説明

ベンゼンの炭素源特定方法

【課題】大気中のベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)の測定値に基づいて、前記ベンゼンの炭素源を特定する。
【解決手段】所定範囲から採取した空気に含まれるベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)を測定し、この測定結果からδ13C値(国際標準物質の炭素同位体比に対する、試料中の炭素同位体比の千分率偏差)を算出し、δ13C値が「−23〜−26‰」である場合に前記ベンゼンは石炭を炭素源とするベンゼンであり、δ13C値が「−27〜−29‰」である場合に前記ベンゼンは石油を炭素源とするベンゼンであると特定する。なお、δ13Cの算出値は、ベンゼンを含有する一般大気の影響が排除された値になるようにする。図1は分析装置の一例である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ベンゼンの炭素源特定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、人為的な過程を経て大気中に放出される物質が大気環境に与える様々な影響が問題になっている。ベンゼンもその物質の一つであり、大気中のベンゼンの発生源を特定することは重要な課題となっている。
下記の非特許文献1には、ベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)の測定方法についての記載がある。この文献では、ガスクロマトグラフィ付きの安定同位体質量分析計(IR−MS)であって、ガスサンプルがガラス(またはステンレス)容器に採取された場合と、捕集管に採取された場合のいずれの場合でも、適切な前処理を自動で行うことができるシステムを使用して、ベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)を測定している。
また、この文献では、ガソリン、自動車排ガス、バイオマス燃焼、幹線道路大気、都市大気、洋上大気をサンプルとして、ベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)を測定している。
【0003】
下記の特許文献1には、バイオマスおよび化石燃料・石油、石炭等由来の化学製品を含有する混合燃料におけるバイオマス混合比を計算する方法として、バイオマスのみを燃焼させて、その排気ガス中に含まれる二酸化炭素の炭素同位体14Cの存在量を計測するとともに、前記混合燃料を燃焼させて、その排気ガス中に含まれる二酸化炭素の炭素同位体14Cの存在量を計測し、これらの炭素同位体14Cの存在量に基づいて前記バイオマス混合比を計算する方法が記載されている。
【0004】
【非特許文献1】山口潤子・角皆 潤・中川書子・小松大祐・蒲生俊敬・秋山賢二「炭素安定同位体組成を用いた大気中ベンゼンの起源と挙動に関する研究」第13回大気化学シンポジウム研究集会講演集(名古屋大学太陽地球研究所), p.129-132
【特許文献1】特開2005−17018号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
製鉄所のベンゼン発生源には、コークス炉等の石炭を扱う場所と、石炭系粗軽油等の石炭系燃料を扱う場所と、石油系粗軽油やガソリン等の石油系燃料を扱う場所がある。よって、製鉄所のベンゼン発生源を調べるためには、ベンゼンの炭素源が石炭であるか石油であるかを特定することが特に重要な課題となっている。
本発明の課題は、大気中のベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)の測定値に基づいて、前記ベンゼンの炭素源を特定することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は、所定範囲から採取した空気に含まれるベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)を測定し、この測定結果からδ13C値(国際標準物質の炭素同位体比に対する、試料中の炭素同位体比の千分率偏差)を算出し、δ13Cの算出値を、ベンゼンを含有する一般大気の影響が排除された値になるようにし、δ13C値が「−23〜−26‰」である場合に前記採取した空気に含まれるベンゼンは石炭を炭素源とするベンゼンであり、δ13C値が「−27〜−29‰」である場合に前記採取した空気に含まれるベンゼンは石油を炭素源とするベンゼンであると特定することを特徴とするベンゼンの炭素源特定方法を提供する。
