説明

ペルオキシダーゼおよび低濃度の過酸化水素の存在下でのヒドロゲルの形成方法

架橋可能なフェノール基を含むポリマー、ホースラディッシュペルオキシダーゼ、および過酸化水素(H2O2)を溶液中で混合することによって、ヒドロゲルを形成することができる。H2O2は、約1 mM以下のモル濃度を有する。前記ポリマーは、ヒアルロン酸およびチラミンの結合体(HA-Tyr)であってもよい。前記溶液はまた、薬物またはタンパク質を含んでもよい。H2O2モル濃度は、溶液から形成されるヒドロゲルが所定の貯蔵弾性率を有するように選択されてもよい。約1 mM未満でH2O2モル濃度を変化させることは、ゲル化速度に実質的に影響を与えないことが見出された。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、ヒドロゲルの形成、特に、ペルオキシダーゼおよび過酸化水素の存在下でのヒドロゲルの形成に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
フェノール含有ヒドロゲル、例えば、ヒアルロン酸−チラミン(HA-Tyr)ヒドロゲルは、薬物またはタンパク質の送達および組織再生を含む、多くの適用において有用である。このようなヒドロゲルは、触媒としてのホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)および過酸化水素(H2O2)の存在下で、フェノール含有ポリマーから、例えばHA-Tyr結合体から、形成され得る。従来の技術においては、ゲル化速度およびヒドロゲル中の架橋密度は、前駆体溶液中のHRPまたはH2O2の濃度を変化させることによって調節され得る。このような変化は、一般に、ゲル化速度および架橋密度の両方に影響を与える。
【発明の概要】
【0003】
本発明のある局面によれば、架橋可能なフェノール基を含むポリマーと、ポリマーを架橋してヒドロゲルを形成するのに有効な量のホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)と、約1 mM以下のモル濃度を有する過酸化水素(H2O2)とを含む、ヒドロゲルを形成するための溶液が提供される。H2O2モル濃度は、前記溶液から形成されるヒドロゲルが所定の貯蔵弾性率(storage modulus)を有するように選択されてもよい。溶液から形成されるヒドロゲルは、約10〜約4000 Paの貯蔵弾性率を有し得る。H2O2モル濃度は、約0.146〜約1.092 mM、例えば、約0.16〜約0.728 mMであってもよい。前記溶液は、約0.025〜約1.24単位/mlのHRP、例えば、約0.032〜約0.124単位/mlのHRP、または約0.062単位/mlのHRPを含んでもよい。ポリマーは、ヒアルロン酸およびチラミンの結合体(HA-Tyr)であってもよい。チラミンに対するH2O2のモル比は、約0.4以下であってもよい。前記溶液は、HA-Tyr結合体を約0.1〜約20 w/v%、例えば、HA-Tyr結合体を約1.75 w/v%含んでもよい。ヒアルロン酸は、約90,000 Daの分子量を有する。前記溶液中のチラミンは、約0.42〜約21 mM、例えば、約2.57 mMのモル濃度を有してもよい。前記溶液は、約4〜約8のpHを有してもよい。前記溶液は、約293〜約313 Kの温度にあってもよい。前記溶液はさらに薬物を含んでもよい。前記溶液はさらにタンパク質を含んでもよい。前記溶液は水を含んでもよい。前記溶液はリン酸緩衝生理食塩水を含んでもよい。
【0004】
本発明の別の局面によれば、ヒドロゲルを形成する方法であって、架橋可能なフェノール基を含むポリマー、HRP、およびH2O2を溶液中で混合してヒドロゲルを形成する工程を含み、H2O2が約1 mM以下のモル濃度を有する、方法が提供される。前記溶液は、前段落に記載された通りであり得る。
【0005】
本発明の他の局面および特徴は、添付の図面と併せて本発明の具体的な態様についての以下の説明を検討すると、当業者に対して明らかとなる。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図面において、単なる一例として、本発明の態様を説明する。
【0007】
【図1】本発明の態様を例示する、HA-Tyrヒドロゲルを形成するためのスキームを示す略図である。
【図2】本発明の例示的な態様に従って作製されたサンプルから得られた代表的な測定結果を示す折線グラフである。
【図3】本発明の例示的な態様に従って作製されたサンプルから得られた代表的な測定結果を示す折線グラフである。
【図4】本発明の例示的な態様に従って作製されたサンプルから得られた代表的な測定結果を示す折線グラフである。
【図5】本発明の例示的な態様に従って作製されたサンプルから得られた代表的な測定結果を示す折線グラフである。
【図6】異なるサンプルから測定された膨潤率を示す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
詳細な説明
概略すると、驚くべきことに、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)および低濃度の過酸化水素(H2O2)の存在下でのフェノール含有ヒドロゲルの形成において、H2O2の濃度を変化させることによって、ゲル化速度に実質的に影響を与えることなく、形成されるヒドロゲル中の架橋密度を都合よく変えることができることが発見された。
【0009】
本発明のいくつかの例示的な態様は、ヒアルロン酸(HA)−チラミン(Tyr)ヒドロゲルを形成するための溶液に関する。前記溶液は、前駆体溶液と呼ばれる場合もある。前駆体溶液は、HAおよびTyrの結合体(HA-Tyr結合体)、HRP、ならびに低濃度のH2O2を含有する。H2O2は、溶液中で約1 mM以下のモル濃度を有してもよい。溶液中のHRPに対するH2O2の比は、約1.8 mol/g以下であってもよい。溶液中のチラミン部分に対するH2O2のモル比は、約0.4以下であってもよい。
【0010】
HA-Tyr結合体は、HA-Tyrヒドロゲルを形成するために架橋可能である。溶液は、任意の好適な濃度のHA-Tyr結合体([HA-Tyr])を有してもよい。一態様において、HA-Tyrの濃度は、前駆体溶液または最終物であるヒドロゲル、または両方において所望の性質を得るように選択されてもよい。例えば、HA-Tyrの濃度は、注射用などの、前駆体溶液の所望のまたは好適な粘度を達成するように選択されてもよい。HA-Tyrの好適な濃度は、使用されるHAの分子量に依存し得る。例えば、一態様において、HAは約90 KDaの分子量を有してもよく、[HA-Tyr]は約1.75 w/v%(重量-体積パーセント)であってもよい。HAがより高い分子量を有する場合、前記濃度は、同様の粘度を達成するために下げられる必要があり得る。いくつかの態様において、HA-Tyr濃度を、約0.1〜約20 w/v%の範囲内で変化させてもよい。
【0011】
結合の程度(degree of conjugation)もまた、例えば約1から約50まで、変化させてもよい。一態様において、結合の程度は6であってもよい。結合の程度または置換度(degree of substitution)(HAの100繰り返し単位当たりのチラミン分子の数)は、1H NMR測定値から、チラミンのフェニルプロトン(7.2および6.9 ppmでのピーク)およびHAのメチルプロトン(1.9 ppm)の相対的ピーク積分比を比較することによって算出され得る。
【0012】
溶液中のチラミン部分の濃度またはモル濃度([Tyr])は、適用に応じて変化させてもよい。一態様において、溶液中のチラミン部分のモル濃度は、約0.42から約21 mMまで変化させてもよい。例えば、それは約2.57 mMであってもよい。
【0013】
溶液は、結合体を架橋してヒドロゲルを形成するのに有効な量のHRPを含有する。HRPの量は、一般に単位(U)で明記または測定される。HRPの1単位は、標準条件下で1分間に基質1μmolの反応を触媒するHRPの量である。例えば、溶液は、HRPを約0.025〜約1.24単位/ml、または約0.032〜約0.124単位/ml含有してもよい。HRPの濃度はまた、代わりにg/mlで表されてもよい。例えば、HRPは100 U/mgで利用可能であり、この場合溶液は、HRPを約0.25〜約12.4μg/ml、例えば、約0.32〜約1.24μg/ml含有し得る。
【0014】
HRPの濃度は、下記においてさらに説明されるように、所定の時間でゲル化点に達するように選択され得る。いくつかの態様において、所望のゲル化時間を達成するのに最適なHRP濃度を選択することが有利であり得る。例えば、約40秒のゲル化時間を得るために、溶液は、HRPを約0.062単位/mlまたは0.62μg/ml含有してもよい。溶液中のHRPの濃度が高い場合、例えば、一態様において約0.032単位/mlを超える場合、HRP濃度を変化させることにより、形成されるヒドロゲル中の架橋密度を実質的に変化させることなく、ゲル化速度/スピードを変化させることができる。HRP濃度が低い場合、HRP濃度の変化は、ゲル化速度および架橋密度に影響を与え得る。しかし、架橋密度は、H2O2の濃度を変化させることによってさらに調節することができる。
