004】
特許文献1及び特許文献2では、硫酸の代わりにヘテロポリ酸を使用してセルロースの加水分解を行っている。加水分解後には反応混合物から水を除去し、その後にヘテロポリ酸とグルコースとの分離を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−271787号公報
【特許文献2】特開2009−60828号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の方法論では水の存在下において酸と単糖類とを分離することは困難であった。そこで本発明は、水の存在下においてヘテロポリ酸と単糖類とを分離する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明者らは鋭意検討した結果、ヘテロポリ酸と単糖類とを含む水溶液を特定の有機溶媒で処理することで当該課題を解決できることを見出した。
【0008】
即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)単糖類とヘテロポリ酸と水とを含む混合物から、直鎖のC2-4-アルキルエチルエーテル及び直鎖又は分岐鎖のC6-12-アルコールからなる群から選択される有機溶媒を用いて、単糖類とヘテロポリ酸とを分離する方法。
(2)有機溶媒がn-ブチルエチルエーテル、ジエチルエーテル、2-エチル-1-ヘキサノール、1-オクタノール、2-オクタノール及びノナノールからなる群から選択される、(1)に記載の方法。
(3)単糖類がグルコースである、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)混合物がセルロースとヘテロポリ酸とを反応させることにより得られる混合物である、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)へテロポリ酸がリンタングステン酸である、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、水の存在下においてもヘテロポリ酸と単糖類とを分離することができる。そのため、分離工程の前に水を除去する工程を必要とせず、簡便な操作で実施することができる。また、分離したヘテロポリ酸は再利用することができ、コストの削減にも貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】へテロポリ酸を使用したセルロースの糖化反応の結果を経時的に示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.単糖類
単糖とは、それ以上加水分解できない糖である。本発明における単糖類とは公知の全ての単糖を意味し、例えば、エリトロース、トレオース、リボース、リキソース、キシロース、アラビノース、アロース、タロース、グロース、グルコース、アルトロース、マンノース、ガラクトース、イドース、エリトルロース、キシルロース、リブロース、プシコース、フルクトース、ソルボース、タガトースなどを挙げることができる。本発明において単糖とは好ましくはグルコースを意味する。
【0012】
本発明において分離する単糖類とは1種の単糖であっても、2種以上の単糖の組み合わせであってもよい。好ましくは、セルロースを加水分解することにより生じるグルコースを意味する。使用するセルロース原料によっては、その他の単糖類もわずかに生じる可能性があるが、これらも本発明の範囲に含まれる。
【0013】
2.へテロポリ酸
ヘテロポリ酸とは、2種以上のオキソ酸が縮合した多核構造のポリ酸である。本発明におけるヘテロポリ酸とは公知の全てのヘテロポリ酸を意味し、例えば、リンタングステン酸、ケイタングステン酸、リンモリブデン酸、リンモリブデン酸ナトリウム、リンタングストモリブデン酸、リンバナドモリブデン酸などを挙げることができる。本発明においてヘテロポリ酸とは好ましくはリンタングステン酸を意味する。本発明によれば1種のヘテロポリ酸であっても、2種以上のヘテロポリ酸の組み合わせであっても単糖類と分離することができる。
【0014】
ヘテロポリ酸は結晶水を含むが、本発明によれば水の存在下においてヘテロポリ酸と単糖類とを分離することができるため、当該結晶水が本発明において問題となることはない。
【0015】
ヘテロポリ酸は以下に記載する分離用有機溶媒を使用することにより単糖類を含む水溶液中から分離することができる。分離したヘテロポリ酸は再利用することができる。例えば、セルロースの加水分解用触媒などとして再利用することができる。
【0016】
3.分離用有機溶媒
本発明によれば特定の有機溶媒を使用することで水の存在下において単糖類とヘテロポリ酸とを分離することができる。具体的にはヘテロポリ酸を溶解するが、単糖類を溶解しない有機溶媒を使用することができる。例えば、直鎖のC2-4-アルキルエチルエーテル及び直鎖又は分岐鎖のC6-12-アルコールを使用することができる。好ましくは、n-ブチルエチルエーテル、ジエチルエーテル、2-エチル-1-ヘキサノール、1-オクタノール、2-オクタノール及びノナノールを使用することができる。これらの有機溶媒は単独でも2種以上を組み合わせても使用することができる。単糖類及びヘテロポリ酸の種類に応じてこれらの有機溶媒を選択又は組み合わせることができ、その他の一般的に知られている有機溶媒を本発明の効果を損なわない範囲で加えることもできる。
【0017】
4.混合物
本発明における混合物とは、単糖類とヘテロポリ酸と水とを含む混合物を意味する。混合物中に含まれる水としては、溶媒としての水、ヘテロポリ酸の結晶水、及び単糖類の原料となる植物資源などに含まれている水などが意図される。
