説明

ヘリコバクター・ピロリの生育を阻害する抗菌剤及びそれが含まれた食品

【課題】様々な食品に適用できるヘリコバクター・ピロリの抗菌剤及びそれが含まれた食品を提供することである。
【解決手段】植物由来のラクトバチルス属に属する乳酸菌、及び植物由来のロイコノストック属に属する乳酸菌のうち少なくとも1以上の乳酸菌の生菌を有効成分とするヘリコバクター・ピロリの抗菌剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物由来の乳酸菌を有効成分とするヘリコバクター・ピロリの抗菌剤及びそれが含まれた食品に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクター属菌の一種であるヘリコバクター・ピロリは、胃粘膜などに定着し発育する。このヘリコバクター・ピロリの有するウレアーゼは、体液中の尿素を加水分解し、アンモニアを生産し、このアンモニアは、胃粘膜に作用し、胃炎や胃潰瘍の増悪因子として作用している。さらに、1994年には世界保健機構(WHO)によってヘリコバクター・ピロリが発がん性物質であると確認され、胃癌との関係が示唆されるようになった。日本におけるピロリ菌の感染者は人口の40%前後であるが、40歳以上の中高年層になると、その割合は80%程度と言われている。
【0003】
従来から、このヘリコバクター・ピロリの生育を阻害する抗菌剤として、様々なものが開発されており、例えば天然生薬由来のものが提案されている(特許文献1及び2)。
【0004】
【特許文献1】特開平9−52839号公報
【特許文献2】特開平9−52840号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1などに記載された天然生薬由来の抗菌剤は、生薬特有の苦味などがあり、食品などに添加する場合、その苦味を消すために刺激の強い香辛料などを添加しなければならず、様々な食品に容易に適用できないという問題がある。
【0006】
そこで、本発明は、様々な食品に容易に適用できるヘリコバクター・ピロリの抗菌剤及びそれが含まれた食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以上の目的を達成するため、本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、植物由来のラクトバチルス属に属する乳酸菌、及び植物由来のロイコノストック属に属する乳酸菌のうち少なくとも1以上の乳酸菌の生菌が、ヘリコバクター・ピロリの生育を阻害できることを見出した。すなわち、本発明は、植物由来のラクトバチルス属に属する乳酸菌、及び植物由来のロイコノストック属に属する乳酸菌のうち少なくとも1以上の乳酸菌の生菌を有効成分とするヘリコバクター・ピロリの抗菌剤である。
【0008】
本発明に係るヘリコバクター・ピロリの抗菌剤は、植物由来の乳酸菌を有効成分とするので、天然生薬由来のものに比べて特有な苦味などがなく、様々な食品に適用できる。さらに、植物由来の乳酸菌の生菌が胃中で働き、ヘリコバクター・ピロリを効率的に除菌することが可能である。
【発明の効果】
【0009】
以上のように本発明によれば、様々な食品に適用できるヘリコバクター・ピロリの抗菌剤及びそれが含まれた食品を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
植物由来の植物性乳酸菌は、動物性乳酸菌に比べ貧栄養状態での生育が可能で、生育温度やpH等の環境要因もより過酷な条件で増殖できる。また、胃酸耐性、胆汁酸耐性が高く低pHでの増殖が可能であるため、生体内での生存率が良好である。さらに、動物性乳酸菌が乳や畜肉のみを発酵するのに対し、植物性乳酸菌は、野菜、果実類、穀物、豆類、海藻類等幅広い食物を発酵させることが可能である。
【0011】
本発明に係るヘリコバクター・ピロリの抗菌剤に含まれる植物性乳酸菌は、すんき漬から分離されていることが好ましい。すんき漬とは、長野県の木曽地方で生産・食されている漬物のことをいい、その製造においては、塩を一切使用せず、乳酸発酵によってのみ味付けを行い、日持ちを向上させるという特徴を有する。すんき漬から植物性乳酸菌は、既知の方法により分離することができる。例えば、漬け汁中に遊離している乳酸菌を乳酸菌分離用培地で分離する方法、または、漬け汁を集積培養後に乳酸菌分離用培地で分離する方法、漬物を集積培養し乳酸菌分離用培地で分離する方法、漬物に付着した乳酸菌を攪拌やホモジナイズ、超音波等で処理後、乳酸菌分離用培地で分離する方法、すんき漬の漬け種から分離する方法等である。
【0012】
本発明に係るヘリコバクター・ピロリの抗菌剤において、植物性乳酸菌の生菌とは、単独或いは数種類の植物性乳酸菌を培養した培養液、その集菌物、凍結乾燥やスプレードライ等により乾燥させた植物性乳酸菌の粉末、顆粒、タブレット状の物で、乳酸菌分離用または増殖用の培地に接種した時、増殖する能力を有する物をいう。
【0013】
本発明に係るヘリコバクター・ピロリの抗菌剤において、前記植物由来のラクトバチルス属に属する乳酸菌がラクトバチルス・デルブルッキーに属する乳酸菌、ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌、及びラクトバチルス・フェルメンタムに属する乳酸菌のうち少なくとも1以上、並びに前記植物由来のロイコノストック属に属する乳酸菌がロイコノストック・ガーリカムに属する乳酸菌であることが好ましい。さらに、胃酸耐性が高く、低pH条件化での生育が良いことが好ましい。
【0014】
本発明に係るヘリコバクター・ピロリの抗菌剤の形態としては、すんき漬などの植物からの分離物を液体状、粉末状、顆粒状及びタブレット状などに加工されたものの他、すんき漬などの植物から分離せずに、その植物そのものを加工したものであっても良い。特に、すんき漬の発酵条件により多くのヘリコバクター・ピロリの生育阻害作用を得ることができる。植物そのものを加工したものとして、例えば乾燥させて切断されたものや、粉末化されたものがある。
【0015】
本発明に係る食品として、菌株又はそれを含む発酵物を種菌として食物を発酵させたものがある。これら発酵食品として、例えばヨーグルトやチーズ、漬物、発酵飲料などがある。また、本発明に係る食品としては、これらの他に錠剤状又はカプセル状の健康食品、錠菓などの菓子類、飲料、ゼリーなど多くの用途に用いることができる。
【実施例】
【0016】
次に、本発明に係るヘリコバクター・ピロリの抗菌剤の実施例について、説明する。すんき漬の一部を乳酸菌用集積培地で集積培養後、滅菌生理食塩水で任意に希釈し、薬剤を添加した乳酸菌分離用寒天培地(GYP白亜寒天培地)で培養して乳酸菌の分離を行った。乳酸菌分離用寒天培地上に検出されたコロニーを個々に純培養し、常法によりグラム染色や顕微鏡による形態観察を行った後、細菌同定検査キット(アピ50CHL(日本ビオメリュー(株))で乳酸菌の確認を行った。さらに、16SrRNAをコードするSSU rDNAのPCR産物のシークエンスを行い、その塩基配列より乳酸菌の同定を行った。以上の方法ですんき漬より分離、同定した乳酸菌5菌株を表1に示す。また、分離した乳酸菌をMRS培地(OXIOID)でそれぞれ純培養し、集菌、洗浄後凍結乾燥により実施例1乃至5に係る乳酸菌粉末を作製した。
【0017】
【表1】

