説明

ベンジリデングリセロールの製造方法

【課題】グリセリンの3つの水酸基のうち1位と3位の水酸基の間でアセタール化されたベンジリデングリセロールが優先的に生成し、製造コストの低廉なベンジリデングリセロールの製造方法を提供する。
【解決手段】ベンズアルデヒドとグリセリンとをハロゲン化アルキル溶媒中、酸触媒の存在下でアセタール化する(アセタール化工程)。次に、アセタール化工程で得られた反応生成物から再結晶法によってcis-1,3-O-ベンジリデングリセロールを単離する(精製工程)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル型高分岐ポリマーやポリエステル型デンドリマーの製造原料として利用可能なベンジリデングリセロールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高度に分岐した構造を有するデンドリティック高分子が注目されている。デンドリティック高分子は、その特異な分子構造から、非晶質である、有機溶媒への溶解性が高い、粘度が極端に小さい、機能性基を導入可能な鎖末端が多く存在する等、線状高分子とは異なる特徴があり、様々な分野での応用が期待され、近年盛んに研究が行われている。
【0003】
デンドリティック高分子には、多官能基を有するモノマーを一段階ずつ化学反応させ、分岐構造を形成させるデンドリマーと、AB型モノマーを重縮合させて一気に分岐構造を形成する高分岐ポリマーとが知られている。デンドリマーは、高度に分子量がそろった単分散ポリマーであるため、特性を精密に制御できるという特徴がある。また、高分岐ポリマーはモノマーから重縮合で一気に製造することができるため、製造が容易であり、製造コストが低廉であるという特徴がある。
【0004】
ポリエステル系の高分岐ポリマーやポリエステル系のデンドリマーの原料としては、ベンジリデングリセロール(1)を用いることができる。例えば、非特許文献1では、グリセロールとコハク酸からなるポリエステル型デンドリマーの原料として下式に示すベンジリデングリセロール(1)が用いられている。この合成経路を以下に示す。
【化1】

【0005】
また、ポリエステル系高分岐ポリマーは、下記合成経路に示すように、コハク酸無水物とベンジリデングリセロール(1)とのモノエステルを合成し、そのモノエステルを還元してカルボン酸ジアルコールとし、さらにカルボン酸ジアルコールを重縮合させることにより、容易に合成することができる。
【化2】

【0006】
以上のように、ベンジリデングリセロール(1)はポリエステル型高分岐ポリマーやポリエステル型デンドリマーの便利な製造原料として用いることができる。このベンジリデングリセロールは、ベンズアルデヒドとグリセリンとを酸触媒の存在下でアセタール化させることによって製造することができる(非特許文献2)。
【0007】
【非特許文献1】M.A.Carnahan,M.W.Grinstaff, Macromolecules,34,7648(2001)
【非特許文献2】PerH. J. Carlsen, Karsten Sφrbye,Trond Ulven, and Kari Aasbφ,Acta Chem. Scand., 50, 185 (1996).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、ベンズアルデヒドとグリセリンとを酸触媒の存在下でアセタール化してベンジリデングリセロール(1)を製造する場合、アセタール化がグリセリンの3つの水酸基のうち1位と3位の水酸基の間のみならず、1位と2位の水酸基の間でも生じるため、ベンジリデングリセロール(1)以外にジオキソラン誘導体(2)も得られる(下記化学反応式参照)。このため、ベンジリデングリセロール(1)の精製のために手間がかかり、合成に要するコストも高く問題となっていた。
【化3】

【0009】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、グリセリンの3つの水酸基のうち1位と3位の水酸基の間でアセタール化されたベンジリデングリセロール(1)を容易かつ低コストで製造することができる方法を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
ベンズアルデヒドとグリセリンとを酸触媒の存在下で反応させた場合、上述したようにベンジリデングリセロール(1)とジオキソラン誘導体(2)とが生成するが、立体異性体も考慮した場合には、下記化学式にしめすようにcis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)と、trans-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1b)と、cis-ジオキソラン誘導体(2a)と、trans-ジオキソラン誘導体(2b)の4種類が生成する。
【化4】

