説明

ベンゼン検出素子およびその製造方法

本発明はベンゼンを選択的かつ高感度に検出できるベンゼン検出素子およびその製造方法に関する。本発明のベンゼン検出素子は、大気中のベンゼンを選択的かつ高感度に検出するためのメソポーラスシリカであり、前記検出素子は、高秩序な周期的細孔構造を持ったナノサイズの細孔を有
し、前記ナノサイズの細孔の壁面にサブナノサイズの細孔を有する。前記ナノサイズの細孔は半径0.15nmから50nmの孔径を有し、前記サブナノサイズの細孔は半径0.05から0.5nmの孔径を有し、かつ、前記細孔のうちの少なくともサブナノサイズの細孔は、フェニル基を有する有機ケイ素官能基またはシラノール基により修飾されている。本発明はこの検出素子の製造方法も提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気中のベンゼンを選択的かつ高感度に検出するためのベンゼン検出素子およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大気中に微量に存在するベンゼンを選択的かつ高感度に検出する検出素子としては、吸着剤を利用して目的分子を吸着して濃縮する検出素子がある(非特許文献1)。この吸着剤は、ベンゼンおよびこれに類似の芳香族分子と親和性の高い置換基を利用したものである。この従来の方法を用いた場合、以下のような問題が生じる。すなわち、この従来法は、物理化学的な性質のみを用いる分離法のため、ベンゼンと性質や構造が似通った分子と、ベンゼン分子を分離するのには適さないことである。さらに、ベンゼン分子のみを認識するサイトを有するホスト分子を用いた素子を用いる方法も考えられるが、その作製には、複雑な合成プロセスが必要であり、ベンゼンのように反応性が極めて低く安定な分子については、その素子の合成はより困難である。
【0003】
【特許文献1】特開2003−021595号公報
【非特許文献1】新実験化学講座9「分析化学II」社団法人日本化学会編 丸善株式会社
【非特許文献2】A.Stein,B.J.Melde,R.C.Schroden,Adv.Mater.12(19),1403(2000)
【発明の開示】
【0004】
本発明は、大気中に微量に存在するベンゼンを選択的かつ高感度に検出する、メソポーラスシリカからなる検出素子を提供することを目的とする。この検出素子は、ベンゼン分子とベンゼンに類似の芳香族分子との間で親和性に差が生じるようにこの素子を適切に設計したものである。また、本発明は、比較的簡易な合成方法を用いて上記の検出素子を製造するための方法を提供することを目的とする。
【0005】
上記の課題を解決するため、本発明によるベンゼン検出素子は、特に大気中のベンゼンを選択的かつ高感度に検出するためのメソポーラスシリカからなるベンゼン検出素子である。この検出素子は、高秩序な周期的細孔構造を持ったナノサイズの細孔を有し、前記ナノサイズの細孔の壁面にサブナノサイズの細孔を有するものであり、前記ナノサイズの細孔は、半径0.15nmから50nmの孔径を有し、前記サブナノサイズの細孔は半径0.05から0.5nmの孔径を有し、かつ、前記細孔のうちの少なくともサブナノサイズの細孔は、フェニル基を有する有機ケイ素官能基またはシラノール基により修飾されていることを特徴とする。有機ケイ素官能基は、ジメチルフェニルシリルオキシ基(MePhSi−)であることが好ましい。ナノサイズの細孔は、立方晶構造を有し、半径1.5nmから2.0nmを有することがさらに好ましく、このナノサイズの細孔の壁面に、該ナノサイズの細孔を連結するような構造でサブナノサイズの細孔が存在すること特徴とする。
【0006】
