説明

ヘリコバクターピロリの運動能阻害剤

【課題】新規なヘリコバクターピロリの運動能阻害剤を提供すること。
【解決手段】β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン、3−カレン、ゲラニオール、ネロール及びボルネオールからなる群から選択される少なくとも1種のモノテルペン化合物を有効成分として含有する、ヘリコバクターピロリの運動能阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘリコバクターピロリの運動能阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクターピロリは、慢性胃炎患者の胃粘膜から分離されたグラム陰性のらせん状菌である。そして本菌の感染は、急性胃炎、慢性胃炎を引き起こすとともに、胃十二指腸潰瘍の再発因子及び治癒遅延因子として作用することが知られている。そのため、抗生物質を中心とした2剤併用療法、3剤併用療法等による除菌治療が行われている。
【0003】
しかし、ヘリコバクターピロリの除菌は、消化性潰瘍の治療にとっては大きなメリットを有しているが、その除菌方法には副作用をともなう、耐性菌が出現する、或いは新たな噴門部癌が発生するという問題点が指摘されている。
【0004】
そのため、より安全で副作用の少ない抗ヘリコバクターピロリ活性を有する有効成分が望まれている。
【0005】
一方で、これまでに白檀の抽出物より単離されたセスキテルペンアルコールが抗ピロリ菌活性を有すること(引用文献1)、及び延命草由来のジテルペン化合物がヘリコバクターピロリの生育抑制効果を有すること(引用文献2)が報告されているが、モノテルペン化合物がヘリコバクターピロリの運動能を抑制するとの報告例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−124296号公報
【特許文献2】特開平9−52840号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新規なヘリコバクターピロリの運動能阻害剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定のモノテルペン化合物が、優れたヘリコバクターピロリの運動能阻害作用を有することを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は、下記のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤等を提供する。
【0010】
項1.β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン、3−カレン、ゲラニオール、ネロール及びボルネオールからなる群から選択される少なくとも1種のモノテルペン化合物を有効成分として含有する、ヘリコバクターピロリの運動能阻害剤。
【0011】
項2.β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン及び3−カレンからなる群から選択される少なくとも1種のモノテルペン化合物を有効成分として含有する、上記項1に記載のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤。
【0012】
項3.上記項1又は2に記載のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤を含有するヘリコバクターピロリ感染の予防又は治療薬。
【0013】
項4.上記項1又は2に記載のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤と抗菌剤とを有効成分として含有するヘリコバクターピロリの除菌剤。
【0014】
項5.上記項1又は2に記載のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤、胃酸分泌抑制剤及び抗菌剤を有効成分として含有するヘリコバクターピロリの除菌剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤によれば、ヘリコバクターピロリの運動能を効果的に抑制又は阻害することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】代表的な19種のモノテルペン化合物のヘリコバクターピロリ運動能阻害効果を示す図である。
【図2】β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン、及び3−カレンの濃度依存的ヘリコバクターピロリ運動能阻害効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明のヘリコバクターピロリ(以下、「HP」と表記する場合がある)の運動能阻害剤は、β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン、3−カレン、ゲラニオール、ネロール及びボルネオールからなる群から選択される少なくとも1種のモノテルペン化合物を有効成分として含有するものである。
【0019】
