説明

ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量方法。

【課題】ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量分析において、分析阻害作用がない様な測定液の前処理方法を提供する。
【解決手段】ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に界面活性剤を添加した後、凍結融解により、前記リポソーム膜を破壊し、次に前記破壊後の液を高速遠心分離した上清に、ヘモグロビンを変性させない有機溶媒を添加攪拌した後、弱遠心分離により、前記有機溶媒に溶解した前記破戒後のリポソーム膜構成脂質を除去した後、分離定量分析を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人工酸素運搬体として用いられるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量方法に関する。前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液は出血による酸素不足の症候又は脳梗塞等の虚血性疾患の治療において酸素供給のために用いられる。
【背景技術】
【0002】
前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、酸素供給を担う主役はヘモグロビンである。ヘモグロビンは機能性蛋白質であり、外部からのエネルギー負荷により、変性し易い性質を持つ。ヘモグロビンをリポソームに内封し、マイクロカプセル化する為には、ヘモグロビンとリポソーム膜構成脂質成分を混合した後、強力な攪拌や脂質の流動性を高めるための温度等によるエネルギー負荷を必要とする。このため、ヘモグロビン含有リポソームの製造工程においては、エネルギー負荷又は製造工程中の不適切な温度負荷により、ヘモグロビンが変性し、機能を損なう懸念が常に存在する。従って、リポソーム化する前のヘモグロビンだけでなく、リポソーム化後のリポソーム内部の「ヘモグロビン」及び「ヘモグロビンの変性により生ずる可能性のあるヘモグロビン類縁物質」の分離定量は、工程管理及び品質管理の面から不可欠な分析技術である。リポソーム内封物の分析法については、従来より幾つか検討されているが、リポソーム化後のリポソーム内部のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量法については、十分には検討されていなかった。
【特許文献1】特許第2959686号
【非特許文献1】J.Haemat.,13(Suppl.) 71:1987
【非特許文献2】人工血液 Vol.3, No.4, 96-101 (1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量を実施する為には、何らかの方法でリポソーム膜を破壊して、リポソーム内部のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質を取り出す必要が有る。この為には、前記リポソーム懸濁液に界面活性剤を添加し、リポソーム膜を破壊する方法も、ある程度有効であるが、リポソーム膜構成脂質組成の条件によっては、膜の安定性が高い為、膜が十分に破壊されない。一例としてリポソーム膜構成脂質の一成分として、荷電物質として働く高級飽和脂肪酸であるステアリン酸が用いられる場合、ステアリン酸組成比が低くなると、リポソーム膜の安定性が高くなり、膜が破壊され難い。また、膜が充分に破壊されたとしても、破壊後の液をそのまま測定液として分離定量分析を行なうと、測定液に残存する破壊後のリポソーム膜形成脂質により、分離定量が正確に行なわれない事が判明した。なお、本発明における分離定量法とは、高速液体クロマトグラフィー又は電気泳動分析又はELISA分析(Enzyme-Linked Immuno-Sorbent Assay:酵素免疫測定法)を示す。本発明は、ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量法において、リポソーム膜の安定性が高い場合でも、ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量が支障なく出来る様な測定液の前処理方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量分析の為の測定液の前処理方法の要点は、リポソーム膜を十分に破壊し、破壊後の液から、破壊後のリポソーム膜構成脂質を除去した後、測定液を分離定量に供する事であり、下記のごとく、上記課題を解決した。
【0005】
(1)ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に界面活性剤を添加した後、凍結融解により前記リポソーム膜を破壊し、次に前記破壊後の液を高速遠心分離した上清に、ヘモグロビンを変性させない有機溶媒を添加攪拌した後、弱遠心分離により前記有機溶媒に溶解した前記破壊後のリポソーム膜構成脂質を除去した後、分離定量する事を特徴とするヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量における測定液の前処理方法。
