説明

ヘパリン製剤

【課題】加熱時や保存時の安定性に優れ、着色が抑制されたヘパリン製剤、およびヘパリン製剤の安定化・着色抑制方法の提供。
【解決手段】ヘパリンまたはその塩と、トリスヒドロキシメチルアミノメタンまたはその酸付加塩と、グルコン酸またはその塩とを含有することを特徴とするヘパリン製剤、ヘパリン製剤の安定化方法および・着色抑制方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヘパリン製剤、その安定化方法および着色抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘパリンは、D−グルコサミン、D−グルクロン酸およびL−イズロン酸から成る多糖のN−硫酸、N−アセチルおよびO−硫酸置換体であり、はじめイヌの肝から見いだされたが、小腸や肺に多く、皮膚や胸腺その他にも存在する。市販品は腸由来のものが多く、分子量は7000〜25000程度である。臨床的にはヘパリンの抗血液凝固活性と脂血清澄活性が利用されている。
【0003】
ヘパリンの塩としては、ナトリウム塩、カルシウム塩などが知られており、医薬品として使用されている。ナトリウム塩は日本薬局方品である。ヘパリンナトリウム注射液は1000単位/mlのヘパリンナトリウムを含有するガラスバイアル注射剤で、無色〜淡黄色澄明の水性のものであり、pHは5.5〜8.0、生理食塩液に対する浸透圧比は約1等の性状を有する。ヘパリンロック用プレフィルドシリンジ製剤は10または100単位/mlのヘパリンナトリウムをあらかじめシリンジに充填した製剤で、無色〜淡黄色澄明の水性のものであり、pHは5.5〜8.0、浸透圧比は約1等の性状を有する。透析専用ヘパリン製剤は250または500単位/mlのヘパリンナトリウムを含有するガラスバイアルまたはプレフィルド製剤で、無色〜淡黄色澄明の水性のものであり、pHは5.5〜7.5、浸透圧比は0.9〜1.1等の性状を有する。ヘパリンカルシウム注射液は1000または25000単位/mlのヘパリンカルシウムを含有するガラスバイアルまたはプレフィルド注射剤で、無色〜淡黄色澄明の水性のものであり、pHは6.0〜8.0、浸透圧比は約1等の性状を有する。
【0004】
ヘパリン水溶液は空気中の炭酸ガスの吸収等によりpHが6よりも低くなると、加水分解によりヘパリンの硫酸基が離脱して、これがさらにpHを低下させ加水分解を加速する。ヘパリンの硫酸基が離脱するとその生理活性も低下してしまう。特に、ヘパリンカルシウム注射液の様な高濃度のヘパリン溶液や、ポリプロピレン、ポリエチレン等のガス透過性のあるプラスチック容器や注射筒にあらかじめヘパリン水溶液を充填したいわゆるプレフィルドタイプの製剤では、pH低下および活性の低下が問題となる。
【0005】
また、従来のヘパリン水溶液は加熱処理、例えば高圧蒸気滅菌により、pH低下、活性の低下あるいは着色をおこすため、上記製剤は間歇滅菌あるいはろ過滅菌および/または防腐・保存剤としてベンジルアルコール、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル等の保存剤を添加しているものがある(例えば、ヘパリンナトリウム1000単位/mlのガラスバイアル製剤であるヘパリンナトリウム注−Wf(ニプロファーマ(株)製造、三菱ウェルファーマ(株)販売)、ヘパリンナトリウム注「味の素」(味の素ファルマ(株)製造販売))。ベンジルアルコールは、ブチルゴム栓に吸着することからテフロン(登録商標)等で塗被されたゴム栓を使用する必要があり、光により分解されることから遮光下で製剤を保存する必要がある(非特許文献1)。
【0006】
近年、肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)の予防ガイドライン(非特許文献2)において、深部静脈血栓症の予防に5000単位のヘパリンを8もしくは12時間ごとに皮下注射する方法が推奨されている。皮下投与の場合、一般的に1回の投与容量は少ない方が患者に対する苦痛や吸収性の面で良いと考えられていることから、上記予防法に使用するヘパリン製剤は高濃度少容量が望ましい。また、投与準備の手間を省き、誤投与や薬物の汚染を防ぐ目的で、1回使いきりのユニットドーズタイプのプレフィルドシ