モノテルペン化合物がヘリコバクターピロリの運動能阻害剤として用いられるということが報告された例は今までなかった。一般に、HPが感染するためには、胃粘膜表層部の粘液ゲル層を突破し、表層粘膜上皮に付着・増殖することが不可避である。その場合、HPは活発な運動能を有し、鞭毛が重要な働きを有していることが知られている。本発明者らは、主要な19種のモノテルペン化合物について、HP運動能阻害作用を評価したところ、β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン、3−カレン、ゲラニオール、ネロール及びボルネオールにHP運動能阻害活性があることを確認した(下記実施例において詳述する)。そのため、β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン、3−カレン、ゲラニオール、ネロール及びボルネオールは、HP運動能阻害剤として有用である。なお、HP運動能阻害作用の評価は、例えば、Biol.Pharm.Bull.2006,29(1):172−173に従って行われた。
【0020】
これらのモノテルペン化合物の中でも、β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン、又は3−カレンが、HP運動能阻害活性が強いことから、これらの化合物を有効成分として含有するものが、HP運動能阻害剤として好ましい。
【0021】
これらのモノテルペン化合物は、1種単独で又は2種以上を混合して用いてもよい。これらの化合物はいずれも公知の化合物であり、容易に入手可能であり、また上記モノテルペン化合物が含まれる精油を使用することも可能である。
【0022】
このように、上記のモノテルペン化合物は、HPに対して高い運動能阻害作用を発揮するため、HP運動能阻害剤として有用であり、またHPの感染予防又は治療剤として有用である。しかも、本発明のHP運動能阻害剤は、天然物由来の成分であることから、安全性が高いというメリットがある。
【0023】
さらに、HP除菌を目的として、抗菌剤との併用剤として用いることも可能である。これにより、抗菌剤の使用量等を軽減することができ、副作用や耐性菌の出現等の問題点を改善することもできる。抗菌剤としては、例えば、抗生物質(アモキシシリン、クラリスロマイシン等)、ニトロニダゾール系抗虫剤(メトロニダゾール、チニダゾール等)、ビスマス製剤等が挙げられる。さらに、胃酸分泌抑制剤を併用することも可能である。胃酸分泌抑制剤としては、例えば、H阻害剤(ファモチジン、ニザチジン、ロキサチジン、ラジチジン、シメチジン等)、プロトンポンプ阻害剤(PPI)(オメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾールナトリウム)などが挙げられる。
【0024】
本発明のHP運動能阻害剤の使用形態については、経口的に摂取する場合が好ましく、例えば、食品添加剤として食品に添加して摂取することができる。
【0025】
食品添加剤として用いる場合には、その添加量については、特に限定的ではなく、食品の種類に応じ適宜決めればよい。例えば、清涼飲料、炭酸飲料などの液体食品や菓子類やその他の各種食品等の固形食品に添加して用いることができるが、これらの場合の添加量については、食品の種類に応じて適宜決めればよく、一例としては、上記した抽出物の乾燥重量として、含有量が0.005重量%〜5重量%程度の範囲内となるように添加すればよい。
【0026】
また、その他に、本発明のHP運動能阻害剤を、医薬として人体に投与する場合には、次のような投与方法及び投与量が例示される。投与は、種々の方法で行うことができ、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、シロップ剤等の剤型による経口投与とすることができる。投与量については、経口投与の場合には、通常、成人において、有効成分量として0.01〜1000mg/kg程度が適当であり、これを1日1回〜数回に分けて投与すればよい。経口投与剤は、通常の製造方法に従って製造することができる。例えば、デンプン、乳糖、マンニット等の賦形剤、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース等の結合剤、結晶セルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム等の崩壊剤、タルク、ステアリン酸マグネシウム等の滑沢剤、軽質無水ケイ酸等の流動性向上剤等を適宜組み合わせて処方することにより、錠剤、カプセル剤、顆粒剤等として製造することができる。本発明の特定のモノテルペン化合物を有効成分として含有するHP運動能阻害剤の製剤は、いずれも公知の方法により製造することができる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を示して本発明を更に詳細に説明する。
【0028】
実施例1
(1)HP運動能阻害作用の評価
本評価方法は、上述のようにBiol.Pharm.Bull.2006,29(1):172−173に従い評価した。なお、HPはヘリコバクターピロリATCC43504(American Type Culture Collection, Rockville, MD, USA)を用いた。
【0029】
