説明

ペーパースラッジ由来の水溶性糖類の高効率製造装置及び製造方法

【課題】パルプ系有機廃棄物からバイオマスエタノールを生産する場合、リグニンは除去されているとしても、パルプ系有機廃棄物の状態によっては、糖化酵素がセルロースを分解しにくい環境にあるため糖化反応がうまく進まない場合がある。
【課題を解決するための手段】
糖化反応前に、パルプ系有機廃棄物を亜臨界・超臨界水により前処理することで、糖化酵素がセルロースを糖化しやすい状態にするための装置及び方法を提供する。
本発明によればセルロースを過分解することなく、適度な分解が可能となるため、糖化反応に適したセルロースの状態を作り出すことが可能である。また、発酵反応を阻害するフルフラールの生産も抑えられる。さらに、糖化・発酵反応を阻害する防腐剤も分解することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペーパースラッジ由来の水溶性糖類の高効率製造装置及び製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化石資源の使用量の削減と二酸化炭素排出量の抑制の観点から、太陽光、風力、バイオマスといった自然エネルギーの導入の必要性が言われている。更に東日本大震災により福島第1原子力発電所が被災し、周辺の陸海空への放射能汚染が拡大する状況になり、これまでの原子力を中心に据えた日本のエネルギー政策を自然エネルギーの比率を高めたものに移行しようとする動きが強まりつつある。
その中でバイオマスも有力な候補である。すでに海外ではサトウキビやトウモロコシといったバイオマスを原料とした価格競争力のあるバイオエタノールの生産が行われているが、もう一方で、これらの原料は食糧や飼料としての需要もあり、そのエネルギー使用は食料や飼料の価格の高騰を引き起こし世界的な問題になっている。
一方、食糧と競合しない草木系や木質系バイオマスからエタノールを製造する場合、リグニン除去等の生産工程が複雑であること、高価なセルラーゼ酵素を大量に使用すること、山地に散在する廃木材等を原料とする場合には回収及び輸送コストがかかるといった幾つかの問題がある。
製紙工場から大量に排出するペーパースラッジは、製紙装置の網目等から流出したセルロース繊維や炭酸カルシウム等の添加剤から構成される汚泥であり、既にリグニン除去されているため、従来の木質系バイオマスに比べて、バイオエタノール原料に適した廃棄物といえる。
パルプ系有機廃棄物を原料として有用物質を獲得する方法は既に提案されている。例えば、特許文献1は排水中に含まれるパルプや粉末セルロースから濃酸加水分解+希酸加水分解の2段処理を行って糖類を生成する方法である。
特許文献2は、パルプ系有機廃棄物を亜臨界・超臨界水で処理することで、有用物質を取り出そうとする方法である。しかし、液状化することのみを技術の対象にしている。そのため様々な水溶性成分が生成することから、液状化後はメタン発酵や、河川法流のために湿式酸化等によるCOD低減処理等の技術との組み合わせに限られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−238728号公報
【特許文献2】特開2002−126794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
パルプ系有機廃棄物からバイオマスエタノールを生産する場合、リグニンは除去されているとしても、パルプ系有機廃棄物の状態によっては、糖化酵素がセルロースを分解しにくい環境にあるため糖化反応がうまく進まない場合がある。従って、本発明は糖化反応前に、パルプ系有機廃棄物を亜臨界・超臨界水により前処理することで、糖化酵素がセルロースを糖化しやすい状態にするための方法及びそのための装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、特定の条件で亜臨界水処理を行うことにより、上記課題を解決できた。即ち、本発明は以下の各発明を含有する。
パルプ系有機廃棄物からエタノールを生産する装置であって、前記パルプ系有機廃棄物を亜臨界水で処理する反応器と、前記反応器から被処理物を排出する排出管と、前記排出管の途中に設けられ、冷却水を前記排出管内に直接注入する冷却装置と、前記排出管から排出され、前記冷却水が混合された前記被処理物を酵素により糖化反応させる糖化反応装置と、を備えることを特徴とするエタノール生産装置。
亜臨界条件または超臨界条件で処理する装置であって、亜臨界条件または超臨界条件で反応処理する反応器と、前記反応器から被処理物を排出する排出管と、前記排出管の途中に設けられ、冷却媒体を前記排出管内に直接注入する冷却装置と、を備えることを特徴とする処理装置。
前記処理装置において、冷却媒体は水であることを特徴とする処理装置。
パルプ系有機廃棄物からエタノールを生産する方法であって、前記パルプ系有機廃棄物を亜臨界水で処理する処理工程と、前記処理工程で処理された被処理物を酵素により糖化反応させる糖化反応工程と、を備えることを特徴とするパルプ系有機廃棄物の処理方法。