リンジが好ましい。しかしながら、既存製剤がこれらの条件を満足させ、かつ十分な安定性を有するものであるか否かは不明である。
【0007】
ヘパリンまたはその塩に、クエン酸、リン酸、炭酸あるいはトリスヒドロキシメチルアミノメタン(以下、トリスと略称し、特にことわらない限りその酸付加塩を包含するものとする)またはそれらの塩を配合することにより、上記防腐・保存剤を添加しないで長期保存安定化できる旨の開示があり、実施例として低濃度(100または1000単位/ml)のヘパリンナトリウムにクエン酸ナトリウム、リン酸緩衝液あるいは炭酸水素ナトリウムを1mMの濃度で配合した水溶性製剤が開示されている(特許文献1)。
また、ヘパリンに乳酸カルシウムを配合することにより、ヘパリン溶液の安定化が図れる旨の開示がある(特許文献2)。この文献の実施例1には、乳酸カルシウムの代わりにグルコン酸カルシウムを配合したヘパリン溶液は、慣用の滅菌処理において、ヘパリンの濃度およびpHの有意な減少を防止し得なかったとの記載がある。
なお、医薬品としては、例えば、低濃度(10〜1000単位/ml)のヘパリンナトリウムにクエン酸ナトリウム、リン酸水素ナトリウムあるいは炭酸水素ナトリウムを配合して上記防腐・保存剤を添加していない水溶性製剤が市販されている(例えば、ヘパリンNaロック100シリンジ(ニプロファーマ(株)製造、三菱ウェルファーマ(株)販売)、ヘパリンナトリウム注N「味の素」(味の素ファルマ(株)製造販売)、ペミロック(登録商標)100単位/mLシリンジ(大洋薬品工業(株)製造、味の素ファルマ(株)販売))。
【0008】
しかしながら、従来公知の文献等には、ヘパリン製剤にトリスおよびグルコン酸またはその塩を配合することによるヘパリン製剤の安定化、着色抑制に関する開示はなく、とりわけ、高濃度(例えば5000単位/ml以上)のヘパリン製剤の安定化、着色抑制に関する開示はない。
【0009】
【非特許文献1】医薬品添加物ハンドブック、丸善株式会社、1988年、P316
【非特許文献2】肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)の予防ガイドライン ダイジェスト版、メディカル フロント インターナショナル リミテッド、2004年、p7
【特許文献1】特開2002−104976号公報
【特許文献2】特表平4−507108号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、ヘパリンまたはその塩の種類、濃度にかかわらず、また、ヘパリン製剤の容器の材質、形状にかかわらず加熱時や保存時にも安定性に優れ、または着色が抑制されたヘパリン製剤およびその安定化方法および着色抑制方法を提供することにある。
また、本発明の課題は、皮下投与にも使用可能な高濃度少容量の十分安定化および着色抑制されたヘパリン製剤、特に1回使いきりのユニットドーズタイプのプレフィルドシリンジ製剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、トリスまたはその酸付加塩と、グルコン酸またはその塩とを配合することにより、ヘパリンまたはその塩の種類、濃度にかかわらず、また、ヘパリン製剤の容器の材質、形状にかかわらず加熱時にも保存時にも安定性に優れ、または着色が抑制されたヘパリン製剤を調製できることを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、
(1)少なくともヘパリンまたはその塩と、トリスと、グルコン酸またはその塩とを含有することを特徴とするヘパリン製剤である。
【0012】
具体的には、
(2)ヘパリンの塩がヘパリンカルシウムである上記(1)に記載のヘパリン製剤、
(3)ヘパリンまたはその塩の濃度が5000ないし50000国際単位/mlである上記(1)または(2)に記載のヘパリン製剤、
(4)pHが6〜8である上記(1)ないし(3)のいずれかに記載のヘパリン製剤、