また、本発明によるベンゼン検出素子の製造方法は、細孔の鋳型となる物質としてEO100−PO65−EO100(EO:エチレンオキシド、PO:プロピレンオキシドであり、数字はブロックあたりの各分子の数である)を含む溶液を加熱し、これにシリカの前駆体を添加して沈殿を形成させ、前記沈殿を乾燥した後、焼結して、高秩序な周期的細孔構造を持ったナノサイズの細孔を有し、前記ナノサイズの細孔の壁面にサブナノサイズの細孔を有するベンゼン検出素子を得ることを特徴とする。加熱は30℃〜130℃の温度範囲で行われることが好ましく。焼結は450℃〜600℃の温度で行われることが好ましい。本発明の方法では、ナノサイズの細孔は、半径0.15nmから50nmの孔径を有し、前記サブナノサイズの細孔は半径0.15から0.5nmの孔径を有する検出素子が得られる。また本発明の方法は、ベンゼン検出素子にフェニル基を有するシランカップリング剤を反応させ、少なくとも前記サブナノサイズの細孔にフェニル基を有する有機ケイ素官能基を導入することをさらに含むことが好ましい。有機ケイ素官能基は、ジメチルフェニルシリル基であることが好ましい。
【0007】
本発明では、メソポーラスシリカにおいて、その中のサブナノサイズの細孔の周期的構造、サブナノサイズの細孔の孔径、サブナノサイズの細孔内部の表面の置換基の種類と密度、および、サブナノサイズの細孔内表面とベンゼン分子との親和性を制御することにより大気中に微量に存在するベンゼンを選択的かつ高感度に検出することが可能となる。本発明により、大気中に微量に存在するベンゼンを選択的かつ高感度に検出することを可能とするベンゼン検出素子およびその製造方法が提供されることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0008】
[図1]目的分子と親和性の高い置換基を利用して目的分子を吸着させて検出する場合の本発明の特徴を説明する図。
[図2]本発明の検出素子の特徴を示す図である。
[図3]本発明材料の製造方法のフローを示す図である。
[図4]実施例1において、本発明に使用する装置を説明する図である。
[図5A]実施例1において、図4に示す装置を使用して、ベンゼンガスの従来法による検出を行ったときのベンゼン、トルエン、およびo−キシレンの信号強度を比較した図である。
[図5B]実施例1において、図4に示す装置を使用して、ベンゼンガスの本発明による検出を行ったときのベンゼン、トルエン、およびo−キシレンの信号強度を比較した図である。
[図6A]実施例2において、ベンゼンの従来法による信号強度を示す図である。
[図6B]実施例2において、ベンゼンの本発明による信号強度を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、3次元的に高秩序の周期細孔構造を有するメソポーラスシリカからなるベンゼン検出素子とその製造方法に関する。特に本発明の検出素子は、ナノサイズの細孔を有し、かつその壁面にサブナノサイズの細孔を有する。本発明では、このサブナノサイズの細孔の孔径およびそのサブナノサイズの細孔表面の特性を、ベンゼンの選択的検出に適するように制御したベンゼン検出素子を提供する。さらに本発明は、そのような特徴を有するベンゼン検出素子の簡便な製造方法を提供する。
【0010】
なお、本明細書において、「制御」または「制御する」とは、細孔内部の表面の物理的構造、および、細孔内部の表面と目的分子(ベンゼン分子)との相互作用を、目的分子を選択的に検出素子に吸着できるように適宜選択すること(すなわち、細孔内部孔径を特定の範囲内に調節することや、細孔表面に適切な置換基を導入すること)を言う。
【0011】
以下にこれらの発明について説明する。なお、以下の説明では、適宜図面を参照して説明するが、これらは本発明の例示であり、本発明を制限することを意図するものではない。
【0012】
まず、本発明の検出素子について説明する。
【0013】
本発明の検出素子は、ナノサイズの高秩序な周期的細孔構造を有するメソポーラスシリカにおいて、(i)細孔の形状およびサイズ、(ii)細孔内部の表面の置換基の種類および密度などの細孔内表面の構造、並びに、(iii)細孔内表面の置換基を種々選択することによる検出の対象となる分子(以下、ベンゼン分子または目的分子とも称する)との親和性、を目的分子に適合するように制御したものである。本発明では、特にサブナノサイズの細孔を制御することが好ましい。これによりベンゼン分子を選択的に検出素子に吸着させることができる。
【0014】
