説明

ヘマグルチニン結合ペプチド、インフルエンザウイルス感染阻害剤、リポソーム、インフルエンザ治療薬、インフルエンザ予防薬

【課題】ヘマグルチニンに対するより親和性の高いペプチド、及び、このようなペプチドを用いた医薬組成物を提供すること。
【解決手段】ARLSPTMVHPNGAQP(ペプチドA−1)に対し、変異を導入したペプチドを作製し、ヘマグルチニンに対するより親和性の高いペプチドをスクリーニングすることにより得られた特定の配列を有するポリペプチドを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘマグルチニンに結合するヘマグルチニン結合ペプチド、インフルエンザウイルスの感染を阻害するインフルエンザウイルス感染阻害剤、ヘマグルチニン結合ペプチドを含有するリポソーム、ヘマグルチニン結合ペプチドを含有するインフルエンザの治療薬及び予防薬に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルス膜にはヘマグルチニン(HA)及びノイラミニダーゼ(NA、シアリダーゼ)といった2種類のスパイク糖蛋白質が存在し、それぞれウイルスの感染成立及びウイルスの宿主細胞からの出芽に重要な役割を果たしている。前者のヘマグルチニンは、ヒトやその他の動物(ほ乳類、鳥類、は虫類、魚類、両生類等)といった宿主の細胞膜上に普遍的に存在するシアル酸含有糖鎖を受容体として認識してそれに特異的に結合し、インフルエンザウイルスの細胞内へのエンドサイトーシスを導く。一方、後者のノイラミニダーゼは、受容体破壊酵素であり、宿主細胞からウイルス粒子が出芽または遊離する際に、自らのまたは宿主細胞膜上のシアル酸残基を切断する役割を担っている。
【0003】
インフルエンザウイルス感染の第1ステップに関与するヘマグルチニンには、極めて変異しやすい抗原決定領域(A〜E)のアミノ酸配列の多様性に基づいて、種々の亜型が存在する。ヘマグルチニンの亜型間のアミノ酸配列の相同性は25〜75%であるため、抗原性を基にしたインフルエンザワクチンの開発は非常に困難である。一方、宿主細胞の受容体と結合するいわゆる受容体結合ポケット領域は、比較的変異が少なく、その三次元構造はよく保存されている(例えば、非特許文献1参照)。従って、インフルエンザウイルスの感染を防止するために、感染成立に寄与するヘマグルチニンに特異的に結合することによってその働きを阻害すれば、広くインフルエンザウイルスの感染防止に効果があることが期待され、そのような薬剤の開発が求められている。
例えば、ヘマグルチニンが宿主受容体のシアル酸含有糖鎖を認識して結合することに基づいて、ヘマグルチニンのその結合部位に特異的に結合する糖アナログをスクリーニングするという手法により、現在までに種々のヘマグルチニン結合性糖アナログが取得されている(例えば、非特許文献2〜5参照)。
そのほか、ヘマグルチニンの受容体糖鎖に対するモノクローナル抗体の抗原結合部位のもつ抗原性(イディオタイプ)に対する抗体(抗イディオタイプ抗体)を作成する手法もある。すなわち、これはヘマグルチニンの受容体となるシアル酸およびシアロ糖鎖の三次元構造に代えて、それと立体構造が類似する抗イディオタイプ抗体の超可変部のアミノ酸配列を作成し、宿主細胞のヘマグルチニン受容体に模擬させるというものである(例えば、非特許文献6参照)。 しかし、受容体結合ポケット領域は、比較的変異が少なく、その三次元構造はよく保存されているとは言え、これらのいずれもヘマグルチニンの亜型に特異的であり、また結合定数も高くない。従って、ヘマグルチニンの亜型に関わらずインフルエンザウイルス全般に働く薬剤の開発が待たれている。
【0004】
そこで、ファージディスプレイ法を用いて、ヘマグルチニンに結合し、インフルエンザウイルスの感染を防止する15merのオリゴペプチドがスクリーニングされ、11種類(例えば、特許文献1参照)及び3種類(例えば、特許文献2及び非特許文献7参照)のオリゴペプチドが同定された(例えば、特許文献1参照)。
【非特許文献1】Y.Suzuki, Prog.Lipid.Res., 33, 429 (1994)
【非特許文献2】R.Roy, et al., J.Chem.Soc., Chem.Commun., 1869 (1993)
【非特許文献3】M.Mammen, et al., J.Med.Chem., 38,4179 (1995)
【非特許文献4】T.Sato, et al., Chem.Lett., 145 (1999)
【非特許文献5】M.ltzstein, et al., Nature, 363, 418 (1993)
【非特許文献6】鈴木康夫「ウイルス感染と糖鎖」、別冊日経サイエンス「糖鎖と細胞」,89-101頁, 1994年10月
【非特許文献7】T. Sato, et al., Peptide Science 2001, 329 (2002)
【特許文献1】国際公開WO00/59932
【特許文献2】特開2002−284798明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1及び2においてなされたスクリーニングに用いられたファージライブラリーのタイターは2.5x10であり、アミノ酸15merの総配列数である2015(=3.3x1019)には程遠く、それらのオリゴペプチドより、ヘマグルチニンに対する親和性の高いペプチドが存在することと考えられた。
【0006】