(5)グルコン酸の塩がグルコン酸カルシウムである上記(1)ないし(4)のいずれかに記載のヘパリン製剤、
(6)さらに水酸化カルシウムを含有することからなる上記(1)ないし(5)のいずれかに記載のヘパリン製剤、
(7)保存剤を含有しない上記(1)ないし(6)のいずれかに記載のヘパリン製剤、
(8)医薬組成物である上記(1)ないし(7)のいずれかに記載のヘパリン製剤である。
【0013】
また、本発明は、
(9)ヘパリンまたはその塩と、トリスと、グルコン酸またはその塩とを併存させることを特徴とするヘパリン製剤の安定化方法、
(10)安定化が加熱時および/または保存時のpH低下抑制、ヘパリン活性低下抑制または不溶物形成抑制の少なくとも1つである上記(9)に記載の安定化方法、
(11)ヘパリンまたはその塩と、トリスと、グルコン酸またはその塩とを併存させることを特徴とするヘパリン製剤の着色抑制方法である。
また、本発明は、
(12)上記(1)ないし(8)のいずれかに記載のヘパリン製剤を充填したプレフィルドシリンジである。
また、本発明は、
(13)少なくともヘパリンまたはその塩と、トリスおよび/またはグルコン酸カルシウムとを含有することを特徴とするヘパリン製剤である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ヘパリンまたはその塩の種類、濃度にかかわらず、また、ヘパリン製剤の容器の材質、形状にかかわらず加熱時や保存時に安定性に優れ、または着色が抑制されたヘパリン製剤を提供することができる。さらに詳細には、加熱、保存、光、振動等によるヘパリン製剤のpH低下、ヘパリン活性の低下、不溶物の形成あるいは着色の少なくとも1つ以上を抑制することができる。すなわち、加熱滅菌、例えば高圧蒸気滅菌が可能で、従来のヘパリン製剤のように保存剤・防腐剤を配合しなくても、また必ずしも遮光を必要としないで、室温で長期間保存安定な、または着色が抑制されたヘパリン製剤を提供することができる。
また、皮下投与にも使用可能な高濃度少容量の十分安定化および着色抑制されたヘパリン製剤、更には1回使いきりのユニットドーズタイプのプレフィルドシリンジ製剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明の第一の態様は、少なくともヘパリンまたはその塩と、トリスと、グルコン酸またはその塩とを含有することを特徴とするヘパリン製剤である。
本発明のヘパリンは公知のものを使用できる。ヘパリンの塩としては、ナトリウム塩、カルシウム塩などが例示される。ヘパリンナトリウムは例えば健康な食用獣の肝、肺、腸粘膜から得たもので、白色〜帯灰褐色の粉末または粒で、においはない、水にやや溶けやすく、エタノールまたはジエチルエーテルにはほとんど溶けない、吸湿性である、等の性状を有するものであればよい。ヘパリンカルシウムは例えば健康なブタの腸粘膜から得た
もので、白色〜帯灰褐色の粉末で、においはない、水に溶けやすい、等の性状を有するものであればよい。ヘパリンの調製は公知の方法に準じて行われる。例えば、日本薬局方に開示された方法等が利用できる。ナトリウム塩は日本薬局方収載品として、カルシウム塩はイギリス薬局方収載品あるいは例えば、カーボマー社(CarboMer Inc.)製、煙台東誠生化有限公司(Yantai Dongcheng Biochemicals Co. Ltd.)製として入手可能である。
【0016】
また、本発明のヘパリンとしては低分子ヘパリンも例示される。このものはウシまたはブタ腸粘膜由来のヘパリンを過酸化水素と硫酸第二銅等により分解して得られた解重合ヘパリンであり、例えば一般名パルナパリン(平均分子量4500〜6500)、ダルテパリン(平均分子量約5000)、ダナパロイド(平均分子量約5500)、レビパリン(平均分子量約4000)、エノキサパリン(平均分子量約4500)およびチンザパリン(平均分子量約5500〜7500)等である。
本発明においてヘパリン単位は、特にことわらない限り国際単位(IU)で表記している。なお、IUとアメリカのヘパリン単位であるUSP−Uとの関係は、1IU≒0.877USP−Uである。