具体的には、本発明による検出素子は、例えば図1の(A−1)(a)および(b)に示されるように、目的分子を選択的に吸着させるため、3次元的に高秩序の周期的細孔構造を有する。
【0015】
本発明による検出素子は、図1の(A−1)の(a),(b)に記載した高秩序(たとえば六方晶形、立方晶形、ラメラ状の細孔形状)のナノサイズの細孔(以下メソ孔ともいう)を備えており、このナノサイズの細孔には、その壁面にサブナノサイズの細孔(以下、マイクロ孔ともいう)を形成したものである。例えば、図2に示すような検出素子の場合、メソ孔は細孔32で示されるようなものであり、マイクロ孔は細孔34で示されるようなものである。本発明の検出素子は、少なくともサブナノサイズの細孔の形状および細孔径、がベンゼンの選択的検出に適するように制御されており、かつ細孔の表面が種々の置換基(例えば水酸基)または有機官能基(例えば有機ケイ素官能基)により修飾されてベンゼンの選択的検出に適するようにされたものである。
【0016】
本発明においては、検出素子は前述のようにメソポーラスシリカであり、3次元的に高秩序の周期的細孔構造を有する。好ましくは、ナノサイズの細孔は、0.5nm以上50nm以下の半径を有し、このナノサイズの細孔壁面に存在するサブナノサイズは、好ましくは0.05nm以上0.5nm以下の半径を有する。そして、少なくともこのサブナノサイズの細孔の表面はベンゼンに親和性を有する置換基(例えばシラノール基)または有機官能基(例えば有機ケイ素官能基)により修飾されることが好ましい。
【0017】
本発明において、検出素子は、好ましくは周期的立方晶構造を有し、これが高秩序に配列したナノサイズの細孔を有する。そして、その壁面には、ナノサイズの細孔を連結するようにサブナノサイズの細孔が存在することが好ましい。さらにナノサイズの細孔は、半径で、15nm〜2.5nmを有することが好ましく、前記サブナノサイズの細孔は、半径で、ベンゼンの分子サイズ(約0.3nm)の半分より大きく、好ましくは0.2〜0.5nmの範囲(すなわち0.15nm〜0.5nm、好ましくは0.2nm〜0.5nm)を有することが好ましい。また、サブナノサイズの細孔の細孔径分布は、その中心部での半値幅が0.06nm以下、好ましくは0.05nm±0.01nmある。すなわち、本発明のベンゼン検出素子は、ベンゼン分子が1個だけ入ることができる大きさ以上であり、他の分子(たとえばトルエン)を吸着しにくい大きさを有する。半値幅は、上述の通り0.06nm以下であるが、この分布が大きくなるとベンゼン以外の分子が入るようになる。このような細孔構造のメソポーラスシリカを使用することにより、ベンゼンを選択的に吸着でき、ベンゼンを高感度に検知することができるようになる。
【0018】
なお、本発明の検出素子は、ナノサイズの細孔が周期的構造を有する。サブナノサイズの細孔の構造は、周期的である必要はない。したがって、本明細書で使用される「周期的構造」または「3次元的な周期的構造」という用語は、ナノサイズの細孔を対象とした構造をいう。また、ナノサイズの細孔およびサブナノサイズの細孔は共に径が均一である。
【0019】
本発明によれば、細孔表面、特に前記サブナノサイズの細孔表面は置換基としてシラノール基を含むことが好ましい。さらに前記サブナノサイズの細孔表面はフェニル基を有する有機官能基で修飾されていることがより好ましい。特に、本発明では、前記有機官能基はジメチルフェニルシリル、メチルフェニルシリル或いはジフェニルシリル基であることが好ましく、ジメチルフェニルシリル基であることが最も好ましい。
【0020】
本発明では、有機官能基は、下記表1に示すよう1つのSi−O−結合でメソポーラスシリカの細孔表面に結合されていることが好ましい。
【0021】
【表1】

【0022】
上記表1に示されるように、(A)および(B)で示される結合の形態であれば、有機官能基がメソポーラスシリカ上で比較的自由に動くことができ、検出分子(ベンゼン分子)が有機官能基上のフェニル基と相互作用しやすくなると考えられる。一方、(C)で示されるように有機官能基がメソポーラスシリカ上において2つのSi−O−基で結合されている場合、有機官能基は自由に動くことができず、検出分子(ベンゼン分子)と有機官能基の相互作用が低減される場合がある。
