説明

ヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法

【課題】ヘリカーゼの酵素活性を精度よく測定し評価する方法の提供。
【解決手段】a)第1蛍光標識1本鎖核酸と第2蛍光標識1本鎖核酸とからなる蛍光標識2本鎖核酸にヘリカーゼを添加して反応させた後、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合を一分子蛍光解析法により測定する工程と、b)第1蛍光物質及び第2蛍光物質により標識された検量線用蛍光標識2本鎖核酸の検量線用試料系列を調製する工程と、c)工程(a)と同様にして、各検量線用試料中の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合を測定する工程と、(d)工程(c)で測定された見かけの含有割合と、測定試料における実際の含有割合との関係の近似線を作成する工程と、(e)工程(d)で作成した近似線及び工程(a)で測定された見かけの含有割合に基づき、当該ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を算出する工程とを有するヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘリカーゼの2本鎖核酸に対する巻き戻し反応効率を、一分子蛍光解析法を用いて、精度よく測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘリカーゼは、DNAやRNAの2本鎖核酸の2重螺旋を巻き戻す酵素の総称である。DNA修復や複製、転写、翻訳、スプライジング等の遺伝情報の関与する様々な作用においてヘリカーゼが関与していることが報告されており、各作用によって様々なヘリカーゼが存在していることも分かっている。また、ある種のヘリカーゼは、異常な疾患を引き起こすことも判明しており、このため、ヘリカーゼインヒビターの開発も進められている。
【0003】
このように、ヘリカーゼは多様性に富んだ酵素であり、かつ生体内において重要な役割を果たしているものの、基質特異性、巻き戻し反応効率、作用機序等の詳細については、未だ不明な点も多い。また、塩基配列情報からはヘリカーゼ活性を有している可能性が示唆されているものの、実際の活性が確認されていない未同定の酵素も多い。
【0004】
これらのヘリカーゼの同定や作用機構の解明のためには、ヘリカーゼ活性を測定することが重要である。ヘリカーゼの活性をインビトロで計測する方法としては、例えば、放射性同位元素で標識した2本鎖DNAとヘリカーゼとを混合して反応させた後、サンプル(反応溶液)中の核酸塩基を電気泳動法により1本鎖核酸と2本鎖核酸とに分離し、放射能量を検出することによって定量を行う方法がある。しかしながら、この方法では放射性同位元素を用いるため、安全性の問題があり、かつ特別な施設が必要であるなど、簡便性という点では問題があった。また、ヘリカーゼにより反応させたサンプルに対してさらに電気泳動を行うため、検出に時間がかかることも難点であった。
【0005】
ヘリカーゼ活性を、より安全かつ簡便に行う方法として、蛍光物質を用いた測定方法が開発されている。例えば、(1)5’突出末端を有する2本鎖核酸、3’突出末端を有する2本鎖核酸、及び突出末端を持たない2本鎖核酸のそれぞれを、2本鎖核酸の1本鎖核酸への解離によってシグナル強度が増加又は減少するシグナル発生物質を含んでなるように調製し、これらの2本鎖核酸を基質とした被験ヘリカーゼによる酵素反応を行ない、2本鎖核酸から1本鎖核酸への巻き戻りによって計測されるシグナル強度の変化によって被験ヘリカーゼの核酸塩基への反応速度を算出することにより、被験ヘリカーゼの基質特異性を同定する方法が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。当該方法では、2本鎖核酸の1本鎖核酸への解離によってシグナル強度が増加又は減少するシグナルとして、蛍光共鳴エネルギー転移(fluorescence resonance energy transfer:FRET)現象や、蛍光物質によるインターカレータを利用している。
【0006】
また、(2)核酸の構成塩基との近接、離間によって蛍光強度が変化する蛍光色素を有する1本鎖核酸と、該1本鎖核酸と相補的な塩基配列を有する他方の1本鎖核酸とからなる2本鎖核酸を用意する工程と、該2本鎖核酸を基質として、ヘリカーゼによる酵素反応を行う工程と、前記酵素反応の反応産物からの蛍光強度を測定する工程とにより、ヘリカーゼ活性を測定する方法も開示されている(例えば、特許文献2参照。)。当該方法では、2本鎖核酸のうちの1本の核酸鎖のうち、2本鎖核酸となった場合に他方の核酸鎖中のグアニン塩基が近接する部位を、予め、グアニン塩基の近接により蛍光消光を受ける特性を持つ蛍光物質により標識しておく。この蛍光標識した2本鎖核酸が、ヘリカーゼによる巻き戻しを受けて1本鎖核酸となった際に蛍光のシグナルが変化することを利用して、ヘリカーゼの活性を検出している。
【0007】
その他、(3)核酸塩基またはヘリカーゼに蛍光標識するステップと、前記核酸塩基と前記ヘリカーゼとを混合し混合溶液をつくるステップと、蛍光解析法により混合溶液中の蛍光標識を有する物質の大きさ、明るさまたは数を求めるステップとを有することを特徴とする核酸塩基とヘリカーゼとの反応を検出する方法も開示されている(例えば、特許文献3参照。)。当該方法では、蛍光解析法として、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)、蛍光相互相関分光法(Fluorescence Cross Correlation Spectroscopy:FCCS)、蛍光強度分布解析法(Fluorescence Intensity Distribution Analysis:FIDA)、多項目蛍光強度分布解析法(Fluorescence Intensity Multiple Distribution Analysis:FIMDA)、又は蛍光偏光解析法(FIDA polarization:FIDA−PO)が挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−253364号公報
【特許文献2】特開2008−99619号公報
【特許文献3】特開2005−80535号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ヘリカーゼによる巻き戻し反応効率の計測のためには、ヘリカーゼにより巻き戻しを受けた2本鎖核酸(1本鎖核酸となったもの)と、巻き戻しを受けなかった2本鎖核酸との割合を測定することが重要である。そして、ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を測定することにより、当該ヘリカーゼの基質特異性、至適温度や至適pH等の反応条件をより詳細に調べることができる。さらに、巻き戻し反応効率を定量的に測定することにより、他のヘリカーゼとの活性の強さ等を比較することも可能となる。
【0010】
しかしながら、上記(1)の方法では、FRETを利用する場合には、2本鎖核酸の状態では、FRETの蛍光シグナルが弱いため、2本鎖核酸と1本鎖核酸とを区別して定量することが困難である。このため、当該方法によっては、ヘリカーゼ活性の有無を定性的に調べることは可能であるが、ヘリカーゼの核酸塩基の巻き戻し反応効率を計測することは困難であった。また、インターカレータを利用する場合は、そもそも1本鎖核酸からはシグナルが発せられないため、やはり、2本鎖核酸と1本鎖核酸とを区別して定量することができない。
【0011】
また、上記(2)の方法では、測定試料全体の蛍光を検出しているため、計測しているサンプル中に、実際にどれくらいの割合の2本鎖核酸がヘリカーゼによる巻き戻しを受けているか、つまり1本鎖核酸と2本鎖核酸とを見分けて定量することは困難であった。そのため、当該方法においても、ヘリカーゼ活性の効率を判定することは難しかった。
【0012】
一方、上記(3)の方法では、蛍光標識2本鎖核酸とヘリカーゼの反応を、FCS等の一分子蛍光解析法を用いて検出しているため、2本鎖核酸と1本鎖核酸とを区別して定量することが可能である。しかしながら、FCSを用いて当該方法によりヘリカーゼ活性を測定した場合には、2本鎖核酸と1本鎖核酸の識別精度を向上させるため、エキソヌクレアーゼによって1本鎖核酸を分断し分子量を小さくする酵素処理を行っており、このような酵素処理等を行わない場合には、当該方法によるヘリカーゼの巻き戻し反応効率計測の精度は必ずしも十分ではない、という問題がある。実際に、特許文献3においては、ヘリカーゼの巻き戻し反応効率は測定されていない。
また、特許文献3には、FCCSを用いた検出に関しても記述されている。しかしながら、FCCSは、結合の有無を測定する対象である2種類の分子を、それぞれ分光特性の異なる蛍光物質により標識して用いることが必須であり、これら2種類の蛍光標識分子を計測するため、2つの異なる波長の光を同じ対物レンズを用いてサンプルに照射しなくてはならず、対物レンズの色収差等によってサンプルの照射領域にずれが生じてしまうという問題がある。また、それぞれの分子を標識している蛍光物質の特性も異なる、という問題もある。このため、FCCSにおいては、一般的に、2種類の異なる蛍光物質で標識された分子が100%結合している場合にも、得られるデータの結合効率は100%よりもはるかに小さい値にしか検出されないという原理的な問題がある。このようなことから、FCCSを用いて上記(3)の方法によりヘリカーゼ活性を測定した場合には、ヘリカーゼ活性の有無確認する程度の定性的な知見しか得られなかった。
【0013】
本発明は、2本鎖核酸を1本鎖核酸に巻き戻すヘリカーゼの反応に関して、基質特異性や反応効率等のより詳細なヘリカーゼの酵素活性を、精度よく測定し評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、蛍光標識2本鎖核酸とヘリカーゼの反応を、一分子蛍光解析法を用いて測定する場合に、予め、測定試料中の実際の2本鎖核酸含有率(〔2本鎖核酸量〕/〔2本鎖核酸量〕+〔1本鎖核酸量〕)と、当該測定試料から測定により得られた見かけの2本鎖核酸含有率との関係の近似線を作成しておき、この近似線を用いることによって、より定量的かつ正確に2本鎖核酸の巻き戻し反応効率を測定することができ、ヘリカーゼ活性の評価をより精度よく行うことができることを見出し、本発明を完成させた。
【0015】
すなわち、本発明は、