そこで、本願発明は、より多くのペプチドをスクリーニングすることによって、さらにヘマグルチニンに対する親和性の高いペプチドを提供し、さらに、このようなヘマグルチニンに対する親和性の高いペプチドを用いた医薬組成物を提供することを目的としてなされた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、特許文献1において得られたヘマグルチニン結合ペプチドARLSPTMVHPNGAQP(ペプチドA−1:配列番号1)を基にして、このペプチドに複数の変異を有するペプチドを作製した。具体的には、このヘマグルチニン結合ペプチドをコードするDNAに変異を導入するために、(1)オリゴヌクレオチドをPCRで増幅する際、Taq DNAポリメラーゼの塩基取り込みエラーを利用したエラー・プローンPCR(error-prone PCR)を用いて変異を導入する方法(2)オリゴヌクレオチドを化学合成する際、本来とは異なるヌクレオチドを混合させておくことによって変異を導入する方法、の2通りの方法を用い、上記ヘマグルチニン結合ペプチドの変異ペプチドを有する2次ファージディスプレイ・ライブラリーを作製した。方法(1)によっては、ペプチド1個当たりの平均変異オリゴヌクレオチド数は2.42個、平均アミノ酸置換数は1.25個であり、方法(2)によっては、ペプチド1個当たりの平均変異オリゴヌクレオチド数は7.5個、平均アミノ酸置換数は5.0個であった。また、方法(1)によって作製したライブラリーのタイターは約5x10であり、方法(2)によって作製したライブラリーのタイターは約1x10であり、従って、2次ライブラリーの総タイター数は約1.5x10となった。この2次ライブラリーを2次スクリーニングすると、1次スクリーニングも考慮して、2.5x10x1.5x10=約4x1013のペプチドをスクリーニングしたことになる。このようにして、かなり大きなペプチドライブラリーをスクリーニングした結果、ARLSPTMVHPNGAQP(配列番号1)よりヘマグルチニンのH1及びH3の両方に親和性の高いペプチドを得ることができ、本発明の完成に至った。
【0008】
即ち、本発明にかかるヘマグルチニン結合ペプチドは、配列番号2〜7,9〜10,12〜18のいずれかのアミノ酸配列を有する。また、配列番号2〜7,9〜10,12〜18において、1〜数アミノ酸残基の置換・欠失・付加を有するアミノ酸配列を有し、配列番号1のアミノ酸配列を有するヘマグルチニン結合ペプチドに比べ、ヘマグルチニンH1またはH3の少なくとも一方に対し、より高い結合活性を有するヘマグルチニン結合ペプチドであってもよい。また、アミノ酸配列
xRL(S/P)xxMV(H/R)xxxxQx
を有し、配列番号1のアミノ酸配列を有するヘマグルチニン結合ペプチドに比べ、ヘマグルチニンH1またはH3の少なくとも一方に対し、より高い結合活性を有するヘマグルチニン結合ペプチドであってもよい。
【0009】
上記ヘマグルチニン結合ペプチドは、ヘマグルチニンH1及びH3の両方に結合することが好ましい。また、アルキル化または脂質化されていてもよい。
【0010】
本発明にかかるインフルエンザウイルス感染阻害剤は、上記いずれかのヘマグルチニン結合ペプチドを有効成分として含有する。また、ヘマグルチニンH1を有するインフルエンザウイルス及びヘマグルチニンH3を有するインフルエンザウイルスの両方の感染を阻害することが好ましい。また、インフルエンザウイルス感染阻害剤が含有するポリペプチドがアルキル化または脂質化されていてもよい。
【0011】
本発明にかかるリポソームは、上記いずれかのヘマグルチニン結合ペプチドを含有する。このヘマグルチニン結合ペプチドはヘマグルチニンH1及びH3の両方に結合することが好ましい。また、このヘマグルチニン結合ペプチドはアルキル化または脂質化されていてもよい。
【0012】
本発明にかかるインフルエンザ治療薬及びインフルエンザ予防薬は、上記いずれかのヘマグルチニン結合ペプチドを有効成分として含有する。また、ヘマグルチニンH1を有するインフルエンザウイルス及びヘマグルチニンH3を有するインフルエンザウイルスの両方に効果を有することが好ましい。また、インフルエンザ治療薬及びインフルエンザ予防薬の含有するポリペプチドがアルキル化または脂質化されていることが好ましい。
【0013】
本発明にかかるDNAは、上記いずれかのヘマグルチニン結合ペプチドをコードする。また、本発明にかかる発現ベクターは、このDNAを有する。また、本発明にかかる細胞は、この発現ベクターが導入され、上記いずれかのヘマグルチニン結合ペプチドを分泌する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、ヘマグルチニンに対する親和性の高いペプチドを提供し、さらに、このようなヘマグルチニンに対する親和性の高いペプチドを用いた医薬組成物を提供することができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0016】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的に実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0017】
==ヘマグルチニン結合ペプチド==
本明細書で用いられるヘマグルチニン結合タンパク質のアミノ酸配列を表1に示す。
【表1】

【0018】
この中で、配列番号1のアミノ酸配列を有するポリペプチドA−1は、これまで同定されたヘマグルチニン結合ペプチドのうち最も高い結合活性を有するが(特許文献1、特許文献2及び実施例参照)、配列番号2〜7,9〜10,12〜18のアミノ酸配列を有するポリペプチドは、実施例に示すように、A−1より、さらにヘマグルチニンに対する結合活性が高い。また、実施例に示すように、これら配列番号2〜7,9〜10,12〜18のアミノ酸配列を有するポリペプチドは、ヘマグルチニンH1及びH3の両方に結合する。
【0019】
また、本発明にかかるヘマグルチニン結合タンパク質は、配列番号2〜7,9〜10,12〜18において、1〜数アミノ酸残基の置換・欠失・付加を有するアミノ酸配列を有し、A−1より、ヘマグルチニンに対し高い結合活性を有するペプチドであってもよい。
【0020】