【0023】
また、本発明では、(A)および(B)で示される結合の形態であっても、選択性に差が生じる場合がある。例えば、上記(B)で示される置換基を有する有機官能基で修飾した場合でもベンゼン分子の選択的検出は可能であるが、後述するSBA−16で表されるメソポーラスシリカとの組み合わせにおいては、(A)の置換基を有する官能基で修飾した場合と(B)の置換基を有する官能基で修飾した場合とで、ベンゼンとトルエンの混合気体の検出において、両者間の選択性に差が生じる場合がある(実施例参照)。
【0024】
理論に拘束されるものではないが、上記のような選択性の差が生じるのは、(B)のような基を含む有機官能基にはベンゼン分子が2つ存在するので、立体障害により選択性が低下するものと思われる。従って、本発明では、有機官能基で修飾されたメソポーラスシリカであって、SBA−16の細孔表面がジメチルフェニルシリル基で修飾されているベンゼン検出素子が最も好ましい。この組み合わせで、高選択的なベンゼンの検出が可能である。
【0025】
このように、本発明では、上記のような官能基で修飾することによって、細孔内部の立体構造をよりベンゼンを取り込み易い構造とし、さらにベンゼンへの親和性をより高めることができる。本発明のベンゼン検出素子は、サブナノサイズの細孔におけるベンゼン吸着能とベンゼンの濃縮効果を増強することができ、ベンゼンの選択的検出能を高め、高感度な検知が可能となる。
【0026】
本発明では、メソポーラスシリカの合成時の温度・酸性度・細孔の鋳型となる物質(界面活性剤や自己組織化高分子)、焼成温度、光や熱などの物理的刺激を用いて細孔の形状、サイズ、細孔内部の表面の置換基または有機官能基の種類と密度など、および、細孔内表面と目的分子との親和性を制御することにより、3次元構造のみ、または表面の親和性のみでは選択的な吸着が困難な分子の選択的濃縮を実現することが可能となる。
【0027】
また、本発明は、上述のナノサイズの高秩序な周期的細孔構造を有するメソポーラスシリカの細孔内部を、合成後に有機官能基を細孔内部に導入したり、または、酸やアルカリなどの化学物質、物理的な酸化還元反応により細孔内表面の置換基の種類(例えばシラノール基など)や密度をベンゼン分子の吸着に適するように制御することによってベンゼン分子の選択的分離と濃縮を実現することが可能となる。
【0028】
また、本発明で用いる細孔構造を有するメソポーラスシリカでは、細孔内部にベンゼンと親和性が高い置換基を有する有機官能基(例えば有機ケイ素官能基)を固定化すると、ベンゼン分子とその官能基との相互作用は、2次元表面のような一方向からだけでなく、例えば孔の上下の官能基ともベンゼン分子が相互作用し、これらは3次元的に相互作用することになる。このような作用も、ベンゼン分子の分離を高選択的に行える要因であると考えられる。
【0029】
次に本発明のベンゼン検出素子の製造方法について説明する。
【0030】
本発明は、前記ベンゼン検出素子の製造方法を提供する。本発明によるベンゼン検出素子の製造方法では、細孔の鋳型となる物質を含む溶液を30〜130℃の温度に加熱し、これにシリカ前駆体を添加して沈殿を形成させ、前記沈殿を乾燥した後、これを所定の温度で焼結する。このようにすることで、本発明のベンゼン検出素子であるメソポーラスシリカを得ることができる。ナノサイズの細孔の鋳型となる物質はEO100−PO65−EO100(EO:エチレンオキシド、PO:プロピレンオキシドであり、数字はブロックあたりの各分子の数である)(以下、F127とも称する)が好ましい。
【0031】
本発明の製造方法では、鋳型物質は、上記F127意外にも、例えばEO20−PO70−EO20などを用いることもできるが、F127を用いることが好ましい。その理由は、これらの鋳型から得られるメソポーラスシリカに選択性の差が生じることがあるためである。選択性に差が出る理由は、おそらく、鋳型物質としてEO20−PO70−EO20を用いた場合には、得られるメソポーラスシリカ(六方晶)のナノサイズの細孔の表面積が、F127を用いて得られるメソポーラスシリカ(立方晶品)よりも小さくなり、その結果、EO20−PO70−EO20を用いて得られるメソポーラスシリカでは、サブナノサイズの細孔の露出数が減少することになるからと考えられる。
