説明

ヘモグロビン精製法

本発明は、赤血球からヘモグロビンを精製するにあたり、赤血球を凍結保存させた後に精製することを特徴とするヘモグロビンの精製方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、赤血球からヘモグロビン(Hb)を精製する方法において、特にHbの変性や劣化を起こさず、高収率で安定してHbを確保するために赤血球を凍結、冷凍保管する工程を含む方法に関するものである。
【背景技術】
赤血球から単離・精製したヘモグロビン(Hb)は、赤血球代替物の原料として使用できる。このため、一定規格を満足できるヘモグロビン原料を安定に得る方法が求められている。通常、赤血球は冷蔵保管(4℃)されるが、採血により体外に取出された赤血球は、時間とともに各種化学変化(溶血、膜成分変性、代謝産物生成、Hb酸化、雑菌繁殖など)の進行により劣化していくため、高純度Hbを得ることが困難になる。
特に、酸素輸送の役割を担うHbは、ヘム中心鉄が二価(Fe2+)の場合に限り酸素を結合解離できるが、酸素解離に伴う電子移動(自動酸化)、あるいは活性酸素など何らかの外的因子により中心鉄が三価(Fe3+、metHb)に酸化されると酸素結合能を消失し、Hb原料として使用できなくなる(これをメト化という)。赤血球内ではメト化ヘモグロビン(metHb)は還元酵素類により速やかに還元され、その原因となる活性酸素はスーパーオキシドディスミューターゼやカタラーゼなどの酵素により消去されるため、metHb濃度は低値に保持されているが、この機能も冷蔵保存(4℃)中に劣化していき、metHbの蓄積が進行する。従って、赤血球からHbを精製する方法には、採血後一定期間内に簡単、安価な方法でHbを酸化され難い環境に移行する工程が必要となり、この移行までの期間、環境条件設定が不可欠となる。赤血球からHbを精製する方法は公知となっているものもある(特開平9−12598号公報、特表2002−520338号公報)が、これら方法の前提となる赤血球の取扱いに関する工程は全く含まれておらず、もちろん、その際の条件設定はなされていない。更には、人から採血した血液のうち、保管期限が経過したもの(日本では3週間)を利用する場合には、保管期限の経過後の品質管理はより困難となる。また、赤血球のような細胞構造を有する物質の凍結は、保護剤の添加なしには困難とされていた(特表2002−516254号公報)。しかも保護剤の添加や除去は操作が煩雑となるため、大量精製工程には適さない。
【発明の開示】
このような状況では、得られる精製Hbの性状が、原料として使用する赤血球の保管条件や保管期間に大きく影響を受けるため、その品質が安定しない問題があった。精製Hbを安定的に得るためには、赤血球の状態のまま管理する工程を含めたHb精製法の確立が必要となる。
本発明者らは、上記実状に鑑み、鋭意検討を行なった結果、赤血球を凍結保存させた後に精製すると、赤血球に含まれるHbが安定に保持されることを見出した。また、洗浄赤血球についてこの凍結を行うことを条件として、Hb収量の低下も防止できた。このような工程が含まれるHb精製法によれば、赤血球の使用期限が飛躍的に増大し、かつ安定した性状の精製Hbが得られることが見出され、本発明に到った。
すなわち、本発明は、赤血球からヘモグロビンを精製するにあたり、赤血球を凍結保存させた後に精製することを特徴とするヘモグロビンの精製方法である。
また、前記方法は、凍結保存工程が、採血された赤血球を4℃〜10℃で保存する工程、赤血球を洗浄する工程、洗浄赤血球を凍結する工程及び凍結された赤血球を冷凍保存する工程を含んでいてもよい。
赤血球を採血してから凍結する工程までの日数は、例えば1〜60日である。
さらに、凍結する工程及び冷凍保存する工程における温度は、例えば−60℃以下である。
本発明により、赤血球からヘモグロビンを精製するにあたり、赤血球を凍結保存させた後に精製することを特徴とするヘモグロビンの精製方法が提供される。本発明のヘモグロビンの精製方法により、赤血球の使用期限が飛躍的に増大し、かつ安定した性状の精製Hbが得られる。