本発明のヘパリン製剤としては、製薬学的に許容されるヘパリン含有溶液、用時溶解して用いるヘパリン含有固形製剤(粉末製剤、凍結乾燥製剤、等)、等が例示され、溶液が好ましい。
本発明のヘパリン製剤、あるいは当該製剤を溶解した溶液におけるヘパリンまたはその塩の濃度としては10〜50000単位/ml程度、好ましくは1000〜50000単位/ml程度、さらに好ましくは5000〜50000単位/mlが例示される。
【0017】
溶媒としては水が好ましいが、ヘパリン活性を阻害しない程度の他の溶媒、例えばアルコール等の有機溶媒を添加することもできる。
本発明のヘパリン製剤、あるいは当該製剤を溶解した溶液のpHとしては、好ましくは6〜8程度が例示される。pH6以上の緩衝能を持たせることにより、本発明のヘパリン製剤の安定性を確保・改善することができる。具体的には、本発明のヘパリン製剤、あるいは当該製剤を溶解した溶液のpHを6以上に調整でき、当該pHで緩衝能を有し、かつ、難水溶性のカルシウム塩を形成しない公知の緩衝剤を適当量配合することができる。
トリスは、例えばトリス塩酸塩が好ましく、ヘパリンまたはその塩の濃度が10〜50000単位/ml程度の場合、その添加濃度としては25〜200mM程度、好ましくは40〜100mM程度、さらに好ましくは50〜100mM程度が例示される。別の好ましい態様として、ヘパリンまたはその塩の濃度が5000〜50000単位/ml程度の場合、トリス塩酸塩を、その添加濃度として10〜200mM程度、好ましくは20〜100mM程度、さらに好ましくは20〜60mM程度含むものが例示される。グルコン酸またはその塩は、例えばグルコン酸カルシウムが好ましく、ヘパリンまたはその塩の濃度が10〜50000単位/ml程度の場合、その添加濃度としては、7〜66mM程度、好ましくは22〜56mM、さらに好ましくは22〜35mM程度が例示される。別の好ましい態様として、ヘパリンまたはその塩の濃度が5000〜50000単位/ml程度の場合、グルコン酸カルシウムを、その添加濃度として7〜66mM程度、好ましくは7〜56mM、さらに好ましくは7〜35mM程度含むものが例示される。
トリスとグルコン酸またはその塩との組合せとしては、例えば、トリス塩酸塩とグルコン酸カルシウムとの組合せが好ましく、ヘパリンまたはその塩、好ましくはヘパリンカルシウムの濃度が5000〜50000単位/ml程度の場合、各々の添加濃度としては、トリス塩酸塩10〜200mM程度とグルコン酸カルシウム7〜66mM程度、好ましくはトリス塩酸塩20〜100mM程度とグルコン酸カルシウム7〜56mM程度、さらに好ましくは、トリス塩酸塩20〜60mM程度とグルコン酸カルシウム7〜35mM程度との組合せが例示される。
【0018】
本発明の第二の態様は、ヘパリンまたはその塩と、トリスと、グルコン酸またはその塩
とを併存させることを特徴とするヘパリン製剤の安定化方法である。ヘパリン製剤の安定化とは、加熱、保存、光、振動等によるヘパリン製剤のpH低下、ヘパリン活性の低下あるいは不溶物の形成の少なくとも1つ以上を抑制することである。
【0019】
本発明の第三の態様は、ヘパリンまたはその塩と、トリスと、グルコン酸またはその塩とを併存させることを特徴とするヘパリン製剤の着色抑制方法である。ヘパリン溶液の着色抑制とは、溶液状態で無色〜淡黄色澄明であれば良く、さらに波長400nmにおける1cm長の吸光度(以下、OD400nmと略記する)が0.3以下であることが好ましい。
本発明の第二の態様および第三の態様のヘパリン製剤におけるヘパリンまたはその塩の種類・濃度、剤形、溶媒、pH、トリスおよびグルコン酸またはその塩の添加濃度等の好ましい態様は上記の第一の態様と同様である。
【0020】
本発明の第四の態様は、少なくともヘパリンまたはその塩と、トリスと、グルコン酸またはその塩と、水酸化カルシウムとを含有することを特徴とするヘパリン製剤である。ヘパリンまたはその塩の濃度が10〜50000単位/ml程度の場合、水酸化カルシウムの添加濃度としては、2.8〜49mM程度、好ましくは2.8〜16mM程度が例示される。
