説明

ペニシリウム属に属する新規微生物

【課題】
柑橘類果皮、さのう、圧搾滓等の柑橘類廃棄物を効率良く分解することを可能とし、その廃棄物を減量する新規な方法を提供すること。
【解決手段】
ミカン果皮を分解することができる新規な微生物を用いると、上記柑橘類廃棄物を減量することができる。また、この新規微生物からペクチナーゼ及び/又はセルラーゼを製造することができる。このペニシリウム属(Penicillium属)に属する新規微生物を独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部に寄託した。寄託番号はNBRC101300である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はミカン果皮分解能を有するペニシリウム(Penicillium属)に属する新規微生物に関する。また、本発明はその微生物を用いる柑橘類廃棄物の減量方法に関する。さらに、本発明は、その微生物の培養液からペクチナーゼ及び/又はセルラーゼを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本における2003年度のミカンの生産量は1,147千トンに達する(2005年の経済産業省の報告)。生産されたミカンの一部は家庭内で消費されるが、その多くは工場に移送され、ミカン果実を利用した各種製品が製造されることになる。それら工場では、前記各種製品の製造に伴う多量の果皮、さのう、圧搾滓等のミカン廃棄物の処理が大きな問題となる。
この廃棄物の一般的な処理は焼却又は埋立による。前者の場合、重油などの燃料の消費などのコストがかかり、しかも環境の悪化を招きやすく、後者の場合、埋立用地を確保しにくい等の問題がある。従って、廃棄物処理量が少なくなれば、それだけ有利であり、廃棄物の減量が求められているところである。
また、前記ミカン以外に、例えば、オレンジ、グレープフルーツ、レモン、八朔、すだち、ざぼん、柚子、かぼすなどの柑橘類を用いて工場で果汁飲料や缶詰等の各種製品を製造することができるが、その際にも上記と同じ問題が生じる。すなわち、柑橘類を用いる各種製品の製造に際し、果皮、圧搾滓等の廃棄物の処理が大きな問題となる。また、柑橘類を一定の基準で選果する際に、基準から外れた不良品が廃棄物となり、この処理も大きな問題である。
【0003】
柑橘類廃棄物には多量の皮繊維質が存在するが、これらの有効利用法については実用化された例はまだない。特にミカン皮繊維質はセルロースおよびペクチン等から構成されているが、これらの有効利用法についても実用化された例はまだなく、各分野の研究者が実用化を目指した研究を継続している現状にある。
従来からの柑橘類廃棄物の処理の研究手法として、物理化学的な手法、及び、生物学的な手法を挙げることができる。
前記物理化学的な手法の研究例としては、例えば、硫酸溶液に浸したミカン果皮を加圧・加熱して加水分解する技術があり、ミカン果皮の分解によって生じる単糖類や少糖類をアルコール発酵の原料に用いることが目標である(非特許文献1)。この技術は(1)硫酸を用いる点、(2)高圧および高熱をかける点、(3)加熱に伴うメイラード反応で繊維質の一部が変性する点、(4)反応後にアルカリで中和する必要がある点、(5)そのアルカリも劇毒物であり、取扱いに慎重を要する点、(6)事故発生時には、酸・アルカリの漏洩による環境汚染の懸念がある点等の、問題点があり、実用化までには多くの解決しなければならない課題が残されている。
また、柑橘類廃棄物を炭化させ、その炭化物からセメント用混和剤を得る技術が報告されている(特許文献1)。
【0004】
一方、生物学的な手法を用いる研究は、前記物理化学的な方法を用いる研究に較べて時間がかかる点で不利であるがあるが、高圧・高熱といった危険プロセスがなく、劇物も扱わないことから、環境に対して非常に優しい技術であり、極めて好ましい手法である。しかし、具体的に報告された研究例は数が少なく、例えば、柑橘類廃棄物を発酵処理し、有機肥料化する技術が知られている(特許文献2、特許文献3)。前者の技術は自然界に存在する微生物を利用するので、環境に対して非常に優しい技術であるといえるが、肥料を得るために極めて長い時間を必要とし、しかも、複雑な処理操作を必要とする不都合さがある。その点、後者の技術は、ミカン用酵母という特定の微生物を用いることにより、廃棄ミカンやミカンジュース製造残渣から有機質肥料を製造することができたのであるが、この技術は、廃棄ミカンやミカンジュース製造残渣を用いるに止まり、ミカン果皮を含めた柑橘類廃棄物を処理する技術ではない。