ここで、ヘマグルチニンに対するヘマグルチニン結合ペプチドの結合活性は、例えば、ELISAによって測定することができるが、これに限らず、RIA、EIA、ウエスタン・ブロッティング、など、タンパク質間の相互作用を定量的に測定できる手法であればどんなものを用いて測定してもよい。
【0021】
==ヘマグルチニン結合ペプチドを含有する医薬組成物==
インフルエンザウイルスが細胞に感染する際、インフルエンザウイルスの有するヘマグルチニンが、宿主細胞の受容体に特異的に結合し、その受容体を足場として、ウイルスが細胞に感染する。本発明のHA結合性ペプチドは、そのヘマグルチニンに特異的に結合する。この結合により、ヘマグルチニンが宿主細胞受容体に結合することを妨げることができ、従って、インフルエンザウイルスが宿主細胞に感染するのを阻害することができる。実際、これまでに阻害効果の有無を調べた全てのHA結合性ペプチドは、ヘマグルチニンの宿主細胞への結合を阻害することができた(特許文献1及び2)。
【0022】
このように、本発明のHA結合性ペプチドは、インフルエンザウイルスが宿主細胞に感染するのを阻害することができ、従って、インフルエンザに罹患した患者に投与することにより、体内でのインフルエンザウイルスの増殖を抑制することができる。また、インフルエンザ罹患前の健常人に予め投与しておくことにより、インフルエンザウイルスが体内に進入しても感染を防止することができる。
【0023】
こうした医療用以外にも、本発明のHA結合性ペプチドは、ヘマグルチニンを介して生じるインフルエンザウイルスの感染、及びそれに伴う種々の細胞機能や生命現象を解明するためのツールとして用いることもできる。
【0024】
なお、本発明が対象とするインフルエンザウイルスは、ヘマグルチニンH1またはH3を有していれば、その型や由来を特に制限するものでなく、A型、B型またはC型ないしはヒト分離型、ブタやウマ等の他の哺乳動物分離型または鳥類分離型等のいずれであってもよい。
【0025】
以上のように、本発明のヘマグルチニン結合ペプチドを有効成分として含有する医薬組成物として、インフルエンザウイルスが宿主細胞に感染するのを阻害するためのインフルエンザウイルス感染阻害剤、インフルエンザに罹患した患者を治療するためのインフルエンザ治療剤、インフルエンザに罹患する前に予防的に投与するためのインフルエンザ予防剤などが考えられる。これらの医薬組成物は、有効成分としてのHA結合性ペプチドと、必要に応じて薬学的に許容される担体とを含有する製剤として、インフルエンザウイルスに感染した患者に投与したり、感染前の健常人に予防的に投与したりすることができる。
【0026】
ここで用いられる薬学的に許容される担体は、調製される医薬組成物の形態に応じて、慣用されている担体の中から適宜選択して用いることができる。例えば、医薬組成物が溶液形態として調製される場合、担体として、精製水(滅菌水)または生理学的緩衝液、グリコール、グリセロール、オリーブ油のような注射投与可能な有機エステルなどを使用することができる。また、この医薬組成物には、慣用的に用いられる安定剤、賦形剤などを含むことができる。
【0027】
これらの医薬組成物の投与方法には特に制限はなく、各種製剤形態、患者の年齢、性別、その他の条件、疾病の重篤度等に応じて適宜決定すればよいが、製剤形態としては、特に注射剤、点滴剤、噴霧剤(点鼻剤や吸入剤など)等の非経口投与形態が好ましい。その場合、特に注射剤や点滴剤として調製する場合は、必要に応じて塩溶液、ブドウ糖やアミノ酸等の通常の補液などと混合して静脈内、筋肉内、皮内、皮下もしくは腹腔内に投与する。噴霧剤として調製する場合、例えば、受容者の口腔および気道粘膜を刺激せず、かつ有効成分を微細な粒子として分散させ吸収を容易にさせる担体として、乳糖、グリセリン等を使用してエアロゾル、ドライパウダー等に製剤化した噴霧剤を、口腔または気道粘膜へ噴霧することにより粘膜投与する。
【0028】
また、これらの医薬組成物の1日当りの投与量は、投与する者の症状、年齢、体重、性別、治療期間、治療効果、投与方法などにより適宜変更しうるが、HA結合性ペプチドの量に換算して通常成人1日当り約0.001〜100mg程度の範囲から選ぶことができる。当該製剤は1日1回投与に限らず、数回に分けて投与してもよい。当該製剤は1日1回投与に限らず、数回に分けて投与してもよい。
【0029】
これらの医薬組成物は、単独で使用してもよいし、あるいは他の薬剤(例えば、他の抗ウイルス剤、抗炎症剤や、症状を緩和する薬剤など)と組み合わせて使用してもよい。
【0030】
==ヘマグルチニン結合ペプチドの製造方法==
本発明のヘマグルチニン結合ペプチドは、常法に従って、化学合成することにより製造できる。例えば、通常の液相法及び固相法によってペプチド合成することができる。より具体的には、上記アミノ酸配列情報に基づいて、各アミノ酸を1個ずつ逐次結合させ鎖を延長させていくステップワイズエロゲーション法と、アミノ酸数個からなるフラグメントを予め合成し、次いで各フラグメントをカップリング反応させるフラグメント・コンデンセーション法などを利用できる。
【0031】
上記ペプチド合成に採用される縮合法も、公知の各種方法に従うことができる。その具体例としては、例えばアジド法、混合酸無水物法、DCC法、活性エステル法、酸化還元法、DPPA(ジフェニルホスホリルアジド)法、DCC+添加物(1−ヒドロキシベンゾトリアゾール、N−ヒドロキシサクシンアミド、N−ヒドロキシ−5−ノルボルネン−2,3−ジカルボキシイミド等)、ウッドワード法等を例示できる。これら各方法に利用できる溶媒もこの種のペプチド縮合反応に使用されることがよく知られている一般的なものから適宜選択することができる。その例としては、例えば ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ヘキサホスホロアミド、ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、酢酸エチル等及びこれらの混合溶媒等を挙げることができる。