【発明の効果】
【0006】
以上、詳述した様に、本発明はヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に界面活性剤を添加した後、凍結融解により前記リポソーム膜を破壊し、次に前記破壊後の液を高速遠心分離した上清に、ヘモグロビンを変性させない有機溶媒を添加攪拌した後、弱遠心分離により前記有機溶媒に溶解した前記破壊後のリポソーム膜構成脂質を除去する前処理を施した測定液を分離定量に供する事により、ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量分析が支障なく可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
1.ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の調製
本発明におけるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液は公知の方法により調製される。
【0008】
2.ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量分析
本発明では、ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量分析のための測定液前処理方法を提供する。本発明におけるヘモグロビン類縁物質とはヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の製造中又は製造後に生成する可能性の有るヘモグロビンの変性物を示す。本発明における分離定量分析とは、高速液体クロマトグラフィー又は電気泳動法又はELISA法等であり、好ましくは、分離定量性の高い高速液体クロマトグラフィーを示す。
【0009】
<界面活性剤添加後の凍結融解操作によるリポソーム膜の破壊>
リポソーム膜を破壊し、且つ、ヘモグロビンを変性させない界面活性剤(ヘモグロビンは外部よりのエネルギー負荷だけでなく、化学物質によっても変性する可能性がある)を添加する方法は、ある程度有効である。しかし、リポソーム膜構成脂質成分中の荷電物質としてのステアリン酸組成比を低下させる等して、リポソーム膜の安定性を向上させた場合には、リポソーム膜の破壊が充分ではない。この場合でも界面活性剤添加後に凍結融解操作を行なう事により、リポソーム膜が充分に破壊される事を見出した。
【0010】
<有機溶媒添加によるリポソーム膜構成脂質の除去>
前記の界面活性剤添加後の凍結融解操作により、リポソーム膜を破壊した後の液をそのまま、分離定量分析に供しても、分離定量分析に支障がある事が判明した。高速液体クロマトグラフィーではカラムが詰まり、背圧が上昇し、分析に支障があった。電気泳動法では電気泳動像が乱れる現象が認められた。ELISA法では抗原抗体反応の阻害により分析値に影響が示された。この解決の為、鋭意検討の結果、リポソーム破壊後の液を高速遠心分離した上清にヘモグロビンを変性させない有機溶媒を添加攪拌し、前記有機溶媒に溶解した破壊後のリポソーム膜構成脂質を弱遠心分離により分離除去した後の測定液を、分離定量分析に供する事により、これらの一連の分析上の不具合が解消した。(なお、本発明における高速遠心分離とは回転数40,000×g以上の遠心分離を示し、弱遠心とは回転数5,000×g未満の遠心分離を示す。)この事から、残存する破壊後のリポソーム膜構成脂質が分析系に影響を与えていたものと判断された。有機溶媒としては、リポソーム膜構成脂質を溶解し、且つ、ヘモグロビンを変性させないものを選択する必要が有り、フッ素系不活性溶媒が好適に使用される。
【実施例】
【0011】
本発明におけるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量分析
<検体:ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の調製>
公知の方法により、リポソーム膜構成脂質の仕込み組成比を水素添加大豆ホスファチジルコリン:コレステロール:ステアリン酸=7:7:5(モル比)として、ヘモグロビン濃度42.0w/v%の濃厚ヘモグロビン溶液を用いてヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を調製した。前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のリポソーム膜構成脂質濃度を4.07w/v%に調整し検体とした。
【0012】
<ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の前処理>