前記処理工程の亜臨界水の処理条件が、反応温度180〜260℃、反応圧力2〜5MPa、反応時間1〜3分であることを特徴とするパルプ系有機廃棄物の処理方法。
前記処理工程の亜臨界水の処理条件が、反応温度200℃、反応圧力3MPa、反応時間2分であることを特徴とするパルプ系有機廃棄物の処理方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の流通式亜臨界水処理装置によれば、反応器内で処理された被処理物を、前記反応器から被処理物を排出する排出管の途中に設けた冷却装置により反応後短時間で冷却することができる。冷却装置としては、冷却水を前記排出管内に直接注入する方法を用いることで、より迅速な冷却が可能となる。その結果、亜臨界水処理反応の進行を2分程度で止めることができる。
亜臨界水処理反応時間を2分程度で止めることにより以下の効果を得ることができる。まず、セルロースを過分解せずに、セルロースの表面がほぐれる程度に処理することが可能となる。その結果セルロース表面が乱雑化し、表面積が大きく増えることにより、その後の糖化反応において反応速度やグルコース収率を大幅に増加させることができる。さらに、セルロースの過分解を抑えることにより、糖化後の発酵反応を阻害するフルフラール類の精製を完全に抑えることができる。また、製紙所で製紙汚泥中に添加する防腐剤は糖化・発酵反応という生物反応を大きく阻害するが、本発明によればセルロースを過分解することなく、防腐剤のみを分解することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】流通式亜臨界水加水分解用ベンチプラントのフロー図
【図2】亜臨界水処理前後のペーパースラッジのSEM観察
【図3】採取日の異なるペーパースラッジからのグルコース収率の比較(亜臨界水処理条件:200〜220℃、3〜5MPa、2分、酵素糖化条件:35℃、120h)
【図4】亜臨界水処理したPS中のセルロース分解率と生成物収率の反応温度依存性 (飽和水蒸気圧、2min)
【図5】酵素糖化における防腐剤のグルコース収率への影響(セルロース、酵素糖化:35℃、pH4.5、96時間)
【図6】糖化が困難なペーパースラッジからのグルコース生成に対する亜臨界水前処理及びpH緩衝溶液濃度の影響(亜臨界水前処理:5wt%スラリー、200℃、3MPa、2min、酵素糖化:35℃、pH4.5)
【図7】内径と内表面積が異なる反応器を用いた際のグルコース収率の変化(PS:ロッドNo.9-2、亜臨界水処理:200℃、3MPa、2分、酵素糖化:35℃、pH=4.5、96時間)
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明はパルプ系有機廃棄物を反応温度200〜220℃、反応圧力3〜5MPa、反応時間1〜3分の条件で亜臨界水処理することを特徴とするパルプ系有機廃棄物の処理方法及びそれを実現するための装置である。
以下本発明をさらに詳しく説明する。
本発明においてはパルプ系有機廃棄物を原料とする。パルプ系有機廃棄物としては、セルロースを含むものであればよいが、ペーパースラッジが最適である。
本発明の亜臨界水処理温度は、180〜260℃の範囲であればよいが、好ましくは200〜240℃、より好ましくは200℃である。
本発明の亜臨界水反応圧力は3〜5MPaの範囲であればよいが、3MPaが最適である。
本発明の亜臨界水反応時間は1〜3分の範囲であればよいが、2分が最適である。
本発明を実現する装置としては、200℃付近の条件では反応時間が2〜3分と短いことから、通常の外部からの冷却では冷ますのに時間がかかるため、図1のように、処理物が反応器から出てきたところで、その配管内に直接水を注入し、生成物を冷却する機構を有する。ただし、反応器から排出された処理物を急速に冷却できる装置であればよく、冷却水以外の冷却装置でも代替できる。
【実施例】
【0009】
以下、実施例により本発明を説明する。本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
[実施例1]
<亜臨界水処理前後のペーパースラッジのSEM観察>
ペーパースラッジを200℃、3MPa、2分の条件で亜臨界水処理を行い、走査型電子顕微鏡で観察した。結果を図2に示す。
前処理前の滑らかなセルロース繊維の表面が亜臨界水処理をすると凸凹に荒れて表面積の反応が起こりやすい個所の増加がみられた。この表面の変化が酵素糖化の促進に繋がっていると予想される。
[実施例2]
<採取日の異なるペーパースラッジからのグルコース収率の比較>
ペーパースラッジは廃棄物のために排出日によって組成や反応性が変わり、エタノール収率や回収した無機物の物性が大きく変動し、最悪の場合、商品にならない恐れがある。この原料の変動リスクを評価するために、1年間に6回、製紙所のペーパースラッジを採取し、有機物中のセルロースからグルコースを生産した時の収率の変動をチェックした。亜臨界処理条件は、200〜220℃、3〜5MPa、2分、酵素糖化条件は5℃、120hである。結果を図3に示す。