【0015】
一態様において、ゲル化前の溶液中のH2O2の最初のモル濃度([H2O2])は、約1 mM以下、例えば、約0.146〜約1.092 mM、または約0.16〜約0.728 mMの範囲内であってもよい。この場合、チラミンのモル濃度が約2.57 mMであれば、溶液中のチラミンに対するH2O2のモル比は、約0.4以下、例えば、約0.057〜約0.425、または約0.006〜約0.283である。
【0016】
溶液は、適用に応じて、薬物またはタンパク質などの他の所望の添加物質をさらに含有してもよい。前記薬物は、治療用タンパク質を含んでもよい。例えば、インターフェロン、ハーセプチンなどが、溶液中に含まれてもよい。非治療用タンパク質、例えば、α-アミラーゼ、リゾチームなどもまた、溶液中に含まれてもよい。前記他の添加物質の量は、特定の適用に応じて選択され得る。しかし、前記他の添加物質の添加は、形成されるヒドロゲルの機械的強度もしくは他の性質に対して、または形成過程、例えばゲル化速度に対して影響を与え得ることを注意するべきである。従って、このような影響を相殺するために、どのような他の添加物質が含まれるかおよびどのぐらいの量の他の添加物質が含まれるかに応じて、H2O2もしくはHRP、または両方の濃度を調節する必要があり得る。
【0017】
溶液は、約293〜約313 Kの温度、例えば、約310 K(37℃)にあってもよい。
【0018】
溶液のpHは、約4〜約8、例えば、約7.4であってもよい。
【0019】
溶液中の溶媒は、任意の好適な溶媒であってもよい。一態様において、溶媒は水を含んでもよい。溶液はまた、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を含んでもよい。他の好適な生理食塩水溶媒も使用されてもよい。溶液はまた、好適な細胞培養培地、好適な緩衝液、または他の所望の性質の溶媒を含んでもよい。
【0020】
本発明のいくつかの例示的な態様は、ヒドロゲルを形成する方法に関する。HA-Tyr結合体、HRP、およびH2O2は、溶液中で混合され、HA-Tyrヒドロゲルが形成される。溶液は、上述の前駆体溶液のいずれかであり得る。一態様において、溶液中のH2O2のモル濃度は、約1 mM以下である。別の態様において、溶液中のチラミンに対するH2O2のモル比は、約0.4以下である。
【0021】
溶液は、任意の好適な方法で調製されてもよい。例示的な態様において、先ずHA-Tyr結合体を含有する水溶液を調製または得てもよい。HA-Tyr結合体およびその溶液は、任意の好適な方法で調製されてもよい。前記溶液中のHA-Tyr結合体の濃度は、適用に応じて変化させてもよい。例えば、約0.1〜約20 w/v%の範囲内のHA-Tyrの濃度が、好適であり得る。いくつかの態様において、HA-Tyr濃度は、約1〜約3 w/v%の範囲内にあってもよい。HA-Tyr結合体を作製するための例示的な手順およびHA-Tyrの好適な溶液は、例えば、Kurisawa et al., "Injectable biodegradable hydrogels composed of hyaluronic acid-tyramine conjugates for drug delivery and tissue engineering," Chemical Communications, 2005, pp. 4312-4314(本明細書において「Kurisawa」と呼ぶ)、およびF. Lee et al., "An injectable enzymatically crosslinked hyaluronic acid-tyramine hydrogel system with independent tuning of mechanical strength and gelation rate," Soft Matter, vol. 4, pp. 880-887(本明細書において「Lee」と呼ぶ)に記載されており、これらの各々の全内容は、参照により本明細書に組み入れられる。
【0022】
次いで、選択された量のHRPおよびH2O2が、前記溶液へ添加されてもよい。添加されるHRPの量は、選択されたゲル化速度で結合体を架橋してヒドロゲルを形成するように、選択される。一般的に、HRP濃度が高くなるほど、ゲル化速度は速くなる。例えば、約1分未満でヒドロゲルを形成する(即ち、約60秒でゲル化点に達する)ためには、溶液中のHRPの濃度は約0.124単位/mlであり得る。ゲル化点は、ゲル溶液の貯蔵弾性率(G')および損失弾性率(loss modulus)(G")が同一となる(交差する)点、即ち、G'=G"となる点と定義され得る。ゲル化速度は、例えば、[HRP]を約0.025〜約1.24単位/mlで変化させることによって、約1秒〜約20分に調節することができる。
【0023】
添加されるH2O2の量は、得られるヒドロゲル中の架橋密度、従って、自身の貯蔵弾性率(G')によって測定され得る自身の機械的強度を調節または制御するように、選択される。この目的のため、H2O2濃度が低い場合に、[H2O2]の変化はゲル化速度に実質的な影響を与えないことが発見された。従って、ゲル化速度は、HRP濃度を変化させることによって制御することができる。しかしH2O2濃度が高すぎる場合、H2O2濃度の変化は、ゲル化速度および架橋密度の両方に顕著に影響を与え得る。いくつかの態様において、H2O2を約1 mM未満に低下させることにより、ゲル化速度を著しく変化させることなく、架橋密度を増加させることができる。例えば、H2O2のモル濃度は、溶液から形成されるHA-Tyrヒドロゲルが所定の貯蔵弾性率を有するように選択され得る。所定の貯蔵弾性率は、特定の適用に応じて変化し得る。一態様において、所定の貯蔵弾性率は、約10〜約4000 Paの範囲内にあり得る。ヒドロゲルの貯蔵弾性率は、任意の好適な技術を使用して測定することができる。例えばそれは、当業者によって理解され得るように、振動レオロジー技術などの動的機械分析技術を使用して測定され得る。例示的な技術は、下記の実施例、ならびにKurisawaおよびLeeに記載されている。
【0024】
いくつかの態様において、HRP濃度が閾値超で変えられる場合、それは、上記において議論され、下記の実施例において説明されるように、架橋密度に対して実質的な影響を与えない場合がある。
【0025】
触媒(HRPおよびH2O2)が添加された後に、溶液は、溶液中の[HRP]に依存して、ある一定期間内に、例えば約1秒〜約20分内に、ゲル化を開始し、ヒドロゲルを形成する。HRPおよびH2O2の両方が溶液へ添加され、HA-Tyr結合体と混合された後に、ゲル化は自動的に開始する。しかし、ゲル化速度は温度に依存することを、注意するべきである。ゲル化過程は、より低い温度で、よりゆっくりと進行する。
【0026】
溶液は、触媒が添加された直後に生体へ注射されてもよく、その結果、ゲル化は主に身体内で生じる。身体は、組織、生物、人体、または別のタイプの生体であってもよい。
【0027】
薬物またはタンパク質は、ゲル化前および溶液が身体へ注射される前に、溶液へ添加されてもよい。
【0028】
いくつかの態様において、ヒドロゲル用の前駆体溶液が調製されてもよく、ヒドロゲルが、KurisawaおよびLeeに記載されるように形成されてもよい。
【0029】
例えば、一態様において、好適なHA-Tyr濃度を有するHA-Tyr結合体の水溶液が、上述のPBS溶媒中または別の好適な溶媒中に選択された量のHA-Tyr結合体を溶解することによって作製され得る。HA-Tyrの濃度は、約0.1〜約20 w/v%の範囲内で変化させてもよく、例えば、約1.75 w/v%である。水溶液のpH値は、約4〜約8に、例えばPBS溶媒が使用される場合は約7.4に、調節されてもよい。溶液はまた、例えば約310 Kに、予熱されてもよい。所望のゲル化スピードおよび架橋密度に応じて選択された量のHRPおよびH2O2が、溶液へ添加され得る。ゲル化スピードおよび架橋密度の独立した制御を達成するために、前駆体溶液中のH2O2モル濃度は約1 mM以下であってもよく、HRP濃度は0.032単位/ml以上であってもよい。H2O2モル濃度は、溶液へ添加されるH2O2の量によって決定されるモル濃度を指す。理解されるように、溶液中のH2O2のモル濃度は、HRPとの反応に起因して経時的に変化する。HRPおよびH2O2は、連続的にまたは同時に添加されてもよい。HRPおよびH2O2のいずれが最初に添加されてもよい。溶液は、種々の成分の添加の間、および任意でその後に、撹拌またはボルテックスによって混合され得る。
【0030】