(1) ヘリカーゼの2本鎖核酸に対する巻き戻し反応効率を測定する方法であって、(a)第1蛍光物質により標識された第1蛍光標識1本鎖核酸と、前記第1蛍光物質とは分光特性の異なる第2蛍光物質により標識されている第2蛍光標識1本鎖核酸との会合体である蛍光標識2本鎖核酸を含む反応溶液に、ヘリカーゼを添加して反応させた後、当該反応溶液に、前記第1蛍光物質を励起し得る波長の光及び前記第2蛍光物質を励起し得る波長の光をそれぞれ照射し、各蛍光物質から発される蛍光を蛍光シグナルとしてそれぞれ検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析して、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合を測定する工程と、(b)前記第1蛍光物質により標識された検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸と、前記第2蛍光物質により標識された検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸とを等量含有し、かつ、前記第1蛍光物質及び前記第2蛍光物質により標識された検量線用蛍光標識2本鎖核酸と前記検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸と前記検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸との総和に対する前記検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が異なる検量線用試料系列を調製する工程と、(c)前記工程(b)において調製した検量線用試料系列のそれぞれの検量線用試料に、前記第1蛍光物質を励起し得る波長の光及び前記第2蛍光物質を励起し得る波長の光をそれぞれ照射し、各蛍光物質から発される蛍光を蛍光シグナルとしてそれぞれ検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析して、当該検量線用試料中の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(モル比)を測定する工程と、(d)前記工程(c)において測定された各検量線用試料の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(モル比)と、測定試料における実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合との関係の近似線を作成する工程と、(e)前記工程(d)において作成した近似線、及び前記工程(a)において測定された当該反応溶液の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(モル比)に基づき、当該ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を算出する工程と、を有することを特徴とするヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法、
(2) 前記一分子蛍光解析法が蛍光相互相関分光法であることを特徴とする前記(1)記載のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法、
(3) 前記蛍光物質が、488nmの波長の励起光により励起される蛍光物質であり、前記工程(d)において作成される近似線が、測定試料における実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合の低領域における近似線と、前記含有割合の高領域における近似線とからなり、前記低領域と前記高領域との境界が、60〜80%の範囲内にあることを特徴とする前記(1)又は(2)記載のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法、
(4) 前記低領域と前記高領域との境界が、60〜70%の範囲内にあることを特徴とする前記(3)記載のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法においては、蛍光標識2本鎖核酸とヘリカーゼとを混合して反応させた反応溶液中の、蛍光標識2本鎖核酸と蛍光標識1本鎖核酸の含有割合(モル比)、すなわち、蛍光標識2本鎖核酸の残存率を高精度に求めることができるため、当該ヘリカーゼの巻き戻し反応効率をより定量的かつ正確に求めることができる。よって、本発明のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法を用いることにより、基質特異性や反応効率等のより詳細なヘリカーゼの酵素活性を高精度に評価することができる。また、本発明のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法は、一分子蛍光解析法を用いるため、簡便かつ安全な方法であり、さらに、ヘリカーゼ活性の詳細な効率測定を迅速に、かつ少量のサンプルに対して行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】ヘリカーゼによる巻き戻し反応による、蛍光相互相関関数曲線と蛍光自己相互相関関数曲線の変化を示した概略図である。
【図2】蛍光標識2本鎖核酸が、5’末端が第1蛍光物質(図中、星形)により標識された1本鎖核酸と5’末端が第2蛍光物質(図中、十字形)により標識された1本鎖核酸との会合体である場合の検量線用試料系列の一態様を示した概念図である。
【図3】一分子蛍光解析法としてFCCSを用いた場合の、本発明の巻き戻し反応効率測定方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図4】一分子蛍光解析法としてFIDAを用いた場合の、本発明の巻き戻し反応効率測定方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図5】実施例1において、縦軸をFCCS計測により得られた蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(DCC)、横軸を実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)として、検量線用試料系列の各検量線用試料のデータをプロットした図である。
【図6】実施例1において、ヘリカーゼによる反応後の反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(DCC)を、FCCS計測により測定した結果を、反応溶液に添加したDNAヘリカーゼの濃度ごとに示したグラフである。
【図7】実施例1において、「◆」は、図5に示す検量線に基づいて、図6に示すFCCS計測により蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合から算出された反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(蛍光標識2本鎖核酸の残存率)(Frac.G/R−DNA)を、反応溶液に添加したDNAヘリカーゼの濃度ごとに示したグラフである。一方、「△」は、同様の反応条件でヘリカーゼ反応を行った後の反応溶液中の2本鎖核酸の含有割合を、電気泳動法により測定した結果を示したグラフである。
【図8】参考例1において、縦軸をFCCS計測により得られた蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(DCC)、横軸を実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)として、検量線用試料系列の各検量線用試料のデータをプロットした図である。
【図9】参考例2において、各ヘリカーゼ濃度の反応溶液中の片側蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Q=12.7)と片側蛍光標識1本鎖核酸の含有割合(Q=19)を示した図である。
【図10】参考例2と同様の反応条件でヘリカーゼ反応を行った後の反応溶液中の巻き戻し反応効率(%)を、電気泳動法により測定した結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明及び本願明細書において、ヘリカーゼとは、当該タンパク質の名称によらず、2本鎖核酸を1本鎖の状態に巻き戻す性質を有する全てのタンパク質を意味する。典型的には、ヘリカーゼは、ATPやGTPの加水分解エネルギーを用いて作用している。本発明のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法に供されるヘリカーゼ(以下、「被検ヘリカーゼ」ということがある。)としては、DNAヘリカーゼであってもよく、RNAヘリカーゼであってもよい。
【0019】
また、本発明及び本願明細書において、特に記載が無い限り、「量」は「モル量」を、「量比」や「比」は「モル比」を、「比率」は「モル比率」を、「割合」は「モル量同士の割合」を、それぞれ意味する。
【0020】
さらに、本発明及び本願明細書において、ある溶液の「蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(モル比)」とは、当該溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の総量(モル量)と蛍光標識1本鎖核酸の総量(モル量)との和に対する、蛍光標識2本鎖核酸の総量(モル量)の割合を意味する。
【0021】
本発明においては、被検ヘリカーゼの基質として、第1蛍光標識1本鎖核酸と第2蛍光標識1本鎖核酸との会合体からなる蛍光標識2本鎖核酸を用いる。第1蛍光標識1本鎖核酸とは、蛍光物質(第1蛍光物質)により標識された1本鎖核酸であり、第2蛍光標識1本鎖核酸とは、第1蛍光物質とは分光特性の異なる蛍光物質(第2蛍光物質)により標識された1本鎖核酸である。なお、本発明及び本願明細書において、「分光特性が異なる蛍光物質」とは、異なる波長の蛍光を発する蛍光物質を意味する。
【0022】
蛍光標識2本鎖核酸を構成する塩基種類、塩基配列、塩基対長等は、被検ヘリカーゼの種類を考慮して、適宜決定することができる。例えば、被検ヘリカーゼがDNAヘリカーゼである場合には、蛍光標識2本鎖核酸は2本鎖DNAであることが好ましく、被検ヘリカーゼがRNAヘリカーゼである場合には、蛍光標識2本鎖核酸は2本鎖RNAやDNA鎖とRNA鎖によるキメラ2本鎖核酸であることが好ましい。その他、蛍光標識2本鎖核酸は、リン酸化や2’−O−メチル化等による修飾がされていてもよい。また、蛍光標識2本鎖核酸を構成する一部の塩基が、一般的に用いられるヌクレオチドアナログであってもよい。
【0023】
また、蛍光標識2本鎖核酸は、両末端が平滑端部であってもよく、突出末端を有するものであってもよい。例えば、一方の末端が5’突端末端又は3’突端末端であり、他方が平滑端部である2本鎖核酸であってもよい。被検ヘリカーゼの基質特異性を考慮して、適宜決定することができる。なお、蛍光標識2本鎖核酸を構成する2本の1本鎖核酸の相補性や長さを工夫することによって、両端平滑2本鎖核酸と5’突端末端2本鎖核酸、3’突端末端2本鎖核酸を作製することができる。
【0024】