例えば柑橘類の果皮、特にミカン果皮には各種セルロースと各種ペクチンが共存しており、ミカン果皮の分解は従来の技術を単に用いれば解決されるというような単純ものではなく、今までに実用的な技術に関する報告はない。
【0005】
なお、ペニシリウム属(Penicillium属)に属する微生物は抗生物質ペニシリンやカビチーズでも知られる有名な糸状菌であり、その糸状菌に関する研究の歴史も古いし、数十種にも及ぶ種(species)がこれまでに見つかっている。これらの中にはセルラーゼあるいはペクチナーゼといった酵素を生産するものも知られている。しかし、セルラーゼおよびペクチナーゼの両方を生産しており、両酵素を同時に生産するペニシリウム属(Penicillium属)に属する微生物はこれまで報告されていなかった。つまり、従来の菌株で柑橘類果皮からの酵素生産・廃棄物減量を行う場合、セルラーゼ生産菌とペクチナーゼ生産菌の両者を準備することが好ましいのであるが、両微生物の生育に適した培養条件を検討する必要があり、その適する培養条件が見つからないときには、それら微生物の培養自体を諦めざるを得ない場合がある等の困難な点がある。
【0006】
【特許文献1】特開平10−287545号公報
【特許文献2】特開2002−96048号公報
【特許文献3】特開2005−239489号公報
【非特許文献1】Bioresource Technology 54,129−141.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明の課題は、柑橘類果皮、さのう、圧搾滓等の柑橘類廃棄物を効率良く分解することを可能とし、その廃棄物を減量する新規な方法を提供するものである。また、その微生物の培養液からペクチナーゼ及び/又はセルラーゼを製造する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意研究した結果、前記柑橘類廃棄物を構成するミカン果皮を栄養源として増殖でき、ミカン果皮を分解することができる新規な微生物を、部分的に腐熟したミカンの腐熟ミカン果皮表面から見出した。しかも、その微生物の培養液からペクチナーゼ及び/又はセルラーゼを製造することができるという知見を得た。それらの知見に基づき更に研究を重ね、遂に本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明により提供される微生物は、分子生物学的手法、すなわちリポソームDNA(以下、rDNAと記載することがある)の塩基配列を常法により解析した結果、および形態観察や生理学的性状等からペニシリウム属(Penicillium属)に属する新規な微生物であることが判明した。そこでこの新規微生物をOP1と命名し、平成17年11月11日に独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部に寄託した。寄託番号はNBRC101300である。
また、前記新規微生物を培養し、ついで培養した微生物を用いて柑橘類廃棄物を処理すると、柑橘類廃棄物を分解し、廃棄物の減量化に有効であることが判明した。さらに、その微生物の培養液からペクチナーゼ及び/又はセルラーゼを製造することができる。
【0010】
本発明の新規微生物は、有機物を含む培地であって、ペニシリウム属に属する微生物を培養することができる培地であれば、どのような培地を用いて培養することもできる。具体的には、イーストナイトロジェン培地(YNB培地)、柑橘類破砕物含有YNB培地、麦芽エキス培地などを例示できる。また、本発明の新規微生物は、前記柑橘類廃棄物を栄養源として増殖することができるので、その廃棄物も培地ということができる。
この新規微生物を培養する条件は、用いる培地の種類や量などにより変動するので、一概に規定することができないが。例えば、20〜35
℃にて好気的な条件下、数日〜4週間程度とすることができる。
【0011】
本発明の新規微生物を用いて前記柑橘類廃棄物を減量処理する方法は、柑橘類廃棄物を減量処理することができる方法であれば特に制限されない。例えば、柑橘類廃棄物をそのまま集めて減量処理してもよいし、加湿処理などの前処理を施した後に減量処理してもよい。
柑橘類廃棄物に本発明の新規微生物を適用する方法も特に制限されない。前記微生物の培養槽内に廃棄物を投入し、所定温度で攪拌処理する方法、あるいは廃棄物を収容した容器に前記微生物を適用し、所定温度、所定湿度に管理する方法などが挙げられるが、それらの方法に限定されない。ここで、所定温度は柑橘類廃棄物の内容や量、希望する減量の程度などにより変動するのであり、一概に規定することができないが、例えば、前記培養槽や容器の温度を20〜35℃とすることができる。また、所定湿度も同様であって、一概に規定することができないが、例えば、前記容器内の湿度を30〜70%とすることができる。