【0032】
なお、上記ペプチド合成反応に際して、反応に関与しないアミノ酸及至ペプチドにおけるカルボキシル基は、一般にはエステル化により、例えばメチルエステル、エチルエステル、第三級ブチルエステル等の低級アルキルエステル、例えばベンジルエステル、p−メトキシベンジルエステル、p−ニトロベンジルエステルアラルキルエステル等として保護することができる。また、側鎖に官能基を有するアミノ酸、例えばTyrの水酸基は、アセチル基、ベンジル基、ベンジルオキシカルボニル基、第三級ブチル基等で保護されてもよいが、必ずしもかかる保護を行う必要はない。更に例えばArgのグアニジノ基は、ニトロ基、トシル基、2−メトキシベンゼンスルホニル基、メチレン−2−スルホニル基、ベンジルオキシカルボニル基、イソボルニルオキシカルボニル基、アダマンチルオキシカルボニル基等の適当な保護基により保護することができる。上記保護基を有するアミノ酸、ペプチド及び最終的に得られる本発明のペプチドにおけるこれら保護基の脱保護反応もまた、慣用される方法、例えば接触還元法や、液体アンモニア/ナトリウム、フッ化水素、臭化水素、塩化水素、トリフルオロ酢酸、酢酸、蟻酸、メタンスルホン酸等を用いる方法等に従って行うことができる。
【0033】
このように作製されたペプチドは、例えばイオン交換樹脂、分配クロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、向流分配法等、ペプチド化学の分野で汎用されている常法に従って、適宜その精製を行うことができる。
【0034】
別法として、上記ヘマグルチニン結合ペプチドをコードするDNAを作製して発現ベクターに組み込み、培養細胞などの真核細胞または大腸菌などの原核細胞に導入し、そこで発現させたペプチドを精製してもよい。発現ベクターは、導入する宿主細胞に従って、適宜選択する。ペプチドをコードするDNAの組み込みなどを含むベクターの構築、宿主細胞への導入、宿主細胞での発現、宿主細胞の抽出物の調製は、分子生物学的手法を用いて、常法に従って行うことができる。目的のペプチドは、その抽出物から、上記したペプチド化学の分野で汎用されている常法によって、精製することができる。
【0035】
また、上記ヘマグルチニン結合ペプチドにタグ(例えば、Hisタグ、Flagタグ、GSTタグなど)を付加したペプチドをコードするDNAを作製し、上記と同様に宿主細胞で発現させ、このタグを利用して、アフィニティカラム等で精製することもでき、その後タグのみを切断しペプチド部分のみを精製できるように発現ベクターを設計することもできる。さらに、最終的に、上記したペプチド化学の分野で汎用されている常法によって、ヘマグルチニン結合ペプチドを精製してもよい。
【0036】
==HA結合性ペプチドの化学修飾==
上記本発明のHA結合性ペプチドは、適宜に化学修飾することができる。例えば、アルキル化や脂質化(リン脂質化)等による化学修飾によって、HA結合性ペプチドの細胞親和性や組織親和性を増大させたり、血中半減期を延長させ薬理効果を増強をさせたりすることができる。
【0037】
HA結合性ペプチドのアルキル化は、常法に従って行うことができる。例えば、上記ペプチド合成と同様に、脂肪酸とHA結合性ペプチドのN末端アミノ基とのアミド結合形成反応により容易に行うことができる。脂肪酸としては、直鎖脂肪酸でも分枝鎖脂肪酸でもよく、また飽和脂肪酸でも不飽和脂肪酸でもよく、どんな脂肪酸でも広く使用できるが、特に、生体内に存在する脂肪酸を用いるのが好ましく、具体的にはラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキン酸等の飽和脂肪酸;オレイン酸、エライジン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸等の不飽和脂肪酸など、炭素数が12〜20程度の脂肪酸が挙げられる。
【0038】
またアルキル化は、前記ペプチド合成と同様にして、アルキルアミンとHA結合性ペプチドのC末端カルボキシル基とのアミド結合形成反応によっても行うことができる。アルキルアミンとしては、上記脂肪酸と同様に各種のアルキルアミンを用いることができるが、特に生体内に存在する脂肪鎖(炭素数が12〜20程度)を用いるのが好ましい。
【0039】
HA結合性ペプチドの脂質化も常法に従って実施できる(例えば、New Current, 11(3), 15-20 (2000); Biochemica et Biophysica Acta., 1128, 44-49 (1992); FEBSLetters, 413, 177-180 (1997); J.Biol.Chem., 257, 286-288 (1982)等を参照)。例えば、各種リン脂質の2位水酸基或いは3位のリン酸基に対し、任意のスペーサーを介して、縮合法によってHA結合性ペプチドに結合させることができる。必要によっては、HA結合性ペプチドのN端或いはC端に任意の長さ(通常数個)のシステインを含むアミノ酸配列を付加して、縮合に利用される反応性SH基をあらかじめ導入することもできる。ここで用いられるリン脂質には、特に制限はなく、例えば、上記脂肪酸からなる、ホスファチジン酸、ホスファチジルコリン(レシチン)、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール等が使用できる。
【0040】
なお、これらのアルキル化や脂質化された本発明のHA結合性ペプチド(リポペプチド)は、リポソーム調製の際の脂質成分として利用することができる。その際、HA結合性ペプチドがリポソーム上に提示されることにより、HA結合性ペプチドは後述するリポソーム製剤として有効に利用できる。
【0041】
==ヘマグルチニン結合ペプチドを含有するリポソーム==