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明において、赤血球は各種動物(ヒト、ウシ、ウマ、ブタなどが挙げられるが、限定されるものではない)由来の血液より得られ、好ましくは、採血後に遠心分離、限外濾過、膜濾過、またその組み合わせにより白血球、血小板、血漿成分の大部分が除去された赤血球分散液が用いられる。献血によって得られた血液から遠心分離によって血漿成分を除去し、安定化剤としてMAP液を添加した濃厚赤血球製剤である赤血球M.A.P.のうち、その保管期限(採血後21日間)が経過したものが使用される。ここで、MAP液とは、主としてマンニトール、アデニン、結晶リン酸二水素ナトリウムを含む溶液であり、赤血球M.A.P.とは、赤血球生存率の向上を図るため、濃厚赤血球液中の抗凝固剤であるCPD(citrate phosphate dextrose)を除いてこのMAP液に置換したものである。
赤血球を冷蔵保管する工程は4〜10℃が好ましく、通常の冷蔵庫、血液保冷庫、保管庫などの何れを用いてもよい。4℃より低温で保管して凍結した場合、還元酵素機能不能によるmetHb(メト化ヘモグロビン)の蓄積、また、赤血球溶血により次の洗浄工程でのHb収率低下などの問題が生じ、また10℃より温度が上昇した場合は、metHb生成、各種代謝産物の生成、雑菌の繁殖など、劣化が加速されるので好ましくない。
赤血球を洗浄する工程は、赤血球と残存する白血球、血小板、血漿成分、また保存中に生成した水溶性物質を分離できる何れの方法を用いてもよく、例えば遠心分離、限外濾過、膜濾過、またその組み合わせが挙げられる。洗浄後の赤血球は、遠心分離により得られる赤血球ペレットあるいは晶質浸透圧を赤血球と同等にした溶液に分散させてもよいが、ヘモグロビン精製工程で除去が困難な添加物は避けるべきである。赤血球M.A.P.の場合には、期限が経過した後に、各血液センターや病院にて、採血バッグに生理食塩水を注入後分散させてバッグ毎高速遠心分離を行うことにより、バフィーコート(白血球と血小板の層)を含めた上清を除去する操作を2回から4回繰り返し、最終的には濃厚赤血球の状態とするのが好ましい。
洗浄赤血球を−60℃以下で凍結する工程は、適当な冷媒中への浸漬、冷媒噴霧、冷凍庫、保冷庫などの何れを用いてもよく、特に急速凍結には液体窒素や−80℃の冷凍庫、噴霧凍結などが有効である。赤血球M.A.P.の場合はバッグ毎に凍結させればよい。本発明においては、赤血球を採血してから凍結する工程までの日数は、例えば1〜60日である。
冷凍保管は適当な冷媒中への浸漬、冷媒噴霧、冷凍庫など何れの方法を用いてもよい。凍結によりHbの高次構造が変化した状態で、結合水が凍結していない場合には、metHbの生成が促進される場合があるので、−60℃以下で実施することが好ましい。赤血球M.A.P.の場合には、凍結させた状態でヘモグロビンを精製する箇所に収集させてもよい。
ヘモグロビン精製法は、何れの方法を用いてもよく、例えば常法によって溶血し、遠心分離や限外濾過によりストローマ成分のみを除去したストローマフリーヘモグロビン溶液、ヘモグロビンを単離した精製ヘモグロビン溶液として得られる。
上記精製法において、限外濾過は、例えば限外分子量70k〜1000kDa、好ましくは500kDaの限外濾過膜を用いることができる。ストローマ成分を除去した溶液は、必要により脱気および一酸化炭素ガス通気を行い、98%以上カルボニルHbに変換させることが好ましい。その後、Hb溶液を恒温槽中で攪拌し、次いで所定の遠心速度で遠心分離し、沈殿した変性夾雑蛋白質を除去する。得られた溶液を限外濾過することにより、透過液として精製ヘモグロビン溶液を得ることができる。
以下に実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【実施例1】
赤血球M.A.P.の保存形態の比較
日本赤十字血液センターより提供された保管期限が経過した赤血球M.A.P.200mlバッグ(採血後27日経過)から約140mLを取り出して遠沈菅に入れ、4℃にて遠心分離(2,000×g、15分)を行い、バフィーコートを含めた上清を除去した。更に生理食塩水70mLを添加して攪拌した後、遠心分離を行い洗浄した。この操作を四回繰り返して濃厚赤血球を得た。この濃厚赤血球をポリエチレン容器に3mLずつ分注して、冷蔵庫(4℃)、冷凍庫(−20℃)、あるいはディープフリーザー内(−80℃)で保存した。その後、所定日数が経過した試料を4℃の冷蔵庫内で解凍して、シアノメトヘモグロビン法によりメトヘモグロビン含有率(メト化率)を測定した。得られた結果を表1に示す。冷蔵庫(4℃)および冷凍庫(−20℃)で保存した場合には、日数経過に伴いメト化率の上昇が認められ、特に−20℃では凍結から14日後に37.1%という著しい上昇が認められた。他方、ディープフリーザー(−80℃)内で保存した場合には3ヶ月経過後でもメト化率の上昇は認められなかった。