【0012】
本発明の新規微生物の培養液からペクチナーゼ及び/又はセルラーゼを製造する方法は、常法を適用すればよいのであって、特に制限されない。例えば、微生物の培養液をろ過処理して固形分を取り除き、クロマトグラフィー法により、ペクチナーゼ及び/又はセルラーゼを単離し、粗酵素、あるいは精製した酵素を調製することができる。ここで、ペクチナーゼ及び/又はセルラーゼとは、ペクチナーゼ又はセルラーゼ単独、あるいはペクチナーゼ及びセルラーゼの混合物をいう。
さらに、本発明では、新規微生物そのものを粗ペクチナーゼ及び/又はセルラーゼとしてもよい。
【0013】
かくして製造したペクチナーゼ及び/又はセルラーゼは、例えば繊維質材料処理剤、飼料用添加剤、柑橘類廃棄物処理剤などとして有用であるが、これらになんら限定されない。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、新規微生物が提供される。この微生物は、ミカン果皮などの柑橘類廃棄物を分解し、減量することができる。従って、従来から行われている焼却や埋立による廃棄物処理量を減量させることが可能である。
さらには、この微生物の培養物からペクチナーゼ及び/又はセルラーゼを製造することができる。特に、セルラーゼおよびペクチナーゼの両酵素は繊維質の分解に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を実施例に基づき、具体的に説明する。なお、本発明はこれら実施例に基づく説明によって何ら制限されるものではない。
【実施例1】
【0016】
微生物の選別・培養
(培地の調製)
本発明のYNB培地はN−源としての(NH4)2SO4の他、KH2PO4、MgSO4、NaCl、CaCl2、微量の金属、ごく微量のビタミンを含む。
ミカン果皮をジューサーにて破砕し、大きさが約2mmのミカン果皮破砕物を得た。その破砕物1gを前記YNB培地30mLに配合し、加熱滅菌し(MP−YNB培地)、本発明の微生物培地を調製した。
(微生物の選別)
箱に詰め込んだミカンの中から、ミカン同士の接触表面が一部茶色に変色して軟らかくなり、カビが肉眼上は確認できない腐熟ミカン果皮サンプル(5mm×5mm)を前記滅菌したMP−YNB培地10mLに懸濁し、その懸濁液100μLを30mLの前記滅菌したMP−YNB培地に接種し、150rpm、20℃で培養した。
上記培養液50μLを、1.5%の寒天で固形化したMP−YNB培地上に接種し、30℃で、数個のコロニーが精製するまでインキュベートした。
(微生物の培養)
寒天培地表面の一つのコロニーを加熱滅菌した生理的食塩水に懸濁し、そのうちの100μLを上記MP−YNB培地に接種し、150rpm、30℃で培養した。この培養物を下記試験例の試料とした。
【0017】
〔試験例1〕
(ミカン果皮分解能の測定)
果皮分解能はミカン果皮破砕物の乾燥重量の変化から調べた。すなわち、0.2〜4週間の培養液を、ろ紙にて(ミリポアー、孔の口径は10μm)ろ過し、果皮破砕物を集め、105℃で48時間、オーブンで乾燥後、重量を測定した。
測定結果を図1に示す。図1において、横軸は培養時間(単位は週)であり、縦軸はろ過残渣果皮量である。
2週間の培養で、ミカン果皮は約56%減量し、4週間の培養で約75%減量した。
【0018】
〔試験例2〕
(セルロース分解能の測定)
OP1の一つのコロニーを、5mmの大きさのろ紙100mgを含むYNB培地30mLに接種し、150rpm、30℃で培養した。
ろ紙の乾燥重量を測定し、セルロース分解能を調べた(Ghoseの方法によった)。
測定結果を図2に示す。図2において、横軸は培養時間(単位は週)であり、縦軸は残存ろ紙量である。
〔試験例3〕
(ペクチン分解能の測定)
OP1の一つのコロニーを、100mgのペクチンを含むYNB培地30mLに接種し、150rpm、30℃で培養した。
ペクチンの乾燥重量を測定し、ペクチン分解能を調べた(ドレーウッド アンソロン法によった)。
測定結果を図3に示す。
図3において、横軸は培養時間(単位は日)であり、縦軸は残存ペクチン量である。
図2、図3から、OP1はセルロース分解能とペクチン分解能とを有すること、及び、2週間及び4週間の培養日数で、セルロースの63%、77%が分解され、僅か4日の培養日数で93%のペクチンが分解したことが判明した。
【0019】