本発明のHA結合性ペプチドはリポソーム製剤として調製することができる。このリポソーム製剤においては、酸性リン脂質を膜構成成分とするか或いは中性リン脂質と酸性リン脂質とを膜構成成分とするリポソームに、本発明のHA結合性ペプチドが保持されている。
【0042】
膜構成成分としての酸性リン脂質としては、例えば、ジラウロイルホスファチジルグリセロール(DLPG)、ジミリストイルホスファチジルグリセロール(DMPG)、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール(DPPG)、ジステアロイルホスファチジルグリセロール(DSPG)、ジオレオイルホスファチジルグリセロール(DOPG)、卵黄ホスファチジルグリセロール(卵黄PG)、水添卵黄ホスファチジルグリセロール等の天然または合成ホスファチジルグリセロール類(PG)およびジラウロイルホスファチジルイノシトール(DLPI);ジミリストイルホスファチジルイノシトール(DMPI)、ジパルミトイルホスファチジルイノシトール(DPPI)、ジステアロイルホスファチジルイノシトール(DSPI)、ジオレオイルホスファチジルイノシトール(DOPI)、大豆ホスファチジルイノシトール(大豆PI)、水添大豆ホスファチジルイノシトール等の天然または合成ホスファチジルイノシトール類(PI)などを用いることができる。これらの酸性リン脂質は一種単独でまたは二種以上混合して使用することができる。
【0043】
また、中性リン脂質としては、例えば、大豆ホスファチジルコリン、卵黄ホスファチジルコリン、水添大豆ホスファチジルコリン、水添卵黄ホスファチジルコリン、ジミリストイルホスファチジルコリン(DMPC)、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)、ジラウロイルホスファチジルコリン(DLPC)、ジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、ミリストイルパルミトイルホスファチジルコリン(MPPC)、パルミトイルステアリイルホスファチジルコリン(PSPC)、ジオレオイルホスファチジルコリン(DOPC)等の天然または合成ホスファチジルコリン類(PC)、大豆ホスファチジルエタノールアミン、卵黄ホスファチジルエタノールアミン、水添大豆ホスファチジルエタノールアミン、水添卵黄ホスファチジルエタノールアミン、ジミリストイルホスファチジルエタノールアミン(DMPE)、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)、ジラウロイルホスファチジルエタノールアミン(DLPE)、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(DSPE)、ミリストイルパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(MPPE)、パルミトイルステアロイルホスファチジルエタノールアミン(PSPE)、ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE)等の天然または合成ホスファチジルエタノールアミン類(PE)等を用いることができる。これらの中性リン脂質は、一種単独でまたは二種以上混合して使用することができる。
【0044】
上記リポソーム膜は、上記酸性リン脂質を単独で構成成分として用いるかまたは上記中性リン脂質と酸性リン脂質とを併用して、常法に従い形成される。ここで酸性リン脂質の併用割合は、リポソーム膜構成成分中に約0.1〜100モル%程度、好ましくは約1〜90モル%、より好ましくは約10〜50モル%程度とするのがよい。
【0045】
リポソームの調製に当たっては、さらに、例えばコレステロールなどを添加することができる。このコレステロールの添加によってリン脂質の流動性を調整し、リポソームの調製をより簡便にすることができる。このコレステロールは、通常リン脂質に対して等量まで添加できるが、特に0.5〜1倍量で添加されるのが好ましい。
【0046】
リポソームを調製する際、脂質化HA結合性ペプチドと酸性リン脂質との分子数の割合は、ペプチド1に対して酸性リン脂質が0.5〜100程度、好ましくは1〜60程度、より好ましくは1.5〜20程度とするのがよい。
【0047】
このような脂質を用いて、例えば多重層リポソーム(MLV)を次のようにして調製する。まず、脂質を有機溶媒(クロロホルム、エーテル等)に溶解した後、丸底フラスコに入れ、窒素気流下または減圧下で有機溶媒を除去し、フラスコ底部に脂質の薄膜をつくる。この場合、さらに減圧下でデシケーター中に放置することによって有機溶媒を完全に除去することもできる。次いで、脂質化HA結合性ペプチドの水溶液を脂質薄膜上に加えて脂質を水和させることによって乳濁色のリポソーム懸濁液が得られる。
【0048】
また、大きな一枚膜リポソーム(LUV)は、ホスファチジルセリンの小さな一枚膜リポソームにCa2+を添加し、融合させてシリンダー状のシートとした後、キレート剤であるEDTAを添加しCa2+を除去する方法 (Biochim. Biophys. Acta394, 483-491, 1975)やエーテルに溶解した脂質を約60℃の水溶液中に注入し、エーテルを蒸発させる方法(Biochim. Biophys. Acta 443, 629-634, 1976)により作ることができる。
【0049】
また、作製されたリポソーム懸濁液にペプチドの水溶液を加えることでペプチド組み込みリポソームを作製できる。
【0050】
これらの調製法のほかに、フレンチプレス法により粒子径の小さなリポソームを調製することもできる(FEBS lett. 99, 210-214, 1979)。また大沢らによって報告されているリポソームへの保持効率の高い凍結乾燥法(Chem. Pharm. Bull. 32, 2442-2445, 1984)と凍結融解法(Chem. Pharm. Bull. 33, 2916-2923,1985)を利用することもできる。