いかなる特定の理論にも限定されないが、ヒドロゲルは、チラミン部分が酸化的にカップリング/架橋されるゲル化/架橋過程で、HA-Tyr結合体から形成されることが予想される。この架橋過程は、HRPおよびH2O2によって触媒される。架橋過程は、2つの連続的な段階を含むと予想される。先ず、HRPがH2O2によって酸化され、中間体が形成される。次いで、この中間体が結合体中のフェノールを酸化し、フェノール基の架橋またはカップリングが誘発される。
【0031】
いかなる特定の理論にも限定されないが、H2O2濃度が高すぎる場合、それは、溶液中のHRPの触媒活性に負に影響し得ると想定される。H2O2が十分に低い濃度である場合、それは恐らく、HRP活性に対して無視できるほどの効果しか有さず、従って、ゲル化速度には顕著には影響しない。
【0032】
HRPの濃度を増加させると、より多くのHRP酵素がチラミンの架橋を触媒するために利用可能となり、従って、ゲル化スピードが増加する。HRP濃度はゲル化速度を調節するために使用できるため、速いゲル化時間を達成することができる。認識され得るように、より速いゲル化時間が、いくつかの適用において望ましい場合がある。例えば、溶液が、皮下注射などによって、生体へ投与されてヒドロゲルを形成する場合、より速いゲル化は、より遅いゲル化よりもより局在的なゲル形成を提供し得る。より速いゲル化はまた、ゲル前駆体および薬物分子の周囲組織への制御されない拡散を低下させることができ、従って、薬物材料の損失、意図されない部位への送達、または過量投与の危険性を低下させることができる。
【0033】
認識され得るように、HA-Tyrヒドロゲルの機械的強度は、その架橋密度に依存する。よりゆっくりと分解するために、より強いヒドロゲルが望ましい場合がある。さらに、ヒドロゲル中に封入された任意の薬物、タンパク質または他の分子の拡散放出の速度もまた、架橋密度に依存する。従って、架橋密度を調節することによって、所望の送達または放出速度を得ることができる。架橋密度は、[H2O2]を調節することによって、ゲル化速度に著しく影響を与えることなく調整することができるので、所望の機械的強度または送達速度が、ゲル化速度を損なうことなく、例えば減速させることなく、達成され得る。
【0034】
H2O2の濃度は、α-アミラーゼおよびリゾチームなどのタンパク質の放出速度を制御するために使用され得ることが、テストによって実証された。α-アミラーゼの放出は拡散により制御され、放出速度は、架橋密度が増加するにつれて減少した。リゾチームは、静電気的にヒアルロン酸と相互作用することが示され、従って、ヒアルロニダーゼによるヒドロゲル網目構造の分解が、持続放出を達成するために必要であった。
【0035】
本発明の態様に従って形成されたヒドロゲルは、持続放出システム、例えば、インビボで治療用タンパク質の効果を延長するように設計される薬物放出システムを提供するために使用され得る。
【0036】
認識され得るように、ヒドロゲルはインサイチュで形成されてもよく、ヒドロゲル用の前駆体および他の成分は、例えば針または注射器を使用することによって、形成部位へ注射または投与されてもよい。
【0037】
HA-Tyrヒドロゲルの機械的強度は、インビトロでのヒアルロニダーゼの存在下における自身の分解速度に強く影響することがわかった。より高い機械的強度(架橋密度)を有するヒドロゲルは、よりゆっくりと分解する傾向がある。従って、分解速度もまた、ヒドロゲルの架橋密度を調節することによって、ゲル化速度に影響を与えることなく都合よく調節され得る。
【0038】
本発明の態様はHA-Tyrヒドロゲルの形成に限定されないことが、理解されるべきである。上述のプロセスは、架橋可能なフェノール基を含むポリマーから他のタイプのヒドロゲルを形成するように改変され得る。例えば、上記の説明におけるHA-Tyr結合体は、架橋可能なフェノール基を含む別のポリマーで置き換えてもよい。好適なポリマーは、水溶性であるべきであり、十分な結合の程度、例えば約6の結合の程度で、フェノール化合物と結合され得る官能基を有するべきである。例えば、ポリマーは、ヒドロキシル、アミン、カルボキシル基などの、官能基を有するだろう。好適なポリマーとしては、デキストラン、キチン、キトサン(chitoson)、ヘパリン、ゼラチン、コラーゲンなどが挙げられ得る。
【0039】
本発明の態様は、広範囲の適用、例えば、薬物送達または組織再生用の注射可能なヒドロゲルの適用などにおいて、有利であり得る。
【実施例】
【0040】
実施例において使用した材料は、特に記載されない限り、以下のように得た。
【0041】
ヒアルロン酸ナトリウム90 kDaは、日本の東京のChisso Corporation(商標)から提供された。
【0042】
チラミン塩酸塩(Tyr・HCl)、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミド塩酸塩(EDC・HCl)、塩化ナトリウム、5-アミノフルオレセイン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ニワトリ卵白由来のリゾチーム、バチルス・アミロリケファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)由来のα-アミラーゼ、ウシ精巣由来のヒアルロニダーゼ、ウシ血清アルブミン(BSA)、ポリオキシエチレン-ソルビタンモノラウレート(Tween 20)およびミクロコッカス・リソデイクティカス(Micrococcus lysodeikticus)は、Sigma-Aldrich(商標)から得た。
【0043】
四ホウ酸ナトリウム・10H2OおよびカルバゾールおよびD-グルクロン酸は、Fluka(商標)から得た。
【0044】
Alexa Fluor 680結合BSA(SAIVI Alexa Fluor(商標)680)およびAlexa Fluor 680カルボン酸スクシンイミジルエステルは、Invitrogen(商標)から購入した。
【0045】
過酸化水素(H2O2)はLancaster(商標)から得た。
【0046】
ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP、100単位/mg)は、Wako Pure Chemical Industries(商標)から得た。
【0047】
バチルス・アミロリケファシエンスα-アミラーゼに対するポリクローナル抗体(ビオチン)は、Acris Antibodies(商標)から購入した。
【0048】
ニワトリリゾチームに対するポリクローナル抗体(ビオチン)は、United States Biological(商標)から購入した。
【0049】
ストレプトアビジンアルカリホスフェート結合型(streptavidin alkaline phosphate conjugated)およびp-ニトロフェニルホスフェート(p-NPP)は、Chemicon(商標)から購入した。
【0050】
PBS(150 mM, pH 7.3)は、シンガポールのBiopolisにある媒質作製施設によって供給された。
【0051】
実施例I
実施例I-A(HA-Tyr結合体の合成)
下記のようにいくつかの改変を伴って、KurisawaおよびLeeに記載の手順に従い、HA-Tyr結合体の溶液を調製した。改変は、縮合剤、および未反応チラミンをより効果的に除去するための精製工程に関連していた。
【0052】
HA(1 g, 2.5 mmol)を蒸留水100 mlに溶解し、最初の溶液を作製した。先ず、チラミン塩酸塩(202 mg, 1.2 mmol)をこの溶液へ添加した。次いで、EDC・HCl(479 mg, 2.5 mmol)およびNHS(290 mg, 2.5 mmol)を添加し、結合反応を開始させた。反応が進行している間、該混合物のpHを0.1 M NaOHで4.7に維持した。該反応混合物を室温で一晩撹拌し、次いでpHを7.0にした。該溶液を、1000 Daの分子カットオフを有する透析チューブへ移した。該チューブを、2日間、100 mM塩化ナトリウム溶液に対して透析した。第1日目については蒸留水およびエタノールの混合物(3:1)を使用し、その翌日については蒸留水を使用した。精製された溶液を凍結乾燥し、HA-Tyr結合体を得た。置換度を、1H NMR測定値から、チラミンのフェニルプロトンおよびHAのメチルプロトンの相対的ピーク積分比を比較することによって、算出した。置換度は6であることがわかった。
【0053】
実施例I-B(蛍光標識HA-Tyr結合体の合成)