【実施例2】
赤血球M.A.P.の冷蔵保存温度
日本赤十字血液センターより提供された保管期限が経過した赤血球M.A.P.を4℃にて冷蔵保存し、採血日から数えて27日経過した時点で分注し、4、10、15、あるいは20℃の保冷庫内で保存した。採血日から数えて58日経過した試料について、シアノメトヘモグロビン法によりメトヘモグロビン含有率(メト化率)を測定した。4および10℃で保存した場合のメト化率は各々2.8および6.4%であったが、15および20℃の場合は、13.2および18.3%まで上昇が認められた。10℃以下で保存した場合は、少なくとも採血後60日までのメト化率は10%以下に留まった。
【実施例3】
赤血球M.A.P.の冷蔵保存期間
日本赤十字血液センターより提供された保管期限が経過した赤血球M.A.P.を4℃にてバッグのまま冷蔵保存し、採血日から数えて27、41、58、あるいは87日経過した時点で約140mLずつ取り出し、遠沈菅に移して遠心分離(2,000×g、15分)を行い、バフィーコートを含めた上清を除去した。更に生理食塩水70mLを添加して攪拌した後、遠心分離により洗浄した。この操作を三回繰り返して濃厚赤血球を得た。この濃厚赤血球をポリエチレン容器に3mLずつ分注して、ディープフリーザー内(−80℃)で保存した。その後、所定日数が経過した試料を4℃の冷蔵庫内で解凍して、シアノメトヘモグロビン法によりメトヘモグロビン含有率(メト化率)を測定した。得られた結果を表2に示す。4℃では、保存期間が長くなるにつれて凍結解凍後のメト化率は上昇することが明らかになった。これにより、解凍時のメト化率の上限を10%程度とした場合、採血してから凍結するまでの日数は60日以内が適していると判断された。

【実施例4】
凍結赤血球M.A.P.からのHb精製方法
日本赤十字血液センターより提供された赤血球M.A.P.(採血後28日経過)400mLバッグを液体窒素に10分間浸漬して凍結させ、次いで冷凍庫(−80℃)にて60日間保存した後、冷蔵庫内(4℃)で解凍した。この解凍赤血球について、4℃にて遠心分離(2,000×g、15分)を行ったところ、上清は濃赤色を呈しており、凍結融解操作による赤血球の溶血が認められた。バフィーコートを含めた上清を除去した後、更に生理食塩水140mLをバッグに添加して攪拌後、遠心分離して洗浄した。この操作を四回繰り返して濃厚赤血球を得た。このとき、シアノメトヘモグロビン法により求めたメト化率は1.3%で、ヘモグロビン収率は63%であった。
次に、濃厚赤血球をポリエチレンの容器に移し、等容量の注射用水を添加して赤血球を低張溶血させ、限外濾過(限外分子量:1000kDa)を行い、ストローマ成分を除去した。この溶液に脱気および一酸化炭素ガス通気を5回繰り返し、98%以上カルボニルHbに変換させた。このカルボニルHb溶液を60℃の恒温槽中で12時間攪拌し、次いで遠心分離(3,000×g、30分)により沈殿した変性夾雑蛋白質を除去した。得られた溶液を限外濾過(限外分子量:1000kDa)を行うことにより、透過液として精製ヘモグロビン溶液を得た。この方法で得られたHb溶液の性状を表3に示す。