【0051】
このように調製されたリポソームに含まれる脂質化HA結合性ペプチドの割合は、全脂質中、数モル%から数十モル%程度であればよく、5〜20モル%程度であるのが好ましいが、通常は5モル%程度でもあってもよい。
【0052】
さらに、こうして調製されたリポソームは、透析法(J. Pharm. Sci. 71, 806-812,1982)やポリカーボネート膜を用いたろ過法(Biochim. Biophys. Acta 557, 9-23, 1979;Biochim. Biophys. Acta 601, 559-571, 1980)により、粒子径を一定にすることができる。また調製されたリポソーム溶液から、リポソーム内に保持されなかった脂質化HA結合性ペプチドを除くためには、透析法、ゲルろ過法、遠心分離法を利用することができる(リポソーム."脂質の化学"[日本生化学会編、生化学実験講座3]、東京化学同人、1974)。更にまた透析膜を用いてリポソームを濃縮することも可能である。
【0053】
このようにして調製されるリポソーム分散液には、製剤設計上必要な添加剤として、防腐剤、等張化剤、緩衝剤、安定化剤、可溶化剤、吸収促進剤等の各種の公知物質を適宜配合することができ、また必要に応じてこれらの添加物を含む液または水で希釈することもできる。上記添加剤の具体例としては、防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、クロロヘキシジン、パラベン類(メチルパラベン、エチルパラベン等)、チメロサール等の真菌および細菌に有効な防腐剤を、等張化剤としてはD−マンニトール、D−ソルビトール、D−キシリトール、グリセリン、ブドウ糖、マルトース、庶糖、プロピレングリコール等の多価アルコール類や塩化ナトリウム等の電解質類を、また安定化剤としてはトコフェロール、ブチルヒドロキシアニソール、ブチルヒドロキシトルエン、エチレンジアミン四酢酸塩(EDTA)、システイン等をそれぞれ用いることができる。
【0054】
また、本発明のHA結合性ペプチドからなる上記リポソームの内部には、例えば抗ウイルス剤等の他の薬剤を更に封入させて、リポソーム製剤とすることも可能である。
【0055】
リポソーム製剤の製造は、具体的には例えばウッドレら(Long Circulating Liposomes: old drugs, New therapeutics., M.C. Woodle, G.Storm,Eds: Springer-Verlag Berlin (1998))またはナンバら(Liposomal applications to cancer therapy, Y.Namba, N.Oku, J.Bioact.Compat.Polymers, 8, 158-177 (1993))の文献に記載される方法に従って調製することができる。
【0056】
上記リポソーム製剤中のHA結合性ペプチドの量としては、特に限定されず、広範囲に適宜選択されるが、通常組成物中0.0002〜0.2(w/v%)程度、好ましくは0.001〜0.1(w/v%)程度とするのがよい。
【0057】
==他の形態を有する医薬組成物==
配列番号2〜7,9〜10,12〜18を有するヘマグルチニン結合ペプチドを投与する代わりに、これらのペプチドをヒト細胞で発現できる発現ベクターを投与してもよい。ベクターは、プラスミドでもウイルスベクターでもよいが、ヒト細胞で挿入遺伝子を発現できるプロモーターを有する必要がある。投与形態としては、DNAをそのまま投与しても、このDNAを含むウイルスを感染させても、このDNAを含む細胞を移植してもよい。ウイルスは、アデノウイルス、レトロウイルスなど、特に限定されないが、体内で細胞に感染し、ヘマグルチニン結合ペプチドを発現し、分泌できるようにするのが好ましい。また、細胞を移植する場合も、ヘマグルチニン結合ペプチドを発現し、分泌できるようにベクターが構築されているのが好ましい。発現したペプチドを分泌させるためには、例えば、ヘマグルチニン結合ペプチドのN端側にシグナルペプチドが融合した融合ペプチドを発現させるようにベクターを構築すればよいが、分泌させるための方法は必ずしもこれに限定されない。
【実施例1】
【0058】
まず、西、佐谷らの報告(Nishi T., Saya H., et al., FEBS Lett, 399, 237-240 (1996))で使用されたファージディスプレイシステムを用い、配列番号1〜18の各アミノ酸配列を有するペプチドを外殻表面に提示する繊維状ファージfdを作製した。即ち、これらのアミノ酸配列をコードするDNA(表1参照)を外殻タンパク質pIII遺伝子のN末端部分に相当する領域に遺伝子組み換えの手法を用いて挿入すると、この挿入DNAにコードされた15残基のアミノ酸配列からなるペプチドをファージ外殻表面に発現するように、ファージDNAを構築することができる。K91Kanの宿主菌を用い、常法により、これらの各ファージを増幅し、ファージ溶液を作製した。
【0059】
次に、配列番号2〜18の各アミノ酸配列を表面に提示するこれらのファージのヘマグルチニン(HA)に対する結合性をELISAで調べた。なお、プレートに固定するヘマグルチニンとして、A型のH1亜型であるA/PR/8/34(H1N1)のエーテル抽出物、及びA型のH3亜型であるA/武漢/359/95(H3N2)のエーテル抽出物を用いた。以下、具体的な手順を述べる。
【0060】
まず、96穴カルボプレート(SUMILON社製)に結合したカルボキシル基を活性化させるため、プレートの各ウエルに、EDC(1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide)およびN−ヒドロキシスクシイミドの等量混合液60μlを添加して、10分放置した。
【0061】
