説明

ホウ酸析出物の非接触定性分析システム及びその方法

【課題】 ホウ酸析出物の存在を遠方から、且つ簡便に確認できる定性分析システムを提供する。
【解決手段】 所定の構造物内に配置された検査対象となる部材の表面に赤外線を照射する赤外線源と、照射された赤外線が検査対象の部材表面で反射することにより生じる反射赤外線スペクトルを検出する赤外線検出器と、赤外線検出器が検出した反射赤外線スペクトル内のホウ酸特有の赤外吸収帯を監視する監視装置とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホウ酸析出物の検出法に関し、特に、ホウ酸析出物特有の赤外吸収帯を検知することにより、ホウ酸析出物を非接触により定性分析することを可能としたシステム及び方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
加圧水型原子力発電所(以下、PWRとする)においては、一次冷却材中にホウ酸(H3BO3)を添加し、ホウ素による中性子の吸収を用いて、核分裂反応度を制御している。このため、一次冷却材が何らかの原因で漏えいした場合には、一次冷却系配管の表面に冷却材中のホウ酸が析出し、白色の固形物が生成する。
【0003】
発電所内で一次冷却系配管の表面に固形物が発見された場合には、一次冷却材の漏えいが疑われ、原因究明のために固形物中のホウ酸の存在を確認することが求められる。
【0004】
従来は、固形物中のホウ酸の存在を確認するためには原子炉格納容器内に作業員が立ち入って固形物を採取し、採取した固形物を直接的に分析機器で分析する必要があった。これは、現在の分析方法が試料を原子吸光光度計や電位差滴定などを用いて破壊的(水への溶解、燃焼など)に分析するか、環境からの影響を排除するために蛍光X線分析装置、赤外分光光度計などを用いて環境から隔離した機器の内部で分析する必要があったためである。
【0005】
また、従来のプロセス配管からの流体漏洩箇所の同定を行うことが可能な装置として、特許文献1に記載の方法がある。特許文献1に記載の方法によれば、配管保温材で覆われたプロセス配管を配管画像撮影手段で外側から撮影し、撮影されたプロセス配管の画像データをパソコンに入力し、画像データをパソコンにて流体温度と流体流量を相関付けた熱流量解析モデルと比較してデータ処理し、配管保温材で覆われたプロセス配管からの流体漏洩量を非接触にて計測し、その流体漏洩箇所を同定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−214063号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、運転中の一次冷却材は高温・高圧(320℃、16MPa程度)であるため、作業員の安全が確保された状態で固形物を採取する必要があり、場合によっては原子炉の停止や出力の低下が要求される。更に、一次系は表面線量当量率が高い配管等があり、固形物の採取作業は作業員の被ばく線量の増加にもつながる。
【0008】
また、上記原子吸光光度計等を用いた分析法は、分析機器に対する知識と技能を要することから分析できる人員が限られ、分析員が発電所に不在の場合は対応が遅れると共に、分析自体にも時間を要することから、固形物の成分を特定するまでに時間を要していた。
【0009】
更に、固形物がホウ酸では無いが外見上は類似した他の白色物質であった場合でも、固形物を採取した後に、機器分析を行う必要があり、場合によっては原子炉の停止の誤判断につながる可能性があった。
【0010】
また、特許文献1に記載の方法によれば、プロセス配管からの流体漏洩箇所の同定を非接触にて行うものの、固形物中のホウ酸の存在までをも確認することはできない。
【0011】
本発明は、このような従来の問題を解決するためになされたもので、固形物中のホウ酸の存在を非接触にて、且つ簡便に確認できる定性分析システム及び方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のホウ酸析出物の非接触定性分析システムは、所定の構造物内に配置された検査対象となる部材の表面に赤外線を照射する赤外線源と、照射された赤外線が検査対象の部材表面で反射することにより生じる反射赤外線スペクトルを検出する赤外線検出器と、赤外線検出器が検出した反射赤外線スペクトル内のホウ酸特有の赤外吸収帯を監視する監視装置とを有する。
【0013】