HPは、血液寒天プレート(5%羊血液を追加したトリプチカーゼ(Trypticase) 豆寒天)上で、微好気性下(10% O and 90% CO)、37℃で4日間成長させた。その後、形成されたコロニーを、7%胎児ウシ血清(FBS:Gibco, Gaithersburg, Md.)を含むブルセラブロス(Brucella Broth)液体培地(Difco,pH7.4±0.2)に懸濁させ、微好気性下37℃で18〜20時間培養した。この菌株をブルセラブロス液体培地で2倍に懸濁させた後、さらに微好気性下37℃で18〜20時間培養した。この菌株を運動能の評価に供した。
【0030】
24穴培養プレートに菌液をそれぞれ1mLずつ分注し、下記のネオテルペン化合物をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して50μg/mLの濃度にした試験サンプルを10μL加え、微好気性下37℃で1時間培養した。ポジティブコントロールはDMSOのみを加えた。この時、試験サンプル添加による菌液のpH変化がないことを確認した。
【0031】
なお、モノテルペン化合物をして、β−ミルセン、ゲラニオール、ネロール、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、l−メントール、α−テルピネオール、テルピネン−4−オール、ペリリルアルコール、l−メントン、d−プレゴン、1,8−シネオール、α−ピネン、β−ピネン、3−カレン、ボルネオール、カンファー、及びベルベノンを用いた。
【0032】
HPの運動能は、約10μLの菌液を、試料の温度を調整するマイクロウォームプレート(登録商標、(株)北里サプライ製)に入れた反転位相差顕微鏡を用いて測定した。運動速度(マイクロメーター/秒)を、(C−Imaging C−MEN (Complix Inc., Cramberry, Pa.)を備えた運動能分析システムを用いて測定した。ガラススライドとガラスカバーとの間(20μm)における7%FBS含有ブルセラブロス液体培地におけるHPの運動能を、各0.05秒ごとに15回連続的に記録した(計0.75秒)。そして、試料中の各HP細胞の泳動速度(マイクロメーター/秒)を取得した。この操作を、試料の少なくとも5つの異なる部分で実施した。約300個の細菌の泳動速度を試料ごとに集めて、運動能を有するHPのパーセントを測定した。HPのブラウン運動は0.4±0.3(マイクロメーター/秒)と見積もられ、4.0 マイクロメーター/秒(ブラウン運動の速度より10倍高い速度)の平均速度を、正の運動能として判定した。HPの運動能は、位相差顕微鏡で肉眼によっても判断した。その結果を図1に示す。
【0033】
図1の結果から、β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン及び3−カレンが、50μg/mLの濃度で、HPの運動能を90%以上阻害することがわかった。また、ゲラニオール、ネロール及びボルネオールもHPの運動能阻害効果を示すことがわかった。
【0034】
(2)濃度依存的HP運動能阻害作用の評価
上記(1)でHPの運動能阻害作用を示したβ−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン、3−カレン、ゲラニオール、ネロール及びボルネオールについて、濃度を5、10、25、50μg/mLに調整した試料を試験サンプルとして用い、上記(1)と同様にしてHPの運動能を測定した。その結果を図2に示す。
【0035】
図2の結果から、50%阻害濃度であるIC50値は、β−ミルセンが27μg/mL、d−リモネンが9μg/mL、l−リモネンが15μg/mL、p−シメンが18μg/mL、α−ピネンが9μg/mL、β−ピネンが12μg/mL及び3−カレンが16μg/mLであることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン、3−カレン、ゲラニオール、ネロール及びボルネオールからなる群から選択される少なくとも1種のモノテルペン化合物を有効成分として含有する、ヘリコバクターピロリの運動能阻害剤。
【請求項2】
β−ミルセン、d−リモネン、l−リモネン、p−シメン、α−ピネン、β−ピネン及び3−カレンからなる群から選択される少なくとも1種のモノテルペン化合物を有効成分として含有する、請求項1に記載のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤を含有するヘリコバクターピロリ感染の予防又は治療薬。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤と抗菌剤とを有効成分として含有するヘリコバクターピロリの除菌剤。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のヘリコバクターピロリの運動能阻害剤、胃酸分泌抑制剤及び抗菌剤を有効成分として含有するヘリコバクターピロリの除菌剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−77033(P2012−77033A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−223974(P2010−223974)
【出願日】平成22年10月1日(2010.10.1)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(507155317)アットアロマ株式会社 (4)
【Fターム(参考)】