次に、活性化プレートにヘマグルチニンを固定するため、各ウエルを50mM TBS緩衝液(pH7.6)で6回洗浄し、H1N1溶液(70μl/ml)またはH3N2溶液(70μl/ml)を100μl 添加した。2時間放置した後、50mM TBS緩衝液(pH7.6)で6回洗浄し、1mMエタノールアミン水溶液を100μl添加した。10分放置した後、再度50mM TBS緩衝液(pH7.6)で6回洗浄した。
【0062】
ヘマグルチニンを固定したプレートに各ファージクローン溶液を50μl(1x1010pfu含有)添加し、室温で2時間放置した。各ウエルをTBST(TBS/5% Tween20)で5回洗浄後、1%BSA含有TBSTで希釈した抗fdファージ抗体(シグマ社;1000倍希釈で使用)を100μl添加し、室温で1時間放置した。各ウエルをTBST(TBS/5% Tween20)で5回洗浄後、1%BSA含有TBSTで希釈したHRP結合抗ウサギIgG抗体(シグマ社;1000倍希釈)を100μl添加し、室温で1時間放置した。各ウエルをTBST(TBS/5% Tween20)で5回洗浄後、基質としてペルオキシダーゼ(POD)溶液を100μl添加し、10〜15分放置した。3NHSOを加えて反応を停止させ、マイクロプレートリーダーで492nmの吸収を測定し、結合活性とした。
【0063】
なお、コントロールとして、上記記載の1次ファージディスプレイ・ライブラリー及び2次ファージディスプレイ・ライブラリー、及びA−1の結合活性と比較した。A−1は、これまで同定されたヘマグルチニン結合ペプチド(特許文献1及び2参照)に比べ、同等の結合活性を有する。(一例として、図1に、同様にして測定したH3G−1の結合活性との比較を示す。)そこで、配列番号2〜18のアミノ酸配列を有するペプチドの結合活性を、ここでは、A−1のH1N1とH3N2各々に対する結合活性を1として全データを標準化し、グラフにした(図2)。この図2のグラフから、e−4とe−7以外のペプチドは、両者のヘマグルチニンに対し、A−1より強い結合活性を示すことがわかった。特にs−2はA−1に比べ約3倍もの強い結合活性を示した。なお、上記各ライブラリーは、A−1の数分の一の活性しか示さなかった。
【0064】
以上より、配列番号2〜7,9〜10,12〜18を有するポリペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列を有するヘマグルチニン結合ペプチドより、ヘマグルチニンに対し高い結合活性を有するペプチドであって、本発明の一つの目的である医薬組成物として有用であると考えられる。
【0065】
なお、これらの配列は、共通配列(コンセンサス配列)として
xRL(S/P)xxMV(H/R)xxxxQx
を有するので、この共通配列をもつペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列を有するヘマグルチニン結合ペプチドより、ヘマグルチニンに対し高い結合活性を有すると考えられる。
【実施例2】
【0066】
実施例1で行ったELISAにおいて、特にヘマグルチニン(HA)に対する結合性の高かったs−2 およびe−1の配列を持つペプチドを化学合成し(東レ株式会社に依頼)、ペプチドだけの状態でHA に対する結合性を評価した。本実施例で用いたペプチド及びそのアミノ酸配列を表2に示す。
【表2】

【0067】
これらのHA 結合性ペプチドを用いて、以下のように、HA固定化膜に対する結合性を評価した。実施例1のプレートと同様にSensor Chip CM5 (Biacore, BR-1000-14) にH3N2を固定化し、これに対するペプチドの結合性を Biacore装置(Biacore社) によって評価を行った。具体的には、各ペプチドに対し、時間を追ってレゾナンスがどのように変化するかを、複数のペプチド濃度で測定した。
【0068】
まず、s−2 ペプチドに関し、各濃度における時間(x軸)とレゾナンス(y軸)との関係を図3Aに示す。そして、同様の実験を各HA結合性ペプチドで行い、所定の時間における濃度(x軸)に対するレゾナンス(y軸)の変化を図3Bに示す。このように、いずれのHA結合性ペプチドも、その濃度に依存してHA への結合量が増えていくことがわかった。
【0069】
次に、上記の結果から、所定のペプチド濃度における各HA結合性ペプチドの結合性を比較した。図4Aに、各HA結合性ペプチドのペプチド濃度100μMにおける、レゾナンス(y軸)の時間(x軸)経過に対する変化を示す。また、図4Bに、ペプチド濃度200μMにおいて、A−1 ペプチドの結合量を 1 としたときのHA結合性ペプチドのレゾナンスの相対値を示す。このように、各ペプチドはs−2 > e−1> A−1> pVIII の強さの順で、HAに結合することがわかった。この結合の強さの順序は、各HA結合性ペプチドを発現するファージで測定した結合性の順序とも対応している。
【0070】
以上の結果より、e−1、s−2は A−1よりそれぞれ 1.2倍、2.1倍強く HAに結合することが分かり、アミノ酸が置換されたことによって、ペプチドの機能が向上したことが示唆された。HAに対する結合量が少ないために、解離定数 Kd を求めることはできないが、本実験で固体化したリガンド量から理論的最大結合量を求めると228RUであるため、例えばs−2の200μM のときの結合量がこれのちょうど半分程度であることから、これらのペプチドの解離定数は10−3〜10−4M程度だと考えられる。
【0071】