HA(1 g, 2.5 mmol)を蒸留水100 mlに溶解し、最初の溶液を作製した。チラミン塩酸塩(162 mg, 0.93 mmol)および5-アミノフルオレセイン(DMSO 1.62 ml中、81 mg, 0.23 mmol)を、この溶液へ添加した。次いで、EDC・HCl(479 mg, 2.5 mmol)およびNHS(290 mg, 2.5 mmol)を添加し、混合物のpHを0.1 M NaOHで4.7に維持した。該溶液を室温で一晩撹拌し、次いでpHを7.0にした。次に、該溶液をグレード1 Whatman(商標)セルロース濾紙で濾過し、沈殿した未結合アミノフルオレセインを除去した。該濾液を、分子カットオフ3500 Daの透析チューブ中へ回収した。次いで、実施例I-Aに記載の透析および凍結乾燥手順を行った。チラミンの置換度を1H NMRから算出し、結合したアミノフルオレセインの程度を、1 mg/ml蛍光結合HA-Tyr溶液の490 nmでの吸光度値とアミノフルオレセインの標準のセットとを比較することによって評価した。チラミンおよびアミノフルオレセインの置換度は、それぞれ、4および0.4であった。
【0054】
実施例I-C(HA-Tyrヒドロゲルの合成)
実施例I-AおよびI-Bにおいて調製したHA-Tyrの溶液1 mlをPBSに溶解させることによって、HA-Tyr水溶液を作製した。ここで、HA-Tyrの最終濃度は1.75 w/v%であった。該水溶液は約7.4のpHを有し、これを約310 Kへ予熱した。種々の量のHRPおよびH2O2を、該溶液へ連続的に添加した。次いで、該溶液をボルテックスし、Rheoscope用の下部プレートへ直ちに適用した。該プレート上で、溶液中のHA-Tyr結合体が架橋され、HA-Tyrヒドロゲルが形成された。
【0055】
HA-Tyrヒドロゲルの形成を図1に図示した。理解され得るように、このスキームは、チラミンのフェノール基/誘導体が架橋される、酵素媒介性の酸化反応を含む。
【0056】
ヒドロゲル形成についてのレオロジー測定を、直径6 cmおよびコーン角度0.903°のコーン・プレートジオメトリーを使用して、HAAKE(商標)Rheoscope 1レオメーター(ドイツ、カールスルーエ)で行った。測定は、1%の一定変形および1 Hzの周波数で、動的振動モードにおいて、310 Kで行った。測定中のサンプルの滑りを回避するために、下部プレートは粗面ガラス製であった。
【0057】
前記溶液を下部プレートへ適用した後、次いで、上部コーンを測定ギャップ0.024 mmまで下げ、シリコンオイルの層をコーン周りに注意深く適用し、実験の間の溶媒蒸発を防止した。測定パラメータは、予備実験における線形粘弾性領域内にあるように決定した。G'がプラトーに達するまで、測定を進めた。次に、周波数掃引を、1 Hzで変形10%を引き起こすために予め決定された一定の剪断応力で行った。さらに、1%から100%へ変形を増加させる歪み掃引(strain sweep)を、1 Hzで行った。
【0058】
HA-Tyr結合体約1.75 w/v%、H2O2約0.728 mM、およびHRP約0.025単位/mlを含有する溶液からの、振動レオメトリーを用いて得られた代表的な測定結果を、図2に示す。図2に示される結果は、時間の関数としての測定された貯蔵弾性率G'(丸)、損失弾性率G"(正方形)および位相角δ(三角形)を含む。理解され得るように、架橋過程の開始時に、G"はG'よりも2桁大きく、位相角は90°であった。これは、主に粘性物質を示す。時間が進むにつれて、G'およびG"は両方とも増加し、この2つの弾性率の交差は、位相角約45°で生じた。
【0059】
この交差する点をゲル化点と見なすことができる。ゲル化点はまた、粘弾性液体から粘弾性固体への転移点である。架橋の開始とゲル化点との間の期間は、本明細書において、ゲル化速度またはゲル化スピードの指標として使用される。
【0060】
ゲル化点を過ぎると、G'は増加し続け、位相角がゼロに近いプラトーに最終的に達した。これは、固体様弾性物質を示す。
【0061】
表Iは、H2O2濃度を約0.728 mMで固定してテストしたサンプルについてのゲル化点および対応するHRP濃度を列挙している。
【0062】
(表I)ゲル化点およびHRP濃度([H2O2]=0.728 mM)

【0063】
表IIは、HRP濃度を約0.62単位/mlで固定してテストしたサンプルについての最終貯蔵弾性率および対応するH2O2濃度を列挙している。
【0064】
(表II)[HRP]=0.062単位/mlでの異なるH2O2濃度での貯蔵弾性率

【0065】
図3は、ゲル化点により示されるゲル化速度(正方形)、G'がプラトーに達するのに要する時間(三角形)、および最終G'値(丸)の、それぞれのH2O2濃度に対する依存性を示す。これらの結果は、約0.062単位/mlの一定HRP濃度と、示されるように約0.146 mMから約1.092 mMへ増加する、種々のH2O2濃度とを有する前駆体溶液から得られた。
【0066】
理解され得るように、該ゲル化点は、約130秒で実質的に一定のままであった。これは、ゲル化速度がH2O2濃度に非依存的であったことを示している。
【0067】
G'がプラトーに達するのに要する時間、即ち、全ての可能なチラミン架橋が形成するのに必要な時間は、H2O2濃度と共に増加した。これは、全てのH2O2が消耗されるまで、HRPは絶え間なく、H2O2によって酸化されて、チラミンによって還元されたことを示唆している。G'は、約1.092 mMのH2O2でピークに達し、H2O2濃度のさらなる増加はG'を減少させた。このような減少は、過剰なH2O2によるHRPの不活性化に起因し得る。所定のHRP濃度で、約1 mM以下の異なるH2O2濃度により、ゲル化速度に実質的に影響を与えることなく、異なる架橋密度、従って異なる機械的強度を有するHA-Tyrヒドロゲルが生成した。
【0068】
図4は、固定H2O2濃度0.728 mMでの、ゲル化点(正方形)、およびG'がプラトーに達するのに要する時間(三角形)、および最終G'値(丸)の、HRP濃度に対する依存性を示す。ゲル化点およびG'がプラトーに達するのに要する時間は両方とも、HRP濃度が増加するとともに減少した。0.124単位/mlのHRPでは、約60秒以内にゲル化点に達した。テストによって、約1.24単位/mlのHRP濃度で、ヒドロゲルが約1秒以内に形成されたことが示された(図4においてデータは示されない)。
【0069】
G'の値は、0.032単位/mlを超えるHRP濃度で、比較的一定のままであった。これは、約0.032単位/ml超でのHRP濃度の変化は、形成されるヒドロゲルの架橋密度または機械的強度に実質的に影響を与えなかったことを示している。
【0070】
サンプルヒドロゲルのG'に対する周波数および歪みの効果も調べた。周波数掃引を、固定HRP濃度(約0.062単位/ml)で種々の濃度のH2O2を用いて形成されたサンプルHA-Tyrヒドロゲルに対して行った。周波数テストの結果は、最も弱いヒドロゲルサンプルを除いて、G'が周波数に非依存的であったことを示していた。これは、強固な弾性の網目構造を示している。HA-Tyrヒドロゲルの歪み掃引のテスト結果は、0.146〜0.437 mMのH2O2濃度で形成されたヒドロゲルのG'が、歪みとは非依存的であったことを示していた。これは、これらのヒドロゲルが物理的に安定であったことを実証している。0.582 mMを超えるH2O2で、ヒドロゲルのG'は、歪みが大きい場合に僅かな増加を示した。さらに、0.728 mMのH2O2で形成されたヒドロゲルのG'は、歪み60%を超えると急な減少を示した。これは、ヒドロゲルが不可逆的に変形した降伏応力を示している。観察された降伏は、高いG'を有するヒドロゲルに固有の脆性構造に起因する。
【0071】
実施例I-C(HA-Tyrヒドロゲルの膨潤率)
膨潤率を、スラブ形状のHA-Tyrヒドロゲルについて測定した。スラブ形状のHA-Tyrヒドロゲルを形成するために、凍結乾燥されたHA-Tyrを、1.75 w/v%の濃度でPBSに溶解した。
【0072】
適切な濃度を有するHRP溶液5μlをHA-Tyr溶液1 mlへ添加し、HRP約0.124単位/mlという最終HRP濃度を得た。
【0073】
異なるサンプルに対して、最終H2O2モル濃度がそれぞれ約0.160、0.291、0.437、0.582または0.728 mMとなるように異なる濃度のH2O2溶液5μlを添加した。
【0074】
HA-Tyrの架橋を、HRPおよびH2O2の添加によって開始させた。
【0075】
該混合物を激しくボルテックスし、その後それを、1 mm間隔で合わせて固定された2つの平行なガラスプレートの間に注入した。310 Kで1時間、架橋反応を進行させた。ヒドロゲルスラブが形成された。
【0076】
直径1.6 cmの円形ヒドロゲルディスクを、円形の型を使用してヒドロゲルスラブから切り取った。ヒドロゲルディスクを、310 Kで3日間PBS中に浸漬した。次いで、膨潤したディスクを、キムワイプで優しく拭いて乾かし、計量して膨潤重量を得た。次いで、ディスクを凍結乾燥し、乾燥重量を得た。膨潤率は、乾燥重量に対する膨潤重量の比率である。
【0077】