蛍光標識2本鎖核酸等の標識に用いられる第1蛍光物質又は第2蛍光物質としては、互いの分光特性が異なる組み合わせであれば、特に限定されるものではなく、一般的に核酸の蛍光標識に用いられる蛍光物質の中から適宜決定することができる。このような蛍光物質としては、例えば、FAM、TAMRA、ローダミングリーン(Rhodamine Green)、Alexa Fluor488、Alexa Fluor633、Alexa Fluor647等のAlexa Fluor(登録商標)dyeシリーズ(インビトロジェン社製)、ATTO633等のATTO dyeシリーズ(ATTO−TEC社製)、Cy5等のCy dyeシリーズ(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)、HiLyte(登録商標) Fluor488(AnaSpec社製)、BODIPY FL(インビトロジェン社製)、DY647(Dyomics社製)、FITC(フルオレセインイソチオシアナート)、フルオレセイン、ローダミン、NBD、TMR(テトラメチルローダミン)、TexasRed等がある。例えば、ローダミングリーン、TAMRA、TMR等のように、連続して光照射を行った場合でも比較的安定して蛍光を発するような退色し難い蛍光物質を標識として用いることにより、光照射の時間や回数の影響を抑えて、計測値ごとのばらつきを防止し、より安定した解析結果を得ることができる。
【0025】
第1蛍光物質及び第2蛍光物質としては、それぞれ、励起後に発される蛍光の波長が被らない組み合わせの蛍光物質であることが好ましい。例えば、緑色蛍光物質を第1蛍光物質とし、赤色蛍光物質を第2蛍光物質として用いることが好ましい。緑色蛍光物質としては、例えば、励起光が488nm付近である蛍光物質、具体的には、ローダミングリーン、HiLyte Fluor488、FITC、Alexa fluor488、FAM、Bodipy FL等が挙げられる。一方、赤色蛍光物質としては、例えば、励起光が590nm以上の蛍光物質、具体的には、TexasRed、ATTO633、Alexa fluor647、Alexa fluor633、Cy5等が挙げられる。
また、第1蛍光物質及び第2蛍光物質は、両蛍光物質間でFRETが生じない組み合わせであることが好ましい。蛍光標識2本鎖核酸を標識する2種類の蛍光物質間においてFRETが生じると、FCCS解析の精度が低下してしまうためである。
【0026】
また、蛍光標識2本鎖核酸の塩基対長は、被検ヘリカーゼによる巻き戻し反応の基質となるために十分な長さであれば特に限定されるものではない。本発明においては、巻き戻される前の2本鎖核酸と、巻き戻された後の1本鎖核酸との識別精度を高められるため、例えば、15塩基対以上とすることが好ましく、20塩基以上とすることがより好ましい。特に、蛍光標識2本鎖核酸として、互いに分光特性の異なる蛍光物質により標識されている1本鎖核酸同士の会合体を用いる場合には、標識に用いた蛍光物質間でFRETが生じることを抑制し得ることから、蛍光標識2本鎖核酸の長さは20塩基対以上とすることが好ましい。
【0027】
蛍光物質により標識される蛍光標識2本鎖核酸、第1蛍光標識1本鎖核酸、及び第2蛍光標識1本鎖核酸中の部位は、被検ヘリカーゼによる巻き戻しを阻害しない領域であれば、特に限定されるものではなく、蛍光標識の方法、用いられる一分子蛍光解析法の種類等を考慮して、適宜決定することができる。本発明においては、1本鎖核酸の5’末端に蛍光物質が標識されていることが好ましいが、5’突端末端2本鎖核酸や3’突端末端2本鎖核酸を作製する場合には、適宜標識する場所を工夫しても良い。
【0028】
本発明において用いられる蛍光標識2本鎖核酸、第1蛍光標識1本鎖核酸、及び第2蛍光標識1本鎖核酸は、当該技術分野において公知のいずれの手法により設計し、合成してもよい。例えば、各蛍光標識1本鎖核酸は、塩基配列を常法により設計した後、該設計に基づき、市販の合成機等を用いて公知の核酸合成反応により合成することができる。その他、受託サービスを利用して合成することもできる。一方、蛍光標識2本鎖核酸は、例えば、それぞれ別個に合成した1本鎖核酸同士をアニーリングさせることによって合成することができる。なお、アニーリング後には、残存する1本鎖核酸はエキソヌクレアーゼ処理等により除去しておくことが好ましい。
【0029】
その他、PCR(Polymerase Chain Reaction)等の核酸増幅反応を利用して、2本鎖核酸を合成することもできる。合成した2本鎖核酸は、電気泳動法等を用いて、分子量に基づき分離精製を行って用いても良い。また、このようにして合成した2本鎖核酸を変性させることにより、1本鎖核酸を得ることもできる。
【0030】
また、例えば、5’末端に蛍光物質を結合させたプライマーを用いて、1本鎖核酸を合成することにより、5’末端が蛍光標識された蛍光標識1本鎖核酸や蛍光標識2本鎖核酸を得ることができる。特に、異なる種類の蛍光物質を5’末端に結合させた2種類のプライマーを用いてPCR(Polymerase Chain Reaction)を行うことにより、互いに分光特性の異なる蛍光物質により標識された1本鎖核酸同士の会合体である蛍光標識2本鎖核酸を簡便に作製することができる。
【0031】
本発明のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法(以下、本発明の巻き戻し反応効率測定方法、ということがある。)は、下記の工程を有することを特徴とする。
(a)第1蛍光物質により標識された第1蛍光標識1本鎖核酸と、前記第1蛍光物質とは分光特性の異なる第2蛍光物質により標識されている第2蛍光標識1本鎖核酸との会合体である蛍光標識2本鎖核酸を含む反応溶液に、ヘリカーゼを添加して反応させた後、当該反応溶液に、前記第1蛍光物質を励起し得る波長の光及び前記第2蛍光物質を励起し得る波長の光をそれぞれ照射し、各蛍光物質から発される蛍光を蛍光シグナルとしてそれぞれ検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析して、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合を測定する工程と、
(b)前記第1蛍光物質により標識された検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸と、前記第2蛍光物質により標識された検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸とを等量含有し、かつ、前記第1蛍光物質及び前記第2蛍光物質により標識された検量線用蛍光標識2本鎖核酸と前記検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸と前記検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸との総和に対する前記検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が異なる検量線用試料系列を調製する工程と、
(c)前記工程(b)において調製した検量線用試料系列のそれぞれの検量線用試料に、前記第1蛍光物質を励起し得る波長の光及び前記第2蛍光物質を励起し得る波長の光をそれぞれ照射し、各蛍光物質から発される蛍光を蛍光シグナルとしてそれぞれ検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析して、当該検量線用試料中の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(モル比)を測定する工程と、
(d)前記工程(c)において測定された各検量線用試料の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合と、測定試料における実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合との関係の近似線を作成する工程と、
(e)前記工程(d)において作成した近似線、及び前記工程(a)において測定された当該反応溶液の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合に基づき、当該ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を算出する工程。
【0032】
本発明においては、工程(b)〜(d)により、測定試料中の実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合と、当該測定試料から検出された蛍光シグナルを測定・解析した結果に求められた検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(測定値)との関係の近似線を作成し、当該近似線に基づき、工程(a)において求めた被検ヘリカーゼによる反応後の反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(測定値)から、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を算出する。本発明においては、このような近似線を用いることにより、測定試料中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(すなわち、蛍光標識2本鎖核酸の残存率)及びこの含有割合から算出される被検ヘリカーゼによる巻き戻し反応効率を、より定量的かつ正確に求めることができる。特に、特許文献3に記載されているようにFCSにより蛍光シグナルを解析した場合には、反応溶液中の2本鎖核酸の含有割合が低い場合(例えば30%以下である場合)には、2本鎖核酸の含有割合の測定精度が低下してしまうが、本発明においては、蛍光シグナルを測定・解析して得られる測定値を、予め作成した前記近似線を用いて補正するため、含有される2本鎖核酸量が少ない場合であっても、含有される2本鎖核酸量が多い場合と同様に精度よく2本鎖核酸の含有割合を求めることができるため、被検ヘリカーゼの活性の強弱に関わらず、ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を精度よく測定することができる。
【0033】
以下、工程ごとに説明する。
まず、工程(a)として、蛍光標識2本鎖核酸を含む反応溶液に、被検ヘリカーゼを添加して反応させた後、当該反応溶液に、第1蛍光物質を励起し得る波長の光及び第2蛍光物質を励起し得る波長の光をそれぞれ照射し、各蛍光物質から発される蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析して、当該反応溶液の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合を測定する。
【0034】
工程(a)において用いられる反応溶液は、蛍光標識2本鎖核酸を含む溶液であって、ATP等の被検ヘリカーゼによる巻き戻し反応に必要な試薬等が添加されており、被検ヘリカーゼが酵素として機能し得る反応溶液であれば特に限定されるものではなく、被検ヘリカーゼの種類を考慮して、適宜決定することができる。
【0035】