GM3キャスト膜を用いてGM3−HA間相互作用の阻害評価をELISAを用いて評価したところ(永田和宏・半田宏、「生体物質相互作用のリアルタイム解析実験法‐BIACOREを中心に」 シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社、1998年)、ペプチドA−1 は、mMオーダーでGM3に対するヘマグルチニンの結合を阻害した(H3 に対するA−1のIC50=1.9mM)。また、HAと遊離のシアリルラクトースとの結合定数はmMオーダーであることがNMRによる評価から報告されている(α(2,3)-sialyllactose K=3.2mM)。従って、本実施例の結果は、Inoue によって報告されたペプチドの阻害定数とほぼ一致し、また、本実施例の結果は、A−1の阻害定数あるいはシアリルラクトースで得られている結合定数と同じオーダーもしくは一桁小さいことから、これらのHA結合性ペプチドは、HAのリガンドである糖鎖の優れたアナログとなり得ることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明の実施例において、ELISAを用いて、A−1とH3G−1とのヘマグルチニンに対する結合活性を比較したグラフである。
【図2】本発明の実施例において、ELISAを用いて、配列番号2〜18のアミノ酸配列を有するペプチドのヘマグルチニンに対する結合活性を、A−1の結合活性と比較したグラフである。
【図3】(A)は、本発明の実施例において、s−2 ペプチドに関し、各濃度における時間(x軸)とレゾナンス(y軸)との関係を示した図であり、(B)は、本発明の実施例において、各HA結合性ペプチドに関し、所定の時間における濃度(x軸)に対するレゾナンス(y軸)の変化を示した図である。
【図4】(A)は、本発明の実施例において、各HA結合性ペプチドのペプチド濃度100μMにおける、レゾナンス(y軸)の時間(x軸)経過に対する変化を示した図であり、(B)は、本発明の実施例において、各HA結合性ペプチドのペプチド濃度200μMにおける、A−1 ペプチドの結合量を 1 としたときのHA結合性ペプチドのレゾナンスの相対値を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2〜7,9〜10,12〜18のいずれかのアミノ酸配列を有するヘマグルチニン結合ペプチド。
【請求項2】
配列番号2〜7,9〜10,12〜18において、1〜数アミノ酸残基の置換・欠失・付加を有するアミノ酸配列を有し、配列番号1のアミノ酸配列を有するヘマグルチニン結合ペプチドに比べ、ヘマグルチニンH1またはH3の少なくとも一方に対し、より高い結合活性を有するヘマグルチニン結合ペプチド。
【請求項3】
アミノ酸配列
xRL(S/P)xxMV(H/R)xxxxQx
を有し、配列番号1のアミノ酸配列を有するヘマグルチニン結合ペプチドに比べ、ヘマグルチニンH1またはH3の少なくとも一方に対し、より高い結合活性を有するヘマグルチニン結合ペプチド。
【請求項4】
ヘマグルチニンH1及びH3の両方に結合することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のヘマグルチニン結合ペプチド。
【請求項5】
アルキル化または脂質化されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のヘマグルチニン結合ペプチド。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかに記載のヘマグルチニン結合ペプチドを有効成分として含有するインフルエンザウイルス感染阻害剤。
【請求項7】
ヘマグルチニンH1を有するインフルエンザウイルス及びヘマグルチニンH3を有するインフルエンザウイルスの両方の感染を阻害する請求項6に記載のインフルエンザウイルス感染阻害剤。
【請求項8】
前記ポリペプチドがアルキル化または脂質化されていることを特徴とする請求項6に記載のインフルエンザウイルス感染阻害剤。
【請求項9】
請求項1〜3のいずれかに記載のヘマグルチニン結合ペプチドを含有するリポソーム。
【請求項10】
前記ヘマグルチニン結合ペプチドがヘマグルチニンH1及びH3の両方に結合することを特徴とする請求項9に記載のリポソーム。
【請求項11】
前記ヘマグルチニン結合ペプチドがアルキル化または脂質化されていることを特徴とする請求項9に記載のリポソーム。
【請求項12】
請求項1〜3のいずれかに記載のヘマグルチニン結合ペプチドを有効成分として含有するインフルエンザ治療薬。
【請求項13】
ヘマグルチニンH1を有するインフルエンザウイルス及びヘマグルチニンH3を有するインフルエンザウイルスの両方に効果を有する請求項12に記載のインフルエンザ治療薬。
【請求項14】
前記ポリペプチドがアルキル化または脂質化されていることを特徴とする請求項12に記載のインフルエンザ治療薬。
【請求項15】
請求項1〜3のいずれかに記載のヘマグルチニン結合ペプチドを有効成分として含有するインフルエンザ予防薬。
【請求項16】
ヘマグルチニンH1を有するインフルエンザウイルス及びヘマグルチニンH3を有するインフルエンザウイルスの両方に効果を有する請求項15に記載のインフルエンザ予防薬。
【請求項17】
前記ポリペプチドがアルキル化または脂質化されていることを特徴とする請求項15に記載のインフルエンザ予防薬。
【請求項18】
請求項1〜3のいずれかに記載のヘマグルチニン結合ペプチドをコードするDNA。
【請求項19】
請求項18に記載のDNAを有する発現ベクター。
【請求項20】
請求項19に記載の発現ベクターが導入され、請求項1または2に記載のヘマグルチニン結合ペプチドを分泌する細胞。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−101709(P2006−101709A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−289074(P2004−289074)
【出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(504322471)株式会社グライコメディクス (4)
【Fターム(参考)】