【0032】
上記の鋳型物質(F127)を含む溶液(例えば希塩酸溶液)を30℃〜130℃の温度に加熱し、シリカ前駆体(たとえばTEOS(テトラエチルオルトシリケート)を使用することができる)を添加して沈殿を形成させる。前記沈殿を乾燥した後、450℃〜600℃の温度で焼結し、本発明のベンゼン検出素子を得ることができる。なお、本明細書において、上記材料および手順で得られるメソポーラスシリカをSBA−16と称する。
【0033】
反応温度(溶液の温度)が30〜130℃の範囲を逸脱すると良好な細孔径が得られない恐れがある。また、焼結温度が600℃を越えると、結晶化が進み、細孔が小さくなる恐れがある。細孔が小さくなると、細孔表面のシラノール基の密度が減少するとともに、目的分子の選択的吸着が起こらない恐れがある。また450℃未満であると、細孔の鋳型となる物質のブロック共重合体などの除去が不十分となる恐れがある。
【0034】
本発明では、上述のようにシリカ前駆体を鋳型の溶液に添加した後、基材(例えば導波路型チップ)上に塗布して薄膜を形成し、鋳型物質を除去して検出素子を形成することもできる。
【0035】
本発明の方法で得られるベンゼン検出素子は、上述したように、3次元的に高秩序の周期的なナノサイズの細孔構造を有し、その壁面にはサブナノサイズの細孔が存在する。
【0036】
上述のように製造されたメソポーラスシリカにはシラノール基が存在する。前記シラノール基は、たとえば硫酸過酸化水素水で処理することにより、増加させることができる。前記メソポーラスシリカを加熱あるいは中性から酸性の溶液で表面処理することにより、シラノール基を減少させ、親水性を低下させることもできる。酸性溶液としては、例えば塩酸、硝酸、硫酸等を使用することができる。これらの溶液は、例えばpH1〜6を有することが好ましい。また、本発明では、硫酸と過酸化水素水の混合液(混合割合;例えば、濃硫酸(96%):過酸化水素:水=2:1:1〜3:1:1)のような溶液で表面を処理することにより、細孔表面を親水性にすることができる。すなわち細孔表面のシラノール基の量を制御することが可能である。
【0037】
本発明の製造方法では、好ましくは前記メソポーラスシリカにカップリング剤を作用させ、その細孔表面を官能基で修飾することが好ましい。官能基は有機官能基であり、ジメチルフェニルシリル、メチルフェニルシリルまたはジフェニルシリル基であることが好ましく、ジメチルフェニルシリル基であることが最も好ましい。シランカップリング剤は、メソポーラスシリカの細孔表面のシラノール基と反応し、有機ケイ素官能基が細孔表面に結合される。
【0038】
本発明では、特定のメソポーラスシリカ前駆体を使用して検出素子を製造し、得られた検出素子の細孔表面をジメチルフェニルシリル基のような特定の有機官能基で修飾することが最も好ましい。これは、本発明の検出素子が、特定の結晶構造を有し、その細孔内部を特定の有機官能基で修飾することにより、選択的にベンゼン分子の検出が可能となるからである。
【0039】
以上のように、本発明のベンゼン検出素子は、孔のサイズ、孔内のに導入される官能基の種類や大きさ、および/または密度を適切に選択することにより、細孔の物理的サイズ及び細孔内部の表面の立体効果(サイズ効果)、並びに化学的な親和性の両方の効果を同時にかつ3次元的に利用して、ベンゼン分子を選択的に分離し濃縮できる検出素子である。そして、この検出素子は、複雑な合成手法を用いる必要がなく、しかも高い選択性を実現できる。
【0040】
本発明では、上記の検出素子を用いてベンゼンの選択的検出を行うことができる。その検出方法は、例えば、本発明の検出素子を含む、ベンゼン分子を選択的に分離するための分離部と、分離部で分離された目的物質を検出するための検出部を少なくとも具備する装置により実施することができる。このような装置の例としては、例えば特開2003−021595号公報(特許文献1)に開示されたものがある。本発明では、分離部に検出部を組み込むことができる。