本発明においては、工程(a)において用いられる反応溶液としては、バッファーにATP等のヘリカーゼ活性に必要な試薬を添加した溶液であることが好ましい。蛍光標識2本鎖核酸の標識に用いた蛍光物質の種類によっては、pH等の影響を受けやすいことがあるためである。該バッファーとして、例えば、pH7〜8の、リン酸バッファー、10−200mMのトリスバッファー、HEPESバッファー、Hunksバッファー等が挙げられる。その他、工程(a)において用いられる反応溶液には、核酸分解酵素インヒビター等が添加されていることも好ましい。
また、反応溶液の液量や、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の濃度は、特に限定されるものではなく、測定に用いる装置、蛍光物質の種類等を考慮して適宜決定することができる。
【0036】
蛍光標識2本鎖核酸と被検ヘリカーゼとを反応させる反応時間は、蛍光標識2本鎖核酸が被検ヘリカーゼにより巻き戻されるのに十分な時間であれば、特に限定されるものではなく、被検ヘリカーゼの種類、反応溶液の種類、反応温度、蛍光標識2本鎖核酸の濃度等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、室温〜37℃(例えば15〜37℃)において、5分間〜2時間程度が好ましく、5分間〜1時間程度がより好ましく、10〜30分間程度がさらに好ましい。なお、反応時間を制御するために、所定の反応時間経過に、反応溶液にEDTA等のキレート剤を添加することにより、ヘリカーゼによる反応を停止させることも好ましい。
【0037】
次いで、反応後の反応溶液に、標識に用いた蛍光物質の励起光を照射し、蛍光シグナルを検出する。蛍光シグナルの検出は、具体的には、共焦点(コンフォーカル)光学系を有する蛍光光度計に、該反応溶液を設置し、常法により蛍光シグナルを検出することができる。なお、一分子蛍光解析法により解析される蛍光シグナルの検出は、一般的には、共焦点光学系を利用するものであるが、一分子蛍光解析を行うための一分子由来の蛍光シグナルを取得することができる光学系であれば、特に限定されるものではなく、共焦点光学系以外の他の光学系を用いることも可能である。
【0038】
蛍光シグナルの計測条件は、使用する蛍光光度計や蛍光顕微鏡の仕様により、適宜決定することができるが、例えば、1サンプル当たり、10〜15秒間で5回程度行う。計測時間はこれ以上長くても良く、回数もこれ以上多くても良い。但し、検出に用いる装置の種類によっては、計測時間が10秒間未満等の短時間である場合や、測定回数が1回程度のみである場合には、データの再現性、信頼性が低下するおそれがある。また、蛍光シグナルを計測するサンプルに対して焦点位置を走査させることにより、より多数の分子から情報(蛍光シグナル)を取得することができ、統計的な精度を高めることも可能である。
【0039】
本発明において用いられる一分子蛍光解析法としては、例えば、蛍光相互相関分光法(FCCS)等がある。
FCCSは、分光特性の異なる蛍光標識分子の相互相関関数解析を行うことによって、それぞれの蛍光標識分子が同期した運動(相互相関を持った運動)か解離してランダムな運動(相互相関のない運動)かを見分けることができる手法である。測定試料に対し、各蛍光物質に対応した励起光を同時に照射し、それぞれの分子から検出された蛍光シグナルの相互相関を解析することにより、異なる分子の動きに同時性があるかどうかを確認することができる。この解析方法はそれぞれの蛍光色素からの蛍光シグナルの同調具合をみているため、基本的にそれぞれの蛍光標識分子の大きさの影響を受けない。このため、相互作用前後での分子サイズの変化が小さい場合、例えば、蛍光標識2本鎖核酸の塩基対長が比較的短く、2本鎖核酸と巻き戻された1本鎖核酸との分子サイズの変化が小さい場合であっても、エキソヌクレアーゼによって1本鎖核酸を分断し分子量を小さくする酵素処理等を要することなく、好適に分子間相互作用を解析することができる。
【0040】
具体的には、蛍光標識2本鎖核酸と被検ヘリカーゼとを反応させた後、それぞれの蛍光物質ごとに励起し得る波長の光を照射し、蛍光シグナルを検出する。蛍光シグナルは、DM(ダイクロイックミラー)を用いて、それぞれの蛍光物質から発された蛍光シグナルに分離し、その蛍光強度の時系列変化を高感度の検出機で検出し、各蛍光シグナルの相互相関を求める。蛍光標識2本鎖核酸では、各1本鎖核酸を標識した蛍光物質は同時に動いているため、第1蛍光物質からの蛍光シグナルと第2蛍光物質からの蛍光シグナルとの相互相関は強くなる。一方で、蛍光標識2本鎖核酸が被検ヘリカーゼにより巻き戻されると、独立した2本の1本鎖核酸(第1蛍光標識1本鎖核酸と第2蛍光標識1本鎖核酸)となり、反応溶液中をバラバラに動くようになるため、各蛍光物質の蛍光シグナルの相互相関は弱くなる。このため、各蛍光物質の蛍光シグナルの自己相関関数解析と相互相関関数解析の結果より、それぞれの蛍光標識分子の結合割合(同期して動いている分子の割合)が求められることから、理論上は、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を測定することができる。
【0041】
図1は、被検ヘリカーゼの基質として、第1蛍光物質として緑色蛍光物質を用いた第1蛍光標識1本鎖核酸と、第2蛍光物質として赤色蛍光物質を用いた第2蛍光標識1本鎖核酸とからなる会合体である蛍光標識2本鎖核酸とを用いた場合の、ヘリカーゼによる巻き戻し反応による、蛍光相互相関関数曲線と蛍光自己相互相関関数曲線の変化を示した概略図である。図1(A)はヘリカーゼを添加しておらず、蛍光標識2本鎖核酸のみが存在している溶液に対するFCCS計測の結果を示し、図1(B)はヘリカーゼを添加して反応させた反応溶液に対するFCCS計測の結果を示す。なお、図1(C)はヘリカーゼが存在しない場合の蛍光標識2本鎖核酸を模式的に示した図であり、図1(D)はヘリカーゼによる反応後の蛍光標識2本鎖核酸を模式的に示した図である。図1(C)及び(D)中、星形は緑色蛍光物質を、十字形は赤色蛍光物質を、楕円形はヘリカーゼを、直線は核酸鎖を、それぞれ示す。
【0042】
ヘリカーゼが存在しない溶液中では、図1(C)に示すように、蛍光標識2本鎖核酸のみが存在しているため、緑色蛍光物質と赤色蛍光物質とは必ず同じ分子中に存在する。よって、図1(A)に示すように、緑色蛍光物質の自己相関カーブと、赤色蛍光物質の自己相関カーブとはほぼ一致し、両蛍光物質の相互相関カーブのY切片は大きい。一方、ヘリカーゼによる反応後の反応溶液中では、図1(D)に示すように、緑色蛍光物質により標識された1本鎖核酸と、赤色蛍光物質により標識された1本鎖核酸とが乖離して別分子として動く。よって、図1(B)に示すように、緑色蛍光物質の自己相関カーブと、赤色蛍光物質の自己相関カーブとは解離し、両蛍光物質の相互相関カーブのY切片は、図1(A)よりも小さくなり、相互相関が低くなっていることがわかる。
【0043】
被検ヘリカーゼの基質として、第1蛍光物質として緑色蛍光物質を用いた第1蛍光標識1本鎖核酸と、第2蛍光物質として赤色蛍光物質を用いた第2蛍光標識1本鎖核酸とからなる会合体である蛍光標識2本鎖核酸を用いた場合の、反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合は、具体的には、下記のようにして求めることができる。まず、反応溶液中の緑色蛍光物質と赤色蛍光物質とが結合している分子数(蛍光標識2本鎖核酸の分子数)をNgr、結合していないそれぞれの標識分子数をN(被検ヘリカーゼにより巻き戻された緑色蛍光物質により標識された1本鎖核酸の分子数)、N(被検ヘリカーゼにより巻き戻された赤色蛍光物質により標識された1本鎖核酸の分子数)とする。反応溶液中に存在している分子の中で、蛍光標識2本鎖核酸の分子の含有割合(DCC)は、緑色蛍光物質により標識された1本鎖核酸と赤色蛍光物質により標識された1本鎖核酸とが結合している割合であり、下記式(1)で表わされる。
式(1) DCC(%)=100×Ngr/(Ngr+N+N
【0044】
まず、緑色蛍光物質から発される蛍光シグナルから自己相関関数解析を行い、蛍光分子数NGautoを算出する。また、赤蛍光物質から発される蛍光シグナルから自己相関関数解析を行い、蛍光分子数NRautoを算出する。さらに、緑色蛍光物質からの蛍光と赤蛍光物質からの蛍光との相互相関関数解析を行い、Ncrossを算出する。このようにして産出されたパラメータを用いると、下記式(2)で表わされる関係が成り立つ。
【0045】
【数1】

【0046】
上記式中、NGautoは、NgrとNとの和〔Ngr+N〕であり、NRautoは、NgrとNとの和〔Ngr+N〕である。よって、解析結果に基づき、上記式より、Ngr、N、及びNが算出される(“Fluorescence correlation spectroscopy in nucleic acid analysis”, Fluorescence correlation spectroscopy-theory and applications, R.Rigler, E.S.Elson, Springer Series in Chemical physics 65, p33-35)。
【0047】
また、本発明においては、工程(b)〜(d)により、測定試料中の実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合と、当該測定試料から検出された蛍光シグナルを測定・解析した結果に求められた蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(測定値)との関係の近似線(以下、「検量線」ということがある。)を作成する。
【0048】
前述したように、FCCSは、対物レンズの色収差等によるサンプルの照射領域が波長ごとにずれてしまうという問題等により、2種類の分子の結合率を正確には測定できない、という原理的な問題を抱えている。これに対して、本発明においては、工程(b)〜(d)により作成した検量線を用いることにより、反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(すなわち、蛍光標識2本鎖核酸の残存率)をより正確に求めることができる。よって、一分子蛍光解析法としてFCCSを用いた場合には、検量線を用いることにより、ヘリカーゼの巻き戻し反応効率の測定精度を飛躍的に向上させることができる。
【0049】