【0018】
次に、すんき漬け由来の乳酸菌の増殖性とpH低下性を調べた。実施例1乃至5に係る乳酸菌をそれぞれ、ヘリコバクター・ピロリの増殖培地であるブルセラ培地に添加、37℃で24時間培養し、その増殖を660nmの吸光度で測定した。さらに、培養液のpHを測定し、pH低下性を調べた。これらの結果を表2に示す。比較例として、増殖性、pH低下性の低い菌株であるラクトバチルス・プランタラム 14株を使用し、同様に操作した。

【0019】
【表2】

【0020】
表2から明らかなように実施例1乃至5に係る乳酸菌は、ヒト体温の37℃での増殖性とpH低下性が良好であった。
【0021】
次に、ヘリコバクター・ピロリの生育環境である胃中での乳酸菌の胃酸耐性を調べた。pH3.0に調整し、0.3%ペプシンを添加したMRS培地に、実施例1乃至5に係る乳酸菌の前培養液を10%添加して37℃で3時間培養した。その培養液をリン酸緩衝液を用いて希釈し、MRS寒天培地に0.1ml塗布後、37℃で2日間培養し、コロニー数をカウントした。培養前のコロニー数を100とした時の、3時間培養後の乳酸菌の生存率を求めた。その結果を表3に示す。
【0022】
【表3】

【0023】
表3から明らかなように、実施例1乃至5に係る乳酸菌はpH2.5での生存性が良好であった。
【0024】
次に、ブルセラ培地にヘリコバクター・ピロリの培養液を10%濃度になるように添加後、実施例2を代表として抗菌剤の培養液を1%添加し、37℃で24時間、微好気状態で培養した。培養0時間及び24時間目にサンプリングを行い、培養中のヘリコバクター・ピロリの菌数を測定した。比較例として本発明に係る抗菌剤を添加せずに、同様に培養した。これらの結果を表4に示す。
【0025】
【表4】

【0026】
表4から明らかなように実施例2を代表として抗菌剤を添加したものは、ヘリコバクター・ピロリが死滅したことが分かる。
【0027】
次に、本発明に係る抗菌剤が含まれた食品として豆乳ヨーグルトを作製した。先ず、原材料となる豆乳100部、脱脂大豆粉末20部及び水50部を均一に混合・溶解し、100℃、30秒の加熱殺菌を行い、45℃まで冷却後、実施例2に係るラクトバチスル・デルブルッキーのスタータを20部添加し、容器に充填した後、37℃で発酵させた。約12時間後に発酵を終了させ、10℃に冷却した。発酵終了時のpHは4.1であり、大豆タンパクのゲル化によりカード(ヨーグルト)を形成していた。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物由来のラクトバチルス属に属する乳酸菌、及び植物由来のロイコノストック属に属する乳酸菌のうち少なくとも1以上の乳酸菌の生菌を有効成分とするヘリコバクター・ピロリの抗菌剤。
【請求項2】
前記植物由来のラクトバチルス属に属する乳酸菌がラクトバチルス・デルブルッキーに属する乳酸菌、ラクトバチルス・プランタラムに属する乳酸菌、及びラクトバチルス・フェルメンタムに属する乳酸菌のうち少なくとも1以上、並びに前記植物由来のロイコノストック属に属する乳酸菌がロイコノストック・ガーリカムに属する乳酸菌であることを特徴とする請求項1記載のヘリコバクター・ピロリの抗菌剤。
【請求項3】
請求項1又は2記載のヘリコバクター・ピロリの抗菌剤を含むことを特徴とする食品。

【公開番号】特開2008−266148(P2008−266148A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−107858(P2007−107858)
【出願日】平成19年4月17日(2007.4.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年3月5日 社団法人 日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2007年度(平成19年度)大会講演要旨集」に発表
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(000118615)伊那食品工業株式会社 (95)
【出願人】(598096991)学校法人東京農業大学 (85)
【Fターム(参考)】