異なる濃度のH2O2で形成されたサンプルHA-Tyrヒドロゲルについて測定した膨潤率の代表的な結果を、図5に示す。膨潤率は、H2O2の濃度の増加と共に減少した。これは、膨潤能(swelling capacity)が架橋密度の増加に起因して低下したことを示している。
【0078】
0.728 mMのH2O2で形成されたサンプルヒドロゲルを同様に、24時間PBS中で膨潤させて、膨潤平衡に到達させ、次いで、異なる濃度のヒアルロニダーゼ中に浸漬した。ヒアルロニダーゼ2.5単位/mlに37時間、25単位/mlに10時間、または125単位/mlに4時間インキュベーションした後、ヒドロゲルを溶液から取り出し、水で十分にリンスし、その後、精製水(Milli-Q(商標)水)中で2日膨潤させた。ヒアルロニダーゼへ曝露していないサンプルヒドロゲルを、コントロールとして使用した。次いで、上述のように膨潤率を測定した。
【0079】
代表的な測定結果を図6に示す。これは、異なる濃度のヒアルロニダーゼでのインキュベーション後に自身の初期重量の50%を失ったサンプルヒドロゲルについて測定した膨潤率を示す。ヒアルロニダーゼと共にインキュベートした全てのサンプルヒドロゲルの膨潤率は、コントロールサンプルよりも大きかった。この結果は、バルク分解(bulk degradation)に起因する架橋密度の減少により、分解中にヒドロゲルの膨潤が容易になるという予想を支持している。ヒアルロニダーゼ濃度が減少するにつれて、膨潤率は増加した。この結果は、バルク分解が表面分解と同時に生じたことを示しており、これは高濃度のヒアルロニダーゼで、より顕著であった。しかし、低濃度のヒアルロニダーゼで、表面分解の効果は減少した。このことは、ヒアルロニダーゼがヒドロゲル網目構造中へ拡散するのにより多くの時間を与え、従って、バルク分解をより優勢とした。
【0080】
実施例I-D(HA-Tyrヒドロゲルの形態研究)
HA-Tyrヒドロゲルサンプルを、約0.124単位/mlのHRPおよび約0.437、0.582または0.728 mMのH2O2で、ガラスバイアル中で形成した。ヒドロゲルサンプルを、24時間、MilliQ水中で膨潤させて、膨潤平衡に到達させ、その後、鋭利な手術用の刃を使用して薄いスライス(2mm x 5mm x 8mm)に切断した。該サンプルを液体窒素スラッシュへ投げ込むことによって、迅速に凍結させ、次いで、2日間凍結乾燥させた。
【0081】
凍結乾燥されたサンプルの走査電子顕微鏡検査(SEM)画像を、低真空モードで、気体二次電子検出器(gaseous secondary electron detector)を備えたFEI Company Quanta(商標)200(米国、オレゴン州)顕微鏡を使用して撮影した。凍結乾燥されたヒドロゲルサンプルのSEM画像によって、H2O2濃度が増加するにつれて、細孔径が減少したことが明らかとなった。これは、膨潤率の結果と一致している。
【0082】
実施例I-E(蛍光性HA-Tyrヒドロゲルの皮下形成に対するゲル化速度の効果)
非肥満糖尿病/重症複合免疫不全(NOD/SCID)マウスを、安楽死直後に使用した。背側を剃毛後、各マウスに、0.728 mM H2O2および異なる濃度のHRP(0、0.031および0.124単位/ml)を含む1.75 w/v%蛍光標識HA-Tyr 0.4 mlを皮下注射した。注射の2時間後、蛍光性HA-Tyrヒドロゲルの位置を、470 nm励起レーザーを備えたGEのeXplore(商標)Optix蛍光イメージング装置(Waukesha, WI)を使用して検出した。蛍光イメージング後、切開して注射部位を露出させ、デジタル写真を撮影した。
【0083】
蛍光画像を撮影して、マウス体内に形成されたHA-Tyrヒドロゲルの位置を観察した。HA-Tyr溶液をHRP無しで注射した場合、ゲル形成は観察されず、注射された溶液は、投与部位から外へ広がっていた。これは、ポリマー溶液が皮下環境において容易に拡散したことを示唆している。HRPを約0.031〜約0.124単位/mlの増加する濃度で添加した場合、蛍光を示す表面積は縮小し、一方、観察された蛍光強度は増加した。これは、恐らくより速いゲル化速度のために、ヒドロゲル形成が注射部位により局在化していたことを示している。0.124単位/mlのHRPで形成されたヒドロゲルは、0.031単位/mlのHRPで形成されたヒドロゲルと比較して、より明確な3次元構造を有していた。
【0084】
実施例I-F(HA-Tyrヒドロゲルの酵素分解)
ヒドロゲルディスクを上述のように作製し、24時間PBS中で膨潤させて、膨潤平衡に到達させた。ディスクをプラスチック網の間に挟み、分解実験の間のヒドロゲルの回収を容易にした。100 rpmで回転するオービタルシェイカーにおいて、310 Kで、ヒアルロニダーゼ(0、2.5、25または125単位/ml)を含有するPBS 20 ml中にヒドロゲルを浸漬した。種々の時間で分解溶液中のウロン酸(HAの分解成分)の量および残りのヒドロゲル重量の両方を測定することによって、ヒドロゲルの分解の程度を評価した。残りの重量を測定するために、ヒドロゲルを一丁の鉗子で分解溶液から取り出し、キムワイプ(商標)で優しく拭いて乾かし、計量した。ヒドロゲルから放出されたウロン酸の量を測定するために、分解溶液0.350 mlを取り出し、分析まで約277 Kで微小遠心管中に保存した。次いで、新たに調製した分解溶液0.350 mlを添加し、総体積20 mlを維持した。目に見えるゲルの痕跡が残っていないようになるまで、分解実験を続けた。ヒアルロニダーゼの活性が2日間90パーセントのままであったことが測定された。ヒドロゲルから分解媒質中へ放出されたウロン酸の量を、カルバゾールアッセイを使用して定量した。サンプル0.3 mlを、硫酸中0.025 M四ホウ酸ナトリウム1.5 mlへ添加し、373 Kで10分間加熱した。室温へ冷却した後、カルバゾール0.1 ml(エタノール中0.125 w/w%)を添加して混合し、373 Kで15分間加熱した。室温へ冷却した後、該溶液0.2 mlを96ウェルプレートへ移し、該溶液の吸光度を530 nmで測定した。D-グルクロン酸の標準と比較することによって、各サンプル中のウロン酸の量を評価した。
【0085】
HRP濃度は固定されている(0.124単位/ml)が異なるH2O2濃度(0. 437、0.582、0.728 mM)で形成されたヒドロゲルサンプルを使用して、機械的強度と分解との関係を調べた。サンプルHA-Tyrヒドロゲルの分解を、2.5、25および125単位/mlのヒアルロニダーゼの存在下で行い、ウロン酸生成およびヒドロゲル重量損失の測定によって分析した。ウシ精巣ヒアルロニダーゼを加水分解酵素として使用した。
【0086】
テスト結果は、ヒアルロニダーゼが存在しない場合、分解は生じなかったことを示した。ヒアルロニダーゼの存在下において、分解速度はヒドロゲルサンプルの機械的強度に依存し、より強いヒドロゲルは、同一のヒアルロニダーゼ濃度でのより弱いヒドロゲルに比べて、よりゆっくりと分解した。従って、HA-Tyrヒドロゲルの分解速度は、前駆体溶液中のH2O2濃度を変化させることによって都合よく調節され得ると結論付けることができる。
【0087】
サンプルヒドロゲルの重量も、分解期間中の選択された時点で測定した。125単位/mlのヒアルロニダーゼで、ヒドロゲルは、カルバゾールアッセイにおいて観察されたウロン酸生成の傾向と一致して、時間と共に直線的に重量を損失した。これは、表面分解を示唆している。より低い濃度(2.5および25単位/ml)のヒアルロニダーゼでは、ヒドロゲルは最初に膨潤し(負の重量損失)、その後重量を損失し始めた(全てのヒドロゲルサンプルは分解前に、24時間PBS中で膨潤させて、膨潤平衡に到達させた)。最も低い濃度(2.5単位/ml)のヒアルロニダーゼでは、(0.437mM H2O2を用いて形成された)最も弱いヒドロゲルサンプルが、最も膨潤した。ヒドロゲルサンプルの形状(スラブ形状)および観察された膨潤挙動に基づくと、架橋密度は、バルク分解に起因して時間と共に減少したと思われる。より顕著なバルク分解が、より弱いヒドロゲルサンプルにおいて観察されたという事実は、予想されていた。何故ならば、より低い架橋密度は、ヒドロゲルのマトリックス中へのヒアルロニダーゼのより迅速な拡散を可能にし得たためである。
【0088】
理解され得るように、これらの結果は、HA-Tyrヒドロゲルの機械的強度が、種々の適用に対して自身の分解特性を最適化するように調整され得ることを示す。
【0089】
これらの実施例において形成されたHA-Tyrヒドロゲルは、注射可能かつ生分解性であることが示された。機械的強度およびゲル化速度の独立した制御が、前駆体溶液中のH2O2のモル濃度を低く限定することおよびHRP濃度を閾値超に維持することによって達成され得ることもわかった。一定のHA-Tyr濃度で、一定かつ速いゲル化速度を維持しつつH2O2濃度を増加させることによって、G'は、10〜4000 Paに変化した。
【0090】
H2O2濃度を変化させることにより、ヒドロゲルの機械的強度を調整でき、従ってヒドロゲル分解速度の微調整を達成し得ることも示された。