具体的には、まず、工程(b)として、検量線を作成するための蛍光標識2本鎖核酸(検量線用蛍光標識2本鎖核酸)と蛍光標識1本鎖核酸(検量線用蛍光標識1本鎖核酸)とを用意し、これらを適宜混合することにより、検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が異なる検量線用試料系列を調製する。検量線用試料系列を構成する検量線用試料の数は、特に限定されるものではなく、3〜20種類程度であることが好ましい。また、各検量線用試料の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合は、検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が0%の検量線用試料と100%の検量線用試料を含んでいる限り、特に限定されるものではなく、標識に用いる蛍光物質の種類、一分子蛍光解析法の種類等を考慮して適宜決定することができる。例えば、検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が0、10、20、30、40、50、60、70、80、90、及び100%である11種類の検量線用試料系列のように、各検量線用試料の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が等間隔に設定されているものであってもよく、0、10、20、40、50、80、及び100%である7種類の検量線用試料系列のように、各検量線用試料の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が不等間隔に設定されているものであってもよい。なお、「検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が0%」とは、溶液中に検量線用蛍光標識2本鎖核酸が存在せず、蛍光標識1本鎖核酸のみの溶液であり、逆に、「検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が100%」とは、溶液中に検量線用蛍光標識2本鎖核酸のみが存在し、蛍光標識1本鎖核酸が存在しない溶液である。
【0050】
検量線用蛍光標識2本鎖核酸は、工程(a)において用いられる蛍光標識2本鎖核酸と、同種の蛍光物質によって、核酸鎖中の同様の位置が標識されている2本鎖核酸であれば、特に限定されるものではない。例えば、工程(a)において用いられる蛍光標識2本鎖核酸が、5’末端が第1蛍光物質により標識された1本鎖核酸と、5’末端が第2蛍光物質により標識された1本鎖核酸との会合体である場合には、検量線用蛍光標識2本鎖核酸は、一方の端が第1蛍光物質により標識されており、他方の端が第2蛍光物質により標識された2本鎖核酸であればよく、その塩基配列や塩基対長等が、工程(a)において用いられる蛍光標識2本鎖核酸とは異なるものであってもよい。本発明においては、より精度の高い検量線を作成可能であることから、検量線用蛍光標識2本鎖核酸は、工程(a)において用いられる蛍光標識2本鎖核酸と同じものであることが好ましい。
【0051】
検量線用試料に用いられる1本鎖核酸は、工程(a)において用いられる蛍光標識2本鎖核酸を構成する1本鎖核酸と、同種の蛍光物質によって、核酸鎖中の同様の位置が標識されている1本鎖核酸であれば、特に限定されるものではなく、塩基配列や塩基長等が異なるものであってもよい。本発明においては、第1蛍光物質によって、第1蛍光標識1本鎖核酸と同様の位置が標識されている1本鎖核酸を検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸いい、第2蛍光物質によって、第2蛍光標識1本鎖核酸と同様の位置が標識されている1本鎖核酸を検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸いう。本発明においては、より精度の高い検量線を作成可能であることから、検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸及び検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸は、検量線用蛍光標識2本鎖核酸が開裂して得られる1本鎖核酸とは、非相補的な塩基配列を有する等により会合体を形成しないもの(アニーリングしないもの)であることが好ましい。
【0052】
また、各検量線用試料は、検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸と検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸とを等量ずつ含む。すなわち、各検量線用試料は、検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合がX%である場合に、検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸の含有割合が〔(1−X)/2〕%、検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸の含有割合が〔(1−X)/2〕%となるように調製する。
【0053】
図2は、検量線用蛍光標識2本鎖核酸が、5’末端が第1蛍光物質(図中、星形)により標識された1本鎖核酸と5’末端が第2蛍光物質(図中、十字形)により標識された1本鎖核酸との会合体である場合の検量線用試料系列の一態様を示した概念図である。図2(A)〜(E)はそれぞれ検量線用試料中の核酸の含有割合を模式的に示している。検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が、図2(A)は100%であり、図2(B)は50%であり、図2(C)は33.3%であり、図2(D)は16.7%であり、図2(E)は0%である。
【0054】
検量線用試料系列を構成する各検量線用試料の組成やpHは、工程(a)における反応溶液の組成やpHと同様に調整する。蛍光物質の種類によっては、検出される蛍光シグナルが、測定試料の組成やpHに影響を受ける場合があるためである。
【0055】
次いで、工程(c)として、工程(b)において調製した検量線用試料系列のそれぞれの検量線用試料中の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合を測定する。具体的には、工程(a)と同様にして、各検量線用試料に、第1蛍光物質を励起し得る波長の光及び第2蛍光物質を励起し得る波長の光をそれぞれ照射し、各蛍光物質から発される蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する。蛍光シグナル検出に用いる装置、測定に用いる試料溶液の容量、測定温度、励起光の波長や強度、照射条件、蛍光シグナルの検出条件、並びに、検出されたシグナルの解析方法及び条件等は、工程(a)と同じ条件で行う。
【0056】
その後工程(d)として、工程(c)において測定された各検量線用試料の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合と、測定試料における実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合とから、検量線を作成する。検量線の作成方法は、特に限定されるものではなく、通常、2種類の量的データの関係の近似線を作成する際に用いられる演算解析方法のいずれを用いて作成してもよい。例えば、横軸を各測定試料の実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(%)、縦軸を測定された検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(%)としたグラフに、工程(c)により求められたデータをプロットする。各プロットに対して最小二乗法等を行うことにより、検量線を作成することができる。
【0057】
検量線は直線であることが好ましいが、必ずしも全測定範囲を1の直線に近似させる必要はない。例えば、後記実施例1等に示すように、ヘリカーゼの基質とする2本鎖核酸を、励起波長が488nmである蛍光物質を用いて標識した場合には、測定試料における実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が低い領域と高い領域とで、それぞれ別個に、直線からなる近似線を作成することが好ましい。このように、測定試料における実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合の低領域における近似線と、当該含有割合の高領域における近似線との2本の直線からなる近似線を検量線とすることにより、1本鎖核酸の状態と2本鎖核酸の状態とにおいて1分子当たりの蛍光物質から発される蛍光強度が異なる蛍光物質を用いる場合であっても、工程(a)において得られた測定値から、より精度よく実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を求めることができる。
【0058】
測定試料における実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合の低領域と高領域に分けて近似直線を作成する場合には、低領域と高領域との境界は、蛍光物質の種類により適宜決定することができる。例えば、励起波長が488nmである蛍光物質を用いる場合には、この低領域と高領域との境界は、検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が60〜80%の範囲内になるように設定することが好ましく、60〜70%の範囲内になるように設定することがより好ましい。なお、「低領域と高領域との境界」とは、具体的には、検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合の低領域にあるプロットから作成した近似直線と、高領域にあるプロットから作成した近似直線とが交差する点を示す。
【0059】
なお、工程(a)と工程(b)〜(d)は、それぞれ工程(e)の前に行っていればよく、いずれを先に行ってもよい。例えば、工程(a)を行った後に工程(b)〜(d)を順次行ってもよく、工程(b)〜(d)を行った後に工程(a)を行ってもよい。さらに、工程(a)における反応溶液への励起光の照射から蛍光シグナルの検出までの操作を、工程(c)における各検量線用試料への励起光の照射から蛍光シグナルの検出までの操作と同時に行っても良い。
【0060】
また、検量線は、主に、第1蛍光物質と第2蛍光物質の種類や組み合わせ、当該蛍光物質により標識される核酸鎖中の位置等に依存する。また、一分子蛍光解析の計測条件等が等しい場合には、実験ごとの測定値の変動は小さい。このため、必ずしも蛍光標識2本鎖核酸の種類ごとに工程(b)〜(d)を行う必要はなく、核酸鎖中の同様の位置が同種の蛍光物質によって標識されている別の蛍光標識2本鎖核のために既に作成した検量線を利用することもできる。
【0061】
その後、工程(e)として、被検ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を算出する。ヘリカーゼによる反応後の反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合は、ヘリカーゼによる巻き戻し反応を受けなかった蛍光標識2本鎖核酸の割合(蛍光標識2本鎖核酸の残存率)である。つまり、反応後に減少した蛍光標識2本鎖核酸量が、ヘリカーゼによる巻き戻し反応を受けた2本鎖核酸量となる。
【0062】