【0018】
本発明の一態様において、混合物とはセルロースとヘテロポリ酸とを反応させた反応混合物である。この反応ではヘテロポリ酸の結晶水がセルロースの加水分解に使用され、混合物中にはヘテロポリ酸、セルロースの加水分解物であるグルコース、ヘテロポリ酸の結晶水が含まれる。セルロースに含まれる水分が加水分解に使用されることも考えられる。この混合物の場合、生成したグルコースは混合物中に含まれる水中に溶解している。
【0019】
本発明の別の態様において、混合物とは水を溶媒とし、セルロースとヘテロポリ酸とを反応させた反応混合物である。
ヘテロポリ酸は水に可溶性であるため、混合物中に水が存在する場合にはヘテロポリ酸及び単糖類は共に水中に溶解して存在する。
【0020】
本発明の混合物としては、例えば、ヘテロポリ酸と単糖類の原料となる資源とを反応させたものが挙げられる。例えば、当該資源としては、廃木材、稲藁、雑草、古紙、サトウキビ、トウモロコシ、バガスなどを使用することができるが、これらに限定されない。
【0021】
5.分離操作
上記混合物を分離用有機溶媒で抽出することにより、ヘテロポリ酸のみを分離することができる。ヘテロポリ酸の抽出は室温条件下において行うことが好ましい。
分離操作に用いられる分離用有機溶媒の量に制限はないが、混合物中に含まれるヘテロポリ酸を室温条件下において溶解することができる最小の溶媒量(g)(以下「最小溶解溶媒量」という)の2〜4倍量、特に3〜4倍量の分離用有機溶媒を使用することが好ましい。
一度抽出した混合物の残液を再度分離用有機溶媒で抽出することにより、ヘテロポリ酸の抽出率を高めることができる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0023】
実施例1:三角フラスコを用いたヘテロポリ酸によるセルロースの糖化試験
リンタングステン酸(30 g)を溶融し、セルロース粉末(0.5 g)を添加した。これを撹拌しながら加熱反応させた。反応の0分後、5分後、30分後、及び45分後の試料に水を添加し、遠心分離及びフィルター濾過をした。上澄み液を液体クロマトグラフィー(HPLC法)により糖分析した。
【0024】
測定条件:
HPLCシステム: HEWLETT PACKARD HP Series 1100
ガードカラム:(株)島津製作所製 SHIM-PACK SPR-PB(G)
商品コード:P/N 228-35841-95
カラム :(株)島津製作所製 SHIM-PACK SPR-PB
商品コード:P/N 228-35840-95
試料注入量 : 2μL
分析温度 : 80℃
検出器(RID) : Agilent Technologies製 Agilent Technologies Series 1200
検出温度 : 40℃
キャリアー液: 水
分析時流速 : 0.6mL/min
実施時間 : 23分
【0025】
結果:
図1に示すように、グルコースとキシロースが検出された。反応45分経過後のグルコース及びキシロースの生成量がそれぞれ約13g/L及び3g/Lであった。
【0026】
実施例2:溶解度測定試験及び分離用有機溶媒の選定
(i)リンタングステン酸の溶解度測定試験
室温条件下においてリンタングステン酸を有機溶媒に添加した。リンタングステン酸が溶解しなくなるまで添加し、添加されたリンタングステン酸の全量により溶解度を計算した。得られた溶解度を表1に示す。
【0027】
(ii)グルコースの溶解度測定試験
室温条件下においてグルコースを有機溶媒に添加した。グルコースが溶解しなくなるまで添加し、添加されたグルコースの全量により溶解度を計算した。得られた溶解度を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
結果:
ジブチルエーテル、n-ブチルエチルエーテル及びジエチルエーテルの3種類のエーテル、並びに2-エチル-1-ヘキサノール、1-オクタノール、2-オクタノール及びノナノールの4種類のアルコールがリンタングステン酸とグルコースとを分離するのに有望であった。
【0030】
実施例3:有機溶媒と水へのリンタングステン酸の分配比測定試験
粉末のリンタングステン酸に有機溶媒を最小溶解溶媒量の2〜4倍量で添加した(実施例2を参照)。撹拌し、静置した後に各層を分離した。各層から1 mLずつサンプリングし、遠心濃縮機により試料を乾燥させた。乾いた検体をICP(Inductively Coupled Plasma)質量分析器で分析した。水層を特定するために各層に水を溶かした。結果を表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
結果:
n-ブチルエチルエーテルの第3層から97%、ジエチルエーテルの第2層から99.4%のリンタングステン酸が検出された。2-エチル-1-ヘキサノール、2-オクタノール、ノナノール及び1-オクタノールの第1層からそれぞれ97.3%、97.9%、96.3%及び97.7%のリンタングステン酸が検出された。リンタングステン酸の大部分が検出された上記の層は全て有機溶媒層である。
【0033】
実施例4:有機溶媒と水へのリンタングステン酸の分配比測定試験
リンタングステン酸の飽和水溶液に有機溶媒を最小溶解溶媒量の2〜4倍量で添加した(実施例2を参照)。撹拌し、静置した後に各層を分離した。各層から1 mLずつサンプリングし、遠心濃縮機により試料を乾燥させた。乾いた検体をICP質量分析器で分析した。水層を特定するために各層に水を溶かした。結果を表3に示す。
【0034】
【表3】