δ13C値は、試料中の同位体存在比をRsample、国際標準物質である白亜紀の地層(Pee Dee層)中のBelemnite化石(CaCO3 )の炭素同位体比をRPDB として、下記の(1)式で表される。
δ13C=(Rsample/RPDB −1)*1000…(1)
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法によれば、大気中のベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)の測定値に基づいて、前記ベンゼンの炭素源を特定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態について説明する。
図1は、この実施形態の方法で使用する分析装置を示す図である。
この分析装置は、サンプルの分離精製ライン1と、オーブン2と、ヒーター3と、キャピラリーカラム41を備えたガスクロマトグラフィ4と、燃焼器5と、質量分析計6とを備えている。また、ガスクロマトグラフィ4と燃焼器5の間の配管L54に分岐配管L41を接続し、この分岐配管L41に開閉弁V41を設けている。これにより、燃焼器5に向かわせたくないガスが配管L54に導入されている間は、この開閉弁V41を開けて配管L54内のガスを分岐配管L41から外部に排出できため、ガスクロマトグラフィ4で分離されたベンゼンのみを燃焼器5に導入することができる。
【0009】
分離精製ライン1は、配管L0 〜L8 ,L10〜L20と、開閉弁V1 〜V8 と、6ポート弁V12,V13と、濃縮トラップ部11と、脱水・脱炭酸部12と、クライオフォーカストラップ部13とからなる。脱水・脱炭酸部12のカラムには、脱水剤「マグネシウムパーコレイト:8〜24メッシュ」と、脱炭酸剤「アスカライトII:20/30メッシュ」が充填されている。
【0010】
配管L0 は開閉弁V1 を介して配管L1 と接続されている。配管L1 は開閉弁V2 を介して配管L2 と接続されている。配管L2 は開閉弁V3 を介して配管L3 と接続されている。配管L2 の中間部はU字状になっていて、オーブン2の外部に配置され、濃縮トラップ部11を形成している。濃縮トラップ部11にはグラスビーズが充填されており、ここに入ったガスから大気の主成分(窒素、酸素)以外の成分を吸着する。配管L3 は配管L4 と十字状に連通しており、この配管L4 の一端に開閉弁V4 を介して、外部のターボポンプ(Pump)に向かう配管L5 が接続されている。この配管L4 の他端には開閉弁V5 を介して配管L6 が接続されている。
【0011】
配管L3 の開閉弁V3 とは反対側の端部には、開閉弁V8 を介して外部の真空ポンプ(Vacuum)に向かう配管L8 が接続されている。6ポート弁V12のポートP1 に接続された配管L7 には、開閉弁V6 を介して配管L10が接続されている。配管L10は配管L1 と十字状に連通している。また、配管L10の先端には開閉弁V7 が接続されている。
【0012】
6ポート弁V12のポートP2 には配管L6 が接続されている。6ポート弁V12のポートP3 には配管L11が接続されている。この配管L11の他端に脱水・脱炭酸部12が接続されている。6ポート弁V12のポートP4 には、捕集管Hの出側配管L12が接続されている。6ポート弁V12のポートP5 には、捕集管Hの入側配管L13が接続されている。6ポート弁V12のポートP6 には、Heガス導入用配管L14が接続されている。配管L12と配管L13はオーブン2の外側まで延びて、オーブン2の外側に配置された捕集管Hに接続される。オーブン2の外側には、また、捕集管Hを加熱するヒーター3が設置されている。
【0013】
6ポート弁V13のポートP1 には、脱水・脱炭酸部12からの配管L15が接続されている。6ポート弁V13のポートP2 には、オーブン2の外部に配置されたクライオフォーカストラップ部13へ向かう配管L16が接続されている。6ポート弁V13のポートP3 には、ガスクロマトグラフィ4のキャピラリーカラム41に向かう配管L17が接続されている。6ポート弁V13のポートP4 には、Heガス導入用配管L18が接続されている。6ポート弁V13のポートP5 には、クライオフォーカストラップ部13からの配管L19が接続されている。6ポート弁V13のポートP6 には、排気用配管L20が接続されている。