本発明の新規な微生物OP1はフィラメント状の糸状菌である。また、セルラーゼ活性およびペクチナーゼ活性を同時に併せ持つ。下記表1記載の系統樹上の近縁種にはこのように二つの活性を同時に持つ微生物は知られていない。
【0020】
(微生物の同定)
本発明の微生物のrDNA塩基配列を次のような操作により解析し、上記の結果を加味し、本発明の微生物は新規微生物であることが判明した。
すなわち、本発明の微生物(OP1)の培養物1mLからの細胞ペレットをtrisEDTA緩衝液(1%tritonX−100)200μLに懸濁し、3分間沸騰後、氷冷した。引き続き、それぞれの懸濁液をクロロホルム/イソアミル(24/1)混合溶媒200μLと混合し、150rpm、30℃で、10分間遠心分離して、水相から粗DNAを得た。
このDNAをPCR法の鋳型として用い、28SrDNAのD1/D2領域のDNA、及びITS領域のDNAをPCR法にて増幅した。
すなわち、28SrDNAのD1/D2領域のDNAは、塩基配列が配列番号4のフォワードプライマーNL1を利用し、塩基配列が配列番号5のリバースプライマーNL4を利用して増幅した。ITS領域のDNAは、塩基配列が配列番号6のフォワードプライマーIT1を利用し、塩基配列が配列番号7のリバースプライマーIT4を利用して増幅した。
PCR条件は、94℃1分、55℃1分、72℃2分で30サイクルとした。
【0021】
PCR法にて増幅した前記D1/D2領域のDNAに基づき、里見の方法(Int.J.Syst.Bacteriol.47,832−836)を用いて塩基配列を決定し、配列表に配列番号1として示した。同様に、前記ITS領域のDNAの塩基配列を決定し、配列表に配列番号2、3として示した。なお、配列番号2はITS1領域のDNAの塩基配列であり、配列番号3はITS1領域のDNAの塩基配列である。
この方法で得た塩基配列を、BLASTアルゴリズムを用い(Altschul et.al.:J.Mol.Biol.215,403−410)、GenBank、EMBL,DDBJからから得た既知の微生物のrDNA塩基配列と比較して、既知の微生物とのDNA相同性の一致の程度を比較した。
近隣結合法として知られているClustal W プログラム(Saitou&Nei,1987;Mol.Biol.Evol.4,406−425、Thompson et al.1994;Nucleic Acids Res.22,4673−4680)を用いて,D1/D2領域のDNAに基づく系統樹を作成した。その系統樹を表1に示す。
【0022】
【表1】

その結果、OP1はP.Aculeatum、及びP.verruculosumに近いが、それらとは明確に異なることが判明し、結局、OP1は新規な微生物であることが判明した。なお、ITS1領域のDNAの塩基配列、及びITS1領域のDNAの塩基配列の、OP1と、P.Aculeatum、及びP.verruculosumとの違いは次の表2〜4のとおりであった。
【表2】

表中、MO1はP.Aculeatumを示し、MO2はP.verruculosumを示す。−は欠損部を示す。また、塩基数の数字は塩基配列の番号を示す。(以下、同じ)。
【表3】

【表4】

【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の新規微生物の培養日数とミカン果皮破砕物との関係を示すグラフである。
【図2】本発明の新規微生物を培養日数とセルロース分解能との関係を示すグラフである。
【図3】本発明の新規微生物を培養日数とペクチン分解能との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミカン果皮分解能を有するペニシリウム(Penicillium属)に属する新規微生物。
【請求項2】
寄託番号はNBRC101300である請求項1記載の新規微生物。
【請求項3】
請求項1記載の新規微生物を用いて柑橘類廃棄物を分解することを特徴とする柑橘類廃棄物の減量方法。
【請求項4】
請求項1記載の新規微生物の培養物からペクチナーゼ及び/又はセルラーゼを得ることを特徴とするペクチナーゼ及び/又はセルラーゼの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−282590(P2007−282590A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−115315(P2006−115315)
【出願日】平成18年4月19日(2006.4.19)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】