また、本発明のホウ酸析出物の非接触定性分析方法は、所定の構造物内の検査対象となる部材の面に赤外線を照射する工程と、照射された赤外線が検査対象の部材表面で反射することにより生じる反射赤外線スペクトルを検出する工程と、赤外線検出器の検出した反射赤外線スペクトル内にホウ酸特有の赤外吸収帯の有無を監視する工程とを有する。
【発明の効果】
【0014】
本実施形態のホウ酸析出物の非接触定性分析システムによれば、所定の部材の表面にホウ酸析出物が析出していることを即座に確認することが可能となる。また、所定の部材が放射線の高線量区域であっても、当該部材に近接することなくホウ酸析出の有無を確認できるため、作業員の被ばく線量低減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本実施形態のホウ酸析出物の非接触定性分析システムの構成を示す図である。
【図2】本実施形態の赤外線検出器が検出するPWR一次系配管の表面からの反射赤外スペクトルの一例を示す図である。
【図3】吸収帯がホウ酸特有のものであるか評価した結果を示す図である。
【図4】PWR一次系配管の表面の温度が赤外線分析に及ぼす影響を評価した結果を示す図である。
【図5】大気の吸収や散乱が赤外線分析に及ぼす影響を評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態であるホウ酸析出物の非接触定性分析システム及びその方法について、図を参照して詳細に説明をする。
【0017】
本実施形態であるホウ酸析出物の非接触定性分析システム及びその方法は、例えば、PWR発電所の一次冷却系(以下、単にPWR一次系とする)配管の表面に析出した固形物に赤外線を照射し、固形物のない配管部分(バックグラウンド)の反射赤外線スペクトルと、固形物から反射する赤外線スペクトルを比較し、ホウ酸の赤外線吸収帯の有無(強度変化)を求めることで、ホウ酸の有無を評価するものである。
【0018】
これにより、PWR一次系から固形物を採取することなく、また分析に時間を要しないことから、前述の課題を解決することを可能としている。
【0019】
加えて、本実施形態では、ホウ酸特有の2本の吸収帯を使用することにより、高温配管から放出される赤外線の妨害や大気の吸収による妨害を受けることが無く、PWRにおける析出物中のホウ酸を遠方より定性分析することを可能としている。
【0020】
なお、本実施形態では、PWR発電所の一次冷却系を用いて説明を行うが、これに限られず、例えば、沸騰水型原子力発電プラントのホウ酸使用箇所や他のプラントへも適用することも可能である。
【0021】
図1は、本実施形態のホウ酸析出物の非接触定性分析システムの構成を示す図である。
【0022】
本実施形態のホウ酸析出物の非接触定性分析システム100が備わるPWR発電所の原子炉格納容器1は、原子炉圧力容器3や加圧器4や一次冷却系配管2を収容している。
【0023】
なお、本実施形態のホウ酸析出物の非接触定性分析システム100が備わるPWR一次系は、従来のPWR一次系とほぼ同等の構成を有するため、一部の公知の構成については図への記載及び説明を省略している。
【0024】
本実施形態のホウ酸析出物の非接触定性分析システムは、PWR一次系配管2の表面に析出したホウ素Aに所定の照射赤外スペクトルを有する赤外線101aを照射する赤外線源101と、PWR一次系配管2の表面に析出したホウ素Aからの反射赤外スペクトルを有する反射光102aを検出する赤外線検出器102と、原子炉格納容器1から離れた位置にある監視施設5に存在し、赤外線検出器102と接続した監視装置103とを有する。
【0025】
本実施形態の赤外線源101は、所定の照射赤外スペクトルを有する赤外線101aを検査対象に照射する。赤外線源は市販の赤外線ランプ等を使用でき、波長はおよそ1μmから10μmの領域をカバーできれば良い。
【0026】
本実施形態の赤外線検出器102は、PWR一次系配管2の表面に析出したホウ酸析出物Aからの所定の反射赤外スペクトルを有する反射光102aを検出する。赤外線検出器も市販の赤外分光光度計を使用すれば良い。
【0027】
なお、図1では、簡略化のため赤外線源101及び赤外線検出器102の数はそれぞれ1つに描かれているが、PWR一次系全体の配管の表面を監視するためには、原子炉格納容器1内の死角の生じない適当な箇所に、複数の赤外線源101又は赤外線検出器102を設けることが好ましい。
【0028】