【0014】
ガスクロマトグラフィ4としては、ヒューレットパッカー社の「HP6890」を用い、キャピラリーカラム41はDB−1を使用した。
燃焼器5としては、サーモクエスト社製の酸化炉オープンチューブを使用した。
質量分析計6としては、Finnigan社製の「MAT252」を使用した。質量分析計6は、イオン源61と、スリット62と、イオン分離器63と、検出器64とで構成されており、そのイオン源61と燃焼器5とを接続する配管L56に、オープンスプリット56を設けた。
【0015】
ガラス容器Y内にガスサンプルを採取した場合には、そのガラス容器Yをオーブン2内の配管L0 と接続して分析を開始する。先ず、図2に示すように、開閉弁V8 を開けて、真空ポンプに向かう配管L8 と配管L3 を連通させ、開閉弁V2 とV3 を開けて配管L1 〜L3 ,L8 を連通させる。この状態で配管L8 に接続されている真空ポンプ(Vacuum)を作動して、配管L1 〜L3 内を真空状態にする。
【0016】
次に、オーブン2内の温度を80℃に保持し、図3に示すように、濃縮トラップ部11を液体酸素7で冷却する。また、開閉弁V8 を閉じて開閉弁V1 を開け、ガラス容器Y内のガスを濃縮トラップ部11に向かわせる。次に、開閉弁V4 を開けて配管L2 ,L4 ,L3 ,L5 を連通させ、配管L5 に接続されているターボポンプ(Pump)を作動する。これにより、配管L2 内に導入されたガラス容器Y内のガスから大気の主成分(窒素、酸素等)が分離されて、配管L5 から外部に排出され、濃縮トラップ部11には、それ以外のガス成分が吸着される。そして、ポンプの圧力計を見て、ガラス容器Y内のガスの濃縮(大気の主成分の除去)が完了したことを確認した後、開閉弁V4 を閉じてポンプを停止する。
【0017】
次に、図4に示すように、開閉弁V1 を閉じ、開閉弁V6 を開け、6ポート弁V12のポートP1 とP6 を接続して配管L7 とL14を連通させ、ポートP2 とP3 を接続して配管L6 とL11を連通させる。また、6ポート弁V13のポートP1 とP5 を接続して配管L15とL19を連通させる。次に、クライオフォーカストラップ部13を液体酸素7で冷却し、濃縮トラップ部11を熱湯8で温めた状態で、配管L14からHeガスを導入する。
【0018】
これにより、配管L7 ,L10,L1 ,L2 を通って濃縮トラップ部11に至ったHeガスをキャリアとして、濃縮トラップ部11に吸着されていたガスが、配管L3 ,L4 ,L6 ,L11を通って脱水・脱炭酸部12に至り、ここでCO2 とH2 Oが除去された後に、さらに配管L15,L19を通ってクライオフォーカストラップ部13に至る。
【0019】
次に、図5に示すように、6ポート弁V13のポートP2 とP3 を接続して配管L16とL17を連通させ、ポートP4 とP5 を接続して配管L18とL19を連通させる。次に、クライオフォーカストラップ部13を熱湯8で温めた状態で、配管L18からHeガスを導入し、クライオフォーカストラップ部13にトラップされているガスを配管L16,L17を介してガスクロマトグラフィ4のキャピラリーカラム41に向かわせる。
【0020】
次に、ベンゼン以外のガスが配管L54に導入されている間は開閉弁V41を開けて、配管L54内のガスを分岐配管L41から外部に排出し、ベンゼンが配管L54に導入されている間は開閉弁V41を閉じて配管L54内のガスを燃焼器5に導入する。
次に、前記ガスが燃焼器5で燃焼されてCO2 とH2 Oになって、オープンスプリット56から質量分析計6に導入される。そして、質量分析計6の分析結果から、CO2 の同位体(分子量が44、45であるもの)の存在比(45CO2 44CO2 )を算出する。この存在比がサンプルガスに含まれていたベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)に相当するため、この値から前記(1)式に従ってδ13C値を算出する。
【0021】