【0041】
ベンゼン分子の検出には、検出素子に選択的に吸着されたベンゼン分子を、たとえば加熱により放出させ、放出された濃縮ガスを光学的に測定するか、または、検出素子にベンゼン分子を吸着濃縮した状態で、光学的に測定するなどの方法を適用することができる。光学的測定法は特に限定されないが、例えば紫外光検出器などを用いることができる。このようにして、目的分子を検出することができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0043】
[実施例1]
本発明のベンゼン検出素子は以下のように製造した。製造方法のフローを図3に示す。
【0044】
ブロック共重合体EO100−PO65−EO100(EO:エチレンオキシド、PO:プロピレンオキシド)(F127)を希塩酸に溶解する。得られた溶液を、Ts=40℃の溶解温度において撹拌し、シリカ前駆体であるTEOS(テトラエチルオルトシリケート)を加えると、沈殿が生成する。この溶液および沈殿物を80℃で一日ねかせた後、ろ過し、水で洗浄して室温にて風乾する。最後に穏やかに焼成する。焼成は、室温から450℃まで8時間かけて昇温した後、450℃で6時間放置し、450℃から100℃まで8時間かけて冷却し、最後に自然冷却によって室温に戻すことにより行われる。
【0045】
以上の方法により、直径4.0nmのナノサイズの細孔および0.44nmのサブナノサイズの細孔の2種類の均一な細孔を有するメソポーラスシリカ(SBA−16)を得た。このときナノサイズの細孔は立方晶の周期構造をもち、サブナノサイズの細孔はナノサイズの細孔の壁面にこれらを連結するように存在する。このように製造されたメソポーラスシリカの細孔表面には40%〜60%のシラノール基が存在していた。シラノール基は、たとえば硫酸過酸化水素水(硫酸と過酸化水素の混合液(比率;濃硫酸(96%):過酸化水素:水=2:1:1〜3:1:1))で処理することにより、増加させることができる。
【0046】
メソポーラスシリカの表面は、カップリング剤の選択によって任意の有機官能基で修飾することができ、またその密度も前述のような表面処理によって制御できる。いくつかの例も報告されている(非特許文献2)。本実施例では、MePhEtO−Si(ジメチルフェニルエトキシシラン)をカップリング剤として用いた。官能基修飾プロセスは、アルゴンガス中でテフロン(登録商標)容器を用いて行った。SBA−16とMePhEtO−Siをトルエン中に重量比1:1で混合し、125℃で3時間還流する。室温まで冷却し、沈殿物をろ過し、ジクロロメタンとジエチルエーテルの1:1混合溶液で洗浄する。60℃で3時間乾燥させ、ベンゼン検出素子を得た。
【0047】
これを例えば微量フローセル装置(例えば特開2003−021595号公報に開示されたもの)に装填しppb〜ppmレベルの低濃度のベンゼン、トルエン、o−キシレン各混合ガスからベンゼンの定量的かつ選択的な検出を行った。
【0048】
ベンゼン、トルエン、o−キシレン各混合ガスを図4に示すような微量フローセル流路内に充填した。
【0049】
微量フローセルは、濃縮セル1と測定セル2を備えており、前記濃縮セル1には、測定するガスを流通させるためのガス流路11と、前記ガス流路11に充填されたベンゼン検出素子12と、前記ベンゼン検出素子12に吸着固定された物質を加熱するための薄膜ヒータ13が備えられている。一方、測定セル2には、前記ガス流路11より、測定されるべき物質のガスを流通させ、かつ測定用の紫外線を通過させる紫外線光路兼ガス流路21が備えられている。さらに、前記ガス流路11と紫外線光路兼ガス流路21とを接続して連通するための接続流路3及び濃縮セル1のガス流路11に測定すべきガスを流入させるガス導入流路14および測定し終わったガスを排出するガス排出流路22を備えている。なお、4はガス導入流路14にガスを導入するためのポンプ、15は前記薄膜ヒータ13を加熱するための電源、5は前記紫外線光路兼ガス流路21に紫外線を入射するための紫外光源、5aは紫外線用のレンズ、6は出射した紫外線を検出するための紫外検出器、7はパソコンである。