本実施形態の監視装置103は、原子炉格納容器1から離れた位置にある監視施設5に設置されている。監視装置103は、原子炉格納容器1内の赤外線検出器102からの出力に基づいて、PWR一次系配管2の表面の固形物から反射する赤外線光度と、バックグランドの反射赤外線光度とを比較することにより、ホウ酸が吸収する特定波長の強度変化を求めることで、PWR一次系配管2の表面のホウ酸の有無を監視し、判断結果を監視装置103の表示部などに表示する。
【0029】
図2は、本実施形態の赤外線検出器102が検出するPWR一次系配管2の表面からの反射赤外スペクトルの一例を示す図である。
【0030】
図中の反射赤外スペクトルAは、PWR一次系配管2の表面にホウ酸析出物Aが析出していない場合(バックグラウンド)、すなわち、PWR一次系配管2の表面の材質であるステンレス(以下、ベースともいう)からの反射赤外スペクトルを示している。
【0031】
図に示すように、PWR一次系配管2の表面の材質であるステンレスからの反射赤外スペクトルAは、波長1.3〜14μmの範囲でほぼ山状のプロファイルとなる。
【0032】
図中の反射赤外スペクトルBは、PWR一次系配管2の表面に析出したホウ酸析出物Aからの反射赤外スペクトルを示している。
【0033】
本発明者らの評価によれば、図に示すように、PWR一次系配管2の表面に析出したホウ酸析出物からの反射赤外スペクトルBにおいて複数の吸収帯1から4が確認された。各吸収帯の波長は、吸収帯1が1.4μm以上1.7μm以下、吸収帯2が2.0μm以上2.3μm以下、吸収帯3が2.6μm以上3.0μm以下、吸収帯4が3.1μm以上3.7μm以下である。
【0034】
特に、本発明者らは、これまであまり研究されていない範囲である高波数側にも、ホウ酸特有の吸収帯1及び2があることを見出した。
【0035】
赤外線の反射強度の変化からホウ酸を分析する機器(赤外分光光度計)は既に存在するが、これらの機器で測定する波長域が高温の物質から放出される赤外線や空気中の物質による吸収等、環境の影響を受けるため、吸収帯3及び4をもって、遠方のホウ酸を簡便に分析することが困難な場合がある。
【0036】
一方、本発明者らは、ホウ酸がより短い波長域(1.4〜2.3μm)においても特徴的な2本の吸収特性を示すことを確認した。そこで、本実施形態のホウ酸析出物の非接触定性分析システムの監視装置103は、吸収帯1及び2が位置する波長域の強度変化を上述の方法で監視することにより、PWR一次系配管2の表面にホウ酸析出物Aが析出していると判断する。
【0037】
図3は、吸収帯1から4がホウ酸特有のものであるか評価した結果を示す図である。比較対象として、発電所内で使用され外見上ホウ酸と類似しているシュウ酸、紙ウエス、ビニールテープを用いて評価を行った。
【0038】
図中の反射赤外スペクトルaは、ビニールテープからの反射スペクトルを示し、反射赤外スペクトルbは、紙ウエスからの反射スペクトルを示し、反射赤外スペクトルcは、シュウ酸からの反射スペクトルを示している。また、反射赤外スペクトルAは、ベースからの反射赤外スペクトルを示し、反射赤外スペクトルBは、ホウ酸析出物Aからの反射赤外スペクトルを示している。
【0039】
図からわかるように、波長域2.6〜14μm内の吸収帯3及び4については、反射赤外スペクトルBと反射赤外スペクトルa、bの吸収帯が重なっていることがわかる。一方、より短い波長域1.4〜2.3μm内の吸収帯1及び2については、反射赤外スペクトルBと反射赤外スペクトルa〜cとの重なりが見られない。よって、反射赤外スペクトルBにおいて吸収帯1及び2が検出されたことをもって、PWR一次系配管の表面にホウ酸析出物が析出していると判断することが可能である。
【0040】
図4は、PWR一次系配管の表面の温度が赤外線分析に及ぼす影響を評価した結果を示す図である。
【0041】
図中の赤外スペクトルdは、ベースとなるステンレス管を25℃に加熱した場合に放出される赤外スペクトルであり、赤外スペクトルeは、ベースとなるステンレス管を50℃に加熱した場合に放出される赤外スペクトルであり、赤外スペクトルfは、ベースとなるステンレス管を100℃に加熱した場合に放出される赤外スペクトルであり、赤外スペクトルgは、ベースとなるステンレス管を200℃に加熱した場合に放出される赤外スペクトルであり、赤外スペクトルhは、ベースとなるステンレス管を300℃に加熱した場合に放出される赤外スペクトルである。また、反射赤外スペクトルAは、ベースからの反射赤外スペクトルを示している。
【0042】