具体的には、工程(d)において作成した検量線に基づき、工程(a)において測定された反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合の値を補正し、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の実際の含有割合(蛍光標識2本鎖核酸の残存率)を算出する。100%から、得られた蛍光標識2本鎖核酸の残存率(%)を差し引くことにより、被検ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を算出することができる。
【0063】
図3は、一分子蛍光解析法としてFCCSを用いた場合の本発明の巻き戻し反応効率測定方法の一態様を示したフローチャート図である。なお、本発明の巻き戻し反応効率測定方法が、これらの態様に限定されるものではないことは言うまでもない。
【0064】
図3のフローチャートについて説明する。当該態様においては、検量線作成用に用いる検量線用蛍光標識2本鎖核酸として、被検ヘリカーゼの基質とする蛍光標識2本鎖核酸と同じものを用いており、かつ、工程(b)〜(d)により検量線を作成した後、工程(a)として被検ヘリカーゼを用いて反応を行っている。まず、被検ヘリカーゼの基質とする、5’末端が第1蛍光物質により標識された1本鎖核酸と5’末端が第2蛍光物質により標識された1本鎖核酸との会合体である蛍光標識2本鎖核酸(図中、「両端蛍光標識2本鎖核酸」)を準備する(ステップ01)。次いで、5’末端が第1蛍光物質により標識された1本鎖核酸(検出用第1蛍光標識1本鎖核酸)と、5’末端が第2蛍光物質により標識された1本鎖核酸(検出用第2蛍光標識1本鎖核酸)とを準備する(図中、「片側蛍光標識1本鎖核酸(2種類)」)(ステップ02)。この2種類の片側蛍光標識1本鎖核酸は、それぞれ、両端蛍光標識2本鎖核酸が開裂してなる1本鎖核酸と同じ塩基長であり、かつこれらとはアニールしない塩基配列を有するように設計し合成することが好ましい。次いで、これら3種類の核酸を適宜混合し、検量線用試料系列を調製する〔工程(b)〕(ステップ03)。これらの検量線用試料に対してそれぞれFCCS計測を行い、蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(図中、「結合割合DCC」)を測定し〔工程(c)〕(ステップ04)、測定結果に基づき、検量線を作成する〔工程(d)〕(ステップ05)。その後、両端蛍光標識2本鎖核酸と被検ヘリカーゼとを混合して反応させ(ステップ06)、反応後の反応溶液に対してFCCS計測を行い、蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(図中、「結合割合DCC」)を測定する〔工程(a)〕(ステップ07)。測定結果と、作成した検量線とを参照し(ステップ08)、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合から、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(蛍光標識2本鎖核酸の残存率)を算出し(ステップ09)、被検ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を算出する〔工程(e)〕(ステップ10)。
【0065】
本発明の巻き戻し反応効率測定方法は、ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を、非常に定量的かつ精度よく測定することができるため、基質特異性や複数種類のヘリカーゼの反応効率の比較等、より詳細にヘリカーゼの酵素活性を評価することができる。例えば、基質として、末端形状や塩基配列の種類、長さ等が異なる蛍光標識2本鎖核酸を用いて、本発明の巻き戻し反応効率測定方法により被検ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を測定し、これらを比較検討することにより、当該被検ヘリカーゼの基質特異性について、信頼性の高い結果を得ることができる。また、複数種類のヘリカーゼに対して、同じ反応条件で本発明の巻き戻し反応効率測定方法を行い、得られた巻き戻し反応効率を比較することにより、襟カーゼ活性の有無やヘリカーゼ活性の強弱を判断することもできる。
【0066】
また、一分子蛍光解析法として、蛍光強度分布解析法(FIDA)や蛍光偏光解析法(FIDA−PO)を用いた場合にも、予め検量線を作成し、当該検量線に基づき、被検ヘリカーゼによる反応後の反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(測定値)から、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を算出することにより、反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合をより正確に求めることができる。
【0067】
FIDAは、反応溶液中の蛍光標識分子の一分子当たりの蛍光強度とその数を求めることができる手法である。また、観測領域中に、蛍光強度の異なる蛍光標識分子(すなわち、大きさの異なる分子)が存在する場合には、2成分解析を行うことにより、それぞれの大きさの分子の数や割合を算出することも可能である。例えば、蛍光標識されたオリゴヌクレオチドは、塩基配列や塩基の長さ、1本鎖核酸、2本鎖核酸等の蛍光色素の環境状態によって1分子あたりの蛍光強度が異なる。このため、蛍光標識2本鎖核酸が巻き戻されて得られる蛍光標識1本鎖核酸の蛍光強度は、蛍光標識2本鎖核酸と比較して変化する可能性がある。そこで、FIDAを用いて解析することにより、得られた蛍光強度から、反応溶液中に存在する蛍光標識分子が、2本鎖核酸であるのか、被検ヘリカーゼにより巻き戻されて開裂している1本鎖核酸であるのかを区別して識別することができる。
【0068】
一方、FIDA−POは、蛍光強度分布と蛍光偏光解析を複合させた手法であり、蛍光標識分子の蛍光偏光度とその分子数を求めることができる。蛍光偏光度は、分子の大きさによって異なり、このため、各分子の蛍光偏光度を測定することにより、反応溶液中に存在する蛍光標識分子が、二本鎖核酸であるのか、被検ヘリカーゼにより巻き戻された1本鎖核酸であるのかを区別して識別することができる。
【0069】
このように、FIDAやFIDA−POにより解析した場合であっても、反応溶液中の2本鎖核酸及び1本鎖核酸の数や存在比を算出することができるため、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を測定することができる。なお、反応溶液から検出された蛍光シグナルの蛍光強度や蛍光偏光度を、予め測定しておいた蛍光標識2本鎖核酸及び蛍光標識1本鎖核酸のそれぞれの蛍光強度や蛍光偏光度と比較することにより、反応溶液中の分子が二本鎖核酸であるのか、1本鎖核酸であるのかを判断することができる。特に、FIDA計測の場合、1サンプルあたりの計測時間を1秒間程度で行うことが可能であり、また再現性も良好であることから、FIDAを用いた解析は、特にスクリーニング等に好適である。
【0070】
検量線用試料系列は、蛍光標識された2本鎖核酸と、蛍光標識された1本鎖核酸との総和に対する蛍光標識された2本鎖核酸の含有割合が異なる複数の検量線用試料からなる。ここで、FIDA等の場合、FCCSとは異なり、1種類の蛍光物質から発される蛍光のみを解析する。このため、検量線用試料系列は、FCCSの場合と同様に第1蛍光物質と第2蛍光物質の両方により標識された2本鎖核酸と、第1蛍光物質によってのみ標識された1本鎖核酸と、第2蛍光物質によってのみ標識された1本鎖核酸との3種を用いて調製してもよいが、解析する蛍光物質のみで標識した核酸を用いてもよい。例えば、第1蛍光物質から検出される蛍光シグナルを解析する場合には、第1蛍光物質によってのみ標識された2本鎖核酸と、第1蛍光物質によってのみ標識された1本鎖核酸との総和に対する当該2本鎖核酸の含有割合が異なる検量線用試料系列であってもよい。
【0071】
なお、一分子当たりの蛍光強度や蛍光偏光度が、1本鎖核酸と2本鎖核酸とでどのように変化するかは、蛍光物質の種類ごとに大きく異なるため、用いる蛍光物質の種類ごとに検量線を作成することにより、反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合をより正確に求めることができるためである。
【0072】
図4は、一分子蛍光解析法としてFIDAを用いた場合の一態様を示したフローチャート図である。当該態様においては、予め検量線を作成した後、工程(a)として被検ヘリカーゼを用いて反応を行っている。まず、検量線を作成する(ステップ100)。次いで、被検ヘリカーゼの基質とする、5’末端が第1蛍光物質により標識された1本鎖核酸と無標識の1本鎖核酸との会合体である蛍光標識2本鎖核酸(図中、「片側蛍光標識2本鎖核酸」)を準備する(ステップ101)。さらに、5’末端が第1蛍光物質により標識された1本鎖核酸(図中、「片側蛍光標識1本鎖核酸」)を準備する(ステップ102)。これらの蛍光標識核酸のそれぞれに対してFIDA計測を行い、1分子当たりの蛍光強度を測定する(ステップ103)。片側蛍光標識2本鎖核酸の蛍光強度をQ1とし、片側蛍光標識1本鎖核酸の蛍光強度をQ2とする。次いで、片側蛍光標識2本鎖核酸と被検ヘリカーゼとを混合して反応させ(ステップ104)、反応後の反応溶液に対してFIDA計測を行い、当該反応溶液中に存在する各分子の1分子当たりの蛍光強度Q3をそれぞれ測定する(ステップ105)。測定結果に対して、1成分目をステップ103において測定したQ1、2成分目をQ2として2成分解析を行い、反応溶液中の分子を、片側蛍光標識2本鎖核酸(図中、「Frac.Q1」)と片側蛍光標識1本鎖核酸(図中、「Frac.Q2」)とに分画する(ステップ106)。これにより、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を算出することができ(ステップ107)、被検ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を算出することができる(ステップ108)。
【0073】
その他、例えば、酵素活性が既知のヘリカーゼを対照ヘリカーゼとし、この対照ヘリカーゼにより得られた巻き戻し反応効率と、被検ヘリカーゼにより得られた巻き戻し反応効率とを比較することによっても、被検ヘリカーゼの酵素活性を評価することができる。具体的には、被検ヘリカーゼに代えて濃度既知の対照ヘリカーゼを用いる以外は、全て工程(a)と同様にして、反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合を測定し、この対照ヘリカーゼによる見かけの含有割合と、被検ヘリカーゼによる見かけの含有割合とを比較する。例えば、被検ヘリカーゼによる蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合が、対照ヘリカーゼにより得られた見かけの含有割合よりも小さい場合には、同一反応条件において、反応後の2本鎖核酸の残存率がより小さいということであり、被検ヘリカーゼは、当該濃度の対照ヘリカーゼよりも巻き戻し反応効率が高く、ヘリカーゼ活性が高くと評価することができる。
