説明

ペプチド組成物

【課題】β−ラクトグロブリンの抗原性を低減した、ヘルパーT細胞のTh1細胞、Th2細胞のバランスを整え、特異的IgE依存型のI型アレルギーの産生を抑制するペプチド組成物を得る。
【解決手段】β−ラクトグロブリンをアルカラーゼ、或いはトリプシンで加水分解したペプチド組成物にIFN−γの産生を促進させ、IL−4の産生を抑制する作用を見出した。さらに、その分解物から当該活性を有するペプチドを単離・精製し、ペプチド配列を同定することができた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は免疫細胞のうちリンパ球から分化したナイーブT細胞がヘルパーT細胞へ分化する過程において、ヘルパーT細胞のI型ヘルパーT細胞(Th1細胞)とII型ヘルパーT細胞(Th2細胞)のバランスを調整することでアレルギー抑制作用を有する、β−ラクトグロブリンを加水分解して得られる、ペプチド組成物に関する。
【0002】
更に詳しくは、Th1細胞の分化を誘導し、IgE産生を抑制するTh1サイトカインであるインターフェロンガンマ(IFN−γ)産生を促進し、また、Th2細胞の分化を誘導し、IgE産生を亢進するサイトカインであるインターロイキン4(IL−4)の産生を抑制することで、Th1/Th2の細胞バランスをTh1優位に導く。この結果、抗原特異的IgEの産生を抑制することで抗原特異的IgE抗体の過剰産生が原因で起こるI型アレルギー反応を抑制する効果のあるペプチド組成物に関する。
【背景技術】
【0003】
近年、乳幼児を中心として食物アレルギーの罹患者が増加しており、最近の調査では乳児の食物アレルギー有病率は5−10%と報告されている(非特許文献1)。また、平成13年の厚生労働省の調査では、0歳児の感作抗原は鶏卵61.1%、乳製品21.7%、小麦6.7%であり、(非特許文献2)深刻な社会問題となっている
【0004】
食物アレルギーの多くは年齢とともにアウトグローする。しかし、アレルギー患者は抗原となる食物の摂取制限や、抗原成分を除去したり、抗原性を低減させた飲食物を喫食することで、精神的負担や経済的負担を被る。
【0005】
食物アレルギーが増加している理由としては、食生活や環境など様々な要因が関与しているが、根本的な原因は免疫細胞のヘルパーT細胞のバランスが崩れることがひとつの大きな原因である(非特許文献3)。
【0006】
同様に、ヘルパーT細胞のバランスが崩れることによって、花粉によるアレルギー性鼻炎や気管支喘息などのI型アレルギーも起こりやすくなると言われている。
【0007】
ヘルパーT細胞は産生するサイトカインの違いから、Th1細胞とTh2細胞と呼ばれる2つの異なる細胞集団に分類され、異なる免疫反応を制御している。Th1細胞は主に細胞性免疫反応における感染防御担当し、アトピー性皮膚炎を抑えるIFN−γなどのサイトカインを分泌する免疫担当細胞である。Th2細胞は主に体液性免疫反応により細胞外寄生性微生物に対する感染防御に関与しており、I型アレルギー(食物アレルギーなどの即時型アレルギー)の原因となる特異的IgE抗体の産生を促進するサイトカインであるIL−4などを産生する。これらのバランスにおいてTh2細胞が優位になることがI型アレルギーの起こることのひとつの原因である(非特許文献4、5)。
【0008】
アレルギーの治療方法としては、一般的に抗ヒスタミン薬、抗アレルギー薬、抗ステロイド薬などの薬剤があるが、この方法では抗ヒスタミン薬や抗アレルギー薬などによる副作用があり、特に乳幼児では医師の厳格な管理の元で使用しなければならない。また、これらの治療方法は対処療法であり、根本的な治療方法ではない。
【0009】
医薬品によるアレルギー治療以外の方法として、例えば、食物アレルギーの抑制方法として1)タンパク質を分解することで低アレルゲン化する。2)抗原性を保持したタンパク質の吸収を抑制する。3)I型アレルギーの原因となる特異的IgEの産生を抑制する。4)Th1細胞とTh2細胞のバランスをTh1細胞優位に誘導することでIgE依存のI型アレルギーを抑制する方法が知られている。
【0010】
上記の1)については、例えば、牛乳アレルギー原因抗原である乳タンパク質をタンパク質加水分解酵素で加水分解し、抗原性を低下させることでアレルギー反応が抑制されるペプチドの製造方法がある(例えば、特許文献1、2、3参照)