図からわかるように、吸収帯3及び4は高温の配管から放出される赤外線による妨害の影響を受けやすい。特に、ステンレス管の温度が高くなるにつれ影響を受けやすくなることがわかる。一方、吸収帯1及び2は高温の配管の影響を受けにくい。よって、吸収帯1及び2を用いてホウ酸析出物の検出を行うことが好ましいことがわかる。
【0043】
図5は、大気の吸収、散乱が赤外線分析に及ぼす影響を評価した結果を示す図である。
【0044】
図中のiは、計器の特性による見かけ上の吸収を示す。i中の「イ」及び「ロ」は大気中の水蒸気により吸収される波数のピークを示し、「ハ」は大気中の二酸化炭素により吸収される波数のピークを示している。また、反射赤外スペクトルAは、ベースからの反射赤外スペクトルを示している。
【0045】
上述したように、大気の赤外吸収帯がホウ酸の吸収帯に重なる場合には、遠距離からのホウ酸分析が困難となるため、遠隔監視を可能とするためには大気の赤外吸収帯がホウ酸の吸収帯に重ならないことが好ましい。
【0046】
図からわかるように、吸収帯3以外は大気中の水蒸気や二酸化炭素による吸収帯と重ならないことがわかる。よって、吸収帯1、2及び4を用いてホウ酸析出物の検出を行うことにより、遠距離からのホウ酸分析が可能となることがわかる。
【0047】
以上説明したように、本実施形態のホウ酸析出物の非接触定性分析システムによれば、PWR一次系配管の表面にホウ酸析出物が析出していることを即座に確認することが可能となる。
【0048】
従来技術では、作業員がPWR一次系配管の表面に析出した付着物を採取して外部の装置にて分析を行う必要があったため、その分析には多くの時間を要しており、場合によっては原子炉の停止や出力の低下が要求された。一方、本実施形態のホウ酸析出物の非接触定性分析システムによれば、付着物を採取する必要がなく、分析作業にも力量が必要なく分析時間も短縮されるため、事象特定の迅速化を図ることが可能となり、第一報の精度を向上することが可能となる。また、原子炉の停止の誤判断につながる可能性を低減することが可能となる。
【符号の説明】
【0049】
100:ホウ酸析出物の非接触定性分析システム
101:赤外線源
102:赤外線検出器
103:監視装置


【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の構造物内に配置された検査対象となる部材の表面に赤外線を照射する赤外線源と、
前記照射された赤外線が前記検査対象の部材表面で反射することにより生じる反射赤外線スペクトルを検出する赤外線検出器と、
前記赤外線検出器が検出した前記反射赤外線スペクトル内のホウ酸特有の赤外吸収帯を監視する監視装置と、
を有することを特徴とするホウ酸析出物の非接触定性分析システム。
【請求項2】
前記ホウ酸特有の赤外吸収帯は、
1.4μm以上1.7μm以下、及び、2.0μm以上2.3μm以下のうちの少なくとも1つの範囲であることを特徴とする請求項1に記載のホウ酸析出物の非接触定性分析システム。
【請求項3】
前記所定の構造物は、原子炉格納容器であることを特徴とする請求項1又は2に記載のホウ酸析出物の非接触定性分析システム。
【請求項4】
所定の構造物内の検査対象となる部材の面に赤外線を照射する工程と、
前記照射された赤外線が前記検査対象の部材表面で反射することにより生じる反射赤外線スペクトルを検出する工程と、
前記赤外線検出器の検出した前記反射赤外線スペクトル内にホウ酸特有の赤外吸収帯の有無を監視する工程と、
を有することを特徴とするホウ酸析出物の非接触定性分析方法。
【請求項5】
前記ホウ酸特有の赤外吸収帯は、
1.4μm以上1.7μm以下、及び、2.0μm以上2.3μm以下のうちの少なくとも1つの範囲であることを特徴とする請求項4記載のホウ酸析出物の非接触定性分析方法。
【請求項6】
前記所定の構造物は、原子炉格納容器であることを特徴とする請求項4又は5に記載のホウ酸析出物の非接触定性分析方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−180051(P2011−180051A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−46095(P2010−46095)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【出願人】(000230940)日本原子力発電株式会社 (130)
【Fターム(参考)】