【0091】
これらの結果はまた、急速なゲル化は、体内に注射されたHA-Tyrポリマー溶液の拡散を防止することができ、従って、ゲル化を注射部位に局在化し得ることを示している。
【0092】
実施例Iに関連するさらなる測定結果および議論は、Leeに開示されている。
【0093】
実施例II
実施例II-A(HA-Tyrヒドロゲルの合成)
HA-Tyr結合体を、実施例Iに記載されるように合成した。1H NMRによって測定されたように、置換度は6であった。
【0094】
HRP溶液5μlおよびH2O2溶液5μlを、PBS溶媒に溶解したHA-Tyr結合体0.24 ml(1.82 w/v %)を含有するHA-Tyr溶液へ連続的に添加した。得られるHA-Tyr溶液中のHRP最終濃度が約0.031または約0.124単位/mlとなり、かつ、H2O2最終濃度が約0.437、0.582、または0.728 mMとなるように、HRPおよびH2O2溶液の濃度を選択した。
【0095】
前記溶液を約310Kの温度へ予熱した。得られたHA-Tyr溶液中のHA-Tyr結合体の最終濃度は、約1.75 w/v%であった。
【0096】
HRPおよびH2O2の添加の直後に、前記混合物をボルテックスした。
【0097】
得られたHA-Tyr溶液0.210 mlを、レオメーターの下部プレートへ適用した。次いで、上部コーンを測定ギャップ0.025 mmまで下げ、シリコンオイルの層をコーン周りに注意深く適用し、溶媒蒸発を防止した。前記溶液によってHA-Tyrヒドロゲルを形成することができた。
【0098】
実施例I-Cと同一の方法で、サンプルのレオロジー測定を行った。各サンプルについて、サンプルの貯蔵弾性率がプラトーに達するまで、測定を続けた。
【0099】
実施例II-B(タンパク質が付加された(loaded)ヒドロゲルの合成)
BSAまたはリゾチームをPBSに溶解し、異なる濃度を有するタンパク質溶液を作製した。各タンパク質溶液0.065 mlを、HA-Tyr結合体溶液0.175 ml(2.5 w/v %)へ添加した。混合された溶液を、穏やかに混合した。次に、HRP 5μlおよびH2O2 5μlを、混合された溶液へ添加した。得られた溶液中のHA-Tyr結合体の最終濃度は約1.75 w/v%であり、タンパク質付加濃度はそれぞれ、0.15、1.5または15 mg/mlであった。
【0100】
実施例II-Aに記載されるように、得られた溶液を使用してヒドロゲルを形成した。
【0101】
実施例II-C(リゾチームへのAlexa Fluor 680蛍光色素の結合)
DMSO 50μlに溶解したアミン反応性Alexa Fluor 680カルボン酸スクシンイミジルエステル0.5 mgを、PBS 1.5 mlに溶解したリゾチーム12.34 mgへ添加した。該混合物を、暗所において室温で5時間、穏やかに撹拌した。該反応混合物を、PBS(1カラム当たり0.5 ml)で予め平衡化したPD-10脱塩カラム(GE Healthcare)に通過させ、未結合の色素を除去した。標識されたタンパク質を含有する第1蛍光バンドを回収し、溶出液中のタンパク質の濃度を、ビシンコニン酸タンパク質アッセイ(BCA, Pierce(商標))によって評価した。次いで、タンパク質結合体を40μg/mlに希釈し、679 nmでのAlexa Fluor 680の吸光度を、UV-VIS分光計(Hitachi(商標))を使用して測定した。蛍光色素対タンパク質(F/P)のモル比は、製造業者の指示に従って、0.39であると算出された。
【0102】
実施例II-D(タンパク質が付加されたHA-Tyrヒドロゲルの皮下注射)
蛍光標識HA-Tyrを、Leeに記載されるように合成した。アミノフルオレセインまたはチラミンの結合の程度(置換度)は、それぞれ、0.5または5であった。CO2による安楽死の直後に、各成体雌性Balb/cヌードマウスの背部に、Alexa 680結合BSAまたはAlexa 680結合リゾチームのいずれか80μgを含有する1.75 w/v%蛍光標識HA-Tyr溶液0.3 mlを皮下注射した。
【0103】
注射の約1時間後、蛍光画像をIVISイメージングシステム(Caliper Life Science(商標)、米国、マサチューセッツ州)を使用して撮影し、HA-Tyr結合体(GFPフィルターセット、λex=445-490 nm、λem=515-575 nm、露光時間=0.05秒)およびタンパク質(Cy5.5フィルターセット、λex=615-665 nm、λem=695-770 nm、露光時間=0.01秒)の位置を測定した。両方の検出について、CCDカメラのビニングを8へ設定し、視野(FOV)は20 cmとし、カメラのレンズの絞りをf/8へ設定した。
【0104】
実施例II-E(HA-Tyrヒドロゲルからのインビトロタンパク質放出)
0.25 mg/mlのα-アミラーゼまたはリゾチームが付加されたHA-Tyrヒドロゲルを、HA-Tyr 0.5 ml(3.5 w/v %)とタンパク質溶液0.5 ml(0.5 mg/ml)とを混合することによって作製した。HRP溶液5μlおよびH2O2溶液5μlを添加し、混合物を作製した。該混合物中のHRP最終濃度は約0.124単位/mlであり、該混合物中のH2O2最終モル濃度は約0.437、0.582または0.728 mMであった。該混合物を穏やかにボルテックスし、その後、1 mm間隔で合わせて固定された2つの平行なガラスプレートの間に置いた(注入した)。
【0105】
ゲル化を310 Kで1時間進行させ、ヒドロゲルスラブを形成した。直径1.6 cmの円形ゲルディスクを、円形の型を使用してヒドロゲルスラブから切り取った。各ディスクをプラスチック網の間に挟み、ヒアルロニダーゼ(2.5単位/ml)を含むかまたは含まない、PBS含有放出媒質20 ml中に浸漬した。様々な選択された時間間隔で、放出媒質0.2 mlを抜き取り、微小遠心管プラスチック表面へのモデルタンパク質の非特異的吸着を防止するためにPBS中0.1 mg/ml BSAを0.2 ml含有する微小遠心管中に、保存した。ヒアルロニダーゼを含むかまたは含まないPBS溶液0.2 mlを添加し、放出媒質全体を20 mlに維持した。回収したサンプルを約253 Kで保存した。
【0106】
各サンプル中に含有されたタンパク質の量を、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)によって測定した。これは室温で行った。各工程間の洗浄手順は、洗浄緩衝液0.3 ml(0.05 % Tween-20を含有する100 mM PBS)で3回ウェルを洗浄するようにプログラミングしたプレートウォッシャー(Amersham Bioscience(商標))を使用して行った。室温へと解凍した各サンプル溶液0.1 mlを、96ウェルMaxiSorb(商標)ELISAプレート(NUNC(商標))のウェルへ添加し、サンプル中のタンパク質を、1.5時間インキュベーションによってウェルへ結合させ、次いで、ウェルを洗浄した。洗浄後、ウェルを、ブロッキング緩衝液0.2 ml(PBS中BSA 2 w/v%)で30分間ブロッキングして、タンパク質結合部位を飽和させ、次いで、ウェルを洗浄した。次に、ブロッキング緩衝液中に希釈したビオチン化抗α-アミラーゼ(2μg/ml)またはビオチン化抗リゾチーム(1.67μg/ml)抗体のいずれか0.1 mlをウェルへ添加し、1時間インキュベートした。洗浄後、PBS中に希釈したストレプトアビジン−アルカリホスファターゼ0.1 mlを添加して、1時間インキュベートし、次いで、ウェルを洗浄した。最後に、p-NPP 0.1 mlを各ウェルへ添加し、十分な色が現れるまで(α-アミラーゼについては約80分、リゾチームについては35分)、プレートをインキュベートした。405 nmでの吸光度を、Tecan Infinite(商標)200マイクロプレートリーダーを使用して測定した。各サンプル中に含有されたタンパク質の量を、タンパク質の標準のセットと比較することによって算出し、ヒドロゲルディスク中に封入された総タンパク質に占めるパーセンテージへと換算した。310 KでのPBS中α-アミラーゼ溶液(2.66μg/ml)のELISAシグナルは、時間と共に直線的に減少し、24時間に30%低下したことが観察された。これは、ガラス表面へのα-アミラーゼの吸着またはタンパク質の変性に起因し得た。シグナルの損失を補正するために、コントロールにおいて観察された損失パーセンテージに従って、ELISAによって検出されたタンパク質の量を手作業で補った。
【0107】
実施例II-F(異なるイオン強度におけるタンパク質放出)
リゾチームを0.25 mg/ml含有するヒドロゲルディスク(厚み=1 mm、重量=57 mg)を、100 rpmのオービタルシェイカーにおいて、310 Kで、NaCl溶液1 ml(0、0.05、0.15、0.5または1 M)に浸漬した。4時間のインキュベーション後、放出媒質0.1 mlを回収し、サンプル中に含有されたタンパク質の量を、製造業者のプロトコルに従って微量ビシンコニン酸タンパク質アッセイ(microBCA, Pierce)を使用して測定した。