本発明の第四の態様のヘパリン製剤におけるヘパリンまたはその塩の種類・濃度、剤形、溶媒、pH、トリスおよびグルコン酸またはその塩の添加濃度等の好ましい態様は上記の第一の態様と同様である。
【0021】
本発明の第五の態様は、少なくともヘパリンまたはその塩と、トリスと、グルコン酸またはその塩とを含有することを特徴とするヘパリン製剤を充填したプレフィルドシリンジである。
本発明の第五の態様のプレフィルドシリンジにおけるヘパリンまたはその塩の種類・濃度、剤形、溶媒、pH、トリスおよびグルコン酸またはその塩の添加濃度等の好ましい態様は上記の第一の態様と同様である。
【0022】
トリスおよびグルコン酸またはその塩あるいは水酸化カルシウムは、ヘパリンまたはその塩(ヘパリン粉末)と同時に溶解してもよいし、ヘパリン粉末を溶解する前か後かのいずれかに添加してもよい。ヘパリン粉末溶解後にトリスおよびグルコン酸またはその塩あるいは水酸化カルシウムを添加する場合は、少なくとも加熱滅菌する前でヘパリン溶解後数時間以内が例示される。
ヘパリン粉末溶解前あるいは溶解後に溶液のpHを水酸化ナトリウムや水酸化カルシウム等のpH調整剤で10以上に調整した後、トリスおよびグルコン酸またはその塩あるいは水酸化カルシウムを添加し、塩酸等のpH調整剤でpHを6〜8程度に調整することもできる。また、調製時には調製液を窒素にてバブリングすることもできる。
【0023】
本発明のヘパリン製剤およびその安定化方法では、ヘパリン製剤にトリスおよびグルコン酸またはその塩あるいはさらに水酸化カルシウムを配合することにより、ヘパリン製剤の安定性を確保・改善することができる。
また、本発明のヘパリン製剤およびその着色抑制方法では、トリスおよびグルコン酸またはその塩もしくはさらに水酸化カルシウムを配合することにより、ヘパリン製剤の着色を抑制することができる。
【0024】
本発明のヘパリン製剤には、さらに抗酸化剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、吸着防止剤、防腐剤、保存剤から選ばれる少なくとも1種を含有させることもでき、疼痛抑制剤、局所麻酔剤、組織障害抑制剤の1種以上を含有させてもよい。抗酸化剤の添加は、トリスおよびグルコン酸またはその塩あるいは水酸化カルシウムによるヘパリン製剤の着色
抑制効果を増強するため好ましい。抗酸化剤として、還元性を有する亜硫酸塩類、例えば亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、二亜硫酸塩、チオ硫酸塩のナトリウム塩、カリウム塩が例示される。等張化剤としては、例えば塩化ナトリウム等の塩類やブドウ糖等の糖類を添加してもよい。浸透圧比は生理学的に許容される程度であればよく、好ましくは約0.9〜1.1程度が例示される。グルコン酸カルシウムは66mM程度配合することにより、塩化ナトリウムを添加しないで浸透圧比を約1とすることができるため、高血圧症や腎機能不全患者等のナトリウム摂取制限のある患者にとって好ましい。pH調節剤としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化カリウム、塩酸等を添加してもよい。
【0025】
こうして調製された本発明のヘパリン製剤は、加熱時(例えば高圧蒸気滅菌)、長期保存(例えば室温で3年間保存)時、光被爆(例えば非遮光で3年間)時、振動(例えば数時間〜数ヶ月の輸送)時等の安定性、または難着色性に優れている。
本発明のヘパリン製剤では加熱滅菌処理を施すことが可能となり、無菌性の保証された安全な製剤を提供することができ、保存剤・防腐剤を配合しないで室温長期保存が可能となる。加熱滅菌処理の具体的な方法としては、高圧蒸気滅菌などが挙げられる。高圧蒸気滅菌時の安定性または難着色性については、上記の安定化剤または着色抑制剤の配合により確保されている。高圧蒸気滅菌の好適条件としては、温度105〜130℃、時間1〜60分間程度が例示される。
【0026】