採取日や採取地点により組成変動が見られたが、亜臨界水前処理した時のグルコース収率は67〜83%、平均75%と高い値で比較的安定していた。
[実施例3]
<亜臨界水処理したペーパースラッジ中のセルロース分解率と生成物収率の反応温度依存性>
亜臨界水処理したペーパースラッジ中のセルロース分解率、生成物収率の反応温度依存性を検討した。結果を図4に示す。2分の反応時間では温度が高いほどセルロース分解率は高い。さらに、本反応条件では、フルフラール類は全く生成していない。セルロースを亜臨界・超臨界水処理すると、グルコースの過分解物であるフルフラール類が生成する。フルフラール類はグルコースを発酵させてエタノールを製造する際の阻害物質である。本亜臨界水処理条件によりフルフラールが生成されないことは予期せぬ有用な効果であり、効率的な発酵反応に極めて重要である。
[実施例4]
<酵素糖化における防腐剤のグルコース収率への影響>
製紙所から排出される製紙汚泥中には防腐剤が含まれている場合があり、酵素糖化やエタノール発酵といった生物処理の大きな阻害要因になっている。そこで、亜臨界水処理で防腐剤を分解し、一方で、セルロースは過分解しないといった亜臨界水の最適処理条件を検討した。具体的には、セルロースに防腐剤を添加したものとしていないものについて実験を行った。結果を図5に示す。亜臨界水処理条件を、200℃、3MPa、2分とすることで、亜臨界水処理なしで直接酵素糖化するのに比べて、グルコース収率が大幅に増加した。
[実施例5]
<防腐剤が含まれるペーパースラッジからのグルコース生成に対する亜臨界水前処理及びpH緩衝溶液濃度の影響>
実際に防腐剤が含まれる製紙所から排出されたペーパースラッジについて、亜臨界水前処理及びpH緩衝溶液濃度の影響を検討した。結果を図6に示す。200℃、3MPa、2分の亜臨界水処理条件で処理することにより、処理しない場合に比べグルコース収率が上昇した。
[実施例6]
<内径と内表面積が異なる反応器を用いた際のグルコース収率の変化>
管型反応器の直径を短くし、一方で長さを長くして体積当たりの内表面積を増やすことによる影響を検討した。結果を図7に示す。ペーパースラッジの反応管内での滞留時間が同じでも、反応管内表面積を増やすことにより、高濃度の製紙汚泥を含むスラリーを短時間で反応温度まで加熱した結果、反応速度が速くなり、グルコースを高収率で生成できた
このように本発明によれば、セルロースの表面がほぐれて乱雑化し、表面積が大きく増えることにより、その後の糖化反応において反応速度やグルコース収率を大幅に増加させることができるのみでなく、フルフラール類が生成されないこと、セルロースを分解することなく防腐剤のみ分解することができるという予期せぬ効果も得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルプ系有機廃棄物からエタノールを生産する装置であって、
前記パルプ系有機廃棄物を亜臨界水で処理する反応器と、
前記反応器から被処理物を排出する排出管と、
前記排出管の途中に設けられ、冷却水を前記排出管内に直接注入する冷却装置と、
前記排出管から排出され、前記冷却水が混合された前記被処理物を酵素により糖化反応させる糖化反応装置と、
を備えることを特徴とするエタノール生産装置。
【請求項2】
亜臨界条件または超臨界条件で処理する装置であって、
亜臨界条件または超臨界条件で反応処理する反応器と、
前記反応器から被処理物を排出する排出管と、
前記排出管の途中に設けられ、冷却媒体を前記排出管内に直接注入する冷却装置と、
を備えることを特徴とする処理装置。
【請求項3】
前記冷却媒体は水であることを特徴とする請求項2に記載の処理装置。
【請求項4】
パルプ系有機廃棄物からエタノールを生産する方法であって、
前記パルプ系有機廃棄物を亜臨界水で処理する処理工程と、
前記処理工程で処理された被処理物を酵素により糖化反応させる糖化反応工程と、
を備えることを特徴とするパルプ系有機廃棄物の処理方法。
【請求項5】
前記処理工程の亜臨界水の処理条件が、反応温度180〜260℃、反応圧力2〜5MPa、反応時間1〜3分であることを特徴とする請求項4に記載のパルプ系有機廃棄物の処理方法。
【請求項6】
前記処理工程の亜臨界水の処理条件が、反応温度200℃、反応圧力3MPa、反応時間2分であることを特徴とする請求項4に記載のパルプ系有機廃棄物の処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−231770(P2012−231770A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−104575(P2011−104575)
【出願日】平成23年5月9日(2011.5.9)
【出願人】(304023318)国立大学法人静岡大学 (416)
【Fターム(参考)】