【0035】
結果:
n-ブチルエチルエーテルの第3層から94.8%、ジエチルエーテルの第3層から98.5%のリンタングステン酸が検出された。2-エチル-1-ヘキサノール、2-オクタノール、ノナノール及び1-オクタノールの第2層からそれぞれ98.1%、97.7%、97.3%及び97.3%のリンタングステン酸が検出された。リンタングステン酸の大部分が検出された上記の層は全て有機溶媒層である。
【0036】
実施例5:グルコースの分配比測定試験
リンタングステン酸(30 g)を含む飽和水溶液にn-ブチルエチルエーテル(26.67 mL)を添加した。撹拌し、静置した後に各層を分離した。各層にグルコースが溶解しなくなるまで添加した。溶解したグルコースの量からn-ブチルエチルエーテルへのグルコースの溶解度を計算した。結果を表4に示す。
【0037】
【表4】

【0038】
結果:
第2層(水層)に97.7%のグルコースが溶解し、第3層(有機層)に94.8%のリンタングステン酸が溶解した。
【0039】
実施例6:リンタングステン酸及びグルコースの分配比測定試験(加熱実験)
30水和物相当のリンタングステン酸(30 g)とグルコース(5 g)を混合し、加熱した後に、選定した各種の有機溶媒を最小溶解溶媒量の3倍量(体積比)で添加した。撹拌し、静置した後、各層を分離した。遠心濃縮機で試料を乾燥させ、乾いた検体中のリンタングステンの含有量をICP質量分析器で分析し、グルコースの含有量を液体クロマトグラフィーで分析した。結果を表5及び表6に示す。
【0040】
【表5】

【0041】
【表6】

【0042】
結果:
n-ブチルエチルエーテル及びジエチルエーテルの第3層(有機層)からそれぞれ89.7%及び98.3%のリンタングステン酸が検出され、第2層(水層)から共に100%のグルコースが検出された。
【0043】
2-オクタノール及び1-オクタノールの第1層(有機層)からそれぞれ98.3%及び96.9%のリンタングステン酸が検出され、第2層(水層)から共に100%のグルコースが検出された。
【0044】
実施例7:リンタングステン酸及びグルコースの分配比測定試験(加熱実験)
30水和物相当のリンタングステン酸(30 g)を含む飽和水溶液とグルコース(5 g)を混合し、加熱した後に、選定した各種の有機溶媒を最小溶解溶媒量の3倍量(体積比)で添加した。撹拌し、静置した後、各層を分離した。遠心濃縮機で試料を乾燥させ、乾いた検体中のリンタングステンの含有量をICP質量分析器で分析し、グルコースの含有量を液体クロマトグラフィーで分析した。結果を表7及び表8に示す。
【0045】
【表7】

【0046】
【表8】

【0047】
結果:
n-ブチルエチルエーテル及びジエチルエーテルの第3層(有機層)からそれぞれ91.0%及び98.3%のリンタングステン酸が検出され、第2層(水層)から共に100%のグルコースが検出された。
【0048】
2-エチル-1-ヘキサノール、2-オクタノール、ノナノール及び1-オクタノールの第1層(有機層)からそれぞれ94.5%、98.1%、97.0%及び96.8%のリンタングステン酸が検出され、第2層(水層)からいずれも99%以上のグルコースが検出された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単糖類とヘテロポリ酸と水とを含む混合物から、直鎖のC2-4-アルキルエチルエーテル及び直鎖又は分岐鎖のC6-12-アルコールからなる群から選択される有機溶媒を用いて、単糖類とヘテロポリ酸とを分離する方法。
【請求項2】
有機溶媒がn-ブチルエチルエーテル、ジエチルエーテル、2-エチル-1-ヘキサノール、1-オクタノール、2-オクタノール及びノナノールからなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
単糖類がグルコースである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
混合物がセルロースとヘテロポリ酸とを反応させることにより得られる混合物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
へテロポリ酸がリンタングステン酸である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−19(P2011−19A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−144355(P2009−144355)
【出願日】平成21年6月17日(2009.6.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】