【0011】
しかし、これらの方法では、ペプチドに分解することによる特有の風味があり、これらの原料を使用した場合、本来の食品のもつおいしさがなくなると言う不都合、また、これらの原料を含有する食品しか飲食できないと言う不都合がある。
【0012】
上記の2)の方法として、抗原性を保持したタンパク質の腸管の通過を抑制するために、腸管上皮細胞間に存在するタイト・ジャンクションの透過性を抑制する作用をもったホエイタンパク質またはその分解物を利用することで食物アレルギーを予防する効果を発揮する腸管透過抑制剤がある(例えば、特許文献4、5参照)。
【0013】
しかし、これらの方法では、アレルゲンの吸収を抑制するものであり、アレルギー症状の抑制やアレルギー体質の改善を目的としたものではない。
【0014】
上記の3)の方法としては、例えば乳清タンパク質を加水分解したペプチドを含有する組成物でI型アレルギーの原因となるアレルゲン特異IgEの産生を抑制する方法がある(特許文献6参照)。
【0015】
しかしながら、上記1)から3)の従来の技術では根本的なアレルギーの治療や体質改善には至っておらず、アレルギー反応の低減あるいはアレルギーを一時的に抑制しているに過ぎない。
【0016】
上記の4)の技術として、例えば、β−ラクトグロブリンを使うことによってヘルパーT細胞の分化をTh1細胞優位に導き、アレルギー体質の改善に関するものがある(非特許文献6)。
【0017】
しかしながら、β−ラクトグロブリンは、それ自身が食物アレルゲンとなり、特に乳幼児ではβ−ラクトグロブリンに対する食物アレルギーに感作する可能性が高い。また、牛乳アレルギーのひとには使用できないと言う不都合がある。
【非特許文献1】向山徳子、西島三馨.食物アレルギー診察ガイドライン2005.協和企画.2005
【非特許文献2】今井孝成、海老沢元宏.平成14年厚生労働省科学研究報告書.
【非特許文献3】田中和子.食品とアレルギー食物アレルギー発症のメカニズム.保健の科学.2003.45.161−165
【非特許文献4】小安重夫編集.免疫学がわかる.羊土社.2000.
【非特許文献5】中村晋、飯倉洋治編集.食物アレルギー.永井書店.2002.
【非特許文献6】吉見一真、岡本威明、立花宏文、他.マウス脾臓リンパ球のサイトカイン発現に及ぼす乳清タンパク質の影響.日本農芸化学会大会公演集.2003.223.
【特許文献1】特開平8−228692
【特許文献2】特開平6−343422
【特許文献3】特開平2−182155
【特許文献4】特開平9−241177
【特許文献5】特開平8−73375
【特許文献6】特開2005−350452
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
牛乳のホエイタンパク質に含まれるβ−ラクトグロブリンには、ヘルパーT細胞のTh1細胞、Th2細胞のバランスをTh1細胞優位に導き、抗原特異的IgEの産生により引き起こされるI型アレルギーの発生を抑制する効果がある。しかし、β−ラクトグロブリン自体が強力な食物アレルギーの原因となるため、牛乳アレルギーの発症頻度が高い乳幼児や牛乳アレルギーをもつ人に対しては使用できない、という問題点があった。そこでβ−ラクトグロブリンの抗原性を低下させ、なおかつ免疫調整作用を保持するβ−ラクトグロブリン由来のペプチドを得ることを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、先の目的を達成させるため、各種のタンパク質分解酵素を用いてβ−ラクトグロブリンを加水分解した結果、アルカラーゼ、或いはトリプシンを用いることで、アレルゲン性を低下させ、且つ、免疫調整作用、すなわちIFN−γ産生を促進しTh1細胞を優位にすること、及びIL−4を抑制し、Th2細胞を抑制する作用を有するペプチドを得られることを見出した。なお、アルカラーゼとはノボ・インダストリー社から販売されているプロテアーゼであり、登録商標である。
【0020】
すなわち、β−ラクトグロブリンをアルカラーゼ、或いはトリプシンで分子量約3,000ダルトン以下に加水分解物した画分にIFN−γ産生を誘導し、IL−4産生を抑制する活性が存在することを見出した。これらのペプチド組成物から活性のあるペプチドを単離、精製してアミノ酸配列を決定した。また、これらの配列を有するペプチドを合成して上記の活性があることを確認した。