【0011】
ベンジリデングリセロール(1)をデンドリマーや高分岐ポリマーを合成するための原料として利用する場合、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)とtrans-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1b)とを分取する必要はない。なぜならば、最終的にベンジリデン保護基は脱離するため、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)及びtrans-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1b)からは、全く同じ生成物が生成するからである。このため、従来のベンジリデングリセロール(1)の製造方法においては、これらのシス異性体やトランス異性体のうちの一方を選択的に化学合成するという試みは、なされていなかった。
【0012】
発明者らは、上記課題を解決するために、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)と、trans-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1b)の構造差を利用することを考えた。すなわち、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)はtrans-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1b)と異なり、水酸基の水素がジオサン骨格の2つの酸素と同じ側に配置するため、分子内水素結合が形成される。そして、この分子内水素結合による構造の安定化のために、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)はtrans-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1b)よりも溶液中からの結晶化が容易であると推定される。
そして、ベンズアルデヒドとグリセリンとを酸触媒の存在下で反応させる場合において、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)の生成割合が多い条件を見出し、生成物からcis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)のみを高収率で単離することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明のベンジリデングリセロールの製造方法は、ベンズアルデヒドとグリセリンとをハロゲン化アルキル溶媒中、酸触媒の存在下でアセタール化するアセタール化工程と、該アセタール化工程で得られた反応生成物からcis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)を単離する精製工程とを備えることを特徴とする。
【0014】
発明者らの試験結果によれば、ベンズアルデヒドとグリセリンとを酸触媒の存在下でアセタール化する場合において、溶媒としてハロゲン化アルキルを用いれば、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)の生成比率がより多くなる。そして、このアセタール化工程で得られた反応生成物から容易にcis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)を単離することができる。したがって、本発明のベンジリデングリセロールの製造方法によれば、グリセリンの3つの水酸基のうち1位と3位の水酸基の間でアセタール化されたベンジリデングリセロール(1)を容易かつ低コストで製造することができる。
【0015】
cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)の精製方法については特に限定はないが、再結晶法やカラムクロマトグラフ法を用いることができる。また、溶媒として用いられるハロゲン化アルキルの種類についても特に限定はないが、クロロホルム、ジクロロメタン、四塩化炭素等を用いることができる。
【0016】
また、アセタール化工程における反応温度は40〜80°Cであることが好ましい。発明者らの試験結果によれば、反応温度が80°C以下であれば、アセタール化がグリセリンの1位と3位の水酸基の間で起こり易くなる。また、反応温度が40°C以上であれば、反応が迅速となり、未反応の基質の残存も少なくなる。
【0017】
酸触媒の種類としては特に限定はないが、p−トルエンスルホン酸やカンファースルホン酸等のスルホン酸類や、硫酸などの無機酸等を用いることができる。また、酸触媒の濃度は、0.001〜0.5mol/Lであり、好ましくは0.01〜0.3mol/Lである。
【0018】
本発明のベンジリデングリセロールの製造方法では、アセタール化によって生じた水を除去しながら反応させることが好ましい。こうであれば、平衡状態が生成物であるベンジリデングリセロール側に移行し、未反応の基質の残存もさらに少なくなる。アセタール化によって生じた水を除去しながら反応させるための方法としては、例えば水分定量受器等に用いられているようなディーン アンド スターク トラップを反応装置に取付けて、溶媒とともに共沸させて除去する方法等が挙げられる。また、無水硫酸マグネシウムやモレキュラーシーブ等の脱水剤を用いることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を具体化した実施例1〜6及び比較例1〜9について説明する。
【0020】
(アセタール化工程)
ベンズアルデヒドとグリセリンと溶媒とをフラスコに入れ、さらに酸触媒を添加し、ディーン アンド スターク トラップを備えた冷却管を立ててヒータで加熱した(水よりも比重が重い溶媒では、モレキュラーシーブ4Aをディーン アンド スターク トラップ中に充填して使用した)。反応終了後、得られた反応液の溶媒を留去することによりベンジリデングリセロールの粗製物を得た。この粗製物には、下記化学式で示されるcis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)、trans-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1b)、cis-ジオキソラン誘導体(2a)及びtrans-ジオキソラン誘導体(2b)の4種類の異性体の混合物であった。粗製物のH−NMRを測定し、メチンプロトンの積分比から、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)、trans-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1b)、cis-ジオキソラン誘導体(2a)及びtrans-ジオキソラン誘導体(2b)の存在比を求めた。
【化4】

【0021】
(結果)
結果を表1〜表3に示す。なお、表中、「生成物比率(%)」は上記のcis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)、trans-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1b)、cis-ジオキソラン誘導体(2a)及びtrans-ジオキソラン誘導体(2b)の合計量に対するそれぞれの割合(%)を示した。
表1に示すように、溶媒としてクロロホルム(実施例1)やジクロロメタン(実施例2)等のハロゲン化アルキルを用いた場合には、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)の比率が40%以上となった。これに対して、ベンゼン(比較例1)では33%、ヘキサン(比較例2)では27%、エチルエーテル(比較例3)では22%と、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)の比率がハロゲン化アルキルを溶媒として用いた場合よりも低かった。
【0022】
【表1】

【0023】
また、表2に示すように、溶媒としてクロロホルムを用いた場合において、酸触媒(トルエンスルホン酸)の濃度を変化させた場合、いずれの場合にもcis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)の比率が40%以上と高い比率を示した。
【表2】

【0024】
さらには、溶媒としてハロゲン化アルキル以外の溶媒を用いた場合には、表3に示すように、いずれの場合にもcis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)の生成比が40%未満となった。
【表3】

【0025】
以上の結果から、ハロゲン化アルキルを溶媒として用いることにより、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロール(1a)の生成比を高くすることができることがわかった。
【0026】
(精製工程)
アセタール化工程で得られた粗製物をジエチルエーテルとn−ヘキサンの2:1(容量比)混合溶媒中に加え、加温しながら溶解し、溶解後、氷浴中にて冷却(あるいは冷蔵庫(5℃)に保存)して再結晶を行った。晶出した白色結晶をろ過により採取した。H−NMRを測定したところ、cis-1,3-O-ベンジリデングリセロールがほぼ100%の純度で得られた。
【0027】
この発明は、上記発明の実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は機能性高分子であるエステル型高分岐ポリマーやエステル型デンドリマーの製造方法に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベンズアルデヒドとグリセリンとをハロゲン化アルキル溶媒中、酸触媒の存在下でアセタール化するアセタール化工程と、
該アセタール化工程で得られた反応生成物からcis-1,3-O-ベンジリデングリセロールを単離する精製工程とを備えることを特徴とするベンジリデングリセロールの製造方法。
【請求項2】
精製工程は再結晶法によって行うことを特徴とする請求項1記載のベンジリデングリセロールの製造方法。
【請求項3】
アセタール化工程における反応温度は40〜80°Cであることを特徴とする請求項1又は2記載のベンジリデングリセロールの製造方法。
【請求項4】
アセタール化工程において反応系から水を除去しながら反応させることを特徴とする請求項1又は2記載のベンジリデングリセロールの製造方法。

【公開番号】特開2008−56639(P2008−56639A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−238321(P2006−238321)
【出願日】平成18年9月1日(2006.9.1)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【出願人】(000234166)伯東株式会社 (135)
【Fターム(参考)】