上記で得られたヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の高速液体クロマトグラフィーを用いた分離定量分析のために、前記懸濁液の前処理を以下のごとく行なった。ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液16.7gを量り、水15mL、0.15Mリン酸緩衝液(pH 7.4)25mLを加えて混和し、5g/dL Triton X-100溶液25mLを加え、更に水を加えて正確に100mLとし転倒混和する。この溶液4mLをチューブに分散し、密栓して30秒激しく攪拌した後、液体窒素内に120秒間浸漬させて凍結し、次に、流水中に浸漬させて内容液を室温とし融解し、この凍結融解の操作によりリポソーム膜を破壊させた。リポソーム膜破壊後の液を、高速遠心分離(メーカー:ベックマン、機種:XL-80、ローター名:80tiを使用して24800rpm×2時間、10℃)して上清を得る。上清に等量の有機溶媒(CAPILLARY CARTRIDE COOLANT / BECKMAN COULTER)を添加し、激しく攪拌した後、弱遠心(メーカー名:トミー精工、機種:RLX-134、ローター名:TS-39を使用して3,000rpm×10min, 10℃)してリポソーム破壊後のリポソーム膜構成脂質を除去する。
【0013】
<高速液体クロマトグラフィーによる分離定量分析>
上記で得られた前処理済みの測定液及びリポソーム化前の濃厚ヘモグロビン溶液を水で40倍希釈した測定液に関して、下記の条件で、高速液体クロマトグラフィーを用いた分離定量分析を行なった。
・機器:高速液体クロマトグラフ(アライアンス2695)/日本ウォーターズ
・プレカラム:MS-Pak(PK-4A)/SHODEX
・ガードカラム:TSK-GUARDCOLUMN SWXL 6.0(ID)×40(L)mm/TOSOH
・分析カラム:TSK-GEL BIOASSIST G3 SWXL 7.8(ID) ×300(L)mm / TOSOH
・カラム温度:25℃
・移動相溶媒:0.15MNaCL含有50mMリン酸緩衝液(pH7.0)
・移動相送液条件:1mL / min
・検出器:フォトダイオードアレイ検出器(多波長検出)
・測定波長範囲:210〜700nm
抽出波長:280nm(蛋白質純度)
抽出波長:415nm(ヘム蛋白質純度)
・注入量:10mL(サンプルルーム温度:4℃)
・分析時間:40分
【0014】
<分離定量分析の結果>
上記の分離定量分析による結果を以下に示す。本発明における前処理を施した測定液の蛋白質純度を示す抽出波長280nmのピーク(図1)及びヘム蛋白質純度を示す抽出波長 415nmのピーク(図2)は各々、リポソーム化前の濃厚ヘモグロビンを40倍希釈した測定液の蛋白質純度を示す抽出波長280nmのピーク及びヘム蛋白質純度を示す抽出波長415nmのピークと比較して同じで有り、ヘモグロビンのリポソーム化の工程で、問題となる様なヘモグロビンの変性が起こっていない事が判明した。
(比較例)
【0015】
本発明における前処理を行なわない場合のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量分析
0011に記載したのと同じ検体を用い、本発明における前処理を行なわない以外は、0013に記載したのと同じ条件で高速液体クロマトグラフィーによる分離定量分析を行なったが、測定液に残存する破壊後のリポソーム膜構成脂質が原因と思われるカラム背圧の上昇と分離能の低下による問題が有り、分析が不可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に前処理を施した測定液の分析結果 (蛋白質純度・波長280nm)
【図2】ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に前処理を施した測定液の分析結果 (ヘム蛋白質純度・波長415nm)
【図3】リポソーム化前の濃厚ヘモグロビン溶液を40倍に希釈した測定液の分析結果 (蛋白質純度・波長280nm)
【図4】リポソーム化前の濃厚ヘモグロビン溶液を40倍に希釈した測定液の分析結果 (ヘム蛋白質純度・波長415nm)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に界面活性剤を添加した後、凍結融解により前記リポソーム膜を破壊し、次に前記破壊後の液を高速遠心分離した上清に、ヘモグロビンを変性させない有機溶媒を添加攪拌した後、弱遠心分離により前記有機溶媒に溶解した前記破壊後のリポソーム膜構成脂質を除去した後、分離定量する事を特徴とするヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン及びヘモグロビン類縁物質の分離定量における測定液の前処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−145192(P2010−145192A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−321872(P2008−321872)
【出願日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】