従来のヘパリン製剤で配合されている保存剤・防腐剤、例えばベンジルアルコール、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル等の添加量を減じるあるいは非添加で医薬品として使用することができる。
また、本発明のヘパリン製剤は室温での長期保存安定性および光被曝に対する安定性または難着色性があるため、遮光せずに室温で保管した場合でもヘパリンは安定に保たれ、また、目立った着色も認められないことから保存時の管理が容易である。
【0027】
本発明のヘパリン製剤の医薬品の効能効果としては、汎発性血管内血液凝固症候群の治療、血液透析・人工心肺その他の体外循環装置使用時の血液凝固の防止、血管カテーテル挿入時の血液凝固の防止、輸血及び血液検査の際の血液凝固の防止、血栓塞栓症(静脈血栓症、心筋梗塞症、肺塞栓症、脳塞栓症、四肢動脈血栓塞栓症、手術中・術後の血栓塞栓症等)の治療及び予防、血液体外循環時における灌流血液の凝固防止(人工腎臓及び人工心肺等)、静脈内留置ルート内の血液凝固の防止等が挙げられる。
【0028】
本発明のヘパリン製剤の医薬品の使用方法は、すでに市販されているヘパリンナトリウムあるいはヘパリンカルシウム製剤の添付文書あるいはガイドライン(非特許文献2)に記載された用法・用量に準じて行うことができ、適応、症例、症状、年齢、性別等により適宜変更することもできる。例えば用時、そのままあるいはブドウ糖注射液、生理食塩液、リンゲル液等で10〜30単位/mL程度に溶解または希釈して、静脈内、皮下、筋肉内に注射する。深部静脈血栓の予防には、5000単位を8もしくは12時間ごとに皮下投与する。また、手術後または心筋梗塞などに続発する静脈血栓症の予防には、5000単位を12時間ごとに7〜10日間皮下投与する。皮下投与および筋肉内投与する場合の1回の投与容量は5ml以下、好ましくは0.1〜1ml、さらに好ましくは0.2mlが例示される。
【0029】
製剤の剤形としては、既存のガラスバイアル、ガラスあるいはプラスチック製のシリンジ、あるいはユニジェクト(登録商標)(日本ベクトン・ディッキンソン(株))等のプラスチック製簡易型注射用キットに充填した注射剤とすることができる。用時調製時の手間を軽減するため、また調製時の希釈ミスや薬剤取り違えのミス、分割使用・保存による細菌汚染や活性の低下等を防ぐために、使用濃度・量であらかじめ充填されたいわゆるプレフィルド・ユニットドーズタイプの製剤とすることもできる。容器の容量、材質および
形状は、ヘパリン製剤の充填量と使い易さの観点で適宜選択できる。充填時に空隙の気体を少なくする、あるいは窒素置換するとさらに安定性が改善されるため好ましい。
血栓塞栓症の治療および予防用には、ヘパリンナトリウムまたはヘパリンカルシウムを5000単位/0.2ml、10000単位/0.4mlまたは15000単位/0.6ml充填したプレフィルドシリンジが好ましい。特に、手術後または心筋梗塞などに続発する静脈血栓の予防には、ヘパリンカルシウムを5000単位/0.2mlを充填したプレフィルドシリンジ、とりわけ、皮下投与用のプレフィルドシリンジが好ましい。
【実施例】
【0030】
本発明をさらに詳細に説明するための実施例および実験例を挙げるが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0031】
実施例
トリスヒドロキシメチルアミノメタン(商品名トロメタモール;和光純薬工業(株)製)を約80mlの水に溶解し、次に、ヘパリンカルシウム粉末250万単位を徐々に加えて溶かし、完全に溶解するまで攪拌した。水酸化カルシウム(国産化学(株)製)を加える場合は、ヘパリンカルシウムを溶解後、徐々に加えて、一定時間攪拌した。次に、グルコン酸カルシウム・一水和物(和光純薬工業(株)製)、等張化をはかる場合は、塩化ナトリウム(マナック(株)製)を所定量加えた後、pHが7.5付近になるまで1Mの塩酸水溶液を滴下した。pH調整した溶液に水を加え100mlとし、表1に示す組成のヘパリンカルシウム製剤を調製した。なお、製剤調製時には調製液を窒素にてバブリングした。
【0032】
【表1】

【0033】
実験例1