【0050】
以下に測定の手順を例として説明する。ポンプ4によりベンゼンを含んだ空気を、濃縮セル1のガス導入流路14からガス流路11に導入し、このガス流路11内に充填されたベンゼン検出素子12にベンゼンガスを吸着固定する。一定時間通気後、薄膜ヒータ13に電源15より通電して加熱し、ベンゼン検出素子12に吸着されたベンゼンガスを加熱脱着温度に昇温してベンゼンを脱着させる。この脱着分離されたガスを接続流路3を介して、測定セル2の紫外線光路兼ガス流路21に導入する。紫外光源5および紫外検出器6に接続された光ファイバにより、吸収分光による汚染物質の検出を行う。測定後のガスはガス排出流路22から排出される。データはパソコン7により処理される。
【0051】
トルエンおよびo−キシレンは、ベンゼンと構造・形状・性質が極めて似通った分子であり、従来の材料を用いた場合は選択的なベンゼン吸着が困難である。しかし、本発明を用いた場合は、検出シグナル強度の比はベンゼン:トルエン:o−キシレンは約10:1:1となり、ベンゼンに対しての検出感度が高くなることが分かった(図5A−5B)。図5Aは従来のベンゼン検出素子の信号強度を表すグラフであり、図5Bは本発明のベンゼン検出素子の信号強度を表すグラフである。具体的には、図5Aに示されるように、ベンゼン、トルエンおよびo−キシレンは、濃度0〜1000ppbの範囲において、同じ信号強度を有していた(なお、図中、ベンゼンの黒丸はトルエン(白四角)およびo−キシレン(黒三角)の符号に重なっている)。また、図5Bに示されるように、トルエンおよびo−キシレンは、濃度0〜1000ppbの範囲において、同じ強度を有していたが、ベンゼンはこの濃度範囲において、トルエンおよびo−キシレンよりも10倍の信号強度を示した。
【0052】
この結果から明らかなように、本発明を用いて、大気中の微量ベンゼンを選択的に高感度検出できることが示された。
【0053】
[実施例2]
実施例1と同様に、自動車排気ガスの検出を行った。排気ガスは湿度が80%以上となる場合もあり、気体中に含まれる分子の数では水が圧倒的に多く、従来の吸着剤を用いる検出法においては水の妨害が深刻な問題となる。しかし、本発明を用いた場合は、湿度に関わらずベンゼンのシグナルが極めて強く検出された(図6A−6B)。図6Aは従来のベンゼン検出素子の信号強度を表すグラフであり、図6Bは本発明のベンゼン検出素子の信号強度を表すグラフである。以上から、本発明を用いて、大気中の微量ベンゼンを選択的に高感度検出できることが示された。
【0054】
(比較例1、2)
本実験では、SBA−16とこれを修飾する有機官能基の組み合わせにより、ベンゼンの選択性の変化を検討した。
【0055】
以下の表2に示す(B)および(C)に記載の置換基を有する官能基を導入した以外、実施例1と同様の手順で官能基で修飾されたメソポーラスシリカを製造した。実施例1で製造したメソポーラスシリカ(ジメチルフェニルシリルで修飾されたもの)と、得られた官能基で修飾されたメソポーラスシリカを用いて、実施例1に記載の手順と同様の手順でベンゼン−トルエン(100ppb混合ガス)中のベンゼン分子の検出を行った。検出の結果は表2に併せて示した。検出の結果(実験結果)は、(C)の置換基を有する官能基で修飾されたメソポーラスシリカの選択性を1とした場合の相対比により示した。
【0056】
【表2】

【0057】
上述の結果から明らかなように、上記表(B)および(C)で示される置換基を有する有機官能基で修飾した場合でも、ベンゼン分子の検出は可能であるが、選択性は、(A)の置換基を有する官能基で修飾されたメソポーラスシリカの方が優れる。特に(B)の置換基で修飾されたメソポーラスシリカの選択性は、SBA−16との組み合わせにおいては低下した。これは、この組み合わせでは、有機官能基にベンゼン分子が2つ存在することで、立体障害により選択性が低下したものと思われる。
【0058】