【0074】
対照ヘリカーゼは、巻き戻し反応効率等のヘリカーゼ活性が既知のヘリカーゼであれば、特に限定されるものではなく、例えば、市販の精製へリカーゼ等を用いることができる。また、被検ヘリカーゼによる反応〔工程(a)〕と対照ヘリカーゼによる反応とは、いずれを先に行ってもよく、反応溶液への励起光の照射から蛍光シグナルの検出までの操作を同時に行ってもよい。
【0075】
また、反応溶液に添加する対照ヘリカーゼの濃度をふり、各濃度の反応溶液に対してそれぞれ反応後の反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合を測定することにより、添加した対照ヘリカーゼの濃度と、反応後の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合との関係を求め、当該関係に基づいて、被検ヘリカーゼの酵素活性を評価することもできる。
【実施例】
【0076】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0077】
[実施例1]
本発明の巻き戻し反応効率測定方法を、一分子蛍光解析法としてFCCSを用いて行った。
<蛍光標識2本鎖核酸の調製>
5’末端がローダミングリーンにより標識された18塩基からなるフォワードプライマーと、5’末端がATTO633により標識された19塩基からなるリバースプライマーを用いて、合成DNAを鋳型としてPCRを行うことにより、5’末端がローダミングリーンにより標識された1本鎖核酸と5’末端がATTO633により標識された1本鎖核酸との会合体である蛍光標識2本鎖核酸(40塩基対長)を調製した。表1に各プライマーの配列を示す。
【0078】
【表1】

【0079】
PCRは、表2記載の組成の反応溶液において、1サイクルが98℃で10秒間、55℃で30秒間、72℃で30秒間からなる熱サイクルを40サイクル繰り返すことにより行った。得られたPCR産物は、15%アクリルアミドゲルを用いて電気泳動を行い、40塩基対長のバンドを切り出し、市販の精製キット(Mermaid、QBiogene社製)を用いて精製した(PAGE精製)。
【0080】
【表2】

【0081】
<検量線用試料系列の調製>
検量線を作成するための検量線用ローダミングリーン標識1本鎖核酸として、上記の蛍光標識2本鎖核酸の調製に用いたフォワードプライマー〔Forward primer (RhodamineGreen)〕を、検量線用ATTO633標識1本鎖核酸としてリバースプライマー〔Reverse primer(ATTO633)〕を、それぞれ用いた。
上記で調製した蛍光標識2本鎖核酸、検量線用ローダミングリーン標識1本鎖核酸、及び検量線用ATTO633標識1本鎖核酸を、それぞれ表3記載の含有割合となるように、7種類の検量線用試料を調製した。表3中、「2本鎖」は蛍光標識2本鎖核酸を、「RhoG1本鎖」は検量線用ローダミングリーン標識1本鎖核酸を、「ATTO1本鎖」は検量線用ATTO633標識1本鎖核酸を、それぞれ意味する。また、各試料溶液は、所定量の核酸を、10mM Tris−HCl(pH8.0)を用いて希釈することにより調製した。
【0082】
【表3】

【0083】
<検量線の作成>
上記で調製した検量線用試料系列の各検量線用試料に対して、FCCS計測を行い、検量線用試料中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を測定した。FCCS計測は、一分子蛍光解析装置MF20(オリンパス社製)を用いて行った。ローダミングリーンは488nmのレーザ(レーザパワー:100μW)により、ATTO633は633nmのレーザ(レーザパワー:100μW)により、それぞれ励起した。計測メソッドは、FCCSを用いて、1サンプルあたり15秒間5回計測した。
測定の結果から、上記式(1)及び(2)により、各検量線用試料中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(DCC)を求めた。
図5は、縦軸をFCCS計測により得られた見かけの蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(DCC)、横軸を実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)として、検量線用試料系列の各検量線用試料のデータをプロットした図である。このうち、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)が60%以下の5プロット(低領域)に対して最小二乗法等を行い、近似直線(図5中、「低領域検量線」)を引いた。一方、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)が60%超の2プロット(高領域)に対して最小二乗法等を行い、近似直線(図5中、「高領域検量線」)を引いた。すなわち、検量線は、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)が低領域と高領域の境界以下の範囲では低領域検量線となり、当該境界以上の範囲では高領域検量線となる。なお、低領域検量線と高領域検量線の交点が、低領域と高領域の境界である。また、各検量線の傾きを下記に示す。
【0084】
【数2】

【0085】
<被検ヘリカーゼとの反応>
上記で調製した蛍光標識2本鎖核酸を、約5nMとなるように、反応バッファー(25mM Tris−HCl、pH7.4、20mM NaCl、3mM MgCl、2mM ATP、2mM DTT)を用いて希釈した。調製された蛍光標識2本鎖核酸希釈溶液に、DNA helicase2(大腸菌製、製品番号:547−00341、和光純薬社製)を、最終濃度が0nM〜66nMとなるように添加した6種類の反応溶液を調製した。これらの反応溶液を、37℃で15分間反応させた。反応直後にFCCS計測を行い、各反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を測定した。FCCS計測は、上記<検量線の作成>と同じ条件によって行った。測定の結果から、上記式(1)及び(2)により、各反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(DCC)を求めた。
【0086】
図6は、FCCS計測により測定された反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(DCC)を、反応溶液に添加したDNAヘリカーゼの濃度ごとに示したグラフである。反応溶液中には、ヘリカーゼの反応を受けていない蛍光標識2本鎖核酸と、ヘリカーゼによって巻き戻された1本鎖核酸(ローダミングリーンにより標識された1本鎖核酸とATTO633により標識された1本鎖核酸)とが存在する。FCCS計測によって算出された結合割合DCCは、ヘリカーゼの巻き戻しを受けてない蛍光標識2本鎖核酸が、反応溶液中にどれくらい存在しているかを示している。
【0087】
さらに、FCCS計測により得られた測定値から、図5に示す検量線に基づき、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を求めた。図7は、反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の実際の含有割合(蛍光標識2本鎖核酸の残存率)(Frac.G/R−DNA)を、反応溶液に添加したDNAヘリカーゼの濃度に対してプロットしたものである(図中、「◆」)。ヘリカーゼを添加していない反応溶液(ヘリカーゼ濃度が0nM)に対してFCCS計測を行うと、反応溶液には蛍光標識2本鎖核酸のみが存在しているにも関わらず、蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(DCC)は30%程度しかない、という結果になるが(図6)、検量線に基づいて算出すると、蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が100%となる。このように、検量線を用いることによって、より正確な反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸残存率を求めることができる。
【0088】
また、放射性物質により標識した2本鎖DNA(92塩基対長)を基質とし、実施例1と同様の反応条件(ヘリカーゼ濃度、ATP濃度、反応温度、反応時間等)によりDNA helicase2による反応を行った反応溶液を、電気泳動し、92塩基対長のバンドの放射線量を測定することによって反応溶液中の2本鎖核酸の残存率を試験的に測定した結果(J.Biol.Chem.,262,2066-2076(1987))を、図7に合わせて示す(図中、「△」)。この結果、FCCS値と電気泳動値はおおよそ同じ値を示した。つまり、本発明の巻き戻し反応効率測定方法を用いることにより、ヘリカーゼの巻き戻し反応効率が非常に精度よく測定し得ることが分かった。
【0089】
[参考例1]
2本鎖核酸を標識する蛍光物質として、ローダミングリーンに代えてHiLyte Fluor488を用いて、検量線を作成した。
検量線作成に用いる蛍光標識2本鎖核酸は、実施例1で用いたフォワードプライマー〔Forward primer (RhodamineGreen)〕に代えて、これと同一の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの5’末端がHiLyte Fluor488により標識された18塩基からなるフォワードプライマー〔Forward primer (HiLyte488)〕を用いた以外は、実施例1の<蛍光標識2本鎖核酸の調製>と同様にして調製した。なお、このフォワードプライマー〔Forward primer (HiLyte488)〕を、検量線用HiLyte488標識1本鎖核酸として用いた。
【0090】
<検量線用試料系列の調製>
上記で調製した蛍光標識2本鎖核酸、検量線用HiLyte488標識1本鎖核酸、及び検量線用ATTO633標識1本鎖核酸を、それぞれ表3記載の含有割合となるように、7種類の検量線用試料を調製した。表3中、「2本鎖」は蛍光標識2本鎖核酸を、「HiLyte1本鎖」は検量線用HiLyte488標識1本鎖核酸を、「ATTO1本鎖」は検量線用ATTO633標識1本鎖核酸を、それぞれ意味する。また、各試料溶液は、所定量の核酸を、10mM Tris−HCl(pH8.0)を用いて希釈することにより調製した。
【0091】
【表4】

【0092】
<検量線の作成>
上記で調製した検量線用試料系列の各検量線用試料に対して、FCCS計測を行い、検量線用試料中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合を測定した。FCCS計測は、一分子蛍光解析装置MF20(オリンパス社製)を用いて行った。HiLyte Fluor488は488nmのレーザ(レーザパワー:100μW)により、ATTO633は633nmのレーザ(レーザパワー:100μW)により、それぞれ励起した。計測メソッドは、FCCSを用いて、1サンプルあたり15秒間5回計測した。