【0108】
実施例II-G(HA-Tyrヒドロゲルの分解によって回復したタンパク質の活性)
α-アミラーゼまたはリゾチームを5 mg/ml含有するヒドロゲルディスク(厚み=1 mm、重量=57 mg)を、150 rpmのオービタルシェイカーにおいて、310 Kで、PBS(0.05%NaN3を追加)中200単位/mlのヒアルロニダーゼ5 ml中で分解させた。24時間後、目に見えるヒドロゲルの痕跡は観察されなかった。α-アミラーゼの活性を、EnzChek(商標)Ultra Amylase Assay Kit(Invitrogen(商標))によって測定した。
【0109】
放出されたα-アミラーゼを含有する分解溶液を、PBSで200倍に希釈した。希釈されたサンプル50μlを96ウェル蛍光プレートのウェルへ添加し、次いで、基質50μlを添加した。プレートを室温でオービタルシェイカー上において10分間インキュベートし、次いで、蛍光強度(λex=485 nm、λem=530 nm)を、Tecan Infinite 200マイクロプレートリーダーを使用して測定した。リゾチームの活性を測定するために、リゾチームサンプル20μlを、96-ウェルUV-starplate(Greiner Bio-one(商標)、ドイツ)のウェルへ添加し、続いてミクロコッカス・リソデイクティカス0.1 ml(PBS中0.15 w/v%)を添加した。プレートを、室温にて、50 rpmのオービタルシェイカーにおいて、15分間インキュベートした。次いで、450 nmでの吸光度をマイクロプレートリーダーを使用して測定した。
【0110】
ヒドロゲルが急速に形成される(架橋される)ことが、少なくともいくつかの適用において望ましいことが、テスト結果からわかった。遅いゲル化は、注射部位周囲の組織へのゲル前駆体および封入されるべきタンパク質の拡散を引き起こし得ること、これにより治療結果が損なわれ得ることが、わかった。
【0111】
約0.124単位/mlのHRPが、使用された針が目詰まりすることのない、HA-Tyr結合体溶液0.3 mlの注射にとって好適な最も高い濃度であったことも、テストからわかった。しかし他の適用において、[HRP]の好適な最大値は、より高いまたはより低い場合があることが、理解されるべきである。
【0112】
HRPの非存在下で、架橋された網目構造が形成されず、HA-Tyrおよび前記タンパク質の両方が注射部位から拡散したことが、これらのテストからさらにわかった。これは、両方の成分が皮下環境において容易に拡散したことを示唆している。特に、前記タンパク質と共に検出された領域は、HA-Tyrと共に検出された領域よりも広かった。これは恐らく、BSAが持つより小さな分子量(BSA 66 kDaおよびHA 90 kDa)のために、前記タンパク質がHA-Tyr結合体よりも速く拡散することを示している。
【0113】
約0.031単位/mlのHRPでは、HA-Tyrと共に検出された領域は減少しなかった。これは、架橋反応が、架橋された網目構造を注射部位に制限するには十分に急速でなかったことを示唆している。しかし、タンパク質と共に検出された領域は僅かに減少した。これは、HA-Tyr結合体の架橋がタンパク質を網目構造内に捕らえるのに役立ったことを示している。
【0114】
HRP濃度を0.124単位/mlへ増加させることによって、HA-Tyrと共に検出された表面積およびタンパク質と共に検出された表面積は両方とも顕著に減少した。これは、急速なゲル化により、ヒドロゲルの局在的な形成および網目構造内のタンパク質の有効な封入が生じたことを示している。
【0115】
認識され得るように、注射可能なヒドロゲルシステムにとって、送達が注射部位に局在化されることを確実にするために、急速なゲル化が望ましい場合がある。
【0116】
テスト結果はまた、HA-Tyr結合体およびHRPの濃度が固定された場合、架橋密度に関連したヒドロゲルの貯蔵弾性率(G')は、H2O2濃度と共に増加したことを示した。いくつかの結果を表IIIに列挙する(サンプル2〜4を参照のこと)。
【0117】
BSAが前駆体溶液中に含まれヒドロゲル中に封入された場合、G'は約7%減少したことがわかった。これは、網目構造の完全性がBSAの存在によってわずかに影響されたことを示している(表III、サンプル5〜7)。
【0118】
15 mg/mlでリゾチームを封入することは、G'の著しい減少を示した(表III、サンプル10)。これは、架橋反応を妨げる、負に帯電したHAと正に帯電したリゾチームとの間の静電相互作用に恐らく起因する(静電相互作用についてのさらなる議論はセクション3.3)。しかし、タンパク質の有り無しで、同一のHRP濃度(0.124単位/ml)で形成されたヒドロゲルのゲル化点は全て90秒未満であった。これは、タンパク質封入は酵素による架橋の速度に影響を与えなかったことを示している。
【0119】
HA-Tyrヒドロゲルからのα-アミラーゼの放出は、その架橋密度にかかわらず、バースト放出を示した。これは、ゲル表面付近のタンパク質をマトリックスの外へ急速に拡散させる、ヒドロゲル内部と外部のタンパク質濃度勾配に主に起因すると予想された。バースト期間に放出されたタンパク質のパーセンテージは、架橋密度が増加するにつれて減少した。バースト放出の後、α-アミラーゼの放出は減速した。
【0120】
リゾチームの放出特性は、同様のバースト放出を示し、架橋密度の増加と共に減少した。しかし、同一の架橋密度を有するヒドロゲルについて、バースト期に放出されたリゾチームのパーセンテージは、α-アミラーゼのそれよりも遥かに低かった。さらに、HA-Tyrヒドロゲルからのリゾチームの放出は、バースト放出後、停止した。
【0121】
タンパク質送達用のヒドロゲルシステムは、制御された速度でタンパク質を送達するだけでなく、ヒドロゲル作製時から放出時までタンパク質の活性を維持することが望ましい。さらに、送達システム由来の分解産物は、タンパク質変性を引き起こし得る。従って、ゲル形成過程およびヒドロゲルシステムの分解産物は、治療レベルでのタンパク質の活性を維持することが望ましい場合がある。
【0122】
(表III)サンプルヒドロゲルから得られた代表的なテスト結果

【0123】
要約すると、実施例IIに記載のテスト結果は、局在的なヒドロゲル形成およびタンパク質の効率的な封入が、HA-Tyrヒドロゲルについての高濃度のHRPを使用する急速なゲル化によって達成できたことを示している。種々の放出速度での負に帯電したα-アミラーゼの持続放出を、前駆体溶液中のH2O2濃度を変化させることによって達成することができた。放出されたα-アミラーゼの活性は、種々のヒドロゲル架橋密度で、95%を超えたままであった。正に帯電したリゾチームの持続放出は、ヒドロゲル網目構造が分解された場合にのみ観察された。放出されたリゾチームの活性は、ヒドロゲルの架橋密度に依存したが、最小の活性は70%であった。これらの結果は、サンプルヒドロゲルが、タンパク質または他の同様の物質の持続放出または送達のための注射可能なシステムにおける使用に好適であることを示した。
【0124】
レオロジーデータを含む実施例によって示されたように、膨潤率研究および形態分析によって、前駆体溶液中のH2O2濃度が低い範囲に限定された場合、H2O2濃度の変化は、ゲル化速度に実質的に影響を与えることなく、形成されるヒドロゲルの機械的強度を効果的に制御したことが実証された。さらに、HRP濃度の変化は、HRP濃度がある一定の閾値を超える場合、形成されるHA-Tyrヒドロゲルの機械的強度に実質的に影響を与えることなく、ゲル化過程におけるゲル化速度を効果的に制御した。従って、ゲル化速度および機械的強度(架橋密度)の独立した制御が、好都合に得られた。
【0125】
ここで理解され得るように、本発明の態様は、ヒドロゲル架橋密度およびゲル化速度/スピードの好都合な制御を可能にする。得られるヒドロゲルの分解性、およびヒドロゲル中に埋め込まれたタンパク質または薬物または別の物質の放出速度は、前駆体溶液中のH2O2濃度を変化させることによって、都合よく制御され得る。
【0126】
本発明の態様は、薬物またはタンパク質の送達および組織工学の適用を含む、多くの種々の分野および適用において有利に使用され得る。
【0127】
上記において明記されない本明細書に記載される態様の他の特徴、利益および利点は、当業者によって、本明細書および図面から理解され得る。
【0128】