なお、ベンゼンとトルエンの間の選択性は、ベンゼンキシレンの選択性より困難である。従って、本発明の最も好ましいベンゼン検出素子は、優れた選択性を有する。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、特定の分子を選択的に検出する分析の分野に利用可能である。特に本発明は、特定の置換基で細孔が非修飾であるか、または修飾されているメソポーラスシリカからなるベンゼン検出素子を用いる。この検出素子は、サブナノサイズの細孔の構造、孔径、細孔内部の表面の修飾の状態(特定の置換基を有する有機官能基の種類と密度など)、および細孔内表面とベンゼン分子との親和性を制御したものである。本発明の検出素子を用いることで、大気中に微量に存在するベンゼンを選択的に高感度に検出することが可能となる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】




【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベンゼンを選択的かつ高感度に検出するためのメソポーラスシリカからなるベンゼン検出素子であって、前記検出素子は、高秩序な周期的細孔構造を持ったナノサイズの細孔を有し、前記ナノサイズの細孔の壁面にサブナノサイズの細孔を有するものであり、前記ナノサイズの細孔は、半径0.15nmから50nmの孔径を有し、前記サブナノサイズの細孔は半径0.05から0.5nmの孔径を有し、かつ、前記細孔のうちの少なくともサブナノサイズの細孔は、フェニル基を有する有機ケイ素官能基またはシラノール基により修飾されていることを特徴とするベンゼン検出素子。
【請求項2】
前記有機ケイ素官能基が、ジメチルフェニルシリルオキシ基(MePhSi−)であることを特徴とする請求項1に記載のベンゼン検出素子。
【請求項3】
前記サブナノサイズの細孔は、立方晶構造を有し、半径1.5nmから2.0nmを有するナノサイズの細孔の壁面に、該ナノサイズの細孔を連結するような構造で存在すること特徴とする請求項1または2に記載のベンゼン検出素子。
【請求項4】
細孔の鋳型となる物質としてEO100−PO65−EO100(EO:エチレンオキシド、PO:プロピレンオキシドであり、数字はブロックあたりの各分子の数である)を含む溶液を加熱し、これにシリカの前駆体を添加して沈殿を形成させ、前記沈殿を乾燥した後、焼結して、高秩序な周期的細孔構造を持ったナノサイズの細孔を有し、前記ナノサイズの細孔の壁面にサブナノサイズの細孔を有するベンゼン検出素子を得ることを特徴とするベンゼン検出素子の製造方法。
【請求項5】
前記加熱が30℃〜130℃の温度範囲で行われることを特徴とする請求項4に記載のベンゼン検出素子の製造方法。
【請求項6】
前記焼結が450℃〜600℃の温度で行われることを特徴とする請求項4に記載のベンゼン検出素子の製造方法。
【請求項7】
前記ナノサイズの細孔は、半径0.15nmから50nmの孔径を有し、前記サブナノサイズの細孔は半径0.05から0.5nmの孔径を有することを特徴とする請求項4に記載のベンゼン検出素子の製造方法。
【請求項8】
前記ベンゼン検出素子にフェニル基を有するシランカップリング剤を反応させ、少なくとも前記サブナノサイズの細孔にフェニル基を有する有機ケイ素官能基を導入することをさらに含む請求項4に記載のベンゼン検出素子の製造方法。
【請求項9】
前記有機ケイ素官能基が、ジメチルフェニルシリル基であることを特徴とする請求項8に記載のベンゼン検出素子の製造方法。

【国際公開番号】WO2005/075954
【国際公開日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【発行日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517626(P2005−517626)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018932
【国際出願日】平成16年12月17日(2004.12.17)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】