測定の結果から、上記式(1)及び(2)により、各検量線用試料中の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(DCC)を求めた。
図8は、縦軸をFCCS計測により得られた蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(DCC)、横軸を実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)として、検量線用試料系列の各検量線用試料のデータをプロットした図である。この結果、実施例1において作成した検量線と同様に、蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)が60〜80%の範囲内において、検量線の切り替え点があることが分かった。そこで、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)が60%以下の5プロット(低領域)に対して最小二乗法等を行い、近似直線(図8中、「低領域検量線」)を引いた。一方、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)が60%超の2プロット(高領域)に対して最小二乗法等を行い、近似直線(図8中、「高領域検量線」)を引いた。すなわち、検量線は、実際の蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Frac.G/R−DNA)が低領域と高領域の境界以下の範囲では低領域検量線となり、当該境界以上の範囲では高領域検量線となる。なお、低領域検量線と高領域検量線の交点が、低領域と高領域の境界である。また、各検量線の傾きを下記に示す。
【0093】
【数3】

【0094】
488nm用蛍光物質であるローダミングリーン及びHiLyte Fluor488は、ともに1本鎖DNAの状態のほうが、2本鎖DNAの状態よりも、一分子当たりの蛍光の明るさが大きい。ここで、FCCSによる解析において、明るさの異なる蛍光分子が混在していると、より明るい分子の情報が優先される傾向にある。このために、蛍光標識2本鎖DNAの存在割合によって検量線の傾きが変わってしまうと推察される。特に、1本鎖DNAの割合が多い場合には、FCCSで算出されるDCC(2本鎖DNAの含有割合)は、実際よりも値が小さくなる傾向にあり、よって検量線の傾きが小さくなる。実施例1及び参考例1から、励起光が488nmである蛍光物質を用いて基質とする2本鎖核酸を標識した場合には、蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が約60〜80%のところで傾きを変更すると良いことがわかった。
【0095】
[参考例2]
一分子蛍光解析法としてFIDAを用いて、ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を測定した。
<片側蛍光標識2本鎖核酸の調製>
実施例1において用いた5’末端がローダミングリーンにより標識されたフォワードプライマー〔Forward primer (RhodamineGreen)〕と、実施例1において用いたリバースプライマー〔Reverse primer(ATTO633)〕と同一の塩基配列からなる無標識のオリゴヌクレオチドからなるリバースプライマーとを用いて、合成DNAを鋳型としてPCRを行うことにより、5’末端がローダミングリーンにより標識された1本鎖核酸と無標識の1本鎖核酸との会合体である片側蛍光標識2本鎖核酸(40塩基対長)を調製した。PCRは、実施例1の<蛍光標識2本鎖核酸の調製>と同様にして行った。
【0096】
<被検ヘリカーゼとの反応>
上記で調製した片側蛍光標識2本鎖核酸を、約5nMとなるように、反応バッファー(25mM Tris−HCl、pH7.4、20mM NaCl、3mM MgCl、2mM ATP、2mM DTT)を用いて希釈した。この片側蛍光標識2本鎖核酸希釈溶液に、DNA helicase2(大腸菌製、製品番号:547−00341、和光純薬社製)を、最終濃度が0nM〜66nMとなるように添加した4種類の反応溶液を調製し、これらの反応溶液を、37℃で15分間反応させた。反応直後にFIDA計測を行い、各反応溶液に存在する蛍光分子の一分子当たりの蛍光強度を測定した。対照として、上記で用いたフォワードプライマー〔Forward primer (RhodamineGreen)〕を片側蛍光標識1本鎖核酸とし、これを約5nMとなるように前記反応バッファーを用いて希釈した希釈液に対しても、同様にしてFIDA計測を行い、一分子当たりの蛍光強度Qを測定した。なお、FIDA計測は、一分子蛍光解析装置MF20(オリンパス社製)を用いて行った。ローダミングリーンは488nmのレーザ(レーザパワー:100μW)により励起し、計測メソッドは、FIDAを用いて、1サンプルあたり10秒間5回計測した。
【0097】
FIDA計測により測定された各ヘリカーゼ濃度の反応溶液中の1分子当たりの蛍光強度Q(kHz)に対して、DNAヘリカーゼ濃度が0nMの反応溶液中の2本鎖核酸の蛍光強度(12.7kHz)を1成分目とし、巻き戻された1本鎖核酸の蛍光強度(19kHz)を2成分目として、2成分解析を行い、それぞれの蛍光強度の分子の割合を算出した。図9に、FIDA計測により測定された蛍光強度に対して2成分解析を行った結果の、各ヘリカーゼ濃度の反応溶液中の片側蛍光標識2本鎖核酸の含有割合(Q=12.7)と片側蛍光標識1本鎖核酸の含有割合(Q=19)をそれぞれ示す。この結果から、DNAヘリカーゼ濃度が66nMの場合の巻き戻し反応効率は約80%、26nMの場合は約50%、13nMの場合は約15%であることがわかった。
【0098】
図10に、図7(図中、「△」)に示した電気泳動法と同様にして測定した、各ヘリカーゼ濃度における巻き戻し反応効率(%)を示す。図9と図10を比較してみると、各ヘリカーゼ濃度における両者の巻き戻し反応効率はほぼ一致しており、FIDA解析を用いることによっても、ヘリカーゼ活性を測定できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明の巻き戻し反応効率測定方法を用いることにより、ヘリカーゼの2本鎖核酸に対する巻き戻し反応効率を、煩雑な作業を行うことなく、正確かつ定量的に測定することができるため、学術研究分野のみならず、ヘリカーゼの活性を応用した核酸医薬の開発の分野においても利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘリカーゼの2本鎖核酸に対する巻き戻し反応効率を測定する方法であって、
(a)第1蛍光物質により標識された第1蛍光標識1本鎖核酸と、前記第1蛍光物質とは分光特性の異なる第2蛍光物質により標識されている第2蛍光標識1本鎖核酸との会合体である蛍光標識2本鎖核酸を含む反応溶液に、ヘリカーゼを添加して反応させた後、当該反応溶液に、前記第1蛍光物質を励起し得る波長の光及び前記第2蛍光物質を励起し得る波長の光をそれぞれ照射し、各蛍光物質から発される蛍光を蛍光シグナルとしてそれぞれ検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析して、当該反応溶液中の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合を測定する工程と、
(b)前記第1蛍光物質により標識された検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸と、前記第2蛍光物質により標識された検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸とを等量含有し、かつ、前記第1蛍光物質及び前記第2蛍光物質により標識された検量線用蛍光標識2本鎖核酸と前記検量線用第1蛍光標識1本鎖核酸と前記検量線用第2蛍光標識1本鎖核酸との総和に対する前記検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合が異なる検量線用試料系列を調製する工程と、
(c)前記工程(b)において調製した検量線用試料系列のそれぞれの検量線用試料に、前記第1蛍光物質を励起し得る波長の光及び前記第2蛍光物質を励起し得る波長の光をそれぞれ照射し、各蛍光物質から発される蛍光を蛍光シグナルとしてそれぞれ検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析して、当該検量線用試料中の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(モル比)を測定する工程と、
(d)前記工程(c)において測定された各検量線用試料の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(モル比)と、測定試料における実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合との関係の近似線を作成する工程と、
(e)前記工程(d)において作成した近似線、及び前記工程(a)において測定された当該反応溶液の蛍光標識2本鎖核酸の見かけの含有割合(モル比)に基づき、当該ヘリカーゼの巻き戻し反応効率を算出する工程と、
を有することを特徴とするヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法。
【請求項2】
前記一分子蛍光解析法が蛍光相互相関分光法であることを特徴とする請求項1記載のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法。
【請求項3】
前記蛍光物質が、488nmの波長の励起光により励起される蛍光物質であり、
前記工程(d)において作成される近似線が、測定試料における実際の検量線用蛍光標識2本鎖核酸の含有割合の低領域における近似線と、前記含有割合の高領域における近似線とからなり、
前記低領域と前記高領域との境界が、60〜80%の範囲内にあることを特徴とする請求項1又は2記載のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法。
【請求項4】
前記低領域と前記高領域との境界が、60〜70%の範囲内にあることを特徴とする請求項3記載のヘリカーゼの巻き戻し反応効率測定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2011−36132(P2011−36132A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−183304(P2009−183304)
【出願日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】