【0021】
本発明は、ペプチド配列がSLAMAASDISLLDAQSAPLR、或いはVYVEELKPTPEGDLEILLQKを有する分子量3,000ダルトン以下のペプチド組成物にIFN−γ産生を促進し、Th1細胞を優位にすること、及びIL−4産生を抑制し、Th2細胞を抑制する作用を有することを見出して完成した。なお、ペプチド配列のローマ字はアミノ酸の一文字表記である。
【0022】
本発明に用いられる酵素は、トリプシン、或いはアルカラーゼから選ばれる少なくとも一つから選んで用いることが出来る。
【発明の効果】
【0023】
以上述べた通り、本発明のペプチド組成物は、分子量3,000ダルトン以下に低アレルゲン化されており、尚且つ、ヘルパーT細胞の分化をTh1細胞優位に誘導し、Th1細胞/Th2細胞のバランスを調整することで免疫調整作用を有する。すなわち、Th1サイトカインであるIFN−γ産生を促進させ、かつTh2サイトカインであるIL−4産生を抑制する。この結果、特異的IgE過剰産生が原因で起こるI型アレルギーを抑制する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下に本発明の事例を詳しく説明するが、本発明はこれらの事例に限定するものではない。
【実施例】
【0025】
[実施例1]β−ラクトグロブリン加水分解物の調製
β−ラクトグロブリン(β−ラクトグロブリン含有率90%、ダビスコ社製)をリン酸緩衝液に1%濃度で溶解し、タンパク質1gに対してアルカラーゼ[商標登録]2mgを加え37℃で24時間反応させ、加水分解した。こうして得られた分解物の分子量を確認するため、反応液の一部をゲルろ過カラムのHPLCに供し{カラム:TSK−GEL G3000SWXL(東ソー社製)、カラムサイズ:7.8mm×30cm、溶離液:50mmol/Lリン酸緩衝液+0.35mol/lNaCl(pH7.0)}、分子量が3,000ダルトン以下に分解されているのを確認した。
【0026】
[実施例2]β−ラクトグロブリン加水分解物の調製
β−ラクトグロブリン(β−ラクトグロブリン含有率90%、ダビスコ社製)をリン酸緩衝液に1%濃度で溶解し、タンパク質1gに対してトリプシン(ブタ膵臓由来、25USPキモトリプシンUnits/mg以下、和光純薬社製)を2mg加え、37℃で24時間反応させ、加水分解した。実施例1と同様に分子量が3,000ダルトン以下であるのを確認した。
【0027】
[実施例3]加水分解ペプチドの精製
β−ラクトグロブリン(β−ラクトグロブリン含有率90%、ダビスコ社製)のトリプシン分解物を実施例2に準じて調整した。これらのトリプシン分解物をSep−pac C18(日本ウオーターズ社製)でアセトニトリル溶液を用いて粗分画を行い、IFN−γ産生促進作用とIL−4産生抑制作用のある粗ペプチド組成物を得た。更に、これらの粗ペプチド組成物を逆相HPLCに供し{カラム:CAPCELL MGII(資生堂)、カラムサイズ:4.6×250mm、溶離液:A液(0.1%TFA)からB液(80%アセトニトリル、0.085%TFA)の直線グラジエント(60分間)}、P1からP4の4つのペプチドを得た。結果を図1に示す。再度これらのペプチドの、IFN−γ産生量とIL−4産生量を測定した。その結果、ピークP3とP4のペプチドに活性が認められた。更にP3とP4を逆相HPLCに供してリクロマトを行い、ペプチドの単離・精製を行った。その結果、ピークP3のペプチドはP3−1とP3−2の二つのペプチドに単離・精製できた。一方、ピークP4のペプチドはそのまま一つのペプチドとして単離・精製できた。これら3つのペプチドのうちP3−1(SLAMAASDISLLDAQSAPLR)とP4(VYVEELKPTPEGDLEILLQK)の二つのペプチドにIFN−γ産生の促進とIL−4産生の抑制の活性が認められた。
【0028】
[試験例1]IFN−γ生産促進作用
β−ラクトグロブリンと実施例1、2で得られたβ−ラクトグロブリンのアルカラーゼ[商標登録]及びトリプシン分解物のIFN−γ生産作用を確認した。