【実施例5】
凍結洗浄赤血球からのHb精製方法
日本赤十字血液センターより提供された赤血球M.A.P.400mlバッグを4℃にて保存し、採血日から数えて30日目に生理食塩水140mLを添加してバッグのまま4℃にて遠心分離(2,000×g)を行い、バフィーコートを含む上層を除去した。この場合には赤血球の溶血は認められなかった。更に生理食塩水140mLをバッグに添加して遠心分離する操作を三回繰り返して濃厚赤血球を得た。次に、バッグのまま液体窒素に浸漬して凍結させ、冷凍庫(−80℃)にて60日間保存した後、この凍結濃厚赤血球を冷蔵庫内(4℃)で解凍した。このとき、シアンメト法により求めたメト化率は0.9%、ヘモグロビン収率は90%であった。
次に、解凍した濃厚赤血球をバッグからポリエチレン容器に移した後、等容量の注射用水を添加して赤血球を低張溶血させ、限外濾過(限外分子量:1000kDa)を行うことによりストローマ成分を除去した。次に、この溶液に脱気および一酸化炭素ガス通気を5回繰り返して、98%以上カルボニルHbに変換させた。このカルボニルHb溶液を60℃の恒温槽中で12時間攪拌し、次いで遠心分離(2,000×g、30分)を行い、沈殿した変性夾雑蛋白質を除去した。得られた溶液を限外濾過(限外分子量:1000kDa)により、透過液として精製ヘモグロビン溶液を得た。この方法で得られたHb溶液の性状を表4に示す。

【実施例6】
凍結洗浄赤血球からのHb精製方法
日本赤十字血液センターより提供された赤血球M.A.P.を4℃にて保存し、採血日から数えて36日目にバッグからポリエチレン容器に移した10Lを4℃にて遠心分離(2,000×g)して、バフィーコートを含めた上清を除去した。この場合、左程赤血球の溶血は認められなかった。更に生理食塩水5Lを添加して攪拌した後、遠心分離を行うことにより洗浄した。この操作を四回繰り返して濃厚赤血球を得た。次に、濃厚赤血球を冷凍庫(−80℃)にて凍結させ、そのまま30日間保存した後、この凍結洗浄赤血球を冷蔵庫内(4℃)で解凍した。このとき、シアンメト法により求めたメト化率は0.7%、ヘモグロビン収率は93%であった。
次に、濃厚赤血球に等容量の注射用水を添加して赤血球を低張溶血させ、限外濾過(限外分子量:1000kDa)にてストローマ成分を除去した。次に、この溶液に脱気および一酸化炭素ガス通気を5回繰り返し、98%以上カルボニルHbに変換させた。このカルボニルHb溶液を60℃の恒温槽中で12時間攪拌し、次いで遠心分離(2,000×g、30分)を行うことにより、沈殿した変性夾雑蛋白質を除去した。この溶液に0.1Nの水酸化ナトリウム溶液を添加し、溶液pHを7.4に調節した。得られた溶液を限外濾過(限外分子量:1000kDa)し、透過液として精製ヘモグロビン溶液を得た。この溶液を限外濾過(限外分子量:8kDa)することにより、濃厚Hb溶液を得た。この方法で得られたHb溶液の性状を表5に示す。

【産業上の利用可能性】
本発明により、ヘモグロビンの精製法が提供される。本発明の方法によれば赤血球を凍結保存させた後に精製すると、赤血球に含まれるHbが安定に保持されるため、赤血球の使用期限が飛躍的に増大する。従って、本発明は救急医療分野等において極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤血球からヘモグロビンを精製するにあたり、赤血球を凍結保存させた後に精製することを特徴とするヘモグロビンの精製方法。
【請求項2】
凍結保存工程が、採血された赤血球を4℃〜10℃で保存する工程、赤血球を洗浄する工程、洗浄赤血球を凍結する工程及び凍結された赤血球を冷凍保存する工程を含む請求項1記載の方法。
【請求項3】
赤血球を採血してから凍結する工程までの日数が1〜60日である請求項2記載の方法。
【請求項4】
凍結する工程及び冷凍保存する工程における温度が−60℃以下である請求項2又は3記載の方法。

【国際公開番号】WO2005/063814
【国際公開日】平成17年7月14日(2005.7.14)
【発行日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516743(P2005−516743)
【国際出願番号】PCT/JP2004/019822
【国際出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(503185437)株式会社 オキシジェニクス (6)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】