捕集管Hにガスサンプルを採取した場合には、図6に示すように、捕集管Hの各端部を配管L12,L13に接続し、6ポート弁V12のポートP5 とP6 を接続して、配管L14とL13を連通させ、ポートP4 とP3 を接続して配管L11とL12を連通させる。次に、クライオフォーカストラップ部13を液体酸素7で冷却し、ヒーター3で捕集管Hを加熱した状態で、配管L14から配管L13を介して、捕集管H内にHeガスを導入する。
【0022】
これにより、捕集管H内のガスが、Heガスをキャリアとして配管L12,L11を通り、脱水・脱炭酸部12でCO2 とH2 Oが除去された後に、さらにL15,L19を通ってクライオフォーカストラップ部13に至る。次に、図5に示す状態として、前述のようにクライオフォーカストラップ部13にトラップされているガスを配管L16,L17を介してガスクロマトグラフィ4のキャピラリーカラム4に向かわせ、燃焼器5を介して、質量分析計6で分析する。そして、算出されたCO2 の同位体存在比(45CO2 44CO2 )をサンプルガスに含まれていたベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)とし、その値から前記(1)式に従ってδ13C値を算出する。
【0023】
なお、この実施形態では、ガラス容器Y内のガスを配管L2 内に導入する前に配管L1 〜L3 内を真空状態にする操作を行うことにより、δ13Cの算出値を、ベンゼンを含有する一般大気の影響が排除された値になるようにしている。
この分析装置を使用して、製鉄所のベンゼン発生源のうちコークス炉等の石炭を扱う場所と石炭系粗軽油等の石炭系燃料を扱う複数の場所でδ13C値を調べたところ、−24.9±1.9‰であった。これに対して、石油系粗軽油を扱う複数の場所でδ13C値を調べたところ−27.9±0.5‰であり、ガソリンを扱う複数の場所でδ13C値を調べたところ−27.6±0.4‰であった。この結果から、δ13C値が「−23〜−26‰」である場合に前記ベンゼンは石炭を炭素源とするベンゼンであり、δ13C値が「−27〜−29‰」である場合に前記ベンゼンは石油を炭素源とするベンゼンであると特定できることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施形態で使用した分析装置を示す概略構成図である。
【図2】図1の分析装置を使用した分析方法を説明する図である。
【図3】図1の分析装置を使用した分析方法を説明する図である。
【図4】図1の分析装置を使用した分析方法を説明する図である。
【図5】図1の分析装置を使用した分析方法を説明する図である。
【図6】図1の分析装置を使用した分析方法を説明する図である。
【符号の説明】
【0025】
1 分離精製ライン
11 濃縮トラップ部
12 脱水・脱炭酸部
13 クライオフォーカストラップ部
2 オーブン
3 ヒーター
4 ガスクロマトグラフィ
41 キャピラリーカラム
5 燃焼器
56 オープンスプリット
6 質量分析計
61 イオン源
62 スリット
63 イオン分離器
64 検出器
0 〜L20 配管
41 分岐配管
54 配管
56 配管
1 〜V8 開閉弁
41 開閉弁
12,V13 6ポート弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定範囲から採取した空気に含まれるベンゼンの炭素安定同位体比(13C/12C)を、測定し、この測定結果からδ13C値(国際標準物質の炭素同位体比に対する、試料中の炭素同位体比の千分率偏差)を算出し、δ13Cの算出値を、ベンゼンを含有する一般大気の影響が排除された値になるようにし、δ13C値が「−23〜−26‰」である場合に前記採取した空気に含まれるベンゼンは石炭を炭素源とするベンゼンであり、δ13C値が「−27〜−29‰」である場合に前記採取した空気に含まれるベンゼンは石油を炭素源とするベンゼンであると特定することを特徴とするベンゼンの炭素源特定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−33076(P2007−33076A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−213094(P2005−213094)
【出願日】平成17年7月22日(2005.7.22)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】