Balb/Cマウス(メス、6週齢)の脾臓細胞を24ウェルプレートに、細胞数が1ウェルあたり2×10となるように調整した。β−ラクトグロブリン及び加水分解物を1ウェルあたり100μgの濃度で加え、更にT細胞刺激物として、ホルボール12−ミリステート13アセテート(ナカライテスク)25ng/mlと、イオノマイシン1μg/mlの2種類を培地に添加した。37℃で72時間培養した後、産生したIFN−γをELISA法(Immunoassy Kit Mouse IFN−γ、BIOSURCE社製)にて測定した。これらの結果を図2に示す。
【0029】
[試験例2]IFN−γ産生促進作用
実施例3において粗ペプチド分画物から逆相HPLCで得られた4つのペプチドP1からP4(図1参照)のIFN−γ生産作用を確認した。試験例1と同様に調製したマウス脾臓培養液に10μg/mlになるように4種類のペプチドを添加し、37℃で72時間培養して、同様にINF−γを測定した。結果は図3に示した。
【0030】
[試験例3]IFN−γ生産促進作用及びIL−4産生抑制作用
実施例3における単離・精製して、活性が認められた2種類のペプチドを合成してIFN−γ生産促進作用及びIL−4産生抑制作用を確認した。試験例1と同様に調製したマウス脾細胞培養液に合成ペプチド各100μg/ml加え、IFN−γとIL−4濃度をELISA法(Immunoassy Kit Mouse IL−4、BIOSURCE社製)にて測定した。結果は図4と5に示す。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明により、免疫細胞であるヘルパーT細胞のバランスをTh1細胞優位に誘導し、Th2細胞によるI型アレルギーの発症を根本的に抑制できることが可能で、且つ、それ自体がアレルゲン性を有さない、経口摂取可能なペプチドを得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】β−ラクトグロブリンのトリプシン分解物の粗精製物の逆相HPLCのクロマトグラフを示す。
【図2】β−ラクトグロブリン及びそのトリプシン分解物、或いはアルカラーゼ[商標登録]分解物のIFN−γ産生促進作用を示す。
【図3】β−ラクトグロブリンのトリプシン分解物の粗精製物を逆相HPLCにて分画した4つのペプチド組成物のIFN−γ産生促進作用を示す。
【図4】β−ラクトグロブリンのトリプシン分解物を逆相HPLCにて分画した4つのペプチドのうち、活性のあった2つの画分をリクロマトし、単離・精製し、配列決定したペプチドを合成してIFN−γ産生促進作用を確認した図を示す。
【図5】β−ラクトグロブリンのトリプシン分解物を逆相HPLCにて分画した4つのペプチドのうち、活性のあった2つの画分をリクロマトし、単離・精製し、配列決定したペプチドを合成してIL−4産生抑制作用を確認した図を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−ラクトグロブリンを加水分解し、得られるSLAMAASDISLLDAQSAPLRのアミノ酸配列を有する分子量3,000ダルトン以下のペプチド組成物。
【請求項2】
β−ラクトグロブリンを加水分解し、得られるVYVEELKPTPEGDLEILLQKのアミノ酸配列を有する分子量3,000ダルトン以下のペプチド組成物。
【請求項3】
加水分解酵素がアルカラーゼ、或いはトリプシンから選ばれる少なくとも一つである請求項1、2記載のペプチド組成物。
【請求項4】
請求項1、2記載のペプチド組成物を少なくとも一つ含む飲食品
【請求項5】
請求項1、2記載のペプチド組成物を少なくとも一つ含むヘルパーT細胞のTh1細胞とTh2細胞のバランスを調整することを機序としてアレルギーを抑制することを特徴とするアレルギー抑制剤もしくはアレルギーを抑制する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−105915(P2010−105915A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−339172(P2006−339172)
【出願日】平成18年11月19日(2006.11.19)
【出願人】(500130759)アイクレオ株式会社 (2)
【Fターム(参考)】