当然ながら、上記の態様は、単なる例示であるように意図され、決して限定的ではない。記載の態様は、形態、要素の取合わせ、細部および操作順序についての多くの改変が可能である。むしろ本発明は、特許請求の範囲によって定義されるように、その範囲内にこのような改変の全てを包含するように意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、ヒドロゲルを形成する方法であって、架橋可能なフェノール基を含むポリマー、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、および過酸化水素(H2O2)を溶液中で混合して、該ポリマーを架橋しヒドロゲルを形成する、方法:
HRP濃度の閾値およびH2O2モル濃度の範囲を決定する工程であって、溶液中のH2O2モル濃度を該範囲内に限定し、かつ、該溶液中のHRP濃度を該閾値超に限定した場合、
該溶液におけるゲル化速度が、該範囲内での該H2O2モル濃度の変化によって実質的に影響されず、かつ
ヒドロゲルにおける架橋密度が、該閾値超での該HRP濃度の変化によって実質的に影響されないように、
該範囲の上限が約1 mM未満である、工程;
HRPの量およびH2O2の量を選択する工程;ならびに
該ポリマー、該量のHRPおよび該量のH2O2を溶液中で混合して、該ポリマーを架橋しヒドロゲルを形成する、工程であって、
該溶液中の該H2O2モル濃度を該範囲内に限定し、かつ、該溶液中の該HRP濃度を該閾値超に限定するように、該HRPおよびH2O2の量が選択される、工程。
【請求項2】
前記溶液から形成される前記ヒドロゲルが所定の貯蔵弾性率(storage modulus)を有するように、前記H2O2モル濃度が選択される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記溶液から形成される前記ヒドロゲルが、約10〜約4000 Paの貯蔵弾性率を有する、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
前記範囲が約0.146〜約1.092 mMである、請求項1〜3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
前記H2O2モル濃度が約0.16〜約0.728 mMである、請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記閾値が約0.032単位/mlである、請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
前記HRP濃度が約0.032〜約0.124単位/mlである、請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記HRP濃度が約0.062単位/mlである、請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記ポリマーが、ヒアルロン酸およびチラミンの結合体(HA-Tyr)である、請求項1〜8のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
前記溶液中のチラミンに対するH2O2のモル比が、約0.4以下である、請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記溶液が、前記HA-Tyr結合体を約0.1〜約20 w/v%含む、請求項9または請求項10記載の方法。
【請求項12】
前記溶液が、前記HA-Tyr結合体を約1.75 w/v%含む、請求項11記載の方法。
【請求項13】
前記ヒアルロン酸が、約90,000 Daの分子量を有する、請求項9〜12のいずれか一項記載の方法。
【請求項14】
前記溶液中のチラミンが、約0.42〜約21 mMのモル濃度を有する、請求項9〜13のいずれか一項記載の方法。
【請求項15】
前記溶液中のチラミンが、約2.57 mMのモル濃度を有する、請求項14記載の方法。
【請求項16】
前記溶液が、約4〜約8のpHを有する、請求項1〜15のいずれか一項記載の方法。
【請求項17】
前記溶液が、約293〜約313 Kの温度にある、請求項1〜16のいずれか一項記載の方法。
【請求項18】
前記溶液が薬物を含む、請求項1〜17のいずれか一項記載の方法。
【請求項19】
前記溶液がタンパク質を含む、請求項1〜18のいずれか一項記載の方法。
【請求項20】
前記溶液が水を含む、請求項1〜19のいずれか一項記載の方法。
【請求項21】
前記溶液がリン酸緩衝生理食塩水を含む、請求項1〜20のいずれか一項記載の方法。
【請求項22】
前記決定する工程が以下の段階を含む、請求項1〜3のいずれか一項記載の方法:
複数の溶液から複数のヒドロゲルを形成する段階であって、該溶液の各々が、前記ポリマー、HRP、およびH2O2を含み、該複数の溶液が同一濃度の該ポリマーを有し、いくつかの該溶液が同一のH2O2モル濃度を有するが異なるHRP濃度を有し、かつ、いくつかの該溶液が同一のHRP濃度を有するが異なるH2O2モル濃度を有し、該溶液中のH2O2モル濃度が約1 mM未満である、段階;
該形成する段階の間の該溶液の各々におけるゲル化速度を示す第1計測値(metric)、および該ヒドロゲルの各々における架橋密度を示す第2計測値を測定する段階;
(1)該第1計測値が、前記閾値超の同一のHRP濃度を有するが前記範囲内の異なるH2O2モル濃度を各々有する溶液について実質的に一定であること、および
(2)該第2計測値が、前記範囲内の同一のH2O2モル濃度を有するが前記閾値超の異なるHRP濃度を各々有する溶液について実質的に一定であること
を必要とすることで、H2O2モル濃度の前記範囲およびHRP濃度の前記閾値を決定する段階。
【請求項23】
前記第1計測値がゲル化点に達するのに要する時間であり、かつ前記第2計測値が貯蔵弾性率である、請求項22記載の方法。
【請求項24】
以下の工程を含む、方法:
複数の溶液から複数のヒドロゲルを形成する工程であって、該溶液の各々が、ポリマー、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、および過酸化水素(H2O2)を含み、該ポリマーが架橋可能なフェノール基を含み、該複数の溶液が同一濃度の該ポリマーを有し、いくつかの該溶液が同一のH2O2モル濃度を有するが異なるHRP濃度を有し、かつ、いくつかの該溶液が同一のHRP濃度を有するが異なるH2O2モル濃度を有し、該溶液中のH2O2モル濃度が約1 mM未満である、工程;
該形成する工程の間の該溶液の各々におけるゲル化速度を示す第1計測値、および該ヒドロゲルの各々における架橋密度を示す第2計測値を測定する工程;
(1)該第1計測値が、閾値超の同一のHRP濃度を有するが範囲内の異なるH2O2モル濃度を各々有する溶液について実質的に一定であること、および
(2)該第2計測値が、該範囲内の同一のH2O2モル濃度を有するが該閾値超の異なるHRP濃度を各々有する溶液について実質的に一定であること
を必要とすることで、H2O2モル濃度の範囲およびHRP濃度の閾値を決定する工程。
【請求項25】
前記第1計測値がゲル化点に達するのに要する時間であり、かつ前記第2計測値が貯蔵弾性率である、請求項24記載の方法。
【請求項26】
以下の工程を含む、架橋可能なフェノール基を含むポリマーから異なる架橋密度を有するヒドロゲルを形成する方法:
該ポリマー、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、および過酸化水素(H2O2)を複数の溶液の各々において混合して、該各溶液において該ポリマーを架橋しそれぞれのヒドロゲルを形成する、工程であって、該溶液が、予め選択されたゲル化速度を達成するように選択されたHRP濃度、およびそれぞれの溶液から形成される異なるヒドロゲルにおいて異なる架橋密度を達成するように選択された異なるH2O2モル濃度を有する、工程;
該ゲル化速度が該溶液において実質的に一定となるように、約1 mM未満の上限を有する所定の範囲内に該H2O2モル濃度を限定する工程;ならびに
該ヒドロゲルの該架橋密度が該HRP濃度の値によって実質的に影響されないように、所定の閾値超に該HRP濃度を限定する工程。
【請求項27】
前記ポリマーが、ヒアルロン酸およびチラミンの結合体である、請求項26記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2011−522817(P2011−522817A)
【公表日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−512418(P2011−512418)
【出願日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際出願番号】PCT/SG2008/000204
【国際公開番号】WO2009/148405
【国際公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(508305029)エージェンシー フォー サイエンス, テクノロジー アンド リサーチ (36)
【Fターム(参考)】