実施例で作製した表1記載の組成のヘパリンカルシウム製剤を容量1mlのポリプロピレン製シリンジに0.3ml充填した後、125℃×10分高圧蒸気滅菌したものをそれぞれ調製した。これらのプレフィルドシリンジを表2に示す条件で保存した。保存前後でのヘパリンカルシウム製剤のpHを測定した。結果を表2に示す。
【0034】
【表2】

グルコン酸カルシウムを欠く対照に比し、トリスおよびグルコン酸カルシウムを添加した実施例1〜3の試料ではpHの低下が抑制された。
本発明製剤は、70℃で4日間安定であり、上記結果から少なくとも室温で2年間は安定であると予測することができる。
また、固形の本発明製剤について、同様の滅菌条件、保存条件の後に溶液としたものについても上記と同様の結果を示した。
【0035】
実験例2
実験例1に準じて、表1に示したヘパリンカルシウム製剤を充填したプレフィルドシリンジを作製した。これらの試料を70℃、4日間保存した。保存前後でヘパリンカルシウム製剤の着色度の指標としてOD400nmを測定した。各試料(対照と実施例)の保存前後のOD400nmの差を算出して保存による着色度とした。対照の保存による着色度に対する各試料の抑制率を下記式に基づいて算出した。結果を表3に示す。

抑制率(%)=(A−B)/A×100
但し、A:対照の保存前後のOD400nmの差
B:各試料(実施例)の保存前後のOD400nmの差
【0036】
【表3】

表3に示すとおり、トリスおよびグルコン酸カルシウムを添加することにより、トリスのみを含む対照に比し、着色が顕著に抑制された。
また、同様にして、50℃、6週間保存した各試料について、目視による確認を実施した。その結果、対照の試料には明らかな着色が認められたが、実施例1〜4の試料には着色は認められなかった。また、実施例1〜4の試料には、濁り、不溶物、沈殿物、析出物等は認められなかった。
また、固形の本発明製剤について、同様の滅菌条件、保存条件の後に溶液としたものについても上記と同様の結果を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘパリンまたはその塩と、トリスヒドロキシメチルアミノメタンまたはその酸付加塩と、グルコン酸またはその塩とを含有することを特徴とするヘパリン製剤。
【請求項2】
ヘパリンの塩がヘパリンカルシウムである請求項1記載のヘパリン製剤。
【請求項3】
ヘパリンまたはその塩の濃度が5000ないし50000国際単位/mlである請求項1または2のいずれかに記載のヘパリン製剤。
【請求項4】
pHが6〜8である請求項1ないし3のいずれかに記載のヘパリン製剤。
【請求項5】
グルコン酸の塩がグルコン酸カルシウムである請求項1ないし4のいずれかに記載のヘパリン製剤。
【請求項6】
さらに水酸化カルシウムを含有する請求項1ないし5のいずれかに記載のヘパリン製剤。
【請求項7】
保存剤を含有しない請求項1ないし6のいずれかに記載のヘパリン製剤。
【請求項8】
医薬組成物である請求項1ないし7のいずれかに記載のヘパリン製剤。
【請求項9】
ヘパリンまたはその塩と、トリスヒドロキシメチルアミノメタンまたはその酸付加塩と、グルコン酸またはその塩とを併存させることを特徴とするヘパリン製剤の安定化方法。
【請求項10】
安定化が加熱時および/または保存時のpH低下抑制、ヘパリン活性低下抑制または不溶物形成抑制の少なくとも1つである請求項9に記載の安定化方法。
【請求項11】
ヘパリンまたはその塩と、トリスヒドロキシメチルアミノメタンまたはその酸付加塩と、グルコン酸またはその塩とを併存させることを特徴とするヘパリン製剤の着色抑制方法。
【請求項12】
請求項1ないし8のいずれかに記載のヘパリン製剤を充填したプレフィルドシリンジ。

【公開番号】特開2008−120798(P2008−120798A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−272394(P2007−272394)
【出願日】平成19年10月19日(2007.10.19)
【出願人】(000181147)持田製薬株式会社 (62)
【Fターム(参考)】